(完結)二人の緋皇 ―閃の軌跡Ⅱ―   作:アルカンシェル

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57話 二つの《金》

 

 

 

 

 

 

 

「ひっ――」

 

 貴族連合の兵士は咄嗟に乗っていた装甲車から飛び降りた。

 直後、水平に飛んで来た《金》が装甲車の隊列を薙ぎ払った。

 

「くっ……」

 

 その内の一台を背中で押し潰した《金》は咄嗟に深紅の剣を上に持ち上げ、振り下ろされた兄弟剣の二つの刃を受け止める。

 双剣で押し潰さんとする圧力に《金》の右手は悲鳴を上げる。

 先の《ドラッケン》との戦いで蹴り砕かれた右手は指が欠けて今にも剣を取り落としそうになる。

 

「おおおおっ!」

 

 その剣の背に盾を当てて突き飛ばすように押し返す。

 

「ふん――」

 

 その勢いに逆らわずに後ろへと飛翔した《黄金》は翼を広げて光子のレーザーが降り注ぐ。

 

「うわあああああっ!」

 

「ヘルムート卿! おやめください! こちらは味方ですっ!」

 

 貴族連合の陣地にも関わらず降り注ぐレーザーの雨があらゆるものを撃ち抜いていく。

 領邦軍の兵士や将校の悲鳴などお構いなしに《黄金》の攻撃は激しさを増して行く。

 

「父上っ!」

 

 《黄金》を追い様に《金》は飛び立ち砲撃の隙間を縫うように接近して斬りかかる。

 

「ぬるいッ!」

 

 《金》の剣は片手で受け止め、もう一方の剣で《黄金》が斬り返す。

 

「くっ――」

 

 盾でそれを受け止めつつ、一当てした《金》は後ろに下がる。

 そして今度はこちらの番だと言わんばかりに《黄金》が斬りかかる。

 

「ハアアアアアアアッ!」

 

 双剣の乱舞を剣と盾を駆使して《金》は受け止め――

 

「そこっ!」

 

 一瞬の隙を見極め《金》は剣を突き出す。

 

「甘いわっ!」

 

 危なげなく《黄金》は一突きを剣に滑らせていなし、すれ違い様に背中を斬り払う。

 

「うぐっ!」

 

 斬断には至らないものの装甲のない《金》の体がくの字に折れ曲がり、ルーファスの身体に痛みを走らせる。

 

「今のは――」

 

 だが痛みよりも一連の動きにルーファスは既視感を覚え、記憶を手繰り寄せていた。

 

「今の動きは……」

 

 それはまだルーファスが幼かった頃、ヘルムートとの剣の稽古の時の記憶。

 目に見えた隙に飛びついて手痛い反撃を喰らった時の事を思い出してしまう。

 

「何故こんな時にこんなことを思い出す……」

 

 態勢を立て直し、追撃の剣を受け止める。

 その度にもう思い出すこともしなかったヘルムートとの日々をルーファスは思い出してしまう。

 十数年ぶりに剣を交えている。

 剣を交わすたびにそんな感傷に心を揺らされる自分にルーファスは戸惑う。

 

「――だとしても、今日こそは勝たせて頂くっ!」

 

 感傷を振り払って、《金》は距離を取って剣を掲げる。

 

「ブルドガングレインッ!」

 

 掲げた剣に並ぶように深紅の剣が五つ現れて飛翔する。

 五つの剣はそれぞれ《金》の意志を持って《黄金》を囲み、一斉に襲い掛かる。

 

「ブルドガングレイン」

 

 それを迎撃するのは《黄金》が生み出した黒の剣。

 飛翔して襲い掛かる飛剣を寸分違わず同種の剣で撃ち落とされ、互いの剣は砕け散る。

 

「なっ!?」

 

 しかし砕けた深紅の剣は蒸発するように消滅したのに対して黒の剣は砕けた破片となって《金》に降り注ぐ。

 剣の残骸はガラス片のようになって《金》の盾に突き立ち、引っ掻き傷を刻む。

 装甲がない今、直撃すれば無視できない盾に刻まれた傷にルーファスは顔をしかめる。

 

「今のは何だ?」

 

