(完結)二人の緋皇 ―閃の軌跡Ⅱ―   作:アルカンシェル

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お待たせしました。
エピローグを一話でまとめようとしましたが無理だったので分割します。

黎の軌跡Ⅱは噂に聞いていましたが、あまりよろしくないシナリオだったですね。
自分が最初に感じたのはRPGそのものの否定かなと感じました。





69話 エピローグⅠ

 

 

 

 

 

 

 帝国に併合されて八年。

 豊かになった暮らしのおかげでジュライの市民は穏やかなここまで穏やかな生活を送ることができた。

 しかし、ふとした時に思い出すのは本当にこれで良かったのかと言う疑念。

 帝国に併合される切っ掛けとなった鉄路の爆破事件。

 犯人はアームブラスト市長だったのではないかと言う声も上がったが明確な証拠もなく、それでも疑いがある市長はその座の退任を余儀なくされた。

 そしてそれから程なくして彼の訃報が報じられてジュライの市民は自然とその話題を口にすることはなくなった。

 

 ――もしかしたら――

 

 彼らの中にある疑念。

 市長を糾弾しながらも、本当は別の犯人を彼らは頭の中に思い描いていた。

 にも関わらず、ジュライ市国を支えて来た市長を自分達は裏切り、死なせた――自分達が殺した罪を“欺瞞”としてジュライ市民は後ろめたさを心のしこりにし続けていた。

 だからこそ――

 

「貴族連合の筆頭騎士、クロウ・アームブラストが帝国宰相ギリアス・オズボーンを暗殺した」

 

 その報はジュライ市民にとってまさに免罪符だった。

 《鉄血宰相》ギリアス・オズボーン。

 鉄路を爆破した最も疑わしい人物にして、ジュライ市国を帝国に併合した元凶とも言える人物。

 本当はアームブラスト市長ではなく、彼こそを問い詰めたかったと誰しもが考えていた。

 だが、帝国のおかげで豊かになったジュライを思えば彼に疑惑を向けて問い詰める事などできなかった。

 《蒼の騎士》クロウ・アームブラスト。

 彼が行ったことは次々と導力ネットに書き込まれたが、ジュライ市民にとって長年燻ぶらせていた罪悪感を消してくれた存在だった。

 

 ――市長を糾弾した自分達は間違っていなかった――

 

 市長の孫であるクロウが帝国でテロを起こして、宰相を暗殺したこと。

 それはアームブラスト市長が鉄路を爆破するテロを起こした犯人だと印象付ける決定的な出来事だった。

 クロウ・アームブラストがテロを起こしたことに安堵する者は多かった。

 だが、同時に新たな恐怖が生まれた。

 

 ――クロウは自分達にも復讐するのではないか――

 

 誰かが囁いた言葉を否定できる者はいなかった。

 見方によっては彼の祖父を殺したのはジュライである。

 アームブラスト市長がクロウに復讐しろと怨嗟を残したのは果たしてオズボーンだけだったのか。

 むしろ鉄血宰相を殺して次は自分達の番ではないかと、クロウが内戦で活躍する度にジュライは彼を畏れた。

 そんな日々の中、カイエン公がジュライに接触してきて囁いた。

 

「クロウに口利きをしてやろう。その代わりジュライにいる帝国正規軍の足止めをして欲しい」

 

 その提案にジュライは飛びついた。

 他でもない貴族連合の主宰にして、クロウが忠誠を誓っているとされているカイエン公の言葉。

 彼に従えばクロウから守ってもらえると。

 そこに一縷の希望を見出して、一人が動き、集団が動き出す。

 それを切っ掛けに八年に及ぶ感情が爆発した。

 

「ジュライを帝国から取り戻せっ!」

 

 誰かが叫び出せば、それに同調した誰かに伝染する。

 最初は自分達の身を守るための行動だった。

 だが帝国正規軍を攻撃するだけでは止まらず、それはいつの間にか八年間の怨念を晴らすための行動に変わっていた。

 “箍”が外れた彼らを止める指導者はおらず、止める者がいたとしても帝国に魂を売った売国奴として糾弾し、暴力の矛先を向ける。

 エレボニア帝国が中央の帝都で内戦が激化している隙を突くようにジュライは帝国からの独立を宣言した。

 

