(完結)二人の緋皇 ―閃の軌跡Ⅱ―   作:アルカンシェル

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63話 悪性変異

 

 

 都市部の喧騒を他所にその場所は静けさを保っていた。

 予め人払いをされていたのか、そこに《魔煌兵》の気配はなく、スウィンとナーディアは顔を見合わせて頷き合い、歩を進める。

 《カレイジャス》の操縦や通信管制は離宮攻略で増えたミュラー達に任せ、二人は戦闘の最中に送られて来た手紙に答える形で別行動を取っていた。

 

「クリスタルガーデンで待つって……《エンペラー》がこんなことをするなんてちょっと意外だねー」

 

「同感だ……間違いなく罠なんだろうが……」

 

 油断なく公園の中を歩くが二人の警戒心を他所に襲撃はなく、拍子抜けするほどにあっさりと《クリスタルガーデン》に辿り着いた。

 

「どうしようすーちゃん……なーちゃん、嫌な予感しかしない……!」

 

「《剣》か《棘》……本当に誰も配置していないのか?」

 

 ナーディアの不安にスウィンは周囲の気配を探りながら、彼女と同じように嫌な予感を感じる。

 スウィンとナーディアは顔を見合わせて、それぞれの武器に触れる。

 この時のため用意した対皇帝戦のための魔剣や導力魔法。

 万全の準備とは言い難いが、それでもこの数ヶ月の間で勝つための手段はこの手の中にある。

 一縷の小さな希望でも“組織”から逃げることを考えていた時よりも遥かな好条件。

 

「とは言え、ここで《エンペラー》をどうにかしておかないとなーちゃん達には生きる目はないからねー」

 

 《エンペラー》が存在している限り、“組織”の統制は崩れない。

 散発的な暗殺ならば対処できるかもしれない。

 だが、統制が取れた“組織”として暗殺に来るのならば、いつか二人はその命を落とすことになるだろう。

 

「…………ナーディア。今からでも遅くない。お前だけでも――」

 

 扉に触れてスウィンは迷ったスウィンはナーディアだけでも逃がす提案をする。

 玉砕を覚悟すれば《エンペラー》を殺せるかもしれない。

 だが、その場にナーディアがいれば自分は躊躇ってしまうだろう。

 

「ずっと一緒だって約束したよねすーちゃん」

 

 迷うスウィンの手に自分の手を合わせてナーディアは微笑む。

 

「…………そうだったな……」

 

 その答えにスウィンは諦めたように肩を竦めて、二人は扉を開いた。

 《クリスタルガーデン》の中は植物園となっており、平時では市民の憩いの場となっている場所だった。

 二人はすぐにその男を見つける事が出来た。

 場違いで派手な趣味の悪い黄金の鎧兜を纏った《エンペラー》は我が物顔でベンチの一つに腰を掛けて、二人を待っていた。

 

「久しいな、我が道具よ」

 

「くっっ――」

 

「っ……」

 

 思わずスウィンとナーディアは身構える。

 だが、予想した不意打ちはなかった。

 

「ふふ、外の生活は随分と楽しかったようだな」

 

 まるで世間話をするような気安さで話しかけてくるエンペラーに二人は違和感を強くする。

 

「何のつもりだ? 俺達を殺しに来たんじゃないのか?」

 

 睨むスウィンの返事に肩を竦める。

 

「やれやれ、ならば早速本題に入るとしよう」

 

 そう言いながらエンペラーは立ち上がる。

 

「クロウ・アームブラストを殺して、我のもとへ帰れ……

 そうすれば、組織を裏切ったことは不問とする」

 

「何を寝ぼけたことを……」

 

「そうだよ――って……え? クロウ・アームブラスト? セドリック皇子じゃなくて?」

 

 勢いで否定しようとしたナーディアは命じられた内容に耳を疑う。

 

「カイエン公爵からの依頼だ……

 この内戦中に《蒼の騎士》クロウ・アームブラスト、並びに元帝国解放戦線の《V》と《S》も同様に始末しておく……

 《煌魔城》を出現させ、彼らはもう必要ないそうだ」

 

「それは……」

 

「分かりやすいしっぽ切りだねー」

 

 扱い切れない狂犬達がその牙を自分達に向けない内に処分しておきたいというカイエン公の考えは理解できる。

 スウィンとナーディアも直接の面識はないが、クリスやギデオンの話を聞く限り、かなり自分勝手な人間であり、二人は彼らがユミルの崩壊やケルディックの虐殺に関わっていたことも記憶に新しい。

