とある日、生徒会室にて藤原がコーヒーを入れていた。
「皆さん、コーヒー入りましたよー」
「ありがとうございます。藤原さん」
「駿君もいかがですか?」
「はい、頂戴いたします」
駿はありがたく藤原からコーヒーを受け取り。ゆっくりと飲む。
「どうですか?駿君、風紀委員として最近の生徒会の活動は?」
「及第点ですかね。ある程度は問題ないかと」
「辛口ですね~」
「会長、会長もコーヒーどうで……あれ?」
駿が御幸の方を向くと、御幸がなにか板状のタブレットを持っていた。
「あ、会長。スマホかったんですね!」
「ふっ。まあな」
「頑固一徹……なんといっても『不要だ』『周りに合わせるつもりはない』と。買わないの一点張りだった会長が……」
藤原が驚愕の声を上げる。
世はIT時代。
今まではスマホ不要論を唱えていた白銀御幸だが、ようやく重い腰をあげたらしい。
もっとも、かぐやが裏で色々やっているのを知っている駿としては複雑な心境だが。
「ようこそ文明の世界に……」
「会長を原始人みたいに言いますね……。藤原先輩」
「見ろ、ラインだって入れてるぞ」
「わ~! じゃあ交換しましょう!」
藤原と御幸がスマホ話で花を咲かせている中。駿はかぐやのほうへと近づいた。
「姉様、この事に何の意味が……」
「あら。わからない?」
「生憎。最近姉様の考えは理解しかねる」
「そう、だったら黙って見てなさいな」
コーヒーを飲みながら言い放ったかぐやは何処かどや顔だ。
勿論、かぐやが会長にスマホを買わせるように仕向けたのを理解しているし、連絡先を向こうから聞いてくる事を望んでいるのだろうが……。
「あれ?会長このプロフィール画像って…」
「あぁ、俺が子供の頃の写真だ」
「へぇ、今とそんなに変わんねえな」
「可愛いですねぇ!この頃から目つき悪いんだー」
「藤原書記、目つきに関しては結構なコンプレックだからあまり触れないでくれ」
どうやら、御幸のホーム画面は幼いころの写真にしているらしい。
「……」
「姉様。これも作戦のうち?」
「おだまり」
駿はかぐやの思考が何となくわかる。
多分会長の幼い頃の写真はかぐやだって見たいはずだ。それを考えれば、御幸の有効な策と言える。
「だがこれはちょっと恥ずかしいな。やはり別の写真に変えるか…そうだなぁ、3分後に変えるか」
「!」
「上手いね……会長」
わざわざ時間指定をして来た。
それはつまりその時間までに聞きに行かなければ見られないぞ。という意思表示でしかない。
なんともあほらしい。
「どうすんの姉様。素直に連絡先聞いてきたら
?」
駿は多少呆れ気味にかぐやに問いかけるが。
「……こうなったら、奥の手しかないわ」
「……」
どうやらまだ策はあるらしい。いい加減見てるのもバカらしくなってくる。
駿が呆れてため息をついていると、かぐやはポケットから目薬を取り出し───
「っ…ぐすっ……ぐすっ…」
「ん?かぐや?」
「かぐやさん?」
「ね、姉様?」
「ぐすっ…会長は……ひどいひとです……」
泣・き・落・と・し・か・よ
と、駿は心の底から思ったが、そういえばそんなスキルが我が四宮家にあった気がする。
『
目薬で泣いているように見せかけ、相手をひるませる四宮家直伝の秘術だ。
いや、ただのインチキ涙なのだが……。
「す、すまん!仲間外れにするつもりは…!ほ……ほら!四宮にも見せるから!泣くなって……」
しかし、大分御幸としてはダメージを受けた様だ。
御幸は慌ててスマホの画面をかぐやに見せる。
「! これは罠───
「おそい」
その刹那、かぐやは瞬時に写真を記憶して海馬に保存する。
その速度は常人では考えられない程の記憶処理で、まさに天才と呼ばれるにふさわしい処理速度だ。
「……」
なんか駿は見ているのすら面倒になったので、ずっと思っていた事を口にした。
「申し訳ありません会長。姉はガラケーしか持っておりませんので……ラインはできないんですよ。なのでそういう話はやめていただけると」
「「……」」
と、駿が愛想笑いで二人に告げると、かぐやと御幸は二人して目を丸くした。
「「できないの!?」」
「できねえよ! 今までどうやって生きてきたんだアンタら!?」
────
──
「なんでこの携帯でラインができないこと教えてくれなかったんのよっ!」
「ごめん姉様、そこまで世間知らずのバカだとは流石に知らなかったよ」
「バカにしてっ!!」
授業がすべて終わり、生徒会室で駿とかぐやが二人っきりになると、理不尽な怒りが駿に向けられた。
「僕に八つ当たりされる筋合いはないよ。まさか会長まで知らないとは思わなかったけど」
「むぅ……」
「それにしても、ちゃんと忠告したよ姉様。姉様もスマホ買ったほうが良いって」
そう、この計画を知った時点で、駿はスマホに買い変えた方が良いと忠告はしていた。
