(完結)二人の緋皇 ―閃の軌跡Ⅱ―   作:アルカンシェル

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超ダイジェスト:魔導士の争い(かなり要約)

ミスティ
「時にはラジオパーソナリティ。時にはオペラ歌手……
 その正体は《魔女の眷属》であり《結社》の使徒“りりかる☆ヴィータ”」

クロワール
「ふっ! 私は中世の魔術を秘密裏に相伝してきたカイエン家、オルトロス帝の末裔――
 魔界皇帝“まじかる☆クロワール”であるぞっ!」
 
イソラ
「ふぁいと!」





65話 零の奇蹟

 

 

 

 

「くそっ!」

 

 エリオットは苛立ち、《琥珀》は導力の刃を振るう。

 《機神》をしても壁とも思える程の巨大なアビスワームの胴体に刃を立てて振り斬るものの、斬り裂けた傷は見る間に塞がってしまう。

 

「僕がやらないと……僕がやらないといけないのに!」

 

 エリオットにとって姉であるフィオナは不幸中の幸いにも帝都の外にいるので最悪の事態ではない。

 だがヘイムダルで生まれて育ったエリオットにとって、それは気休めでしかない。

 

「倒れろっ! 倒れろっ!」

 

 がむしゃらに大剣を叩きつける。

 

「どうして……」

 

 一匹の魔獣さえ倒せないことにエリオットは絶望する。

 それでも必死に剣を振り続け――何かが頭上を飛び越えた瞬間、アビスワームの大木のような太い胴は一刀両断された。

 

「…………え?」

 

 自分ではない手応えにエリオットは顔を上げる。

 そこには斬り裂いたアビスワームを駆け上がり、跳躍して別のアビスワームへと斬りかかった《ケストレル》がいた。

 

「貴族連合の機甲兵?」

 

 《カレイジャス》を空から引きずり降ろそうとするアビスワームの群れを《ケストレル》は駆け上がって、跳び移り、下から削る様に斬り落としていく。

 

「…………これが《風の剣聖》……」

 

 エリオットはまさに風のように空へと駆け上がって行く《ケストレル》を見送るのだった。

 

 

 

 

 がくんと突然機体が揺れたことに操縦桿を握るミュラーは叫ぶ。

 

「拘束が緩んだっ! 各員、何かに捕まれ! 最大出力で振り切る!」

 

 艦の放送にその言葉を流しながら、ミュラーが気にするのは甲板に出ているオリヴァルトを含めた三人のこと。

 《蒼い瘴気》に対抗するための唄が必要であり、それを最大限に響かせるために許可はした。

 しかし、敵飛行艇部隊ならまだしも巨大化した魔獣に襲われるなどミュラーも想定することはできず、命綱をつけておくことは約束させたがそれも何処まで役に立っているか分からない。

 

「オリビエッ! 無事なら返事をしろっ!」

 

 艦の操縦に集中しながらミュラーは呼び掛け続ける。

 

「ミュラー少佐っ!」

 

 艦長席に《クラウ=ソラス》に支えられながらしがみ付いていたアルフィンは窓の外を見て悲鳴を上げる。

 

「あれは……結社の戦闘艇!?」

 

 赤い見覚えのある飛行艇にミュラーが目を剥くと、その飛行艇は機関銃を《カレイジャス》に撃ち込んで来た。

 

「っ……」

 

 それは取り付いた魔獣を狙ったものではなく、艦橋の装甲に弾丸が掠め、大きく艦を揺らす。

 

「フハハハハッ! 覚悟しろ《紅き翼》! この僕が討ち取って出世街道の礎にしてくれる!」

 

 結社の飛行艇の中で青年がそんな高笑いを上げているとは思わず、ミュラーはただ歯噛みする。

 

「ああ……」

 

 近付くにつれて銃弾が《カレイジャス》に穿たれていく。

 迫り来る“死”の気配を感じながらもミュラーは最後まで諦めず、操縦桿を握り締め――

 アルフィンは艦長席で《クラウ=ソラス》に抱えられて守られ――

 エリゼも同じように《フラガラッハ》に抱えられて――

 

「もらった! 蒼空の藻屑と化せっ!」

 

 赤い飛空艇が迫る。

 次の銃撃は艦橋に当たる。

 そんな予感を察したエリゼは思わず呟いた。

 

「――助けて、兄様――」

 

 思わず呟いた言葉はワイスマンから教えられたまじないの言葉。

 兄も姉もいないエリゼにとっては意味のない言葉であるのだが、口に出た言葉は自然で場違いにもエリゼは首を捻った。

 

「大丈夫です」

 

「え……?」

 

