異世界から呼ばれて魔王に進化した勇者です 作:八葉と黒神の剣聖
「うし。準備はこんなものか」
鏡の前に立ち身だしなみを確認する。右腰に刀を、後ろ腰には銃を差して此で準備万端だ。これから先日現れた盗賊団の拠点と思わしき廃城に向かう予定だ。シンの調べではここから南に30キロ程の地点にあり、周辺の街や村に被害を与え、若い女子供や男性を誘拐しているらしい。このまま放置するわけにはいかないので俺ともう1人……ホノカにも頼もうと思っている。
「よし行くか。久し振りに暴れるぞ」
気合いを入れて部屋を出る。途中で仕事部屋に寄り作業中のゼノアに一言声をかけてからユニと合流。二人で屋敷を出ると、屋敷の扉の前でホノカが身支度を済ませて待っていた。
「おはようございますフレアさん。今から盗賊団のアジトに向かうんですか?」
「うん。どうして知ってるの?」
「えっと……昨晩聞いたんです。なので待ってました」
「そっか(一晩寝て忘れていると思ったけど)」
忘れずに待っているとは出来た妹だ。捜す手間が省けた。さてと、ホノカがどれほどの実力かは分からないが、一先ず背中を任せてみるとよう。
「んじゃ行こうか。結構歩くけど大丈夫?」
「はい。基本歩きですから」
「そうか。なら話ながら行こう。ユニも良いか?」
「いいよ」
ユニが頭に座ってから移動開始。道中でホノカがこの世界に来た時の事を聞いてみる。あまり聞かない方が良いとも思ったが、ホノカは普通に話し始める。
「私がこの世界に来て最初に出会ったのはラミリス様です。彼女の迷宮の前にいつの間にか居たんです。丁度弓の鍛錬をしている時で。その時に『射手者』を会得しました」
「そっか。ラミリスの所か。運がいいね」
「えぇ。ですが……あの人は会うなりいきなり私の事を兄の名で呼んだんです」
「そ、そうか……(まぁ妹の姿借りてあってたらそうだよな……)」
うん。昨日は軽くラミリスを〆たがアイツは悪くない。今回ばかりは俺の自業自得だろう。しかしラミリスの所か。中々運がいいじゃないか。
「で。ホムラがここに居るって知ったんだ」
「はい。正直半信半疑でしたけど、一年前にミリムさんと会って詳しい話を聞いたんです。都の場所と一緒に」
「ミリムにね。大変だったでしょ?」
「とても大変でした。毎日組手してましたから」
(うわぁ……想像したくねぇ……)
ミリムの事だ。ニコニコ笑いながら楽しんでいただろう。しかも毎日か。きっとホノカの強さも底上げされた事だろう。近い内にミリムの所に顔を出そう。
「おっと。近くまで来たね。あの森の奥だ」
「そろそろ見張りも居るだろうから注意だ」
「了解です。索敵は任せてください」
周囲を警戒しながら森に入る。この先に廃城があり、その近くに地下に繋がる井戸があるはずだ。そこから地下に向かい地下から城に潜入。その前に誘拐された人を救出する。
「あの。どうして盗賊団は人を誘拐したのですか?若い男性ならともかく女子供まで」
「簡単だ。男は労働、女子供は高値で売る。もしかしたら女は欲求満たすだけの道具にされてるかもな」
「そんな……そんなことをする人がこの世界にもいるなんて」
「普通にいるよ。しかもこの辺りは地下に広い空間があって魔素に満ち溢れてる。かなり純度の高い魔鉱石が採れるから尚の事。密かに私達も狙ってたからね。盗賊団はどうするの?」
「……状態による」
それだけを言って森を進むが思ったよりも暗く視界が悪い。茂みもかなり深いし罠の類が何処にあるか分からんが、俺の『心天眼』とユニの『領域展開』による『空間把握』で罠の位置は看破される。勿論見回りもだ。
「ーッと。見回りだな」
「ん。隠れよう」
茂みに隠れて身を沈め、少し様子を伺っていると2人の男が目の前を通り過ぎる。その2人の整った装備と先日の3人の装備を見比べて、少し……いや結構違和感な感じ取る。勇者だった頃も何度か盗賊団を潰したが、共通して装備は整っていなかった。にも関わらず彼等の物は整っている。裏に何かいるのだろうか。
