スタイルチェンジ   作:きゅーぴー(ないんぴーす)

16 / 16
エピローグ

 

 季節は過ぎ、まだまだ夏日を超える日も多い九月下旬。中野家での昼下がりの午後、二乃と四葉は進路について話し合っていた。

 

「そういや二乃は進路、決まってるの?」

「そうね。心理学部のある大学を目指してるわ」

「心理……すごいね、難しそう」

「恋愛心理学とかいろんな分野があるし……それに、私は相手のことを考えるってこと、なかなかできてないから。自分のことだけじゃなくて、相手のことも思いやれるようになりたいの」

「……なんか、それ私も学んだ方がいいことのような気がする。でも、お店の夢はいいの?」

「べ、べつにあんなの子どもの頃の夢だもの。まぁでも、そういったのにも活かせないわけでもなさそうよね。消費者の心理を学ぶことで、どうやったらお客を呼べるかの足掛かりにできそうだし」

「なるほどねー……」

「そう、いろいろ応用が聞くかなって思うのよ。動機は定まってるし、とりあえず後は勉強や面接の対策をしっかりするだけね」

 

 自分の経験から、進みたい道を見つけ出した二乃。生命を持つものであれば誰にでもある、心。それについて学ぶことは、人の理解を深めることに繋がると考えて導き出した答えだ。

 

「でもみんな進路が固まってきてよかったね。五月は教育学部、三玖は料理の専門学校だっけ?」

「そうね。でもなんか、進路のこと話したらフー君は落ち込んでたけど」

「ねー。俺、親父さんにあんなこと言っといて、誰も……みたいなね。どういうことなんだろ?」

「まぁそのうち話してくれるでしょ。私たちの進路を応援してくれてることには変わりないんだし」

 

 全員、あとは勉強をこなすだけ。毎日の積み重ねが重要だ。大好きな家族、信頼できる教師とともに、卒業という人生のチェックポイントを目指していく。

 

「そういやあんた、普通に一般入試受けるのね。確かどっかの大学からスポーツ推薦きてるって言ってなかったっけ。それはいいの?」

「うん。だってそれを受けたところで、自分の成長にはならないもん。そんなんじゃ、私の目標は達成できないし」

「……ふーん」

「私は福祉を学べる大学に進もうかなって考えてる。介護とか障がいを抱えた子どもたちの支援とか、人を支えるっていう点で、いろんな選択肢があるから」

「へぇ、いいじゃない」

「資格の勉強とかもできるから、将来役に立つものが多いと思うんだ。部活とかも頑張れたらなーって思う。やりたいことが多くて、今からいろいろ考えちゃうよ」

「もう、まだ合格したわけでもないのに……それにしても、見事に文系ばっかりね」

「まぁ私たちの中で一番計算高いのは、進学しない一花だしね」

「一花、ね……」

 

 もうすでに、住み慣れたこの家を巣立った長女。彼女はひとり、あのアパートに住み続けている。修学旅行を終えた後、妹と父親、彼氏に自立をしたいことを打ち明けて、本格的に一人暮らしを始めたのだ。最近また引っ越しの危機に見舞われているようだが、それでも頑張ると意気込んでいた。

 学校で姉の変わらぬ姿を見るたびに、妹たちは安心感を覚えている。もう誰も無茶などしない。心と心を通わせてお互いの理解を深めあった彼女たちには、支えてくれる教師がいるのだから。

 

「さ、準備するわよ。フー君たちがそろそろ来るはずだし」

「そうだね。今日も頑張ろう!」

 

 一人だけ特別な生徒がいようと、彼が姉妹五人の家庭教師であるのは変わらない。

 本心を知って高めあった信頼は絆を築いて、彼女たち全員の成長へと繋がったのだ。

 

 

 

 そうして月日は流れ、体育祭、文化祭といった一生の思い出となるものを風太郎と五つ子、クラスメイトは共有していった。

 日々の勉強も風太郎を中心に、姉妹がそれぞれ得意分野を教えていく方法で学力を高めていった。模擬面接を父親に頼んだり、志望動機を確認してもらったりと、万全の対策をもって試験に挑んだ。

 そして、その結果───

 

 

 

 大学も専門学校も、二乃から五月まで全員一発合格。風太郎はもちろん、姉妹全員合格発表の場には立ち合い、喜びを分かち合った。

 各々夢、目標を持って学力向上に勤しんでいたわけだが、全員その思いは報われた。風太郎たちが親身になって勉強を見ていた甲斐があったというものである。

 

