稜ちゃんと菫ちゃんが芳乃ちゃんのノックを受けている中、遅れてきた私と詠深ちゃん、珠姫ちゃんの三人は準備体操をしていた。息吹ちゃんもファーストに入っているけど、川口姉妹は急に動いて大丈夫かな?
「先輩が来たっぽいよ」
体が解れた私達も練習を始めようとグラブを嵌めると、詠深ちゃんが私達の練習を眺めている制服姿の二人組の存在に気付いた。恐らく野球部に残った先輩二人だろう。みんなで二人の元へ走って行き、全員で挨拶をする。
「こんにちは。二年生の藤原 理沙です」
「岡田 怜……です」
先輩たちの自己紹介を聞いた詠深ちゃんが早速、二人を練習に誘おうと岡田先輩の手を取ったが、その手は岡田先輩によって振り払われた。
「えっ……?」
あまりに予想外の事態に詠深ちゃんは戸惑いの声を漏らす。
「私達は別だから…………あなた達のお遊びに付き合うつもりは無いから」
私達から視線を逸らせた岡田先輩の口から出たのはそんな言葉だった。
「なにーっ!」
稜ちゃんは岡田先輩に飛び掛からんとばかりに怒りを露わにする。そんな稜ちゃんを珠姫ちゃんが抑えているが、更に後方に控える菫ちゃんも額に青筋を浮かべて前のめりになっていた。どどどっ、どうしよう······、野球部に武闘派が二人も入部してしまった!?
「ここの野球部って以前は結構強かったの」
殴り合いから今度こそ廃部へのビジョンが見えた所でもう一人の先輩、藤原先輩が口を開いた。藤原先輩はこの野球部で起きたことを話してくれた。ここ数年結果が出ず、練習やしごきに上下関係が厳しくなって、それがいきすぎた結末が暴力を含めた不祥事。問題は部内で収まらず、野球部は大概試合禁止と活動自粛に追い込まれてしまった······。そして部に残ったのは藤原先輩と岡田先輩のみ。
「先輩達は何で残ったんですか?」
そう聞いたのは藤田さん。
私達に付き合うつもりはないと言いながらも不祥事が起こった野球部にたった二人で残り続けて、しかもグラウンドだって小石一つ無いくらい整備されてる。備品の手入れだって完璧だった。この状況は私から見ても岡田先輩の言動と一致しない。
「新入生が入るまで廃部にならないように籍だけは残しておいたんだ。最後に役に立って良かったよ」
先輩達は停部中にお世話になったクラブチームで野球を続けるつもりらしい。
「今後は新入生で新しい野球部を作れば良いよ」
岡田先輩がそう言い残して二人はネットを潜ろうとした。
「先輩!」
だけど、詠深ちゃんが去ろうとする先輩二人を呼び止める。
「私の球打ってみせんか?」
人懐っこい笑顔でそう提案する詠深に岡田先輩は意外そうに振り返った。
「部存続のお礼の意味も込めて······あ、でも真剣勝負ですよ」
「······分かった。そういうことなら」
そう答えた岡田先輩はどことなく嬉しそうだった。
「あ、あの······二人共もし珠姫ちゃんが止めなかったらそのまま殴りかかってたとか······?停部明けなのでそういう事は······」
怜と理沙が着替えに行っている間に菫と稜の事を武闘派だと思い込んでいる陽美はあわあわしながら二人を嗜める。そんな陽美がおかしかったのか、菫は苦笑いを浮かべた。
「流石にそこまでしないわ。ムカついたのは事実だけど」
最後の方はムスッとしながら菫が答える。その答えを聞いた陽美はひとまず胸を撫で下ろした。
「むしろ南は何とも思わなかったのかよ?」
理沙の話を聞いて理解はするが納得しきれていない稜 が反論する。
「······外では好きに言わせときなよ。グラウンドで黙らせれば良いんだから」
「「「······っ」」」
一瞬だけ陽美の纏う空気が変化した事に息を飲む三人。特に陽美の実績を知っている息吹は、普段のアホっぽい姿とは裏腹に全国区の舞台で戦った強者である事を実感した。
しかし、それはすぐ四散し幻覚であったかの様に消えていった。
「昔の先輩の受け売りだけどね」
陽美は最後に寂しそうに笑いながらそう付け加えるとレフトへ歩いていった。
国試が終わったので活動を再開しますが、資格取得に伴い職場が変わったのと、もう一つの作品を書き直しているので更新はゆっくり行います。