(完結)二人の緋皇 ―閃の軌跡Ⅱ―   作:アルカンシェル

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黎の軌跡Ⅱ発売、おめでとうございます。
新作が発売しましたが、この話ももう少しで終わるのでゲームよりもこちらを優先するつもりです。




61話 絶望拡大

 

 

 

 行進する《魔煌兵》の足下を三台の導力車が疾走する。

 《魔煌兵》は攻撃をしてこない導力車には目をくれる様子もなく行進を続ける。

 間断なく続く《魔煌兵》の足音が地面を揺らし、トワの不安を掻き立てる。

 

「それじゃあサラさん! アタシ達は東地区の方を目指すから」

 

 並走する導力車からエステルが通信越しに叫ぶ。

 

「ええ、頼んだわよ」

 

 その声に応えながら、サラはヨシュアから借りた双剣の片割れを確かめるように触れる。

 救出すべき民間人を捜索するため、突入班は聖別された武具を持つエステルとヨシュアのみだったが、領邦軍と正規軍から導力車と人手を借りて棒と剣を分け合う事で三つの班を作る事が可能となった。

 エステルは彼女の棒を装備したまま、ヨシュアと組み東地区へ。

 正規軍からはゼクス中将がヨシュアの剣の一つを借りて、北西のサンクト地区にある大聖堂を目指し。

 そしてサラ達はトワの実家がある西のヴェスタ地区を最初の目標に生存者を探す事となった。

 

「やれやれ、奇蹟の生還を喜ぶハグをしている暇なんてね」

 

 サラ達が乗る導力車のハンドルを握っていたアンゼリカはいつもの軽口を叩く。

 

「あんたねえ、生きていたなら連絡しなさいよ」

 

「すまないねサラ教官、私もできればそうしたかったのだけどオズボーン宰相に止められてしまってね」

 

 アイゼンガルド連峰でのノルティア州領邦軍と第三機甲師団の戦闘は領邦軍が優勢だったものの、《機甲兵》の暴走とガレリア要塞を襲った消失の力によって両軍ともに消滅した。

 アンゼリカも黒い爆発に呑み込まれたことは覚えているが、目を覚ませばそこにはオズボーン宰相がいた。

 

「彼が言うには、カイエン公は内戦の後自分が帝国の頂点に立つため、邪魔な四大名門を排除させるために《機甲兵》に罠を仕掛けていたようだ」

 

 オズボーンが語る真相にゼクスやアンゼリカはすんなりと受け入れることは出来たのだが、ゲルハルトは明確な証拠がない限り信用できないとオズボーンの協力を拒んでしまった。

 

「結局、宰相が言っていた《煌魔城》が現れたことでようやく父上も折れてくれてね……

 だいぶ遅れてしまったが、最終局面には間に合ったというわけさ」

 

 もっともアンゼリカとしても自分が拳でゲルハルトを説得してみせると意気込んで返り討ちにされたという点で帰り辛かったという事実は言わないでおく。

 

「鉄血宰相がね……」

 

 宰相と言い、ミルディーヌ公女と言い、《煌魔城》が現れてこうなることを予見して準備をしていたという事実にサラは訝しむ。

 

「いや……今考えないといけないことじゃないでしょ」

 

 疑惑を振り払い、サラは今やるべきことに集中する。

 

「っ……それにしても嫌な光景ね」

 

 《蒼い瘴気》に満ちた帝都。

 緋色のレンガの美しい街並みは至る所で崩壊して、無事な家屋を探すのが難しい。

 そして崩壊した街並みに反して、逃げ惑う人は見当たらない。

 市民の全てが頭上の《魔煌兵》に変貌を遂げているいう事実はあまりにも現実感が薄かった。

 

「これをクロウが引き起こしたのか……」

 

 そう呟くアンゼリカはハンドルを握る手に力を込める。

 振り返れば気付ける点はいくつもあった学院生活。

 そしてゲルハルトが指摘した通り、内戦が始まってからクロウと会おうしなかった事をアンゼリカは悔いる。

 

「私がもっとしっかりしていれば……」

 

「らしくないわね」

 

 自分を責めるアンゼリカにサラが声を掛ける。

 

「あんたはいつだって肩の力を抜いて、好き勝手に生きていたじゃない。そんなに真面目なキャラじゃなかったでしょ?」

 

「……今回のことで父上と話す機会がありました」

 

 茶化してくるサラにアンゼリカは彼女の言う真面目な顔のまま答える。

 

