帝都ヘイムダルの南の空に《カレイジャス》が飛翔する。
その甲板にはレールハイロゥのカタパルトが展開され、《灰の騎神》ヴァリマールが発射台の位置に着く。
『キーアさん、本当に貴女も参加するんですか?』
ミスティに代わって通信士となったエリゼの声にキーアは申し訳なさそうに顔を伏せて頷く。
「うん……キーアはこのためにここにいることを選んだから」
エリゼは“彼”の義妹。
だが今のエリゼは“彼”の存在を覚えていない。
記憶を想起させる可能性があった故郷のユミルもなくなり、“彼”の痕跡が消えたこの世界でエリゼが“彼”を思い出すことはおそらく不可能だろう。
「でも……」
自分よりも一回り幼い少女が《騎神》があると言っても矢面に立つことにやはり罪悪感を覚える。
「ありがとうエリゼ……でもね……」
優しいエリゼにキーアは笑みを返す。
「最初は罪滅ぼしのつもりだった……“あの人”の代わりをキーアがしないといけないんだって思っていた……
でも今はキーアの意思でクロスベルを守りたいって思ったように、帝国のみんなも守りたいと思ってるの」
ディーターが経済攻撃によって、帝国と共和国にクロスベルを攻撃させた守らされた時とは違うのだとはっきり言える。
「キーアはキーアの意思で戦うって決めたから。だから大丈夫……」
『キーアさん』
決意が固いキーアにエリゼはそれ以上何も言えず、そこでエリゼとの通信は一度切れる。
「ねえ、ヴァリマール、聞いてくれる?」
「何だ?」
「キーアはね……クロイス家の人達と同じだったの」
懺悔をするようにキーアは《灰》に帝国での戦いで感じたものを言葉にする。
「失ったものは二度と戻らない……
キーアはそれが分からないで“みんな”と一緒の未来が願った……
だからクロイス家と同じ間違いをしたの……
失った“みんな”を取り戻すために至宝の“奇蹟”に縋った……“前”と“今”、同じ“みんな”だけど違う“みんな”だったことを見ない振りして」
ここにいる自分はこの世界の“キーア”なのか、それとも前を経験した“キーア”なのか。
その境界は曖昧で、自身は統合されて一つになっていると割り切れるが、それならば“みんな”はどうなのだろうかと考える。
「キーアは……あの時、“みんな”が何を言い残そうとしていたのか、聞くことを拒んだ」
ヨアヒムを通して目の当たりにした惨劇。
死に逝く彼らはうわ言に何かを言い残していたが、それを耳を塞いで拒絶したキーアはその最後の言葉を知らない。
そして命を賭して“キーア”を守ろうとして果たせなかった彼らの遺言を知る術ももうない。
「キーアはその“欺瞞”からずっと目を逸らし続けていたの」
《零の至宝》などと呼ばれていたが、やっていたことはむしろ失われた至宝を取り戻す妄執に囚われたクロイス家と変わらない。
失った“存在”を求めるだけで、何故失ったのか考えず、心のどこかで失敗してもやり直せば良いのだと“今”と向き合わなかった。
「“みんな”に必要だったのは守って、道を整えることじゃなかった……
必要なのは“みんな”が強くなるための“超クロスベル人”の試練だったんだよね」
「それはやめておけ」
キーアの答えにヴァリマールは思わず突っ込む。
「ダメなの?」
「むぅ……」
小首を傾げるキーアにヴァリマールは“彼”のような人間が増えるゼムリア大陸を想像して身震いする。
「良いか? あれは選ばれた極一部の人間が至れる境地、常人が同じ経験をすれば必ず途中で命を落とすか心が折れる」
「でもロイドなら……きっとロイドならどんな《壁》も乗り越えられるよ」
ヴァリマールの忠告にキーアはそれでもロイドならばできるのではないかと期待をしてしまう。
「そ、それはともかく今は汝のことに集中するが良い」
このままでは本格的に特務支援課育成計画を考えてしまうキーアにヴァリマールは話を戻す。
「この内戦が終わっても、汝にはすべきことがあるのを忘れるな」
「うん……」