「宴よ宴! 今日は騒ぐわよー!」

 

 合格を祝して、今日は中野家でパーティー。六人でお祝いである。

 

「やっぱ二乃の作るもの、なんでも美味しいよね。定期的に食べたくなっちゃう」

「たまには帰ってきなよ。これカレーパン、作ってみたの。よかったらどうぞ、一花、フータロー」

「なんだ、わざわざ揚げ直してくれたのか。じゃあさっそく……おぉ、うめぇじゃねぇか。サクサクで中もぎっしりで、いいと思うぜ」

「ふふっ、よかった。喜んでもらえて嬉しい」

「ん、じゃあ私も……三玖、いい?」

「もちろん。めしあがれ」

「んー! 美味しい。ほどよい辛さだね。私も料理頑張りたいなぁ……ある程度は自炊してても、勉強して覚えるってなるとなかなか難しいんだよね。仕事で入れてもらえないかな」

「三玖の上達もすごいよね! 私も味見してて楽しかったよ」

「いつもありがとね、四葉。ホントに感謝してる」

「私の負担も減るから助かるわー。あの腕からここまで進歩するなんて、嬉しい誤算という他ないわね」

「もきゅもきゅもきゅもきゅ……ごっくん。私も食べる専門から脱却すべきでしょうか」

「五月は五月なんだし、その辺はマイペースでいいんじゃねぇのか? ていうかウノ持ってきたから、あとでみんなで遊ぼうぜ」

「おっ、いいねー。せっかくひさびさに六人でゆっくりできるんだもん、楽しまないとね!」

 

 気軽に遊びの提案をする風太郎。独占欲の強い一花も嫉妬することなく賛同する。本心を晒しあったふたりの姉妹への信頼はとても強いのだ。

 そうして、わいわい騒ぎながら食事を終える六人。

 

「ごちそうさまでした。二乃、片付けは私がやるからいいよ」

「あらそう? じゃあ甘えちゃおうかしら」

「冬だと寒いから洗い物大変だよね。一人暮らしして、二乃の大変さがよくわかったよ。ホント今までありがとね」

「ど、どういたしまして。でも、私も料理を喜んでくれるのはとっても嬉しいのよ。あんただってしたいこととはいえ働き詰めなんだから、無理するんじゃないわよ」

「もう、前も聞いたよそのセリフ。ちゃんと大変な時はちゃんとみんなを頼るから、心配しないで」

「わかってはいるけど……フー君、ちゃんと一花のこと見ててあげてね」

「母親と娘のやりとりかよ。大丈夫だ、気にすんな。あいつのことはちゃんといつだって見てる。だいたい最近はもう一花の家で過ごす日の方が多くなって、この前なんてお泊り───」

「「「「え???」」」」

「あっ」

「……♡♡♡」

 

 固まる二乃たち。口元を押さえる風太郎。そして、頬に手を当ててうっとりしている一花。

 

「フー君、今の言葉、どういうことかしら。あんたたち、まさか……!」

「異端審問の時間だね。ウノがあったよ。これで制裁を加えよう。フータローは去勢かな」

「そっか、風太郎君、もう、一花と……なんだろ、私の中の、死神が、め、目覚め───」

「あ、あなたたち、早々に進路が決まったからって、不純異性交遊をするだなんて! いけません、そんなのはご法度ですよ!」

「いやまず四葉をなんとか───あぁもうヤケだ! しょうがねぇ、かかってこい!」

「フータロー君、私も戦うよ。困難は二人で乗り越えるもの。私たちはどんなことだって、二等分なんだから!」

「ふーん……ふたりとも不純異性交遊の否定、しないんですね……」

 

 一瞬として戦場と化した中野家。ハイライトを消し、狂気を渦巻かせた瞳の姉妹をなんとかせんと、風太郎と一花は共に立ち向かう。

 

「この戦いが終わったら、いっぱいイチャイチャしようね、フータロー君!」

「それ確か言っちゃダメなやつじゃねぇか!」

 

 否。あと、もう少しだけ続く。

 

 

 

 

 そして、寒い冬を乗り越えて卒業試験も無事にクリアし、残り少ない時間で遊びに行ったりしながら、ついにむかえた卒業式。

 すでに卒業証書を受け取った風太郎は、物思いに耽っていた。

 

(ここまで、長かったな……)

 

 風太郎は今までの自分を振り返る。今までいろんな困難があった。生徒たちは勉強嫌いで、教えることすらままならない。

 それに加えて、幾度とない対立、すれ違い。一難去ってまた一難。あれだけ自分のやり方が絶対だと信じて疑わなかったのに、いかに狭い視野で物を見ていたのかを思い知らされた。

