「フータロー君? どうしたの、呼び出しなんて……なんかまた、トラブルとか───」
「いや、別にそんなんじゃねぇよ。ていうか急で悪いな。今時間大丈夫だったか?」
「うん、私はひとまず室内のシャワーで済ませたから。全然大丈夫だよ」
「そうか、ならちょうどいいな」
修学旅行二日目の夜の夕食後、風太郎は一花を呼び出した。今は各自自由時間であり、消灯まではそれなりの猶予がある。その時間を活かして、どうしても風太郎にはやりたいことがあった。妹たち全員と、決着をつけたあとだからできること。
「俺の部屋、来てくれ」
「……ふへ?」
「前田と武田は今温泉行ってる。二人だけでいられるのは、このタイミングしかないんだ」
「えっ、ウソ、いきなり……?」
一花の手を取り、移動する風太郎。数分もしないうちに上杉班の部屋に到着する。
「まぁ、座ってくれ」
「う、うん」
「時間があってよかったぜ。どうしても俺は、お前とこの場所で、やりたいことがあるんだ」
「!?」
ベットの上で向かい合う。緊張している一花に対して風太郎は落ち着いている。そんな風太郎の様子から流石にここでヤることヤるわけではないだろうと思いつつも、一花はドキドキを抑えられない。
そんな一花の心境など知らない風太郎は、いたって普段通りに、手元の鞄からトランプを取り出し───
「七並べ、やろうぜ」
お互い勝敗を気にしていないのか、深く考えずにカードを交互に出していく風太郎と一花。
「二人だとこれ時間かかるな……」
「…………」
「……一花?」
「は、はひっ!」
「どうしたよ、心ここにあらずって感じだったぞ」
「だ、だって……」
「あー……そうだ、誘った理由、話してなかったな」
納得したような様子の風太郎。そんな彼を見て、一花は唐突に風太郎が七並べを持ちかけてきた理由を考えてしまう。
(まさか、フータロー君……私のこと……)
一花の心臓の鼓動が激しさを増す。もしかしたら、彼は───
「そのな、一花。四葉が教えてくれたんだ。五年前俺と一花はこの場所で、会ってたんだってな」
「……!」
予想は的中したが、それでも一花は驚きを隠せない。彼が気づくとは思っていなかったのだ。
自分から話すつもりはなかった以上、彼自ら話を振ってくれたというのは一花にとって嬉しいことである。しかし。
「ようやく納得がいったんだよ。花火大会のあの時、お前の作り笑いを見抜けた理由。それはたしかに、ここでお前の心からの楽しそうな笑顔を見たから、なんだよな」
「…………」
「? なんだよ、嬉しそうじゃないな。せっかくの再会だってことが判明したのに」
「いや、だって……私、四葉を装って……」
「ん、あぁ……なるほどな」
そもそも昔風太郎と過ごした時間は、本来であれば四葉のものだったはずなのだ。姉としての自覚がない一花が独占した、身勝手な行為でしかない。
しかし、風太郎にはもう一花の思考傾向はお見通しだ。いつからかはわからないが、彼女はすでに五年前会っていたことには気づいていたのだろう。それを自分から話さなかった理由も、想像できる。
「まぁたしかに、そういうことでもあるわな。昔のお前が横暴だったっていう点に、説得力が増したわ。けど、まだお互いガキだったわけだし、そんな気にすんなって」
「そうは言っても……四葉は、ずっと気にしてたみたいなんだ。前に話した通り昔の私はわがままで、それに加えて昔は四葉に意地悪してたみたいで、恥ずかしい話あんまり覚えてないんだけど……」
「んー……でも、あいつと話し合ったんだろ? 四葉だって、あれで自分の欲に忠実なやつだ。お互いに反省してるわけだし、あいつも納得してくれた。それにな」
風太郎は温かな眼差しを向ける。姉としての一花の在り方を、誰よりも評価してる風太郎だからこそ言える言葉。妹が果たせなかった目標を、代わりに果たしている事実。
「お前は長女としてお金を稼いで、あいつらを支えていたのは事実なんだ。それが俺には、すげぇ嬉しいんだよ。あいつらじゃなくて、一花だからこそできたことなんだぜ」
「え……?」
「五月も言ってたことだけど、今のお前にその時みたいな妹優先の姿勢はなくても、姉でいてくれた事実が消えるわけじゃない。あいつらはみんな、本当に一花に感謝しているんだよ。その姿があったから、今こうして全員に認めてもらえているんだからな」
四葉と交わした約束の詳細を知らない一花は疑問符を浮かべている。
だが、話さなくとも伝わっているはずだ。この気持ちは変わることはないという、風太郎の一花への全幅の信頼。
「だから……これからもよろしくな、一花。その、俺の前では姉としてでなく、普通の女の子として……たくさん、甘えてくれ」
「……フータロー君……」
頬を染めながらも、真っ直ぐに愛を伝える風太郎。それを受けた一花の顔は、ぱあっと明るくなる。
「フータロー君! だいすきっ♡」
トランプを巻き込んで、風太郎に飛びつく一花。当然抱きつく構図になる。しかし上杉家の時とは違い、雰囲気はただのバカップルである。
「ちょっ、おいっ、試合中だぞ」
「いいじゃん、ちょっとくらい多めに見てよっ」
驚く風太郎に対し、満面の笑みの一花。表情から、彼女が発する一言ひとことから、大好きが溢れて出ている。
「だって私今本当に、すっごくすっごく、幸せなんだもん!」
◇
一戦交えてお互いに心を通わせて、さらに絆を育んだ風太郎と一花。だが、修学旅行は二人だけのものではない。
二乃、三玖、四葉、そして五月。六人全員で共有できる、楽しい思い出を作りたい。振っておきながらこんな思考になってしまうのが自分勝手だということは、風太郎自身わかってはいるのだが、彼にとって彼女たちもまた、大切な生徒であり、友達なのだ。
そんな想いから、風太郎は一花に頼んで、四人を男部屋に呼び出すことにした。
「来たな。お前ら、大富豪すっぞ!!」
五つ子が部屋に入るや否や、開口一番宣言する風太郎。貴重な遊び道具であるトランプを活かさないという選択肢はない。学級長権限を行使してでも、この時間は遊び通す。
「な、なによ、唐突ね。まぁいいわよ」
「私もいいよ。大富豪、久しぶりかも」
「ねー。こういう場所じゃないとトランプ自体やらないよね」
「みんな当然のようにやる流れなのですね……私も構いませんけど」
風太郎の雰囲気に飲まれたのか、はたまた彼の気遣いだと思ったのか、特に拒否することなく床に座る五つ子たち。
