帝都ヘイムダルが変貌していくバルフレイム宮だった皇宮は蒼の煌魔城へとなり、頂の《蒼》から機械の根が城とへと根を下ろし、大地へ帝都にまで伸びて行く。
それはまるで一つの植物の“大樹”のように《騎神》は煌魔城と絡み合っていく。
「あれは……あの“大樹”は……」
《カレイジャス》の艦橋から望遠映像でその光景を見ていた一同は変貌していくヘイムダルにただ絶句し――
「……何かノーザンブリアでも見たわねこんなあり得ない光景……」
ふと、そこまで動揺を感じなかったアリサが呟いた。
「第二の《塩の杭》か……そう言えばそんなこともあったね」
アリサの呟きに今は遠い昔とさえ感じてしまう特別実習の時のことをクリスは思い出す。
「んー……目算だと800アージュくらいかな?」
流石のミリアムもこの状況では声に緊張感がある。
「煌魔城……250年前の獅子戦役でも姿を現したという魔城です」
「《獅子心皇帝》と《槍の聖女》、《焔の聖獣》に封じられたもの……
本来なら《緋のテスタ=ロッサ》がなければ顕現するはずはなかったのだけど」
エマの呟きにミスティが補足を加える。
「こんなものを出現させて何をしでかすつもりなの……?」
サラは嘆くミスティに向かって質問する。
「煌魔城の役割は、それこそ獅子戦役よりも更に前の《暗黒竜の異変》を限定的に再現するものよ……」
「暗黒竜の異変?」
「それって……当時の皇帝がセントアークに逃げ延びてヘイムダルは死の都となったって歴史の教科書にあった」
「死の都というのは比喩じゃないわ……
逃げ遅れた生きとし生けるものは暗黒竜の瘴気に当てられて魔獣や魔人に変貌した地獄……
《魔女の眷属》と《地精》が力を合わせても、元に戻すことは不可能だと諦めた災厄……ある意味では《塩の杭》と同じね」
「それをオルトロス帝は獅子戦役の時に再現しようとしていた?」
映像の中でヘイムダルの至る所で現れた《魔煌兵》達は大通りへと集まり外へと向かって行進していく。
「これが獅子戦役の時の光景……」
いったいどれほどの数がいるのか、オルトロス帝が最後まで戦えていた理由をクリスは理解する。
数え切れないほどの《魔煌兵》。
あれが元は人間だったという事実と、貴族連合と帝国正規軍の戦いに参戦しようとしている事に慄かずにはいられない。
「…………どうすれば良いんですかミスティさん?」
叫び出したくなる衝動を呑み込み、クリスは何をすべきなのか尋ねる。
その質問にミスティはわずかな逡巡を置いて口を開いた。
「獅子戦役の時と同じなら……“眷族化”の感染源となっている《蒼》の騎神とその起動者の排除することよ」
「それってクロウ君を――」
ミスティの言葉にトワが絶句する。
「……それで“眷族化”が止まるとして《魔煌兵》にされた人間が戻れる目安はどれくらいなのかしら?」
クロウを排除する。その意味を一旦飲み込んでサラは民間人についての説明を求める。
「本来なら私が《魔王の凱歌》を唄って、ここまでにならないように制御するつもりだったのに」
「姉さんっ!」
ミスティの言葉にエマが眦を上げる。
それを手で制しながらミスティは続ける。
「アルベリヒに《幻焔計画》を乗っ取られた時から、こんなこともあろうかと準備はしてきたわ……
でも結局《魔王の凱歌》に対抗するだけの魔術を使うまでには回復しなかった……彼らを救う手段は私には……ないわ」
「そんな……」
ミスティの手がないと言う言葉に艦橋に重い沈黙が流れる。
「姉さんっ! 諦めないで!」
その沈黙を破る様にエマが叫ぶ。
「姉さんができないなら私がやる!」
「ダメよエマ。これは貴女には負担が大き過ぎるわ。別の方法を探しましょう」
ミスティはエマの身を案じて、別の手段を模索する。
「姉さん! 私は姉さんが里からいなくなってから、姉さんに追い付くために“巡回魔女”として認めてもらうために頑張ったんだよ……
まだ姉さんから見たら未熟かもしれないけど、お願い私に帝都を守らせて!」
「エマ……」
「“魔女”としてじゃない……