 理解できない苛立ちを感じながらルーファスは呟く。

 

「ふん……どうやら貴様はその程度のようだな」

 

 少し暴れて溜飲が下がったのか、理性を取り戻した声に挑発と優越感を滲ませてヘルムートは嘲笑する。

 

「言ってくれますね……」

 

「貴様がその秘剣を修得したのはこの一年の間だろう……

 だが私がこの秘剣を修めたのは三十年前、年季が違うのだ」

 

「それが何だと言うのですか? 私は既にこの《ブルドガングレイン》は極めている。私に足りないのは実戦経験だけだ」

 

「自惚れるな小僧! 極めると言うのはこういうことを言うのだ!」

 

 そう言って《黄金》は兄弟剣の“エルヴァース”を前へと翳す。

 

「何を……?」

 

 ふと、ルーファスはクリスがバリアハートで兄弟剣の内の一つを砕いていた報告を思い出す。

 だが二本の兄弟剣は健在で、この短い時間の中で作り直させたのかと考えたところでヘルムートの声が響く。

 

「散れ……《ブルトガング》」

 

 その言葉を合図に、闘気で編まれた“エルヴァース”は砕け散る。

 

『ルーファスッ!』

 

「っ――」

 

 警告の声にルーファスは咄嗟に《金》を横に跳ばせる。

 直後、花のように煌く無数の刃が《金》がいた空間を呑み込み、放置された《ヘクトル》を斬り刻んだ。

 

「なっ!?」

 

 刃に呑み込まれた《ヘクトル》は見るも無残な姿に変わり果て崩れ落ちる姿にルーファスは絶句する。

 だが息を整える間もなく、無数の刃群は蛇のように《金》を追い駆ける。

 

「まずいっ!」

 

 咄嗟に《金》は空中へと飛び、その足元の地面が削られる。

 

「剣を生み出す戦技にこんな使い方があるとは……」

 

 剣を生み出す過程において刃のみを無数に細かく造り、それを操作しているのだとルーファスは分析する。

 砕けた刃は小さく一つ一つの攻撃力は決して大きくはないが、剣で弾くことが困難な程に小さく、何よりも数が多い。

 大地を削る刃群はそのまま《金》を追い駆けてくる。

 

「――焼き払えっ!」

 

 深紅の剣を一閃し、迫り来る無数の刃を焔で薙ぎ払う。

 無数の刃が焔に焼かれて消滅する様にルーファスは安堵の息を吐き――焔のカーテンを突き破って飛来した剣に息を呑む。

 

「っ――」

 

 咄嗟に返す刃で飛来した剣を弾く。

 だが、その強度はあまりにも脆く振れただけであっさりと砕け散り――飛び散った破片が一斉に《金》に襲い掛かる。

 

「がっ!」

 

 “核”を盾で隠すようにした瞬間、荒い鑢で擦られる痛みが全身を襲う。

 

「ほ……焔を……」

 

 装甲がない剥き出しのフレームを削られる痛覚はまさに骨を削られる痛み。

 これまでに経験したことのない激痛を味わいながらルーファスはもう一度焔で刃群を吹き飛ばそうとして――二本の剣が《金》を貫いた。

 

「がはっ!」

 

 そこが限界だった。

 《金》は飛翔を維持できず、無様に墜落する。

 

「ふん……この程度だったか」

 

 声に失望を乗せてヘルムートは大地に這いつくばる《金》を冷めた目で見下ろす。

 

 ――殺セ、滅ボセ、追放ナド必要ナイ――

 

「ああ、そうだな」

 

 耳元で囁く己の声にヘルムートは頷き、《黄金》は倒れ伏す《金》に向けて“イシュナード”を構える。

 

「…………」

 

 わずかな逡巡を挟み、《黄金》は何かを振り払うように剣が振り下ろされ――《金》の手がその刃を受け止めた。

 

「くっ――往生際が悪いぞ! ルーファスッ!」

 

「まだだ……私はまだ……」

 

「貴様も貴族なら潔く介錯を受け入れろっ!」

 

 叫ぶ父の激昂にルーファスは唇を噛み、叫ぶ。

 

「神騎合一っ!」

 

