(完結)二人の緋皇 ―閃の軌跡Ⅱ―   作:アルカンシェル

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66話 《3》と《9》

 

 

 エリオット・クレイグは空を見上げて、《琥珀の機神》を立ち尽くさせていた。

 空に広がる光景。

 暗雲が立ち込めていた帝都の空は輝く雲に覆い直されて、神秘的な光景を作り上げていた。

 そして降り注ぐ雨。

 穢れた帝都を洗い流し、戦いの傷を癒すように人々に優しく降り注ぐ“恵みの雨”。

 それを誰が降らしているのか戦術リンクが繋がったことでエリオットは自分の中で欠けていたものを思い出した。

 

「僕は……僕たちは……何のために戦っていたんだ?」

 

 必死に戦っていたはずだった。

 絶望して誰か助けて欲しいと女神に祈り、その救いは訪れたはずなのにエリオットの心には陰りが落ちていた。

 

「どうして……どうして……リィン……」

 

 筋違いの憤りだと分かっているのに、簡単に全てを救ってみせた級友にエリオットは喜ぶよりも先に妬みが溢れた。

 

 

 

 

 

 

 クリスタルガーデンからマーテル公園に戦場を移した、エンペラーとスウィンとナーディアの戦いは一つの終わりを迎えていた。

 

「あれだ……」

 

 エンペラーは天高く飛び立った《白亜の騎神》を見上げて声を上げていた。

 

「見つけた……あれだ! 奴こそが私にあの屈辱を与えたあの男に違いない!」

 

 自分の中に会った疑問が消え、殺してやりたいと衝動を叫ぶ。

 

「そうだ! リィン・シュバルツァー……それが貴様の名だ!」

 

 二度と忘れないようにと言わんばかりに叫び心にその名を刻むエンペラーの足下には二人の少年と少女が転がっていた。

 

「ナ―ディア……」

 

「すーちゃん……」

 

 二人は体を血塗れにしながら地面を這い、手を伸ばして大切な相棒の手を取り、そこで力尽きた――はずだった。

 

「また助けられちゃったね」

 

「ああ……」

 

 《クリスタルガーデン》から外に出ていたことが功を奏してエンペラーにいたぶられた体の傷は降り注ぐ《恵みの雨》によって癒されていく。

 

「うーん……今度はいったいどんな代償を支払う事になるのかなー?」

 

「言うなナーディア……あんなモニター二度とごめんだ」

 

 《影の箱庭》を利用したとある実験の試験者をやらされた時の事を思い出してスウィンは頭を振る。

 

「ところですーちゃん、瓶持ってない?」

 

「あ? ティアの薬の空き瓶ならあるけど、何に使うんだ?」

 

「ふっふっふ、この《雨》を取っとけばきっと大儲け~」

 

「お前なぁ……」

 

 スウィンは呆れながらも空き瓶を地面に置き、仰向けになって雨を受ける。

 

「やっぱり凄いなリィンさんは……」

 

「うん、本当になーちゃん達は良い人に助けてもらったよね」

 

 冗談めかしたやり取りをやめて、スウィンとナーディアは内戦が始まる前の一ヶ月を思い出す。

 最初は彼の善意を信じられなかったが、そんな警戒心に気付いていても彼は戦うための技術を二人に教えてくれた。

 

「ナ―ディア……分析は終わったか?」

 

「うん……もちろん」

 

「それならここから反撃だ」

 

 折られた魔剣を捨ててスウィンは立ち上がって《刻剣》を抜く。

 

「ほう……まだ立ち上がれたか」

 

 その気配を察してエンペラーは振り返る。

 

「だが、力の差は理解したはず。例えその“殺人剣”を握ったとしても貴様の刃は私には届かない」

 

「…………」

 

「《剣の9》、君にしても同じだ……

 私の力を解析したのだろうが、それは無駄だ……

 君が解析したように私もまた君たちの能力の更新し、その行動を予測できる……

 妙手であった《3》の剣技を糸で操作する技も既に私は見ている。君達が私に勝てる可能性は零だ」

 

「…………それはどうかな?」

 

 その言葉と共にスウィンは斬りかかる。

 踏み込んで斬る。

 単純な太刀筋をエンペラーは容易に見切って剣で受け止める。

 

「どうした《剣の3》? やはりその程度か?」

 