 

「君たちもこの帝国の内戦を経験して理解したはずだ……

 何故“組織”が必要とされているのか、このゼムリア大陸に何故、“暗殺者”や“猟兵”がこれ程までに多いのか……

 世界には殺しておくべき人間が多過ぎると言う事を」

 

「っ――」

 

「確かにそうかもしれないけど……」

 

「君たちが殺して来たのはそういう世界の“ゴミ”だ。“人”と思い罪悪感を覚える必要などない」

 

 エンペラーの言葉に二人は閉口する。

 

「そして君たちも理解できたはずだ。“外”と“私達”が違う事を、己の“業”を」

 

「“業”だと!?」

 

「言っていることが意味不明過ぎなんだけど……」

 

 心当たりのない二人は揃って首を傾げる。

 そんな二人に《エンペラー》は彼らの“欺瞞”を突き付ける。

 

「君たちの“剣”が何よりの証拠だ」

 

 エンペラーはスウィンが握る“魔剣”を指して続ける。

 

「我を殺したいのだろう?

 この数ヶ月、そのために己を研ぎ澄ましてきたのだろう?

 それこそが君たちの“業”。自由が欲しいと言っておきながら、君たちは遊撃士協会に行くことも、アルテリア法国へ行こうともしないのは何故だ?

 どちらの組織も“庭園”の情報を出しさえすれば、丁重に君たちを保護してくれただろうに」

 

「え……」

 

「あ……」

 

 保護してもらう。

 個人としてではなく、組織に守ってもらうという選択肢があったことに二人は戸惑う。

 

「結局、君たちは骨の髄まで“人殺し”なのだ……

 平穏が、自由が欲しいと口では言っても“剣”を手放すことは出来ない。それが《3》と《9》なのだ」

 

「俺は……」

 

「…………」

 

 何も言い返せない自分達にスウィンとナーディアは驚く。

 決意を固め、“組織”から逃げると決めたはずなのに。

 スウィンに至ってはナーディアの兄であり、パートナーであるエースを殺しても諦められなかったのに、今エンペラーを否定する言葉が思い浮かばない。

 

「それを理解できたのならば、この一時の逃亡にも価値はあっただろう……

 改めて言おう、我のもとへと帰れ。そうすれば、組織を裏切ったことは不問としよう」

 

「……不問にするだなんて、随分とらしくないんじゃないかなー?」

 

 苦し紛れにナーディアはエンペラーに言い返す。

 

「ふむ?」

 

「絶対支配がモットーで“組織”に背いた人間を全員容赦なく殺してきたエンペラーが条件付きとは言え、なーちゃんとすーちゃんの裏切りを『不問にする』なんて……

 以前のあなたじゃ考えられないことよ?」

 

「……その事について答える前に、我も《9》、君に問おう……何故、君は生きている?」

 

「…………え……?」

 

「あの日、我は確かに君への止めは刺さなかった……

 だが背いた人間を全員容赦なく殺してきたからこそ断言しよう。《9》、君が負った傷は決して生き残れるものではない……

 そして《3》、顔を合わせて確信した。我にあの屈辱を味合わせたのは君ではないと」

 

「屈辱……?」

 

「そうだ! あの日! 我にあれ程の屈辱を与えた“何者”か!」

 

 エンペラーは突然目を剥き、激昂してあの日から滾らせてきた憤りを叫ぶ。

 

「顔を思い出すことはできないが確かに存在していた……

 あの男を殺す! 今の我に重要なのはそれだけだ! 君たちの裏切りなど、この屈辱を晴らすことと比べてしまえば些事に過ぎん!」

 

「こいつ……」

 

「…………なーちゃんたちから興味がなくなってるのは良い事なんだけど……」

 

 たぶんエンペラーが拗らせている相手はクリス達が時々口にしている自分達の恩人である《超帝国人》なのだろうと二人は考える。

 

「ナ―ディア」

 

「うん、すーちゃん」

 

 二人は頷き合って、それぞれの武器を構える。

 

「何のつもりだ?」

 

「色々気付かせてくれたけど、オレたちがどういう存在なのか決められるのはオレたちだけだ……

 今はあんたの言う通り、“道具”が“人間”に焦がれてるだけかもしれない……

 だけどこの気持ちを本物にするために、あんたという過去から決別するために、エンペラーあんたをここで倒す!」

 