「もしも私がこの時点でログナー侯爵家を継ぐと決めた場合……領を割るつもりかと怒鳴られましたよ」

 

「それは……」

 

 ゲルハルトの言い分をその一言で理解したサラは思わずアンゼリカから視線を逸らす。

 

「私は心のどこかで、どれだけふざけていても最終的にはログナー侯爵を継げて当然だと思っていたんです」

 

 街に出て自分なりに平民と付き合ってみたのは、その考えもあってのこと。

 次期侯爵として“平民”に受け入れられる自分でありたい、その願いもあってルーレの市民はアンゼリカを受け入れてくれていた。

 

「ですが、ログナー侯爵になるには“平民”からの信任を得ると同様に“貴族”からの信任を得る必要があった……

 私はその点で全く信用されていなかったらしい」

 

 貴族の子女としての責務を果たさず放蕩三昧。

 更にはお見合いもまともにしない女好きであり、血を残すことに否定的。

 アンゼリカが問題を起こすたびに、周りから廃嫡するべきだと嘆願を受ける程にアンゼリカは次期侯爵として期待されていなかった。

 そしてアンゼリカを支持してくれるのはノルティア州の中でもほんの一部にしか過ぎないのだと教えられた。

 

「貴族の責務を放棄して遊び歩く者をどうして信用できるか……

 血を残す義務を放棄した者をどうして代々続く侯爵の当主を継がせるのか……

 自分だけが有利な“武”をひけらかして一番になったとサル山の大将を気取っている恥知らずをどうして領主として称えなければいけないのか」

 

 様々な理由からノルティア州の貴族はアンゼリカがログナー侯爵になることを望んでいなかった。

 むしろ彼女を追い落して、自分こそ次期侯爵になるのだと真っ当に努力している者さえいる。

 それが教えられたノルティア州の貴族のアンゼリカの評価だった。

 

「でもそれはあんたの良い所でもあるのよ」

 

「サラ教官にそう言ってもらえるのは嬉しいですね……私が侯爵家を継がないのならば、きっとそれでも良かったのでしょう」

 

 ゲルハルトもアンゼリカが長子でなければ、そこまで口うるさくはしなかったと言っていた。

 その点では長子でありながら庶子であって、皇位継承権を持たないオリヴァルトを羨ましく思える。

 

「結局のところ、私には覚悟がなかったんですよ……

 ログナー家を背負う覚悟も、この状況においても理由を付けてクロウの下に行こうとしないのも結局は嫌なことから逃げ回っている子供に過ぎなかったというわけです」

 

「それは私も同じよ」

 

 アンゼリカの自嘲にサラも同調する。

 

「この期に及んで教え子と向き合う事しないで遊撃士としての職務の方を優先しているなんて、我ながらどうかしてるわよ」

 

 内戦が始まり、《Ⅶ組》はちりじりになった。

 だが一人ならば、サラはその気になれば貴族連合の中にいるクロウと接触を図る事はできたはずだった。

 それをしなかったのは、やはり逃げていたのだろうとサラは思う。

 

「たぶん……顔を合わせていたらよくやったって言っちゃうって分かっていたんでしょうね」

 

 オズボーンが狙撃された事件を導力ラジオで聞いていた時、少しでもクロウによくやったという気持ちがなかったわけではない。

 《鉄血宰相》は帝国で遊撃士をして“守銭奴”とまで裏の二つ名で呼ばれるくらいに荒稼ぎしていたサラから仕事の場所を奪った怨敵でもある。

 もしも魔が差していたら。

 もしもノーザンブリアが二度目の《塩の杭》で滅んでいたら。

 もしも父を失ったあの戦場が帝国との戦いだったとしたら。

 巡り合わせ次第ではサラも《帝国解放戦線》になっていたかもしれないと考えてしまう。

 ノーザンブリアをオズボーン宰相に救ってもらったというのに、

 

「あたしはクロウに共感しちゃってるんでしょうね……教官だけに」

 

「サラ教官……それはない」

 

「えっと…………あ、アンちゃん。そこの通りを右に曲がって」

 

「ちょっと!」

 

 場を和ませようとした気遣いは二人に届かず、サラはやさぐれたため息を吐く。

 

「はいはい。やっぱりあたしは教官なんて向いてないのよ……

 カシウスさんの真似事なんて無理だったのよ。アルティナが死んだ時だってあたしは何もできなかったんだから」

 

 サラのぼやきにトワは首を傾げる。

 

「サラ教官、何を言っているんですか? アルティナちゃんは生きていますよ」

 