今は半不死者でも、ホムンクルスとしての短命の身体を治す目的もあれば、ルーファスと協力してクロスベルをより良くしたい願いもある。
特務支援課の“みんな”にも話したいことは沢山ある。
そして何よりも自分の代わりに《零の世界》に置き去りにされた“彼”の救出。
必要ならば、それこそもう一度、今度は自分の意思で《零の至宝》になる覚悟さえキーアはできている。
『キーアさん、皆さんの準備が整いました。発進どうぞ』
「うん、分かった……」
エリゼの報告にキーアはヴァリマールとの会話を切り上げて深呼吸をする。
自分の“力”は所詮“彼”やアリオスの模倣。
そして模倣であるはずなのに、何かが足りず彼らを再現し切れてはいない。
そのため《騎神》の中では最弱にさせていることをヴァリマールに悪く思う。
「それでも露払いくらいはできるから」
クリスと《テスタ=ロッサ》を消耗させずに《煌魔城》へ届ける。
それがキーアの役目。
“彼”の代役としてではなく、共に戦って来た仲間たちのために、キーアは戦う決意を固めて宣言する。
「キーア。《灰の騎神》ヴァリマール――いってきます!」
《灰》は帝都の空へと飛翔した。
*
飛び立った《灰》と入れ替わるように甲板のリフトの下から《緋の騎神》が運び上がる。
「帝都ヘイムダル……」
先にカレル離宮へと迂回してため、見過ごすことになった帝都の光景にクリスは感慨深いものを感じずにはいられなかった。
空から見下ろす帝都の街並み。
それに近いものは普段から皇宮から見ていた。
進学して皇宮を離れてからも一度、《カレイジャス》のお披露目の時にこの光景を見ているのだが、それでも感じ入るものがある。
「僕は帰って来たよ」
かつての美しい町並みは瘴気に満ちて見る影もない。
そして何よりもクリスの居城は《蒼の騎神》を頂きに異形の大樹の城へと変貌しており、帰って来た郷愁を邪魔をする。
いっそう《緋》の強化に使われているフェンリルが元の導力魔法爆弾だったら、我が物顔で皇宮の先端に居座る《蒼の騎神》を爆破してやろうかと物騒なことを思わず考えてしまう。
「…………本当に帰って来たんだ」
クロスベルの独立宣言とオズボーンの狙撃から始まった帝国の内戦。
クリスとしては《蒼》との初戦で負けて一ヶ月出遅れてしまい、偽物を祭り上げられ偽物扱いされたりと散々な目にあって来た。
助けられたものがあった。
助けられなかったものがあった。
誰かを頼ろうと縋る気持ちはいつの間にか消え失せ、自分がやらないといけないとがむしゃらに突き進んだ末にここまで辿り着いた。
『クリスさん……』
「大丈夫です、エリゼさん」
遠い目をするクリスを案じてエリゼが声を掛ける。
それに返事をしながら、クリスは深呼吸をする。
勝っても負けても、これで長かった内戦は終わる。
もちろん負けるつもりはないが、長かった旅の終わりが目前に不思議な気持ちになる。
「貴族連合のことはミルディーヌとオーレリア将軍に任せられる……
正規軍のことも今なら兄上とオズボーン宰相に任せれば良い」
「まさかあの男が生きていたなんてね……」
クリスの呟きに隣のセリーヌがぼやく。
「確かに驚いたけど、今は問い詰めている暇はないよ。ところでセリーヌ、君はエマの所に残らなくて良いのかい?」
いつもの定位置に座っている黒猫にクリスは尋ねる。
「聞けば、かなりの大規模な魔術らしいじゃないか? そっちのサポートに回った方が良かったんじゃないかな?」
「向こうにはキリシャがいるから何とかなるでしょ……
アンタを放っておけないって言うのもあるけど、エマに厄介事を押し付けてあの女が同行するって言うなら、監視は必要よ」
「ミスティさんはこの場面では裏切らないと思うけどな……あの人もクロウを起動者にしたことに責任を感じているみたいだし」
「ふん……本当にそんな殊勝な考えがあるのかしらね」
セリーヌは鼻を鳴らしてそっぽを向く。
その姿にクリスはハハハと愛想笑いをする。
『クリスさん、レールハイロゥの充填完了しました』