 

 

 

 

 七耀暦1205年1月。

 その日、ゼムリア大陸の北西に位置する旧ジュライ市国から十機の《機甲兵》とそれに随伴する戦車が出陣した。

 帝国の内戦に便乗する形で独立をしたもののそれまで帝国からの貿易によって成り立っていたジュライの展望は決して明るいとは言えなかった。

 物資の不足、クロスベルが起こした資産凍結、経済恐慌もあって早々に行き詰まりに直面していた。

 それを解消するために講じられたのは、南に位置している海都オルディスへの侵攻だった。

 それは帝国の内戦で敗走し亡命して来たカイエン公の願いでもあり、ジュライにとっても利が多い提案だった。

 何よりジュライをその気にさせたのは、《機甲兵》と言う最新の人型機械人形の兵器の存在だった。

 カイエン公が亡命の手土産として持って来た《機甲兵》の力があれば、内戦で疲弊している帝国からオルディスを制圧する事くらいはできるのではないかと思える。

 

「何も本格的に帝国と事を構える必要はないのだよ」

 

 それがカイエン公の言い分だった。

 オルディスを占領することで力を示し、相手にするには割に合わないと思わせればジュライの独立を見逃すだけの理由になるとカイエン公は言っていた。

 帝都はまだ救助作業も終わっていなければ、東の大国カルバード共和国の侵攻の兆しもある。

 立ち並ぶ《機甲兵》や帝国正規軍の置き土産の戦車や装甲車、飛行艇を見てジュライは夢を見る。

 現に帝国は勝手に独立を宣言したジュライに対して、まだ侵攻して来ていない。

 ジュライの力を見せつけるチャンスは今しかない。

 オルディスを制圧して勢力を拡大して、更には塩害がなくなったノーザンブリアを味方につけることができれば、ジュライを中心とした北方の連合国を造る事も決して夢ではないだろう。

 明るい未来を夢見て、ジュライ決起軍は侵攻を開始するのだった。

 

 しかし――彼らの夢を妨げるように一機の《機械人形》が彼らの前に立ち塞がった。

 

「ジュライ反乱軍に告げる。市民への不当な弾圧を即座にやめて、武装を放棄して降伏しろ」

 

 ジュライの侵攻に合わせてやって来た帝国の部隊から一機だけ前に出て来た《蒼》が《機甲兵》や戦車、装甲車、飛行艇と少なくない兵器を前に臆することなく告げる。

 

「はっ! どうやらカイエン公が言っていたことは本当みたいだな」

 

 出迎えた戦力にジュライの兵士は笑う。

 蒼い《機甲兵》が一機にそれに随伴している戦車が三台。

 それに対して《機甲兵》だけでも五体の戦力差に彼らは勝てると確信してしまう。

 

「おい……俺はあくまでも先駆けだ。帝国の本隊はすぐ後ろに来ているんだ。これ以上馬鹿な真似は止せ」

 

「馬鹿な真似だと!?」

 

 《蒼》からのどこか軽い調子の声に激昂が返る。

 

「俺達は祖国のために立ち上がったんだ! 今更貴様ら帝国に媚びるつもりはない!」

 

 これまでの不満をぶつけるように《機甲兵》は剣を抜き放ち《蒼》に突きつける。

 

「アームブラストが選んだ道こそがジュライが進むべき道だったのだ!」

 

「そうだ! 俺達は二度とお前達帝国に屈するものかっ!」

 

「討ち死にしたクロウの無念を晴らすためにも!」

 

 一人の言葉に追従して様々な罵詈雑言が帝国の《蒼》に向けられる。

 熱狂した士気にあてられたのか、《蒼》は黙り込んでしまう。

 それを怖気づいたと判断して、一機の《機甲兵》が飛び出した。

 

「うおおおおおおっ! ジュライの怒りを思い知れっ!」

 