 《金》の霊力を逆流させ、その力を増幅させる。

 

「っ――!?」

 

 かつてオルディスで成功した術だったが、心の内に迷いを抱えた今のルーファスが扱えるものではなかった。

 《騎神》の霊力にルーファスという存在は容易く呑み込まれ、《闘争》の呪いを燃え上がらせる部品と化す。

 それは《神騎合一》ではなく《鬼気》の解放。

 

「ガアアアアアアアアアアアッ!」

 

 獣のような咆哮を上げて《金》は力任せに深紅の剣を振り抜く。

 黒い焔の剣閃が《黄金》を吹き飛ばす。

 

「ぬうっ!? ルーファス……貴様っ!」

 

 《金》が纏う《鬼気》に呼応して、《黄金》が纏う《呪い》がより濃くなりヘルムートの殺意が膨れ上がる。

 

「ヘルムート・アルバレアッ!」

 

「ルーファスッ!」

 

 駆け引きを忘れ、《金》と《黄金》は殺意を剥き出しにして最大の速度で正面から激突する。

 深紅の刃が《黄金》の肩を貫き――兄弟剣の刃が《金》の胴を貫いた。

 

「あ……」

 

 騎神越しに息子を貫いた感触にヘルムートは息を飲む。

 

「――ヘルムート・アルバレア……私は……わたしはっ! 貴方が――」

 

 対する《金》は貫かれながらも弱々しく拳を握って《黄金》の顔を殴る。

 言葉にできない憎しみと憤りを込め、力のない拳が何度も何度も《黄金》の顔を叩く。

 

「ふん……」

 

 ルーファスの叫びを無視して《黄金》は乱暴に《金》を蹴り、剣を抜く。

 支えを失い落下していく《金》を睥睨して、《黄金》は翼の導力砲を向ける。

 

「……これで……これで私の悪夢も終わりだ」

 

 わずかに逡巡するもそう呟いて、ヘルムートは翼の導力砲の引き金を引く。

 六条の光が墜落していく《金》を穿つ。

 左腕が肩から弾け飛び、顔が半分削れ、そして《金》の“核”を光条が貫き――

 

「ったく、ヘタクソ過ぎて見てられねえな」

 

 誰かの声が響いた。

 

「何っ!?」

 

 “核”を撃ち抜いたはずの光が焼き尽くされる。

 そう形容するしかない異様な光景を目の当たりにしてヘルムートは目を剥いていると《金》は全身から焔を溢れさせ大地に着地する。

 そして次の瞬間、焔が《金》を中心に渦巻き爆発が起こる。

 

「っ――」

 

 一息で空に舞い戻った《金の魔神》はその勢いのまま深紅の剣を突き出して《黄金》に迫る。

 咄嗟に盾にした剣を代償にその一撃を逸らし《黄金》は《金》から距離を取る。

 

「――貴様、何者だっ!」

 

 ルーファスではない荒々しい気配にヘルムートは叫ぶ。

 

「はっ! 別に誰だって良いだろ」

 

 対する声はやはりルーファスのものではなく、粗野な声が返って来る。

 

「こいつがあまりにもヘタクソだったからな……俺の“焔”があの程度なんて思われちまったら困るんだよ」

 

「何を言っている貴様は――」

 

「劫っ!」

 

 深紅の剣が振り抜かれ、焔が津波となって押し寄せる。

 

「ぬおおおおっ!?」

 

 “ディフレクションバリア”が焔を受け止めるが、焔の津波に《黄金》は押し流される。

 

「シャアアアアアアアアアアッ!」

 

 吹き飛んだ《黄金》に《金》は全身から焔を噴出させて追い縋り、障壁に深紅の剣を穿つ。

 その一突きは《黄金》ごと激しく揺さぶり、障壁は砕け散る。

 

「おらぁっ!」

 

 剣を引き戻しながら《金》は《黄金》を足蹴にする。

 

「くっ……調子に乗るなっ!」

 

 たたらを踏むように後退しながら《黄金》は剣を振り、新たな刃群を生み出しその奔流を《金》に放つ。

 

「はっ! 甘いんだよ!」

 