「そうですよサラ教官、縁起でもないことを言わないで下さい。アルティナ君のような美少女の損失はゼムリア大陸の大いなる損失なんですから」

 

「え……ああ、そうよね。何を言っているのかしら?」

 

 トワとアンゼリカの指摘にサラは自分が口走った言葉に首を傾げる。

 アルティナ・オライオン。

 ルーファス・アルバレアの部下であり、ミリアム・オライオンの妹。

 彼女は死んだことなどなく、今はアルフィンとエリゼの護衛役として《カレイジャス》に残っている。

 その姿はサラも見ているはずなのに、違和感が拭いきれない。

 

「っ……」

 

 ノーザンブリアに特別実習で帰った時にアプリリスに撃たれた胸が疼く。

 まるで何かを思い出せとざわめく胸の鼓動にサラは不安を大きくして――

 

「アンちゃん止めてっ!」

 

 トワの叫びにサラは思考を切り替える。

 トワは導力車を止めさせると、制止する間もなく外に飛び出してしまう。

 

「アンゼリカはここで待機っ!」

 

 車を守れと言い残してサラも外へ出てトワの後に続く。

 導力車では超えられない瓦礫を掻き分けて辿り着いた雑貨店だったもの崩れた建築物を見上げてトワは言葉を失って立ち尽くす。

 

「……酷いものね」

 

 周囲に満ちる異常な霊力。

 それを感知する才能を持たないサラでも上位三属性が働いていると分かる。

 それ程に導力車の外の空気は澱んでいた。

 そして、立ち尽くすトワの後ろに立ってサラは周囲を見回す。

 崩れているのは《ハーシェル雑貨店》だけではない。

 むしろ無事な家屋を探す方が困難とも言える荒れ果てた瓦礫の山がそこかしこに広がっている。

 

「トワ……」

 

 この周辺で発生した《魔煌兵》は既に大通りに出てしまったのだろう。

 静まり返った瓦礫の山は、まるで戦場の跡地のような寂寥感に満ちていた。

 

「トワッ!」

 

 茫然自失となっているトワの肩をサラは揺さぶる。

 

「サラ……教官……?」

 

「呆けている時間はないわよ! 近くに避難できる場所は――」

 

 言いかけたところでサラは振り返る。

 

「こっちよ」

 

「サラ教官!?」

 

「きゃああああああっ!」

 

 突然走り出したサラにトワは戸惑うが、次の瞬間子供の悲鳴が響き渡る。

 

「っ……」

 

 消沈した気持ちを聞き覚えのある声にトワは引き締めてサラの後を追い駆ける。

 瓦礫となっても分かる慣れ親しんだ道筋にトワは声が何処から聞こえて来たのか察する。

 そこは周囲の崩壊から難を逃れた公園だった。

 

「くそっ! こっちに来るなっ!」

 

 その広場の中央に多くの魔獣に囲まれた子供たちがいた。

 身を寄せ合うように震える子供たちを守る様に一人の男の子が木の枝を持ってにじり寄って来る魔獣に振り回す。

 

「カイ君っ!」

 

「――トワ姉ちゃんっ!?」

 

 トワの叫びに男の子が振り返る。

 それを隙と見て狼の魔獣達は一斉に子供たちに襲い掛かる。

 

「っ――」

 

 トワは咄嗟に魔導銃を向けて、引き金を――

 

 ――ダメ、カイ君達に当たっちゃう……

 

 魔獣たちの向こうには子供たちがいることにトワは魔導銃を撃つことを躊躇してしまう。

 その逡巡もなくサラは導力銃を撃っていた。

 弾丸は狙い違わず魔獣に着弾し、それを起点にサラは加速する。

 弾丸に引き寄せられるように魔獣に肉薄したサラは勢いをそのままに剣を一閃して斬り抜け、子供たちの下に辿り着くと跳躍して回転――

 子供達の頭上を回転しながら飛び越え、その合間に周囲の魔獣の頭を連射した弾丸の雨を降らせていく。

 

「すげぇ……」

 

 まさに《紫電》の如き早業で取り囲んでいた魔獣たちを一瞬で屠ったサラにカイは目を輝かせる。

 

「……無事の様ね」

 

 今の一瞬で周囲の敵を倒したサラは残心に周囲を見回しながら子供たちの様子を確認する。

 

「カイ君っ!」

 

「あ……トワ姉ちゃん!」

 

 改めて声を上げて駆け寄って来たトワにカイは振り返るも、力尽きたようにその場にへたり込む。

 

「良かった! カイ君、良かった……」

 