 戸惑うエリゼに答えたのはアルティナだった。

 振り返った彼女の顔を見て、エリゼは再び違和感を覚える。

 

 ――こんな顔をする子だったかしら……

 

 エリゼの視線を他所にアルティナは罅割れた窓の向こうの赤い飛行艇を見つめて、呟いた。

 

「お帰りなさい」

 

 次の瞬間、エリゼ達が目にしたのは《機甲兵》の背中。

 そして二つに斬断されて左右に堕ちていく赤い飛行艇。

 

「あ~れ~! これで出番は終わりかよ~っ!? アイル・ビー・バーック!!」

 

 そんな悲鳴を残して堕ちていく飛行艇を《ケストレル》は一瞥し、《カレイジャス》に振り返り太刀を構える。

 

「まずい――」

 

 《機甲兵》は貴族連合の戦力という先入観からミュラーは油断した己を恥て――

 《ケストレル》が放った剣閃がまだ取り残されていたアビスワームの残骸をまとめて吹き飛ばした。

 

「なっ――!? 味方なのか?」

 

 驚きながらもミュラーは解放された機体の制御を行う。

 しかし、度重なる攻撃によって推力を維持できずに《カレイジャス》は帝都の街中に不時着をした。

 

「いたたた……大丈夫かいエマ君。アリサ君」

 

 不時着した《カレイジャス》の甲板でオリヴァルトは欄干を抱き締めながら二人の安否を気遣った。

 

「は、はい……なんとか……」

 

「こっちも大丈夫です……」

 

 オリヴァルトの呼び掛けにアリサとエマはそれぞれ蒼と緋の杖を抱えながら答える。

 命綱があったとは言え、逃げる間もなく魔獣に捕まり揺さぶられた時は死ぬかと思ったのだが、幸いなことに死に至る怪我はなかった。

 

「でも……」

 

 エマは周囲を見回して表情を曇らせる。

 杖は死守したものの、導力楽器はほぼ全て空から投げ出されたり、甲板に叩きつけられて見るも無残な姿となっている。

 唄がなくなり、墜落した《カレイジャス》にもゆっくりと《蒼の瘴気》は近付いて来る。

 

「まだだ……例え楽器がなかったとしても、ボク達はまだ歌える」

 

 例え魔術的な意味がなくても、歌い続けようとするオリヴァルトの前に――甲板の先に先程の《ケストレル》が着地する。

 

「あれは……先程の見事な斬撃……もしかしてアリオス殿が救援に駆け付けてくれたのかな?」

 

 クロスベルの事件が終結した折に逮捕され収監されたと聞く《風の剣聖》の援軍を期待するオリヴァルトの目の前で、《ケストレル》の身体は開き、操縦者が顔を出した。

 

「みししっ!」

 

「………………」

 

「…………え……?」

 

「…………何でみっしぃ?」

 

 継ぎ接ぎだらけのクロスベルのマスコットが《機甲兵》の中から出て来てオリヴァルト達は自分達の目を疑った。

 

「ふ…………ふふ、知らなかったな。みっしぃは《機甲兵》を操縦できるのか」

 

 いつもなら真っ先に歓声を上げているオリヴァルトは今の状況もあって困惑を露わにする。

 

「オ、オリヴァルト殿下! 気を確かに持ってください!」

 

「というかどうしてぬいぐるみが動いているのよ!」

 

「フフフ、もしかしてと思って仕込んでみたが……やはり君は最高だ」

 

 混乱するオリヴァルト達を他所に新たな声が甲板に響く。

 

「君は……」

 

 目を見開くオリヴァルトを他所に、ゲオルグ・ワイスマンは《ケストレル》の足下に転がり落ちたみっしぃの前に進み出る。

 

「まずは謝罪をさせてもらおう……

 君が望む結果のために尽力すると言っておきながら、この様だ。元蛇の使徒として恥ずかしい限りだ」

 

「みしし……」

 

 ワイスマンの言葉にみっしぃは顔を横に振る。

 

「確かに帝国解放戦線や貴族連合を読み違えたのは君も同じかもしれないが、それを含めて至らなかったのは私の落ち度というものだ」

 

「みしし」

 

「…………どうしようエマ、何かみっしぃと会話を始めちゃったんだけど」

 

 いきなり現れた男がみっしぃと会話を始めてアリサは更に混乱する。

 

「えっと……」

 

 何と答えて良いのか口ごもりながら、エマはみっしぃを霊視して、そこに宿っている何かを感じ取る。

 

 ――何だろう、この感じ……どこか懐かしい……

 

「それでこれから君はどうするのかね? ここにいる者達くらいなら帝都郊外へ転移術で運ぶこともできるが?」

 

