(完結)二人の緋皇 ―閃の軌跡Ⅱ―   作:アルカンシェル

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遅くなって申し訳ありませんでした。

黎の軌跡の発売日が決まりましたね。
まさかフィーが続投するとは思っていませんでした。

前倒しできる内容なら《■の軌跡》としてとある盗品を依り代にした彼とアニエスと繋がりを作って閃ⅡとⅢの間でやるのもありかと考えていたりします。





6話 逃亡作戦

 

 

「はあっ!」

 

 月明かりが照らす高原の中、クリスは渾身の一突きを氷の幻獣に突き立てた。

 それが決定打となり氷の幻獣は断末魔を上げ、魔獣と同じようにセピスを撒き散らして消滅する。

 

「やったね」

 

「ええ」

 

 クリスはシャーリィとハイタッチを交わし、そこで切り替える。

 幻獣は前哨戦に過ぎない。

 ここからが本番であり、二人は振り返って遠くに見える監視塔を見下ろした。

 

「どうやら気付かれていないみたいだね」

 

「セリーヌの結界のおかげだね」

 

「ふん、当然よ」

 

 夜の闇の中ではアーツの発光や火炎放射や銃口のマズルフラッシュは目立つが、それが監視塔に察知された気配はない。

 ここに来る道中も導力バイクは無灯火でと気を使っていたが、特に問題はなくひとまずクリスは安堵の息を吐く。

 

「とりあえず、はい」

 

 シャーリィは導力バイクの収納スペースから双眼鏡を取り出してクリスに投げ渡す。

 

「監視塔のてっぺんを見てみて、大掛かりなオーブメントがあるのが分かる?」

 

「…………ええ、いかにもっと言うのがありますね」

 

 双眼鏡でそれを確認したクリスは頷く。

 

「ゼクス中将が知らないオーブメントだから、占領の後に設置したと通信妨害のオーブメントだと考えてたぶん当たりだろうね」

 

「つまりあれを破壊できれば……」

 

「ま、ここからどっちのプランで行けるかは“アレ”次第ってところかな?」

 

 シャーリィは振り返り、丘の上の岩場の隙間の奥にいるだろう存在を振り返る。

 

「ええ、夜明けまでもうすぐですから急ぎましょう」

 

 双眼鏡を下ろしてクリスは自分が目覚めた場所、《緋の騎神》の下へと歩き出し、シャーリィとセリーヌがそれに続く。

 

「…………テスタ=ロッサ」

 

 そこには変わらない姿て膝を着いて鎮座していた《緋の騎神》がいた。

 

「うわ! ボロボロ……って《騎神》がボロボロなのはいつものことか」

 

「あはは……」

 

 シャーリィの感想をクリスは笑って誤魔化す。

 

「そ、そんなことより起きてくれ《テスタ=ロッサ》」

 

『――――休眠状態ヨリ復帰――再起動完了』

 

 クリスの呼び掛けに数秒遅れてテスタ=ロッサが応える。

 

「ん、機体の損傷はともかく霊力は十分に回復しているわね」

 

「早速で悪いけどテスタ=ロッサ。これから“精霊の道”を使って移動したいんだけど、大丈夫かな?」

 

『回復した霊力の半分を使う事になるだろう。だがこの場では“道”を開くことはできない』

 

「“道”を開ける場所はこっちで把握しているから問題はないよ……

 ただ……そこに行くまでに戦闘になるかもしれない。単刀直入に聞くけど、今“千の武具”を使う事はできるかい?」

 

『“精霊の道”を使うのなら推奨はしない』

 

「そうか……それじゃあ当初の予定通りプランAで――」

 

『ただし起動者が所持している霊力の結晶体を使えば一度の行使は可能だろう』

 

「霊力の結晶体……もしかしてこれのこと?」

 

 クリスが取り出したのは先程倒した幻獣が残した七耀石の混合石。

 稀に魔獣の体内で特殊なバランスで再結晶されたそれは金銭的な価値はないが、加工すれば特殊な効果を持つクォーツを生成できる。

 

「ううん……惜しいけど背に腹は代えられないか」

 

 何故か学院で使っていた《ARCUS》のクォーツが全部なくなってしまっていたため、貴重なクォーツの原石を使ってしまうことに躊躇してしまうがクリスは仕方がないと割り切る。

 

「じゃあプランBで行くってことで良いんだよね?」

 

「ええ……」

 

