まぁ見ていた人はいないとは思いますが、一応念のため報告させてください。
桃色のショートヘアに、藍色の瞳。際立つスタイルの良さに加え、男であれば年代問わずにその姿を一目見てしまうほどの美貌。まだ日は浅いが現役の女優でもあり、最近上映された映画では主演として活躍した、今日本中にその名を広めつつある美少女。
その少女の名は、中野一花。容姿端麗なだけではなく、年齢にそぐわない大人びた雰囲気と色気を兼ねそろえる、今をときめく女子高生である。そんな彼女は、事務所の社長の車で送迎をしてもらっている最中である。学校に仕事と多忙な一花にとってこの時間は貴重な休憩時間だ。
最近放送された朝のニュースで映画の試写会に参加したのを報道され、その活躍を学校中に知られて以降、同じ学校に通う生徒からは性別問わず別次元の存在のように思われている一花。しかし、そんな彼女もまだ十七歳の女の子。年頃の少女らしく、悩みがある。
世にも珍しい五つ子。その長女である一花は、女優として高いポテンシャルを秘めているだけではない。プライベートでも社交的で誰にでも優しく妹たちを思いやることのできる、性格が良いだけでなく姉としても完璧な美少女だった。
だが、それはあくまで彼女の本性を知らない者が抱く印象である。今の一花は、どんな時でも妹を優先し、幸せを願うような誰もが憧れる姉の姿ではない。
彼女が変わったのには理由がある。一花が意識している、ひとりの異性の存在だ。クラスメイトであり、友達兼家庭教師の上杉風太郎。一花を含む中野家の五つ子は彼と出会い時間を共有していく中で本心を晒し合い、絆と信頼を育んでいった。
そんな彼のことを考えると、胸のセンサーは鳴り止まない。
一花は風太郎に恋心を抱いている。高校では出会ってまだ半年を少し過ぎた程度ではあるが、彼と共に過ごした時間は一花にとって忘れられないものばかりだ。もはや風太郎がいない日常は考えられないほど、一花の中で風太郎は大きな存在と化している。
しかし、同時に一花の悩みの中心でもあるその存在。それもそのはず、風太郎に恋をしているのは一花だけではない。妹である次女の二乃、三女の三玖も、風太郎に想いを寄せている。五つ子といっても好きな食べ物や番組など、好みは全然違うのに、好きな人だけは同じ。どうして、こんな時だけ一緒なのか。
今までなら姉として、妹を応援するのが一花のスタンスだった。実際、一番最初に風太郎に恋をした三玖を一花は応援し、恋の成就を願っていた。風太郎への想いを自覚した後も一花は姉であろうとして、自分の気持ちを押し殺して妹の恋のサポートに徹していた。
そんな姉の鑑のような一花ではあるが、今は違う。春休みの家族旅行で四女の四葉に自分のしたいことをしてほしいと背中を押されてからというもの、一花は自分の恋を一番に考えるようになった。
この時ようやく、一花の姉らしくなければならない、という約五年間抱いていた使命感は消え去った。自分の恋の成就のための第一歩として、同じく風太郎を好いている三玖に変装し、一花が風太郎に好意を持っていることと、一花との恋を応援すると告白した。
この王道とは違う変化球を駆使した戦術が、一花の恋愛スタイルである。彼女もまた、姉である以前に女ということだ。妹たちにどう思われようが関係ない。好きな男を手に入れるためなら妹の想いも姿も利用する。たとえ妹であろうと容赦はしない。この恋だけは誰にも譲れないのだ。
だが、そんな一般的な恋のアプローチとは違う方法で風太郎にアタックを仕掛けている一花の心に、何一つ余裕はない。珍しく少女がこの時間も思考を巡らせているのは、それが理由だ。
『好きな人と回る。あんたに拒否権はないから』
それは全国統一模試から一週間後、放課後の勉強会を開始する前に行われた出来事のひとつ。修学旅行の話し合いの際に起こった、二乃の風太郎への公開告白。その特大のインパクトを持つストレートは、一花の頭の中でリフレインしている。
やることなすこと、上手くいかない。妹の良心を利用して風太郎へのプレゼントを一花一人だけ送る計画も、四葉を操って風太郎と一緒に修学旅行を回るための作戦も全て失敗した。背後からの奇襲を狙う己の戦術とは正反対の、正面から正々堂々と好意を伝える二乃の直球勝負。女優として本物のように魅せる演技ができる一花でも、こればかりは難易度が高すぎる。
(……どうしよう)
焦りが一花の心の中で渦巻く。恋愛感情を抱いているかどうかはともかく、姉妹全員の目の前で告白した二乃を風太郎が意識しているのは間違いないだろう。
(二乃に変装して、気の迷いだったって告げるとか……? ダメ、ただでさえ三玖の姿で嘘をついているのに、これ以上は誤魔化しきれない……!)