 どんなに優れていてもスウィンは十代前半の子供。

 その剣戟は軽く、エンペラーの剣を弾く重みはない。

 代わりにあるのは体重が軽いが故の身のこなし。

 スウィンはとにかく手数を増やして斬撃を重ねる。

 

「無駄だと言っているだろう!」

 

 斬るのではなく、とにかく当てる斬撃は流石のエンペラーでも剣だけでは防ぎ切れない。

 故に鎧の篭手や胸甲の強度に任せて受け止める。

 

「“点撃爆破”は私には通じない」

 

 今、スウィンがエンペラーに当てられるのは両手の攻撃だから。

 通じる攻撃を狙って《刻剣》を合体させればその有利はなくなり、エンペラーは篭手や鎧を使わずにスウィンを圧倒できる。

 そもそもスウィンが《刻剣》を合体させる余裕はない。

 斬撃を当てられるとは言え、エンペラーも斬撃を繰り出して来る。

 一撃一撃が重く、双剣を交差して受け止めても身体ごと吹き飛ばされてしまう。

 

「やはりその程度かっ!?」

 

 大きく弾き飛ばされ地面を転がったスウィンにエンペラーは追撃する。

 そして――バンッ!!――曇った爆発音が響き、エンペラーの左篭手は小爆発を受けて亀裂が走った。

 

「――何……?」

 

 目の前のスウィンは地面を転がる勢いで立ち上がる。

 到底剣を振れる態勢ではなかった上に、まだ《刻剣》は双剣のまま。

 

「どうしたエンペラー? まさか怖気づいたか?」

 

「我を愚弄するか!?」

 

 エンペラーはスウィンの挑発に激昂して斬りかかる。

 強烈な踏み込みからの接近にスウィンは息を飲み、反射で剣を交差させてエンペラーの斬撃を受け止めて――彼の右具足が爆ぜた。

 

「っ――貴様か《剣の9》!!」

 

 《刻剣》ではない爆破のカラクリに気付いてエンペラーは声を上げて少女を睨む。

 

「ふふん……考えたら単純なことだよね……

 すーちゃんが設置して、なーちゃんが起爆する。それだけでなーちゃんたちの戦術の幅は無限に広がる」

 

 スウィンが《刻印》した“点”を導力仕掛けの針で射抜いたナーディアは勝ち誇る。

 

「馬鹿な!? 《刻剣》の爆破周波数を教えたと言うのか? それは《剣の3》にとっての生命線のはず」

 

「ああ、そうだな。この剣の導力周波数のパターンを知られれば、ナーディアなら《刻剣》のマーキングは無効化できてしまう」

 

 監視し合うパートナーだからこそ、互いの奥の手に通じる技の原理は明かさない。

 それが《組織》のパートナーの関係性だが、リィンやトールズで出会った人たちのおかげでナーディアへの信頼の一線をスウィンは踏み越えた。

 

「“力”は所詮“力”……」

 

「何……?」

 

「人殺しにしか使えない剣……あんたはそう言った……だからそこが、あんたの思考の限界だ!」

 

 スウィンはエンペラーの剣を弾き、双剣を閃かせる。

 

「っ――」

 

 咄嗟にエンペラーは剣を引き戻して盾にするが、“読み”が外れてスウィンの双剣はエンペラーの足下の地面を交差して十字を刻む。

 

「何を――っ!?」

 

 意味不明な行動を訝しむエンペラーの目の前で刻まれたばかりの十字の中央に突き立ち爆発がエンペラーを呑み込む。

 

「――小娘がっ!」

 

 爆発の黒煙から抜け出したエンペラーは初めて怒りを露わにする。

 

「よそ見をしている暇があるのか?」

 

 スウィンの斬撃が乱舞する。

 双剣が振られる度に、エンペラーの身体に、地面に《刻印》を量産される。

 ナーディアの針が乱舞する。

 鋼糸を駆使し投擲された針は設置されたばかりの《刻印》を次々に爆破していく。

 その爆発は《刻剣》本来の爆発には劣る小爆発。

 だがそれでも断続的に続く前後左右から受ける直接と間接の爆発にエンペラーは翻弄され――

 

「調子に――乗るなっ!」

 

 それまで使っていなかった重力場を展開する。

 

「ぐっ――」

 

「きゃあっ!?」

 

 突然増大した重力にスウィンとナーディアは地面に叩きつけられる。

 

「ふ……」

 

 “カラスの宝珠”を持たない今、エンペラーは重力場の効果を区別できない。

 つまり、二人が立ち上がれない程の重力をその身に受けているというのにエンペラーは平然と佇み這いつくばったナーディアに歩いて行く。

 

