スタイルチェンジ   作:きゅーぴー(ないんぴーす)

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#11

「……え……?」

「……信じられないよね。私だってこんな自分に都合の良すぎる話、あっていいのかなって思うよ。私はお姉さん失格で、二乃の言う通りフータロー君を裏切ってたのに。お姉さんでない私は嘘つきで、ただの最低な女でしかないのに」

 

 心の中で蠢いているであろうどんな感情よりも驚きの方が勝ったのか、信じられないものを見る目で一花を見つめる二乃。逆の立場なら同じ反応をしていただろうなと、一花は思う。

 風太郎に認めてもらえた今でも、一花の自己評価は変わらない。自分の性格もこのやり方も、何もかも。善か悪かと言われたら間違いなく悪だ。一花の声は震えており、姉でない自分に今も自信がないことが窺える。

 それでも、一花は変わった。妹のために姉として気持ちを押し殺すのではなく、自分の恋のため、幸せのために今を生きて、素直な気持ちを表現している。どれだけ自身を最低だと卑下ても、今の自分を拒絶はしない。風太郎がくれた愛を胸に、一花は目の色を変えて立ち上がる。

 

「でも……フータロー君は今までのお姉さんとしてあり続けた私の姿を覚えてくれていた。だからこそ幻滅するんじゃなくて、長男として私に共感してくれて……お姉さんでない私と馬鹿な過ちや、その動機にも理解を示してくれたの。フータロー君はお前の愛は嘘じゃないって信じてくれて、私を受け入れてくれたんだ」

「!?」

「そして最後にはね、お姉さんだからって我慢しないでいいって。これからは俺たちの喜びも悲しみも、ふたりで二等分しようって言って、抱きしめてくれたの。私、本当に、すっごく嬉しくて……みっともなく大泣きしちゃった」

「……う、そ……」

 

 あの時の風太郎の言葉を思い返すだけで、一花の涙腺は緩む。自分の姉としての努力も時間も、ひとつも無駄ではなかったという証明。風太郎が与えてくれた愛によって、今までの大変だった、悲しかった出来事も全て、人生に添える花として飾れるようになったのだ。

 

「そうして改めて伝えた四回目の告白で、私とフータロー君は結ばれたの。もう三玖も四葉も五月ちゃんも、全員知ってる。この修学旅行で、みんなに打ち明けるって決めてたんだ」

「─────」

 

 事の顛末を伝える一花に、愕然としている二乃。何も言葉が見当たらないといった様子である。彼女の心の中で何が渦巻いているのか、一花には感情の整理がついていないことしか推測できない。

 先ほどの二乃は一花の言葉に罪悪感を感じていたのだが、それは未だ風太郎と恋人同士ではないと思っていたがゆえの感情だ。決着がついた今ではどうなのか。評価が変わるのは当然であろう。

 悪印象のみを植えつけて終わらせるつもりは毛頭ないが、決して見過ごすことは許されない、一花の抜け駆けという自己中心的な振る舞い。これが終戦の要因だという事実が揺るがないものである以上、二乃に反逆の牙をむかれる覚悟は内に秘めておかねばならない。

 

「もうわかってると思うけど、今日は二乃に私の本気を見せるだけじゃなくて、認めて欲しかったから呼び出したの。……最低なのはわかってる。私がしたことは所詮抜け駆け。受け入れたくない、許せない。そんな気持ちが湧き上がることを、抑えろだなんて言うつもりはないよ」

 

 本来の目的を話す一花。冷淡な口調であっても、心は落ち着いているわけがない。決着はすでについているのだから身を引けだなんて、理不尽な話だ。自分の行動が非難されて然るべきものだということは彼女も理解している。一花が全てにおいて優位なこの状況でいくらおためごかしを口にしたところで、説得力を持たせられるかわからない。

 だが、決して一花は諦めない。何があっても、風太郎だけは譲れない。心を奮い立たせ、声に魂を込めて言葉を紡ぐ。

 

「だけど……私は愛を教わった。私のわがまま……デートの誘いを受けてくれたフータロー君の愛で、目が覚めたんだ。好かれたいって気持ちばかり先走って愛を見失っていたけど、自分の間違いに気がついたの」

 

 自分が最低なのは変わらなくても、まだ示せるものが一花にはある。彼女の心に響くかはわからなくても、わずかな可能性のために一花は戦う。

 

「さっきも似たようなこと言ったけど、いくら振り向いてほしいからって、好かれたいっていう気持ちを押し付けるだけじゃダメなんだよね。好きな人に愛してほしいなら、相手を気遣って、幸せを願う。好意を知ってほしい一方で相手を思いやる気持ちも忘れないことが大事なんだって、私は学んだの」

 

 これが、一花が反省して学んだこと。自分の恋心と愛を結び付けたいのであれば、独りよがりではいけない。人によって愛の定義は様々だが、相手を思いやる心を持ち続けることは、間違いなくひとつの愛といえる。

 

「私はフータロー君を誰にも取られたくなくて、卑怯な手段に頼ってた。二乃の告白に危機感が芽生えて正面から立ち向かった時も、まだ私はフータロー君に好かれたいっていう、独りよがりな愛を抱えたままだった。でも、そんな馬鹿な私に、フータロー君は今までの私への感謝を伝えてくれた。私のことを認めて、友達として誘いを受けてくれたの。そのおかげで私は、自分の間違いと、それについて話さなくちゃいけないって、フータロー君のためにもっと女として成長したいって、思うことができたんだ」

「ぁ……」

「自分のわがままを押し付けるだけの女のままだと、フータロー君の隣に立つ資格は持てない。恋だけじゃなくて、仕事も勉強も全力で頑張るの。だって、お姉さんでない私個人のこともフータロー君は立派な嘘つきだって褒めてくれて、価値はあるんだって示してくれた。その信頼に応えられないようじゃ、女として失格だから」

 

 二乃は顔を上げ、驚愕と動揺が混じりいる表情を見せる。それでも、二乃がどう感じとるかは一花にはまったく想像できない。

 そもそもどんなに愛を語ろうと、中野一花という少女の根本は、自己中心的な性格の悪い女であることに変わりはない。どれだけ心境の変化を言葉で表現しても、卑劣な手段を用いていたのは事実。犯した過ちは決して時効にはならない。

 抜け駆けしたことで取り戻した愛な上に前科もある以上、所詮風太郎に認めてもらえたから、好きになってくれたから一丁前に愛を語れるのではないかと疑われても、仕方ないと一花は思っている。

 

「いくら変化を口にしたところで私が恋のために卑怯なことをした事実は消えないし、お姉さん失格の最低な女なのは変わらない。だけど……」

 

 それでも、一花は決して好きな人から一方的に愛をもらって満足するような女ではない。支えたい。尽くしたい。寄り添いたい。甘えるだけじゃなく、甘えさせてあげたい。一花もまた、ずっと一人で戦い続けていた風太郎の心の拠り所として在りたいと思っているのだ。

 この新しく芽生えた一花のスタンスは、たとえ最終的に風太郎に全てを受け入れてもらえなかったとしても、デートに誘った際に今までの自分の姉としての姿を認めてもらえた時点で心に残り続けたに違いない。なぜなら一花は、風太郎の優しさで自らの間違いを自覚できた。それを改め、過ちや嘘を打ち明けようと決意できた。ただ彼女になりたいという恋心だけではなく、夢を応援してくれた、支えになってくれた風太郎への感謝があるからこそ、できたことだ。

 

「私のフータロー君への想いの強さは、誰にも負けない! 私は……」

 

 愛をくれた風太郎の姿が脳裏に浮かぶ。想いが、どんどん溢れてくる。

 作り笑いを見抜いてくれたあの時。頭を撫でてくれたあの時。抱き止めて助けてくれたあの時。労いの言葉をかけてくれたあの時。

 

「私は……!」

 

 誘いを受けてくれたあの時。口付けを交わしたあの時。嘘を受け入れて、抱きしめてくれた───

 

 

 

 

 

「私は、フータロー君が好き! 大好きっ!!」

 

 

 

 

 

 何があっても絶対に曲げられない、譲れない恋。胸の奥でたぎり続ける風太郎への強い愛の赴くまま、一花は叫ぶ。

 