 カイに抱き締めてトワは泣きながらその無事を喜ぶ。

 

「トワ姉ちゃん……うわあああああああっ!」

 

 それまで気丈に振る舞っていたカイは感極まって声を上げてトワの腕の中で泣き叫ぶ。

 

「トワさんっ!」

 

「お姉ちゃん!」

 

「ちびトワねえっ!」

 

 泣くカイに触発され、近所の子供達なのか、随分と慕われた様子で子供たちはトワに殺到する。

 

「えへへ……みんな、無事で良かった」

 

 涙を拭い、トワは子供たちに笑顔を作る。

 その光景を見守りながら、サラは状況の分析とトワが子供達を落ち着かせるまで周囲を警戒する。

 

「残っているのは子供達ばかりか……大人の方が《呪い》の瘴気の影響を受けやすいって事なのかしら?」

 

 推測を口にしながらサラは今後のことを考える。

 子供たちが無事だったという事は不幸中の幸いなことなのだが、同時に厄介事でもある。

 ここだけでも十数人の子供。

 瓦礫の下に生き埋めにされている可能性を考え出してしまえばキリがない。

 

「サ、サラ教官!」

 

 最悪の可能性を考えていたサラに抱擁を交わしていたトワの悲痛な叫びを上げる。

 

「こ、これっ!」

 

 トワが差し出したのはカイの右腕。

 そこには《魔煌兵》と同じ様相の鋼の腕があった。

 

「っ……」

 

 袖を捲らせてみれば、付け根はじりじりと体の方へと浸食していく。

 

「他の子供達は?」

 

「ここにいる中でこうなっているのは俺だけだよ……」

 

「そう……」

 

「ねえ、トワの先生……俺もああなっちゃうの? 父さんや母さんみたいに……あんな風に……」

 

 触れたカイの小さな手が震えている。

 《魔煌兵》へと変貌する恐怖は計り知れない。

 

「ねえ……どうしてこんなことになってるの?」

 

「それは……」

 

「どうして父さんと母さんが魔物になっちゃったの!? 俺達を守ってくれるって言っていた領邦軍は何をしているの!? ねえ――」

 

 カイの右手に何処からともなく《蒼い風》が吹き、絡まる。

 

「これは……」

 

 風だと思っていたものをまじかで見てサラは瘴気の正体に気付く。

 それは“糸”。

 可視化する程の《蒼い霊力》の無数の糸はおそらく《ARCUS》由来の人と人を繋げるもの。

 カイに絡まる《蒼い糸》に触れれば、聞こえて来る聞き覚えのある声の幻聴がサラの中で響く。

 

 ――憎い……全てが憎い――

 

 思考の奥に染み渡る怨嗟の言葉は《ARCUS》で繋ぐように心の奥に染み渡り、サラの中にある感情を揺り動かそうとする。

 

「っ――」

 

 サラは剣を一閃して自分とカイを取り込もうとした“霊糸”の風を斬り払う。

 

「…………あれ?」

 

 怨嗟を漏らしていたカイは我に返って目を白黒させる。

 

「今は余計なことを考えなくて良いわ」

 

 カイにサラはヨシュアから借りた剣を握らせる。

 そうすると変貌していた右手は波を引くように元の子供の手へと戻って行く。

 《聖獣》の加護を持つ武具が役に立ったことにサラは安堵する。

 

「悪者のことはあたし達に任せて、貴方はこの子供達と一緒に安全な場所で待っていればいいの」

 

「でも父さんと――っ」

 

 カイは言いかけた言葉を呑み込む。

 

「ふふ……」

 

 周囲の子供が同じ不安を抱えていることを察して口を噤んだカイに褒めるようにサラは頭を撫でる。

 

「トワ、この子達を連れてアンゼリカのところまで戻るわよ」

 

「は、はいっ!」

 

 いつまでもこんなところにはいられないと、サラが叫んだ瞬間それは起こる。

 公園の遊具を壁にしていたその背後の家屋が爆ぜて《魔煌兵》が現れる。

 

「っ――」

 

 その《魔煌兵》は何を考えたのか大通りの行進に向かわずサラ達に視線を落とすと、その手に握っていた剣を振り被る。

 

「トワッ! その子達は任せたわよ!」

 

「サラ教官っ!」

 

 サラは自分のブレードを抜いて両手で構える。

 自分一人ならいくらでも逃げられる。

 だが、ここで自分が退けば子供達は《魔煌兵》の剣に薙ぎ払われる。

 それだけはさせないとサラは紫電をその身に纏って――

 