「待てっ!」

 

 スウィンの声を背後に聞きながら、エンペラーは賞賛を告げる。

 

「素晴らしい発想だ。《刻剣》の可能性、しかと見せてもらった……やはり君達は逸材だ《3》と《9》」

 

「あなたに褒められても、ぜんぜん嬉しくない」

 

 エンペラーの高揚した声で言葉を続け、次に嵐のような殺気を発した。

 

「だが、いくら優秀な道具でも、我に使われないのなら――」

 

 エンペラーはナーディアの上で剣を掲げ――

 

「価値はない!!」

 

 振り下ろされた刃がナーディアの体に突き刺さった。

 

「あ……」

 

 重力に諍っていたナーディアは小さな呻きをもらし――

 

「――はい、ダウト~」

 

 顔を上げて笑ったナーディアの姿がブレてウサギのぬいぐるみに置き換わる。

 

「なっ!?」

 

 それがただのぬいぐるみではないことをエンペラーは知っている。

 ぬいぐるみを“空蝉”にしてナーディアがぬいぐるみを身代わりにしたと気付くがもう遅い。

 剣を突き立てたぬいぐるみが黒い紙片を伴って爆発する。

 咄嗟に身構えたものの黒い紙片はエンペラーを傷付けることはなかった。

 代わりにその紙片は周囲に干渉するエネルギーを吸収して術として編まれた“重力”を導力停止現象の如く霧散消失させる。

 更に二度目の爆発が起きて、鋼の糸束が弾け、エンペラーの体に無秩序に絡まる。

 

「ちっ……だがこの程度で我の動きを止めたつもりかっ!」

 

 自分を地面に縫い留める鋼の糸を引きちぎろうとするエンペラーにナーディアの手から霊子の糸が紡がれて幾重にも重なり拘束を強める。

 

「すーちゃんっ!」

 

「ああっ!」

 

 ナーディアの叫びにスウィンが双剣を一つの剣にして応える。

 

「まさか――」

 

 このタイミングで剣を合体させた意図にエンペラーは気付く。

 設置をスウィンが、起爆をナーディアが行ったのとは逆。

 霊糸を持って幾重にも重ねた十字の束縛という《刻印》が設置され、それを起爆するのは本来の役目である《刻剣》。

 

「これがっ! 俺達の「愛の力っ!!」だっ!」

 

 スウィンの叫びの一部がナーディアの声に上書きされる。

 しかしそれに構わずスウィンは剣を振り抜く。

 その一閃がナーディアの霊糸の束を捉え――幾重にも重なった霊糸は相乗効果を示し炎を立ち昇らせて爆発した。

 

 

 

 

 

 

「くくく……」

 

 地に倒れている“管理人”――エンペラーは雨が止んだ空を見上げながら乾いた笑い声を上げる。

 

「何がおかしい?」

 

「まさか吾が倒されるとは……」

 

 スウィンの質問にエンペラーは賞賛するような声音で応える。

 

「認めよう……君たちは強い、我が育てた中でも最高の“凶器”だ」

 

 頑なにスウィンとナーディアを“道具”として見ている言葉にスウィンは肩を竦める。

 

「そうだな……結局、俺は確かにあんたの言う通りただの“人殺し”だ」

 

 倒れたエンペラーの眼前に剣を突き付けながらスウィンは考える。

 逃げ出したいと思い詰める程に拒んでいたはずなのに、“自由”を得るためにエンペラーを殺そうとしている矛盾。

 自分達の人生を歪めた怨敵であり、慈悲を向ける相手ではないのに剣を握る手が震える。

 

「すーちゃん」

 

 そんなスウィンにナーディアが近付く。

 

「なーちゃんも一緒に……」

 

 その目はいつになく真剣な目をしていた。

 

「ああ……」

 

 これは二人が決着をつけるべき過去。

 ナーディアの手が剣を握るスウィンの手に添えられ、二人で剣を振り上げる。

 そこでエンペラーがまた口を開く。

 

「君たちの道は血にまみれている……これからの人生もずっとそうだろう……

 殺し殺され、支配し支配され……その果てに、我と同じになる……」

 

 まるで呪う様にエンペラーは笑う。

 

「なーちゃんたちはもう“道具”じゃないし、誰かを“道具”にするつもりもない」

 

