ホテルに戻ってきた風太郎と四葉。今日の恋愛戦争はひと段落はしたが、まだやるべきことが残っている。
風太郎は三玖に呼び出され、彼女と対峙していた。
「フータロー、改めて……家族旅行でのこと、ごめんなさい!」
「!」
「私、どうしようもない馬鹿だった。知らなかったとかそういう問題じゃない。フータローを苦しめただけじゃなくて、一花の愛も、五月の夢も、みんなの気持ちも踏みにじってたことに気づかなかった。本当に、ごめんなさい」
頭を下げて、己の過ちを謝罪する三玖。失恋で落ち込んでいるというより、犯した過ちに深く反省しているといった様子である。
「三玖、前も言ったが、その件が尾を引いているわけじゃない。俺だってたくさん嘘をついていたんだから、責めることなんてねぇ。なによりそれ以上に、俺は───」
「うん、わかってる。フータローが何よりも一花の身を案じていることもそうだし、だからって私たちへの愛が消えたわけじゃないんだよね。だからこそ、謝りたいの。お互いにモヤモヤしたままなのは、嫌だから」
「……そうか」
「それと……気づかせてくれて、ありがとう。私、ここからまた頑張るから。もう愛を見失ったりしない。フータローの彼女にはなれなくても、私は私の幸せのために、強い女になれるように一歩を踏み出すよ」
「……三玖……」
先ほど拒絶した際にも話したことだが、それは風太郎もすでに通った道なのだ。
風太郎に彼女を責める理由なんて、嫌う理由なんてどこにもない。なにより、三玖の成長がとても嬉しい。
「いいんだ、本当に気にしないでくれ。俺の方こそ嘘をついてすまなかった」
「いいよ。お互いに反省、だね。二乃にも、言うんだよね? 一花と付き合ってること」
「あぁ、明日言うつもりだ。全員とここで決着をつける。今さっき四葉にも話したしな」
「そっか。二乃は私より手強いよ」
「準備は万全だ。気にすんな。お前の時みたいに心を傷つけるような失敗は、絶対にしない」
「んー、まぁ二乃は別にフータローの事情を知ったところでどこ吹く風って感じだと思うけどね」
笑みを浮かべる三玖。今までと変わらない日常の風景が戻ってきたことに、両者共に安堵していた。
「三玖、その……こんなタイミングでアレなんだが、よかったら受け取ってくれないか?」
「? なにこれ……本?」
「あぁ、日本史の料理の本だ。遅くなったが、誕生日プレゼントってことでひとつな。こういうの初めてだから、お気に召すかわからないが……」
「ふーん……」
受け取った三玖はまじまじと本を眺めるも、しばらくして風太郎に頬を膨らませたジト目を向ける。
「その……全員に同時に送るならともかく、振った女にプレゼントって、どうなの? 節操なしさんなの?」
「うっ……た、確かに、その通りだよな。すまん、いらないなら、俺が───」
「もう、冗談だよ。ありがと、フータロー。楽しく読ませてもらうね。でも私、こんなんでキープなんてされてあげないよ」
「そ、そういうつもりじゃねぇよ!」
「ふふっ、そんなにムキになんないでよ。大丈夫、フータローの気持ち、伝わってるから」
強い口調で否定する風太郎にも動ずることなく、宥める三玖。借金を抱えているにもかかわらず、贈り物をしてくれたという事実は、間違いなく親愛の証だ。
関係を変えることはできなくとも、悪化することもない。よき友人として、お互いに支え合えたらなと三玖は思っている。ゆえに、ふと浮かんだ疑問を軽い気持ちで風太郎に問いかける。
「ところでフータロー、他にも私についてた嘘があるって言ってたけど、それってなんなの? この際だから話してよ」
「……勤労感謝の日のことだ。お前たちからの誘いを断っておいて、四葉と会ってた。すまん」
「そうなんだ、それは…………待って。お前、たち? どういうこと、フータロー」
「…………実は一花にも、誘いを受けてた」
「そんな、みんなで出かける選択肢だってあったはずなのに、嘘つくなんて…………あれ、ていうか四葉と一緒だったってことは、あのアパレルショップではフータローはどこにいたの? 確かトイレはなかったと思うんだけど」
「………………」
「……ねぇ、私と一花、四葉とは試着室の前で遭遇したんだけど? フータロー、正直に答えて」
空気が一転する。三玖の侮蔑の眼差しに、風太郎は冷や汗が止まらない。
「フータローは、どこに、いたの?」
「……出来る限りでならお詫びするから、許してくれ……」
◇
風太郎が密かにおまわりさんのお世話になりそうなピンチを迎えていたころ、一花は四葉と二人で会っていた。
「一花、風太郎君から聞いたよ。付き合ってること。とりあえずおめでとう」
「……そうなんだ。ありがとう、四葉。私たちのこと、祝福してくれるんだ」
「うん、もちろんだよ。風太郎君が選んだんだもん。でも……今だから正直に言うね。背中を押しておいてなんだけど、私───一花だけは、選ばれて欲しくなかった」
「! それって……」
真剣な眼差しで一花を見据える四葉。一花も驚きを見せるものの、決して目は逸らさない。
「だって私からしてみれば意地悪お姉ちゃんだし。風太郎君が騙されてるって、信じて疑わなかったよ。私、一度も忘れたことないから」
「……やっぱり、覚えてたんだ。それだけ私は、四葉を傷つけてたんだね。ごめんね」
「ホントだよ。すっごくショックだった。でも、馬鹿なのは私だったよ。自分のこと、全部話したんだ。一花、本当に本気の恋だったんだね」
