逆さに吊られたトレーナーさん 作:小説を読み漁る程度の能力者
トレーナーに抱えられて連れられたナイスネイチャは、連行中に更衣室に放り投げられ、急かされながらジャージに着替えさせられ、現在練習場にいた。その耳を見る限り少し不機嫌だ。
「で、なんでこんなに急かされて練習場にいるわけ?…うぅ、ちょっとまだ気持ち悪いし…。」
「ギャハハッ、ごめんごめん、人より感覚鋭いの忘れてたわ☆」
「………。」
ネイチャはトレーナーの脛
「さ~て、気を取り直して、まずはこれ飲んで。」
数秒惨めに悶絶したトレーナーはその後何事もなかったかのようにある物をネイチャに差し出した。
それはペットボトルに入った飲料水のようだ。ただし、微かにオレンジ色に発光している。一見ヤバいシロモノに見えるが、ネイチャには心当たりがあった。いや、ナウでヤングなウマ娘なら全員見覚えがあるだろう。
「これって…、タキオン先輩の考案したウマムスメドリンク?いいの?こんな高級品貰っちゃって?」
それは現在トレセン学園に在籍しているウマ娘アグネスタキオンが研究の末開発した栄養ドリンクであった。
基本のにんじん味の他にコーヒー味、紅茶味、はちみー味と計4種類のフレーバーが登場している。また、トレセン学園のカフェテリアで提供されている飲料水にも濃度は低めだが、ウマムスメドリンクと同様の成分が配合されている。
このドリンクの特徴は身体能力の向上ではなく、体を丈夫にしてくれることにある。検証結果ではレース中の故障率が半減、また故障したとしても重症につながるリスクも低下していると報告されている。
その効果はガラスの脚と比喩されるほど故障の多いウマ娘の選手生命に関わるものであり、トレーナーが転ばぬ先の杖としてこぞって欲しがり、競争ウマ娘が存在している国々で瞬く間に広がったため、原産の日本でも価格が高騰していた。
現在はウマムスメドリンクの生産工場の増設が心待ちにされている状況であり、学内で提供している中央の日本トレセン学園とそれ以外とで格差が起きるとされて問題視する声も上がっている。
余談だが、人間がこのウマムスメドリンクを飲んでも特に恩恵があるわけではない。それぞれの風味のただの水であり、いろ〇すの方がおいしい程度である。
「いいのいいの。怪我されるのが一番困るし。俺作れるし。」
「え!?作れるの?白衣着てたのは伊達じゃなかったんだ…。」
ウマムスメドリンクの成分については公表されており、化学の心得がある者は作れなくはない。が、それなりに失敗率も高いため直接ドリンクを購入したほうがリスクが低かったりする。飲料を手掛ける各社も続々とウマムスメドリンクの類似飲料を発売しているところであるが、成分の作成にどこも難儀している状態だ。
「ささ、グイっと飲み干してよ!」
「じゃあ、いただきまーす。…んぐ…んぐ、ぷは~~、おいし~~!」
「いい飲みっぷりだね~。ギャ~ハハッ」
「いやー、ほんとに美味しいよ、これ。…んぐ…ん、……、ふう、ご馳走さま。それで、今から何やんの?」
トレーナーが用意したウマムスメドリンクを飲み干し、無理やり連行された機嫌も戻ってきたネイチャはようやっと連行された本題に入った。
「じゃ、ちょっとあっち見てみて。」
「ちょっと前から見えてたけど、先輩方が居るね。あの人達も今から練習なのかな?」
そこにはウイニングチケット、ヒシアマゾンなどデビューに関わらず実力のあるウマ娘が5人集まっていた。
「あれ、ネイちゃんの今日の模擬レース相手。」
「へー、模擬レースやるんだ。……ん?アタシのって言った?」
「言ったよ。今の実力をちゃんと見ときたいと思って!でも、時間の指定をミスっちゃってさ。だから急いでたってわけ☆」
「え~…。皆速くて注目集めてる人らじゃん。ヒシアマ先輩とか寮長だし!負け姿晒すだけだって~~~!!」
「よう!今日は集まってくれてありがとね~!まずは一周軽く流して体温めてから模擬レースやるから、準備運動とかしといて。」
「話聞いてないし!も~~~~~!」
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レース前まではぶー垂れていたネイチャであったが、いざ模擬レースが始まると真剣に走ってくれた。
「シニカル決めてるくせに根は真面目なんだよね~。ギャハハハッ」
「結果は3着。うん、あのメンツで入れるならやっぱり全然速いよ。でも…、もうちょっと行けると思うんだよね…。」
「はぁ…、はぁ…。」
「お疲れ~、他のもありがとね~。またなんかあったら依頼出すかもだから、その時はよろしくね☆じゃ、解散!」
「…ふぅ。…言っときますけど、3着とか別に狙ってないからね。」
「………、そんなこと思ってないよ。ギャ~ハハッ。それより疲労とかは大丈夫?体に違和感とか。」
「ううん、それはないよ。人数も少なかったから精神的にも余裕あるし。」
「あ、そう。じゃ、明日も別のメンツで模擬レースするから、そのつもりで!」