 剣を上段に振りかぶり、微動だにしない《蒼》に渾身の一撃が繰り出される。

 

「…………勝手に人を殺してんじゃねえよ」

 

 彼は小さく呟く。

 無防備だった《蒼》は半歩後ろに下がってその斬撃を空振りさせると、ダブルセイバーを一閃して《機甲兵》を吹き飛ばす。

 

「なっ!?」

 

「怯むな! 所詮は一機! 囲んで対処しろっ!」

 

「それによく見れば傷だらけの機体じゃないか! 勝てるぞ! 俺達は帝国に勝てるんだ!」

 

 既にボロボロの機体にジュライ側は帝国が本当に弱っているのだと士気を高める。

 

「撃てっ!」

 

 その号令を持って《機甲兵》や戦車、装甲車が一斉に構えて――《蒼》は彼らの目の前から消えた。

 

「――え……?」

 

 何処に行ったと周囲を見回しても《蒼》の姿は何処にも見えない。

 

「――上だっ!」

 

 誰かが叫ぶが既に遅かった。

 空高く飛翔した《蒼》はまるで流星のように急降下をしてジュライ決起軍の中央の大地に激突する。

 

「うわあああああああっ!」

 

 ダブルセイバーを突き立てた衝撃波が周囲を薙ぎ払い、ジュライ側の《機甲兵》は悲鳴を上げながら横転して吹き飛ばされる。

 《蒼の騎神》はダブルセイバーを大地から抜くと薙ぎ倒したジュライ決起軍に向かって告げる。

 

「これ以上無駄なことをするんじゃねえ」

 

「無駄だと!? お前達に分かるまい故郷を帝国に染められた屈辱を!」

 

「殺すなら殺せっ! だが俺達がここで果てたとしても第二第三のアームブラストが必ずジュライのために立ち上がる!」

 

 そんな言葉を《蒼》の中の青年は辟易としたため息を吐く。

 だが、そんな青年にジュライ決起軍の一人が恐る恐る声をもらした。

 

「《蒼い機甲兵》……お前は……誰だ……?」

 

 自分達が乗る《機甲兵》とはまるで違う性能を見せつけられて、頭が冷やされた男はその可能性に気付いてしまう。

 

「俺は……」

 

 《蒼》はわずかな逡巡を挟み、彼の疑問に答えるように名乗る。

 

「俺はエレボニア帝国政府臨時武官――クロウ・アームブラストだ」

 

 その日、ジュライのオルディス侵攻作戦は《蒼の騎士》の手によって未然に防がれた。

 また帝国軍が計画していたジュライ焦土作戦も、クロウが単身で暴動の扇動者達を捕えることでジュライは滅亡を免れるのだった。

 

 ジュライの市民はクロウに助けられることとなるがそれを喜ぶ者はいなかった。

 反帝国主義者が決起したのはそもそもクロウが元凶であり、彼は八年前に鉄路を爆破して帝国宰相を暗殺しようとした前市長の孫。

 何をどうやって現帝国政府に取り入ったのかは分からないが、彼を称えていた反帝国主義者達はクロウによって鎮圧された。

 そして帝国でも《蒼の騎士》と称えられる一方で彼が行ったテロ行為は導力ネットを通じて配信されていた。

 悪逆な市長の孫。凶悪なテロリスト。貴族連合の筆頭騎士。

 それらを経て今は帝国政府の狗。

 《裏切りの蒼の騎士》。

 それがクロウを示す影で囁かれる渾名となっていた。

 

 

 

 

 

「今頃クロウ君はジュライかな?」

 

 《カレイジャス》のブリーフィングルームでふとトワは作業の手を止めて呟いた。

 

「ああ、もうそんな時間か」

 

 その呟きに応えたのは上座で書類を捌いていたギリアス・オズボーンだった。

 時間を確認すれば、ジュライへの侵攻作戦が開始される時間だった。

 

「しかし宰相。やはりジュライの殲滅作戦はやり過ぎではないのだろうか?」

 

 オリヴァルトは書類を捌く手を止めてギリアスに尋ねる。

 