「みしし……」

 

 ワイスマンの提案にみっしぃは首を振り、周囲を見回す。

 

「ふむ……この期に及んで君はまだ諦めないのかね?」

 

「みしっ!」

 

 ワイスマンの言葉にみっしぃは力強く頷いた。

 

「ほう……そんな姿の君がいったい何ができると?」

 

「そこからは私が答えよう《教授》」

 

 花が舞う。

 場違いな花吹雪に視線を奪われ気付けば、そこには白い貴族のような服を纏った仮面の怪盗がいた。

 

「おや《怪盗紳士》殿ではないか、あまりに出て来ないのでてっきりいないものかと思っていたよ」

 

「フフ、共和国からイストミア大森林に立ち寄って彼女たちを迎えに行っていたので遅くなってしまったのだよ……

 《グリムキャッツ》などという低俗な盗人に邪魔をされなければ、もっと早く戻ってこれたのだが――おっと」

 

 早くしろと言わんばかりにブルブランが持っていたトランクが勝手に開き、中から二つのローゼンベルグ人形が宙を舞う。

 

「みし……みし……」

 

 二人の無事な姿にみっしぃは安堵するように肩の力を抜く。

 

「■■■……」

 

「そんな姿になって……」

 

 感動の再会が予想外だったのか桃色の人形と黒髪の人形の表情は固い。

 

「あとは……彼女だが――」

 

「待ちたまえ怪盗紳士っ!」

 

 誰かを探すように視線を巡らせるブルブランにオリヴァルトが声を上げた。

 

「ノイ君とリン君をどうして君が連れている!?

 まさか《結社》はここでリベールのような実験を行うつもりか!?」

 

 導力銃を向けるオリヴァルトにブルブランはため息を吐く。

 

「我がライバル、オリヴァルト……君には失望したよ」

 

「な、何だって!?」

 

「“美”とは“愛”だと語っていた君が皇子として成したことは“理想”という高嶺の花を愛でるだけ……

 君がそんな体たらくだからこそ、“彼”はここまで追い込まれたと何故気付かない」

 

「“彼”……追い込む……それはクロウ君のことなのかい?」

 

 思い当たる“彼”が分からず、あり得そうな一人の名前を出すとブルブランはもう一度ため息を吐く。

 

「“愛”が足りないのではないかな?

 まあこの宝石が錬成されるまで思い出せなかった私が君を批難するのも筋違いかもしれないがね」

 

 そう言ってブルブランは懐から小さな小箱を取り出す。

 

「宝石……?」

 

 彼の言葉を信じるならば、その箱に入っているのは宝石。

 だが、箱越しに感じる宝石の神聖な気配にオリヴァルトの胸が何かを思い出せと言わんばかりにざわめき始める。

 

「君はそこで見ていると良い!

 《福音計画》を超える《超・幻焔計画》の創まりをっ!」

 

「超・幻焔計画だって……」

 

 高らかに叫ぶブルブランにオリヴァルトはただ困惑する。

 

「何を企んでいるか知らないが、結社にこの場を引っ掻き回されるわけには――――えっ!?」

 

 戸惑いを振り払い、オリヴァルトはブルブランに向けた導力銃の引き金を引こうとした瞬間、身体から力が抜けてその場に膝を着いた。

 

「やあ……遅くなったかな?」

 

 気配無くオリヴァルトの横をすり抜けて、白銀の髪の女剣士がブルブラン達に歩み寄る。

 

「いや、ちょうど良いタイミングだよ《白銀の剣聖》殿」

 

「だから私はまだ《剣聖》じゃないんだけど……貴方がワイスマン?」

 

 人懐っこい笑みを浮かべて、女剣士はブルブランから視線をワイスマンに移す。

 

「シズナ君、確かに彼がワイスマンで間違いないが彼は目印でしかない。本当の届け先はあっちだ」

 

「おや? そうだったのかい……って、みっしぃ?」

 

 ブルブランの指摘にシズナと呼ばれた少女は視線を落とし、自分を見上げるみっしぃと目を合わせて固まる。

 

「…………………憑きものの類だけど……この気配……」

 

 吟味するように目を凝らし、次の瞬間シズナは吹き出した。

 

「あははははっ! 何てかっこうをしているんだい弟弟子っ!」

 

「みしし……」

 

 指を指されて笑われたみっしぃは落ち込むように肩を竦める。

 

「ははは……でも元気そうで少し安心したかな。あれからまだ二週間しか経ってないけどね」

 

「みしし……」

 

 シズナの言葉にみっしぃは頷き、何かをせがむようにその手を動かす。

 