「了解……」
エリゼの報告に言葉を返してクリスは気を引き締める。
後方の憂いはもうない。
自分がすべきことはもうこの内戦を扇動したものと、引き金を引いたテロリストを打倒すること。
むしろ一刻も早くこの二人を倒さなければ、帝都の市民は全て《蒼の眷族》に堕とされる。
ミスティの見立てでは、これから行うエマの対処処置を施しても夕暮れの《黄昏時》が戻って来れなくなる人間に戻れる限界点。
だがそれは目安でしかなく、浸食の仕方次第ではもう戻れない人もいるかもしれない。
「それではクリスさん、発進どうぞ」
「はい……いや、違うな……」
エリゼの報告にクリスは苦笑を浮かべて否定する。
「え……?」
首を傾げるエリゼを他所にクリスは改めて名乗りを上げる。
「セドリック・ライゼ・アルノール! 《緋の騎神》テスタ=ロッサ! 出陣するっ!」
トールズ士官学院《Ⅶ組》のクリス・レンハイムではなく、エレボニア帝国の皇子としてセドリックは《紅の翼》を飛び立った。
そして飛び立った《灰》と《緋色》を追うように蒼い巨鳥が翼を羽ばたかせた。
*
《灰》と《緋》が飛び立ったリフトに次が現れる。
『えっと……』
その姿にエリゼは言葉を失い困惑する。
レイルハイロゥの台座に乗っているのは車輪のない導力車のような存在。
飛行艇のように飛翔機関があるわけでもないのにレイルハイロゥの上に浮かぶように滞空してエリゼの合図を待っている。
『ミリアムさん……本当にそれで行くんですか?』
エリゼはその白い乗り物に乗っているミリアムに尋ねる。
「うん! それがどうかしたの?」
返って来たのは無邪気な答え。
エリゼは困惑に頭痛を感じながらも、モニターの向こうでエリゼの合図を今か今かと目を輝かせて待つ少女の気持ちに水を差さないように努める。
『それではミリアムさん、発進どうぞ!」
「はーい!」
ミリアムは白い飛翔体の中でハンドルを握って名乗りを上げる。
「ミリアム・オライオン! がーちゃん! いきまーすっ!」
*
アガートラムが飛び立ち、それ以上、発進する機体はないというのにリフトはもう一度動き始める。
甲板に辿り着いたリフトは、そこからレイルハイロゥの足場によって光り輝く舞台として更にせり上がる。
舞台に立つのは三人。
右手にはギターを構えたアリサ・ラインフォルトが。
左手にはリュートを抱えたのオリヴァルト・ライゼ・アルノールが。
そして中央には緋色のドレスを纏った歌姫――エマ・ミルスティンが佇む。
「フフフ、ついにこの時が来た!」
オリヴァルトは状況を忘れたかのように喜悦を含んだ声を弾ませた。
彼らの背後には緋色と蒼色の杖が立てられ、大型導力スピーカーや導力キーボードを始めとした様々な楽器が置かれている。
カレイジャス第五倉庫に詰め込まれた、オリヴァルトの趣味の産物。
いつか《カレイジャス》で帝都の空から空中リサイタルをしたいという夢のため秘密裏に集めたが、ミュラーに没収された楽器と機材。
それらが日の目を見ることになると言う事でオリヴァルトは上機嫌だった。
「アリサ君! 調子はどうだい!?」
「はい……各種の導力楽器……問題なくいけます」
ノリノリなオリヴァルトと生真面目にオーブメントの最終調整を行うアリサにエマは隠れてため息を吐く。
――どうして私がこんなことを……
内心で嘆きながらも一度引き受けたからには役目を果たさないといけないと、エマは自分に言い聞かせる。
――クリスさんの導き手は私だったはずなのに、それにセリーヌも……
確かに何でもすると言い出したのは自分なのだが、当の義姉は凱歌への対抗をエマに任せ、クリスと共に《煌魔城》に突入することになっていた。
儀式を止めさせるという点でも魔女のどちらかが《煌魔城》に突入する必要があるのは分かる。
そして今の義姉には《凱歌》を唄う体力がないのならば、この配置を了承するしかない。
――だからと言って、どうしてこんなに準備が良いの!?