「たとえこの先どんなことがあったって、お姉さんでないせいで全てを失うことになったって、死ぬまで一生、私のフータロー君への気持ちは変わらない!! 誰よりもなによりも、この世で一番愛してるのっ!!」

「……ううっ……」

「フータロー君ひとりに全部押し付けて私は甘い蜜を吸うだけだなんて、そんなのは絶対いやっ!! フータロー君の痛み、苦しみ、悲しみ、辛い感情全部、私と二等分するの。どんなことだって共に分け合うって、誓ったんだから!!」

 

 感情を露わに思いの丈をぶつける一花。泣くつもりなんてないのに、この局面で涙を流すことがいけないことなのはわかっているのに、瞳から溢れてしまうものをどうしても堪えられない。そんな普段見ることのない一花の姿とあまりにも強い想いに圧倒された二乃は、その場に崩れ落ちてしまう。

 所詮は理屈もへったくれもなしに自分を正当化する、ただの感情論。風太郎と出会うまでの一花には考えられない、年端もいかない子供のようなわがままで自分勝手な主張。そんな姉でない自分の最低さに、自分の幸せのためだけに妹を深く傷つけている事実に、一花は心が押しつぶされそうになる。

 それでも、どんなに汚くても、醜くても、一花は風太郎の隣で一輪の花として、強く咲き誇りたいと願っている。そのためならばどんな努力も厭わない。たとえ茎が腐っていようとも、誰に後ろ指を刺されようと関係ない。風太郎への想いは、死んでも貫き通す覚悟だ。

 

「誰が前に立ちはだかろうと、私はこの道を行く。こんな心の醜い女の私に寄り添ってくれるフータロー君は、私の全てなの。だから、たとえ二乃がお姉さんでない私とフータロー君の関係を認めないとしても、抜け駆けした私のことを憎もうと……フータロー君が私を彼女として認めててくれる限りは、私は絶対に譲らない」

「…………」

「……私が言いたいことはこれでおしまい。反論がないのなら、私は戻るね。納得できないなら、フータロー君やみんなに真実を聞いて。それでも許せない気持ちを払拭できないなら、全力で迎え討つだけだから」

 

 一花の告白にも二乃はへたり込んだまま言葉を発することができず、意気消沈しきっている。

 だが、一花が止まることはない。ついていけないのならば置いていくまでだ。もうこの場に用はないと言わんばかりに、突き放すように告げる。

 

 

 

「じゃあね、二乃」

 

 

 

 

 何も言い返すことができなかった。一花の強い想いを正面から叩きつけられた二乃は、彼女が去った後もその場から動けずじまいであった。

 すでに終戦を告げられた立場の二乃ではあるが、この目で確かめるまでは彼女の通告を完全に信じるわけにはいかず、たとえ真実だとしても愛の暴走機関車のスタンスは変わらない。恋を叶えたいのなら諦める理由はない。思う存分アピールして、振り向かせて奪ってみせればいい。

 だが、考えに反して心は置き去りにされたままだ。すでに二乃を突き動かす恋の燃料は根こそぎ荒らされ、底を尽きてしまった。それでもどうにかして発進を試みようものなら最後、一花は完全に二乃を敵と見做し、決別を余儀なくされるだろう。

 

「…………」

 

 涙が二乃の頬をつたう。二乃の心は風太郎を取られた悔しさや怒りよりも圧倒的に、一花が姉でなくなってしまったことによる悲しみが凌駕していた。変化球に頼ることをやめたとは言っても、姉でない一花の冷たい瞳が、妹より風太郎の方が大切と言う、姉妹の絆など知ったことではないという態度の姉が、二乃にはとても苦しかった。

 断じてそんな姉は認められなかった。大好きだからこそ優しい姉である一花に戻ってほしかった。姉であることを捨てる必要なんてなく、一花はそのままで、とても魅力に溢れているのだから。そんな一花を風太郎が好きになったとしても、納得も祝福も充分にできる。その想いが伝わると信じて、二乃は必死に訴えた。

 

 だけど、一花は。

 

『だったらどうして、蹴落としてでも叶えたいだなんて口にしたの!?』

 

 今まで一度も見たことのない一花の感情的な姿は、二乃の心に大打撃を与えた。一花視点からだと嘘になるような発言だったとはいえど、激しい怒りと尋常でない敵意を向けてきた姉に、二乃は強いショックを受けた。落ち着いた今ではある程度心の整理がつくが、それでも完全には拭えない。確かに二乃は蹴落としてでも叶えたい恋だと口にしたが、赤の他人であればまだしも、好きな姉妹にそのようなことはしたくなかった、というのが本音だ。

 三玖にアルバイトの面接での料理対決で勝利したことは蹴落とすという意味に該当すると考えているが、二乃は自分が勝ったことに罪悪感を感じていた。相手を罠に嵌めて貶めるような、狡猾な手段には頼ろうとは微塵も思っていなかった。姉妹とは正々堂々競い合い、最終的に自分が風太郎の隣を勝ち取り、全員に認めてもらう。それが二乃が思い描いていたサクセスストーリーである。

 

(一花があそこまで、フー君を求めていただなんて……)

 

 そんな二乃の理想から、一花は完全に逸脱していた。一花の姉としての使命感も風太郎への想いの強さも、全てが二乃の想像以上であった。

 そして、たとえ憎まれてでも風太郎は譲らないと宣言した一花に、二乃はどこか思い浮かぶものがあった。

 

『私はあんたを認めない。たとえそれであの子たちに嫌われようとも』

 

 それはかつて異文子と認識していた彼に放った一言。強い信念だったはずなのに、今の二乃にそんな様は見る影もない。時間を共有し心を通わせていく中で消えた彼への確執は、次第に恋心へと変換された。二乃自身完全に忘れていた姿だが、一花に問われて自分の気持ちの変化を振り返ることで思い出した。

 姉であることをやめた一花もまた同じような心境なのだろう。大切だからこそ絶対に譲れない、ということだ。しかし当時の自分と今の一花の覚悟が同等なものなのか、二乃には自信がない。実際に一花に怒りと敵意を向けられて、二乃はほとんど対抗できなかったのだから。裏を返せば一花がそんな顔をすることが想定になかったという証明でもある。

 

(想いの強さも、抱えてきた責任も。私と一花じゃ全然違う)

 

 風太郎と出会い恋をして変わり、成長したと考えている二乃。だが、同じように恋をした一花は自分の変化や主張を悪だと感じているのか、終始姉でない自分は最低だと言っていた。風太郎の隣に居座り続けようとする、己の欲を最優先に考える自身を心の醜い女と卑下ていたことからも、一花は自分が綺麗な存在だとは思っていないのは間違いない。

 他にも多々あった自虐的な発言や去り際の言葉からも、一花は自分と風太郎との関係を、二乃は認めないと考えているのだろう。他でもない二乃が今の一花のことを否定したのだから、当然といえる。

 しかし、それでも絶対に譲らないという一花の強固な意思。確かに姉でない一花が起こした諸々の行為とその在り方、そしてそんな彼女がすでに風太郎と結ばれているという事実は、二乃としては非常に受け入れがたいものである。

 

(でも、一花の言葉に、嘘は……)

 

 それでも、一花が完全にかつての姿を忘れたわけではないことは彼女とのやり取りで明らかだ。風太郎への愛を示したシーンだけではなく、二乃の今までの姉としての頑張りを支えなかった謝罪に対してそんなのは気にすることじゃない、と慰めてくれた。二乃も、あの瞬間はお互いに心が通じ合っていたと感じている。なにも結ばれたから愛を理解した、などとは思っていない。元々あった優しさが消えたわけではないと思ったから、二乃は説得に走ったのだ。

 ただ単に、一花はその上で風太郎が好きで、家族よりも大切だと思っているという、それだけの話だ。しかしそれもまた二乃との大きな違いである。一花が風太郎に強い好意を寄せる理由は、恋人抜きにしても愛を与えてくれた、姉でない自分に理解を示してくれたからなのであろう。心の拠り所と言うだけあって、妹以上に価値を見出すのは当然なのかも知れない。それでも二乃には認めたくないものであったゆえに、姉でない一花を否定したのだが───

 

(そうよ……私、なんで……)

 

 元々社交的で誰にでも優しいとはいえど、初期の問題ばかりの風太郎に対しても初めから親しげに接し、嫌悪感を抱いている様子など皆無であった一花。完全に心を開いているわけではなくとも、気を許しているのは早くから見て取れた。