「はいはい、これがお望みの“品物”だよ」

 

 促されるがまま、シズナは懐から旧い大きな導力器をみっしぃに差し出した。

 それをみっしぃは両手で受け取る。

 

「みししっ!」

 

「御礼なんて良いよ。それよりも早く済ませてよね。時間が余れば一手でも交えようよ」

 

 みっしぃの感謝を受け流しながら、シズナはこれから始まることに子供の様にワクワクという感情を隠し切れていなかった。

 

「みしし……」

 

 その姿に少し呆れた素振りを見せながら、みっしぃはブルブランから宝石が入った小箱を受け取ってノイとリンに振り返った。

 

「■■■……」

 

「本当にするのですか?」

 

「みしし……」

 

 頼むと言わんばかりにみっしぃは二つの品物を二人に差し出した。

 

「…………それが凄い危ないことだって……ううん、普通の人ならそれだけで死んじゃうって分かってるんだよね?」

 

「みしし」

 

 ノイの言葉にみっしぃは強く頷く。

 

「みしし……」

 

 それでも、という強い決意にノイは押し黙る。

 

「私は……」

 

 そんなノイを横にリンは目を伏せて呟く。

 

「初めて……初めて“願い”を叶えたくないと思っています」

 

 人々の“願い”を無尽蔵・無条件に乞われるがままに応えて来た《空の至宝》の意志はその願いに強い抵抗を感じる。

 

「みし……みしし……」

 

「ええ、分かっています。それをしなければ貴方の大切な人達が守れない……失われてしまってから後悔しても取り戻せないことも……

 そして私も貴方だけではなく、トリスタで出会ったみんなを守りたい……そう“願って”います」

 

「リン……」

 

 心の内の躊躇いを吐露するリンにノイは寄り添う。

 彼女の気持ちはノイも同じ。

 一番大切なものはあっても、二人が過ごしてきた日々、関わった人たちを守りたい、失わせたくない。

 その気持ちは“彼”とも同じであると分かっているからこそ、止められないとも察してしまう。

 

「■■■…………信じてるから……」

 

「ずっと待っています……だから必ず戻ってきてください」

 

「みしし……」

 

 二人の言葉にみっしぃは強く頷き、ノイは宝石を、リンは導力器を受け取り、傍らに浮かせてみっしぃの左右に陣取る。

 

「…………いったい何を始めようと言うんだ?」

 

 力の入らない体に歯噛みしながらオリヴァルトは彼らを見つめる。

 《結社》の実験ならば阻止しなければいけないはずなのに、みっしぃと人形の二人が並ぶ姿を尊いものだと感じてしまっている感情にオリヴァルトは困惑する。

 アリサやエマも、状況についていけないものの邪魔をしてはいけない神聖さにただ彼らを見守る。

 

「“空”のサクラメントプログラムを起動――」

 

 何かを振り払うようにリンは叫び、目の前に浮かぶ古い、銀時計のような“導力器”に手をかざす。

 

「“ゲネシス”を掌握――“八耀石”から“八耀”を観測……補足――」

 

 “導力器”の機能を自分の身体に取り込んで、仮想プログラムとして走らせて次元の彼方をノイが持つ宝石の対を目指すように“観測”する。

 捉えたその存在にリンはノイを振り返り、ノイはそれを受けて叫ぶ。

 

「“焔”と“大地”のサクラメントプログラム起動――■■■の魂と魄を分離っ!」

 

 びくりとみっしぃの体が跳ねるが、反応はそれだけ。

 その事にノイは目を伏せ、続ける。

 

「シャード接続――固定――」

 

 ノイの叫びに応じて黒い霊子がみっしぃを中心に渦巻く。

 

「シャード同調――固定――」

 

 リンの叫びに応じて白い霊子がみっしぃを中心に渦巻く。

 

「鬼気浸食――」

 

「神気解放――」

 

 黒と白の霊子は螺旋を描くように混ざり合い、みっしぃへと集束していく。

 そのあまりの“力”にぬいぐるみの身体は瞬く間に崩壊し、その中のクォーツだけになる。

 クォーツを覆う《黒》と《白》は膨張して人の姿を形作る。

 

「“世界”を纏え――テイク・ジ・エレボニウスッ!」

 

「夢を――“悪夢”を払え――ブート・ザ・ルシファリア」

 

 二人の言葉を合図に《黒》と《白》は混じり合い、一つになって光を溢れさせる。

 そして――目が眩む閃光の中で少年は叫ぶ。

 

「来いっ! 《零の騎神》ゾア・ギルスティンッ!」

 

 

 

 

 

 

「ああ……」

 