 シャーリィの確認にクリスは力強く頷いた。

 

 

 

 

 

 ノルド高原に朝がやって来る。

 眩い日の出が高原を照らす中、眩む光に紛れて《緋》は隠れた岩の隙間から抜け出して長大なライフルを構える。

 

「長距離ライフル《アンスルト》、アンカーを設置」

 

 クリスの想念で具現化した長大なライフルは銃身の下に設置された杭を地面に打ち込み、姿勢を固定する。

 砲撃の姿勢を固めた《緋》の肩にシャーリィが双眼鏡を片手に飛び乗り、告げる。

 

「距離6500アージュ、東から5アージュの風。それから――」

 

 淡々と観測主としてシャーリィが必要な情報を伝える。

 

「こちらに気付いた様子は今のところない。このまま大人しくしていてくれ……」

 

 風霊窟から離れ、監視塔からも視認できる状態にあるため、今すぐにでも監視塔のサイレンが鳴り響く可能性はある。

 緊張を感じながらもクリスは慎重に狙いを付ける。

 

「シャーリィ、撃つよ。手筈通り、着弾点の観測を頼むよ」

 

「りょーかい。ま、外しても良いから気軽に撃ちなよ」

 

 緊張をほぐす様な軽い調子の言葉にクリスは苦笑を浮かべて、深呼吸を一つ。

 

「――――行け」

 

 気合いとは裏腹に《緋》は静かにライフルの引き金を引き絞る。

 撃ち出された弾丸は音速を超えて、監視塔を掠め、その向こうの大地を穿ち、轟音と巨大な土煙を上げた。

 

「次弾装填っ! シャーリィ!」

 

「左に五度、仰角は二度くらい上げて」

 

 一発目の情報からシャーリィは無駄口を叩かず、修正の指示を出す。

 

「左に五、仰角は二……」

 

 監視塔で鳴るサイレンの音を遠くに聞きながら、クリスは慎重に指示通りにライフルの狙いを修正する。

 外れた狙撃によって拡大した視野の監視塔から蜂の巣を突いたように飛行艇と機甲兵の大群が吐き出される。

 

「…………好都合だ」

 

 自分たちの姿を双眼鏡で見つけ、階下に報告に走る兵士にクリスは呟く。

 一時的に無人となった屋上。

 これなら精密に装置だけ狙わずに屋上そのものを吹き飛ばして構わない。

 《騎神》による、巨人のスケールで行う狙撃。

 

「次弾のエネルギーが溜まった。いつでも撃てるわよ!」

 

「良し……これを撃ったら命中を問わずに“精霊の道”まで走るから二人とも準備を」

 

 セリーヌとシャーリィに指示を出し、クリスは呼吸を整え、引き金を引き絞る。

 それから数秒遅れノルド高原の通信妨害は消え去った。

 

 

 

 

 

「このままで良いのかガイウス?」

 

 慌ただしくなる基地の喧騒の中、バルクホルンはガイウスに尋ねる。

 

「…………バルクホルン神父……」

 

 時間が経って落ち着いたのか、声に反応したガイウスは顔を上げる。

 

「今、お前の友がノルドのために戦っている。もう一度聞く、お前はそうやって膝を抱えているだけで良いのか?」

 

 憔悴した顔のガイウスにバルクホルンはあえて厳しい言葉を投げかける。

 

「…………俺にそんな資格があるんでしょうか?」

 

 上げた顔を戻してガイウスは恥じるように心の内を吐露する。

 

「俺が外の世界を学べばノルドの安寧は護れると思っていたんです……

 だけど、それは思い上がりに過ぎなかった。所詮俺一人が何かをしたところで帝国と言う大きな国を前にノルドはただ蹂躙されるだけの弱者に過ぎなかった」

 

「そうだな……個人にできることには限界があるのは真理だ」

 

 嘆くガイウスに対してバルクホルンは慰めるでもなくその言葉を肯定する。

 

「だが彼らはその個人の小さな力でこの大きな流れに諍おうとしている……

 お主はこのまま何もしないつもりなのか?」

 

「…………仕方がないでしょ」

 

 ガイウスは苦虫を嚙み潰したよう顔をして答える。

 

「俺の力なんて、所詮この程度の小さなものに過ぎなかったんですから」

 

