途中で珠姫さんが加わった私達五人は校内の野球場にやってきた。
入学式にグラブを持ってきている訳もなく、私達は体育倉庫にしまわれていたグラブをお借りしている。
野球部の練習は行われていなかったが、綺麗に整備されたフェアグラウンドに入ることは気が引け、グラウンドの端っこでキャッチボールをしていた。
私は芳乃ちゃんと息吹ちゃんを相手に交互にボールを投げる。二人は初心者なので距離はほとんど捕っていない。
「グラウンド来てみたけど、誰もいないね」
「停部期間は終わってるはずだけど……廃部になっちゃうのかな?」
息吹ちゃんの言葉に芳乃ちゃんは悲しそうにそう返した。
「これだけ綺麗にしといて廃部ってことはないと思うけど……」
グラウンドを軽く見渡しても丁寧に整備されていることが見て取れる。しかも、最後に整備されてからそう経っていないんじゃないかな?
「そう言えば、陽美ちゃんとどこかで会った事あるかな?」
ふと芳乃ちゃんがそんな事を聞いてきた。
「どうだろう?夏休みとかこっちに来てたから、もしかしたら会った事あるかもね」
と、三人で話している間にも横からは皮の乾いた耳当たりの良い音が聞こえていた。
「タマちゃんってキャッチャーだったんだね」
「ヨミちゃんはピッチャーなんだね」
話しながらもヨミちゃんはどんどんギアを上げていく。
「やっぱり経験者のプレーはキャッチボールだけでもかっこいいね」
芳乃は二人の姿に目を奪われていた。
「そうね。陽美は良かったの?向こうに混ざらなくて」
息吹も経験者二人のキャッチボールを見て私にそう尋ねる。
「二人の再開の儀式だしね。邪魔しちゃ悪いよ。それに私は二人と違ってコントロール激ヤバだから。息吹ちゃんと芳乃ちゃんの前でカッコ悪いとこ見せられないよ」
それにしても、詠深ちゃんと珠姫さん凄くコントロール良いな。一球も胸の真ん中からボールが逸れてない。
「どお?私の直球は!」
ヨミちゃんは投げながら珠姫さんに感想を聞いた
「普通かな」
珠姫さんはヨミちゃんの感想に答えてボールを返した。
「あはは……厳しいねぇタマちゃんは」
でも一回戦で負ける様な球じゃないと思う。ひょっとして変化球を投げられないとか?
「投球練習してみる?」
「うん!」
珠姫さんの提案でヨミちゃんの投球練習が始まった。
「よーし、じゃあ打席で見てあげるわ」
「じゃあ私は審判ね」
息吹ちゃんはバットを持って右打席に、芳乃ちゃんは珠姫さんの後ろに立つ。
「良いけどヘルメット被ってね。あと後ろ危ないよ」
審判の位置からだと逸れたボールが直前でキャッチャーの陰に隠れるので、そういった球をパスボールしてしまった場合、審判は避けきれない事がしばしば起こるのだ。
「公式戦パスボール ゼロ。信頼してるよ」
パスボール ゼロ!?何それ凄い!珠姫さんだったらもしかして……って、私はもう野球辞めたんだった。セレクションに来た人達だって誰も……。
思い出されるのはとある名門校のセレクションでの事。
『あんたはストライクに投げる事も出来ないのっ!!?』
『ちゃんと捕れる所に投げてよ!!』
「投げていいの?……捕れるの?」
「投げられるの?
考え事してる間に話は進んでいたみたい。
「……似たような球なら」
「投げて!きっと捕るから!」
あれ、何だか二人の空気が変わった?
「いくよ」
「こい」
ヨミちゃんは左足を後ろに引きながら両腕を振り被った。ワインドアップのモーションだ。ヨミちゃんの放った渾身の一球は······息吹ちゃんの頭に向かって真っ直ぐ跳んで行く。
「危ないっ!!!」
私は思わず息吹ちゃんに叫んだ。息吹ちゃんは体を反らせようとするが間に合わない。
頭に直撃すると思った直後、ボールは大きく軌道を変え、ストライクゾーン外角低めを通過して珠姫さんのミットに収まった。
え······!?