 みっしぃが一人の少年となった。

 

「あれは……」

 

 その少年は今、不思議な光に包まれて何かを待っている。

 その後姿をオリヴァルトは知っている。

 知っているはずなのに、“彼”の名前は出て来ない。

 

「彼は……」

 

「あの人は……」

 

 エマとアリサもオリヴァルトと同じだった。

 知っているはずの証拠に、その少年が纏っている服はボロボロだがトールズ士官学院《Ⅶ組》の深紅の制服。

 エマとアリサにとってはクラスメイトのはずなのに、その名前は喉元まで出て来ているのに言葉にできない、思い出せない。

 

「……あれは……あの人は……」

 

 割れた艦橋の窓から身を乗り出したエリゼもまたアリサ達と同じもどかしさを感じていた。

 大切な人だった。

 なのに何故忘れていたのか、名前を呼びたいのに肝心の名前が思い出せない。

 

「あ……くっ……あの人の名前……名前は……」

 

 エリゼの横でアルフィンは覚えていたはずの名前が口に出て来ないことに困惑し焦る。

 一押しが足りない。

 せめて振り返り、その顔を見せてくれれば思い出せるのではないかと淡い期待をしてしまうが肝心の彼は振り返ろうとはしない。

 

「まって……まって……」

 

 エリゼは届かない手を伸ばして――

 

「りーーーーーーーーーんっ!」

 

 彼女のすぐ横からアルティナがその名を叫んでいた。

 先程のどこか超然とした雰囲気も、普段の無口で物静かな態度もかなぐり捨てて、衝動に背中を押されるがまま叫んでしまった自分にアルティナは困惑する。

 

「リーン……アルティナ君……? ああ、そうだ……彼は“リィン君”だ」

 

「リィン……あ……」

 

「ああ……」

 

「シュバルツァー」

 

「リィンさん」

 

「……兄様」

 

 その声が呼び水となって、オリヴァルト達の脳裏に彼と過ごした記憶が駆け巡る。

 誰もが解放された“記憶”の奔流を受け止めることに必死になっている中で、少年はアルティナの声に振り返り、微笑む。

 

「――――――――」

 

 アルティナに何かを語り掛けるように口を動かし――彼の背後に《白亜の騎神》が現れた。

 

 

 

 

 

「ダメーーーーっ!」

 

 レンの悲鳴が響く。

 高く投げ上げられた《パテル=マテル》に《黒の神機》は砲撃を集中する。

 見る間に無惨に削られていく《パテル=マテル》の姿にエステルは歯を食いしばり、棒を杖に立ち上がる。

 

「こっのおおおおおおおおっ!」

 

 気力を振り絞り、エステルは傷付いた体を押して駆け出す。

 

「っ――」

 

「エステルちゃん」

 

 それにヨシュアとアネラスが続く。

 

「はっ! 無駄だってのがまだ分からないのかよ」

 

 《黒の神機》は砲撃をしながら装甲の一部を開いて対人導力ミサイルを撃ち上げる。

 

「きゃあっ!」

 

「しまった……」

 

 ミサイルの雨にエステルとヨシュアは吹き飛ばされる。

 そして、一際大きな砲撃で胸を撃ち抜かれた《パテル=マテル》が爆散する。

 

「あ……」

 

「《パテル=マテル》ッ!」

 

「なんてことを……」

 

 空に散った《パテル=マテル》にレンがエステルがヨシュアが息を飲む。

 

「ハハハハハハハッ! その顔が見たかったぜ!」

 

 ヴァルカンは絶望に染まる彼らの顔に高笑いを上げて、キャノンの砲口をへたり込んだレンに向けた。

 

「それじゃあ消えなっ!」

 

 レンに照準を合わせて《黒の神機》はキャノンに光を宿す。

 その肩に導力ミサイルの雨の中を走り抜けたアネラスが着地する。

 

「これ以上はさせないよ」

 

 アネラスは斬撃を繰り出さず、《黒の神機》の身体を駆け上がり、変形して突き出した大砲の上に着地する。

 

「今度こそ守るよ」

 

 戦術オーブメントを握り締めアネラスは術式を駆動する。

 強くなりたいと切っ掛けをくれた少女の顔と湖畔の墓に誓った思いを胸にアネラスは戦術オーブメントの駆動を意図的に暴走させる。

 刺し違えてでも倒す。

 遊撃士としてはあるまじき行動。

 使うつもりがなかったが、改造して使えるようにしていたお守りのような封じ手。

 それをすることにアネラスは一片の迷いもなかった。

 

「消えちまえっ!」

 

「エニグマ臨界突破――」

 