 

 それでも、たしかにそこには積み重ねがあった。

 勇気をもらって変わっていって、想いを寄せてくれた三女がいた。

 最初は険悪だったのに、頼りにしてると言ってくれた五女がいた。

 変化を受け入れて髪を切り、真剣な気持ちを教えてくれた次女がいた。

 過去の出会いありきとはいえど、初期から味方をしてくれた四女がいた。

 そして、不真面目ながらも要所要所でアドバイスをくれる頼りになる、辞めようとした自分を引き止めてくれた───

 

(もう、あいつらとは……いや、だからこそ、やらねぇとな)

 

 これから来る別れにセンチメンタルな気分になるも、落ち込んではいられないと気合を入れ直す風太郎。そんな彼の元に、苦楽を共にしてきた友人たちの声が届く。

 

「上杉君、ここにいたんですね」

「おう、五月……お前らも一緒か。揃いも揃ってどうしたよ」

「フー君を探してたのよ。もうやることは終わったからね」

「卒業アルバムにメッセージ書いてたりしてきたんだ。他にも友達、増えたから」

「三玖は女子、二乃は男子の方が多かったよね」

「四葉は男女満遍なく書いてたね。さすが学級長」

「友達の話は耳がいたいのでやめてください……」

「お前は大学で頑張るべきだな。普通にしてりゃ友達はできるだろ。馬鹿だった俺にだってできたんだから、自信持てって」

「えっ……はっ、はい。頑張ります」

 

 あとでらいはに五月へのメッセージでも頼むべきかと考えながらも、今は絶好のチャンスであることに風太郎は気づく。

 

「一花はまだなのかしら。時間かかりすぎじゃない?」

「別クラスの生徒たちに囲まれてましたね。まぁ他の人からすればスターなわけですから」

「家じゃあんなにダラけてるのにねー」

「それもそうだね。でも、フータローは一緒にいなくていいの?」

「ん、まぁそんなに気にすることじゃねぇかな」

 

 散々心を通わせた後ではあるが、決して慣れているわけではない。親しい中だからこそ言えることでもあるのだが、恥ずかしさもある。

 

「なぁ、お前たち。その、もう当分、会わなくなるだろうし……ひとりずつ、話しておきたい。まず───二乃」

「へ? な、なによ」

 

 それでも風太郎が彼女たちの教師として、友達として、伝えなければならないこと。それは彼女たちへの、応援メッセージだ。

 

「なんというか……丸くなったな」

「ど、どういう意味よっ! あんた、デリカシーの無さは相変わらずのようね……」

「ち、ちがっ、太ったとか、そういう意味じゃない! 出会ったころと比べると、あんだけ揉めてたのが嘘みてぇだなって思ったんだよ。間違いなくその変化は、成長の証だ。二乃の意識の変化があったから、今のこの時間があるんだよ。本当にありがとな」

「! ふ、ふーん、なによ、いいこと言えるじゃない。フー君も、良い意味で変われたわね」

「そいつはお互い様だ」

 

 想いが伝わっていることがわかることが、風太郎にも嬉しい。お互いに心を通わせて変化を受け入れて、今があるのだ。

 

「姉妹と別の道を選ぶことには、怖さもあったと思う。それでも、一人で頑張る道を選んだのは、絶対これからの人生にプラスになるはずだ。なんかあったら誰かを頼ったっていい。なんでも完璧にこなせる人間なんていないんだから、ほどほどに頑張れよ、二乃」

「フー君……! っ、当たり前よ! 人の心に触れて理解を深めて、もっともっと良い女になってやるわ!」

 

 五つ子であることに、姉妹の中でもっとも価値を感じていた二乃。そんな彼女もまた、五人でいることからの卒業を果たしたのだ。

 強がりなどではないと、風太郎にもわかる。出会えて、本当によかった。

 

「三玖」

「なぁに、フータロー」

 

 変化、成長という点で差をつけるのはよくないが、それでも風太郎は認めざるを得ない。三玖の成長は、姉妹の中で著しいものであると。初期の覇気のない顔を見ていた分、なおさらである。

 

「本当に、強くなったな。初期のウジウジしてた時のお前が嘘みたいだ」

「そうだね、私も自分で変わったなって思う。フータローのおかげだよ」

「そんなことねぇよ、それは三玖の努力の賜物だ。本当に、自分を好きになれたんだな。やりたいこと、目標に向かって頑張れるお前は、すごく立派だと思う。自慢の生徒だ」

 