 対する《金》は焔の濁流を放つ。

 刃の奔流と焔の濁流は正面からぶつかり合い、焔が全てを呑み込み突き進む。

 そしてそれは《黄金》を呑み込み――

 

「あん?」

 

 手応えのなさに彼が眉を顰めた瞬間、《金》の背後の空間が揺らぎ《黄金》が剣を薙ぐ。

 

「ちっ――」

 

 完全な不意打ちにも関わらず、《金》が纏う焔の衣が《ブルトガング》の剣を振れた瞬間に焼き尽くす。

 

「おもしれえもん持ってるじゃねえか」

 

 悠然と振り返る《金》に《黄金》は距離を取ると、その姿が揺らぎ消える。

 《空の匣》。

 空間歪曲を利用した、百の物体を一に圧縮してその場から消失したように見せかける技術。

 そこにいるがそこにいない。

 その状態を利用して《黄金》は宙空に無数の剣群を生み出した。

 全方位から飛来する剣の群れに、刃片の奔流。

 それらを目くらましにしながら、一瞬だけ《黄金》は現れて不意打ちをして空間に消える。

 

「くくく……良いじゃねえか……」

 

 《黄金》が消える原理を知らない彼は楽しそうな笑みをこぼす。

 デタラメに全周囲攻撃を持って現れた瞬間を狙って全てを焼き尽くすこともできるのだが、彼はあえて奥の手を切る。

 

「良いぜ……特別だ。俺のとっておきを見せてやる」

 

 《金》の左手に四角い石のような《方石》が現れる。

 

「《焔庭》――無間煉獄」

 

 《方石》から光が溢れる。

 光は《金》とその周辺に潜んでいた《黄金》を問答無用で《方石》が作り出す世界に取り込む。

 

「…………何だ……これは?」

 

 空間圧縮で隠れていたはずの《黄金》は景色が一変した光景に思わず立ち尽くす。

 焼け焦げた大地に炎が埋め尽くす空。

 煉獄という場所が本当に存在するのなら、こんな場所なのではないかとヘルムートは場違いにも考えてしまう。

 

「簡単なことだったんだ……」

 

 目の前に対峙する《金》は何かを馳せるように語り始める。

 

「俺の焔が空間を壊しちまうなら、俺の力で俺が全力を揮える世界を作り出せばいい。そう《影の国》や《箱庭》のような世界をな」

 

「世界を作る……何を言っているのだ貴様……」

 

 聞こえて来る常軌を逸した理解できない言葉にヘルムートは周囲の熱さを忘れて寒気を感じる。

 

「どうした? さっきまでの威勢はどこにいった?」

 

 話しかけてくる《金》の言葉に《黄金》は思わず後退る。

 

「この……化物めっ!」

 

「だったらどうする? 無様に跪いて命乞いでもするか貴族様よっ!」

 

「っ――オオオオオオオオオッ!」

 

 嘲笑を含めた挑発に《黄金》は雄叫びを上げて“イシュナード”と“エルヴァース”を構え、更に翼を広げて周囲に千の《ブルトガング》の剣を展開する。

 そして突撃。

 空に追尾レーザーを撃ち上げ、千の剣群を引き連れて雄々しく《黄金》は《金の魔神》に斬りかかる。

 

「やめろ……」

 

 千の剣が折られ塵も残さず燃え尽きる。

 

「やめてくれ……」

 

 翼はもがれ、踏み砕かれる。

 

「こんなことを私は望んでいたわけじゃない!」

 

 自分ではないルーファスがその光景に喜んでいることを――片目を《鬼眼》に染めたルーファスは懸命に否定する。

 

「マクバーン! もうやめてくれっ!」

 

「はっ」

 

 ルーファスの懇願をその存在は鼻で笑う。

 

「そんな体たらくで何言ってやがる?」

 

 《呪い》に侵されているルーファスの言葉など聞く耳はないと《魔神》は崩れ落ちた《黄金》の胸に深紅の剣を突き立てる。

 

「あ……」

 

「これはお前の弱さが招いたことだ」

 

 《金の魔神》は見せつけるように《黄金》を片手で持ち上げて掲げ持つ。

 世界が深紅の剣を中心に集束を始め、黄金の焔が《神機》を包む。

 《焔庭》が集束するにつれて焔は更に激しく燃え上がり――天に巨大な火柱を現実界に立ち昇らせた。

 