 ヴァルカンの咆哮とアネラスの叫びが重なり……空しく木霊した。

 

「え……?」

 

 不発した砲撃と自爆術式。

 だが、何故と叫ぶ前にアネラスの身体は《黒の神機》の大砲と共に宙を舞っていた。

 

「っ――」

 

 慌てて大砲を蹴って、近くのまだ倒壊していない家屋の上に着地したアネラスは振り返り《白亜の騎神》を見た。

 

「な、何だお前はっ!?」

 

 突然、レンとの間に現れた《白》に《黒の神機》は後退りながら、ディフレクションバリアとリアクティブアーマーの出力を最大にして身構える。

 

「アナライズ……内包している導力の量は……なんだ《ドラッケン》一機分……ゴミか」

 

 《騎神》を思わせる風貌に反して見掛け倒しな性能にヴァルカンは安堵して気を取り直す。

 バスターキャノンを使うために導力を集中させ過ぎて、リアクティブアーマーが作動しなかっただけだとヴァルカンはキャノンが壊された理由だと決めつけ、腕の機関砲を《白》に向ける。

 

「誰だか知らねえが死ねえええええっ!」

 

 次の瞬間、無造作に《白》が手刀を振る。

 たったそれだけで、アネラス達を苦しめた《黒の神機》の首が宙を舞い、崩れ落ちた。

 

「な……なああああああっ!?」

 

「これも《騎神》なのか?」

 

 驚愕の声を上げるエステルと冷静に分析するヨシュアを他所に《白》はへたり込むレンの前に膝を着き、彼女の前に機械の残骸らしきものを置いて飛び立った。

 

「《パテル=マテル》……大丈夫、必ず直してあげるからね」

 

 《白》が置いて行った残骸にレンは涙を浮かべながら労わるように触れて、飛び立った《白》を見上げて呟く。

 

「ありがとう、リィン……」

 

 

 

 

 

 

「くそっ! こうなったらこっちの聖痕砲で――」

 

 《メルカバ》の聖痕砲と《紅の神機》の想念砲が撃ち合い、鬩ぎ合って状態が一転して、二つの機体は一つの霊的な繋がりを形成する。

 そこで通信から聞こえて来たバルクホルンの悲鳴にケビンは己の《メルカバ》を旋回させて《聖痕》の力を解放する。

 

「いけませんグラハム卿」

 

 しかしそれに待ったの声が掛かり、《五号機》に並走する形で《二号機》が光学迷彩を解いて、その進路を塞ぐ。

 

「ライサンダー卿! 何で邪魔をするんや!?」

 

「どうやら敵はバルクホルン卿の“聖痕”を奪おうとしているようです」

 

「“聖痕”を奪うやと!?」

 

 第二位の分析にケビンは目を剥いて正気を疑う。

 “聖痕”はこの世で絶対的な存在。

 ケビンが以前《影の国》で奪われた特殊な状況を除いて、干渉することなど本来できるようなものではない。

 

「スカーレットはどうやら私達を吊り上げるための餌だったのでしょう……ここで“聖痕”の力を解放すれば私達も老師の二の舞になるかもしれません」

 

「そんな……」

 

「“聖痕”に干渉できる……私達がまだ“聖痕”の全てを解明できていないこともありますが、どうやら黒幕は我々では測り切れない力の持ち主のようですね」

 

 可視化されるほどの濃密な霊力のリンクで繋がれた二つの機体。

 《紅の神機》が明確な隙をさらしているのに、バルクホルンが“聖痕”を奪われている悲鳴を聞くことしかできない現状にケビンは苛立つ。

 

「“聖痕”を奪う敵にどう戦えちゅうねん!」

 

「ならば俺がっ!」

 

 ただ彼らの周りを旋回するだけの《メルカバ》を見兼ねて《翠》が飛翔する。

 

「これが戦術リンクの類ならば俺にも斬れるはずだっ!」

 

 以前何処かで経験したはずのことを思い出しながら、ガイウスは《翠》が握る十字槍に力を込める。

 

「ダメですガイウス君っ!」

 

 聞き覚えのある制止の声を無視して《翠》は突撃する。

 

「バルクホルン先生を――放せっ!」

 

 《翠》の全速から繰り出した渾身の一撃は《メルカバ》と《紅の神機》を繋ぐリンクを穿ち――引き込まれるようにリンクの光に呑み込まれた。

 

「があああああっ!」

 

 全身に電流を浴びせられた、もしくは全身を火炙りにされるような。

 まるで魂を肉体から無理矢理引き剝がすような痛みを超えた痛苦にガイウスの悲鳴はバルクホルンの悲鳴と重なる。

 