 三玖の努力、その在り方は、元々は寄せてくれた好意がきっかけである。そんな三玖の気持ちを、風太郎は拒絶した。しかし、三玖はそこで腐ることなく立ち上がり、さらなる努力を重ねている。今度は自分が導く番だと言わんばかりに、日々精進しているのが今の三玖なのだ。

 

「カレー、出来たら言ってくれよ。らいは以上のうめーやつに仕上がるかどうか、楽しみにしとくわ」

「うーん……敢えてフータローには、特別激辛のごちそうしてあげようかなって思ってたんだけど。味音痴なら大丈夫でしょ?」

「いや、それは勘弁してくれ……別に味覚に異常があるわけじゃない……」

「ふふっ、まぁカレーに拘らず、いろんな料理に挑戦していきたいかな。抹茶とか好きだし、それを使ったのとか、ね」

「そうか。三玖の更なる成長、期待してるぜ」

「うん、ありがとう。フータローも、大学で友達作れるように頑張んなね」

 

 二乃に変わって料理当番をすることもあるまでに、料理の腕を上達させた三玖。苦手を克服し、それを趣味とまで言えるようになったその成長ぶりは凄まじいものだ。

 嘘ありきだったとはいえど、早くから風太郎に心を許して、三玖は努力を重ねてきた。風太郎にとって特別というわけではなくとも、姉妹の中では一番の成長株だ。彼女の成長は本当に誇らしい。

 

「四葉」

「はいっ!」

 

 元気いっぱいに返事をする四葉。二乃、三玖と変化と成長を讃えてきたのを見たために、彼女も期待しているのだろう。

 だが、風太郎の言うことは決まっている。

 

「お前マジで、部活の助っ人にかまけて学業を疎かにするなよ。いざとなった時に支えてくれる姉妹はもう別の道を進むんだからな」

「信用がない! 仕方ないかもだけど!」

「でも、推薦蹴ったって聞いた時は驚いた。自分の好きなことより、自分の成長したいっていう気持ちを優先したんだな」

「! うん、まだまだ私はこれからなんだって思う。大学でしたいことが、ひとつに絞れてるわけじゃないけど」

 

 四葉もまた、三玖のように自分に自信を持っている。この道を進むことに後悔はないという、決意の強さだ。

 運動では才能に恵まれた四葉ではあるが、努力の大変さも知っている。姉妹で最も勉強が苦手であったにもかかわらず、無事にこうして卒業できたのだから。その姿を見てきた風太郎も信じている。一人でも四葉は、大学で道を踏み外すことはないと。

 

「それでも、人を支えることに喜びは感じるんだ。でもだからこそ、そこだけにこだわらないで、大学でいっぱい学んでいろんな人と出会って、私の世界を広げていけたらなって思うの」

「……そうか。その気持ちがあるんなら、もう心配いらねぇな。安心したよ。言いたいことをはっきりと言えるようになった四葉、強くなったなって思うぜ」

 

 家族以外の人間と関わることを無意味と考えていたかつての風太郎ならば、今の四葉の主張は全く理解できず、頭ごなしに否定していたに違いない。それでも、だからこそ今はその大切さがわかる。自分の可能性を広げんとして、人と関わっていく。人当たりの良い、学級長としての実績もある彼女ならば、容易いであろう。

 

「頑張れよ、四葉。無理せず、されど自分らしく、な」

「もっちろん! いずれは一花なんて目じゃないくらいの、億万長者になってやるから!」

 

 ししし、という歯を見せる四葉特有の笑顔。それを見て安堵した風太郎は、まだ話していない最後の一人へと視線を向け、声をかける。

 

「五月」

「はいっ」

 

 笑顔を向けてくれる五月。風太郎も頬が緩んでしまう。

 

「お前は、その……なんつーか……すげぇな」

「はい?」

「あいつらとは違うというか、なんか、全然変わんねぇな。いや、二乃みたいに最初はぶつかりあったりしたけどよ」

 

 この少女との出会いが、風太郎の高校生活を大きく変えた。最悪だと思っていた初対面が、全ての始まりだった。

 

「一花みたいに視野が広くて容量が良いわけでもない。二乃みたいに料理が得意なわけでもない。費やしてる時間の割には三玖みたいに勉強で結果を残してるわけでもない。四葉みたいに運動の才能に恵まれてるわけでもない。お前は本当にポンコツで、根っからの不器用なんだって、今でも思うわ」