エマ・ミルスティンにとって帝国には大切なものが、守りたいものがあるの……
だから私は帝国を守るために全力を尽くしたい。そのためならどんなことでもするから!」
「それ程の覚悟を……」
ミスティはエマの宣言とも言える言葉から感じる成長を感じて目を細める。
良くも悪くも“魔女”と“外”を区別して人見知りになっていた義妹が帝国を使命としてではなく、人として守りたいと言い切ったことにミスティは感動して――
「それじゃあエマがこう言ってくれたことだし、遠慮はいらないわね」
言質を取ったと言わんばかりにミスティは綺麗な微笑みを浮かべた。
「え……?」
「オリヴァルト殿下、第五倉庫のあれを使わせていただきます……
それからヨシュア、婆様から“杖”を預かって来ているのでしょ? それを渡してちょうだい」
「え……え……ねえさん……?」
「何でもしてくれるんでしょ?」
困惑するエマにミスティはヨシュアからエステルが背負っていたものを受け取り、改めて微笑みかける。
その笑みにエマは嵌められたのだと気付くがミスティはその準備を進めて行く。
そんなエマを他所にオリヴァルトが声を上げる。
「待ちたまえミスティ君。第五倉庫のあれを使うと言う事はつまり“アレ”をすると言うことかい!」
「ええ、“アレ”です」
「本気なのかい! “アレ”は禁忌として第五倉庫に封印されたもの……それを使う事の意味を君は分かっているのかね!?」
「この非常事態で手段は選んでいられません。そしてできることなら皇子やアリサさん達にも手伝って欲しいのですが」
「わ、私も!?」
話を振られて驚くアリサに対して、オリヴァルトは迷うことなく承諾する。
「ふ……どうやら《カレイジャス》の秘密兵器を解き放つ時が来たようだな」
ミスティの言葉にすっかりとやる気になるオリヴァルト。
「ねえミュラーさん。第五倉庫の“アレ”って何?」
「察してくれ」
エステルの質問にミュラーはそれだけを絞り出して項垂れる。
「たぶんオリビエさんのことだから、秘密にしておきたかったもの……なんだろうね」
この護衛役が禁忌にしたものを想像してヨシュアは遠い目をする。
「それはそれとしてヨシュアとエステル。貴方達二人は帝都に下りてもらうわ」
喚き始めるエマを片手であしらいながらミスティは遊撃士の行動を決める。
「それは別に良いけど、あたし達があの《蒼い風》の中に入って大丈夫なの?」
「あの《蒼い風》は霊力を奪うもの、ある程度気を高めれば跳ね除けることは可能でしょう」
「なるほど……」
「それに貴女達は聖獣の聖別を受けた武具を持っているわ。その点でも貴女達なら今の帝都でもそれなりに動けるはずよ」
「うん、分かった。それであたし達は何をすれば良いの?」
躊躇なくエステルはミスティの指示に頷く。
その躊躇いの無さにミスティは少し驚くが、すぐに気を取り直して続ける。
「貴女達にしてもらいたいことはまだ《魔煌兵》になっていない人達の救出よ……
おそらくだけど、帝都80万人が一斉に《魔煌兵》になったとは考え辛いから、無事な人もしくはまだ成り切っていない人がいるなら助けて上げて欲しいの」
「そう言う事なら。うん、遊撃士のあたし達にはうってつけな仕事ね」
「そ、それなら私も!」
意気込むエステルに同調する形でトワが手を上げる。
「帝都には私がお世話になっている叔父さんと叔母さんがいて……それに土地勘もありますから役に立てると思います!」
「カレイジャスには運搬車も搭載していたはずだ。ヨシュア君」
「ええ、ミスティさん。僕達は導力車を見て来ます」
ミュラーとヨシュアはそう言って車の確認のため艦橋を後にする。
それを尻目に見送り、サラは先程敢えて話題を避けた本題を振る。
「それで肝心の《煌魔城》は……いいえ、クロウはどうすれば良いのかしら?」
その一言に艦橋に重い沈黙が再び訪れる。
「こういう儀式の場合は、触媒にされている依り代を壊すか、儀式を起こしている術者を排除するかね」
「僕は以前に言った通り、クロウを殺すことは躊躇いはないですよ」