 そうして今までの一花の風太郎への態度を思い返していく中で、改めて二乃は自分があの家族旅行で一花をひどく傷つけていたことを理解してしまう。

 

 

 

(……一花はフー君と出逢った最初の頃からずっと彼のこと、気にかけてたじゃない……)

 

 

 

 二乃は一花が風太郎への想いを募らせていたことを把握していなかったがために、相談を持ちかけた。しかし今にしてみれば、一目惚れと言って差し支えないであろう一花の恋心。相談した時には気にしていなかったとはいえど、三玖の存在ゆえに自分の想いを抑制していた一花にはとても辛いことだったに違いない。有無を言わさずに、姉として妹の恋をサポートしろと強要していたのだ。二乃の態度の急変に不満を感じていたのも当然といえる。

 相談の際風太郎の名は伏せていたが、一花の様子から察するに、すでに彼女には知られていたのだろう。真偽はどうであれ、二人だけで密会しようと考えていたことを一花だけに話してその手助けを頼んだ時点で、好きな人の正体を隠す気など微塵もない。

 

(こうして一花の本音を聞くまで、ずっと、私は……)

 

 もしも一花が協力の要請を断った場合、二乃はその理由を問いただすであろう。彼女の恋心を知っていれば話は別だが、知らないものは仕方がない。しかし把握していようがいまいが本来一花には従う義理などなく、風太郎を好きなのであれば断固拒否して当然のはずだ。逆の立場であれば一花相手であろうと二乃も間違いなく断っている。

 だが一花は長女であるがゆえに拒否の意思を示さなかった。二乃もまた、彼女が妹の頼みを断るという考えは一切頭になかった。心境の変化があったのか結果的に行動に移さなかったとはいえど、あの場では一花は自分の心に嘘をついて二乃の期待に応えようとした。

 いくら姉妹の絆が大切といっても、一花や他の姉妹が風太郎を好きだから自分の恋心は隠して恋の成就は諦めるといった、本心を誤魔化すような真似は二乃には絶対にありえない。二乃の頭にはない恋心の抑制は、長女が責任感の強い一花だったからこそ抱える葛藤である。

 仮に二乃が長女の立場で恋心を自覚したとしても、だからなんだと開き直るだけであろう。なぜなら、自分の恋は自分が幸せにならなければ意味はないと、他でもない二乃が言葉にしたのだから。

 その信念に基づいていたからこそ、二乃は姉妹の前であろうと積極的に自分の恋心を表現した。今でも二乃は、このような自分の恋愛スタイルが間違っているとは思っていない。そう思うからこそ、心に重くのしかかるものがある。

 

(一花のことを、全然わかってなかった。知ろうとすら、してなかったのね……)

 

 そんな二乃でも、一花が風太郎を気にかけていたことには気づけた。出会った頃の風太郎は二乃には敵としか思えなかったが、一花にとっては最初から何が感じるものがあったのだろう。

 現実を思い知った二乃は自分に問いかける。自分は本当に、家族を思える魅力があると言われるような女なのか。姉のことを何も知らないのに、五つ子の絆を大切に思っていると言えるのか。果たしてこれが本当に唯一の姉に姉妹想いと評される妹の在り方なのか、もはや二乃は自信が持てない。

 二乃は風太郎の彼女になることを心から望んでいた。三玖の恋心も把握していたが、そんなものはお構いなしと言わんばかりに積極的に行動していた。一花の恋心を知っても、最初から気にかけていたのはそういうことだったのかという考えに結びつくことはなかった。姉妹以上に風太郎に、自分の恋に夢中になっていた証明である。

 だが、それでも二乃にとって姉妹全員は大切な家族であることに変わりはなく、そこには確かに培われた絆が存在していると思っている。叶うことなら、仲の良さを保ちつつ風太郎と結ばれたい。自分が負けて他の姉妹が選ばれたとしても、それが全力で戦った結果だというなら後悔はなく、後腐れなく祝福したい。それが二乃の本心である。だからこそ、辛い。

 

「……っく……ぐすっ……」

 

 悲壮で嗚咽が漏れてしまう。わがままだとわかっていても、二乃は貪欲なことが罪だとも、間違いだとも考えていない。なぜなら自分の過去からの脱却を果たしてくれたのも風太郎との言葉のやり取りだけでなく、姉妹の存在があってこそだ。自分を成長させてくれた全ての人が大切で大好きなことが悪いわけがないと、二乃は今でも信じている。

 しかし、そこには甘さがあるのもまた事実。姉妹か風太郎か、どちらをとるか。たったひとりしかいない風太郎を取り合って自分だけが選ばれたいと思っているにもかかわらず、それでも仲良くしたいという都合の良いことは、一花の覚悟を見たあとでは口にできない。結局二乃は姉妹と風太郎を秤にかけれないのだ。

 そんな二乃が勝つ方法は正攻法しかない。積極的に好意を示して好きになってもらい、自分こそが風太郎に相応しいと姉妹に認めさせればいい。だが、一花はそれを実践したのだ。一花自ら出向いて変わった自分を前面に出し、風太郎から学んだ愛を主張していた。それを受けた二乃がどう感じたかは言うまでもない。

 

 想いの強さもなにもかも、一花の方が上だ。もう勝てるとは思えない。そもそも彼の隣を独占したいという欲以前に、戦う気力が湧いてこない。一花の言う通り、相手を、姉妹を蹴落としてでも叶えたいだなんて、絶対にできない。

 たとえ抜け駆けが決着の要因だとしても、今まで一花の苦しみを理解できなかった以上、咎めることなんてできるわけがない。一花は姉であったがために、自分の想いを伝えられていなかったのだ。恋を叶えたいという女として当然の幸せを求めることを、やめろなどとは言えない。二乃も自分の恋の成就のために、陰で一花に協力を依頼したのだから。

 

 だが、恋が終わったからといってこのままではいけない。もはや姉でない一花に納得できるかどうかなんて些細な問題だ。今の二乃が危惧していることは、ただひとつ。

 

 

 

 

 

 このままでは大好きな姉が、愛する彼が、二人とも自分のそばからいなくなってしまう。置き去りにされたまま、遠くへ離れていってしまう。

 一花ともう二度と、仲直りできないまま───

 

 

 

 

 

「ひぐっ、ううっ、いちかぁ……フーくん……うああああっ……!」

 

 とうとう二乃は大声をあげて泣きわめく。涙が溢れて止まらない。風太郎が一花を選んだこと以上に、大好きなただひとりの姉が自分を嫌ったまま遠くへ行こうとしていることが、二乃にはとても耐えられない。

 

『なんであんならしくもない、できもしないことを言ったのよっ!!』

 

 二乃にとって、生まれて初めて見た一花の激怒。その光景、受けた一字一句は、頭から離れることはない。

 だらしない一面もあれど妹の意思を尊重し、姉だからといって驕ることなく、わがままもお願いも優しく包みこんで聞いてくれる、心も器も広い姉。それが二乃の見てきた、大好きな一花である。

 だが、所詮それは妹のためにつけた仮面だ。今までの彼女の優しさや態度全てが嘘ではなくとも、一花の本心、葛藤は妹に明かされることはなかった。だから一花は唯一心を晒せる風太郎を必要として、風太郎はそんな彼女の支えになりたいと考えたのだろう。もう我慢しなくていい、これからは二等分しようと。彼女が風太郎に恋をするのは必然と語っていたのも納得である。

 

「ひっく、ぐすっ、ごめん、な、さい……!」

 

 思いやりに満ちた言葉のつもりだった、姉である一花なら祝福できるという台詞。本心であるとはいっても、一花の姉であるがゆえのジレンマを知らないからこそ出てきた発言であるのも事実だ。

 一花はあの相談さえなければ二乃が望む姉のままでいられた、風太郎を諦められたと言っていた。ゆえに相談の内容と食い違う主張をする二乃に対して激怒したのだ。聞いた直後は予想できなかった反論に驚いて考えが回らなかったが、彼女の言葉の内容は今までのように長女として心を殺し、妹のために自分の恋を諦めることを意味している。