「……少し待っていてくれ」
「え?もしかして……」
「了解」
気配を消して音を極限まで消し2人の後を付け、間合いに入った瞬間に刀を抜き2人の精神を斬る。2人は何をされたか理解することなくゆっくりと倒れ、彼等が持っていた剣を拝借してユニ達の所に戻る。
「頼むユニ」
「任された。直ぐに終わらせる」
剣に手をかざし解析鑑定を始めるユニ。10秒ほどで解析鑑定は終了。ユニの口から出た言葉は、俺の予想通りだった。
「これ。うちの鍛冶職人が制作した物。横流しは絶対にあり得ないからもしかすると……」
「国交を結んでいる小国に輸出した物を奪ったか。これで首領の正体を絞れるな」
「うん。多分アイツだろうね」
「アイツ……ですか?」
「あぁ。50年前の戦争で捕らえた異世界人が居てな。ルミナス姫を我が物にしようとした愚か者で、いつの間にか逃げてたんだ。多分そいつ。取り合えず急ごう」
周囲を警戒しながら進み森を抜ける。最初に視界に映ったのは廃れた廃城。廃城の門の前には門番が2人。正面から突破すれば気付かれるのは確実。なので廃城から離れた井戸に向かう。中を覗くと廃城に続く地下道があったので中に降りる。
「よっと。うわ。何だこの匂い」
「凄い血生臭いんだけど」
「酷いですね」
それはもう凄い匂いだ。その匂いは廃城方面から強くする。これはかなり覚悟を決めて進まないといけないな。勇者時代に何度の経験したがこれはあの時以上だ。
「魔物はいないみたいだから巡回する盗賊達に気を付けよう」
「了解しました」
「索敵は任せて」
地下道を進み始める。匂いがどんどん強くなるが次第に慣れてくる。慣れって怖いと思っていると、3方向の分かれ道の前に来る。正面と左右。位置的に右が城の地下で正面はその先の空洞。左は……人の気配を感じる所を見ると牢屋か。
「城方面は後回しか。どうするホノカ?」
「私は左に。人質の保護は任せてください」
「了解だ。行くぞユニ」
「ん。気を付けてね」
一旦ホノカと別れて正面の道を進む。その途中でユニに周辺を詳しく調べて貰うと、ここは事前情報より強烈な魔素が満ちており、人にもかなり影響が出るだろうとのこと。これは早めにケリを付けないといけない。
「これだけ魔素が酷いとあの時を思い出すな」
「それってミリムの時?」
「違う。初めてルミナスにあった時……俺が幻獣と呼んでいる存在と会った時だ。種族の枠から外れた個体……とでもいうべきだろうか。街や国を軽く滅ぼせる存在だ」
「あー。そう言えばルミナスから聞いたかも。手も足も出なかったって」
それだけの魔獣が存在するはずがない。そう思う奴もいるだろうが俺達は実際に見て戦っている。あの時の狼幻獣……フェンリルとでもいうべき存在はとても強かった。なんせ魔法攻撃は効かないし、魔法を喰らって会得して強くなるし。しかもスキルではなく俺と同じ特性。加えて面倒な事に魔素を伴った攻撃もあまり通じない。夜だったら勝てなかっただろうな。
「そう言えば……アイツどうやって夜薔薇宮に現れたんだろうな。魂もどっかに行ってしまったし」
「え?いきなり現れたの?」
「あぁ。ルミナスの話だと予兆なくいきなり。不審な人物が居たわけでも…‥いや、妙な獣を連れた人間がいたみたいだけど、その時も魔素が充満してたらしい」
「うーん……今の状況と当てはまる箇所はあるけど、強い気配はないし……」
ユニの言う通り強い気配はないが、用心した方が良いと直感している。もしあのクラスが出て来たら厄介な事になりそうだ。出来る事なら捕縛したい所だが難しいだろう。最悪魂だけでも回収しなければ。
「おや?開けた場所に出たね。でもここは……」
「牢屋……いや飼育小屋か?しかし……」
飼育小屋らしき部屋は上に向かっている。頭上は暗く頂上が見えないが、城へと続いているのは確かだ。俺とユニは警戒しながら中に入ると、小屋の中は一面血の海で、その中央には見覚えのある転移台と古びた本があった。