そのあと、温泉から戻ってきた同室の前田と武田を加え、計八人が円になった。風太郎から時計周りに、一花、五月、二乃、三玖、四葉、武田、前田の順である。
「さすがにカードすくねぇな。まぁなんとかなるだろ」
「地味に私たちだけ出席番号順だね」
「そういえばそうですね。まぁ影響はないと思いますが」
「大富豪かー。ねぇねぇ二乃、もしも名前通りにカードがきたら、私たち二人有利じゃない?」
「そうね……でもそんなことありえないでしょう。それにこんだけ人数いると、普通に数字もバラけるんじゃないかしら」
「……もし3が多くたって、負けないから」
「女子と大富豪……罰ゲームとか、できねぇだろうか……」
「厳しいんじゃないのかい? 学級長が二人揃ってるからね」
「おう、悪いが今回は平和にいこうぜ。それじゃやるか!」
カードをシャッフルし終え配り始める風太郎。二枚のジョーカーを含め、カードは五十四枚。一人当たり六〜七枚の手札だ。
風太郎から順番に、各々最初は役のない弱いカードから切っていく。枚数が少ない以上、革命が起こる可能性も小さい。淡々と勝負は進んでいく。
しかし前田が、この平和な空間に混沌を巻き起こす。
「オラァ喰らえ! クイーンシャッフルだ!」
「はぁ!? なによ、クイーンシャッフルって! そんな役聞いたことないわよ!」
「私もわかりません! 解説をお願いします!」
「えぇ……みんな知らねぇのかよ……」
「全員が次のプレイヤーに、手札の任意のカードを渡すんだ。まぁローカルルールすぎるし、知らない人ばかりなのも無理ないね」
「なんだそりゃ……そもそもクイーンである理由になってねぇだろ……」
「まぁそれ言ったら他の役もそうだし……なんか面白そうじゃん。せっかくだし採用してみない? フータロー君」
「さすが一花さん! 話がわかるぜ!」
「む……一花が言うなら、別に俺は構わんが……みんなはどうだ?」
「うん、いいよ」
「まぁ役も複雑じゃないし、問題ないわよー」
「しょーちですっ!」
「そうですね、みんながいいのであれば」
特に深く考えずに同意した五つ子と風太郎たち。これが後に起こる惨劇の幕開けだということを、まだ誰も知らない。
受諾したはいいものの、風太郎としては悩みどころだ。スムースに上がるために強めのカードで手札を固めていたというのに、手放さければならないもどかしさ。差し出す相手は一花とはいえど、勝負の世界は非常である。
「ほらよ、一花」
「……!」
必然的に風太郎の渡すカードは、手持ちで一番優先順位の低いものとなる。だが、そのカードは───
「そんな、フータロー君……ハートのエースだなんて……♡」
「「「「!?」」」」
風太郎が手渡したカードはハートのエースという、愛を知った一花そのもの。妹たちは全員驚いている。
風太郎自身もそんな意図はなかっただけに、焦りが顔に出てしまう。なにより一花は手の内を明かしているのだ。笑顔を輝かせて瞬く間にうっとりし始めた彼女に、慌てて注意する。
「な、何声に出してんだ馬鹿!」
「えへへー♪ こんな強い愛(ハート)をくれるなんて……私、すっごく嬉しいっ♡」
「あ、あんたたちなんのゲームしてんのよっ! ちゃんと大富豪をしなさいよっ!!」
「そうだよ。フータロー、自重しよう。ね?」
「風太郎君、すっかり恋愛脳に……」
「さすがにここでのイチャイチャはどうかと……」
「お、お前ら落ち着け! 俺、別にそんな……」
聞く耳を持たないどころか風太郎からもらったハートのエースを胸に当てて、幸せに浸る一花。すでに勝敗などどうでもよさそうだ。
そんな二人を見て、二乃たちは顔を真っ赤にしながら文句を口にする。風太郎の無自覚な行動によって、すっかり空気は変わってしまった。
全員カードのシャッフルが終わり、風太郎から大富豪を再開する。
「お、俺はパスだ。一花、早く出せ」
出せるカードはあるというのに、生徒たちからの冷ややかな眼差しから逃れたいがために、焦ってパスしてしまった風太郎。一花へとターンは移行する。しかし───
「え、せっかくフータロー君が私のためにくれた愛なのに、手放すわけないじゃん。もう勝敗なんて関係ないよ」
「!?」
「はい、私もパスです。二乃、次どーぞ♪」
「こ、このバカップルめ……! ふんっ、これでどうかしら!」
愛に目覚めた一花はパスを選択。大富豪の肩書きも風太郎からの愛には到底及ばない。
そして二乃の番が訪れる。スペードのキングを出すことにより、数字を縛る二乃。これで、プレイヤーは全員、1しか出せなくなってしまった。
「おっ、二乃ナイスアシスト。私、これで最後の一枚だよ。ウノっ」
「もう、ゲーム違うっていってるでしょっ! ていうか、あんた……!」
だが、三玖が天然を発揮しながらも、1を出すことで難なく対処。さらに、そのマークはキングと同じスペードである。
「ちょっと、さりげなくマークまで縛ってんじゃないわよー! これじゃ誰かがジョーカーとかで返さないと……!」
「え? ジョーカーはもう全部私が使っちゃったよ?」
「バカー! なんで早々に使ってんのよ、四葉! そういうのは切り札として勝ち格のタイミングまで残しときなさいよっ!」
「ということで、私の勝ち。ドンマイ」
首を傾げる四葉に、貴重なツッコミ役としてジョーカーの使い方をレクチャーする二乃。
しかしツッコミの鋭さが大富豪の勝敗に影響を与えるわけでもない。一番乗りで上がった三玖はドヤ顔を見せる。
「おお、三玖が大富豪か。やるな」
「私にかかればこんなもの。天下第一、ぶいっ」
「むー、くやしい」
「三玖、やりますね……」
「くそっ、やられた……」
「片方だけならともかく、両方縛られると厳しいね。こればかりは仕方ないよ」
「大富豪ってこんな素敵なゲームだったんだね……♡ フータロー君から愛をもらえるなら、私もう一生大貧民でいいっ♡」
「あんたは早く現実に戻ってきなさい!!」
役立たずと化した長女に対しても容赦なくツッコむ二乃。姉失格の一花の穴を埋める活躍っぷりである。
風太郎の愛に包まれて自分の世界に入ってしまった一花。完全に集中力が途切れたのかそのままハートのエースを出すことなく大貧民になるも、満足そうな笑みを終始浮かべていた。
ちなみに貧民は四葉で、富豪は前田である。強いカードを先に出してしまった四葉に対し、前田は適応させたローカルルールをうまく使いこなしたようだ。
そして、第一戦を武田に次ぐ四位で終えた風太郎の感想。
(これ、クイーンシャッフルの使いどころ、結構大事なんじゃないか……?)
