「ふむ……ではこれを飲め」
そう言ってローゼリアが差し出したのは白磁の器にキーアは思わず顔をしかめた。
「これを……飲むの?」
受け取った器の中を覗き込めば、そこには濃いまだらな緑のドロドロした液体がある。
「……にがそう……」
「うむ、良薬は口に苦しと言うじゃろ?」
「あはは……見た目は悪いけど害はないから安心して」
胸を張るローゼリアと苦笑いを浮かべてフォローするダーナ。
嫌そうな顔をしながらもキーアは言われるがままそれに口をつけて顔をしかめた。
「にがい……」
見た目通りの味にキーアは涙目になる。
以前飲んだにがトマトのシェイクは美味しいとさえ感じたのに、この薬はただ苦くて不味かった。
「さて、何から話そうかの……」
キーアが少しずつ薬を飲んでいくのを見守りながらローゼリアが思案に耽る。
「良い報告と悪い報告、どちらから聞きたい?」
「……じゃあ良い報告からお願いします」
キーアの選択にローゼリアはうむっと頷き口を開く。
「エステル達に届けてもらったお主の血を調べた結果、正確とは言えんが余命半年と妾は診断した」
「半年……」
500年前に造られた人造人間。
それも《至宝》として錬成されることを前提として造られたキーアは“揺り籠”から出てしまえば壊れていく不完全な人形。
その事に関してキーアは悲観はしていなかったが、改めて明確にされた時間に気が重くなる。
「とは言え、今はヴァリマールと繋がっていることでお主の状態は健康な状態に維持されておったわけなんじゃが……」
言い淀むローゼリアはため息を吐いて告げる。
「しかし改めて調べてみた結果、今のお主の体は完璧な健康体なのじゃ」
「…………え?」
ローゼリアの言った言葉の意味が分からずキーアは聞き返す。
「えっとね。今のキーアちゃんの体は普通の人とほぼ同じ構成に回復しているの。これは《魄》を司っていた“大地の眷族”として保証するよ」
「そして《魂》の部分でもお主の集合意識体であった想念は一つの個として確立していることを“焔の眷族”として保証しよう」
呆けるキーアにダーナとローゼリアはもう余命の心配はないと断言する。
「……本当に?」
あまりに都合の良い話にキーアは思わず疑ってしまう。
「うむ……お主の霊質はナユタのそれに酷似しておるからの……
元々お主の治療もナユタを参考にして、大まかな準備はできておったから大した問題ではあるまい」
「ナユタ……その子がここにいるんだよね?」
クリスから話には聞いていたノーザンブリアで生まれた《幻》の子供。
同じ《幻の至宝》を基礎としている事を考えるとその子とは姉妹の関係になるかもしれないが、それを喜ぶことは出来ない。
「そうじゃが……会うか?」
「ううん……キーアにはその資格はないから」
ナユタからリィンを奪った負い目を感じてキーアは首を横に振って話を戻す。
「でも、どうしてキーアの体は治ったの?」
突然、短命の寿命が解消された事が理解できずキーアは戸惑う。
「それはやっぱりあれじゃないかな?」
「うむ、間違いなくこれのせいじゃな」
ダーナの言葉にローゼリアは頷き、テーブルの上に置いた小瓶を取る。
「“四大至宝”の力を対立させることなく調和させた霊薬……いや“超薬”とでも言うべきか……
こんなものを受けたら不治の病であろうと癒されるじゃろうに」
「あ…………」
帝都の呪いを一気に洗い流した“恵みの雨”。
彼に自分がした事を思えば、その恩恵を受ける事などないと思い込んでいたキーアは複雑な顔をして俯く。
「とまあお主はこれ以上ヴァリマールに乗る理由はなくなったわけなのじゃが、悪い知らせの方じゃがお主は“零の至宝”として完成したようじゃ」
「“零の至宝”……完成?」
ローゼリアの言葉の意味が分からずキーアは再び首を傾げる。
「うむ……ルフィナから提供された資料によればお主はどうやら《幻》に代わる“神”を造るための試作品に過ぎなかったようなのじゃ……
“グノーシス”を受け入れ、七耀の力を無理矢理注ぎ込む。その程度で《至宝》に到達できるのか、できたとして安定するのか……
今後の指標となる使い捨ての検体、後世に残すための生きた資料……クロイス家にとってお主はその程度の認識に過ぎなかったのじゃ」
「…………うん、それは分かってた……」
そもそも“零の至宝”の錬成には失敗するリスクもあった。
むしろ成功する確率の方が低かった。
それを可能としたのは成功した未来のキーアが“因果”に干渉して失敗した未来を改変、もしくは集束させたからに他ならない。
「寿命の問題も至宝化の実験には大した問題ではなかったのじゃろう……
成功すれば人の《理》から外れた存在となること、膨大な七耀の奔流にどのような後遺症が現れるかも観測し切れておらんようだったからのう」
「クロイス家にとってもそこから先は未知の領域みたいだったから仕方ないよ」
他の者達はともかく、マリアベルは全てを把握した上でキーアが消滅する様を含めて観察していたのではないかと今では考えられる。
「でもそれが悪い事?」
「お主にとってはそうであろう?