「っ……」
クリスの言葉にサラは俯く。
キーアが言っていた《蒼の起動者》を生かしておく“因果”があったとしても、事態はもう彼を擁護できる範囲を超えて大きく取り返しのつかないものになっている。
「分かってる……分かってるわよ」
クロウにどんな思惑があって、こんなことをしでかしたのかは分からない。
既にオズボーンへの復讐は果たしているはずなのに、何故暴走を続けるのか。
一年、彼の担当教官として面倒を見て来たはずなのに、クロウの考えていることは分からない。
葛藤するサラやトワ達にクリスは嘆息する。
別にそれを責める気はない。
自分達と違って、サラやトワはクロウとの付き合いは長い。
だが、彼女たちの意思を配慮していられる余裕は今はない。
「クロウとの決着は僕が付けて来ます。みんなは――」
「ちょっと良いかな」
クリスの言葉を遮って、場を仕切っていたミスティに代わって通信席に座っていたナーディアが手を上げた。
「何かあったのかい?」
「今、導力通信で貴族連合から連絡が来たよ」
「それは……」
このタイミングでの通信に緊張が走る。
「映像を正面のモニターに出してくれるかい?」
「はーい」
間延びした声で返事をしてナーディアは端末を操作する。
数秒遅れて、モニターが起動してその人物が映る。
「君は……」
そこにいたのはクリス達が思い浮かべたクロウでも、クロワールでもなかった。
「このような突然の通信、申し訳ありません」
ミント髪の少女はまず不躾な通信を謝罪して名乗る。
「私の名はミルディーヌ・ユーゼリス・ド・カイエン……
現カイエン公であるクロワール・ド・カイエンの姪に当たる者です」
*
帝都ヘイムダルの南に位置する軍の演習地に《カレイジャス》は降り立つ。
周囲は貴族連合の部隊に囲まれているが、彼らに攻撃の意志はない。
本来ならすぐにでも《煌魔城》へ突入するべきなのだが、貴族連合を代表して会って話をしたいというミルディーヌの申し出を無視できないものがあった。
《カレイジャス》から降りるのはクリスとミリアム、アルフィン。その護衛役としてエリゼとアルティナの四人。
そして警戒を示すように《灰》が彼らの相対に立ち会う。
他の者達はそれぞれの準備に奔走している。
いわばこの会談はその準備が整うまでの繋ぎでしかない。
「突然の提案を受け入れてくださり――」
「そう言うのは結構ですミルディーヌ公女」
貴族連合の基地の中、背後に《黄金のシュピーゲル》を控えさせながら頭を下げようとするミルディーヌの言葉をクリスは不躾にも遮った。
「ちょっとセドリック」
それを貴族として相応しくない作法だと非難してくるアルフィンを無視してクリスは続ける。
「僕達は君達、貴族連合が引き起こした“異変”に対処するために余裕はない。挨拶も礼儀もこの場では不要だ、要件を言ってくれ」
「そうですね……」
単刀直入な言葉にミルディーヌは頷く。
「先程、貴族連合の主宰であるカイエン公から全軍に通達がありました……
内容は切札を使って、迫る帝国正規軍を一網打尽にすると……おそらくあれがそうなのでしょう」
振り返り、遠目に見える《煌魔城》をミルディーヌは振り返る。
「それ以上の説明はなく、貴族連合の兵士は突然現れた《城》と――それを切っ掛けに仲間が《魔煌兵》と呼ばれるゴーレムに変貌したことに動揺しております」
それこそ帝国正規軍と戦っている場合ではないと言わんばかりに前線は混乱を極めた。
《煌魔城》の出現により、貴族連合と帝国正規軍の戦いは止まっている。
「それだけではありません……
《蒼い風》から逃れて帝都から逃げ出した市民をわたくし達は保護しています。そして彼らが教えてくれました。今の帝都の中がどうなっているのかを」
「僕達も空から見たよ」
「わたくし達は不信に感じながらもカイエン公の言葉を信じ従っていました……
ですがこの“異変”を造り出している元凶がカイエン公ならば、このような蛮行は決して許せるものではありません……