お互いに弱いカードを押し付け合う使い方が一般的であるクイーン。しかし、いかんせんその役が厄介である。渡すのが強制である以上、クイーンを引き当ててしまった時点で、強いカードを多く終盤に残しておく戦法が使いにくくなってしまうのだ。なまじカード自体は強いために全く利用価値がないわけではないというのが、使い所をより難しくしている。
基本は早く出すのがいいのか、などと風太郎がクイーンについて考察している間にも、一花がカードをシャッフルしたのち配り終え、二回戦が始まる。大富豪の三玖が大貧民の一花からカードを徴収し、圧倒的有利な展開かと思われたが───
「んー……これしかないかなぁ」
「! いいですよ、一花! 八切りからの2で……! やりましたー! 私が一番乗りですっ!」
「……五月、それ禁止上がりよ……」
「えっ」
「あんた負け決定ね。ご愁傷様」
「!?」
「じゃあそのまま私の番ね。五月の八切りのおかげで場は流れてるから……これでしまいよっ!」
「!! そんな……」
記号が同じかつ三つ以上の連続する数字をまとめて出せる階段を適用させて、一番乗りで上がる二乃。見事な逆転勝利だ。
「おぉ、今度は二乃が大富豪か。すごいな」
「でしょう? 三玖の天下は一日も持たなかったわね」
「だって、一花がくれたカード、弱かった……ホント二枚ともクイーンってどういうことなの、しかもシャッフルのせいで使いにくいし!」
「し、仕方ないじゃん! 呪われてるくらいに手札が弱いんだもん! ホラ見てよ二乃、これひどすぎない!?」
「あら……たしかにキツい手札だけど、ふたりとも言い訳は見苦しいわよ。どーよフー君! 見直したかしら?」
「はっ、まだまだ夜はこれからだぜ。次は俺がお前を大富豪から引きづり下ろしてやる」
「ふふっ、かかってきなさい!」
ぎゃあぎゃあ揉める一花と三玖を余所に、大富豪の二乃は余裕綽々の笑みを浮かべる。
貧民と大貧民が確定した後も熱戦が繰り広げられ、富豪は四葉で決着した。またしてもジョーカーが配られたようで、使い方を覚えたようだ。一花は発言通り手札が弱かったらしく、結局最後まであがることができなかった。
そうして二回戦を終えたところで、二乃が疑問を提示する。
「ていうかこの場合どうなんのよ? 都落ちと禁止上がりがいるけど、どっちが大貧民なの?」
「どうやら日本大富豪連盟のホームページを見る限りは、都落ちの階級が上がるみたいだよ」
「調べてくれたの? ありがと、武田君」
「ってことはつまり、三玖が貧民、五月が大貧民だな」
「!!」
目に見えてショックを受ける五月。瞳をうるうるさせて、一花に泣きつく。
「ううっ……うわーん、裁判長! 二乃が、二乃がっ……!」
「五月ちゃん、よしよーし。実質ビリなのはお姉さんなんだから、元気出して」
「そうだよ、私もジョーカーあっても大富豪になれなかったし!」
「ちょっ、ルールなんだから仕方ないでしょ!? たかがゲームで泣かないっ! 一花も四葉も甘やかさないの!」
「なんだろ、一花とスタイルは違うけど、二乃がお姉ちゃんみたい。いやそうなんだけど」
「まぁ、元々二乃は毎日ひとりで料理も担当してるわけだしな。わがままなところはあれど、あいつはあいつで立派なやつだ」
「む……フータロー、私は?」
「お前はあいつらの勉強を見てやってる。三玖だって姉妹の支えとして、頑張ってると思うぞ」
「……ふふっ、ありがと。私もこれからは、二乃を手伝おっかな」
失恋を乗り越えて成長を示さんとする二人への賞賛。彼女たちもまた、風太郎にとって大事な存在だ。受け入れてくれた以上、蔑ろにはしない。教師として誠意を持って、生徒たちを卒業に導くのが役目だ。
一花に禁止上がりの条件を聞いた五月は、立ち直り闘志を取り戻す。そうして始まる三回戦。しかし───
「ふふふ……大貧民ではありますが、今回は私の独壇場です! 二乃、これでもくらいなさいっ!」
「ちょ、革命はやめなさいよ!? あんたからぶんどったのが使い物にならなくなるじゃないの!」
「甘いよ五月。えいっ」
「か、革命返し!? 嘘、でしょう……!?」
「まぁそのまま上がるんだけどね。この枚数じゃ誰も返せないでしょ?」
残った手札も強かったのか他のメンバーにターンを渡すことなく、最後はクローバーの4を出してあっさりと上がる四葉。革命の状況下では4は強く、運悪く3を持っていなかった五月はパスとなってしまう。
「……枚数少ねぇのに、なんで四葉は毎回ジョーカー手札に握ってんだよ……」
「四葉だけに幸運値高いんじゃない? 今とか4のクローバーで上がってたし」
「偶然かもしんないけど、なかなかにカードも偏ってるわよね。この手札で革命返しって、なんかオカルトでもあるのかしら」
「……大富豪だとジョーカーは強いから嬉しいけど、ババ抜きで毎回きたらヤダな……」
「……なるほどな。よし、じゃあこれで大富豪は終わりにして、次の───」
「…………」
せっかくの見せ場を台無しにされ、涙目で頬を膨らませている五月。無言で風太郎に終わるんじゃねぇぞと訴えている。
「……まぁ、みんなが満足できるまでやるか。俺もまだ大富豪になれてないしな」
「そうだね。だいじょーぶ、アシストは私に任せて! フータロー君、次は位置交換しよっ! シャッフルで、ハートのエースをお返ししてあげるからねっ♡」
「あなたたち、いい加減にしなさーい!! これはそういうゲームではありません! やるかやられるかの、真剣勝負なんですっ!!」
「そうね。五月はちょっと大げさだけど、私も位置交換は認めるつもりないわよ、一花」
「二乃たちに賛成。フータロー、この場所でイチャコラしたら通報するから」
「いやなんでだよ!?」
「そーだそーだ! 自分勝手はよくないよ、一花! この場はカップル自粛ですっ!」
「…………」