「くっ……各員、退艦準備を」

 

「ケビン!?」

 

「オレは一人でメルカバを《神機》にぶつける。お前達はパラシュートを使ってライサンダー卿に回収してもらえ」

 

「待ってケビン! いきなりすぎる!」

 

 ケビンの言葉にリースは反論する。

 

「ならどないせいちゅうんや!? このまま“聖痕”を奪われるのを指咥えて眺めてるくらいならオレが玉砕覚悟で――」

 

『その必要はありません』

 

 唐突にその声が《メルカバ》に響く。

 

「へ……?」

 

「この声は……」

 

 ケビンとリースが顔を見合わせた瞬間、一筋の閃光が《メルカバ八号機》と《紅の神機》のリンクを断ち切った。

 

「なっ!?」

 

「白亜の騎神……?」

 

 《白》は解放された《メルカバ八号機》と《翠の機神》に手を翳すと、二つの機体は一つの黒い球体に呑み込まれ、地上に転移される。

 

「良くも邪魔をしてくれたな!」

 

 あと少しで“聖痕”を完全に奪えたと、スカーレットは鬼の形相で《白》を睨む。

 旋回して距離を取り、十分な加速距離を得た《紅の神機》は奪った“聖痕”の力を解放して、その身に黄金の光を宿す。

 

「斬り刻んでやるわっ!」

 

 《紅の神機》は光の矢となって《白》に放たれ――《白》の拳に叩き折られて墜落した。

 

 

 

 

「ええい! 何をしている! これだからテロリスト風情は!」

 

 煌魔城の玉座で外の光景を見ていたクロワールは憤りを露わにする。

 

「あー」

 

 導力銃を構えたミスティはクロワールが釘付けになっている映像に遠い目で眺める。

 

「いや、もはや《神機》も必要ない。私には帝都80万の戦力があるのだ!

 あの《白亜の騎神》が何なのか知らんが我が軍がたった一体の《騎神》に負けるはずなどないのだ!」

 

「……それ以上はやめた方が良いわよ」

 

「ふ……私を惑わそうとしても無駄なのだよ魔女殿」

 

 ミスティの忠告など聞く耳を持たないクロワールは叫ぶ。

 

「所詮、奴にできることなど《神機》を倒すだけ! 我が“不滅の魔煌兵”80万の敵ではない!」

 

「…………そうだと良いわね……」

 

 ミスティはそれだけ答えて映像の中で《白亜の騎神》が動くのを見た。

 《煌魔城》を背に帝都を見下ろした《白》は徐に右手に黒い霊子を、左手に白い霊子を宿す。

 《白》は黒と白の霊力を頭上で合わせて“相克”させ、巨大な光の剣を作り出し、帝都の空に立ち込めた暗雲を払う。

 

「……………は……?」

 

 クロワールは美しい蒼天の空に目を奪われ言葉を失う。

 そして《白》は“灰色の光”の剣を帝都に振り下ろした。

 その一閃は帝都に満ちた《蒼の瘴気》を全て斬り祓ってしまった。

 

「…………………ええ! ええっ! 知っていたわよ」

 

 ミスティは信じられないことをしでかした《白》に驚くこともなく諦観して頷いていた。

 

「…………いや! まだだ! まだ私の《魔煌兵》が消えたわけではない!」

 

 我に返ったクロワールはイソラに指示を出して“降魔の笛”を吹かせて全ての《魔煌兵》に《白亜の騎神》を倒せと命じさせる。

 

「はは! 見ろ! 雲を払ったのは所詮は見掛け倒しに過ぎないのだ!」

 

 外へ向かっていた《魔煌兵》が一斉に方向転換をして《煌魔城》を目指し始め、空に“雲”が戻り始めていることにクロワールは安堵する。

 

「…………いや……まさか……」

 

 そんなクロワールを他所にミスティは更なる悪寒を感じていた。

 

 

 

 

 

 一度は祓われた帝都の暗雲の空が再び“雲”に覆い尽くされる。

 だが、吹く風は先程の瘴気を孕んだものではない。

 むしろ清涼な風が破壊された帝都を吹き抜け、そして雨が降り始める。

 

「……こんな時に雨とは……」

 

「あのケストレルも何処かに行ってしまった……どうやら覚悟を決める時が来たようですね」

 

 動けなくなった《機甲兵》を乗り捨てて生身で戦い尽くしたオーレリアとウォレスは取り囲む《魔煌兵》の群れに不敵な笑みを浮かべる。

 体は傷だらけ、体力は限界を超えて、もう立っているのもやっとの状態だった。

 

「これで最後だ!」

 