叫び出したくなる衝動を呑み込み、エマは周囲の導力カメラのこともあり笑顔を保つ。
聞けばこの緋色のドレスは義姉がオペラで来ている物の色違いだとか。
他にもまじかる風衣装やパンク風衣装に学院祭でエマが着た衣装まで抜かりなく用意していた。
――あの人は一体どこまで見通していたの……
感じた憤りは半分、もう半分は義姉の周到さに圧倒される気持ちがある。
背後の大型導力スピーカーから流れ始めた音楽には彼女がアレンジを加えたもの。
エマの役目はそこに魔力を供給する役であり、そこに義姉がいなくても術は成り立つようにお膳立てされていた。
――まだまだだな――
巡回魔女として認められて追い付いたと思ったが、差は里にいた時から広がる一方だったとエマは思い知らされる。
しかし、不満はあれど義姉の気持ちも分からないわけではない。
自分が導いた起動者の暴走。
それに対する責任のためと真っ直ぐな眼差しでお願いされてはエマに折れない理由はなかった。
「エマ君、大丈夫かい?」
「はっはいっ! 大丈夫ですいつでもいけます!」
オリヴァルトに呼ばれ、エマは声を大にして返事をしながら没頭していた思考を払う。
義姉への想いや、魔女としての役目、憤りなど不満は様々あるが、この眼下の《魔煌兵》を救う可能性があるのは自分だけだと言われてしまえばその戦場を放り出すことなどできない。
それに先に言った通り、帝国は既にエマにとって掛け替えの存在になっている。
「最初の唄は何にしますか?」
「うむ、ここはボクの十八番の《琥珀の愛》でどうかな?」
オリヴァルトの提案にエマは頷き、アリサが端末を操作して大型導力スピーカーから音楽が流れ始める。
それを補強するようにオリヴァルトとアリサが演奏を始め、エマは導力マイクを取って口を開く。
「流れ行く、星の――」
*
空から《緋の風》を吹き下ろす。
だが、鉄路を踏みしめて帝都の外に現れた蒼い瘴気を纏った《魔煌兵》は歩みを緩めず行進する。
「これは壮観だな」
外壁のトンネルから途切れることなく増え続ける《魔煌兵》にオーレリアは《黄金のシュピーゲル》の肩に立ち、複雑な内面を見せるように顔をしかめる。
「怖気づいたのかね、オーレリア将軍?」
そんなオーレリアに声を掛けるのは横に佇む《漆黒のドラッケン》の肩に立つギリアス・オズボーン。
「そんなはずなかろう……
怖気づくのとは違う。あの一体一体が元は帝国の、私達が守るべき民だと思えば、魔獣退治の考えで斬るわけにはいかないと感じただけだ」
ミルディーヌからその可能性を示唆された時は世迷言をと一笑したが、実際に夥しい数の魔煌兵達を前にしてしまえば笑う事はできない。
「これがカイエン公の策か……」
これならな確かに正規軍を一網打尽にできる物量だろう。
だが、それを受け入れる程にオーレリアは腐ってはいない。
「フフ、平民など貴族の奴隷ではなかったのかな伯爵殿?」
「その言葉は侮辱か、鉄血宰相?」
「さて、どうでしょうね」
睨んでも柳に風と受け止めるオズボーンにオーレリアはやはり本物かと、目の前にいる男に答えを決める。
胸を撃たれて死んだはずだが、肝心の死体を貴族連合は確保できなかった。
もっとも偽装の方法などいくらでもある。
この可能性を考えて貴族連合は愚かにも各地の草の根を焼き払う勢いで探し回ったのだから。
「他の貴族は知らんが、私は一度たりとも“平民”が劣っていると考えたことはない」
「それは御立派ですが、その矜持は今は忘れるのがよろしいでしょう」
「何……?」
「彼らはもう救えない」