 ノルド伝来の槍の腕はガイウスの自慢だった。

 それだけではない。

 外の世界を知るために行った士官学院で多くのことを学び、成長できたと思っていた。

 しかし実際に事が起きた時、自分は何もできなかった。

 ただ獣のように暴れるだけ。

 士官学院で学んだことを何一つ生かすことはできず、そしてこの一ヶ月の間、何も変えられなかった現状にただ嘆くことしかできなかった。

 

「俺が士官学院で学んだことなど、何の意味も――」

 

「ガイウスあんちゃんっ!」

 

 自虐する言葉は部屋に飛び込んで来た妹、シータの叫びに遮られた。

 シータは荒くした息を整えることも惜しんで訴える。

 

「あんちゃん! 母さんとトーマを止めてっ!」

 

「母さんとトーマを止める?」

 

「早く来てっ!」

 

 何のことだと首を傾げるガイウスに、待っている暇はないとシータはガイウスの手を取り、無理矢理立たたせて駆け出した。

 

「ふむ……」

 

 取り残されたバルクホルンはどうしたものかとため息を吐き、その後を追い駆けた。

 ゼンダー門の外に出ると朝日が昇り、今から出撃しようとしているゼクスに掛け合う二人の姿があった。

 

「っ――何だあれは?」

 

 ファトマとトーマに纏わりつく黒い風にガイウスは思わず目をこする。

 

「お母さん、トーマ! お願いだから戦場に行くなんてやめて!」

 

 シータはそれが見えていないのか、悲鳴のような声を二人に掛ける。

 

「シータ、ガイウス……貴方達はお父さんとリリ、それからみんなのことを頼みます」

 

「母さん……いったい何を……」

 

 初めて聞く怖いと思う母の言葉にガイウスは背中を冷たくしながら聞き返す。

 

「帝国の貴族はみんな俺がこの父さんの槍で殺してやるんだ」

 

「トーマ……」

 

 先の襲撃でラカン程ではないが負傷していたトーマはぎらついた目で見覚えのある十字槍を握り締める。

 優しく物静かな性格の弟が見せる憎悪を滾らせた姿にガイウスは息を呑む。

 

「ま、待ってくれ二人とも。まさかクリスの作戦に参加するつもりなのか!?」

 

「ええ。あれだけの事をされて黙っているノルドの民ではありません」

 

 明らかに感情を暴走させているトーマを止めることはせず、ファトマは静かに怒り狂っていた。

 

「御二人ともお気持ちは分かります。帝国の事情でノルドの民である貴方達を巻き込んでしまった申し訳ないですが、ここは我らに任せて頂けないでしょうか」

 

 血の気を滾らせる二人をゼクスは何度も窘める。

 族長が意識不明の重体。

 遊牧民族の家財のほとんどが燃やされた彼女たちの怒りは分かる。

 とは言え、ここで説得を切り上げれば、独断で戦場に馬で直接乗り込んで来そうな気迫を漲らせている二人を放置することはできない。

 

「いいえ、これはもう帝国だけではなくノルドの問題でもあります」

 

「そうです! 例え刺し違えることになっても父さんの仇を取るんだ!」

 

 二人を取り巻く黒い風はさらに濃くなって彼らの感情を表すように荒れ狂う。

 

「これが――クリスが言っていた“呪い”なのか……」

 

 客観的に見ることができて初めてガイウスはこの現象の恐ろしさに身震いする。

 二人ともガイウスが知らない形相で、声音で憎悪を滾らせている。

 それはガイウスにとって知らない彼女たちの顔だが、決して誰かに捻じ曲げられたものではない。

 ガイウスが猟兵に対して感情を爆発させたように、二人は帝国へとその怒りの矛先を向けていた。

 

「落ち着いてくれ二人とも! これから始まる戦闘は俺達が割って入れる規模じゃないんだ!」

 

「そんな理由で引き下がれるわけないでしょ?」

 

「ガイウスあんちゃんだって、あいつらを許せないって思っているはずだ!」

 

「それは……」

 

 トーマの言葉にガイウスは言葉を詰まらせる。

 その瞬間、二人を覆っていた黒い風がガイウスに流れて、纏わりつく。

 

「っ――」

 

 思わず後退りそれを振り払うが、そんな抵抗は意味はなく黒い風に触れたガイウスは思考が澱むのを自覚する。

 

 ――俺はなんて無力なんだ……

 