どうかわたくしたちに逆賊であるクロワール・ド・カイエンを討ち取る機会を与えてください」
説明を最小限に、ミルディーヌは要求を述べる。
「つまりカイエン公を裏切るから僕達の仲間にして欲しいということかな?」
「ええ、そうなります」
クリスが言い直した言葉にミルディーヌは頷く。
悪びれた様子もなく、感情が読み取れないミルディーヌの顔にクリスはため息を吐く。
「一つ確認しておきたいんだけど、ダーナさんをユミルに送ってくれたり、ルシタニア号をオスギリアス盆地に派遣してくれた彼女たちのボスは君かい?」
「さあ、何のことでしょう、ふふふ」
優雅に微笑んで惚けるミルディーヌにクリスは肩を竦める。
「はっきり言わせてもらえば、僕は君達を信用できない」
「ちょっとセドリック」
「アルフィンは黙っていて……
僕には《煌魔城》の出現が貴族連合の総意によるものなのか、カイエン公の独断によるものなのかを判断することはできない」
盤外の情報など分かるはずもなく、これまで見て来た貴族の在り方を考えると平民などいくらでも変わりがあると考えて認める者達がいてもおかしくない。
「殿下が疑いになるのは当然です……
ですが信じてください。わたくしたちも守るべき民をあのような“異形”にしてまで勝利したいとは思っておりません」
「その言葉を信じるとしても君達には何が出来ると言うんだい?
カイエン公の隣にはおそらく《蒼の騎士》がいる。君達に《騎神》を討ち取る力があるとでも?」
「ですが、わたくし達にも出来ることはあると思います」
クリスの質問にミルディーヌは怯まず言い返す。
「例えば……わたくしは既に各地の貴族連合の部隊に“異変”が起きた場合の根回しは済ませてあります」
「なっ!?」
ミルディーヌの言葉にクリスは耳を疑う。
《煌魔城》が出現したのはつい先程。
なのにこの状況を見据えていたという言葉はにわかには信じられないものだった。
「根回しというのは具体的にはどんなものなんだい?」
「各地での帝国正規軍との戦闘の中断、停戦することを約束させています。もっとも最後の条件としてわたくしがセドリック殿下を説得できたらの話ですが」
「君は……」
ミルディーヌは言外にこの内戦を終わらせるカードを見せて来る。
彼女が提示する条件はどれもクリス達にとって魅力的なものだった。
帝都の面積は言うまでもなく広大。
エステルやヨシュアだけではとてもカバーしきれない。
だが、ここにいる貴族連合の部隊の協力があればより多くの者を《魔煌兵》になる前に救い出すことができる。
そして《煌魔城》への対処ばかり気が取られていたが、貴族連合と帝国正規軍が帝都がこんなことになっていてもまだ争っていられるのはあまり気持ちがいい事ではない。
「ミルディーヌ公女、貴女の提案は分かった……
でも君はいったいどういう立場でここにいるんだい? この部隊の指揮官だとでも言うつもりかい?」
「はい、その通りです」
クリスの質問にミルディーヌは頷く。
「もっともわたくしはただのお飾りとして叔父にオーレリア将軍の部隊に押し込められたに過ぎません」
作戦の立案や戦場での指揮なども全て将軍に任せて指揮官の席に座っているだけのお飾りでしかなかったのだとミルディーヌは自嘲する。
「ですが、これでもカイエン家の公女です。他の指揮官とお話しすることはできるんですよ」
ふふふと笑みをこぼすミルディーヌにクリスは底知れないものを感じる。
「クリス……」
「分かってる」
アルフィンの呼び掛けにクリスは頷く。
条件は悪くない。
この“異変”に怖気づいて、不信に感じながらも従うしかなかったカイエン公から離反するという意味では今が絶好の機会とも言える。
そして一人でも救いたいと考えているクリス達にとって、ミルディーヌの提案は怪しくても受けるメリットは十分にある。
そもそもこの地に降り立った時点で、貴族連合を取り込むことは想定の範囲だった。
「分かった。君達の協力を受け入れる」
「ありがとうございます。クリスさん――いえ、セドリック殿下」