「ぬおおおおおおおおおおおおっ!」

 

 決死の覚悟でサラが魔煌兵の剣を弾こうとするが、その機先を制するように野太い声が響き渡り《魔煌兵》は横撃されて倒れた。

 

「なっ!?」

 

「ふ――他愛もない」

 

 八アージュの巨体をものともせず蹴り飛ばした男は危なげなくサラ達の前に着地する。

 

「あんたは……」

 

 振り返った男の顔は頭からすっぽりと被る獅子のマスクで覆い隠されていた。

 

「マキアスに《機甲兵》を与えて唆した男」

 

「ふむ……どうやら誤解があるようだな」

 

 警戒心を露わにするサラにレオマスクは弁明の言葉を考える。

 しかし、睨み合う二人は同時に振り返り、レオマスクが蹴り飛ばした《魔煌兵》に向き直る。

 その《魔煌兵》は顔を大きく歪ませながらもゆっくりと立ち上がる。

 

「トワ、早くっ!」

 

「はいっ! みんなこっちだよ」

 

 サラに促されてトワは子供達をアンゼリカが待っている導力車へと誘導する。

 

「どこの誰だか知らないけど、今は味方って考えて良いのよね?」

 

「無論だ」

 

 レオマスクはサラと肩を並べて《魔煌兵》に構えると、その《魔煌兵》は空に向かって咆哮を上げた。

 

「何を……」

 

 突然の行動にサラは訝しむが、その意味はすぐに理解する。

 

「来るぞっ!」

 

 レオマスクの忠告の声が上がると、帝都の外へと向かっていた魔煌兵達が一斉に振り返る。

 

「っ――」

 

 それは夥しい数の魔煌兵の一部に過ぎない。

 だが、生身で相手にするにはあまりにも数が多過ぎる。

 

「悪いけど頼らせてもらうわよ」

 

「ふ……大船に乗ったつもりで任せるがいい」

 

 悲観した様子も怯む様子もないレオマスクにサラは苦笑する。

 

「あんた、変なマスクの割りに良い男みたいじゃない」

 

 サラの趣味とは少し異なるが、ふざけた様相の奥にある芯の強さに渋みを感じてサラは軽口を叩く。

 

「……申し訳ないが私には妻と子供が二人いる」

 

「べ、別にそういう意味じゃないわよ!」

 

 ド真面目に返して来るレオマスクにサラは声を上げて言い返し――

 

「来るぞっ!」

 

 レオマスクの言葉を合図にするように魔煌兵達は一斉に二人に襲い掛かった。

 

 

 

 ………………

 …………

 ……

 

 

 

 横転した導力車。

 泣き叫ぶ子供達。

 子供達を守る様にアンゼリカが傷付いた体を推して立ち塞がる。

 そして――

 

「あ……」

 

 カイはトワの腕の中で呆然と固まる。

 

「トワ……ねえちゃん……」

 

 握っていた剣が零れ落ちて、その手が魔煌兵へと変貌していく。

 

「ああ……アアアアアアアアアアアアッ!」

 

 

 

 

 

 

「――♪」

 

 眼下の地獄のような光景を目の当たりにしながらエマは懸命に唄を紡ぐ。

 果たしてそれがどれだけ役に立っているのか。

 もしかしたら体よく義姉に最前線から遠ざけるための方便だったのではないかとさえ考えてしまう。

 

「どうやら《カレイジャス》の下の“蒼の瘴気”は防げているみたいよ」

 

 そんなエマの不安を拭う様にアリサが艦橋からの情報を告げる。

 

「それは何よりだ」

 

 オリヴァルトはその報告に安堵しながら、甲板の下を覗き込む。

 《カレイジャス》は帝都の南側、駅前広場の少し東側に滞空している。

 外へ向かう《魔煌兵》の行軍を横から観察できる位置にあるが、魔煌兵の群れは《カレイジャス》に見向きもせず外へと出て、そこで初めて“自動的”な行動から正規軍と領邦軍の部隊に襲い掛かって行く。

 

「っ……」

 

 戦い合い《魔煌兵》と《機甲兵》、入り乱れる戦車や歩兵たちの奮闘。

 ただ見ていることしかできない歯がゆさに、エマの後悔は募る。

 

「どうして私はお婆ちゃんを呼んでなかったの……」

 

 もっと早く、イストミア大森林が燃やされる前ならば《魔女の里》に救援を求めることができた。

 今、唄を紡いで《蒼い風》を帝都から外に漏らさないようにするだけで精いっぱいの自分の力の限界を思い知らされる。

 