「そうでしょうか? 私は妥当な対処だと考えておりますが」

 

 オリヴァルトにギリアスは尊大な笑みを浮かべて答える。

 

「稀代のテロリスト、クロウ・アームブラストを生んだジュライ……

 クロスベルはゼムリア大陸の中心であるため、過剰な制裁を行う事はできませんでしたががジュライは大陸の端。例えジュライが地図から消えたところで誰も困ることはないでしょう」

 

「宰相、それは口が過ぎるのではないかな?」

 

「ですが、そう脅さなければ《蒼の騎士》は腑抜けた抜け殻のままだったでしょう……

 クロウ・アームブラストは確かにテロリストではあったが、世界に七人しかいない《起動者》の一人……

 帝国を一刻も早く立て直すためには彼には《英雄》として役に立ってもらわなければならないのですよ」

 

「それはそうかもしれないが……」

 

 クロウ・アームブラストの処遇については誰もが彼の処刑を求めた。

 オズボーン宰相を狙撃した事から始まった内戦の被害。

 《煌魔城》を出現させたことによる帝都の被害。

 それ以前の帝国解放戦線のリーダーだったことも公表されており、クロウを擁護したいと思っている者は口を噤まなければ彼らの怒りの矛先が向けられかねない危ない状況だった。

 そこに待ったを掛けたのは他でもない、銃撃され奇蹟の生還を遂げたギリアス・オズボーンであった。

 

『彼はカイエン公に騙された憐れな被害者なのだ。彼の処遇についてはどうか私に一任して欲しい』

 

 それに加えてギデオンがクロウを洗脳したと庇ったこともあり、彼の処刑は見送られた。

 もっとも擁護した分の働きを求められ、クロウはジュライ殲滅作戦の先駆けとして駆り出されることとなった。

 殲滅作戦はあくまでもクロウを働かせる方便。

 先駆けのクロウがジュライ反乱軍を鎮圧できれば殲滅作戦が決行されることはないのだが、オリヴァルトはギリアスが何処まで本気なのか測り切れない。

 そして何より、憎んでいたはずの怨敵の先兵となって故郷を帝国として制圧させられることになったクロウの心労はどれほどのものかとオリヴァルトは考える。

 

「結局、ジュライの真実とはどんなものだったのかね?」

 

「真実と言ってもそんなものに意味はないでしょう」

 

「意味がないと言う事はないだろう? 少なくてもクロウ君は宰相が知っている“真実”を知りたいがために戦っているのだから」

 

「“真実”など容易く隠蔽され人は信じたいものを信じる……

 私が語る“真実”など私にとっての一方的な見解によるものでしかないのですよ」

 

 頑なに語ろうとしないギリアスにオリヴァルトはため息を吐く。

 

「その言い訳をしない潔さは貴方の美点なのかもしれないが、今回の事は貴方のその露悪的な振る舞いがクロウ君の道を誤らせたとは思わないのかな?」

 

 オリヴァルトの指摘にギリアスは肩を竦める。

 

「例え私が潔白だと言ったところで皇子はそれを信じてくれるのですかね?」

 

「それは……」

 

 思わずオリヴァルトは答えを躊躇う。

 クロウ程ではないが、黒い噂が絶えない鉄血宰相がジュライ併合のために鉄路を爆破して自作自演を行ったと言われればあり得るのではないかと考えてしまう。

 

「皇子もクロウ・アームブラストも私を買い被り過ぎですよ……

 当時私はまだ宰相に就任したばかり、帝国内での地盤固めに集中しなければならない上に、その様な暗躍を任せれる人材もいない……

 他国で暗躍することの難しさはオリヴァルト皇子が良く知っておられると思いますが?」

 

「む……」

 

 それを指摘されてしまえばオリヴァルトは口を噤む。

 二年前のリベールで《放蕩皇子》という比較的自由な立場だったからこそできたと言われればその通りだ。

 それに加えて自分の話を信じて協力してくれたカシウスやエステル達への信頼があったから出来た事でもある。

 