四人の妹からの大ブーイングを受けて、無言になる一花。同時にその表情も消える。
そして、一言。
「そっか。みんな、私の邪魔をするんだ」
「えっ」
反応したのは二乃。三玖たちは聞こえなかったのか無反応だが彼女だけは違う。小声ではあったがはっきりと聞き取れた。
つい数時間前、長女の本気の怒りを妹の中でただひとり目の当たりにした二乃。数秒とはいえど狂気に渦巻いていたように見えた一花の瞳と、繰り出される抑揚のない声に気づき、背筋が凍るのを感じたのだ。
「や、やっぱ、私……」
「ねぇ前田君、今更なんだけどさ、最後の一枚がクイーンで、それを出して上がった場合ってどうなるの? 私は前の人のカード貰って続行する感じ?」
「あ、あぁ……いや、それだと圧倒的不利になっちゃうから、そのまま上がりでいいぜ」
「ふーん……ありがと」
特例措置に不敵な笑みを浮かべる一花。これなら最後にクイーンを出すのは問題なさそうである。
しかしそれは些細なことだ。風太郎も一瞬、一花の雰囲気が変わったことに気付いていた。
「みんなごめんね、ちょっと私たち姉妹だけで、大富豪やらせてくれない?」
「は? なんでまた……」
「これは私たちの戦争で、私にとっての試練なの。フータロー君に愛を与えるのは誰が一番ふさわしいか……みんな、いいよね? 五回やって、大貧民になった人から脱落。その間も一度でも私が大富豪になれなかったら、以後八人でのゲームの時はフータロー君の隣を離れるよ」
「上等。私たちは四人、誰か一人でも勝てばいい。死神の四葉がいるんだし、余裕」
「なんか引っかかる言い方だけど、三玖の言う通りだね。みんなで協力して、一花の野望を阻止するよ!」
「なんとしてでも大富豪になってみせます!」
「うぅ……やるしかないのね……」
提案を持ちかける一花と、やる気十分の二乃以外の姉妹。とても間に入れる雰囲気ではない。
「まぁいいか……頑張れよ、一花。ていうかお前ら二人は大丈夫か?」
これもまた一花を知る良い機会と判断した風太郎は、戦況を見守る判断を下す。友人なのか悪友なのかただのクラスメイトなのか、ポジションが確立していない二人にも確認を取る。
「うん、いいんじゃないかな。白熱してたしね、水分が欲しいところだよ」
「俺も全然問題ないぜ。中野家の五つ子大富豪か……すげぇものが見られそうだな」
「ふふっ、前田君、期待してていいよ。せっかくだし順番もちょっと変えよっか」
冷静な武田と息を呑む前田。たしかに普通に盛り上がりそうな案件である。
一花は五月と二乃の間に移動する。先ほどは五つ子のみ出席番号順だったが、今回は長女から末っ子まで姉妹順だ。
「フータロー君、さっき見せられなかったお姉さんでない私の本気、魅せてあげるね。どんな私であっても、君を世界で一番愛してることには変わりないんだから!」
果たして、五つ子の運命やいかに。
「あはは、怒られちゃったねー」
「まぁあんだけ騒いでたらな……」
「なんだかんだみんな一回は勝ててたよね。みんな満足できたかな」
「そうだな……つーかお前、あの五月相手の大富豪、手抜いただろ」
「あっ、バレちゃった?」
ご機嫌な様子の一花。普通の人なら引くようなところだが、そこは一般的な男子高校生とは性格や感性が大きく違う風太郎。かつての自分を彷彿させるトランプ無双具合に、風太郎の頭には黒歴史が浮かぶと同時に、同じ道を通ってきたと思われる彼女に対してちょっとした仲間意識を抱いていた。
事の顛末は以下の通りである。覚醒した一花が、二乃、三玖、四葉を順に大貧民へと蹴落としていき、破竹の三連族大富豪を成し遂げた。
『一花、ゆるして……ごめん、なさい……』
『フッ、ぜひも、なし。ばたん、きゅー』
二乃、そして三玖。一人ずつ崩れ落ちていく少女たち。
『うぅ、この、はらぐろめー……ばたり』
『そんな、四葉まで……!』
『最後は、五月ちゃんだね』
ジョーカーの申し子である四葉も敗れ、最後に残るのはかわいさと食欲に全振りのポンコツ五女。五つ子の愛くるしいマスコット枠である彼女には、魔王一花に争う力などあるはずがない。
『フータロー君に愛を与えるためには、みんなは必要な犠牲なの。だからごめんね。さよならの時間だよ、五月ちゃん。とこしえの闇に消えなさい』
『い、いやです! 私は負けません! 母として私は、みんなの想いを継いで……絶対大富豪に、なるんですっ!!』
生気のない虚ろな瞳。とてつもなく冷淡な声。五月も諦めない姿勢を見せてはいるが、誰がどう見ても蛇に睨まれた蛙の図である。暴走した愛を振りかざす長女の牙は末っ子を絶望の淵に叩き込むものかと思いきや───
『あ、負けちゃった』
『や、やった……! やりましたー! みんな、私、勝ちましたよー!』
間の抜けたような一花の反応。対照的に姉とのタイマンを制し、大はしゃぎする五月。しかし一花は全く落ち込む様子もなく、五月を素直に祝福する。
『おめでとう五月ちゃん、私の敗北だね。私、どうかしてたのかな……おかげで目が覚めたよ、ありがとう。はい、これ優勝の賞金だよ。明日ここで買う時間あるかわからないし、お土産なり美味しいものなり、いっぱい今のうちに見ておいで』
『一花……ありがとうございます! 下田さんと、お父さんへのお土産、それとそれと、自分へのご褒美……! いっぱい買ってきちゃいますね!』
アホ毛の荒ぶり具合がご機嫌度の高さを表している。大富豪になったことで満足した五月は一花の思惑に気づくことなく、ダッシュでその場を後にした。
そして五月がいなくなったと同時に、一花はこの時を待ち望んでいたと言わんばかりの恍惚な笑みを風太郎に向けて、話しかける。
『これで舞台は整ったね。フータロー君、おとなしく私の愛、受け取ってね♡』
『い、一花……そうか。これが姉でないお前の、本気ってやつか』