オズボーンは続々と現れる魔煌兵の群れに、何かを思い出すような遠い目をしながら繰り返す。
「もう救えないのです……むしろあの《蒼い瘴気》が感染するように周囲の生物を魔煌化させていく、情けも躊躇いもここでは命取りになるでしょう」
「…………そうか」
何故そのような目して、何故そこまで詳しいのかオーレリアは問わず、その忠告を受け止める。
どれだけ苦しい戦いになるとしても、カイエン公の暴挙を止められなかった責任として出来る限り《魔煌兵》は生け捕りにするつもりだった。
足を重点に破壊して移動力を奪えば、何とかなるのではないかという期待は考えない方が良いのだとオーレリアは判断する。
「全軍に通達する。帝都から溢れた魔煌兵の群れはここで叩く……
彼らの元の姿は考えるな。一人でも逃せば、そこから更なる《魔煌兵》が生まれる事となる! どんな犠牲を払ってもここで止めろっ!」
オーレリアの言葉に対して軍の士気は決して高くない声を上げる。
無理もない。
異形の巨人と化しても、元は帝都の民。
本来なら守るべき対象に剣を向けなければいけない状況を作ったのが、貴族連合側だということも士気が低い理由だった。
「違えるなっ! 我等にはまだ救えるものがある! この《黄金の羅刹》に続けっ!」
戸惑いは分かっているが、それ以上に言えることはないとオーレリアは我先にと突撃する。
「正規軍よ! 貴族などに遅れを取るな! 逆賊カイエン公から帝都を取り戻すのだ!」
オズボーンの叫びに正規軍は士気の高い。
《鉄血宰相》の奇蹟の復活の高揚があるかもしれない。
だが、それ以上に貴族に対する黒い衝動がオズボーンの声に導かれるように宥められる。
「おおおおおおっ!」
誰かがオーレリアに続くと、それが切っ掛けになって総員が駆け出し始める。
機甲兵が戦車が装甲車が歩兵が突撃する。
殺気を漲らせて突撃して来る一団に行進の先頭を歩く《魔煌兵》が剣の抜く。
それに合わせて抜剣の音が各所で鳴り響く。
「怯むなっ! 突入部隊の血路を開けっ!」
部下を鼓舞する叫びを上げて、《黄金のシュピーゲル》は無数の《魔煌兵》の中に斬り込んだ。
「フフ、まるで生前のリアンヌを見ているようだ」
その背中にオズボーンは別の郷愁を感じていた。
今でこそお淑やかではあるが、あれは中々にじゃじゃ馬だったと懐かしむ。
「宰相!」
「何かねゼクス中将?」
足元から呼ぶ声にオズボーンは聞き返す。
「いい加減後方に御下がりください! 貴方は病み上がりなのですよ」
「やれやれ、君までそんな事を言うのか?」
「御身はこの内戦が終わった後にこそ、働いていただく重要な役目を持っているのです……
にも関わらず、あのような“少年”を《機甲兵》に乗せて何を考えてなさるのですか?」
ゼクスはオズボーンが乗る《黒のドラッケン》の背後に佇む、通常色のドラッケンを睨む。
「あ、あの……俺は……その……」
ゼクスの睨みに“少年”はあからさまに狼狽する。
「フフ、あまり脅してくれるなゼクス。彼は私の“切札”なのだから」
「むぅ……」
オズボーンの言葉にゼクスは不信な眼差しを送るものの、それ以上の追求はしなかった。
「私達、第三機甲師団も前線に向かいます。良いですね、くれぐれも無茶はなされぬように」
ゼクスは最後に釘を刺して、オーレリアが暴れる戦場に向けて戦車を進軍させた。
「…………あ、あの……俺……本当にこんなものに乗せてもらって良いんですか?」
ゼクスが睨んだ《ドラッケン》から不安に満ちた子供の声が聞こえて来る。