 お互いに公平かつ全力で戦った結果負けるならそれもよしと思える二乃ではあるが、そもそもスタートラインが長女と妹では違うことを知らなかった。一花は姉としての自分を捨てて、初めて自分の気持ちに素直になることが許されるのだ。その時点で対等ではない。恋心は積極的に示すものと考えている二乃からしてみればそんな前提があることが理解不能なのだが、一花は全く気づく様子はなかった。

 逆に言えば、それだけ一花の長女としての使命感、責任感は強いものだったのだ。ずっと姉として自分の恋より妹を優先できた一花だからこそ妹の言葉が苦しかったのだと、今ならわかる。一花が激昂していた理由を知った二乃に残るのは、膨大な罪の意識である。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんな、さいっ……!」

 

 許しを乞うような謝罪を繰り返すも、すでにその言葉を届けたい相手はここにはいない。結局、二乃が一花のことを何も理解していなかったから彼女は姉でなくなってしまったのだ。

 五つ子の次女である二乃にとって、一花はただひとりの姉である。他の妹には話せないとして一花にのみ恋愛相談を持ちかけたあたり、信頼を寄せて頼りにしているのは明らかだ。だがそのせいか、一花の気持ちに、長女であるがゆえの葛藤に気づくことができなかった。三玖の風太郎への恋心はすぐに気づけたというのに、一花が風太郎への想いを募らせていたことはまったくわからなかった。ただ彼女が隠していたというだけでは説明がつかない。

 二乃は自分の恋に浮かれていたために、一花が相談に乗ることを苦痛と感じていただなんて思いもしなかった。冷たい目線を向けていた普段と雰囲気の違う一花にも、おかしいともなにも思わなかった。都合が良すぎないかという一花の発言の真意を読み取る考えすら及ばなかった。一花が最初から風太郎を気にかけていた事実なんて、自分の恋の成就の前には水の泡同然だった。

 一花の我慢が限界だという情報はあの相談の中で散りばめられていたのに、いかに自分のことしか見えていなかったのか、二乃の心は沈む一方である。この有様で絆が大切だと言っても説得力などない。

 そもそも二乃自身は知るよしもないのだ。姉妹の中で一花の風太郎への想いを知らなかったのは、自分だけであるということを。

 

(そんなの、怒って、当然よね……)

 

 家族である二乃が見てきた一花が彼女の全てではなかったという真実が、姉への理解度、彼女からの信頼度は他人だった風太郎以下だということを証明してしまう事実。五つ子なのに一花だけが姉として妹のために本心を隠すような関係に絆を感じ、それをかけがえのないものだと思っていた自分がどうしようもない節穴なのだと、二乃は自覚させられる。

 決して一花は強くはない。悩みもあれば落ち込むことも、涙を流すこともある。ただ妹の前でそれを晒さなかったにすぎない。弱さを見せる行為は姉失格だと、一花はずっと思っていたからだ。二乃は一花を頼りになる優しくて強い姉だと決めつけていたために、彼女の抱えるものに気づくことができなかった。その事実が心を痛める。家族なのに、五つ子なのに。たったひとりの、大好きなお姉ちゃん───

 

 

 

 

 

 

 

 大好きな、お姉ちゃん? 一花の苦しみを、何一つ理解できなかったのに? 恋人になる前の他人だった彼が気づけたことにすら、気づかなかったのに?

 

 これが本当に、大切な家族にできることなの? どうして私は一花が好きで、一花が変わることが嫌で、姉でいてほしいの?

 

 

 

 

 

 

 

(あ…………)

 

 心に問いかける内なる声。思考の海に引き摺り込まれた二乃は、風太郎と出会うまでの自分を顧みる。

 昔の全員が同じ姿をしていた時の思考が共有されているような居心地の良さは、二乃に安心感を与えていた。だからこそ五つ子の中でも二乃は姉妹が特別好きで、変わることが嫌だった。ずっとみんなと同じがいい、そして、他の姉妹も自分と同じ気持ちだと思っていた。

 それが、二乃が言葉にこそしなくても姉妹に抱いていた身勝手な期待そのものである。ゆえに二乃は、姉妹は全員自分と同じ考えでないと納得ができなかった。だが、五年前に母親を亡くし一花の散髪を機に、それに続くように妹たちも変わっていってしまった。かつての二乃は、間違いなく姉妹の変化に抵抗を感じていたのだ。

 

(それは昔の姉としての自覚のない、わがままな一花だって例外じゃない。変わっていくみんなが、嫌だったはずなのに)

 

 他の姉妹の髪型が変わったあとも二乃は変化を受け入れられずに自分を基準として物事を考えていたために、次第に風太郎に心を開いていった姉妹に不満を感じていた。早くから風太郎に好意を示していた三玖には意地悪を繰り返し、五月との喧嘩の際には彼女の変化にどんな背景があったのかを考えもせずに、知らない子になったみたいと受け入れず、風太郎からの仲直りの提案も拒絶した。

 そういった二乃の姉妹への反発、もとい一方的な期待の押し付けは変化を受け入れ、風太郎を完全に認めたことでなくなったと思われたが───ただひとり、例外が存在する。

 

(それでも最後には、みんなの変化を受け入れられた。自分から、四葉には変わりなさいって言えるようになった。だけど、どうして自分の幸せを望むようになった一花の変化を認められないの? 今までお姉ちゃんとして気持ちを抑えてた一花にとっては、必要な変化なのに)

 

 そう、一花に対してだけは違う。二乃自身も髪を切って心機一転して妹たちの変化へ理解を示した後も、唯一の姉である一花への期待だけは変わることはなかった。

 それは、風太郎と出会って変わっていった妹たちと違い、恋心を隠していた姉の大きな変化は見受けられなかったからだ。姉として自分の弱さ、本心を隠していた一花は、二乃と対立することはなく、心を乱す要因とはならなかった。おかげで、二乃は一花の在り方は変わらないと確信を持つことができ、そんな彼女の存在に安心感を抱いていた。

 

(そう、私はそんな一花が好きだった。だから一花は変わる必要なんてない。このままずっと、私を安心させてくれる大好きなお姉ちゃんでいてくれればいいのに、そんな一花なら祝福だってできるのに、これ以上の変化なんて誰も求めてなんて─────あ)

 

 しかし、二乃は散髪する前の横暴な一花にストレスを悪く思っていたわけではない。母を亡くす前のわがままな一花も、その後の姉である優しい一花も、二乃にとっては等しく大好きな姉であったはずなのだ。二乃からしてみれば昔と今の一花の違いは、姉としての自分を切り捨てて、妹より風太郎を優先しているという点だけである。それが嫌だから、二乃は今の一花を拒絶した。

 とどのつまり、そういうことである。

 

(……ようやく、わかった。私は、一花を思いやっていたわけじゃなかった。置いていかれることが嫌だとか一人が嫌とか以前に、いつまでも一花が変わらずに、私の心の安寧である優しい姉として、そばにいてくれることを望んでたんだ)

 

 安心感を得られる存在が、自分の意にそぐわない行動を取るなどという発想は普通は持たない。思い込みの激しい二乃であれば尚更である。姉である一花が二乃の心を乱すようなことは、今までほとんどしてこなかったのだから。まるで飼い犬に手を噛まれることなんてありえないと思い込む、単純で一方的な思考回路だ。

 ゆえに彼女が出会った頃から風太郎を気にかけていようと、特別な感情はないと判断した。一花は妹の気持ちを優先してお願いを聞いて助けてくれる、いつだって妹の心に寄り添える姉だと確信していたからこそ、二乃は自分の恋のために恋愛相談を持ちかけるだけでなく、手助けを依頼した。

 そんな二乃の思考傾向が、意味するものとは───

 

 

 

(私は安心感を与えてくれる一花が好きだから、姉としての在り方を捨てることが間違いだって言ったんだ。……結局、私はそんな、私の心を乱さない……聞き分けの良い、私に都合の良い理想の姉の一花しか求めてなかったんだ……)

 

 

 

 こんな歪み切った願望など認めたくない。しかし、でないと一花の抱えるものを何一つ知ろうとしなかったこと、実際に今日まで何もわからなかったことへの説明がつかない。

 元々変化を拒んでいた二乃は、妹たちが変わる中変化を見せなかった一花だけは変わらずに、ずっと自分の心を乱さない姉でいてくれると期待していた。いつまでもそんな都合の良い姉でいてくれることを、二乃は望んでいたのだ。