 

 

 

 帝国の西側で展開されていた戦場はもはや原形を留めていなかった。

 整備された街道を始め、焼け果てた大地はあまりの熱量にガラス化して一種の幻想的な光景を作り出していた。

 そんな光景の中央でそれぞれの半身を朽ち果てさせた《神機》と《騎神》は膝を突き合わせるように向き合っていた。

 

「ぐっ……いったい何が……」

 

 《黄金》だったものは妙にすっきりとした頭を振りながら呻く。

 

「……やってくれたな……《火焔魔人》」

 

 同じく《呪い》だけが焼き払われた《金》のルーファスは彼の揶揄う笑みを想像しながら悪態を吐く。

 二人を侵していた《呪い》は浄火の焔によって清められた。

 これでオルディスでの貸しは返したと言わんばかりの想念を残して《火焔魔人》の気配は《金》から完全に消え失せていた。

 

「ルーファス……」

 

 毒気が抜けた困惑したヘルムートの声がルーファスの耳に届く。

 

「父上……」

 

 生憎だが、状況は把握できていても困惑しているのはルーファスも同じ。

 だが《魔人》がくれた好機に応えるべく、ルーファスは《金》を立ち上がらせる。

 ギギギと立ち上がるだけで全身が軋み、今にも崩壊しそうな音を立てる。

 それでも《金》は最後の力を振り絞る様に深紅の剣を構える。

 

「決着を着けましょう父上」

 

「…………ああ、そうだな」

 

 ルーファスの提案にヘルムートは頷き《黄金》を立ち上がらせる。

 こちらも《金》と同じように身じろぎするだけで崩壊の音を響かせる。

 それでも《黄金》は堂に入った構えで“イシュナード”を構える。

 

「…………」

 

「…………」

 

 鏡合わせの同じ構え。

 かつては見上げた彼の姿を《黄金》に重ねて――

 かつては見下ろしていた彼の姿を《金》に重ねて――

 今、二人は同じ高さの目線を交わして――

 

「オオオオオオオオオオオッ!」

 

「ハアアアアアアアアアアッ!」

 

 踏み出すのは示し合わせたように同時。そして――

 

 

 

 

 それは霊視融合システムの暴走なのか。

 重なり合った《黄金》と《金》は光の粒子となって混ざり合っていく。

 その足元でルーファスは横たわるヘルムートを抱きかかえていた。

 

「父上……」

 

「………………ルーファス」

 

 ルーファスの呼び掛けにヘルムートはゆっくりと目を開き、見上げた彼の顔に憑き物が落ちたような安堵の息を吐いた。

 

「そうか……私は負けたのか」

 

「父上……」

 

「もう良い……もう無理をして私を父と呼ばなくても良いのだ」

 

 ルーファスの言葉にヘルムートは力なく首を横に振る。

 

「私はどうやらお前の良き父にはなれなかったようだ……」

 

「っ……どうして! どうしてユーシスではなく私なのですか! 私は貴方にとって両親の裏切りの象徴のはず!

 なのにどうして私を特別扱いするのですか!?」

 

 この後に及んで向けられた眼差しに叫ぶようにルーファスはヘルムートに問いかける。

 

「ルーファス……私はお前にずっと言いたかったことがあった。言わなければならないことがあった」

 

「それは……っ」

 

 恨み言を覚悟してルーファスは目を伏せる。

 思えば、自分が不義の子だと気付いた時からルーファスはこうなることを避けていたのかもしれない。

 だがこの期に及んで逃げることはしない。

 黙してヘルムートの怨嗟を受け止める覚悟を決めるルーファスにヘルムートは長年胸に秘めた言葉を告げる。

 

「お前は――悪くない」

 

「………………え……?」

 

「全ての罪は私の弟と妻にある……お前が生まれたことを卑下する必要はない」

 

「な…………何で……?」

 

「許せとは言わん。こんな簡単なことを伝えられなかった愚かな私を恨め」

 

「何で……何を言っているのですか! どうして――貴方は恨んで良いはずだ!」

 