お主は既存の至宝とは異なり、外部から注ぎ込まれた“力”を消費する形で成り立つ……外で言うならじゅーでん式の“至宝”なのじゃ」
「あ……」
キーアはローゼリアが言わんとしていることを理解する。
「そっか……キーアはクロスベルであればもう一度……ううん、何度でも“零の至宝”になれるんだね」
以前ルーファスが危惧した問題。
キーアが“零の至宝”としての力を取り戻せると言う事は、クロスベルに帰れないという事に他ならない。
する、しないの問題ではない。
それができる可能性がある限り、帝国も他の国々もキーアが再びクロスベルの地に踏み入ることは許さないだろう。
「……でも悪い事だけじゃないよね?」
「ふむ……」
「だってキーアがもう一度“零の至宝”になればあの“狭間の世界”への扉を開くことができるかもしれない……そうすればリィンも」
クロスベルにはいられない理由ができた一方で、リィンを救うための手立てがあることにキーアは喜ぶ。
だが、その言葉にローゼリアもダーナも同調することはなかった。
「キーアちゃん」
「だってリィンだもん……きっと……」
「その気持ちは良く分かる」
希望的観測に縋ろうとするキーアにローゼリアは頷く。しかし現実を突き付ける。
「だが、回収できたとしても《魂》がなくなった空っぽの体だけだろう」
「っ……でも!」
「あやつが使ったのはそういう術なのだ……
太刀と宝石を交信させて何度か分け身をこちら側に送り込んでおったようじゃが、現出していられる時間も力も著しく制限されていたそうじゃ……
故に体から《魂》を切り離して分け身に移し替えて、“力”を振るった……
その代償は妾達にも想像することはできんのじゃ」
「そんな事を……」
改めてリィンが背負ったリスクを知らされてキーアは項垂れる。
もっと力があれば。
もっとうまく立ち回れていれば。
そもそもクロイス家の甘言に惑わされていなければ。
リィンが背負った代償は本来なら自分が背負うべきものだったはずだとキーアは自分を責める。
「でもリィン君の体を回収しておくのは悪いことじゃないかな?」
「それは……まあ放置しておくわけにはいかんが」
ダーナの提案にローゼリアは眉を顰めながらも同意する。
「しかし今のクロスベルの状況で“至宝”の充填を行えば、お主は一生平穏とは程遠い生き方をすることになるのじゃぞ」
「それは……」
ローゼリアの指摘にキーアは言葉を詰まらせる。
今はまだヴァリマールに乗っているのも、太刀をリィンから模倣していることも言い訳ができる。
だがもう一度“零の至宝”になれば、アリオスを攫ったディーター大統領派の元国防軍がもう一度クロスベルを独立させるためにキーアを利用しようとすることになるだろう。
「それにお主はこのままヴァリマールから降りることもできるのだぞ?」
「え……あ……そっか、キーアの体が治ったならヴァリマールとの契約は切っても大丈夫なんだ……」
短命が解消され、帝国の内戦が終わった今キーアがヴァリマールに乗り続ける理由はもはやない。
「“零の至宝”に関しても、妾とダーナでギアスを作り妾達の承認がなければ再錬成することはできないようにすることもできる」
「うん、キーアちゃんが望むならもう戦わなくても良いんだよ」
幼子のキーアをこれ以上戦わなくて良いのだとローゼリアとダーナは諭す。
「キーアは……」
「償うと言う点でもお主は内戦で十分に働き償った……
後の償いはクロスベルの民が背負うべきもの。全てをお主が背負う必要などないのじゃ」
クロスベルが犯した罪は確かにキーアがいたからこそ起きた蛮行かもしれない。
だがそうすることを決めたのはディーター・クロイスであり、民衆はそれを支持した。
そう言われてしまえば、そうかもしれないとキーアは頷く。
「…………でも……」
窓の外のヴァリマールにキーアは振り返る。
本来なら自分を乗せる事などしないだろう気高い《騎神》はこの内戦中、どれだけキーアが下手を打っても見捨てず守り続けて共に戦ってくれた。
本来の起動者を差し置いて言うのも烏滸がましいかもしれないが愛着ができてしまった。
「もし……キーアが降りるって言ったら、ヴァリマールには誰が乗るの?」
「まだ決まってはおらん……だが《Ⅶ組》の誰かになるかもしれぬな」