「えー、明日もレースやんの?いいけど、時間ミスんないでよ?もう窓からダイブとか嫌だからね。」
「大丈夫大丈夫。神に誓って!ンナハハハ!」
言って、トレーナーは持参したタブレット端末を開き、操作しだした。
「本格的なトレーニングは次のレースの結果見てからにするとして、取り敢えずは教官方が作ったメニューに、プラス5セット…、かな。やって、今日はおしまい!」
教官とは、トレーナー契約がまだ済んでいないフリーのウマ娘達に基礎的なトレーニングを施す、人間の学校で言う体育教師である。免許も通常の教員免許にいくつかのウマ娘専門の知識をつける程度でトレーナー免許よりも取得しやすい。
代わりに、チーム設立の権限、ウマ娘のトゥインクル・シリーズ出バ権限は無かったりと、あくまで教員の範囲内の権利しか持ち合わせていない。
「てか、そうだよ。窓から飛び降りたんだった。トレーナーさん、脚大丈夫なの?」
「ん〜?ぜんぜん大丈夫だよ。地面につく直前に壁蹴って勢い殺してるからね〜。ギャハハッ」
「めっちゃ手慣れてんじゃん!いや〜、トレーナーさんに付いていけるか不安だな〜。」
「まあまあ、そう言わないでさ〜。っと、準備完了!じゃ、始めて。」
暫く端末を操作し続けたトレーナーだったが、準備が整ったのか端末のカメラをネイチャに向けだした。
「何そのタブレット?」
「これでお前のトレーニングの様子を録画して、体幹の強さ、各関節の柔らかさ、走る時の癖なんかを分析して記録する。データが集まれば軽い怪我でもすぐに分かるようになる便利グッズさ♪」
「へー、そんなのあるんだ。アタシにも後で見せてよ。」
「そりゃ無理だ。申し訳ないけど。かなり細かく分析できるように作ってるから、ネイちゃん自身も知らない癖とかも分かるんだけど、そういうのって認識するだけでも走り方変わっちゃうから、俺だけの秘密さ☆」
「ちぇっ、まぁ、いいや。じゃあ行ってきます。…あとネイちゃんって呼ぶな。」
そして、トレーナーとナイスネイチャのワンマンチーム"カペラ"の初日は終了した。
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次の日の練習場。トレーナーはネイチャの模擬レース相手としてマーベラスサンデーとマヤノトップガンを呼んだ。どちらもネイチャの知り合いである。が、
「ネイチャー!大丈夫?何もされてない?」
「ネイチャはマヤ達が守るからね!」
とてもトレーナーを警戒していた。ネイチャを見かけるや否やネイチャとトレーナーの間に壁の如く二人が立ちはだかった。
「ちょいちょい、トレーナーさんや。なんでこんなに警戒されてるんです?」
「ネイチャを返して欲しかったら練習場に来いって脅したからね。」
「あーね。自業自得なんだ。…ほらほら二人共、そんなに警戒しなくても大丈夫。トレーナーさんは顔ほどは悪い人じゃないから。多分。」
「ホントに?マヤたちが来ないと
「ねぇトレーナーさん?話がややこしくなるから変なこと吹き込まないでくれませんかねぇ?」
耳も尻尾もいきり立っているマーベラスとマヤノをネイチャが執り成した後、模擬レースを行った。
トレーナーは
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「この前の選抜レースも含めて3回レースして全部3着。合わせて9だね。やるじゃん。」
「さっきのレースは実質ビリだった訳だけども。いや〜、やっぱあの二人若いわ〜。アタシにゃ持て余す元気さだわよ。」
トレーナーからよく分からない事で称賛される中、ネイチャは黄昏ていた。
作戦も何もなく、むしろ駆けっこをして遊んでいるだけのように突っ走る二人にぴったりくっつく事しか出来ず、少ししょげている。
模擬レースの後、ネイチャがトレーナーへうまぴょいしたのを見て、マーベラスとマヤノは心配する必要はないと判断し、それぞれの予定に戻っていった。どちらも友達が多いため忙しいとはネイチャの談だ。
「で、分かったでしょ?」
と、ネイチャがトレーナーに向き合って言った。
「どれだけ頑張ってみても3着。良いところまでは行くんだけど勝ちに繋がらない。なんか惜しい。それがアタシって訳。そんなでも、トレーナーさ「あー!面白そうなことしてる!」うぇっ、テイオー?」
神妙な顔で話しだすネイチャを遮って大声で割って入ってきたのはトウカイテイオーだった。
「模擬レースしてたの?センスないなー。ノリにノッてるボクを呼ばないなんてさ!」
「俺にセンスが無いって遠回しに馬鹿にしてる?」
「え?ひぅっ!何だよぉ…。怖い顔しないでよぉ…。」
いつもどおりの快活さで話に割って入ってきたテイオーだったが、トレーナーの
「トレーナーさんは誰彼構わず威圧しないと気がすまないの?」
「え"っ、この人ネイチャのトレーナーなの?シュミが悪「あ?」ヴェッ!」
「はいはい、威圧しないの。それでテイオー、何か用事?」
「うぅ…、ボクとタイマンで走ってよ。」