 それが断髪するまでの二乃と変わらない、ただの一方的な理想の押し付け、自分に都合の良い解釈でしかないことにも気づかずに。

 

『彼に会いに行くわ。手助けしてちょうだい』

 

 一花が断るなんて発想はなかった。だって姉なのだから。一花の風太郎への想いを知らなかったからできたこと。

 

『姉ってだけで随分上からね』

 

 皮肉をこめた一言。だってそんな一花は姉ではないのだから。一花の風太郎への想いの強さを知らなかったから言えたこと。

 

『お願い、もうこんな、一花らしくないことは───』

 

 二乃は自己嫌悪で回想を中断する。二乃にとって姉とはどういう存在なのか。姉の抱えるものを知らなかったのに、自分の理想とする一花以外は認めないなどと、どの立場で言えたものなのだろうか。

 対立しながらも心を通わせ本心を晒しあい、最後には互いに理解を深めあえた妹たちとは違う。一花に関しては心から目を背けるどころか合わせようとすらしていない。なぜなら変化の見えなかった、姉でいてくれた一花と対立の可能性などなく、そんな彼女の在り方が一花のありのままの姿だと思い込んでいたから。そんな相手にその必要はないから。そしてなにより、その方が二乃に都合が良いからだ。

 

(全部、私が自分のことしか考えてなかったから……)

 

 二乃がこのような思考傾向に至ってしまった原因は単に、長女としての意識を強く持った一花が、姉として妹とトラブルになるような行いを避けていたところにある。長女である一花は妹に余計な心配をかけさせまいと本心を隠し、妹の二乃はそんな姉を弱さなどない頼もしい長女だと思い込む。一花が隠していたのだから仕方がない、私は悪くないと割り切れられれば楽だが、二乃はそんな関係に絆があると思っていた。所詮一花の上部だけしか見ていなかったことに変わりはない。

 そうして自分の心を乱す不純物の存在を頭から消した結果、二乃は一花は変わらないと結論付けてしまった。その方が二乃にとって都合が良く、安心感を得られるからだ。いわゆる、典型的な確証バイアスである。二乃は変わっていった三玖や五月とは違い姉である一花だけは、変わらない存在───心の安息として、いつまでもずっとそばにいてくれるだろうと、それが当たり前だと思っていたのだ。

 二乃はそんな一花に、母を亡くしてからも温かい毎日をくれた、風太郎と出会って妹たちが変わってからもひとり変わらず姉として安心感を与え続けてくれた長女に、感謝の気持ちがあった。だからこそ姉でない一花を認めることができず、彼女だけはいつまでもそのままでいてほしかったのである。

 

『二乃、私がお姉さんでいたからみんなが自分を大切にできるって言ってたじゃん』

 

 全てが自分のためというわけではないと思いたいが、結局は一花のこの言葉通りだ。二乃は姉妹の平和な日常を維持することで、自分の心の平穏を保つことに価値をおいている。それには唯一の姉である一花の存在が必要不可欠なのだ。

 そのため、一花に姉でいさせてしまったことに気づいた時は一度は反省し謝罪するも、それ以上に姉としての自分を切り捨てる、妹なんてどうでもいいというような発言のショックの方が上回った。姉でない一花を否定し、風太郎もまた同じように今の彼女を受け入れないと信じて疑わなかった。

 

 一体何を根拠に、そんなことを言えたのだろうか。彼を敵視していた頃の二乃にも決して嫌わず諦めず真摯に向き合い、成長を遂げさせてくれたのが風太郎だ。立ち居振る舞いが理想と違うからといって切り捨てるなどありえない。

 なにより、そんな自分の行動の動機に理解を示してくれた風太郎のことを、二乃もまた意識し、好きになっていったのだから。変化を受け入れても、「なぜ」を一切考えない、自分の基準だけを絶対としてそれにそぐわないものに嘆く二乃の欠点は、全く改善されてなどいなかったのだ。

 

「あ……はは……」

 

 あまりにもひどい、己の都合の良い解釈と節穴具合を、二乃はただただ嗤うことしかできない。それなのに気づかずにいられれば幸せだったと、そう思ってしまう自分の心が恨めしい。一花に姉でいることを強いる権利など誰にもないのだと分かった後だというのに、二乃は未だに一花が優しい姉でなくなってしまったことを悲しく感じている。

 そもそも自分の心に嘘をつくことがどれだけつらいことか、一花と違い基本的に自分の心に素直でいられた二乃には理解できるはずがないのである。人の痛みを知らないからこそ二乃は、その場の自分の感情を優先して物を言うことができる。そんな人間が、相手の立場になって物事を冷静に考えるような思考傾向であるわけがないのだ。こればかりはもうどうしようもない。

 

(なんで……私は……こんな……)

 

 二乃は自責の念に駆られるばかりだ。今までの自分が嫌になり、考えが完全にマイナスへと傾いている。勝手に期待して勝手に置いていかれた気分になって被害者を気取り、自分の悲壮を誰にも理解されないからと周りに八つ当たりし、それでも姉だけは変わらないと思い込んで心の内を知ろうともしないで、どの口で姉妹の絆が大切と宣っていたのか。そもそも絆は存在するのか。いったい何が五つ子は五等分なのか。

 わからないことだらけのなかで、確かなことがひとつ。

 

(どう考えても一番醜いのは、私じゃない……)

 

 もう元の関係には戻れないことに、二乃は深い絶望に苛まれる。だがその元の関係とやらも、二乃が大切に思う姉妹の絆も、全て一花の姉としての使命感の上に成り立っていたものだ。

 血の繋がった姉である一花の責任感が強くなければ、母が亡くなった後も今までの二乃のように自分のしたいことに正直なままであれば、果たして五つ子は自分らしくあることができただろうか。不安を抱えたまま、変わることができなかったままではないだろうか。

 それ自体はあくまで想像であり仮定の話とはいえ、少なくとも必要以上の変化を求めていない二乃はその現状に、一花の存在に甘えていた。五つ子だけの平穏な日々がずっと続いてくれることを、かつての二乃は望んでいたのだから。その気持ちは、髪を切った後も消えてなどいなかったのだ。

 だからこそ二乃はそんな一花が好きで、信頼を寄せていたのである。

 

(それなのに、一花はずっと……)

 

 一花は母親の死と五月の歪んだ姿を見て立派な姉になれるようにとして、率先して変化を示した。立派なことではあるが、所詮妹ありきの動機だ。最初に五つ子共通のロングヘアーを切り落としたのも、夢を見つけて自立しようとしたのも一花である。横暴でわがままな様は影を潜め、妹たちのお手本になれるように頑張っていた。それも、四葉以外の妹は目の当たりにするまでかつての姿を忘れるほどに。変化自体を不本意に感じていた二乃とは違う。

 二乃は改めて理解する。一花があれほどまでに風太郎を求めているのは、妹に弱みを見せずに五つ子の精神的支柱としてあり続けただけではない。それに甘え続けて変わろうとも、彼女の心に目を向けようともしなかった今までの自分の怠慢もあったのだと。

 

「……ホント、最低な妹ね、私……」

 

 自虐的に呟く二乃。今まで姉の苦しみを何一つ知らなかった以上、こうして一花が姉としての自分を捨てると宣言しなければ、二乃は一花の葛藤に一生気づくことはなく、彼女の心中など理解すらできなかったであろう。なにより、自分を含め姉妹全員の変化に抵抗を感じていた以上、その必要はないとすら思っていた。

 一花の心に目を向けない挙句自分に都合の良い解釈ばかりしていたにもかかわらず、存在すらあやふやな薄っぺらい絆を盾にして理不尽を強要してしまった事実が、二乃は許せない。所詮二乃が一花に示したものは彼女への百パーセントの思いやりなどではなく、自分が安心感を得られる存在でないと嫌だからいつまでも姉でいろ、という今まで通りの自分勝手な願望が混じっていた、価値観の押し付けでもあったのだ。

 己の度が過ぎた自己中心的具合を自覚した二乃は、すっかり自分を嫌いになってしまった。

 

 

 

 しかしここまで二乃が感じている苦しみはすべて、一花が本当に心から大好きだから、一花の心の痛みを知ったからこそ生じるものでもあるということに、彼女は気づいていない。完全にネガティヴなイメージに心が支配された二乃に、立ち直る気力は皆無である。

 もう言葉は届かないかもしれない。だが、だからといって何もしないまま全てを諦めて、一花とわかり合えないまま袂を分かつのは絶対に嫌だ。許してもらえなくても、せめて謝りたい。そんな考えから二乃は震えた手でスマートフォンを取り出し、電話帳の項目を開く。

 

 

 

(ごめんなさい、フー君……でもお願い、私を助けて……!)