「だけど……あんたの言う通り、俺達は俺達を守るためと言い訳をして、いつか人を殺すんだろうな」

 

 スウィンはエンペラーの言葉の一部を肯定する。

 

「今まで奪った人の命を返せるわけじゃない……

 俺達が殺してきた人たちやその人の残された家族が俺達を許すことなんてないんだろう」

 

 少し前までなら自分のことしか考えない言葉を返していただろうと考えながらスウィンは続ける。

 

「それでも……俺は“自由”が欲しい」

 

「すーちゃん……」

 

「……ふん……“道具”のくせにまるで“人間”のようなことを……」

 

 そこでエンペラーはこれ以上語ることはないと言わんばかりに口を噤み目を閉じる。

 

「一つだけ……あんたに感謝することがある……」

 

「……そうだね」

 

 スウィンの呟きにナーディアは頷く。

 

「例え血にまみれた道だったとしても、俺達に人殺しとしてでも、生きる術をくれたのはあんただ」

 

「あんまり認めたくないけど、“組織”がなかったらなーちゃん達はとっくに野垂れ死んでいたよね~」

 

 だから――

 

「「ありがとう、そしてさよなら」」

 

 振り下ろした剣、人の胸を貫いたいつまで経っても慣れることのない感触。

 エンペラーは最後の一瞬まで苦悶の声さえもらさず事切れた。

 その絶命を見届けてスウィンとナーディアは剣を引き抜いて――

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

「…………これが……人を殺す感触……」

 

 息を荒くするスウィンに対して、針の投擲や鋼糸を使って人を殺してきたナーディアは初めて剣から感じる手応えに背筋を冷たくする、

 それでも何とか気を平静に保とうとしてスウィンはナーディアに誤魔化すように話を振る。

 

「そう言えばさっき、最後の一撃の時お前が――」

 

 その言葉を遮る様にパンパンッと手を叩く拍手の音がそこに響いた。

 

「おめでとう! まさかエンペラーを本当に殺しちゃうなんて、いやぁ、凄いね君達」

 

 振り返るとそこにはミント髪の少年がにこやかな笑顔で二人を祝福していた。

 

「あんたは……」

 

「いつからそこに……」

 

 見たことのない少年。

 線は細く一見すれば頼りないように見えるのだが、二人の勘はその姿を見た瞬間に最大の警鐘を鳴らしていた。

 しかし二人の警戒を他所に少年は軽い口調の言葉を続ける。

 

「うんうん、若いうちは色々経験して人生の彩りを増やすのは大切だ♥」

 

 気安く話しかけた少年は二人の警戒心におやっと首を捻り、思い出したように付け加える。

 

「ウフフ……そう言えば君達とは顔を合わせたことはなかったね……

 《四の庭園》の一つ《棘の管理人》のメルキオルって言えば理解してくれるかな?」

 

「《四の庭園》!?」

 

「《棘の管理人》!?」

 

 エンペラーと同格の管理人の出現にスウィンとナーディアは目を剥く。

 裏切り者には死を。それが“組織”の方針。

 いずれエンペラーではない別の幹部が追手を差し向けてくるとは思っていたが、あまりにも早過ぎる襲撃にスウィンとナーディアは狼狽える。

 

「帝国に来たのは別件で、本当は見ているだけのつもりだったんだけど……

 エンペラーを殺した君たちに、僕からとっておきの“お祝い”をさせてもらおうと思ってね♥」

 

 二人の動揺を他所にメルキオルは――

 

「是非受け取ってよね」

 

 殺意もなく、まるでプレゼントを投げる様な気安さで異形の短剣をスウィンに投擲した。

 

 

 

 

 

 

 《白亜の騎神》が帝都に現れる直前、カレル離宮の列車の車庫広場では戦いが終わろうとしていた。

 

「ちぇえ……良い所だったのに」

 

「でも、わたしたちじゃ壊し切れなかったから仕方ないよ」

 

 唇を尖らせて不貞腐れるシャーリィをフィーは宥める。

 

「…………あの……」

 

「ん……大人しくする」

 

 シャーリィを宥めながらフィーは自分の膝を枕に横たわるシオン・オライオンの頭を撫でる。

 団でも、士官学院でも妹扱いされて来たフィーにとって年下の妹分という存在に琴線に触れるものがあった。

 

「ですが……」

 

「今は大人しくする。随分消耗していたみたいだし、レーションでも食べる?」

 

「あ、シャーリィにもちょうだい」

 

「ん……」

 