嘘を重ねるのはどう考えても悪手だ。何より、一花の思惑は一度二乃に見破られてしまっている。以降風太郎絡みで彼女の自分を見る目が鋭くなっていることに、気づかない一花ではない。
お世辞にも優れているとは言えない頭脳をフル回転させ打開策を見出そうとするが、それでも現状打破の一手は浮かばない。
(三玖はまだしも、二乃まで……! なんで、どうしてフータロー君なの……!)
もはや妹以前に恋敵である二乃を、一花は特に警戒している。二乃が風太郎に惚れた理由は一花からすると都合の良すぎるもので、それを聞いた時には理不尽な怒りを抱いていた。あんなに嫌っていたのに。自分の方がずっと彼のことを想っているのに、後出しジャンケンにも程がある。自分の思い描く理想のストーリーの妨げとなる二乃に、一花は自分勝手だとわかっていても不満を感じずにはいられない。
だが、二乃は目の前の恋に対して真剣そのものだ。蹴落としてでも叶えたいと豪語する彼女は自分の幸せのために、正面から風太郎に好意を伝えている。そして、三玖も自分を好きになってもらうために努力を重ねている。一方一花は彼女たちとは正反対で、自分の言葉で戦わず妨害に走り、風太郎が自分を好きになるように仕向ける、悪女のような振る舞い。
どちらが好意的に捉えられるかは明白だ。風太郎は曲がったことが大嫌いというほどではないが、かなり真面目な性格である。風太郎が真剣な想いに対して正面から向き合ってくれる少年であることは、一花はよく理解している。他でもない一花自身が、風太郎のその在り方に勇気付けられたのだ。
(真面目で優しいフータロー君が、素直な気持ちをぞんざいに扱うわけがない。でも、もし私が、こんな卑怯な女だと知られたら……)
今までの自分の戦術に自信を失い、一花の心は沈む。ネガティヴになるにつれて、一花の脳内に浮かぶ最悪のビジョン。このままでは風太郎はきっと、二乃や三玖、もしくは他の姉妹のことを───
(……いやだ)
自分とは違う女の隣で微笑む想い人。想像しただけで、一花の胸は張り裂けそうになる。こんなの、絶対に耐えられない。
(そんなの、絶対にやだっ! だって、だって、二乃や三玖よりも私の方がフータロー君のこと、何倍も何十倍も、大好きなのに……!)
いくら年齢にそぐわない大人びた雰囲気を纏っていても、一花はまだ十七歳の女子高生なのだ。大好きな人が他の女と結ばれて素直に祝福できるような大人の心を、姉でない少女は持ち合わせていない。
血の繋がった妹であっても、これだけは絶対に負けたくない。一花にとって風太郎がどれだけ大きな存在かなんて、妹たちは誰も知らないのだから。
(他の人なんて考えられない! フータロー君じゃなきゃ、私はダメなの!!)
風太郎が夢を後押ししてくれたおかげで、一花は女優として羽ばたくことができたのだ。自分の夢への架け橋となってくれた風太郎と結ばれたいと思うことは、何もおかしいことではない。卑怯な手段を用いている一花だが、決していい加減な気持ちで風太郎に恋をしているわけではないのだ。
風太郎は覚えていなくとも、運命的な再開を果たした少年と少女。姉であり続けていた一花が自分の在り方を捨ててでも妹たちに渡したくないと思えた、本気の恋。今まで姉として妹のためにずっと諦めようと思っていたのに、ようやくひとりの少女として素直になれる時がきたのだ。それなのに、こんな戦法でいいのだろうか。
(このままじゃダメ、言い訳して逃げてばかりいたら、フータロー君が取られちゃう。だったら、私だって……)
今一度、一花は自分の心を見つめ直す。自分がしたいこと、そんなものは決まっている。決して女優として強く咲き誇ることだけが、一花の全てではない。どこまでも貪欲に、わがままに。優しい姿の裏では強い欲を胸に秘めているのが、中野一花という少女なのだ。
全ては、風太郎の彼女になるために。彼の隣を、独占するために。
(……私だって、やってみせる)
たしかに一花は嘘つきだ。家族である妹であろうと、姉である以上は心配はさせられないと自分の悩みなどは相談せず、欲しいものが被ったりしたら妹に譲る。それが一花にとっての当たり前であった。
だが、そんな一花が唯一寄り添いたいと思えた存在が、家庭教師兼友人の上杉風太郎。姉ではなく普通の恋する女の子らしく、わがままに独り占めしたい。
ずっと抑えてきた、この気持ち。溢れる想いは、もう止められない。嘘まみれの一花ではあるが、風太郎への恋心だけは嘘ではないのだから。
(私の姿で、私の言葉で! フータロー君への愛を、伝えてみせる!)