「えっ!え〜っと、レースはさっきので終わりの予定だったんだけど…、トレーナーさんどうする?」
トレーナーに気圧されてすっかり萎縮してしまったテイオーが持ち掛けたのは一対一でのレースだった。
模擬レースの後はトレーニングについて話し合うなり、実際に今日からトレーニングを始めるなりするつもりであったネイチャはトレーナーに判断を委ねた。続けて走ると予定よりスタミナを消耗したり、オーバーワークになってしまうからだ。
「へぇ、良いじゃない。やりなよ。」
トレーナーからの返答はGOだった。何故か好戦的な笑みを浮かべている。その顔を見てテイオーは更に小さくなってしまった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ギャ〜〜ハハハッ、ハハッハ〜ハハ〜!!ボロ負けだったね〜ネイちゃん!」
テイオーとのレースの結果は惨敗。始終リードするテイオーにネイチャは追いつく事ができなかった。
「いやいや笑い過ぎだから。あの子相手じゃ仕方ないって。」
「あらら、思ったよりクールだね。悔しくないの?」
「悔しいって思えるくらいギリギリの競り合い演じた訳でもないですし。……で、さ。話を戻すんだけど…」
そう言って、ネイチャは再び神妙な顔をして
「こんなアタシでも、アンタはホントにトレーナー続けてくれるの?」「続けるけど。」
ネイチャが言い終わると同時にトレーナーは返答した。
「本当に悔しくないってんなら辞めてたけどね。そんなんじゃこの先望み薄だし!めっちゃ悔しいですって顔に書いてあるよ?」
「っ!」
「ギャハハっ。なら十分。お前は"証明"になる。」
「ニンゲンの可能性。その証明に。」
ネイチャには、そう言った男の浮かべた表情が分からなかった。
一瞬後に笑っていると気付いた。だが、笑顔とはこうまで凶悪に感じるものだったか?
表情筋に対して内包している感情があべこべで、故に男の表情を正しく認識できなかった。
だが、そんな表情は一瞬で悪党のような薄笑いに変わり
「ま、要は俺にも目的があって、今の所それにお前は合致してるって訳。だから、お前のトレーナーは続ける。お前に拒否権はない!」
ひどく一方通行な宣告を受けた。
「あーー…、まぁ、トレーナーさんがいいなら、別にいいんですケド。」
トレーナーの目的と先程の気迫は気になる所ではあったが、それでも一先ずトゥインクル・シリーズに出走させてはくれるようなので、よく分からないことは気にしない事にしたネイチャであった。
◆ ◆
模擬レースの後、テイオーとのレースの結果も鑑みてトレーニングメニューを考えたいと言い、ネイチャの残りの時間をオフにし、男は自らの社宅に戻って来ていた。
ケーブルが張り巡らされ、雑多な機械が並び手狭になったリビング。ソファに座った男は独りごちる。
「3着は狙ってないって言ったっけ。どーだか!」
1度目の先輩方とのレース、2度目の後輩二人とのレース、そしてテイオーとのタイマン、タイムを観測した3度のレースで最も速かったのは2度目のレースだった。
突っ走る二人に引っ張られた?それはあるかもしれない。では、
「気持ちが負けちゃってたね~、あれは。ギャハハハ!」
テイオーに勝てる訳がないと最初から諦めていた。実際、デビュー前でもテイオーは強い。だがそれでも、ネイチャが本気で走ればゴール前だけでもすぐ後ろに付くぐらいはできたはず。男にはその確信があった。だが結果はどんどんと引き離されていた。
マーベラスとマヤノと走った時は模擬レースで見せた力強さと気力が出せていた。テイオーと走った時はそれがなかった。
1度目に関しては、6人で走らせ、終盤まで5番手だったネイチャ。最後の直線で末脚を発揮し3番手まで上がったところでそれ以上速度が乗らなかった。
狙ったのだ。自身の力を過小評価してそれ以上加速できなかった。だが、彼女自身は意識していない。悔しいと思うその眼も本当だったから。
総じて自信の無さが彼女の今後の課題であった。
「なら、やっぱり天使が必要だね~。」
3年目には更に成長したテイオーが君臨する。それはきっと彼女にとって、3年間という物語を締めくくる
今はテイオーはネイチャを見ていないが、今後きっとテイオーにとっても彼女は無視できない脅威になる。なってもらわなければ困る。
「一先ずは、パワーと知識を重点的に上げていこうか。そこらへん上がりやすいみたいだし。」
レース前にネイチャに飲ませたウマムスメドリンク、そこに忍ばせた
NM/collared-18…トレーナーが作成したウマ娘観測用ナノマシン。体内に侵入後、体の全土に散らばり体内の状態を観測する。アプリ版のステータスばかりでなく、体重の増減、女の子の日も丸わかり。タブレットを見せなかったのはこのため。証拠抹消のために観測しているウマ娘を「終了」させる事ができる。トレーナーの地雷その1。
このトレーナーはもちろんいい人なんかではないので、こういう機材を多数所持している。