最初は町の末端を狙うように無数の爆弾が降り注ぐ。
更には遠くから放たれた導力砲の野太い光線が風車小屋を粉砕し、火の付いた残骸が町に、周囲の田園に降り注ぐ。
更には周囲の家屋が突然爆発し、貴族の処刑を見るために集まった市民たちは次の瞬間、悲鳴を上げて一斉に逃げ出した。
「っ――」
「うわっ」
間一髪という所でクリスとシャーリィは壇上に上がり、大市の出口へと殺到する人の波の流れから逃れる。
「こ、これは……」
「帝国解放戦線《S》……」
空を舞う見覚えのある真紅の機体にクリスは躊躇わず空に手を掲げて叫ぶ。
「来い――緋の騎神《テスタ=ロッサ》!」
クリスは光に包まれ――何も起きなかった。
「来ないね」
「…………ぅ~」
掲げた腕を所在なさげに下ろしてクリスは頭を抱える。
シャーリィの言葉通り、《緋》が呼び出しを無視したわけではない。
『応っ!』と了解の返事は念話越しに聞こえている。
しかし《緋》は何を思ったのか、この一刻を争う状況で転移ではなく飛翔でクリスの呼び出しに応えた。
「ヴァリマールならできたのに! ヴァリマールならできたのに!」
「落ち着きなさい!」
地団太を踏むクリスにセリーヌが諫める言葉を投げかけ、翠のティルフィングに抱えられたアルフィンとセリーヌが壇上に降ろされる。
「ガイウス!」
『南から機甲兵の大部隊が迫っている。空の敵は俺が相手をするからみんなはそちらを頼む』
ガイウスはそれだけ告げて蒼い空を悠々と飛んでいる真紅の神機に向かって飛び立った。
「セドリック……あの……」
「セドリック殿下! アルフィン殿下!」
アルフィンの言葉を遮ってナイトハルトが二人に駆け寄る。
「御二人はこの場で待機してください。君達も、今は下の広場に降りるのは危険だ。だから――」
拘束されていた貴族生徒達の縄を切るように指示を出しながらナイトハルトは大市の唯一の出口に殺到する民衆に顔をしかめる。
「っ――二人俺について来い! 仮設店舗を破壊して出口を増やす――」
「その必要はない」
「なっ!?」
ナイトハルトの言葉を遮るように銃声が鳴り響く。
「うわっ!?」
「ぐおっ!?」
壇上にいた軍人たちは次々に凶弾に倒れ、ナイトハルトは咄嗟に身を翻してその弾丸から逃れることに成功する。
しかし――
「むんっ!」
マシンガントレットの一撃が彼を捉え、ナイトハルトは人がすし詰め状態の大市の出口へと吹き飛ばされた。
「ナイトハルト教官!!」
瞬く間に人の波の中に呑み込まれたナイトハルトにクリスは飛び出そうとして――
「おっと動くなよボン。お前さんたちも今日の目的じゃないとはいえ、保護対象ってことになっとるからなあ」
「迎えが来るまで大人しくしてもらおうか」
胸に蒼い鷲の紋章をつけた黒いジャケットを纏った二人――レオニダスとゼノがそこにいた。
「西風の《罠使い》と《破壊獣》……シャーリィの鼻を誤魔化すなんてやってくれるじゃない」
「そういうお前は星座の《人喰い虎》……話には聞いていたがまさか本当にフィーのクラスメイトになっていたとはな」
「うちのフィーに変なこと、教えてないやろな?」
ゼノとレオニダスは貴族生徒達を守るように背にしてシャーリィを威圧する。
「はっ……何を言い出すかと思えば、捨てたくせにまだ保護者気取り? ねえ、なんか言ってやったら?」
常人では震えて動けなくなりそうな殺気を叩きつけられながらシャーリィは嘲笑を返して、あらぬ方向に呼び掛ける。
「うん、ウザいかな」
次の瞬間、空中を疾走して加速した少女が弾丸を思わせる速度で飛来し、レオニダスのマシンガントレットに着弾した。
「むうっ!」
彼女の小さな体躯から繰り出されたとは思えない程に重い衝撃にレオニダスは唸る。
妖精は受け止められた蹴撃から、そこを足場に空中に跳び、何もない空間を蹴るように宙を舞ってシャーリィの隣に着地する。
「フィー……」
「お前……」
《赤い星座》のシャーリィと肩を並べて様になっている様子に二人は思わず目を見張る。
「ふふん……」
二人の渋面にシャーリィは鼻を鳴らして挑発する。
そのシャーリィの態度にやはり二人は顔をしかめ――すぐに取り繕う。
「悪いなぁフィー。できれば世間話でもしたかったとこやけど……」
「時間だ」
そういうゼノとレオニダスの言葉を合図をするようにケルディックの駅舎が爆ぜた。
「なっ!?」