「この本は……ちょっと読んでみようか」
「頼む」
本を空中に浮かせて開く。ゆっくりとページをめくりながら内容を確認していくユニ。いつになく真剣に呼んでいたユニだが、半分ほど読んだところで本を閉じた。
「この本は魔獣の育成日記。そして書いた人物はホムラの予想通りの人物だった」
「そうか。で、魔獣とは?」
「……ある魔法使いから3つの頭を持つ犬を引き取ったって。何でも『前回は失敗したけど今回は上手くいく。忌々しい太陽を消滅させれる』と。太陽は君、前回は失敗は……もしかすると」
成程。そう言う事か。ならここに居たのはあの時の狼と同等……あるいはそれ以上の化け物という事だ。こいつはかなり苦戦しそうだな。特性と体質、加えてスキルも特定しないといけないし。
「魔法使いに心当たりある?随分君に恨みがあるみたいだけど」
「うーん……思い当たる事があり過ぎるな」
「うん。聞いた私が馬鹿だった。ホノカと合流して上に行こう」
小屋から出て来た道を戻り分かれ道まで戻る。丁度ホノカも戻ってきて、人質が捕らえられていた牢屋を解放し、盗賊団は痛い目に合って貰ったとか。その後は自警団達に連絡している。事後処理も完璧だ。
「そちらはどうでした?」
「それは上に行って確かめよう。解析は頼むぞユニ」
「了解相棒」
刀に手を置いて城に繋がる道を進む。暫く進むと大きな扉が現れ、門番が2人いたがホノカが睡眠矢を放ち眠らせ扉を開ける。城の最下層なのか電気は付いておらず薄暗いし血の匂いがとても強く、気分が悪くなりそうだ。
「地下道より強い血の匂い」
「慣れてるからいいけど結構きつい。ちょっとごめんフレア」
「いいよ。フードに入れ」
フードの中に身を隠すユニ。最近はこういった場所に来ていなかったから仕方ないだろう。俺とホノカは周囲を索敵しながら周回している見張りをぶった斬り進むと、意外と早く玉座に繋がる扉の前に辿り着く。
「この先ですか」
「あぁ。中の様子を見てから……」
ーぎぁぁぁぁぁぁぁ!
「「!?」」
中から大きな悲鳴が聞こえてくる。俺は直ぐに扉を蹴り飛ばして突入。中に居たのは20メートルはある3つの頭を持つ黒い魔獣。そして一番最奥には、50年前に捕らえた異世界人でいつの間にか逃げていた男……テツトだった。
「あ?誰……っててめぇは」
「……やっぱりか。しかも」
黒い魔獣に眼が行く。纏っている魔素と中身、間違いなく生物の枠を外れた存在で、俺が幻獣と呼んでいるものだ。3つ首……ケルベロスって奴か。
「はっ。何かいるって思っていたがまさかお前とはな。丁度いい、そこの女と一緒にケルベロスのエサにしてくれる≪太陽の騎士≫」
「ケルベロス……名付きか。面倒だなコイツは……」
「クク。魔王ともあろう男がたかが魔獣に畏れるのか?」
「え……?魔王?」
「……」
面倒な事をバラしてくれたな。まぁいい。いずれは気付かれるから仕方ねぇ。今はあのケルベロスをどうにかしないといけない。テツトの相手はホノカに頼もう。俺の妹ならあの程度抑えられるだろう。
「ホノカ。あの男を捕らえてくれ。やれるな?」
「は、はい。(さっきの言葉……もしかして……)」
「んじゃ頼むぞ」
ケルベロスの前に立つ。野郎は俺に気付き振り返ると強烈な魔素が襲ってくる。日記に記されていた言葉……今回は失敗しないと断言していたのは冗談ではなさそうだ。
「ユニ。特性と体質の解析を急いでくれ。何が通じるかは俺の方でやる」
「任された。君の記憶の狼と合わせながら解析を進める。『焔天乃王』の力は抑えめに」
「……分かってる。行くぞ」
右手に力を入れてケルベロスを城外へと吹き飛ばす。吹き飛ばした方角は西、何もない平原だ。あそこなら多少暴れても問題ない。後を追い無傷で平原に立っているケルベロスの前に降り立つ。
「グルルルル……」
「まずは様子見。行くぞ」
『焔天乃王』を発動させ出力を20%程に抑えてケルベロスへとの戦いを始めた。