「な、なんで私だけそんな散々な言いようなんですか! まったくもうっ!」

「だけど、五月。突出してるものがなくても、お前は十分すげぇやつだよ」

「えっ……?」

 

 不器用さゆえになかなか結果を残せなかったが、五月もまた、憧れていた存在に近づきたいと思い努力してきたのだ。それは、出会った時から変わらない。五つ子は五等分とは彼女たちの母親の教えではあるが、それでも五月には一花や二乃のような、姉妹のためにこうしなければならない、姉妹はこうあらなければならない、というような五つ子ゆえの歪みは見られていない。

 間違いなくそれは、母親への憧れが強かったからだ。母のようになりたい、その気持ちが五月の基盤となっている。口調まで真似るというのはなかなかに盲信的と言えるかもしれないが、それだけ彼女の想いが真剣だということだ。

 最初に出会ってすぐに勉強を教えてほしいと声をかけてきたあたり、五月は風太郎の学力の高さを素直に認め、自分の夢のために頼ろうとしていた。このように、五月の友達の数は少なくとも人当たりは良い。随分と遠回りをしてしまったなと風太郎も反省している。

 初期の風太郎の不躾な態度が問題で打ち解けるまでは時間がかかり、最近まで気づくことができなかった。だが、なかなか勉強の成果がついてこない五月には、ただ風太郎がそばで勉強を教えるだけで、彼女の支えになれていたのだ。

 

「お前は姉妹の中で、誰よりも真面目だ。頑固な一面もあるけど、芯の部分がしっかりしてて、自分を見失わずに頑張り続けてる。心が強いんだなって思っている」

「!」

「実際あれから特に大きな山もなく、こうして大学にも合格できたんだ。五月のその几帳面さと素直な心は、姉たちに全然負けてない、お前だけの強みなんだなって思うぜ」

 

 二乃と同じように、五月とは風太郎も何度も対立した。彼女の立場になって考えることができず、反感を買うような一言を放ってしまったこともある。

 それでも、一花のアドバイスと気遣いで風太郎自ら歩み寄り謝って、和解することができた。そして、お互いに理解し合えた。そういった経験があったからこそ、頼りにしてると言ってくれたあの時。五月からの信頼が、嬉しかったのだ。

 この気持ちを知ったことで、頼りになる、弱さなどないと思っていた姉である一花が、本当は必要としてくれていると気づいたことに、風太郎は特別強い喜びを感じることができた。一花が大切に思えるのは、彼女以外の姉妹の存在があってこそである。

 

「五月。お前は絶対、立派な教師になれる。そのひたむきさが、今まで積み重ねてきた努力が、報われることを信じてるぞ」

「上杉君……」

 

 だからこそ、彼女にかけるのは素直な気持ち。こんな時まで意地を張る必要はない。

 

「ありがとう、ございます。私にだって、お手本となる家庭教師がいますからね。教師と生徒の信頼関係を築くには、デリカシーのない一言に気をつける。それが上杉君から学んだことです」

「そっ、それ以外にもあるだろ!? いや、たしかに俺にも反省するとこはたくさんあったけどよ……」

「ふふっ、冗談ですよっ♪ あなたのお力添えがあったから、私は夢への第一歩を踏み出すことができました。本当に、とても感謝しています」

 

 良くも悪くも五月は変わらない。良いことは良い、悪いことは悪いと誰にでも素直に正面から言える、澄んだ心の少女なのだ。

 

「東京に行っても、一花と一緒に、頑張ってくださいねっ!」

「あぁ、五月もな。大学生活、勉強ももちろんだけど、遊びもほどほどに楽しめよ」

 

 五月の激励の言葉が、風太郎の心に染みる。

 一花だけが全てなんてことはない。切り捨てる覚悟も決めていたとはいえど、やはり全員が全員、風太郎にとってかけがえのない存在だ。今の風太郎にはわかる。自分もまた、生徒である彼女たちに支えられていたのだと。

 勉強が全てだと思い込んでいたがゆえに、価値観を押し付けていた。それでも、五つ子との触れ合いによって彼もまた、己の改善すべきところを見直して、成長に繋げることができたのだ。そして、その上で風太郎のしたことは必要なことだったと言ってくれた彼女。本当に、大切な存在だ。

 風太郎が感慨深いものを感じていると、聞き慣れた声が背後から聴こえてきた。

 

「みんな、おまたせ。時間かかっちゃってごめんね」

「あ、やっときたわね」

「おう、一花」

 

 駆け寄ってくる一花。その手にはしっかりと、卒業証書が握られている。

 