 オーレリアは命を燃やし、最後の技を放つ。

 

「王技・剣乱舞踏!」

 

 大地に突き刺した剣を起点に黄金の剣の津波が無数の《魔煌兵》を押し流す。

 

「これで……私は…………何……?」

 

 全てを出し尽くし前のめりに倒れようとしたオーレリアは体に満ちる活力に気付いて踏みとどまった。

 

「これはいったい……」

 

 己の身に何が起きたのか困惑して両手を見下ろしたオーレリアは傷だらけの腕が雨の雫に濡れて瞬く間に癒えていくのを見る。

 

「オーレリア!」

 

「何だウォレス?」

 

 背後から呼ぶ声に振り返れば、オーレリアはそれを見る。

 自分達を取り囲んでいた《魔煌兵》の群れはいつの間にか戦闘を中断し、空を見上げて降り注ぐ雨を浴びていた。

 何をしても“不滅”だったはずの《魔煌兵》は雨に濡れて泥のように溶け出し、崩れていた。

 

 

 

 

「ダーナさん、これはいったい何が起きているんですか?」

 

 陣地に収容した帝都から逃げて来た民間人の中で、身体の一部が魔煌化していた者達を気休めの治療を施していたダーナは降り注ぐ雨を手の平に受けてミルディーヌの質問に答える。

 

「これは“霊薬”の雨……」

 

 かつて《魔女の眷属》も匙を投げた《魔煌化》。

 《魔煌兵》は“大地の眷属”が残した技術であり、だからこそダーナは必死に《魔煌化》を解くために治療していた。

 だが、できることは進行を遅くすることしかできず、原因を究明して対処手段を模索する前に患者は増える一方だった。

 

「不浄を祓う“焔”、癒しの“水”、命育む“大地”、そして清涼なる“風”……

 理論上はできるはずだったけど、造られることはなかった“四大の霊薬”……こんな方法があったなんて……」

 

 手の平の雨の雫を理由の一つに、始祖の《焔と大地の眷属》達は争ったのだろう。

 そんなものを作り出し、ダーナが見た《緋色の予知》にはなかった輝く空を見上げてダーナは涙ぐむ。

 

「やっぱり凄いな……貴方は……」

 

 《セレンの園》の残骸から生まれた《白亜の騎神》を見上げてダーナはそこにいるリィンに感謝をするのだった。

 

 

 

 

 

「………………こんな未来があったのか……?」

 

 オズボーンは降り注ぐ雨の中、呆然と空を見上げていた。

 もう《黒》の囁きは聞こえない。

 周囲の《魔煌兵》は泥のように溶け、“核”になっていた人間を残して消滅していく。

 兵士の一人が倒れた一人に駆け寄って、その安否を確かめる。

 

「生きてる……生きていますっ!」

 

 その声に歓声が上がる。

 

「セドリック皇子がやったのか!?」

 

「うおおおおっ! 俺達は勝ったんだ!」

 

 直前まで悲壮感しかなかった兵士たちは消えた《魔煌兵》に対して勝鬨を上げる。

 彼らには“雲”の向こうの《白亜の騎神》など見えていないのだろう。

 だが、平民も貴族もなく喜び合う姿にオズボーンはその資格がないと分かっていても口を綻ばせずにはいられなかった。

 

「今日ほどお前が誇らしいと思った日はないぞリィンよ」

 

 夏至祭の帝都、ノーザンブリア、クロスベルに続き、《黒の預言》を覆してこの次元に戻って来た息子の偉業にオズボーンは脱帽した。

 もっとも周囲が既に勝利に浮かれているが、まだ戦いは終わっていない事にオズボーンは気を引き締める。

 その証拠に――

 

「…………クロウ兄ちゃん」

 

 オズボーンの隣の機甲兵に乗った少年は未だにその目に剣呑な光を帯びていた。

 

 

 

 

 

「ハ、ハハハ……」

 

 クロワールは元の姿を取り戻していく《魔煌兵》に膝から崩れ落ちた。

 

「これは夢だ……夢に違いない……」

 

「流石に少し同情するわ」

 

 うわ言を繰り返すクロワールをミスティは憐れむ。

 そして《幻焔計画》がアルベリヒに奪われたことにも少しだけ感謝する。

 

「さてと……覚悟は良いかしらイソラ・ミルスティン?」

 

 命令がなくなったせいなのか笛の演奏をやめて立ち尽くすイソラは無反応。彼女の戦術殻も動く気配はない。

 

「…………呆気ないものね……」

 

 肩透かしをくらった気分でミスティはイソラに導力銃を突き付け、引き金を――引いた。

 

 

 

 

 

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