『そう、これが本当の私なの。でも、フータロー君だって悪いんだよ。これでも見せつけてやりたいって気持ちを抑えて必死に我慢してたのに、みんなの前で私に、あんなに情熱的な愛を与えちゃうから……♡』
『……! わかった、かかってこい。受け止めてやるよ』
『! フータロー君……♡♡♡』
『一体俺たちは何を見させられているんだ……』
『中野さん、昨日一緒だった時も思ったけど意外とやんちゃというか、子供っぽい一面もあるんだね。ちょっとシンパシーを感じるよ』
なし崩しにそのまま、一花と風太郎のタイマン大富豪へと突入する。初日のマシンガントークで耐性がついていたのか、そこまで驚く様子もない前田と武田が見守る中、無事一花自らクイーンを出して、ハートのエースを風太郎にお返しすることに成功した。
『やぁん、幸せぇ……♡ フータローくん、だいすきぃ……♡』
うっとりしながら風太郎の肩にもたれかかる一花。こうなってはもう何も言えない。
そうしてたっぷり風太郎エナジーを補給し終わり、満足して大富豪を終えたタイミングで二乃や三玖たちも復活。それに伴い一花も普段通りになる。
そして五月が部屋に帰還した後はババ抜きや七並べなど、ゲームを変えて怒られるまで遊び通した。
「いやーすっごい楽しかったよ。デトックスって大事だね。こんなに清々しい気分もなかなかないよ」
「たしかに一花、すごい生き生きしてたな。ていうか、慣れてないのにクイーン活かしまくりなの、すごかったぜ。残り一枚の四葉に八切りを渡して上がれなくするとか、結構な賭けじゃないか? 自分は使えなくなるんだし」
「あぁ、私と四葉と五月ちゃんでやってた時ね。我ながらズルいなーって思ったけど、勝負の世界は非常だからね。時には大胆に攻めないと、私が蹴落とされちゃうから」
「そういうもんか。しかし、マジでオカルト働いてるんじゃないかって感じだったな……お前、クイーンと1はほぼ毎回手札にあったんじゃないか?」
「当然だよ。お姉さんにはフータロー君と育んだ、絆と愛の力があるからね」
「……なんであれ、これが一花の本気ってやつか……」
風太郎もなんとなくではあるがわかる。これは理屈で考えてはいけないものだ。
なにより一花以外にも、全試合通して最初からずっとジョーカーを引き続けてきた四葉という存在がいる。これについては、誰も納得のいく説明はできないだろう。スルーが安定だ。
「まぁ、なんであれ一花の新たな一面を知れてよかったよ。五月への気遣いからマジで自分を見失ってたわけじゃないっていうのはわかるし、たまにはこういうのもいいと思うぞ」
「……フータロー君やめて、そんなに優しいとドキドキが止まらなくなっちゃう。私だってさすがに荒ぶってた自覚はあるよ……」
「あんだよ、珍しく照れやがって。タマコちゃんの時よりは恥ずかしくないだろ?」
「うぅ〜! フータロー君のいじわるっ!」
先ほど愛に暴走していたとは思えないような、頬を膨らませて拗ねている一花。ギャップも相まって愛くるしいと風太郎でも思ってしまう。
しかし一花にしては反抗したくなったのか、少し得意げにわざとらしく、先ほどの風太郎のらしくない振る舞いを蒸し返そうとする。
「でも、そういうフータロー君だって子供っぽくはしゃいでたよねー。とっても可愛かったよー♪」
「そりゃあ俺だって今日くらいはな」
「よ、余裕!?」
「当たり前だろ、何言ってんだ」
風太郎にとって高校入学以降では、初めて男友達とのトランプ。友人との遊びに飢えていたというべきか、勝利を手にしたときにはらしくもなく雄叫びをあげていた。
普段見ない風太郎の顔に一花たちはもちろん、林間学校で同じ班でなかった前田と武田もどこか微笑ましいものを見る目であった。ありのままの風太郎を見られたことに、一花も本当は嬉しさを感じていた。
そんな風太郎をからかうのはちょっとどうかと思いつつも、繰り出して同じ気持ちにさせてやろうという一花の考えだったのだが───
「だってこれがお前が言ってた、青春をエンジョイ、ってやつだろ」
「……投了ですぅ……」
「なんで将棋用語なんだよ」
◇
大波乱の二日目を無事に終え、最終日の三日目。風太郎と一花は以前決めたように口裏を合わせて同じコースを選び、映画村で合流した。
「フータロー君、どこかみたいとこある?」
「そうだな……俺は手裏剣道場が気になるな。男としては、やっぱそういった武器には興味があるわ」
「おっけー! じゃあ行こっか!」
移動を開始するふたり。雑談しながら、ゆっくりと進んでいく。
「平日なのもあって、そんな人出多くないね。なんかフータロー君は人混み苦手そうな印象あるから、安心だよ」
「苦手ってわけじゃねぇけど好きでもないな。ていうか人混み好きなやつとかいんのか?」
「世界は広いんだし、数人はいるんじゃない? おしくらまんじゅうが趣味な人とか」
「ただのマゾヒストじゃねぇか……そういやお前は顔バレしてるよな。その、こういう場所は大丈夫なのか? 人がいないと、かえって注目浴びちまうんじゃないか?」
「そこなんだよねー。眼鏡してるけど気づく人がいないとも限らないし───あっ、いいこと思いついた」
名案が思いついたと言わんばかりに、一花はポンと手を叩く。そして立ち止まり、風太郎にビシッと指差し宣言する。
「ということで、今日一日はフータロー君を私の付き人兼、専属マネージャーに任命します!」
「なんだよ、また肩書きが増えたんたが……マネージャーって何すんだ? それで問題が解決するのか?」
「そんな身構えなくていいよ。フータロー君おっきいから、私の隣にいてくれるだけで十分ボディガードとして機能するだろうし。ここのスタッフさんの前で私の名前を出さないようにしてほしいくらいかな。学校行事とはいえどプライベートだし、私だってバレたくないからね」
「了解した。安易に名前を呼ばないように、だな」