「帝都から直送された機甲兵や。線路の封鎖は機甲兵で簡単に撤去できるし、先頭車両は爆弾にしとけば一石二鳥ってことや」
爆炎の中から立ち上がる機甲兵を見上げながらゼノが語る。
駅舎の爆発になんとか大市から逃げ出した民衆が巻き込まれ、新たな悲鳴が上がる。
「なっ――くそっ!」
「セドリック!?」
纏った光から抜け出して壇上から飛び降りたクリスにアルフィンは悲鳴のような声を上げる。
「何やってんのよ!?」
「ええ……ごめん、フィーここは任せた」
すぐさまその後にセリーヌとシャーリィが続く。
「ん、任された」
その場を任されたフィーは双銃剣を構え、ゼノとレオニダスと相対する。
その頭上を領邦軍の飛行艇が横切った。
*
「くそ……くそ……早く来てくれっ!」
まだ到着しない《緋》に苛立ちを感じながらクリスは走る。
未だに人がごった返す大市の出入り口。
抜けた先の広場の先の駅舎は燃え上がり、その中から現れた機甲兵が逃げ場を失い立ち尽くす民衆に向かって巨大なライフルを向ける。
「やめろおおおおっ!」
クリスの叫びは空しく響き渡り、密集地帯に撃ち込まれた砲弾が爆ぜ、人がまとめてゴミのように吹き飛ぶ。
「あ……ああ……」
爆風から顔を腕で守りながらクリスは一瞬で様変わりした駅前の広場に言葉を失う。
「何で……何で……」
貴族連合の機甲兵は煉獄の様な光景に躊躇いも戸惑いも感じず、持ち込んだ榴弾を見せつけるようにデタラメに町に向かって撃ち続ける。
一発撃つたびに悲鳴が上がり、家屋が焼かれる。
「早く……テスタ=ロッサ……誰か……助けて■■■さんっ!」
クリスの悲鳴は空しく木霊するだけだった。
「おじいちゃん……おきてよ、おじいちゃん……」
助けを求めるクリスの耳にその声が聞こえてきた。
煤に汚れたその子は倒れた祖父を必死に揺さぶっていた。
「っ――」
気付けばクリスは少女に向かって走っていた。
直後、二つの動きがあった。
機甲兵が少女がいる方向に榴弾を放つ、シャーリィが駆けるクリスの横から体当たりをしてその場に伏せる。
一瞬遅れて、爆風が二人の頭上で吹き荒れる。
そして顔を上げた時にはもうそこに少女はいなかった。
「…………シャーリィなんで邪魔を――」
自分の上にのしかかるシャーリィに文句を言おうとしたクリスは眼前の彼女の顔に息を呑む。
「ったく、手間を掛けさせないでよね……っ――」
短い文句を口にしてシャーリィは気を失ってしまう。
「シャーリィ……?」
身体に回した手にぬるりとした感触を感じてクリスは息を呑む。
「僕は……僕は……」
立ち上がることを忘れ、クリスは軽はずみな行動に後悔する。
そこへクリスの目の前に、ようやく緋の騎神《テスタ=ロッサ》が辿り着く。
「…………何で……今更……」
遅すぎる“騎神”、現れない“英雄”。
クリスはただ呆然とそれを見上げる。
傷だらけの体。半分だけの翼。
彼は自身が出せる最高の早さでこの場に駆け付けてくれたのはクリスにも分かっている。
だけどそれでもあとほんの少しだけ早く来てくれていれば、あの名も知らない少女を助けられたのではないかと考えてしまう。
――汝、力を求めるか――
そんな声がクリスの脳裏に声が響く。
――力を求めるのなら――
鋼鉄のように重々しくも、どこか懐かしい“呼び声”。
――くれてやろう――
その声に応えたクリスの髪は白髪に染まろうとするが――代わりに彼の緋色の魔剣が漆黒へと染まった。
*
暴徒と化したケルディックの民衆から罪のない貴族の子女を救い出す。
その名目で行われた強襲作戦は順調に進んでいた。
その襲撃に備えていた第四機甲師団は善戦するも、戦車ではどうしようもない高高度から爆撃して来る神機と町の内部に侵入された機甲兵にまで手は及ばなかった。
貴族連合は一連の民衆や第四機甲師団の愚行の見せしめと言わんばかりにケルディックに破壊をもたらす。
そうして散って行った多くの“命”を呑み込み――《魔王》は蘇る。
プロジェクト・テスタ=ロッサ始動?
テスタ=ロッサの強化。
《魔獣化》と軌跡世界で書くとしょぼく聞こえますが、図らずも以前にオルディーネの強化案の一つだった《魂喰い》による強化になります。
散った“命”を糧に機体は完全修復。
その上でクリスは《贄》となり、安全装置ありの《鬼の力》を得ることになりました。
どこまで強化されるかは未定です。