 

 

 

 

 風太郎へメールを送信し終わった一花は、ホテルへと向かっていた。

 完全に決着はついた。覚悟を示し、二乃の想いを圧倒した。予想外の展開に良心を強く痛めつける結果となったが、妥協も嘘もひとつもなく、自分の全てをさらけ出した。

 これで、あとは風太郎にバトンを繋ぐのみ。もう立ちはだかる恋敵はいない。ついに、ようやく風太郎の彼女として、妹の前でも堂々と彼の隣を独占できるのだ。

 

 

 

 それなのに、一花の心は充実感とは程遠い。強いショックに打ちひしがれた二乃の表情、崩れ落ちたまま立ち上がることのなかった妹の姿は、一花の頭から一向に離れてくれない。

 結局今もなお、一花は今までの姉としての心を完全には拭えずじまいである。

 

 

 

(…………)

 

 思わず一花は立ち止まる。姉であるがゆえに向けてくれた、風太郎からの信頼を裏切っていた一花。その被害者は彼だけでなく、二乃も含まれていたのだ。その事実が苦しい。相手の心を見誤って、深く傷つけてしまった。

 全貌を知った二乃がこの後どのような行動を起こすかは一花にも予想はできない。ただ、それで一花に不都合なことが起こったとしても、二乃を非難する権利はない。他ならぬ一花が、自分の欲のために彼女を深く傷つけたのだから。手痛いしっぺ返しを喰らうことは覚悟の上だ。

 たしかに二乃は恋を叶えるために姉であることを捨てた一花を否定した。それはいつまでも姉でいてほしいという願いでもあるが、卑怯な手段に頼らなくても十分そのままで魅力的なのだと言いたかったのだということも、一花には伝わっている。

 

(ホント、最低な女だな、私)

 

 そんな二乃の決死の願いを受けても、一花は自分の目的を優先した。非常に徹するだけでなく、すでに自分と風太郎は結ばれている、と言い放ったのだ。二乃の望まない姉でないままの一花にもかかわらず、彼女からの反論は一度たりともなかった。それだけ心に深い傷を負わせてしまったのだ。

 一花としては、説得力を持たせるためにエピソードや変化の詳細を具体的に述べたつもりではある。しかし、結局最後は子どものような感情論で突き放したにすぎない。そもそもそれ以前に、愛を自覚したから結果がついてきたのか、結果から愛が芽生えたのか、そこに疑問を抱かれてもおかしくないのだ。

 彼女の経験や心境的には前者とはいえど、すでに一花と風太郎が恋人同士だという大前提がある以上、後者だと捉えられても不思議ではない。抜け駆けして愛を会得し、結ばれる。そんな人間が偉そうに愛を語ったところで、相手の立場からしてみれば納得はできないであろう。一花の卑怯なやり方を見てきた二乃からすれば、自分に都合の良いことを口にしているだけ、と疑われてもやむなしである。

 冷静に振り返ってもネガティブな感情ばかりが湧きあがってしまう。穴だらけの作戦であったことを、今更一花は自覚する。

 

(結局……全部私が、どうしようもない、馬鹿だったせいで……)

 

 一花は自分の行動がいかに最低といえるものであるか強く自覚している。自分の恋のためだけに自ら出向いて二乃を傷つけた。本当にどうしようもなく罪深い。風太郎の返答にスムーズに納得してもらうようにする、彼の負担を減らすという理由も兼ねての行動ではあるが、前提として一花が愛を見失わなければ、アプローチの仕方を間違えなければその必要はなかったのだ。

 後悔の念は一花の中で蠢き続けている。たとえ相談を受けようと、どんな時でも姉としての自分を忘れずに冷静さを欠くことなく二乃の言葉を正しく読み取って、彼女が姉妹の絆を大切に思っていることを理解していれば、そしてその後も二乃が望んでいる姉として役目を果たし通せば、もしかしたらそんな姿を見てくれていた風太郎が一花の想いに気づき、自ら寄り添ってくれた可能性もあったのかもしれない。今まで通りの姉であれば、妹は祝福してくれると言ってくれたのだから。

 何であれ、結果的に目標を達成できたとは言い難い。姉である一花を求めていた彼女には酷い追い討ちとなってしまった。沈み切っていた二乃の反応からするに勝ち目がないと思っているであろうが、そういうことではない。心から納得させるといってもベクトルが違うのだ。

 

 認めてもらうのではなく、諦めさせた。感情の赴くままに怒りを叩きつけて、戦意を喪失させ傷つけた。二乃の様子から鑑みるに、心を晴れやかなまま恋を終わらせるのではなく、言葉の暴力で心をへし折ったという方が適切だ。こんなやり方が褒められるわけがない。

 自分の感情を優先するあまり周りが見えなくなって暴走し、常識や道徳から逸脱した行動を取ってしまう、中野家の五つ子の悪癖。かつて過ちを犯した一花はそれを自分で、五つ子の中で一番自覚していたにもかかわらず、またしても同じ失敗を繰り返したのだ。学習能力の無さにも限度がある。これでは彼に幻滅されてもなにも文句は言えない。

 自分に都合の良い解釈をしてしまったのは、感情に身を任せてしまったのは一花も同じだ。過ちから学ぶことのできない馬鹿な女が二乃に怒りを覚える資格などあったのかと、一花は強い自責の念に駆られる。

 

『お願い、もうこんな、一花らしくないことはやめてっ!!』

 

 姉であることが大前提とはいえど、自分が選ばれなくても祝福したいと思ってくれていた二乃。そんな妹の姿を振り返り、改めて自分の心の汚さ、性格の悪さ、その本質は昔から全く成長していない最低なものだと、一花は強く自覚する。

 仮に二乃の立場なら一花は絶対に祝福などできない。本心を自覚する以前の彼女ならまだしも、自分の気持ちに素直になってからの一花にはありえない。想いを告げられないまま初恋が終わった現実を受け入れられず、愛を見失ったまま独りよがりな恋心だけが暴走し、さらに変装や嘘などの卑劣な手口を用いて二乃や三玖を貶めようとしていたことであろう。

 結局なにもかも一花が、愚かな間違いを犯したことがこの結末の元凶である。抜け駆けして結ばれた時点で、ハッピーエンドなど絶望的な未来なのだ。心が自己嫌悪でいっぱいになる。

 

(……しっかりしないと。こんな顔、フータロー君に見せられない……)

 

 またしても瞳から感情がこぼれそうになるも、一花はそんな資格はないと堪える。姉としてのスタイルがどれだけ心を蝕もうと、一花の一番が風太郎なのは変わらないのだから。後ろめたさはあれど、一花は自分から風太郎を手放すつもりは一切ない。風太郎を独占できる立場にありながら苦しさで二度も涙を流すなど、そんなことが許されるわけがない。

 この苦しみは心に刻みつけなければいけないものだ。辛くても下を向くのは一瞬だけ。結末がどうであろうと受け入れて、痛みは自分の心にしまい込む。所詮罪悪感を紛らわせるための免罪符でもある以上、心の中であろうと謝罪は絶対にしない。それが中野一花の女としての意地だ。

 一花は歩行を再開する。沈みかけた心に鞭を打ち、かつての姉である自分を振り払うかのように、歩くスピードを早める。脇腹の痛さなど気にも止めない。

 数分もしないうちに、ホテルに到着した。すると、駆け足でホテルを飛び出さんとする彼氏の姿が一花の視界に入る。彼もまた、一花を見つけて動きを止めてくれた。

 

「……フータロー君」

 

 湧き上がる恐怖心を押さえ込んで平然を装い、一花は風太郎と言葉を交わす。

 

「一花。……その、終わったん、だよな」

「うん、そうだよ。メール、届いたよね?」

「あぁ、確認した。最後まで聞いたよ。……まったく、お前ってやつは」

 