「エマ君。あまり自分を責めないでくれたまえ」

 

「オリヴァルト殿下……」

 

「君は良くやってくれている。むしろ何もできていないのはボクの方だ」

 

 エマと同じようにオリヴァルトはこの光景に後悔をせずにはいられない。

 心のどこかでオリヴァルトは高を括っていた。

 いくら貴族が愚かといっても、ここまでの愚行を行うとは考えていなかった。

 もし知っていれば、何かを変えられたのではないかと考えてしまう。

 皇子として、この帝国を影から見守って来た《焔の眷属》と一度会っておくべきだったのではないかと考えてしまう。

 

「それでも今、ボク達の唄がここに響く理由が“焼け石に水”の行為だったとしても、そのわずかな取りこぼしをボク達の“諦観”で潰すわけにはいかない」

 

 帝都の瘴気の中で生き残っている者達はサラやエステル達の呼び掛けに応じて《カレイジャス》の下へ向かってきている。

 それに――

 

「エマ! オリヴァルト皇子!」

 

 通信が開き、同時にエマは戦術リンクの範囲に繋がった《彼》の存在を感じる。

 

「エリオットさん!」

 

「話は聞いているよ。リヴァイヴァルシステム起動」

 

 先行した二機とは別に帝都の中に潜入した《琥珀》はエマの唄を仲介し、増幅するスピーカーとして地上で音楽を鳴らす。

 

「ふう……これで少しは安全な地帯を増やせるかな」

 

 《琥珀の機神》が来てくれたことで少しはマシになったかとオリヴァルトは安堵のため息を吐く。

 

「二人とも、次の曲をそろそろ」

 

 アリサが端末を操作して、ミスティが残した音楽を流し始める。

 エマとオリヴァルトは頷き合って、それぞれの立ち位置に戻る。

 ミスティの録音した音楽を芯にアリサとオリヴァルトが演奏を重ね、そして新たに加わったエリオットの演奏も加わる。

 そこにエマの呪文として唄を紡ぐ。

 

「―――響け響け永遠に――」

 

 《カレイジャス》を中心に広がる《緋の波動》が《蒼い風》を押し返すように防波堤となる。

 事態を解決する力はなくても、解決するために《煌魔城》に向かった彼らが元凶を倒すまで一秒でも長く持ちこたえて見せると彼女たちの最善を尽くす。

 

 

 ………………

 …………

 ……

 

 

 それは巨大な触手の魔獣だった。

 “アビスワーム”と一般に知られているその魔獣は、その周知を裏切る程に巨大で空にいたはずの《カレイジャス》に絡みつき締め上げる。

 それは《魔煌化》の影響なのか、それとも《機甲兵》という存在に適応した魔獣の進化の形なのか誰にも分からない。

 分かっているのは“唄”は途切れ、大きく傾いた《カレイジャス》から落ちまいと演奏者たちは必死に欄干にしがみつくことしかできないと言う事。

 

「このっ!」

 

 地上で《琥珀》が大剣を振る。

 だが“アビスワーム”を一匹両断する間に新たな“アビスワーム”が《カレイジャス》を捕まえる。

 

「ああ……《紅い翼》が……」

 

 逃げて来た市民は空を見上げて希望が魔獣に喰われている様に絶望する。

 

 

 

 

 

 

「あ…………」

 

 そこに辿り着いたユーシスは言葉を失った。

 《金の騎神》エル=プラドーの足下には二人の男がいた。

 黒衣を纏った青年の足下には一人の男が横たわっている。

 意識を集中した《機神の目》はその姿を拡大してユーシスにそれを見せつける。

 

「父上っ!?」

 

 絶叫しながらユーシスは《紅の機神》から身を投げ出すように飛び降りて駆け寄る。

 

「ああ……」

 

 駆け付けたユーシスが見たのは胸に剣を突き立て横たわる父、ヘルムートの姿だった。

 

「父上……」

 

 胸に剣を突き立てられ、血だまりに沈むヘルムートはどう見ても既に事切れている。

 どれだけの無念だったのか、壮絶な死に顔を残した父の死に顔にユーシスは一瞬で怒りに支配される。

 

「貴様が父上を殺したのかっ!?」

 

 《蒼い瘴気》を纏ってユーシスが振り返り――息を飲む。

 

「兄上っ!?」

 