「もっともジュライに鉄路を敷いた事で何かが起こることは分かっておりましたがね」

 

「それはどう言う意味だね?」

 

「ジュライはあの時点で限界でした……

 足元を見たカイエン公が敷いた重い関税、先細りしていくだけの政策……

 それに反してアームブラスト市長は孫にギャンブルを教える程の余裕があった。果たして彼は本当に良い市長だったのでしょうかね?」

 

「それは……」

 

 それは伝聞でしかアームブラスト市長のことを知らないオリヴァルトには答えることができない問いだった。

 

「ジュライ市民の不満は限界に達していた……

 鉄道網を繋げたことで多少のガス抜きはされましたが、遠からずジュライでは暴動が起きていたでしょう……

 それを考えれば鉄路が爆破される程度の被害で済んで良かったのではないでしょうか?」

 

「まるで貴方がジュライの暴動をコントロールしていたような口振りだね」

 

「ふふ、それは御想像にお任せしますよ皇子」

 

 オリヴァルトの指摘にギリアスは不敵な笑みを返す。

 そんな態度にこれ以上聞き出すのは無理かと悟ったオリヴァルトは肩を竦めた。

 

「お兄様、それにオズボーン宰相もお喋りばかりしていないで手を動かしてください」

 

 そんな二人にアルフィンの注意が飛んだ。

 

「おっとこれは失礼しましたアルフィン殿下」

 

「やれやれセドリックもそうだが、アルフィンもこの内戦で随分と逞しくなったものだね」

 

 臆することなく注意して、山のように積まれた書類に黙々と判を押して行くアルフィンにオリヴァルトはおどける。

 内戦から一ヶ月の時が過ぎようとしているが、帝都ヘイムダルの復興はようやく始まったばかり。

 死者は内戦の規模から信じられない程に少ないが、その分の難民が溢れかえっている状況に問題は山積みだった。

 

「セドリックの偽物、オズ君とやらはどうしているんだい?」

 

 作業の手を再開しながらオリヴァルトは口も動かしていた。

 

「大人しいものですよ。まるで“人形”のようにこちらの言う事に従ってくれます。あれならば昏睡している本物のセドリック殿下の影武者に使う事もできるでしょう」

 

「“人形”……それにオズ……」

 

 オリヴァルトは一度顔を合わせた弟に瓜二つの少年を思い出して、ある少女を連想してしまう。

 

「やれやれ内戦も大変だったが後処理はもっと大変だ」

 

 オリヴァルトは目の前の書類に視線を落としてため息を吐く。

 七耀教会からスカーレットの身柄を引き渡して欲しいと言う要請。

 クロスベルにて留置されていたアリオス・マクレインが元クロスベル国防軍の手引きによって脱獄したという報告。

 問題は帝都だけでは済まない状況になっていた。

 

「セドリックもまだ目を覚まさないようだし、それに……」

 

 思わず漏れた愚痴に会議室の空気は重くなり――

 

「失礼します」

 

 タイミング良く、私服姿のクレアが入って来た。

 

「クレア大尉、戻ったか」

 

 まるで彼女の報告を待ち望んでいたような顔でギリアスは振り返る。

 

「宰相?」

 

 鉄道憲兵隊の制服ではなく私服で報告に来たクレアにオリヴァルトは首を傾げる。

 

「彼女にはカルバード共和国に潜入してもらっていたのですよ」

 

 臆面もなく言うギリアスにオリヴァルトは何度目になるか分からないため息を吐いた。

 そんな彼を無視してギリアスはクレアに報告を促す。

 

「それで、状況は?」

 

「はい、ミリアムちゃんとアルティナちゃんの調べですとアルタイル市の基地に戦力が集まっているようです……

 おそらく一ヶ月以内に戦力を整えてクロスベルに侵攻して来るかと思われます」

 

「外交ではなく、まずは武力侵攻か……予想通りではあるが……」

 

 それは重要ではないのかギリアスは次の報告を視線で急かす。

 