 呆れたトーンで話す風太郎。それも当然といえる。一花から送られてきたメールには、添付ファイルが付属されていた。

そして、その中身は先ほどの二乃とのやり取り一部始終を、録音したものだったのだ。

 

「……聞いての通りだよ。あれが君の知らない、お姉さんじゃない本当の私。フータロー君の隣を独占するためなら、私は妹の涙ながらの願いすらも切り捨てる女なの」

 

 風太郎に今の自分の顔を見せるわけにはいかないと判断した一花は、あえて彼の横を通り過ぎ、向かい合わずに背を向けて語る。

 録音した理由はいたって単純である。風太郎が自分の性悪度合い、姉でない自分を口頭でしか知らないことが、一花にとっては苦痛だった。昨日一花は風太郎に、その旨を話したのである。一花の全て───自分の本性、性格の悪さを風太郎に晒す。これが一花のもうひとつの目的だ。

 

 前日の、ベンチでの会話。

 

『私ね、まだモヤモヤしてることがあるの』

『ん……お前も、なんかあるのか?』

『うん。その……君にまだ、全てを晒せてないなーって思っててさ』

『? どういうことだよ』

『いくら嘘を打ち明けたっていってもさ、君は私のお姉さんでない姿、口頭でしか知らないじゃん。それってなんか、フータロー君に隠し事をしてるみたいでイヤなんだよね』

『……まぁ、確かに目撃したわけではないしな。イメージもあまりできん』

『でしょ? だって君を愛してるのに、そんなことをする理由がないもん』

『なるほど……だからこそ、ってことか』

『そう。こういう関係になってから打ち明けるってのもアレだけど……やっぱフータロー君には、私の全てを知って欲しい。だから───』

 

『ケータイの充電は、ちゃんとしておいてよねっ。君の知らない、私の本気……しっかり聞いて、その上で私と向き合ってほしいの』

 

 

 

 一花は風太郎を愛している。だからこそ醜い心も含めて、すべてを晒したい。大好きな人にはやましい隠し事などなにひとつない、ありのままの自分でいたいと、一花は思っている。立派な姉を目指す背景も後半の逆上も、予想外の展開の末に導かれたものではあるが、全て一花の本心だ。

 しかし、一花の行いは結局は自分を知って欲しい、自分が楽になりたいという、ただのエゴでしかない。一対一で対決しないといけないために彼と繋がる電話や、近くに風太郎を呼んで陰で聞いてもらうという選択肢を外して録音を選択したわけではあるが、そんなものは気休めにもならない。何度も二乃に見せた冷たい表情も、風太郎には晒せていないのだ。

 

(ダメ……こんなどうしようもない馬鹿な女、フータロー君の彼女として、失格だ……)

 

 震えを隠そうとするも抑えられているかわからない。結局、一花には自信がないのだ。妹を自分の幸せのために利用して傷つけるような性悪女が、堂々と風太郎の彼女として存在していいのか。

 今の一花は想いが暴走してなりふり構わず愛を求め、風太郎に好かれたいと思っていた頃とは違う。恋が成就したことも関係しているが、自分に愛をくれた風太郎の気持ちが最優先だ。

 もしこの件で風太郎が一花に幻滅したというのなら、失恋も致し方ないと割り切れる。一花がどれだけ風太郎の彼女でいることを望んでいようが、それは彼には関係ない。

 

 しかしこの考え方は裏を返せば、風太郎の、恋人の愛を信頼できない、ということを意味している。本当に、どうしようもない最低の女だ。

 

(でも、いやだ……別れたく、ないよ……!)

 

 それでも今の一花は自分の恋を捨てきれない。この世でただひとりの心の拠り所である風太郎に、そばにいてほしい。愛してもらいたい。長女でない一花はわがままで自分勝手な、どこにでもいる普通の少女なのだ。

 

「お姉さん、フータロー君の感想を聞きたいな。どうだった? 君が受け入れてくれたお姉さんでない私は、自分の幸せのためだけに、平気で妹を傷つける女なんだよ」

 

 風太郎へと振り向き、普段と変わらない声色で一花は問う。それでも向き合わなければならない。どうであれ決着をつけられないようでは、散々傷つけてきた、受け入れてくれた妹たちに顔向けができない。

 

「……そうだな。いろいろ思うことはあるが……はっきり言って、姉としては最悪だ。自己中心的でわがままなのが、今の一花なんだってよく理解したよ。だから───お仕置きだ」

 

 一花へと歩を進め、近づく風太郎。関係が終わってしまうかもしれない恐怖に心が震え、目をつぶってしまう一花。そして、パチンという音が響く。

 風太郎が一花の両頬を両手で軽く叩き、そのまま動かさず手を這わせている。かつて一花が、作り笑いで自分の弱さを誤魔化そうとした時と同じように。

 

「え……フータロー、くん……?」

「……痛かったか?」

「う、ううん……全然……」

 

 力加減を気にしたのか、心配そうな声色で問いかける風太郎。実際、一花は痛みを感じていない。

 雰囲気もあってか以前のように頬をぐにぐに伸ばすこともなく、風太郎は語る。

 

「ったく、姉じゃないからなんだって言うんだ。言ったろ、一花が姉だとかそうでないとか関係ないって。俺は長女として頑張ってきた一花を見てきた。だからこそ、そんな一花が俺を必要としてくれたことが嬉しくて、ずっと抱え続けてきたジレンマごと、お前の心を包み込んであげたいって思ったんだ」

 

 風太郎はそのまま、右手で一花の左の頬をさする。長男でもあり一花の恋人でもある、愛と真心を込めた、優しい手つきだ。

 

「たしかに二乃は姉でない一花に抵抗があったんだろう。お前はそれに気づくことができなかった。でも会話を聞く限りあいつだって、姉である一花を支えにしていた。それによって生じる一花の長女ゆえの葛藤や苦しみを、何も知らなかったんだ。お前たちはお互いを理解しているようでしていない。昨日の一花の言葉は、まさしくその通りだったわけだな。だから一花も二乃も、片方が一方的に悪いってことはないんじゃないか?」

「で、でも……」

「それに、一度二乃は謝ってたじゃねぇか。お前の本心を知らなかったことと、頼りすぎだったことについて……それはあいつが言ってた通り、心からの感謝があるからなんだよ。お前が今まで二乃の支えだったのは事実なんだ」

 

 やたら彼女たちの会話の中で飛び交っていた、相談というワード。話の内容から考えるに、二乃は一花に恋愛相談を持ちかけたのだろう。同い年の二乃から見ても、長女の一花は頼り甲斐のある存在だということである。

 家族に対する想いが良くも悪くも強い二乃にとって、姉でいてくれる一花の存在は精神的支柱だったのだろう。だからこそ気兼ねなく相談もできる。だが、おかげで全く気づけなかったのだ。その逆はありえないということに。

 

「あいつはそんな一花の優しさが、姉としての在り方を捨てたことで消えちまったって思ってるんだろう。だから姉でないお前のことを否定したんだと思うが……でも、それは間違いだ。俺は、お前の姉として妹を想う心が消えたとは思わない。姉でないとしても、絶対に性格の悪さなんかが、今の一花の全てじゃない」

 

 姉だからといって、妹の期待に応え続けなければならない義理はどこにもない。たとえ誰が否定しようと、風太郎は一花を信じている。

 

「一花。お前には人を、妹を気遣える、優しい心があるんだ。だから二乃の言葉だって本当に苦しくて、傷つけただけじゃなくて応えられないことにも罪悪感を抱えているんだろ。さっきの発言や今のお前の表情がそれを物語ってる」

「……っ……」

「それ以前に、あいつの最初の謝罪をお前はなんてことのないように慰めた。妹のために立派な姉になるんだって、決意したんだろ。それはあの時変わろうとした、俺と同じ……間違いなく、昔から変わらない、ありのままの一花の優しさなんだよ。その心がなかったら、お前は今そんなに苦しんでいないはずだ。いくら自分の恋を優先しようと、一花の妹を気にかける心は消えたわけじゃないって、俺は確信してる」

「……だけど、私は二乃を……」

 

 風太郎の優しさに、少なからず嬉しい気持ちを感じる一花。だが、自分が姉でないせいで傷つけてしまったことの罪悪感は消えない。風太郎を手放せない以上譲るつもりはなくても、自分が馬鹿だから起こってしまった今回の騒動なのだ。