 黒衣の青年の顔を見てユーシスは瘴気を纏いながらも狼狽える。

 何故クロスベルにいるはずのルーファス・アルバレアがここにいるのか。

 まさか――と考えてユーシスは頭を振ってそれを否定する。

 

「兄上っ! 父上が――」

 

「ああ……」

 

 ユーシスの狼狽にルーファスは冷めた声で頷く。

 

「いったい誰が父上を……兄上は犯人を――」

 

「私が殺した」

 

「…………え?」

 

「ヘルムート・アルバレアを殺したのは……私だと言ったのだよユーシス」

 

 淡々とルーファスはいつもの優雅な微笑みを浮かべて父殺しを弟に告げる。

 

「何を……何を言っているのですか兄上っ!?」

 

 ルーファスの言葉にユーシスはあり得ないと狼狽え、そして気付く。

 

「まさか兄上も《呪い》に!?」

 

 その可能性に思い至ったユーシスにルーファスは冷たい笑みを浮かべる。

 

「やはりお前は愚かな弟だなユーシス」

 

「兄上……?」

 

「ユーシス……お前は雛鳥だ……

 ただ餌を与えられることを待つだけで何もしない雛鳥……私が最も忌み嫌う怠惰な貴族、父上と同じだ」

 

「っ……」

 

 今まで見たことのない蔑むルーファスの眼差しを向けられてユーシスは息を飲む。

 

「兄上……本当に父上を……父上を殺したというのですか……?」

 

 声を震わせてユーシスはもう一度、縋る様に問う。

 

「どうして……貴方が……」

 

「それは簡単だ……私が“鉄血の子供”の一人だからだ」

 

「………………え?」

 

 その告白にユーシスは父の死と同じくらいの衝撃を受けた。

 そんな動揺を露わに固まるユーシスにルーファスは笑いかけて続ける。

 

「愚かな弟よ……ユーシス、私はお前がアルバレア家に来た時からずっと……」

 

「兄上……」

 

「……ずっとお前のことが嫌いだったのだよ。ユーシス」

 

 

 

 

 

 

「あははははっ!」

 

 その魔煌兵は湧き上がる力に声を上げて《黄金のシュピーゲル》に斬りかかる。

 

「っ――」

 

「これが“力”! さぞあんたは俺達の事が滑稽に見えていただろうなっ!」

 

 魔煌兵が繰り出した大剣を、機甲兵越しに受け止めてその衝撃にオーレリアは息を飲む。

 まるでヴィクターやマテウスなどの達人と剣を交えているかのような手応え。

 

「っ――――オオオオオオッ!」

 

 鍔迫り合いからオーレリアは咆哮を上げ全力の闘気を爆発させて大剣ごと魔煌兵を両断する。

 

「はっ……はっ……はっ……」

 

 一つの魔煌兵を斬るたびに全力を振り絞らされ、何度斬ったかもはや数えることも忘れてオーレリアは喘ぐ。

 “将”となったことで久しく忘れて体力を尽きるまで剣を振るうこと。

 だがそれに浸る間もなく、斬り伏せたはずの魔煌兵が立ち上がる。

 

「……またか……」

 

 両断された傷は結晶の群れに覆われて、傷一つない魔煌兵へと修復される。

 《カレイジャス》からの“唄”が途切れてから、倒したはずの《魔煌兵》は次々と立ち上がり、その損傷が《蒼い風》によって癒され戦線に復帰する。

 復活した《魔煌兵》を倒しても、何事もなく復活する敵の群れに士気を維持することはできず、軍隊は《魔煌兵》の群れに呑み込まれようとしていた。

 

「好い様だな《黄金の羅刹》」

 

 膝を着く《黄金のシュピーゲル》に魔煌兵が侮蔑の言葉を投げかける。

 それはその一体だけではない。

 多くの斬り伏せたはずの魔煌兵達が《黄金のシュピーゲル》を取り囲む。

 

「これが《煌魔城》と繋がっている事の意味か……」

 

 言葉から《魔煌兵》となった彼らが元領邦軍であり、大剣を使っている様からアルゼイド流やヴァンダール流を修めた者達だと言う事は察することはできた。

 彼らは《煌魔城》から“力”を供給され無限の再生と何よりもその技術を“達人級”まで引き上げられている。

 そしてそこに至れなかった“劣等感”を薪にしてオーレリアを押し潰さんと魔煌兵達は群がる。

 どれだけ強くても有限でしかないオーレリアも“不滅”である魔煌兵達と闘い続けることはできない。

 

「他の者達は……」

 