 改めてガイウスは己の無力を思い知る。

 戦車や機甲兵の近代兵器を始め、戦闘のプロである猟兵。

 そして人を闘争に駆り立てる《呪い》についても、二度も経験していたというのにまた再び《呪い》の衝動に呑み込まれようとしている。

 ただ見る事しかできない自分の無力さを呪い――

 

「――女神の光よ。邪悪なるものを退けたまえ」

 

 厳かな言葉は背後から。

 神秘的な光がガイウス達を覆い尽くそうとしていた黒い風を払い除ける。

 

「っ――」

 

「あ……」

 

 張り詰めたものが切れた反動なのか、ファトマとトーマはその場に崩れ落ちる。

 

「ふむ……報告は聞いていたが今のが帝国を蝕む《呪い》というものか」

 

「バルクホルン神父……今のは……?」

 

 かざした星杯の紋章を下ろし唸るバルクホルンにガイウスは呆然と振り返る。

 

「なに、少し精神を落ち着ける法術をな。二人とも昨日の今日で気が荒ぶっていたのだろう……

 ゼクス中将。彼らのことは私に任せ、どうぞ出立してください」

 

「うむ、かたじけない」

 

 ゼクスは大人しくなってくれたウォーゼル家に安堵のため息を吐き、ガイウスを一瞥して戦車に向かって歩き出す。

 

「あ……」

 

 その背中にガイウスは声を掛けようと手を伸ばし、言葉は続かず半端に手を伸ばして固まる。

 

「やめておくと良い。ノルドの地が戦場になっているとは言え、これは帝国の内戦……

 お主はそこに飛び込む覚悟があるのか?」

 

 それでも無理矢理前へと踏み出そうとしたガイウスの背にバルクホルンが言葉を投げかける。

 

「友情、それも良いだろう。ドライケルスに協力したノルドの民はそれを理由に獅子戦役を戦ったのだから……

 しかしだな、ガイウス。戦う理由に他人を使うべきではない」

 

「それはどういう意味ですか?」

 

「もしもこの先、帝国の内戦でお主が命を落とした時、それを友のせいにするつもりか?」

 

「っ――そんなつもりは……」

 

「お主にそのつもりがなかったとしても、残された家族がどう思う?

 自分の身を守るために退くことは決して恥ではない」

 

「…………」

 

 諭す言葉にガイウスは俯く。

 これから起こる戦いはそれこそ戦車や機甲兵、騎神が主体となる戦場。

 そこで生身のガイウスにできることはなく、《呪い》に対してもガイウスは見ることはできても対処する術を持たない。

 

「俺は無力なのか……」

 

 仮に今からクリスを追い駆けたとしても、騎神を持つ彼の戦いに自分はどれだけ貢献できるのだろうか。

 彼が戦っている背後でしたり顔をして頷いていることしかできないと言うのなら、いない方がマシなのではないかとさえ考えてしまう。

 それでも自分は無力だと割り切り、ガイウスは出発して行く戦車や装甲車から目を離すことはできなかった。

 

「――ガイウスさん、ガイウスさん」

 

 そんな風に苦悩するガイウスの背後から少女の声が掛けられる。

 

「ティータか……君も無事だったの――え……?」

 

 振り返ったガイウスは予想が外れた姿に目を丸くして固まる。

 そこにいたのは金髪の幼い女の子ではなく、士官学院の戦闘教練で何度も世話になった戦術殻だった。

 

「あ……そう言えばティータの声を登録していたな」

 

 原理こそガイウスは全て把握しているわけではないが、戦術殻がティータの声を使って喋り出すようになっていたことを思い出す。

 

「ようやく見つけました」

 

 嬉しそうに左右に揺れる戦術殻にガイウスは思わず微笑を浮かべる。

 

「どうやら俺を探していたみたいだが、トリスタからここまで……いったい何の用だ?」

 

「はい! 博士たちにこれをⅦ組の誰かに渡すように頼まれました!」

 

 そう言って戦術殻は人で言う胴体の部分の装甲を開き、中に納められた翠の《匣》をガイウスに差し出した。

 

 

 

 

 

「くそっ……」

 

 石柱群の丘の下、膝を着いた《緋》の中でクリスは思わず悪態を吐く。

 

「くくく、手こずらせおって」

 

 その前に立つシュピーゲルは勝ち誇るように剣を突き付ける。

 

「この程度の相手に……」

 