「そういうこと。でも、それ以上にもっと大切なお仕事があるよ。しかもフータロー君にしかできないやつ」
「せ、責任重大じゃねぇか! どんな仕事だよ……」
「もー、そんなの決まってんじゃん」
意味深な悪い笑みを浮かべる一花。すでに小悪魔スイッチはオンになっているようだ。少し溜めて、腹黒魔女は言葉を放つ。
「私の演技の練習に付き合ってもらう、っていうね♡」
そうしてふたりは移動を再開する。変装していてもなお目立つ風貌の一花。そして、体格だけなら成人男性並みの風太郎。その身体は体力のない紙装甲なのだが、臆することのない姿勢とそれなりの身長、普段の仏頂面は一花のボディガードとして十分機能していた。
しかしその心は穏やかではない。一花の演技の練習。それが意味するものは、いっぱい攻めに行くから覚悟しとけよ、という予告だ。妖艶さを醸し出した笑みが答えである。平常心を装ってはいるが、ドキドキを隠すのが難しい。
移動中は特に何事もなく、無事に手裏剣道場に到着することができた。スタッフの案内を受け、券売機で手裏剣を購入する。
「いち───お前、やらないのか?」
「うん、私はここで見てよっかな」
「そうか……」
もしかして興味ないところに付き合わせてしまったかと考えてしまう風太郎。当然見当違いである。
いきなり金属製の手裏剣を用いて的を狙うが、力のない風太郎にはそれなりの重さだ。練習用含めて六枚、的に当てることすら敵わない。
「くそっ、うまくいかねぇな……」
「今度はゴム製のに変えてみたら? 人いないし、もっかい並び直してきてもいいんじゃない?」
「それもアリか……」
素直に一花の提案に従う風太郎。幸いにも人がいないため、もう一度券売機で購入する。
何かを企んでいる、悪い笑みの一花には気づかない。
「よし、じゃあさっそく───」
「あ、待って、フータロー君。一回手裏剣置いて」
「? なんだよ」
今度こそやってやるぞと意気込む、そんな風太郎の背後から届く彼女の声。素直に従い台の上に手裏剣を置くと、一花は───
「一緒に、練習しよっ♪」
甘い声と同時に首の後ろから手を回されて、身体を密着させてくる一花。柔っこいふたつのメロンが風太郎の背中にダイレクトである。
集中できるとか客がほかにいないとか以前にここはアミューズメントパークだ。公園の時とはわけがちがう。
「お、おい、怒られるぞ!」
「大丈夫だよ、フォームを調節するだけだし。スタッフさんに確認とってもらえば完璧!」
「っ、お前、それが狙いで───」
「いいからいいから。私たち二人の力を合わせるの。これも演技の練習だよ、マネージャーさん♪」
一花は密着したまま風太郎の右手を取る。それでも左手は風太郎の胸元を押さえたままだ。
「こんな感じで、どう?」
「!?」
言葉など出ない。胸を積極的に押し付けているというのに、全く気にしていない一花が信じられない。文句のひとつでも言ってやろうかと思ったが───
「うん、こんなんでいいんじゃないかな。よーし、頑張れっ、フータロー君!」
離れてエールを送る一花。心から幸せそうな笑顔の一花を見ていると、それだけでもうお腹いっぱいだ。反抗する気は失せてしまった。
改めて再チャレンジ。少しずつコツを掴んだのか、最後の一枚が───
「お、おい、当たったぞ!」
「すごーい! 特訓の成果が出たねっ♪」
中心ではないものの、無事に的に命中させることができた。年甲斐もなくはしゃぐ風太郎。できれば本格手裏剣で達成したかったものの、贅沢は言っていられない。出費が他にもあることを考え、手裏剣道場を後にする。
「ふふっ、これで、私がフータロー君の勝利の女神だってことが証明できたね。うやまいたまえー」
「おう、そうだな。次は一花の行きたいところ行こうぜ」
「いいの? やったー! 私、もう決めてるんだよねー♪」
そうして、移動すること数分。風太郎は絶句することとなる。
「はーい、こちら史上最恐のおばけ屋敷になりまーす♪」
「…………」
デジャヴというわけではないが、心境はあの時と全く同じだ。忘れられるはずがない下着戦争。心臓の鼓動が早まるのを悟られ無いように努めつつ、一花に問いかける。
「なぁ、一花」
「どうしたの、フータロー君」
「どうしても、ここじゃなきゃダメか?」
恋人となった今では、一花のスキンシップはからかうことが目的ではないのはわかっている。
しかし、林間学校の時といい、風太郎のホラー耐性は高いわけでもないのだ。一花に情けない姿を見られてしまうかもしれない怖さから、やんわり拒否の姿勢を示すが───
「んー、顔バレのリスクを少しでも避けるならここが一番良いかなって。暗いしね」
「至って合理的な理由だな……」
「…………(お化け屋敷、苦手なのかな)」
イチャイチャしたいという建前はあるかもしれないが、多忙な一花としては貴重な一緒にいられる時間だ。風太郎は少し考え込む仕草を見せるも、結論はすぐにでた。
ましてや今は二人きり。妹たちからも認めてもらった後での、お忍び記念デートである。一花の笑顔が好きな風太郎としては、これはもう断れない。なにより、これしきでビビる様を見せていては男としての威厳に関わる。
「な、ならしかたねぇな。早く行こうぜ」
「ホント!? ありがとう! でもその前に、ちょっとお花を摘みに行ってくるね。ここで待ってて」
「? あ、あぁ」
頭脳明晰であろうと女心はゼロ点の風太郎。何かの暗喩だった気がするが、思い出せない。待つ間携帯のネットで検索しようか考えていたところ、そう時間のかからないうちに一花が戻ってきた。
「おまたせー! それじゃあ、早く行こっ!」
「お、おいっ。……?」
戻ってきた一花はすぐさま風太郎の手を引き、おばけ屋敷へと突入する。疑問を口にする暇すらない。
(なんでこいつ、上着羽織ってんだ……?)