ミルディーヌは感謝から頭を下げ、その行動に遠巻きに見ていた兵士たちもほっと胸を撫で下ろす。
「申し訳ないが、一つよろしいですか?」
しかしまとまりかけた会合に待ったを掛けたのはミルディーヌの後ろに付き従っていた《黄金のシュピーゲル》だった。
「オーレリア将軍? 何を?」
ミルディーヌの困惑を他所にシュピーゲル――オーレリアはクリスを見下ろして居丈高な言葉を発する。
「先程、其方は私に《蒼の騎士》を討ち取ることはできないと言ったが、果たして殿下にそれができるのでしょうか?」
「オーレリア将軍、それ以上は不敬になります。慎みなさい」
「いいえ、ミルディーヌ殿下。これは重要なことです」
ミルディーヌの制止を振り切ってオーレリアは続ける。
「逆賊クロワール・ド・カイエンとその筆頭騎士であるクロウ・アームブラストを討ち取る“力”を証明できないのであれば、私は其方を送り出すことはできません」
駄々を捏ねる様なオーレリアの言い分にクリスは違和感を覚えながら尋ねる。
「“力”を証明しろと言うのは具体的にはどうしろと?」
「言うまでもない。《騎神》に乗っていただこう」
そう言って《黄金のシュピーゲル》は“アーケディア”を模した機甲兵の剣を構える。
それだけでオーレリアが何を望んでいるのか理解する。
「オーレリア将軍、僕はそんなことをしている暇はないと言ったはずですよね?」
「貴方が本物のセドリック皇子だと言う事は認めましょう……
ですが、だからこそ“力”がないというなら貴方を《蒼》の下に向かわせることはできません……
代わりに私がこの身命を賭して、カイエン公と《蒼の騎士》の首印を取って来ることを誓いましょう」
「オーレリア将軍……」
ある意味、彼女らしい意見。
《緋の騎神》に《蒼の騎神》を倒せるだけの見込みがあるのか、なければそれこそ貴族連合がここでクリスに従う理由はない。
そしてクリスに見込みがないのなら、皇族を死地に送り出すことは出来ない。
それがオーレリアの主張なのだが、クリスはやはり違和感を覚える。
「ミルディーヌ、どうやら――」
これ以上は付き合い切れないと、クリスはまとまったはずの交渉を打ち切ることに決めて――
「セドリック殿下、一当てするだけで良いんですよ」
先程のオーレリアへの驚きを忘れたかのような笑顔でミルディーヌはクリスに囁いた。
「……それはどういう意味だい?」
「この交渉でこの部隊の全ての兵が殿下の傘下に入ることを納得しているわけではありません……
この“異変”による混乱に乗じた意識統一など一時的なものに過ぎません……
貴族連合の主宰であるカイエン公に反旗を翻すか、彼が起こした“異変”を受け入れるか、迷っている者達も多いのです……
だから彼らの迷いを払うためにも《黄金の羅刹》を討ち取った“栄誉”が必要なのです」
「ミルディーヌ……貴女は……」
「オーレリア将軍も納得しております……
それに何もこれは兵士に限ったことではありません。帝都から逃げてきた市民を安心させるためにも、どうか現代のドライケルス大帝となってください、セドリック皇子」
ようやく違和感の正体に気付く。
一連のオーレリアの言動はヤラセ。
「それは正気なのか?」
“武人”として八百長など決して認めない。
それがクリスの知っているオーレリアだ。
だが、ミルディーヌはそれを否定する。
「正気です。オーレリア将軍は納得しています」
ミルディーヌが代弁するオーレリアの覚悟にクリスは閉口する。
「もちろん他の打算もあります……
このままセドリック皇子が独力で“異変”を解決しカイエン公を討ち取れば、貴族連合は処罰を畏れ最後まで抵抗をすることになるでしょう……
ですので戦後のためにも、わたくし達にはこの場面でカイエン公に反旗を翻してセドリック皇子に従ったという事実が必要なのです……
厚かましいお願いをしているのは自覚しています、ですがこれがわたくし達がセドリック殿下に差し出せる代償です」
「っ……」
恭しく頭を下げるミルディーヌにクリスは顔をしかめる。