 先に倒した二体の機甲兵を含め、それは決して強い相手ではなかった。

 言い訳にするつもりはないが、思うように戦えない原因は《テスタ=ロッサ》の鈍さにある。

 監視塔を狙撃した高原の北東部から南西に位置する石柱群まで走って移動したことによる霊力の消耗に機体の損傷も含め、クリスが考えていた以上にまだ《テスタ=ロッサ》は戦闘ができる状態ではなかった。

 

「……ヴァリマールだったらこんな相手に手こずらなかっただろうに」

 

 ここにはいない“彼”を思い出しクリスはぼやく。

 ヴァリマールならば監視塔から出撃してきた機甲兵に追い付く前に空を飛んで石柱群に辿り着いていただろう。

 それでなくてもヴァリマールならば、走るだけでこれほどまでに霊力を消耗しなかっただろう。

 

『あーあ……どうする坊ちゃん? 助けが必要?』

 

 見兼ねたように、失望を乗せたシャーリィの声が《ARCUS》越しに聞こえて来る。

 

「っ――」

 

 石柱群の立地から、跳躍で丘の上へと行ける騎神に対して導力バイクは大きく迂回しなければならない。

 そのため先の騎神戦にはシャーリィの援護はなかったのだが、負けた言い訳になるわけではない。

 

「まだだ! テスタ=ロッサ! 魔王と呼ばれた意地を見せろっ!」

 

 クリスの叫びに《緋》は低い鳴動を響かせる。

 

「っ――こいつまだ動くか!?」

 

「うあああああああああっ!」

 

 機体に残った霊力を絞り出すように《緋》は膝を着いた体勢から体当たりをするように機甲兵に突撃する。

 

「な、何だと!? そんな野蛮な戦法、貴様それでも帝国男児か!?」

 

「数の利を使っていたお前達が言うな!」

 

 腰に体当たりをしてマウントを取った《緋》は倒れた機甲兵の頭に拳を振り下ろして粉砕する。

 

「はあ……はあ……はあ……」

 

 顎を伝う汗を拭うのも忘れクリスは喘ぐ。

 

「ちょっと大丈夫?」

 

「…………僕なら大丈夫だ」

 

 セリーヌに応え、クリスは踵を返して《緋》を跳躍させる。

 その一跳びで丘の上まで辿り着いた《緋》はちょうどそのタイミングでやってきた導力バイクと石柱群の中央で待っていたアルフィン達を確認する。

 

「お待たせしました。今から《精霊回廊》を開きます」

 

 《緋》を石柱群の中央に歩かせ、クリスは安堵の息を吐く。

 監視塔の狙撃から、石柱群にある《精霊回廊》を利用した転移術で貴族連合に目立つようにノルドから脱出する。

 それがクリス達の計画であり、監視塔からの大部隊は第三機甲師団が食い止めているためほぼ計画通りに進んでいる。

 

「セリーヌ」

 

「ええ、少し待ちなさい」

 

 セリーヌが応えると同時に《緋》の足元に複雑な文様の魔法陣が広がる。

 

「シャーリィ、それにトヴァルさん! 魔法陣の中に入ってください!」

 

 《緋》の中からクリスは二人に指示を出す。

 

「はいはーい」

 

「了解っと」

 

 シャーリィは導力バイクで、トヴァルは軍用の導力車を言われた通りに魔法陣の中へと進める。

 

「結局ガイウスは来なかったね」

 

「仕方ないよ。ガイウスはノルドを、家族を守らないといけないんだから」

 

 シャーリィが漏らした呟きにクリスはゼンダー門の方に視線を送り応える。

 

「って言うかシャーリィがそう言う感傷に浸るのはちょっと意外だな」

 

「言ってくれるじゃない坊ちゃんのくせに……ま、らしくないのは認めるけどさ」

 

 素直に認めたシャーリィにクリスは苦笑する。

 初めて会った時と比べると彼女も随分と丸くなったものだと感心して――彼らの頭上を巨大な影が通り過ぎた。

 

「何だ!?」

 

 帝国の本土側から飛んで来たのは大型の飛行艇。

 パンタグリュエルには及ばないものの、巨大なその飛行艇は《緋》の頭上を大きく旋回すると、その下部のハッチを開く。

 

「増援……まずい」

 

 ワイヤーに吊るされて降りて来る機甲兵が五機。

 既に稼働限界を迎え、ただでさえ少なくなった霊力で《精霊回廊》を開こうとしている《緋》にそれらを迎撃する余力はない。

 

「ちっ――」

 