「ん、なんかみんな、すごく嬉しそうな顔してる。フータロー君、なに話してたのー?」

「ちょっと教師として最後に一仕事したってだけだ。みんなこれで、卒業だからな」

「そっか。私たち、この街を出るんだもんね」

 

 風太郎は進学のため、一花は仕事のために上京だ。彼女の妹たちとはしばしの別れである。

 

「よーし、じゃあ今度は、私たちの番だね」

「そうね」

「うん」

「おー!」

「はいっ!」

「?」

 

 互いに目配せをしたのち、風太郎に笑顔を向ける五つ子。

 

「フータロー君」

 

「フー君」

 

「フータロー」

 

「風太郎君」

 

「上杉君」

 

 一花から順番に、名前を呼ぶ。そのまま折り返して、今度は五月からだ。

 

「私に自信と強さをくれて、ありがとう」

 

「私に進むべき道を示してくれて、ありがとう」

 

「私に恋を教えてくれて、ありがとう」

 

「私に変わる勇気をくれて、ありがとう」

 

 心のこもった感謝を伝えてくれる少女たち。生徒でもあり友達でもあり、そして───

 

「私に、私たちに、手を差し伸べてくれて、愛をくれて……ありがとう」

 

 大切な、彼女。愛と信頼に満ちている、温かい言葉。

 

 

 

「「「「「卒業、おめでとう!」」」」」

 

 

 

 満面の笑みで、祝福を告げる五つ子。かつて、全員が笑顔で勉強に取り組んでいたあの時のような───

 

「お、お前たち……」

 

 それ以上の言葉が出ない。心が震えている。一度は手放す覚悟を決めた、みんな揃って笑顔で卒業という目標。彼女たちの笑顔が、達成できたという現実を突きつける。今まで風太郎の心にはなかった、感動という感情。風太郎の心を覆い、自然と瞳が潤んでしまう。

 そんな彼の様子をみた少女たちは、とても嬉しそうだ。

 

「フー君、もしかして、感動に打ちひしがれてるのかしら。それってつまり、私たちの想いが伝わったってことよね!」

「まさか私たちから何の言葉もないと思ってたのかな。いくらなんでもみくびりすぎ」

「相手と心を通わせることの大切さ、風太郎君と出会ってみんなと触れ合うなかで、学んだんだからねっ!」

「たとえ離れ離れになっても、私たち六人の絆は、決して壊れることはありません。それだけ私たちは関係を深めて、信頼を紡いできたのですから!」

「うぅ、みんなに言いたいこと言われちゃったよ……」

 

 少ししょんぼりしている一花。しかしすぐに穏やかな表情へと切り替わり、風太郎へ言葉を届ける。

 

「こほん。とにかく、今の私たちは、フータロー君あっての私たちなんだよ。君もおんなじ気持ちだと、嬉しいな」

「あ、当たり前だろ、そんなの」

 

 全幅の信頼が伝わる、生徒たちの親愛。風太郎も精一杯強がるも、心にくるものがあって鼻声になってしまう。

 それでも、黙りこくるわけにはいかない。今更こんな姿を見せたところで呆れられるような、浅い関係などではないのだ。

 

「みんな、今までありがとう。失敗もあったし、傷つけたりもしたけど……俺についてきてくれて、信じてくれて、最後までそばにいてくれて……すごく、すごく感謝している。本当に、お前たち全員、最高で、自慢の友達だ」

 

 教師と生徒ではなく、友達にしてパートナー。上も下もない、対等な関係だ。

 そんな姉妹の中でひとりだけ、彼と同じ肩書きをもつ少女が存在する。これからは、彼女と共に歩んでいく。もう、六人で一緒なのは今日で最後だ。

 

「じゃあ……元気でな。きっと、またいつか───」

「いやべつに、夜にクラスでの打ち上げあるじゃない。行かないなんて、言わないわよね?」

「あ……そうだったか」

「一緒に美味しいもの、いっぱい食べましょうね!」

「みんなで写真も撮るよ。フータローが嫌っていっても聞かないから」

「うんうん! ほらほら風太郎君、こっちこっち!」

「えっ、今かよ」

「もー、フータロー君、写真撮影は当たり前でしょ? 私も、みんなとはこれで最後なんだからさ」

 

 一花は風太郎の背後に回り込み、後ろから頬を軽く摘んで横に引っ張る。

 

「はいフータロー君、にーっ♪」

「言われんでもやるわ!」

「ここぞとばかりに正妻ムーブ……」

「さすがとしかいいようがないね」

「でも一花、本当に楽しそうですよね」

「はいはい。みんな、撮るわよー」

 