「テスタ=ロッサッ!」
そして憤りに任せてクリスは《緋》を呼ぶ。
格納庫にいた《緋》はその声に応じて、短いながらも空間転移でクリスの背後に現れて、彼を乗せる。
「そうだ……それで良いのですセドリック殿下」
立ち上がる《緋》に“シュピーゲル”の中からオーレリアは頷く。
部下たちが迷いなく戦うためならいくらでも泥を被ると、“武人”としてではなく“将軍”としてオーレリアの覚悟は決まっている。
「さて派手に散らせて頂くとしよう」
これで内戦が終わっても、貴族側にも生きる目ができる。
それにオーレリアにはオズボーン宰相の暗殺を止められなかった者としての負い目もある。
暗殺計画に関わる位置にいたわけではないが、一人の武人としてオズボーンと手合わせしてみたかったとさえ思っていた相手。
そんな宰相を暗殺という非道な手段で排除したカイエン公とクロウに思う所がないわけではないが、“公人”として徹して来た。
「出来る事なら、本気の殿下とも剣を交えてみたかったものだがな」
ユミルで彼を鍛えた頃をオーレリアは懐かしむ。
もうあの穏やかな温泉郷は失われてしまったと思いを馳せ、オーレリアは――
「オーレリア将軍……僕を舐めないでください」
苛立ちが混じったクリスの声がオーレリアの耳に届いた。
「ええ、将軍やミルディーヌが言いたいことは分かります」
この人についていけば大丈夫。
そんな安心を抱かせるオズボーンや“彼”にクリスが感じていたカリスマが今求められているのだと言う事は分かる。
そして《蒼の騎士》との戦いを控えている《緋》を消耗させるわけにもいかないことも配慮してくれているからこその、ヤラセでもあるのだろう。
「でも……」
ユミルの崩壊の後で秘密裏に手を貸してくれたことを考えれば、彼女たちの提案を受けるのは吝かではない。
「貴女だって……僕が乗り越えたいと思った一人なんです」
「セドリック皇子……」
あの頼りなかった皇子が士官学院での生活とこの内戦で逞しく育ったことにオーレリアは感慨深いものを感じる。
「セドリック皇子、今は皇子としての務めに――」
「だから本気で行きます」
オーレリアの言葉を遮って《緋》は剣を掲げるとその周囲に七つの武具が浮かび上がる。
「ふむ……」
言葉はもはや不要かとオーレリアは口を噤み、《シュピーゲル》に大剣を構えさせる。
“千の武器”を持つ《緋の騎神》。
不本意な戦いであるが、教え子に向けられる殺気の心地よさにオーレリアはほくそ笑む。
「七つの武具をいなし、最後の殿下の一撃を受ければ良いか……」
負けることを決めているオーレリアに見せ場が与える配慮を感じて思わず苦笑する。だがその考えはすぐに否定された。
「勘違いしないでください。オーレリア将軍」
《緋》は右手に魔剣を握り、左手に浮かんでいる大剣を握る。
「一撃で僕は貴女を倒す!」
そう宣言するクリスは脳裏に一人の少年を思い浮かべていた。
特別実習の時に“彼”が拾って来た暗殺者。
突然増えた弟分に不満は多く、ましたや“彼”だけの八葉の技の一端を教えてもらっていることに嫉妬もした。
内戦では目立たないが良く働いてくれて信頼もしているが、やはり複雑な感情を抱かずにはいられない。
その中でも一つだけ、彼に――スウィンにクリスは憧れているものがある。
それは即ち――
――合体剣ってカッコイイよね――
「ブリランテ――」
左手の大剣を半物質まで錬成を緩めて、右手の魔剣に乗せる。
魔剣を覆い隠すように炎の霊力が包み込み、その刀身を伸ばす。
「エリクシル――」
周囲に浮かぶ武器から“雷の槍”を取り、同じように魔剣に重ねる。
「っ――」
長大な炎の刀身の先に雷の刃先が生まれ、同時に右手に掛かる剣の重さが増す。
「リヴァルト――」
次は《風の剣》を取り剣に重ねて、刀身に深緑の片刃の刃が生まれる。
更に肥大化した重量を支え切れず、その切先が轟音を立てて大地に埋まる。
「グラティ――っ!?」
続く巨槌に手を伸ばしたところで、周囲の武器は砕け散った。