「“彼”がカルバード共和国で最初に目撃されたのは12月の中旬、煌都ラングポートの《九龍ホテル》にて《黒月》の会合に現れたようです」

 

 クレアの報告に一同の作業の手が止まる。

 

「最初の目撃者は《黒月》の有力者の娘とその幼馴染の少年だったようです……

 トールズ士官学院の制服でホテルの中に現れた“彼”は警備に当たっていた月華流の拳士30名を撃退した後に現れた時と同じように忽然と姿を消したそうです」

 

「《黒月》の……」

 

 オリヴァルトとしては最初の目撃者である娘と少年に興味が湧くが黙ってクレアの報告に耳を傾ける。

 

「他に“彼”が確認されたのは首都イーディス、《クルガ戦士団》の駐屯地、遊興都市サルバット、そして温泉郷・龍萊……

 ただ不思議なことに移動中の“彼”の目撃情報はありませんでした」

 

「ラングポートにイーディス……帝国に戻って来ようとしていたわけではなかったのかな?」

 

 頭の中で地図を描きながら“彼”がどういう目的を持って動いていたのか分からずオリヴァルトは首を捻る。

 

「それからこちらは調査に協力してもらったルポライターから提供してもらった写真です」

 

 クレアは備え付けの映写機に感光クォーツをセットするとモニターにその写真を映す。

 

「サルバットで撮られた一枚です……

 相手は近年、カルバードで勢力を拡大しているマフィアのボスであるジェラール・ダンテスです」

 

「これは……」

 

 映された写真にオリヴァルトは息を飲む。

 そこに写っていたのは深紅の制服を纏ったリィンとジェラールが腕を交差させて互いの頬に拳を当てている決定的な一瞬を捕えた場面だった。

 

「…………見事なクロスカウンターだ……くぅっ! ボクというものがいながらリィン君!」

 

「お兄様……」

 

「こほん、それでクレア君。龍萊以降のリィン君の足取りは掴めなかったのかね?」

 

「はい、それ以降にカルバード共和国内でのリィン君の目撃情報はありませんでした……

 ただ今回のカルバード共和国の侵攻も国内でリィン君――帝国の人間が特殊部隊を撃退するなどの騒動を各地で起こしていた事が一つの要因であるようです」

 

 その報告にオリヴァルトは写真の中の彼を見る。

 拳を受けながらも必死な顔をしている少年の顔。

 目の前の敵を倒すことだけではない。

 何としても帝国に戻らなければならないという気迫が伝わって来る眼差しにオリヴァルトは居たたまれなくなる。

 そういう“因果”が紡がれ常人には諍えないものだったとしても、彼が必死で戦っているにも関わらず自分達は“彼”のことを忘れていた。

 そして思い出した時にはもう取り返しのつかないことになっていた。

 

「オズボーン宰相、これも全て《預言》と言うものの範疇なのかね?」

 

「さて、どうでしょうね」

 

 オリヴァルトの質問をギリアスははぐらかす。

 

「でしたらこれだけは教えて頂きたい。ボク達はいつまでリィン君のことを覚えていられるんだい?」

 

 その問いにギリアスは沈黙を返す。

 

「エマ君が言っていたよ。《煌魔城》や《騎神》の存在は帝国の歴史に残されないように“因果”が操作されていて人々の記憶から薄れて行く……

 《零の騎神》もそれに当てはまる可能性は高く、民衆には既にその兆候が起き始めていると」

 

 オリヴァルトは再びリィンのことを忘れてしまう可能性を問い質す。

 ギリアス・オズボーンが《起動者》だという証拠はない。

 だが、これまでの言動からそれに近い存在だと考えての質問。

 ギリアスはこれに正直に答える必要はないかもしれないが、リィンに関しては誠実に答えてくれるという信頼があった。

 

「……ええ、その通りです」

 

 オリヴァルトの期待通り、ギリアスは静かに頷いた。

 しかしそれはオリヴァルトにとってあって欲しくない可能性だった。

 

 

 

 

「……気持ち悪いわね」

 