 フィーは取り出したレーションを投げて、シャーリィは受け取って口に放り込む。

 

「もぐもぐ……それでこれからどうするのさ?」

 

 シャーリィはレーションを咀嚼しながら、周囲を見回す。

 そこには“不滅”ではなくなり倒された《魔煌兵》が《西風の旅団》の人数だけ転がっていた。

 幾度となくシャーリィは《魔煌兵》の首を狩り、フィーも隙を突くように爆破を試みたが、どれだけ破壊しても《魔煌兵》は復活し二人の武装が尽きた。

 そのタイミングで介入して来た《紺の魔煌騎神》の“剣”により、“不滅”だった《魔煌兵》は体を再生できずに再起不能となった。

 

「今なら止めをさせるけど、シオンがこれじゃあ」

 

「わ、わたしなら問題ありません」

 

 そう意気込んで起き上がったシオンは体をふらつかせてフィーの膝に逆戻りとなる。

 

「むぅ……」

 

「とりあえず今は休む」

 

 “不滅”という概念を破壊した《剣》となっていたシオンの消耗振りをフィーは気遣う。

 もっとも休みが必要な程に消耗しているのはフィーもシャーリィも同じだった。

 出来る事ならすぐにでも帝都に向かうべきなのだが、武器も体力も使い果たした自分達が行って何ができるのかと二人は考える。

 

「今は休んで……それから……」

 

 フィーは思わず言葉を躊躇った。

 と、そこでフィーは肩に雨が落ちた気配を感じた。

 

「雨だ……」

 

「あ、ほんとだ」

 

 フィーとシャーリィは空を見上げて――

 

「え……?」

 

「あれ……?」

 

 戦術リンクが何処かと繋がり、疲弊した体が瞬く間に回復する。そして、今まであったと気付きもしなかった思考の靄が晴れた。

 

「…………あれ……何で……わたし……」

 

「うわぁ……リィンの生首と死体が一杯……」

 

「シャーリィ、言い方」

 

 車庫広場の至る所に打ち捨てられているクラスメイトをモデルにした自走地雷の残骸を見回して笑うシャーリィをフィーは窘める。

 

「…………ちょっとゼノを殴ってくる」

 

「殴るってどうやって?」

 

 シオンをシャーリィに預けて立ち上がったフィーにシャーリィは尋ねる。

 《紫の魔煌騎神》が倒してくれたが、《魔煌兵》は一向に元の人間に戻る気配はない。

 もしかして一生このままなのではないかという危惧は降り注ぐ雨によって杞憂で済んだ。

 降り注ぐ雨に打たれ、動かなくなった《魔煌兵》がまるで水を掛けられた泥人形のように溶け出していく。

 《魔煌兵》に変じた《西風の旅団》は次々と元に戻っていく。

 

「…………団長、後は任せた」

 

「おう! 行ってこい」

 

 ゼノを殴ると言っていたはずのフィーは踵を返して走り出す。

 その背中を苦笑交じりにゼファーは見送りながら空を見上げる。

 

「まさかあの時のガキがここまでデカくなるとはな」

 

 《西風の旅団》を振り返らずに駆け出したフィーの後ろ姿とこの奇蹟の雨を降らせる少年を思い浮かべてゼファーは感慨に耽る。

 

「それに比べてお前らと来たら……」

 

 《紺の魔煌騎神》から降りたゼファーは《魔煌兵》から戻った《西風の旅団》を見下ろした。

 彼らは一様に消耗し切った様子で蹲り、倒れながらもかろうじて意識を保っていた。

 そんな彼らを見下ろしてゼファーは――ルトガーは語り掛ける。

 

「お前達に遺言を残さなかったのは、お前達が一人前だと思っていたからだ」

 

「だ……だんちょう……」

 

 息も絶え絶えにしながらゼノは顔を上げる。

 

「猟兵なんていつ死ぬか分からねえもんを生業としてるんだ。それこそ、いつ死ぬか分からねえ……

 バルデルとの決闘に限らない。“猟兵”って言うのはそういうもんだった俺はお前達は分かっていると思っていたわけだ」

 

「それでも……それでも団長……俺達は……貴方に……恩返しがしたくて……」

 

「恩返しか……」

 

 レオニダスのその言葉にルトガーは考える。

 “恩返し”などというのは戦いの中で生きて来たルトガーにとって馴染みの薄いものでしかない。

 何よりも満足できる死を覆しての恩返しの強要など、本末転倒ではないのだろうかとさえ思う。

 