ここが今の自分の限界だと察したクリスは剣先が大地に埋まった剣に爪を立てるように強く握り込み、“力”を込めて持ち上げる。
ギギギと、貴族連合の基地に《緋の騎神》の体が軋む音が鳴り響く。
身の丈を超える鉄塊。尋常ではない“力”を感じさせる剣が持ち上がっていく様を誰もが息を飲んで見入ってしまう。
「覚悟は良いですかオーレリア将軍っ!」
重い動きで巨剣を肩に担いだ《緋》からクリスの叫びが響く。
その声にオーレリアは返事をすることを忘れ――
「くっ……ハハハハハハハハッ!」
腹の底からオーレリアは声を上げて笑った。
「貴方には“一”を極める才能はないと言ったが、なかなかどうして……」
明らかに扱い切れていない巨剣だが今この場においては些細な問題に過ぎない。
この戦いがヤラセである以上、オーレリアは打ち合わなければならない。
アルゼイドとヴァンダールの剣を極め、あらゆる名剣をその目にして来たオーレリアにしても理知の外に“三重の剣”とも呼ぶ巨剣。
浮かんでいた武器の数を考えればどこまで重ねることができるのか、それこそ“千”の武器を一つに重ねることができるのか興味は尽きない。
「いや、今は良いか」
クリスの将来に期待を感じながら、オーレリアはその思考に一旦蓋をする。
そして先程とは比ではない闘気を練り始めた。
「オ、オーレリア将軍っ!」
闘気が生み出す風に髪を抑えながらミルディーヌは剣に“洸”を宿した《シュピーゲル》を驚きの表情で見上げる。
「申し訳ありません。ミルディーヌ様」
“公人”として“将”として、ここで《緋》と本当に剣を交えるメリットなどない。
だが、ここでこの一撃を受け止めなければ一時期とは言え彼の師となった者として、それこそ無責任だろう。
「何より、やはり不正は良くないな」
民のため、部下のため、己を曲げようとしたオーレリアは理論武装をして《シュピーゲル》を歩かせる。
「っ――」
「さあ……殿下見せて頂きましょう。貴方のこの一年の成長を」
剣の重量によってまともに動けない《緋》の間合いに無造作に居座って《シュピーゲル》は大剣を構える。
「今日こそは届かせてもらいます!」
右手に《鬼気》を焔のように溢れさせ《緋》は巨剣を振り上げる。
「受けて立ちましょう! セドリック皇子っ!」
《シュピーゲル》は“洸”の大剣を掲げる。
そこに技も駆け引きもない、渾身の一撃が激突する。
貴族連合の兵士が、帝都から民が、アルフィンとミルディーヌが、そして《カレイジャス》からユーゲント皇帝が見る。
凄まじい颶風と轟音を鳴り響かせて――剣が砕け散った。
「っ――どうだっ!」
振り抜いた巨剣の勢いに流された体を踏ん張りながら、クリスは溜め込んだ息を吐くように叫ぶ。
「ええ……」
そんな喜色を含んだ声にオーレリアは砕けた大剣の慣れ果てを見下ろして満足そうな笑みを浮かべる。
これがまともな戦いだったなら負けはしなかった。
機甲兵用のアーケディアでなく本物ならば砕けなかった。
様々な言い訳が頭に過るが、全て教え子の成長の喜びに流し、オーレリアは最後の務めを果たす。
「セドリック皇子……」
黄金の《シュピーゲル》は膝を折り、《緋》に頭を垂れる。
「これより私は貴方の臣下として働きましょう」
「ああ、許す」
機甲兵越しにも分かる厳かな礼にクリスも背筋を伸ばして答え、右手の巨剣を散らしながら新たな《大剣》をその手に造る。
「セドリック・ライゼ・アルノールが命じる……
これより其方は我が部下として帝国正規軍と協力し帝都の民を救え、折った剣の代わりはこれを使え」
そう言って差し出すのは《緋》の力で造り出した折ったばかりの宝剣《アーケディア》。
「御意――」
恭しい態度で剣を受け取った《シュピーゲル》は立ち上がり、オーレリアは周囲を見回して剣を掲げて声を張り上げる。
「これより我らはセドリック皇子と共に逆賊クロワール・ド・カイエンを討つ!」
その宣言に貴族連合の基地の至る所から歓声が上がり、セドリックの名が叫ばれる。
「これで内戦は終わる……」