そんな疑問は入口に入るや否や、すぐにかき消された。一花は上着を脱ぎ、普段通りの腰巻きスタイルへ切り替えたのだ。
「???」
「……よしっ、これで完璧! フータロー君、ちゃんと私の手、握っててね。離しちゃヤダよ?」
「お、おう」
混乱する風太郎をよそに、一花は風太郎の手を握る。わりと慣れてきた感のある恋人繋ぎ。
カップルらしくくっついたままふたりでしばらく暗闇の中を進んでいく。
「うあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!」
「きゃー!!」
「!!?!??!?」
呻き声をあげながら突如飛び出してくるお化けに悲鳴をあげ、風太郎の腕に抱きつく一花。風太郎も突然のことに驚いてしまう。しかし、一花の行動は想定の範囲内だ。予想の範疇である以上、落ち着けば難なく対処できる。
だが、感じた違和感はそこではない。お化け以上のインパクトが、風太郎の肘に伝わっているのだ。その衝撃に、風太郎は声すら失う。
(心なしか、いつもより、柔らかい……?)
明らかに手裏剣道場の時と胸の感触が違うのだ。直に伝わるこの感じ。そう、かつて自宅で、事後未遂まで行った時のような。
(ま、まさか、こいつ───)
ゆっくりと一花の方を向く。彼女は震えながらもしっかりと風太郎の腕に抱きついて、がっちりとホールドしている。
風太郎の視線に気がついた一花。恥ずかしそうに顔を赤らめながらも、はっきりと声にして問いかける。
「ど、どう? 私のドキドキ、伝わってる? フータロー君がもしお化け屋敷苦手だったらアレだから、私のカラダで封殺できたらなって、思ったんだけど……」
得てして当たって欲しくない予想というものは、大体的中する。
先ほどの手裏剣道場での行動といい誘惑目的の可能性もあるが、いささか大胆すぎる。しかし、彼女の狙い通り風太郎の心臓の鼓動は加速し、お化けなどに気を取られずにいられるのもまた事実である。だが、これではドキドキで心臓が破裂してしまいそうだ。
(〜〜〜〜!!)
身体が熱くなるのが、熱を帯びているのがわかる。このままではまずい。とりあえず、早く出なくては───
「待って、フータロー、くん……私、走れないよぉ……擦れちゃう、から……」
駆け出そうとする風太郎の脳を溶かすような、一花の甘い声。冷静な判断力が完全に失われた風太郎。しかしなんとしても、一花を守らなければならない。
その結果、風太郎のとった行動は───彼女を正面から抱きしめるという、シンプルなものに行き着いた。
(今のうちに上着着とけ。これなら誰にも見られることはねぇだろ)
(う、うんっ)
一花を抱きしめたまま、小声で上着を羽織るように促す。しかし、先ほどよりダイレクトに伝わる一花のたわわの感触に、風太郎は平静を装うのが精一杯だ。
上着を着られるように、抱きしめる手を緩める。そして風太郎は一花が上着を羽織ったのを確認し、手を繋いで出口を目指す。あまりのバカップルにしか見えないイチャイチャっぷりに、おばけの一部は呆れ果て、また一部は恨みのこもった視線を向け、また一部は血涙を流し、また一部はこの有限不実行キープ野郎許すまじと襲いかかり───出口に到着するころは、ふたりともヘトヘトであった。
「ごめんなさい、フータロー君……反省してます……」
「あぁ、さすがに今後は控えてくれ……めっちゃ心配したぞ……」
「はーい……ホントごめんね、お手洗い行ってきます……」
外に出るなり、すぐに謝罪をしてきた一花。本人もかなりこたえたようだ。風太郎に一花を怒鳴るつもりは毛頭ないが、さすがに公共の場であのような格好は不用心というものだ。風太郎はしっかりと釘を刺しておく。ただでさえ一花は目立つのだから、用心が必要だ。
しかし、ひとまずひと段落である。お花を摘みに行く一花を見送る。背中が見えなくなったのと同時に、風太郎は身体から力が抜けてへたりこんでしまう。
「バレて、ねぇよな……」
脱力感からか、願望混じりの独り言が漏れてしまう。抱きつくという体勢の時点で前だろうが後ろだろうが機能していようがいなかろうが、もう完全にアウトである。
気づいてないのか気づかないフリをしてくれたのか、はたまた───そこで風太郎は思考を無理矢理中断させた。わからないことを考えても疲れるだけだ。
「俺もトイレ、行っとくかな……」
一花にトイレに行く旨を記載したメールを送り、風太郎も移動する。
落ち着く時間が必要だ。とりあえず、一度冷静にならなくてはならない。
「あ」
「え」
トイレから出ると、まさかの一花と鉢合わせ。いろいろと最悪すぎるタイミングである。男子トイレと女子トイレが隣合わせな以上ありえない話ではないが、もはや運命の悪戯を疑うレベルだ。
そしてスッキリしたにもかかわらず唇が痛くてつらい。煩悩を払うためにトイレへの移動中からずっと噛んでいたから当然なのだが、なぜこんな頭のおかしい行動をしているのか。
ふたり揃った以上無言は許されない。とりあえず一花に声をかける。
「お、お待たせしました」
「お、おう、気にすんな」
「…………」
「…………」
「……………………」
「……………………」
「フータロー君、唇どうしたの……?」
「いや、べつになんでもないぞ……一花こそ、なんか顔赤くないか?」
「き、気のせいだよっ」
「………………」
「………………」
気まずい。何を話せばいいかわからず、思考ががんじがらめになってしまう。しかし。
「もー! こんなんじゃダメー!!」
「!?」
急に自分の頬をパチンと叩き、活を入れる一花。心を落ち着かせ、自分を見つめ直す。
(そうだよ、私はフータロー君に何を望んでるの? 誘惑して、もっと女として意識してほしいの?)
直球からの変化球による、一花にとっては定番と化した誘惑パターン。自分に密着されて明らかに顔を赤くする風太郎を見ると、一花は嬉しくなる。
だが、本当にそれだけでいいのか。一花は心に問いかける。果たして、それで風太郎は満たされるのだろうか。独りよがりになってしまっていないだろうか。
(たしかに私にドキドキしてほしい気持ちもあるけど、ここでしか作れない、また来たいって思えるような思い出を残さないと、意味ないじゃん!! 五年ぶりの京都! 奇跡的な再開! ふたりきりのデート! フータロー君大好き! だから、私は───!)