 スウィンはエンペラーに剣を突き付けて啖呵を切る。

 

「それになーちゃんたちに勝てるつもり?」

 

「なんだと……?」

 

「覚えているよね。なーちゃんの得意領分……

 なーちゃんとすーちゃんは確かにあなたに一度負けた。でもそれは古代遺物の“力”を見誤ったせい」

 

「…………」

 

 黙り込むエンペラーにナーディアは続ける。

 

「それになーちゃん気付いちゃったんだよねー……

 あなたがなーちゃんとすーちゃんに教えた暗殺術。それって裏切られたとしてもあなたに絶対に勝てない戦闘術だったんだって」

 

 外の世界の様々な技術や魔法に触れて得た確信。

 この帝国には件の《超帝国人》以外にも重力を操作する程度ならどうとでもできる猛者たちが存在している。

 

「今のなーちゃんとすーちゃんには沢山の人がくれた技と武器がある……

 そしてあなたの動きは癖も、思考パターンも、力の限界も全部解析済み。残念だけどあなたの勝機はもうないの」

 

 ナーディアの勝利宣言にエンペラーは目を細め、次の瞬間喉を震わせた。

 

「くくく……」

 

「っ……」

 

「アハハハハハハハハッ!」

 

 そして声を大にして高笑いを上げる。

 

「やはりまだ子供だな《剣の9》よ」

 

「むっ……」

 

「我の底を見切ったとは面白い事を言う。ならば見せてやるとしよう」

 

 そう言ってエンペラーが取り出したのは杖と宝珠――ではなく一本の長剣だった。

 

「え…………?」

 

「照臨のレガリアじゃないっ!?」

 

「君たちは私の、自分達の通り名を忘れたのかな?」

 

「通り名……《3》と《9》……それが――」

 

「違うよすーちゃん!」

 

 訝しむスウィンより先にナーディアはその事実に気付く。

 

「すーちゃんは《剣の3》。なーちゃんは《剣の9》……そしてエンペラーは四つのガーデンの内の《剣の庭園》の管理人」

 

「あ……」

 

 《剣の庭園》の管理人と呼ばれていながら、スウィンはエンペラーが“剣”を握っている姿を見たことはない。

 そしてそれはナーディアも同じだった。

 見切ったと思っていたエンペラーの力とは別の、ナーディア達にとって初見、未知数の剣技。

 これまで重ねた努力が全て無駄になる。

 

「フフフ……」

 

 驚き慄くスウィンとナーディアの動揺をエンペラーは嘲笑う。

 

「さて、この名を名乗るのはいつ以来になるだろうか」

 

 そう独り言を呟き、エンペラーは剣を鞘から抜く。

 

「我はキング……《キング・オブ・ソーズ》……

 せいぜい錆落としの役に立ってくれたまえ《スリー・オブ・ソーズ》そして《ナイン・オブ・ソーズ》」

 

 

 

 

 

 

 変貌した城の中を二つの《騎神》と蒼い鳥、そして白い戦術殻が飛ぶ。

 城に蔓延る古代の魔獣も、様々な仕掛けも無視し、壁や天井を《緋》が持つ巨槌で打ち壊して上へ上へと突き進む。

 そうして辿り着いたのは《蒼い瘴気》が立ち込める、本来なら《緋の玉座》と呼ばれるに《緋》と《灰》は降り立った。

 

「あれは……」

 

 キーアは玉座の柱に体の半分を埋める《蒼の騎神》を見上げる。

 

「あれが《蒼の騎神》オルディーネ……でも外の尖塔にあったのは……」

 

「おそらく《煌魔城》と同化させたことの影響でしょう……

 今は《オルディーネ》が付いているだけでしょうが、《煌魔城》を《蒼》の器にして巨大化させるつもりなのでしょうね」

 

 遅れてグリアノスから降りたミスティは帽子とサングラスを確かめながらキーアの疑問に答える。

 

「それってこのお城が《騎神》みたいになっちゃうってこと?」

 

 ミスティの説明にミリアムは驚き聞き返す。

 

「ええ、そうなっても不思議ではないでしょうね。《七の騎神》の元となった存在を考えればあり得ない話ではないわ」

 

「このお城が……《騎神》みたいに動く……」

 

 それを想像してキーアは緊張に唾を飲む。

 

「そんなことはさせないよ」

 

「ちょっとあんた――」

 

 セドリックは最悪な想像をするキーアに安心させる言葉を掛けて、徐にセリーヌを操縦席に残して《緋》から降りて前へと進み出る。

 