《緋》の中、自分の名を連呼する兵や民の声を聞きながら、クリスは浮かれるよりも今後の事を考える。
お膳立てされたとは言え、クロワールを共通の敵にすることで貴族連合と正規軍を共闘させることはできた。
それで互いの蟠りがなくなったわけではないが、歩み寄るという点では確実に一歩前進したはずだと思いたい。
そして、その一歩を無駄にしないために何としてもカイエン公とクロウを討ち取らなければならない。
「今度こそ決着を着けさせてもらうよ、クロウ」
聳え立つ尖塔にオルディーネを飾った禍々しい城を見上げてクリスは呟く。
後顧の憂いはなくなった。
帝都のことはオリヴァルトやエステル達、オーレリアと後に正規軍とやって来るだろう仲間たちに任せれば良い。
自分はもう振り返らずに進めば良いのだと、決意を新たにして――
「ん……?」
歓声に沸き立つ群衆の向こう、街道への出入り口から見覚えのある四人が基地に入って来たことにクリスは気が付く。
「…………な……んで……?」
三人を付き従えて堂々と貴族連合の基地を歩くその存在に沸き立つ民衆はクリスに遅れて気付き、静まり返って行く。
そして自然と人垣は割れて、彼らの道ができる。
「ゼクス中将……」
男の右に控えるのはクリスが小さい頃から世話になった隻眼の幼馴染の叔父。
「それにアンゼリカ先輩とログナー侯爵……」
左側に連れ立っているのはアンゼリカとログナー侯爵。
「どうして……貴方が……?」
彼らは共にアイゼンガルド連峰での機甲兵の暴走によって消滅したはずだった。
そんな彼らがどうして生きているのか。
しかも争っていた陣営のゼクスとログナーが険悪な様子もなく、肩を並べて一人の男に付き従っているのか。
多くの困惑があるものの、彼らの生存以上にクリスは先頭を歩いている男に最も驚愕していた。
「フフフ、お見事でした。セドリック殿下」
低く艶のある声がクリスを褒める。
「良き成長をなされたようで、これも女神の導きでありましょう」
クリスの、民衆の注目に動揺せず、黒髪の男は不敵な笑みを浮かべる。
「遅ればせながら、最後の局面にはどうにか間に合ったようですね」
申し訳なさそうな謝罪を口にして、男は名乗る。
「ギリアス・オズボーン。これよりセドリック殿下の傘下に入り、貴族連合と共に逆賊カイエン公を討ち取る手助けをさせていただきましょう」
この時に閃Ⅱをやっていて思ったこと、甲板に人が出ているのにミサイルを回避するだけとは言え機関全速で飛ぶのはあかんのではと思いました。
続く閃Ⅳの機動要塞突入も人力での対空砲と防御で強行突破は流石に無理があるような気がしました。
*
原作だと貴族連合の内戦後のダメージコントロールはルーファスが担っていたと考えます。
この話ではそれがないためミルディーヌによって落とし所を作る下準備として貴族連合と正規軍の停戦を持ちかけています。
そうしないとカイエン公の連座でミルディーヌを含めた親戚にも累が及んで処罰の対象となる為の自衛です。
カイエン公がオーレリアの部隊にミルディーヌを押し付けていたのは、あわよくばこの内戦中に彼女を排除する思惑がありました。
それを逆手にとって、ミルディーヌは各部隊の隊長にダーナ製のお守りを持たせて“異変”が起きた時に発言力が得られるように足場造りをしていました。
やっていることは空でのオリヴァルトとカシウスに近いのかな?
*
《緋》の武装デバイス
重剣
スウィンの剣を参考に“千の武器”で生み出す武器を折り重ねて強化を重ねた合体剣。
今は芯になる“テスタ=ロッサ”を除いて三つの武具を重ね合わせるのが限界となります。
また武具同士の反発を抑えるための《右手の鬼の力》がなければ固定化はもちろん振り回すこともできない、現時点では欠陥武具です。
“千の武器”の改造であり、マテウスの時の《鬼の力》の付与術が1に+10するものとすれば、今回のは武器の1だった部分を10にするものになります。
余談ですが、閃Ⅲからのアガットの“重剣”がガランシャールやアーケディアを見慣れたせいか、随分小さく感じていました。