 自撮りに慣れてそう、ということで撮影役の二乃。スマートフォンでパシャっと二、三枚そど撮り終えて、撮影完了だ。

 

「楽しかった。まぁこれで満足かな」

「そうだね。じゃあ私たちは退散しよっか! またあとで会うんだし、それにおふたりの邪魔しちゃ、アレだしねー」

「たしかにもう語り尽くした感はあるわね。後であんたたちにも写真は送っとくわ」

「それでは私たちはこれで。イチャコラもほどほどにしてくださいね」

「!」

 

 主役はふたりだと言わんばかりに、退散する二乃たち。気を遣わせてしまったことに申し訳なさはあるも、風太郎と一花にはありがたい提案だ。素直にお言葉に甘えることにする。

 

「ありがとな、お前たち。行こうぜ、一花」

「うん。みんな……ありがと。また後でね」

 

 ふたりはひとまず校舎裏へと移動する。目立たない場所でないと、人気者の一花の周りには人集りができてしまうという予想からだ。

 

「……今日で本当に卒業なんだね。みんなともお別れか。……うん、普通に寂しい」

「そうだな。ただ勉強するだけの場所だと思っていたのに、こんなにも愛着が湧いちまうとは」

「私なんて来た時は卒業すらできるかわからなかったからね。でも、ホントみんなと卒業できてよかった」

 

 勉強が中心だったとはいえど、焼肉定食焼肉抜きを味わった学食、勉強会をした図書室、過ごしてきた教室。風太郎にとっても、思い出がたくさん詰まっている場所だ。

 一花も出席日数はギリギリであったが、時間さえあれば遅刻してでも学校に通い、風太郎や妹たち、仲の良いクラスメイトとも少ない時間を過ごした。この学校にこれてよかったと、心の底から思えている。

 

「一花」

「フータロー君」

 

 名前を呼び合い、見つめ合う。

 

「卒業おめでとう。無事にこうして一緒の時間を過ごせること、本当に嬉しく思う」

「フータロー君こそ、卒業おめでとう。私も嬉しいよ。ていうか、あれからもう十ヶ月か……私、少しは女として、君に相応しい彼女に成長できたかな」

 

 互いに称え合う風太郎と一花。素直な気持ちの表現こそスマートなものに変化したが、一花の謙虚な姿勢は全く変わっていない。

 

「ったく、自己評価の低さは相変わらずだな。自信持っていいだろ。今やテレビで見ない日の方が少ない気がするぜ」

「まぁたしかに、女優としてはたくさん経験積めたかな。CM起用にドラマの主演、私もすっごく成長できたと思ってるよっ」

「ホント、お前のポテンシャルは計り知れないな。飲み込みの速さは大したもんだぜ」

「ううん、私は本当にみんなに支えられてる。一人暮らしも結局、二乃たちが料理作って持ってきてくれたことも何度もあったしね」

「それでも、起きれるようになってきたじゃねぇか。散らかし癖や苦手な片付けも、少しずつ治ってきてる。さすがとしか言いようがねぇよ」

「それだって、フータロー君のモーニングコールとかもあったし……仕事の翌日はどうしても疲労溜まっちゃうしね。あと、友達や彼氏を呼ぶってなったら嫌でも片付けるよー」

「ふっ、まぁ起きた時点で報告のメールを送る、ってのは良い考えだったな」

「うん! そのままやり取りできるからねー」

「授業の内容と近況報告が中心だった気がするけどな」

「それでも私、フータロー君からのメールは全部保護してるよ。そもそも友達や妹とはラインだし、フータロー君しか相手いないしね」

「それは喜ぶべきことなんだろうか……まぁ、なんというかだな」

 

 今まで知らなかった分、心を通わせてきた。一花は自分の気持ちを知って欲しいと望んで、勇気を出して歩み寄ってきてくれた。恋人となってからも関係を深め、絆を育み、今ではもうお互いに知らないことの方が少ないくらいだ。

 なにより、かつて学力が全てだと思っていた風太郎は、人との触れ合いに価値をおけるようになっている。五つ子と出会ったころの彼とは別人だ。

 愛する彼女の笑顔が見たい。そのためなら、いくらでも風太郎は愛を伝えられる。

 

「一花。俺を好きになってくれて、愛をくれて、忙しいのにそばにいてくれて、心を癒してくれて……ありがとう。大好きだぞ」

「フータロー君……私の方こそ、夢の架け橋になってくれて、私の気持ちを受け止めてくれて、愛をくれて、そばで支えてくれて……本当に、大好きです」

 