「するとあれか? 俺はお前達が満足するまで、生かされ続けてろってことか?」

 

「それは……」

 

 口ごもるゼノをルトガーは睨む。

 そんな態度のルトガーは呆れて肩を竦める。

 

「ボスの言った通りか……」

 

 そう呟き、ルトガーはこの期に及んで崇拝のような眼差しを向けて来る《西風の旅団》に告げた。

 

「ならこうするか、俺を生き返らせた。それでお前達の“恩返し”は終わりだ」

 

「…………え?」

 

「団長……何を……?」

 

「とりあえず感謝はするぜ。“黄昏”というでっけぇ戦の、それも最前線の席をくれたんだ」

 

 事実バルデルとの決闘の結末に水を差された不満は次の大戦への期待が上回り始めている。

 

「で、お前達とはここでお別れだ」

 

「団長っ!?」

 

「どうして……」

 

 困惑の声を無視してルトガーは振り返る。

 

「アイーダ」

 

「はい……」

 

 粛々と頷き、アイーダはまるでここにはいない《西風の旅団》の代表のようにルトガーの前に膝を着く。

 そんな彼女と未だに状況を呑み込めず呆然と自分を見上げる部下たちを見渡して、ルトガーは目を細める。

 

「本当ならフィーだけじゃなく、こう言い残しておくべきだったんだろうな」

 

 そしてかつての日を思い返しルトガーは宣言する。

 

「今日この日を持って《西風の旅団》は解散する!」

 

 

 

 

 

 

 戦いはまだ続いている。

 だが人々はそれに気付かず降り注ぐ奇蹟を喜んでいた。

 そこに貴族と平民の垣根はない。

 共にした絶望の戦場を生き残り、手を取り合って喜びを分かち合う。

 もっとも喜んでばかりではいられない。

 《魔煌化》が解かれて野ざらしになった民間人を救助と保護がオズボーンやオーレリアの声で始まる。

 そんな中を《紅の機神》は疾走する。

 

「どうして……どうしてだっ!?」

 

 その手には既に冷たくなったヘルムート・アルバレアを握り締め、ユーシスは雨の中をひたすらに《機神》を走らせる。

 

「何で……」

 

 これだけの奇蹟が世界に満ちているのに、ヘルムートが息を吹き返す気配はない。

 

「どうしてだリィンッ!?」

 

 思い出した事よりも先にユーシスは慟哭する。

 空の上で奇蹟を振り撒くクラスメイトは何故、ヘルムートを助けてくれないのか。

 ユーシスは気付いていないが、それは何もヘルムートに限った話ではない。

 《白亜の騎神》が現れる前に事切れていた者達の中で蘇生している者達はいない。

 例え微かな虫の息の重傷者であっても癒す《霊薬》の奇蹟であっても、死者を蘇らせる力はない。

 ただあまりにも奇蹟が大き過ぎて、それに気付いている者は少ない。

 

「答えろリィン・シュバルツァーッ! 何故父上を助けてくれないんだっ!?」

 

 繋がっているはずの戦術リンクからユーシスは叫ぶ。

 だが、そこから何の意志も返ってはこない。

 ただユーシスと《紅の機神》を癒す力だけが送られてくる。

 そんな奇蹟は望んでいない。

 自分よりも父を救って欲しいとユーシスは願う。

 

「父上……どうして……何故こんなことに……」

 

 確かにヘルムートはケルディックの虐殺を引き起こした。

 他にも四大名門の当主として、貴族連合を主導して内戦を起こしたかもしれない。

 ここで生き残ったとしても、碌な未来は待っていないかもしれない。

 

「それでも……これはあんまりではないか」

 

 ルーファスに裏切られ、無惨な死がヘルムートに与えられた罰なのか。

 否、それよりもユーシス自身が事切れたヘルムートを前にして、今まで言いたかった言葉がいくつも浮かんでくる。

 

「頼むっ! リィンッ!!」

 

 恥も外聞も捨てユーシスは懇願する。

 だが、ユーシスの願いは届かず、彼の下に奇蹟は起きなかった。

 

「あ……ああああああああああああああっ!」

 

 ユーシスの慟哭が《紅の機神》の中に空しく響き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






黎ⅡのEDの歌を先に動画で聞いたんですが、「現在(いま)という煌めき」の歌詞が今のリィンの心情に近い歌になっていると感じました。

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