かぐやが持っているのは幼いころから持っているガラケーで、いつ買い替えても不自然ではないのだから。
「……だから、それはいやなの」
「はぁ。なんで?」
「だって……これ、駿が初めて選んでくれた奴だから……」
「……」
そういって、かぐやは自身のガラケーを見る。
これはかぐやにとって思い出の品なのだ。もともと内気だった弟が、勇気を出して選んでくれた思い出深い携帯。
どうしても──かぐやには、それを手放す勇気がなかったのだ。
「……くっだらな。それでも四宮家の人間かよ」
本当に損をする姉だと心からそう思う。
無駄な思い入れは時に心を惑わせる。
一時の記憶なんて忘れて、すぐに買い替えば良いものを。
「駿だって、人のこと言えないじゃない」
「……」
かぐやのその言葉を聞いて、駿は制服のポケットから自身の
わざわざ姉とお揃いにした携帯電話、彼もまたそれを、肌身放さず手に持っていたのだ。
「……何を使おうと、僕の勝手」
「……」
「これは、僕にとって何よりも大切なものだから」
「あっそ」
二人は似たもの同士だ。
大切な物は肌身見放さず持ち歩き、二人の思い出を捨てる事をかたくなに拒否する。
「かぐや様、駿様、帰る準備が整いました」
生徒会室で話していると、そこに早坂がやってきて、深々と頭を下げる。
「ええ、今行く。駿、行きましょう」
「うん。それにしてもどうするの姉様。ガラケーのままだとライン使えない」
「そうね。確かに……このケータイももう替え時かもしれないわね」
かぐやは自身の手に持っているガラケーを見て目を細める。
その表情は、ほとんど変わらない姉の表情は……何処か儚く、悲しい印象を与えさせる。
「……」
「……はぁ」
駿は小さくため息をつき、かぐやの前に手をさし伸ばした。
「……何よ」
「また一緒に買いに行こう。むかしみたいに」
「え……?」
かぐやが駿を見て目を丸くした。
思い入れが強いのなら、それ以上に思い入れを持てるようにすればいいだけの話。
気恥ずかしい話ではあるが、なんだかんだでかぐやも、そして駿自身も自分の気持ちよりも弟の、そして姉の気持ちが優先だ。
なので、もう一度一緒に買いに行けば、かぐやは何も文句は言わないであろう。
「いいでしょ。このガラケーはもう古いし、さ」
「……バッカじゃないの」
小さく、うつむき気味にかぐやは呟いた。
「スマホくらい……、自分一人で買いなさいよ」
かぐやの顔は、窓から入ってくる夕日のせいか。それともそれ以外が理由か。
彼女の頬は朱色に染まり、小さく身体をふるわせた。
「全く……。仕方ない弟なんだから……」
「ああ、しってる」
かぐやは、自分の顔を見られまいと目を背ける。
しかし、きちんと駿がさし伸ばした手を取り、優しく……ぎゅっと握る。
────まるで、幼いころの二人の姉弟関係を思い出すように、早坂は優しい微笑みでその光景を黙って見届けていた。
ティロリンっ! ティロリンっ!
「ん?」
その時、何処からか小さく、しかし大きく意思表示をするかのように、機械の高い着信音。
そしてバイブレーションの小さな音が響く。
「誰の?」
かぐやはあたりを見渡す。
しかし、鳴っているのは手に持っている2つのガラケーの携帯ではない。
早坂に目を向けるが、首を横に振るだけでどうやら違うらしい。
「……なんの音?」
「…………あ、僕だ」
駿はそう言って、
「えっとなになに……」
胸ポケットから
「…………は?」
なにか予想外だったのか。
かぐやは目を見開いて、駿のスマホを見つめる。
「……」(ポチポチ)
そんな実の姉には目もくれず、駿はメッセージを淡々と送信する。
「し、駿…………アンタ……」
「? なに?」
「スマホ……持ってたの?」
「うん」
「……かぐや様。知らなかったのですか?」
早坂が少し意外そうに目を見開く。
「いや……だって……アンタが持ってるのはガラケーで……」
「いや、そんなわけ無いでしょ非効率な」
合理的に考えれば当たり前のことだ。
早坂の連絡を電話だけだと、早坂が不在のときわざわざ電話するのは、【いつでも出れるようにしろ!】と言っているようで、主従関係な間柄上良くない。
それに、風紀委員の仲間がいるのに、ガラケーを使ってるからメールか電話で連絡、なんてジョークにもなりはしない。
そう、だから不自然ではないのだ。
そのはずなのに……
「……そう。アンタにとっては、このケータイより効率を取るのね。四宮家の人間として正しいわ、ええ」
見事にかぐやの機嫌が悪くなってしまった。
「さあ、さっさと帰るわよ」
「ちょ、いたいっ! 姉様」
かぐやは駿の腕を半ば強引に引っ張り、強制的に歩かせる。
(助けて……! 早坂先輩……っ!)
助けを求めるべく、駿は早坂の方に視線をむけてSOSを求めるが……
「……はぁ」
その光景に、早坂は意味もなくため息をついた。