強固で真っ直ぐな想いが、一花の心の炎を燃え上がらせる。直球勝負は無理だなんて、やる前から諦めていてはこの戦いは勝ち残れない。
妹たちが一花の知らないところで風太郎と絆を深めていようと、姉妹の中で自分が一番風太郎と信頼を積み重ねていることができているという自信が一花にはある。いかに妹たちが各々風太郎と秘密の時間を過ごしていたとしても、一花と二人だけの思い出もある。誰が相手でも、この気持ちだけは絶対に否定させない。
所詮は二乃の二番煎じで彼女に文句を言える立場ではないが、繰り広げられているのは情け無用の恋愛戦争である。後ろ指を刺されようが、そんなものは一花の知ったことではない。変化球に頼り続けた一花ではあるが、決してマイナスからのスタートというわけではないのだ。
(三玖の姿ではあるけれど、私だって告白した。直接ではなくても、フータロー君が私からの好意を認識しているのは事実。この状況を、活かさない手はない!)
すでに妹の姿での告白という、変化球の効果はある。意識させることができているのは二乃だけではなく、一花も同じなのだ。変装した自分の言葉を聞いてからの一花本人からのアプローチというのは、至って自然な流れである。カウントはすでに整えている。あとは、風太郎のハートに愛を込めた全力ストレートを投じるだけだ。
今まで特別気になる異性のいなかった一花に、男へのアプローチの経験はない。ゆえに、緊張も不安も壮大なものがある。でも、もう甘えたことは言ってられない。風太郎に好きになってもらいたい。自分の気持ちを知ってほしい。わがままな一花の恋は、まだまだこれからなのだ。
『上手くいけば儲けもの。何事も……挑戦だ』
思い出すのは、一花が彼への想いを自覚したあの日の風太郎の言葉。夢のために学校を辞めるかもしれないと告げた時も、風太郎は一花の夢を否定することなく、応援してくれた。
一花と風太郎だけの、冬も間近の夜だというのに温かかったあの時間。思い出すだけで、一花の心に勇気が湧いてくる。ベールを脱ぎ捨てるタイミングは、今しかない。
(成功するかはわからない。でも、フータロー君は絶対に私の気持ちと向き合ってくれる! まだ信頼を重ねてなかったあの時でも、フータロー君は私を認めてくれたんだから……!)
少女と少年が初めて心を通わせた、花火大会のあの日。自信のなさゆえに仕事から逃げ出した一花に、風太郎は正面から向き合い、背中を押してくれた。それだけではなく、一花をパートナーとして認め、自分の働く理由である家庭の事情を打ち明けてくれた。
これもまた、ひとつのオーディションである。自分を魅せる姿が審査員から風太郎に変わった、ただそれだけのことだ。
(ウジウジなんてしてられない。恥ずかしいからって逃げ出して妨害に徹するのは、もう終わり)
人間はモチベーションに突き動かされる生き物だ。そして、危機感もまた、モチベーションを高める動機のひとつである。妹に好きな人を取られたくないという想いは、一花の心を奮い立たせるには十分であった。それほどに、一花の風太郎を想う気持ちは強い。
「一花ちゃん、着いたよ。ゆっくり休んでね」
「ありがとうございます、社長。お疲れ様でした」
決意を瞳に宿したところで、車が家の近所に到着する。車から下車し、笑顔でお礼を言う一花。しかし、その笑顔の裏では風太郎への強い想いをひしめかせていた。
いてもたってもいられない。全員公平とはいえど早い者勝ちなのだ。ならば抜け駆け上等、先手必勝。誰に後ろ指を刺されようが知ったことではない。一花は早速、翌日に勝負を仕掛けることを決意した。
(誰が相手でも、負けるつもりなんてない! 絶対に、他の子にフータロー君は渡さない! 私の言葉で、フータロー君に好きを伝えてみせるんだ!!)
長女の本気は、ここから始まる。