風太郎に喜んでほしい。貢ぐ、否、大好きな人に尽くすことに喜びを見出している一花。
女優モードに入る時のようにスイッチを切り替えて、一花は気合を入れ直す。
「私はもう大丈夫。ここからは切り替えていくよ。フータロー君にたっくさん、おもてなししちゃうから!」
「お、おう」
「フータロー君、お腹は空いてる?」
「そうだな。まぁいい時間だしな」
「よしっ、ならレストラン行こっか」
兼ねてから風太郎に京都ならではの名物をご馳走してあげたいと思っていた一花。パンフレットを確認しつつ、映画村限定のメニューがあるうどん屋さんへと移動する。
「すげーうめぇ……」
「ねー。好きな人と、こうして美味しいものを一緒に味わって、その時間を共有できる……ホントに、すっごく幸せだな……」
「一花……」
「ということで、ふーふー……はい、フータロー君、あーん♪」
「あーん……はっ!」
「むふふ、着実に餌付けされ精神が深まっているようですねぇ。かき揚げ美味しい?」
「ま、まずいわけがないだろ」
「次はフータロー君がふーふーして、私に食べさせてね♡ 私がここの代金出したんだし、これくらい余裕だよねー♪」
「や、やってやらぁ! 俺をみくびるなよ!」
「えへへっ、やった♡」
風太郎にご馳走しつつ、その見返りとしてイチャイチャを楽しむ。その一方で、金銭面を気にしがちな彼へのフォローも忘れない。敢えて一花自らから持ちかけることによって、これで自分は満足するということを示すのだ。そうすれば風太郎も罪悪感を抱えることはない。
満腹と幸福でお腹を満たし休息をとって、ふたりは移動を開始する。
「フータロー君、次はどうする?」
「んー……写真撮影とかどうだ? 食後だし、あんま動かねぇのがいい気がする。それに、扮装すれば一花だってバレないだろ」
「! さっすがフータロー君、お気遣い嬉しいですっ! えっと、じゃあ時代劇扮装の館でいいかな」
そしてたどり着いた先で、一花はお姫様姿、風太郎は殿様姿に着替えた。
「どうどう、フータロー君! 似合ってるかな?」
「似合ってるけどはしゃいじゃ雰囲気が台無しだぞ」
「むっ、なら……フータローはん、似合っとる……どすえ?」
「…………」
女優モード炸裂。一瞬にして雰囲気、声のトーンを似つかわしいものへと変化させた一花に、風太郎は顔を赤くする。
「……言わせんな、恥ずかしい」
「えへへー、やーりぃ♪」
そして、写真撮影をスタッフに依頼する。受け取った写真からは、一花の自分を魅せる能力の高さに驚くこととなった。
制服姿に戻った後は、迷路やからくり忍者屋敷で、童心に帰ったかのようにはしゃいだり。
「掛け軸の裏に扉とか、ロマンあるよな」
「隠し通路っていう響がいいよね。私もテンション上がっちゃうよ」
「おっ、一花もわかってくれるか。男はみんな秘密基地に憧れるからな。やんちゃしてたころのお前ってのは、やっぱよく遊んでたのか?」
「んー、あんま覚えてないけど……それでも、今よりは絶対パワフルだったかな。みんな引き連れ回したりとか」
「……今よりパワフルとか恐ろしいな……」
楽しい時間を共有できたものの、アトラクションを周るうちに、風太郎はかなり体力を消費してしまった。
「大丈夫? フータロー君」
「すまん、少しだけ休みたいわ」
「おっけー。また喫茶店でもいこっか。私、気になってるメニューがあったし……いいかな? 歩ける?」
「おう、行こうぜ。お前がしたいことなら、全然付き合えるさ」
「もう、気持ちは嬉しいけど、無理しないでね」
再度喫茶店で休むことになり、一花が興味を持っていたメニューである特大忍者パフェをふたりで食すことになった。
横並びの状態なので、お互いに距離は近い。
「ふぅ、落ち着いたな。ありがとな、一花」
「いいよ、気にしないで。それにしても、美味しいなー、これ……写真撮って、五月ちゃんに自慢しよーっと」
「あいつなら余裕で平げそうだな。おかわりまでするんじゃないか?」
「ありえるー。……うぅ」
「どうした? お腹痛めたか?」
「いや、違うの。その……インスタにあげたい衝動と戦ってるの」
「? SNS的なやつか? お前ならいっぱい注目浴びそうだな」
「……そう。……ダメだ……助けて、フータロー君……指が、指が……彼氏と映画村デートって自慢したくて、止められない……」
「いやいやいやマズいだろ!? 我慢しろ、一花!」
苦しそうな表情の一花。理由は馬鹿げたものではあるが、本気で自分と戦っているのが風太郎にも伝わった。
「そんな、辛いよぉ……フータロー君、手を握ってぇ……」
「おう、これでいいか?」
だが、一花の懇願するような瞳は破壊力抜群だ。風太郎も心配の気持ちが強くなり、素直に一花のわがままを聞き入れる。
「パフェ、食べさせて……」
「わかった。あーん……」
「あーん……あむっ」
「どうだ? 落ち着いたか?」
「まだ、ダメ……抱きしめて……」
「……お、おう。もう大丈夫か?」
「ううん、まだ足りない。そのまま、耳元で愛を囁いて……」
「っ……一花、愛してるぞ。ずっとそばにいるから、だから……」
「嬉しい……♡ 幸せすぎて、死んじゃいそうだよ……♡」
とろけるような一花の声。そろそろ風太郎の羞恥心が限界突破しようとしていたところ、一花自ら風太郎から離れ、笑顔を振りまく。
「ありがとう、フータロー君。もう大丈夫。やっと落ち着いたよ」
「そ、そうか。ならよかった」
「ここが公共の場じゃなかったら危なかった。暴走してたか、スマホ破壊してたかどっちかだよ」
「貴重な連絡手段を守れてよかったぜ……」
そんなこんなで、ドキドキハラハラのイチャイチャを楽しみつつ、決められた集合時間までずっと、ふたりだけの時間を満喫した。
帰りのバスの中では班ごとということもありふたりの座席は隣同士ではない。しかし通路の向かい側を確保できたため、お互いに姿は確認できる状態だ。
疲れたのか早くも眠りについた一花を見て、風太郎は頬を緩ませる。
(ありがとな、一花。最高の修学旅行だったぜ)
忘れることはない、一生の思い出。風太郎の宝物だ。
「私も忍者パフェ、食べたかったです……」
映画村パートの付け焼き刃感