「貴女達はそこに、いつでも動けるようにしていなさい」

 

 ミスティに言われてキーアとセリーヌは《騎神》の中で待機する。

 そしてセドリックに付き従う形でミスティとミリアムがその後に続く。

 

「美しい光景だと思いませんか?」

 

 《降魔の笛》を奏でる少女を隣に、どんな原理でか映し出されている無数の映像を見上げていたクロワール・ド・カイエンは背中を向けたまま語り出す。

 

「《愚帝》ドライケルスと《鉄血宰相》によって歪となったヘイムダルは《煌魔城》の出現を持ってあるべき姿を取り戻そうとしている」

 

「あるべき姿だって!?」

 

 見上げた映像にはそれぞれの戦いが映し出されている。

 数多の《魔煌兵》に埋もれるように蹂躙される領邦軍と正規軍。

 第一浸食から逃れた市民たちが次々と《魔煌兵》に変貌して戦いに加わって行く。

 帝都の空で《紅の神機》が《翠》と見慣れない二機の飛行艇と優勢に戦っている。

 ドライケルス広場で《黒の神機》が《青》と《巨人》を圧倒している。

 

「あら……?」

 

 セドリックが凄惨な光景に言葉を失っている所でミスティの呟きが、響いた。

 

「どうかしたんですかミスティさん?」

 

「いえ、何でもないわ」

 

 誤魔化すようにミスティは告げて、一歩引いたように会話から離れる。

 

「そう、あるべき姿なのだよ!」

 

 クロワールは悦に入った声で叫び、振り返る。

 

「私の祖先が君臨し、支配するはずだった《巨いなる帝都》! 私はついに我が一族の悲願を叶えることができたのだ!」

 

「一族……祖先……?」

 

「私もアルノールの血を引いているのだよ」

 

 クロワールの言葉の意味が分からないセドリックに目を見開く。

 

「そう――皇帝オルトロス・ライゼ・アルノールの血を!」

 

「オルトロス帝の!?」

 

「公爵家出身の第二妃より生まれ、後の世に《偽帝》と称される人物!

 獅子戦役の次代、帝都を支配し、ドライケルス帝に敗れた彼の血を私は受け継いでいるのだ」

 

「……そんな……かの《偽帝》の血筋が公爵家に受け継がれていたなんて」

 

「獅子戦役終結の折、その事実は闇へと葬られた……

 かの愚帝もこれ以上、貴族勢力と事を構えたくなかったのだろう。だが――」

 

 クロワールは拳を握り締めて続ける。

 

「我が公爵家は決してその屈辱を忘れたことはなかった……

 《巨いなる帝都》ヘイムダル……

 その支配者の証たる《緋の騎神》と《煌魔城》を再び手に入れるために!」

 

「《テスタ=ロッサ》を……」

 

 セドリックは思わず振り返り、《緋の騎神》を見上げる。

 そう言えば《獅子戦役》ではオルトロス帝側の機体だったことを思い出しながら、セドリックは言い返す。

 

「そんなことのために……こんなことを起こしたというのか?」

 

「フフ、かの宰相も目障りであったし、《結社》の工房長の協力も得られた……

 そして《帝国解放戦線》という駒と《蒼の騎神》の起動者の覚醒――あらゆる意味で機は熟していたのだ」

 

 万感の思いを胸にクロワールは叫ぶ。

 

「今こそ間違った歴史は正される時っ! 我が手に《緋の騎神》を取り戻し。しかる後、旧き善き秩序を帝国に取り戻していく……

 それこそが私の大望――公爵家の果たすべき使命なのだ!」

 

「呆れるわね」

 

 クロワールの名演説に嘆息したのはミスティだった。

 

「貴方達が仮にセドリック皇子から《テスタ=ロッサ》を奪ったとしても、直系ではない貴方を《テスタ=ロッサ》は認めることはないでしょう」

 

「はっ……何を言い出すかと思えば」

 

 ミスティの指摘をクロワールは鼻で笑う。

 

「《緋のテスタ=ロッサ》がオルトロス帝の血を継ぐ私を認めないはずない!