 ルーレから《翠の機神》を使って帝都ヘイムダルに戻ったアリサは街の至る所から聞こえて来る声に眉を顰めた。

 内戦が終わった直後は普通だったのに、一ヶ月の時が過ぎて民衆の中から《零の騎神》の記憶は薄れ始めていた。

 彼がもたらした奇蹟の力は《緋の騎神》がもたらしたものだとすり替わっていた。

 

「クリスの頑張りを否定するつもりはないけど……」

 

 《機神》で戦った者も、《魔煌化》を防ぐために戦った者も、《Ⅶ組》は偉そうな事を言っておきながらも大した成果を挙げられていなかった。

 そんな自分に彼の“霊薬”を使わせてもらう資格があるのかどうか迷ったが、命には代えられないとオリヴァルトに諭されてアリサは彼の霊薬を受け取った。

 そのおかげでイリーナは一命を取り留めたが、やはりアリサの心には後ろめたさが残った。

 

「私達もあんな風になっていたのね」

 

 クリスが何故、セントアークで自分達を拒絶したのかアリサは理解する。

 そして今は《Ⅶ組》の繋がりの残滓のおかげで正常な認識を保っているが、彼らと同じように再びリィンの存在を忘れてしまうことに恐怖を感じる。

 肝心のクリスは《蒼》を倒した時から昏睡状態に陥って目を覚まさない。

 帝都復興に人一倍尽力している《灰の騎神》に乗っているキーアにも接点はほぼない。

 

「私達は何をしていたんだろう……」

 

 振り返ってみれば反省すべき点はいくつも思い浮かぶ。

 《Ⅶ組》は誰も《緋の騎神》とクリスを探して合流しようとしなかった。

 みんな、セドリック皇子であるクリスよりも自分の事情を優先して行動していた。

 そして今もアリサはラインフォルトと《Ⅶ組》を天秤にかけて前者を選んでしまっている。

 それは他の《Ⅶ組》も同じだった。

 それぞれがそれぞれの理由で学業を続ける余裕はない。

 例えクリスが目覚めたとしても、きっと自分達は彼を残してトールズ士官学院を去るだろう。

 

「そんな私達がクリスの味方をするなんて……ってダメね今はそんなことを考えても仕方がないのに」

 

 いつ士官学院が再開するかも分からないのに、もしもの時を考えて勝手に思い詰めても仕方がないとアリサは思考を切り替える。

 

「失礼しますって……あれ?」

 

 《カレイジャス》のブリーフィングルームにはいると思っていた鉄血宰相と放蕩皇子の姿はなかった。

 

「あ、お帰りなさいアリサさん」

 

 エマは《ARCUS》と《貝殻》、そして不思議な光を宿す石のペンダントを広げていたテーブルから顔を上げてアリサを出迎えた。

 

「エマ……宰相たちは?」

 

「少し仮眠を取るそうです」

 

「そう……」

 

 いくら怪物と呼ばれ優秀であっても、連日連夜遅くまで多くの書類を捌いている二人も人間なのだから休憩があって当然だ。

 

「報告書ならそちらに」

 

 エマに促されて、アリサはノルティア州での貴族連合の残党の顛末とユミル跡地の調査のレポートを高く積まれた山に乗せる。

 

「お疲れ様です。ノルティア州の方は落ち着きましたか?」

 

「ええ……ログナー家の人達が協力してくれたから領内の領邦軍の説得はスムーズに済んだわ」

 

 決戦が始まる前にギリアスとログナーの間に和解が成立していたこともあってノルティア州の戦乱はこの一ヶ月で終息を迎えていた。

 

「それは良かったですね。ユーシスさんの方はまだもう少しかかりそうです」

 

「そう……」

 

 当主が健在のノルティア州。

 そして内戦の早い段階から正規軍側に鞍替えしたハイアームズ侯爵が治めているサザーランド州は比較的早く復興活動が始まっている。

 だが、この内戦で当主を失ったアルバレア家が治めるクロイツェン州はまだ貴族連合の抵抗は大きかった。

 ユーシスを次のアルバレア当主と認めない者も多く、ルーファスが優秀な人材を引き抜いてクロスベルへと行ってしまったこともあり、クロイツェン州は混迷を極めていた。

 