キーアの質問にローゼリアは考える。
今回の内戦は自分が知る限りで最も激しい騎神の戦いだった。
果たして《Ⅶ組》の中にクリス達の戦いに至れるだけの実力の持ち主がいるか疑問である。
「とりあえず今すぐ決めろとは言わん……
お主の体も先程はもう大丈夫だと診断したが、後数日は経過を観察させてもらいたいからの」
「うん……よろしくお願いします」
キーアはローゼリアの申し出に御礼を言って頭を下げる。
「キーアのこれから……どうすれば良いんだろう?」
その呟きに教えてくれる“未来”の声はなかった。
*
七耀暦1205年3月――
帝国領クロスベル州東端アルモニカ村近郊――
「ケン……ナナ……どこ……?」
一人の少女が荒れ果てた荒野で血を滴らせながら彷徨い歩いていた。
「ケン……ナナ……」
足を引き吊りながら少女は横転したバスから離れるように周囲を探す。
自分と一緒に窓の外に吹き飛ばされた双子の弟妹の姿を探し求める。
「たすけ――」
バスの中から誰かの声が聞こえてくるが、それは少女が求めるものではないと無意識の内に無視する。
「二人とも……返事をして……」
少女は何故、アルモニカ村に避難しようなどという提案に従ってしまったのか後悔する。
今現在、クロスベルを占領した帝国軍と経済恐慌を脱して攻めて来た共和国との戦争が始まっている。
帝国はクロスベルを戦場にしたくないこともあり、前線をタングラム丘陵に敷いていた。
だがアルモニカ村はそのタングラム丘陵の北側にあり、戦域が広がれば真っ先に巻き込まれるだろう場所に位置している。
弟妹達の安全のため、逃がすのならば帝国側にするべきだった。
その選択の過ちが、共和国の空挺部隊による長距離爆撃機による流れ弾が街道に降り注ぎ、少女たちが乗っていた導力バスは直撃こそしなかったもののその衝撃に横転した。
それは共和国が攻撃範囲を広げることで強力な《神機》の行動を制限するための戦術であったことを少女は知らない。
「どうして……こんなことに……」
昔、家族でピクニックに来たことがあった光景は爆撃の炎によって見る影もなくなっていた。
「誰か……」
少女の声に応えてくれる者はいない。
「どうして?」
何故、帝国と共和国の戦争にクロスベルが巻き込まれなければいけないのか。
一度は西ゼムリア大陸の覇権を得る寸前まで行ったはずなのに、誰もが夢と希望を抱ける未来がそこにあったはずなのに。
気付けばクロスベルは帝国に敗戦していた。
クロスベルの独立を認めない帝国と共和国が悪いのか。
クロスベルを裏切った《零の御子》という存在が悪いのか。
「どうして……?」
ディーター大統領が逮捕されなければこんなことにはならなかったのではないか。
そんな考えが脳裏に浮かぶ。
ディーター大統領が逮捕されなければ、クロスベルは圧倒的な力を持って今も帝国と共和国を難なく撃退することができたのではなかったのか。
それに……
「どうして……助けてくれないの……?」
こんなに苦しいのにクロスベルの“英雄”は現れてくれない。
“遊撃士”も“特務支援課”も駆けつけてくれる気配はない。
「どうして……どうして……」
黒い瘴気を纏った少女は目の前に倒れている弟妹を素通りして、誰かを探すように彷徨い歩き――風が吹く。
「あ……」
見上げた空から降りて来るのは《金》。
少女を救ったのはクロスベルの英雄ではなく、帝国の英雄だった。
ユウナには「怒れる瞳」が似合うのではないかと考えていたりします。
そもそもアルモニカ村に避難したとありましたが、共和国との戦線に近いアルモニカ村への避難はどうなんでしょうね?
そしておそらくユウナは知らなかったのだと思いますが、その避難の裏でロイド達が行っていたのは黒月と手を結んでのジオフロント攻略していたんですよね。
まあ閃Ⅱの時のロイドとユウナが助けられた時期はズレがあったみたいですが。
閃のアニメのPVで、リィンが共和国を一人で撃退したことになっているんですね。
原作だとヴァリマールの使い勝手の悪さから、帝国軍を率いて先頭に立っていたくらいの印象でしたが誇張されているのかな?
それは良いけど、帝国正規軍に目立った戦果を挙げたわけでもなく、カレイジャスに追い払われた《蒼の騎士》のクロウはいったい……