「ああ、何も問題はない。と言いたいところだが、状況が状況だ。私からくれぐれも離れないようにしてくれたまえ」
「は、はいっ!」
まるで新兵のような初々しい反応にオズボーンは思わず苦笑を浮かべた。
*
「っ……」
空から見下ろす帝都の光景は酷いものだった。
多くの家屋が内側から爆ぜるように倒壊して、無数の魔煌兵が列を成して外を目指して行進していく。
《蒼い瘴気》はそれだけでは留まらず、異形の魔獣が発生し、更には地下からも魔獣は這い出しくる。
まさに《死の都》の再来と呼べる光景が眼下に広がっていた。
「ちょっと分かってるでしょうね」
「……ああ、大丈夫だよ。セリーヌ」
瘴気の霧の中、まだ誰かがいる気配がする。
だが、それを助けに行くのは自分ではないとセドリックは必死に言い聞かせて自制をする。
彼らを救うのはエステルに任せることになっている。
自分がすべきことは瘴気の発生源である《煌魔城》を攻略すること。
例えここで彼らを見捨てても、それが彼らを本当に救うための方法なのだから。
「クリスッ!」
自制に集中するセドリックに先行していたキーアの叫び声が届く。
直後、進行方向の空の向こうでレーザーが撃ち上げられる。
「っ――」
「下からも来るよっ!」
「ミスティさん! ミリアム!」
続く忠告にセドリックは追従している二人に声を上げながら回避運動を取る。
直後、野太い導力砲の光が空を貫き、降り注ぐレーザーの隙間を縫うように《緋》と《灰》は飛翔する。
「フフ、今のを躱せたの」
「だが今のは挨拶代わりだぜ」
「お前達は……」
ドライケルス広場に陣取るゴライアスの面影を持つ《神機γ》とその上空に滞空するケストレルの面影を持つ《神機β》
当然それらに搭乗している者達は帝国解放戦線の《V》ことヴァルカンと《S》ことスカーレットの二人。
「月並みだけど、儀式が終わるまでここは通さないわよ」
「ああ、だが待てなんて言わねえぜ。お前達はここで俺達がぶっ壊してやるぜっ!」
機体越しでも分かる程の殺意を撒き散らして二人は叫ぶ。
「お前達の相手をしている暇はないんだ! ミリアム!」
一撃で終わらせてやるとセドリックはミリアムを呼ぶ。
「うんっ! がーちゃん行くよっ!」
「その必要はない!」
光り輝く《アガートラム》を差し置いて、声が響き《翠》の風が《緋》達を追い抜く。
「何!?」
狙撃銃からの遠距離射撃を受けて《赤のケストレル》は大きく揺れる。
「ちっ――どこから出て来やがったっ!」
「貴様の相手は私だっ!」
《翠》に遅れて、飛行艇に乗った《青の機神》が足場を蹴って大きく跳躍し《ガランシャール》で斬りかかる。
砲撃を中断した《黒のゴライアス》は結界で剣戟を受け止め、《青》は弾かれた勢いのまま後ろに下がって危なげなく着地する。
「ガイウス! ラウラ!?」
「ああ、どうやら間に合ったようだ」
「うむ、待たせたなクリス」
セドリックの驚きに通信の回線が開いて、画面に二人の顔が映る。
「状況は聞いている。この二人の相手は俺達に任せると良い」
「其方は早くクロウの下へ」
《翠》は《赤》を牽制するように導力ライフルを連射して挑発し、《青》は地面を走り《黒》に向かって再度斬りかかる。
「二人とも、それはキーアが――」
「いいや。君こそがクリスと共に《煌魔城》へ行ってくれ」
「今は、一刻も早くあの城をどうにかするべき時なのだろう!」
露払いは自分の役目だと言おうとしたキーアにガイウスは拒絶を示し、ラウラが促す。
ガイウスもラウラも、自分達を置いて行ってしまったクリスには言いたい事、聞きたいことは多くある。