「私達の方は良いけど、貴女の方は何か成果はあった?」

 

 うんざりする後始末の話からアリサは話題を振る。

 エマは帝都に残り、《零の騎神》を調べていた。

 ノイやリンはいつの間にか消えており、あの時何が起きたのか正確に状況を把握できていないのが自分達の実情だった。

 

「ひとまずオリヴァルト皇子からの要請で《ARCUS》と《響きの貝殻》。それからエリゼさんのペンダントを使って……

 相互観測による私たちの記憶保護の術――《Ⅶの輪》を構築しています」

 

「…………そう」

 

 エマの説明にアリサは素直に喜ぶことはできなかった。

 

「ねえエマ……アルベリヒって何者なのか知っている?」

 

「それは……」

 

 これまで尋ねる余裕がなかった話題をアリサはエマに振る。

 アルベリヒ・ルーグマン。

 カレル離宮でマテウス卿を操り、今回の内戦の《煌魔城》の出現を裏で操っていた人物なのだが彼の足取りは掴めていない。

 アリサが開発した《ダインスレイブ》を機甲兵兵器に転用したことを始め、父と同じ顔を持つ彼の存在をアリサは無視することはできなかった。

 何よりあの一瞬で垣間見たアルベリヒの顔は間違いなく己の父だったという確信がアリサにはあった。

 

「あの時、あの人は“魔女”とか私の家族の事とか口にしていた。もしかしてあの人は貴女の関係者なんじゃないの?」

 

「……いえ、それはないと思います」

 

「本当に?」

 

 念を押して来るアリサにエマは頷く。

 

「私も詳しくはないんですが、アルベリヒという名前は確か“魔女”と対立していた“大地の眷属”の長だった人の名前です」

 

「“大地の眷属”の長だった名前……そんな名前がどうして……?」

 

「アルベリヒについては私の方でも調べてみます。まだ確かな事は言えませんが、お婆ちゃんなら何か知っているかもしれません」

 

「……ええ、お願いするわ」

 

 ラインフォルトは大変だが、アルベリヒという存在に関しては無視できない。

 《機甲兵》の開発に関わっていた事も考えれば、彼が言っていたカイエン公の相談役という立場も怪しい。

 何よりアリサにとっては姉同然の存在であるシャロンを洗脳して従えていた彼を放置するという選択肢はない。

 

「前途多難ね……リィンがいれば――っ」

 

 思わず口に出てしまった言葉にアリサは口を噤んだ。

 

「そうですね……リィンさんがいれば今の不明瞭な状況も明確にできたのかもしれません」

 

 アリサの愚痴にエマは自嘲めいた言葉を漏らす。

 

「アリサさん、これはまだ確定した情報ではないんですが」

 

 エマは何かを決意したように佇まいを直す。

 

「エマ……?」

 

「エリゼさんやオリヴァルト皇子にも余計な希望を抱かせると思って伏せていましたが……

 リィンさんはまだ完全に消滅したわけではないかもしれません」

 

「それは本当なの!?」

 

 アリサはエマの答えに思わず声を上げていた。

 

「確証はありません。ただ《ティルフィング》の“核”は内戦の終結から内包していた霊力が微増しているような気がするんです。誤差かもしれないですけど」

 

「…………確かにその程度の情報じゃぬか喜びさせるだけよね」

 

 そこまで考えてアリサは首を横に振った。

 

「それでもエリゼさんやオリヴァルト殿下には話した方が良いと思うわ」

 

「え……? でも……」

 

「エマの言い分も分かるけど、一番リィンを心配しているのは私達じゃなくてエリゼさんやアルティナちゃんよ……それに……」

 

「それに?」

 

「私が言える事じゃないかもしれないけど、そういう秘密主義的なところが取り返しのつかないことになった原因じゃないのかしら?」

 

「そ……そんなことないと思いますよ?」

 

 アリサの指摘にエマは視線を泳がせて否定するのだった。

 

 

 

 

 

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