私の体に雷撃が駆け抜ける。私が驚いたのはヨミちゃんのカーブ……ではなく、初見であの球を捕った珠姫さんだ。
ヨミちゃんは立て続けにカーブを投じるが、珠姫さんは例えショートバウンドしようとも白球をミットからこぼす事は無かった。
ヨミちゃんがラスト一球と言った球まで全て捕ってみせた。
どうしよう……ドキドキが止まらない。もう自分を抑えられそうもない。
「ねえ珠姫さん……私の球も受けてくれないかな?」
「南さん?別に良いけど」
珠姫さんは私の変化に戸惑いながらも私のお願いを了承してくれた。
ヨミちゃんに場所を変わってもらい、私は土を慣らす。
懐かしいなぁ、この感覚……。
しゃがんだ珠姫さんを見ると中学時代に組んでいたキャッチャーを思い出した。
ふふっ。身体のサイズほどんど同じだ。何だかあの頃に戻ったみたい。
「芳乃ちゃん、ちょっと離れてて」
もし珠姫さんが捕れなかったら危ないからね。
「え、うん……」
何か言いたそうだったけど、芳乃ちゃんは私のお願いを聞いてくれた。
うん••••••ようやく二人に私のカッコ良いとこ見せられそう。
セットポジションから左足を軽く上げ、前へ踏み込みながら腕を真上から振り下ろした。
空気を割く音と共に駆ける白球は重力に引きずられること無く浮き上がり、珠姫さんに迫る。
「……っ!」
珠姫さんのミットはけたたましい音と立てながら後方へもっていかれるも、その中にはしっかりと白球が収まっていた。
うん、久し振りだけど悪くない。
「珠姫さん、ボールちょうだい」
「う、うん」
ふふっ、みんなビックリしてる。あ、でも息吹ちゃんはちょっと引いてるみたい。
二球目、三球目と投げていく。さて、肩慣らしはおしまい。
「それじゃあ本気でいくね!」
「え!?」
私の言葉に珠姫さんは更に驚きを見せるが、私はセットポジションをとる。珠姫さんも表情を引き攣らせながらもミットを構えた。
左膝を臍の高さにまで上げてタメを作り、大きく踏み込んで渾身の直球を投げ込む。さっきよりも数段威力の上がった直球を、珠姫さんはしっかりと受け止めてくれた。
捕った!!
「あ……ああ……思い出した。南 陽美選手……!?三年前の選手権大会で失点0の上、大会連続奪三振記録を大きく更新したリリーバー。剛速球とナックルフォークで並みいる打者を寄せ付けなかった大会屈指の好投手。あれから一切噂を聞かなかったから忘れてたよ……」
芳乃ちゃんは私の事知ってたんだ。さっき珠姫さんと出会った時みたいになってる。
私はコントロール悪いからボールがあちこちに散らばっちゃうけど、その全てを珠姫さんは捕ってくれた。額に汗を浮かべながらも不適に笑っている。
「それじゃあ最後にナックルフォークお願い」
「うん、来い!」
ボールを示指と中指で挟んで回転が掛からない様にボールを放つ。ボールは私の手を離れると左右に不規則に揺れながら珠姫さんに向かって進み、直前で下に沈んだ。
珠姫さんのミットから乾いた音がグラウンドに響く。
「……ありがとう、珠姫さん」
「うん。こんな凄いストレート受けるの初めてだよ……って南さん!?どうしたの?」
「ううん、大丈夫。大丈夫だけど······」
私の頬に涙が伝わっていた。ああ……やっぱり野球は楽しいな。
みんなが私の元に駆け寄って、一様に心配そうに私の顔を覗き込む。
「私、野球やりたいよ······。本当は辞めたくなんかなかったのに。何で簡単に諦めちゃったのかな?」
溢れる涙が止まらない。今まで必死に野球から目を逸らせてきたのに、もうそんなこと出来ないよ……。
「もう野球しないの?」
「ふぇ?」
珠姫さんの言葉に私は疑問符を浮かべた。
「ヨミちゃんも南さんも、気持ちの入った良い球だったよ」
「そうだよ!三人とも良いバッテリーになれるよ。やろやろ!」
珠姫さんの言葉に芳乃ちゃんが賛同する。
「でもここの野球部って……」
ヨミちゃんが言う通り、いくらしっかり整備されているとはいえ誰一人として姿を見せないグラウンドを見ると最悪の事も考えてしまう。
「私達はマネージャーするよ!四人も入ればとりあえず廃部にはならないし」
「えー私も?」
「息吹ちゃんは選手の方が良かった?いいけど」
「そういう意味じゃなくて!」
芳乃ちゃんと息吹ちゃんは姉妹掛け合いを繰り広げていると······
「息吹ちゃん芳乃ちゃんが見てくれて、晴美ちゃんが一緒に投げてくれて、タマちゃんが受けてくれるならやりたい」
ヨミちゃんは心にしまい込んだ声を引っ張り上げた。
「……いいよ」
珠姫さんが照れながら答えると、ヨミちゃんは声を上げて泣き出した。野球場で五人いる中の二人が泣いてるこの光景は傍から見るとどう映るのだろう。
「陽美ちゃんは?」
芳乃ちゃんが私の手を取って聞いてきた。
「······
ちゃんと言葉になっていないと思う。それでも、芳乃ちゃんは私の言いたいことを理解してくれた。
「うん、やろう!」
芳乃ちゃんは最高の笑顔で頷いてくれる。
「うぁぁああああん······」
私もヨミちゃんみたいに声を堪えきれなくなっちゃった。結局カッコ悪い所を見せちゃったなと後から思った。でも桜さん。高校生活、最高のスタートがきれました。
ここまでが『憧れの背中を追って』のエピローグとして使う予定だった部分です。
ここから先はまだ一切書いていないので、連続更新はここまでです。