 頬を染めながらも愛を伝え合うふたり。もう言葉はいらない。お互いに気持ちは伝わっている。

 

 

 

 距離を寄せて、見つめ合い。口付けを、交わす。

 

 

 

 数秒で唇を離す。もう心が離れることはないのだから、長くする必要もない。風太郎の考えは一花にも伝わっているようで、彼女も何も言わずに笑顔を向けてくれる。

 心がすごく穏やかで温かい。だからこそ、愛をあげたい。風太郎がこんな気持ちを大切に思えるのは、一花のおかげなのだから。

 優しくそっと抱きしめる。一花も風太郎の腰に手を回す。姉であるがゆえに、家族に心を晒せなかった少女。その大変さは風太郎も身をもって知っている。

 でも、もう一花はひとりではない。一花の抱えるものを知った妹たちはもちろん、同じ立場ゆえに共感できる彼氏がいるのだ。

 

「いいよ、フータロー君。私、もう十分満足」

 

 一花自ら腰に回した手を離し、笑顔を見せる。作り笑いではない、穏やかな優しい笑顔。

 

「本当に今、すごく幸せなんだ。愛を見失って、間違いを犯して、妹を傷つけて……それでもフータロー君は、私を見放さずに信じてくれて、好きでいてくれた。みんなもお姉さんでない私を許して、認めて、受け入れてくれた。そして、無事にみんなと一緒に卒業までさせてもらえた」

 

 胸の前で手を組みながら、愛を紡ぐ一花。愛おしさが止まらない。

 

「女優として輝けるのも、今こうして君を独占できるのも、私の成果ってだけじゃない。みんなの心の温かさのおかげでもあるんだ。だからね」

 

 姿勢は控えめながらも、伝える好意は強く真っ直ぐで素直なもの。演技でも嘘でもない、一花の溢れる愛。

 

 

 

「フータロー君、私を好きになってくれて、ありがとう。もう二度と離れたくない。これからもずーっと、一緒にいようね」

 

 

 

 何度見ても飽きることなく、風太郎の心を温かくしてくれる、一花の満開の笑顔の花。限界突破した可愛さに我慢できず、思わずもう一度抱きしめる。

 

「ひゃっ! もう……みんなに見られちゃうよー。嬉しいけど」

「わ、悪い。でも、我慢できなくて……」

「いいの、私だって辛かったんだよ。私にはこんなに素敵な彼氏がいるんだぞって自慢してやりたいのに、誰にも話せないどころか学校でイチャイチャもできないんだもん。いっそ見られてスクープされたっていいって、何度思ったことか……」

「そ、それはダメだろ。こんなとこでお前の夢を台無しにするわけにはいかねぇ。もう離すぞ」

「はーい」

 

 一花の知名度が全国レベル以上になったことで、変装を駆使しないとデートもままならない。日々が充実しているとはいえど、恋人としてはしたいことができず、少なからず窮屈でもあった。

 だが、春からはまた環境も変わる。お互いに上京し、同じアパートの隣の部屋を借りて生活するのだ。理想は同棲なのだが、さすがに一花が女優なために、スキャンダルになったらまずいということで断念する結果となった。しかし、大切な人がすぐそばにいることには変わりない。

 

「高校生活は終わりだけど、人生はまだ長いんだ。何が起こるかはわかんねぇけど、ふたりで一緒に乗り越えていこうぜ」

「うんっ! 私たち、春からはお隣さんだもんね。仕事も勉強もイチャイチャも、ふたりで一緒に、楽しんでいこっ!」

 

 これから始まるのは長男と長女の新生活。人に寄り添うことを知らなかったふたりは、お互いに支え合って生きていく。離れることは二度とない。いつまでも続く、ふたりの日常。

 

 上杉風太郎と、中野一花。長男と長女。ふたりの幾度とないスタイルチェンジは、卒業式をもって、ようやく幕を閉じた。

 再度ふたりの関係が変わるのは、四年後───

 

 

 




長々とお付き合いいただき、大変感謝です!
多々突っ込めるところも多いかと思います。解釈違い等で不快な思いをさせてしまったらごめんなさい。
それでも、ただ結ばれるだけでなく、困難を乗り換えた六人の成長までそれなりにじっくりと書けたのではないかなと思っています。
お気持ち表明的なのはブログでしてます。気が向いたら作品名で検索してみてください。
こんな駄文を見てくださって、本当にありがとうございました!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。