 恨むのはそちらの方だとルーファスは叫ぶ。

 

「なのにどうして私を恨まないのですか!」

 

「それは私がお前の父だからだ」

 

「それは……」

 

 口ごもるルーファスを尻目にヘルムートは自分を抱えるルーファスの腕を見下ろす。

 

「あの小さな赤子が……こんなにも大きくなったか……」

 

「父上……」

 

「あの日、お前を初めて抱き上げた時……私は父となったのだ……

 それまでアルバレアの部品でしかなかった私はお前が誇れる“父親”になることを誓った……

 だからお前は私にとって“息子”なのだ……本物か偽物かなど関係ない」

 

「そんな……そんな理由で……」

 

「だからこそ……私は抱き上げたこともないユーシスを“息子”と認めることはできなかったのだろうな」

 

 今まで理解できなかった己の胸の内が自然と言葉となってヘルムートは息を吐く。

 

「これが敗北か……」

 

 全身の感覚がない。

 全てを出し尽くし、その上で負けたというのにヘルムートの心に苛立ちはなかった。

 貴族連合の未来などもはやどうでも良いとさえ思える程にヘルムートは満ち足りていた。

 

「ルーファス……お前がオズボーン宰相を慕っていた気持ちは分からないわけではない」

 

「父上……?」

 

「あの男には不思議な魅力があった……」

 

 ヘルムートが思い出すのは彼を宰相にすると紹介された時の皇帝陛下の顔。

 それまでただの一般兵でしかなかったオズボーンに向けるにはおかしい陶酔し切ったユーゲント皇帝の顔を知っているからこそヘルムートは四大名門はオズボーンを警戒した。

 

「だがあの男を信じ過ぎるな……あの男の言葉は確かに民を思って聞こえの良い言葉かもしれないが、あの男は真に帝国の平和など見ていない……

 奴が何を企んでいたのかは分からんが……ぐっ――」

 

「父上っ! それ以上はお体に障ります」

 

 咳き込むヘルムートをルーファスは案じる。

 

「…………まだ私の事を父と呼んでくれるのか?」

 

「貴方は“父”でした……

 本当に愚かだったのは貴方の愛情に気付かなかった私の方です」

 

 ヘルムートも苦しんでいたのだと今なら分かる。

 弟と妻の裏切り。

 残された子供たちの名誉。アルバレア家の名誉。

 家柄に縛られ、他人の尻拭いを押し付けれた彼の半生の苦しみはどれ程のものだったのかルーファスには想像もできない。

 自分こそが一番の被害者だと考えていたことをルーファスは恥じる。

 

「父上、どうか今の話をユーシスにもしてください。そして抱き締めて下さい。貴方が私にしてくれたように」

 

「…………そうか……そうだな……」

 

 ルーファスの言葉にヘルムートは苦笑する。

 

「それだけで良かったのかもしれないな」

 

 ヘルムートはようやく見つけたユーシスを認める切っ掛けを得たことに笑みを浮かべて――蒼い風が吹いた。

 

 地響きが大地を揺らし、大気が穢れ、遠く離れた帝都のバルフレイム宮が異形の城へと変貌を遂げた。

 

 

 

 

 

 

 






《焔庭》無間煉獄
対超帝国人用に自分が本気を出せる空間。
主がいなくなった《箱庭》の維持と予備のバックアップを受け持つ契約を交わし、代わりに煉獄領域を貰った《劫焔》の新たな遊び場。

その領域の全てが彼の支配下であるため、《空の匣》の機能を力技で捻じ伏せています。



NG ディストピアへの脇道

ヘルムート
「あの男には不思議な魅力があった……
 そうあれは宰相として彼を紹介された時、私達はユーゲント皇帝の陶酔し切った顔を見て気付いたのだ」

ルーファス
「気付いたとは……何を?」

ヘルムート
「そう……陛下はオズボーンに手籠めにされたのだと」

ルーファス
「…………」

ヘルムート
「陛下の息子のオリヴァルト殿下の性癖も! アルフィン皇女の趣味も!
 あの男に歪められたに違いない!
 今ここで誰かがあの男の野望を食い止めなければ帝国の未来は閉ざされてしまうのだ!」


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