 シャーリィは躊躇うことなく導力バイクを発進させ、魔法陣から飛び出すとSウェポンの《テスタ=ロッサ》を抜いて爆走する。

 

「シャーリィ!?」

 

「シャーリィのことは良いから準備ができたら行ってっ!」

 

「無茶だ!」

 

 《首狩りシャーリィ》と呼ばれるだけの戦果を上げて来たのは相応の装備があったから。

 ここまでの道中で魔獣や貴族連合の哨戒機を追い払うために多くの武器を使ってきた。

 例え残っているのが規格外の武器であるSウェポンでも、それだけで機甲兵の相手取るにはシャーリィでも厳しいだろう。

 

「ふふん、この程度の修羅場なんて全然――」

 

 意気込むシャーリィの言葉を遮るように、降下していた機甲兵の内の一機が爆発した。

 

「え……?」

 

 爆発の衝撃でワイヤーが外れ、機甲兵は空中に投げ出されてノルドの大地に叩きつけられる。

 

「今のは――」

 

 第三機甲師団の砲撃かと考えたところでクリスは蒼い空を舞う《翠》を見た。

 

「あれはティルフィング……?」

 

 背中に機械の翼を背負った《翠》は大きく旋回して手にしたライフルの銃口を残った機甲兵に向ける。

 装填されている弾倉を撃ち切る連射で残りの四機も最初に撃墜された機甲兵と同様の末路を迎える。

 そして《翠》はライフルを持ち替えると、その姿が槍へと変形する。

 そのまま《翠》は飛行艇へと突撃し、すれ違いざまに船体を斬りつけた。

 

「…………まさか……」

 

 機関部を損傷して墜落していく飛行艇を横目にゆっくりと眼前に降りて来る《翠のティルフィング》からクリスは目が離せなかった。

 ティルフィングが着地をすると、身体が開き中からクリスが思っていた通りの人物が現れる。

 

「ガイウス……」

 

 ガイウスがティルフィングから降りると、それは光に包まれて次の瞬間には見慣れた戦術殻に変化する。

 戦術殻は翠の匣を呑み込むように胸の装甲の内側に納める。

 

「ガイウス、どうして……?」

 

 ようやくそこでクリスは重くなった口を開いて問いかける。

 

「すまないクリス……俺は――」

 

『セドリック皇子っ!』

 

 気まずそうに言い訳を口にしようとしたガイウスの言葉を遮って、逼迫したゼクスの声が通信越しに響く。

 

「ゼクス中将? どうしたんですか、随分と慌てているようですが?」

 

『セドリック皇子! すぐにその場から離れてください! 列車砲が発射されます!』

 

「列車砲……? どういうことですか?」

 

 列車砲と言えばガレリア要塞に設置された超大型の導力砲。

 それがどうしてノルドにあるのか理解できずクリスは叫ぶように聞き返す。

 

『貴族連合はどうやらゼンダー門を攻略するために監視塔で組み立てていたようです。とにかく皇子はそこからお逃げください!』

 

「逃げろって言っても80リジュ砲弾の爆風……今から逃げ切るのはちょっと無理かもね」

 

 ゼクスの言葉にシャーリィが冷静に他人事のように判断を下す。

 

「っ――セリーヌ! 《回廊》はまだなのか!?」

 

「あともう少しよ!」

 

 テスタ=ロッサを中心に魔法陣は一際明るく輝く。

 同時に東の空に黒い何かが雲を突き破るように撃ち上げられたのをクリス達は見た。

 

「っ――ティルフィング!」

 

 ガイウスが叫び、戦術殻が納めた《匣》を再び差し出したその瞬間――流星がノルドの空を一直線に閃く。

 翠のティルフィングが展開し、ガイウスが乗り込むよりも早く、“ソレ”は黒い凶弾に追い縋り一刀両断、二つに両断された砲弾が一拍遅れて爆発し、炎と煙がその姿を覆い隠す。

 

「行けるわ! テスタ=ロッサッ!」

 

『了解――精霊の道を起動する』

 

 皆が空の爆炎に目を奪われている中、セリーヌと《緋》は転移術を起動する。

 

「――――待って――」

 

 クリスは咄嗟に中断を叫ぶが起動した式は止まらず、転移術の光は彼らを呑み込み、ノルドの地から消し去った。

 その光景を爆炎の中から現れた《灰》が静かに見送るのだった。

 

 

 

 


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