 仮に君の言葉が真実だったとしても、この時代のアルノールの血筋を絶やせば、私こそがアルノールの直系になるのだよ!」

 

「なっ!?」

 

 無茶苦茶な暴論にセドリックは耳を疑う。

 クロワールの言い方では自分だけではなく、全ての皇族を殺し尽くすと言っているように聞こえる。

 

「アハハ! すごいこと言うね」

 

「笑い事じゃないよミリアム」

 

 ミリアムの呑気な言葉に、湧き上がりそうな衝動をセドリックは何とか押し留めてクロワールを睨む。

 

「フフ……戦いとは“数”なのだよセドリック皇子!

 獅子戦役の頃を超える《魔煌兵》の軍勢と《蒼の騎神》!

 例えこの場にドライケルスとリアンヌ・サンドロットがいたとしても、もはや私の勝利は揺るがない!」

 

「っ――」

 

 ふざけるなという言葉は周囲に浮かぶ映像に呑み込まされた。

 現在進行形で《魔煌兵》はその膨大な数で軍を壊滅させている。

 時間が経てば、その魔煌兵の軍勢が《蒼》の援軍として駆け付けてしまう。

 

「テスタ――」

 

「落ち着いてセドリック皇子」

 

 焦る気持ちから《緋》に乗り込もうとしたセドリックをまだ早いと止める。

 

「見たところ儀式はまだ完了していないわ……

 今ならまだ眷族の長となっている《蒼の騎神》を倒せば、80万の魔煌兵は機能を停止するでしょう」

 

「そ、そうですか……」

 

 ミスティの見立てにセドリックは深呼吸をして息を整える。

 

「…………ところで」

 

 一触即発の空気にミスティは、笛を奏でる少女を一瞥してから《蒼の騎神》を見上げて新たな言葉を投じる。

 

「いつまで黙っているのかしらクロウ」

 

 だがミスティの声にそこにいるはずのクロウは応えない。

 

「クロウ?」

 

「無駄だよ」

 

 クロワールは少女を振り返り、演奏を中断させて杖を構えさせる。

 少女が石突で床を叩くと魔法陣が広がると玉座の間に怨嗟に満ちた声が木霊する。

 

『オズボーン殺ス! オズボーン殺スッ!! ギリアス・オズボーンッ!!』

 

「これは……」

 

「クロウの声……」

 

 聞こえて来た耳から《呪い》が掛かるのではないかと思う程の呪詛。

 獣じみた声だが、それは間違いなくクロウ・アームブラストのものだった。

 そして玉座と融合していた《蒼》は鎖が解かれたようにもがき柱から這い出て来る。

 

「ハハハッ! 征くが良い! 《蒼黒き獣》よ! 我に《緋》を取り戻し! 我が覇道の《礎》となるが良い!」

 

「っ――」

 

 もはや言葉は語り尽くしたと言わんばかりにクロワールは《蒼》を嗾ける。

 

『ガアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』

 

 這い出た《蒼》は四つん這いのまま立ち上がろうとせず、その体を変貌させていく。

 《緋》が《緋き終焉の魔王》となったように、《蒼》は起動者の憎悪と《帝都》に満ちた負の想念に呑まれて《蒼き絶望の悪魔》と化す。

 

「くっ……」

 

「クロウ……ここまで堕ちてしまったのね……」

 

 獣じみたクロウの咆哮とオルディーネの変貌にミスティは目を伏せた。

 

「ミスティさん、僕は躊躇いませんよ」

 

 肌で感じる《蒼》の増大した霊圧にセドリックは最後の覚悟を決める。

 

「《テスタ=ロッサ》! ミリアムッ!」

 

『応っ!』

 

「がーちゃん! 行くよっ! がったーいっ!!」

 

 セドリックの呼び掛けに応え、《緋》は彼を取り込み立ち上がる。

 そしてミリアムは《アガートラム》と一体化して、《緋》の右腕に宿る。

 そして《灰の騎神》がその隣に並び立った。

 

「悪魔と化した《蒼》に《緋》と《灰》が挑む……

 ある意味では正しい《獅子戦役》の再現なのかもしれないわね」

 

 かつて《緋き終焉の魔王》に《銀》と《灰》が挑んだ光景を思い描き、ミスティは《蒼》と《灰》の獅子戦役で済ませようとしたことを考える。

 《預言》は回避しようとすれば、より大きな厄災となってその身に返って来る。

 果たしてこの“揺り戻し”が何が原因だったのか、ミスティには推測することしかできない。

 

「……まあ良いわ」

 

 ミスティはその一言で“悪い魔女”に切り替える。

 そしてミスティは玉座で高みの見物を決め込むクロワールとそれに付き従う少女――イソラに目を向けた。

 

 

 

 

 

 

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