 通信の向こうから聞こえて来る部下や正規軍の状況も酷いものだった。

 倒しても倒しても際限なく復活する《魔煌兵》。

 空にいたはずの《カレイジャス》がないことから、絶望が戦場を覆い尽くしていることはオーレリアも理解する。

 

「情けないものだ……私の“剣”はここまでなのか?」

 

 オルディスでは見ていることしかできなかった《魔煌兵》の大軍を前にオーレリアの膝は折れようとしている。

 

「これが“罰”か……」

 

 《槍の聖女》に迫る武功欲しさにカイエン公が行わせた《宰相暗殺未遂》から目を背け、受け入れた者に今更女神が微笑むわけはないのだとオーレリアは自嘲する。

 自分の最後がこんな雑兵に埋もれるように終わる皮肉にオーレリアは自嘲して――

 

「らしくないですね」

 

 声が響く。

 

「うおおおおおおおおっ!」

 

 《黄金のシュピーゲル》を取り囲む魔煌兵達の中に一機のヘクトルが十字槍を振り回して飛び込む。

 

「何をしている!? オーレリア・ルグィンはそのような女ではないだろう!」

 

 無様に膝を着いた《黄金のシュピーゲル》にヘクトルは咎めるように叫ぶ。

 

「その声は……ウォレスか?」

 

 弱々しいオーレリアの声にウォレスは眉を顰める。

 

「何だその体たらくは!?」

 

 《機甲兵》越しとはいえ無様を晒すオーレリアにウォレスは激怒する。

 《煌魔城》が出現し、ミルディーヌと生きていたオズボーンの名の下に貴族連合軍と正規軍の戦いは終結した。

 後は現れた《煌魔城》をどうにかするべく軍をまとめ上げて駆け付けた戦場はまさに地獄だった。

 倒しても倒しても復活する“不滅”の《魔煌兵》があまりにも人知を超えていることはウォレスにも分かる。

 例え《黄金の羅刹》と言えどもその力は“無限”ではない。

 どれだけ気高く振る舞っても、周りの阿鼻叫喚な悲鳴に士気を維持することも難しいだろう。

 

「《黄金の羅刹》が……天下の大将軍となると言った女が潔く首を差し出すな!」

 

「っ――」

 

「それにまだ希望はあるっ!」

 

 ヘクトルの振るう十字槍が白い焔を纏い旋風を巻き起こす。

 

「希望だと……そんなものがどこに……」

 

 訝しむオーレリアだが、機体越しに肩を叩かれ振り返る。

 

「ケストレル……?」

 

 振り返った画面に映るのはクロスベルの《剣聖》のデータをプログラムされたケストレルの一機だった。

 

「いや待て、無人機が何故?」

 

 命令された行動しかできないはずの無人機が繊細な手つきで機甲兵の肩を叩くなんてできるはずがない。

 怪しむオーレリアに《ケストレル》と通信が繋がり――

 

「みししっ!」

 

「……………………は……?」」

 

 そこに映っていたのは継ぎ接ぎだらけのクロスベルのマスコット、みっしぃだった。

 

 

 

 

 

 

「これがお前が書き加えた筋書きか……」

 

 悲鳴を上げる少年の《機甲兵》を助けながらオズボーンは独り言を呟く。

 戦場に満ちた絶望。

 減ることはなく増えるばかりの《魔煌兵》。

 堕ちた《紅き翼》。

 討ち取られる《黄金の羅刹》。

 《蒼》に負ける《緋》と《灰》。

 絶望が戦場を満たす時、人は“英雄”を求める。

 

「在り来たりだが、効果的だろうな」

 

 帝都市民の半分を魔煌兵としての戦力として確保し、己は劇的に《黒の騎神》に選ばれて《蒼の騎神》を打ち倒す。

 そうすることで帝国の貴族と平民を問わず、貴族も平民も等しく人心を掴む“英雄”にオズボーンはなる。

 《黒》が描いた預言は覆ることはない。

 そしてオズボーンもそれに諍えない。

 

「誰か……諍って見せてくれ」

 

 何もできない自分を恥じながら、オズボーンは願う。

 《放蕩皇子》でも《指し手》でも《羅刹》でも《遊撃士》でも《緋の皇子》でも《零の御子》でも誰でも良い。

 既に盤外へと押しやられてしまった“息子”のように誰かが《黒》の思惑を超えてくれとただ信じることしかオズボーンにできることはない。

 《黄昏》に繋がる希望を願い、オズボーンは《黒》の人形としてその時が来るまでただの“人”として振る舞い踊り狂う。

 

 

 

 

 

 

 

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