だが、それを悠長に話している暇はないと、己がすべきことはここだとセドリックを《煌魔城》へ向かわせることを優先する。
「それに帝国解放戦線には俺達にも少なからずの因縁がある」
「ガレリア要塞で散った多くの命だけではない……貴様らの身勝手な行いで起きた数々の不幸、ここで贖ってもらうぞ!」
ガイウスとラウラの迷いのない叫びにキーアは気押されて思わず口を噤む。
「…………分かった……」
迷う《灰》の肩を《緋》が掴み、ガイウスとラウラにこの戦場を任せることをセドリックは決める。
「二人とも、今更僕がこんなことを言うのは虫が良いかもしれないですけど――」
「皆まで言うなクリス。例え行く道が異なり時には対立し敵になっても、私達は《Ⅶ組》だ……それで良いのではないか?」
「ラウラ……」
「お前が決めた道を進めば良い。間違っていたのならその時は俺達が友としてお前を止めてみせる。だから気にする必要はない」
「ガイウス……」
短い言葉でありながら、セドリックが《Ⅶ組》から離れたことを受け入れた二人は改めてここは任せて先に行けと告げる。
「二人とも、死なないでよ」
少しだけクリスに戻って、セドリックは二人に仲間としてそれを求める。
「ふっ……当然だ」
「ああ、我らは死なん。安心するが良い」
「――行こう。キーア」
踵を返して《緋》は《灰》を促す。
「行かせると思って!?」
「テメエはここで墜ちるんだよ!」
だが、進もうとする《緋》を阻むように《赤》と《黒》が導力砲を照準する。
「させんっ!」
《翠》が加速して狙撃銃とは逆の手に握った十字槍を前に《赤》に突撃する。
「地裂斬っ!」
アルゼイドの剣が地面に衝撃を走らせ《黒》の足を揺さぶる。
「なっ!?」
「ちぃっ!」
態勢を崩す二機の間をすり抜けて《緋》と《灰》はドライケルス広場を抜ける。
「ちっ……抜けられたか」
「だけど無駄よ。城の門は例え《騎神》の力でも壊せない結界が張ってあるのだから」
ヴァルカンとスカーレットは抜けた《騎神》にさして興味を持たず、対峙する《機神》に意識を向けるのだった。
「クリス! お城の門に強い結界があるよ!」
飛翔をしながらキーアは《識》の目で見たことを伝える。
「――なら、あれをやるよキーア」
「あれって……本当にやるの?」
「もちろんだよ!」
何処か楽し気なセドリックの声にキーアは一抹の不安を感じながら意識を集中する。
「使うよ貴方の《力》――」
《灰》の手に《緋》の霊力が集束する。
オーブに込められた術式を起動し、キーアが予め設定していた四つの武具の内の一つを顕現させる。
それは“銃”。
最新の導力銃ではなく、中世の意匠を思わせる細く長い銃身。
「――出ろっ!」
わずかな逡巡をしながらもセドリックはこの場で最適な武具をその手に顕現させる。
「まさか吾がこれを手にする時が来るとはな」
造られた馬上槍に感慨深い呟きを漏らしたのは《テスタ=ロッサ》自身だった。
「行くぞっ!」
《緋》は《灰》の前に立ち馬上槍を天高く掲げるように構え、穂先を中心に竜巻を纏う。
「良しっ! 撃ってキーア!」
槍を前に構え、風を纏った《緋》は翼を広げて背後の《灰》に向かって叫ぶ。
「う、うんっ!」
《灰》は戸惑いながらも銃を両手で構えて、《緋》の背中の中央に照準を合わせ――引き金を引く。
「「合技――スターブラストッ!!」」
銃の魔力を背中に受け、纏った《緋の弾丸》は《煌魔城》の門を撃ち抜いた。
注意:ロイドとエリィの「スターブラスト」です、超級――ではありません。