 それでも、風太郎の一花への信頼は消えはしない。一花の姉としての使命感を宿すことを決意した背景の詳細を、二乃との会話の中で聞くことができた。一花自ら、昔は意地悪な姉だったと言っていたが、それでも彼女には、横暴だった幼い頃から妹を思う心は存在していたのだ。

 二乃が自分の恋の結末に感じていることは怒りではないことを、すでに風太郎は把握している。だから、風太郎のすることは関係を打ち明け、二乃に一花の優しさは消えてなどいないことをを伝えるだけでいい。

 

「そうだな。二乃の姉妹好きの度合いを甘く見ていたのはお前の判断ミスだとは思う。あいつは本当にお前のことが大好きで、姉でいてくれたことに感謝しているんだ。だからこそ、いなくなることが悲しかったんだろう。さっきも言った通り、一花も二乃もお互いのことを知らなかったから必要以上に傷ついちまったわけだな」

 

 初期は姉妹に嫌われてでも風太郎を認めないと口にしていた二乃。今とは風太郎への態度こそ大違いだが、多少の歪みこそあれど姉妹が好きなのは変わりない。

 

「でも一花、安心しろ。二乃は怒ってなんてない。傷ついてはいるだろうが、それは今のお前みたいに、自分を責めているからだ。一花の想いは、あいつにちゃんと届いてるはずだぜ」

「……フータロー、くん……」

 

 風太郎が聞く限り二乃は、一花がすでに風太郎と恋人関係にあることを知った後も反論をしなかった。それは一花に圧倒されたことに加えて、彼女の本心を知らなかったことが許せなかったからだと、風太郎は考えている。わがままでもあるが、二乃は決して心が狭い少女ではない。一花が大好きという気持ちは本物なのだ。

 励ましてはいるが、一花はまだ落ち込んでいる。自分の行いに自信がないのだろう。そんな彼女に風太郎ができることは、正面から向き合うことだ。

 

「一花。正直お前の行動は粗もあったし、お世辞にも褒められるものとは言えない。もっとうまい立ち回りだってできただろうし、二乃を傷つけた以上責められても仕方ないことだ。打ち明けるにしても良いタイミングがあったと思う。だけど、俺は一花の行動全てが間違いだなんて、ちっとも思ってねぇんだよ」

「……え……?」

 

 一花が二乃を傷つけたのは事実であり、彼女の所業が善でないことは当然であろう。だが、全てが悪だなんてことは絶対にない。

 

「心と心を通わせることは相手の本心と向き合うために、それを乗り越えて成長するために必要なことなんだって、一花が言ったんじゃねぇか。それに俺が最初から出向いていたら、二乃は一花の葛藤を知ることはなかったと思う。どうせお前は姉として自分の本心を妹に晒すことなんて、全然なかったんだろうしな」

「……そんな……私はただ、自分のために……」

「あぁ、姉でないお前はそういうスタンスだし、そんな意図はなかったんだろう。でもな、一花。俺は別に、そんなもんどっちだっていいんだよ」

 

 一花は二乃の成長を目的としていたわけではない。同じ恋をするものとして二乃の想いの強さ、覚悟を知ることは必要だと思いはしたが、あくまで自分が認めてもらう、風太郎に自分を晒すという目的あっての行動だ。ただの私利私欲でしかない。しかし、一花がそのように考えていることくらい風太郎もお見通しである。

 確かに理不尽に二乃を責めるような言動もあった。姉としては間違いなく赤点だ。だが、自分の幸せのために面と向かって妹に本心をぶつける。二乃と違い、一花は今までそれができなかった。姉として妹を優先していた彼女にとってそれは、間違いなく成長なのだ。これは一花にとってはもちろん、二乃にとっても必要なことになってくれると、風太郎は信じている。

 たとえそうでなかったとしても、二乃がそれを望んでいないとしても、それでも風太郎が一花に抱く愛は揺るがない。一花が真に伝えたい言葉は、風太郎の心に届いているのだから。

 

「お前の性格の悪さが出てる姉妹喧嘩を聞いたところで、俺の気持ちが変わることは絶対にない。そういうの全部ひっくるめて、一花が俺を一番愛してるって言ってくれたことが……俺はなによりも嬉しかったんだ。俺のことを思いやってくれる一花の愛が、心を温かくしてくれるんだよ。やっぱり俺は、お前に隣にいて欲しい」

「!」

 

 一花は一方的に愛を与えられたと思っているようだが、風太郎からしてみればそんなことはない。一花が与えてくれた愛によって、風太郎は自分に自信を取り戻した。結果、四葉相手には変化球を交えつつも彼女の本心を引き出して、決着をつけることに成功したのだ。一花の存在なくして達成できなかった成果である。

 

「痛み、苦しみ、悲しみ……辛いことだけ一花と半分こだなんて、そんなの死んでもごめんだ。俺の嬉しいって気持ちを、一花と分かち合いたい。言っただろ、我慢なんてするなって、喜びだって二等分だって」

「……なんで……私、君に、助けられてばかりなのに……全然二等分なんて、できてないのに……」

「……相変わらず、お前は全然自分の価値をわかってねぇな。俺だってもうすでにたくさん、一花に愛をもらっているんだよ。だから何度でも言うぞ」

 

 一花は自分の気持ちに素直になった結果、妹を傷つけた。だから自分を責めている。それでも、風太郎の恋心が冷めることはありえない。

 あまりにも自己評価の低い馬鹿少女に、伝えなければならない。大切に思っていること。一花が与えてくれた愛が、消えることはないということを。

 

「俺は一花が大好きだ。この気持ちは変わることはない。お前が俺にくれた愛は、俺に人として当然の、普通の幸せを求めさせてくれたんだよ。俺と一花は同じなんだ」

「っ……!」

 

 真っ直ぐな愛を示す風太郎。一花も、ずっと堪えてきた涙腺が限界を迎えようとしている。泣く資格なんてないのに。最低だって、わかっているのに。

 

「反省すべきところはあるだろうが、俺の一花への愛は変わらない。一緒に失敗から学んで、成長していけばいいんだ。お前が望んでくれる限り、俺はずっとそばにいる。二乃に心から祝福してもらえるように、俺も全力で立ち向かう」

 

 風太郎は自分の胸に拳を当てて、真剣な眼差しで一花に告げる。その視線の熱さに、一花の心は溶かされる。

 

「だから、ここからは俺に任せろ。俺の正直な気持ちを伝えつつもうまくフォローして、いつも通りのあいつを思い出させてやるさ」

「ううっ……フータロー、くん……!」

「あぁもう、泣くなよ……いや、我慢しろってわけじゃねぇけど、お前には笑顔が一番なんだからよ」

「ごめんなさい……私、本当に、自分勝手で……こんなの、ただのマッチポンプなのに……」

 

 一花は涙声で謝罪する。所詮は自作自演である。一花は自分の行いで勝手に傷ついておいて、風太郎に慰めてもらっている。今でも自分のしたことに自信は持てない。

 

「でも、嬉しい……すごく、嬉しいの……嫌わないでくれて……認めて、くれて……うぇええ……」

 

 だけど、風太郎は信じてくれた。悪いところは悪いとはっきり口にしたうえで、必要なことだったと心に訴えてくれた。だったら、いつまでもしょげてなどいられない。

 

「いいんだよ。俺は姉でないお前の姿を知れてよかったって思ってるし、一花の気持ちだって伝わってる。だから俺も、お前の笑顔のために戦う。二乃の場所はわかってんだよな」

「……うん、移動してなければ、だけど」

「そうか、なら行ってくる。俺にはお前としたいことが、山ほどあるんだ。だから絶対、俺たち全員のハッピーエンドを掴み取ってみせる。一花のしたことが無意味なんかじゃないって、俺が絶対に証明してみせるからな」

「……フータロー君……! うんっ! ありがとっ!」

 

 涙を浮かべながらも笑顔を見せる一花。風太郎も笑顔を返してくれた。

 ダッシュでホテルを後にする風太郎を見送る。一花は自分の単純さに呆れつつも、自分にできることをするために心を切り替える。涙を拭い、再度戦う意思を宿す。

 

(私もこうしちゃいられない。二乃が、こんな私との和解を望んでくれるのなら、もう一度……!)

 




最初は10と11はワンセットでした
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