というか、色々伸びスギィ
ウマ娘は偉大やなぁ(白目)
現在世界中においてウマ娘は市民権を得て、様々な活動を行えるようになった
有名どころではやはりゴールドシップ女史であろう
彼女は府中トレセン学園本校に在籍し、同校において伴侶たる元トレーナー氏と様々なレースに出場。重賞を幾つか勝利し、その後引退する
在校中には奇抜な行為や言動が目立っていた女史ではあったが、決して自己中心的な考え方ばかりではなく、同期であるメジロマックイーン女史やライスシャワー女史等といった面々にアドバイスを行なったり、相談を受けたとの事
見目麗しい容姿でありながらも、活動的でありかつ受動的に物事を進める事に対しては抵抗があったようで、当時のトレーナー氏の育成メモには苦労を思わせる記述が散見された
この様な同氏であったが、引退するゴールドシップ女史と共に体当たり的な探検を行なっており、ウマ娘からは『ウマ娘とトレーナーの理想形』と羨望されるほどであり
「あ?アイツ(元トレーナー氏)の事?
いねぇとつまんないんだよなぁ」
と比較的物事に執着しない女史がこだわったとされている
あとは少し色が変わるがタマモクロス女史であろう
タマモクロス女史もあの世代を代表するウマ娘の1人であり、特にオグリキャップ女史との対決等では、TVの前の観衆などを沸かせた。これについては、まだ記憶にあると思われるが
彼女は引退レースを菊花賞とし、同レースにおいて『皇帝の後継者』であるトウカイテイオー女史と対決。名勝負を残した
その後、同年引退したオグリキャップ女史などを巻き込み、オグリキャップ女史の地元である岐阜笠松にて飲食店を経営する
オグリキャップ女史の伝手もあり、経営を上手く軌道に乗せる事に成功し、ウマ娘の新しい可能性を拓いた
このように引退後も話題性に事欠かなかった同世代であるが、その象徴たるルドルフ女史は生徒会長を退いた後もトレセン学園本校にて後進の育成に寄与する事になる
この際、女史のトレーナーであり、アグネスタキオン女史のトレーナーも務めた人物。彼もまた、アグネスタキオン女史と共に後進の育成に協力する事となる
そしてある程度のウマ娘達の道筋が同世代の者達により、拓かれた事を見た皇帝はトレセン学園本校を去る
その後、皇帝とそのトレーナーの行方は暫く世間から秘される事になる
シンボリルドルフ女史の活躍については今更語るまでもないだろう
だが、彼女を語る際に外せないエピソードがある
まだシンボリルドルフ女史がデビュー前の事
既に抜きん出ていた実力を持っている彼女はトレーナー側からしてみれば珠玉の様に見えたと思われがちだ
だが、当時のトレーナー達はその実力故に彼女のトレーナーに名乗りを上げる事を躊躇ったとされる
その様な中、3人が手を挙げたという
1人は3年分のトレーニングスケジュールを
1人は惜しみない熱意を向けた
だが、シンボリルドルフ女史が選んだのは『自らの視座に立とうとする』トレーナーであった
後のとあるレース後のインタビューにおいて、記者からの「シンボリルドルフさんの目標は何でしょうか?」
との問いに対して
「私はウマ娘が幸せであることを願う。だが、その為には相応の実績が必要だ」と答えている
当時のマスメディアは賛否両論であった
ウマ娘とはレースをしてライブをする。これが一般論だったからである
無論、引退後はそれなりの自由があったものの、斯くあるべしという風潮が確かに存在した
その風潮に風穴を開けるのは容易では無かった
それ故に皇帝は勝利を欲したのだ
そしてそれは報われる事となる
トリプルティアラをシンボリルドルフは獲得したのだ。
更に天皇賞春秋連覇を成し遂げ、正しく最強の名を手に入れた。
その実績をもって彼女はトレセン学園において絶大な影響力を有するに至る。勿論、その力を無闇に振るわないのは当然であった
だが、同じ報道関係者としては非常に情け無いが、当時のマスメディアの報道のあり方については現在も問題視されている
トレーナー、ウマ娘への無許可でのインタビュー
トレセン学園への無断侵入
勝つウマ娘のみしか取り上げない報道
この様な無法がまかり通っていたのである
秋川理事長らトレセン学園側も様々な対応をとるものの、報道機関からの反応は薄かったとされる
ウマ娘の抗議など放置であった。だが、空前絶後の実績をあげた皇帝の発言とトレーナー氏の後輩にあたる桐生院葵トレーナーの実家、桐生院家よりの抗議により漸く報道側も報道規制をする事になった
そして、少しずつではあるが、一般に認知される様になると、学園側は一つの大博打に打って出た
ウイニングライブとしていたライブの独立一般公開である
本来なら競バ場に来なければ見れなかったライブを単独ライブとして始めたのである
だが、これも問題を抱えていた
確かにウイニングライブは盛況である
しかし、ウマ娘のレースを見た後の余韻があるからこそのあの盛り上がりである事も否定できない
各方面に協力を要請するも上記の理由から誘致する場所はなかった
その為、開催場所を確保する事が困難であったのである
トレセン学園側も頭を抱えるほかなく、暗礁に乗り上げるかと思われていた
だが、とある地方の出版社が自身の地元であれば、開催場所を用意できる。とトレセン学園に打診してきたのだ
学園側は直ぐに確認を取り、入念な準備の後単独ライブへとこぎつけた
単独ライブの初回は学園側としても期待はしていなかった
が、初回である。トレセン学園並び生徒会は相当に力を入れた
それはメンバーに現れており
センター
シンボリルドルフ
センター右
エアグルーヴ
センター左
ナリタブライアン
を核とした面子であり、バックダンサーとしてゴールドシップ、メジロマックイーン、メジロライアン、ダイワスカーレット、ウオッカ、スーパークリーク、マヤノトップガン、サイレンススズカ、アグネスタキオン、マンハッタンカフェ、ライスシャワー、ハルウララ、スペシャルウィーク、キングヘイロー、トウカイテイオー、オグリキャップ、タマモクロスといったトレセン学園の主要でレース等で動けないメンバーを除く動けるメンバーを総動員したものだった
観客はそのパフォーマンスと歌声に魅了される事となる
そして誘致した出版社はビデオカメラを用意してトレセン学園の許可をとった上で撮影
それをインターネットに流したのである
反響は絶大であった
最初は単独ライブに否定的だった施設関係者や報道各社は掌を返して誘致や放映権の取得に血眼になる
こうして、ウマ娘はレース以外にも単独ライブという進路を拓く事に成功した
メディアに露出すれば、個性的なウマ娘は有名になり、ゴールドシップがその先端を担い、トレセン学園側はそれを後押しした
結果、ウマ娘達の進路の裾野は大きく広がる事になり、レースの不得意なウマ娘も自由に進路を選べる環境を創りあげたのだ
因みに最初の単独ライブを誘致した出版社は『人生を豊かにする本』の出版社である事にシンボリルドルフが気付き、一度だけメディア関係者の前で『魔書』に言及した為、出版社関係者は頭を抱えたのだが、それは別の話であろう
なお、例の本は既に自主回収が9割終わっていたが、その報道により市場に残された『魔書』の価値が跳ね上がる事になるのも完全な余談である
この一連の流れをもってシンボリルドルフを始めとする世代の事をいつからか『栄光に溢れた世代』と呼ばれる事になる
というわけで例の称号についての肉付けでした
なおライブはうま○○いであり、ぼう出版社の編集部は歓喜した模様