「……うん。私にとってフータロー君は、すごく大切な存在なの。悪いけど、どう考えてようとフータロー君が今の私を受け入れて、許してくれる限りは譲らないから」
「……そっか、いいんじゃないかな。私も逆の立場なら同じこと考えただろうし」
決して和やかな雰囲気ではない。しかし四葉はすでに、己が過ちを自覚している。風太郎によって、考えを改めたのだ。
「あのね、一花。私は自分のことしか考えてなかった。風太郎君に正体がバレた時も、約束を破ったことで嫌われるんじゃないかっていう恐怖で頭がいっぱいだった。自分の身を守ることばかりで何一つ成長していない私が、選ばれないのは必然だったよ」
自分を曝け出す勇気が、四葉にはなかった。しかし、今はすでに自分の悪い部分も自覚し、それを認めている。
「でも……私、負けない。お金を稼げるようになりながら、自分のしたいことをするって決めたの。今更なのはわかってても、それがお母さんに、風太郎君に贈れる、私の最大限の誠意なんだと思うんだ。もちろん、風太郎君の教えを忘れないことが大前提だけどね」
反省して次に活かす。成功は失敗の先にある。彼からもらった愛を見失わないことを心に秘めつつも、その上で四葉は自分のために生きると決めたのだ。
「もう私は迷わない。これが私なんだって受け入れて、自分で決めた道を歩んで、幸せを見つけていく。だから───」
誰に対しても心を誤魔化して、良く見せていただけの今までとは違う。自分を偽らずに堂々と胸を張り、自信を持って新たな一歩を踏み出すのだ。
「風太郎君と一緒に頑張んなよ、一花。でも、あぐらをかいてるようなら私、容赦なく奪うつもりでいるから。覚悟しといてね」
「……怖いなぁ。でも大丈夫、四葉にはそんなことできないよ。フータロー君を大切に思ってるなら、なおさらね」
「ふふん、私を甘く見てたら、痛い目みるよ」
良く言えば行動力の高さ、悪く言えば自制心の緩さ。それは四葉の持ち前である。だからあんな大胆なことだってできたのだ。
「私も一花に負けず劣らずの、ズルい女なんだから!」
◇
「……あんたたち、みんな戻ってたのね。……一花と四葉は?」
「おかえりなさい、二乃。二人は席を外していますよ」
「……あっそ」
「……ん? 二乃、帰ってきたの?」
「なによあんた、そんなグータラして」
「歩き疲れたから休養が必要なの。筋肉痛が心配」
「さすがにウォーキングで筋肉痛はダメでしょう……」
「それもそうだね。よっこらしょ」
部屋へと戻ってきた二乃は、すでにくつろいでいる五月に出迎えられる。三玖もベットでゴロンとしていたが、二乃に反応して起き上がる。
ちなみに五月は事の端末をすでに三玖から聞いている。三玖、四葉、二人とは無事に心晴れやかに決着をつけることができたことに、五月は母として安堵していた。これだけ受け入れてくれた姉が多ければ、二乃の失恋によるダメージも減らすことができるかもしれない。
四葉のようにひとりをサポートするのはともかく、慰める権利はあるはずだ。
「二乃、ちょっといい? 話したいことがあるの」
「? なによ」
「ここじゃちょっとあれだから」
部屋に戻るや早々、三玖に連れられて廊下へ出る二乃。
「私、フータローに告白した」
「……!」
三玖の言葉に、二乃は目を見開いて驚く。やはり四葉が時間を稼いだ隙に、三玖は関係を進めようとしていたのだ。
「まぁフられちゃったけどね。フータローは、もう好きな人が決まってるんだって」
「! うそっ……」
「まぁでもそれ以前に、私は愛を見失ってた自覚がなかった。馬鹿みたいに自分のことしか考えないでいたんだから、フータローに好きな人がいまいがフられるのは当然だったよ」
「……」
告白を受け入れてもらえなかった、と告げる三玖。二乃の心に痛みが刺す。ライバルが脱落したといっても、その相手は妹なのだ。明日は我が身かもしれないという恐怖心と同じくらいに、妹が傷ついていないか、二乃には気がかりだったが───
「自分のしたことに、後悔がないわけじゃない。でも今は私、スッキリしてるんだ。もっともっと、頑張りたいって思えるようになった。自分のしたいこと、見つけられたから」
「……!」
「だから、心配しなくていいよ。私はもっと自分を高められるように、これからも頑張るんだ」
そんな懸念を吹き飛ばす三玖の晴れやかな表情。妹の変化に、不思議と二乃も笑みがこぼれる。
「……そう。強くなったわね、三玖」
「ううん、二乃ほどじゃないよ。でも……いや、やっぱ同じくらいかな」
「えっ?」
「こっちの話」
結末を知っている身としては気になってしまうが、探るのは野暮だと思い三玖は話を終わらせる。
「なんであれ、この修学旅行で決着がつくのね。あんたの分まで、私が幸せを勝ち取ってやるわ。なんたって、フー君を一番愛してるのは、私なんだもの」
「…………」
「明日一花を倒して、それでおしまい。腹黒に目覚めた時点で一花は負けよ」
「…………そっか。ふふっ」
「何笑ってんのよ、もう」
「ごめんね。最低だけど、安心しちゃって」
「?」
自信にありふれた二乃を見て、三玖は確信した。彼女に奇跡は起こらない。
卑怯な手段を用いたかどうかではなく、そのあり方がかつての自分そのものだからだ。
(一花のことを何もわかってないのは、私だけじゃなかったんだね)
明らか短すぎてむしろ違和感…