スタイルチェンジ   作:きゅーぴー(ないんぴーす)

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文章アプリからコピペっているのですが、プレビュー見ると最初ひとマス空いてないのはなんか操作ミスってるのかな…
訂正ができてない箇所があったら申し訳ありません!


#2

 

 

 作戦も何もない。珍しく早起きした一花は、ルーティンとしていつもの喫茶店でフラペチーノを味わいながら状況を整理する。

 もっと風太郎と二人だけの時間を過ごしたい。いずれは両思いになって、恋人らしいことをたくさんしたい。そのためには、一花のその気持ちを風太郎に知ってもらう必要がある。

 まず大前提として妹たちがいる学校から風太郎を遠ざけないと、二人きりの時間は作れない。現状、五つ子の中で風太郎と二人きりでいる時間が最も多いのは間違いなく二乃だ。二乃は風太郎と同じバイト先で働いている以上、勉強会以外にも放課後のアルバイトで風太郎と一緒の時間がある。一花も毎日ではないが女優の仕事があるため、彼と二人きりでいる時間を少しでも稼ぐには登校前のこの時間をうまく使うしかない。

 しかし、こうも何度も抜け出して風太郎の元に行っていることは、そろそろ妹たちに勘付かれてもおかしくはないだろう。当然といえば当然なのだが、未だに二乃の視線は鋭い。ゆえに、勝負は早い方がいいというのが一花の考えだ。今日一日で告白とまではいかなくても、好意をより知ってもらうために、勇気を振り絞って彼に直球勝負を挑む。

 

 風太郎を学校から遠ざけるには、やはり学校に行かないようにしてもらうしかない。前回は考えもなしに勢いで提案して失敗したが、今回は一花にも少なからず勝算がある。基本妨害に徹している一花だが、自分の好意を意識してもらうためにまったく何もしなかったわけではない。誕生日には風太郎の妹をうまく利用して、好感度を稼ぐことに成功したのだ。

 彼に好意があることを知られている以上、少なからずその行動には意味があるのだと思ってくれていると信じたい。家族旅行で偶然あった時も、風太郎は二乃と話す時は明らかに動揺していたのだから。意識させることができているのは自分も同じだと、一花は考えている。しかし。

 

(……こわい……全然、落ち着けない……)

 

 好物のフラペチーノを味わっている至福の時だというのに、心は平静ではいられない。一花の心は不安でいっぱいだった。

 もし風太郎に拒絶されてしまったら、一花は自分がどうなってしまうのか想像もつかない。林間学校の時は彼に踊るのをやめようと言われただけで泣いてしまったのだ。あの時より一花の風太郎への想いは強くなっているのだから、それ以上のダメージを受けることは間違いないであろう。

 

(……ダメダメ、今は目先のことだけを考えないと。……もうそろそろかな。いつも通り、いつも通り……)

 

 恐怖心も不安も大きくはあるが、それでも一花は戦う。誰にも、風太郎の隣は渡したくない。

 そろそろ彼が喫茶店を通過する時間であることに気づく一花。飲み終えたフラペチーノの容器を捨てて喫茶店を出る。すると、すぐに彼の顔が見えた。臆病な自分を振り切って、一花は何気ない様子で話しかける。

 

 

 

 

 

 普段通りを装いながらも、勇気を振り絞り誘いをかけてみた一花。だが、結果的に風太郎は黙ってしまった。

 風太郎の心がわからない。嫌われるのは嫌だけど、私だけを見てほしいという一花のジレンマ。不安と独占欲の板挟みになり、一花の胸は苦しくなる。

 

(やっぱ、私じゃダメなのかな)

 

 悩みに悩んだ末、一花は出し抜くことを諦めることに決めた。風太郎に嫌われることはなんとしても避けたい。そんなことになったら、立ち直れる勇気はもう湧いてこないかもしれないという自信のなさからの結論だ。

 発言の撤回をして謝れば、まだ間に合うかもしれない。嘘つきの一花ではあるが、日々の活動で少しは女優として成長できている自覚はある。今度こそ彼を騙せる笑顔で───

 

 

 

「待てよ」

 

「午前中……いや、いい! バイトもないし、今日一日お前にくれてやるさ」

 

「そーゆうんじゃねぇよ、俺だって長男だし、お前が長女として人一倍努力しているのはよく知ってる。仕事もあったのに学年末試験だって一番の成績だったし、模試の結果もよかったもんな。ていうか別に、それだけじゃなくて……俺はお前に、たくさん助けられた。教師としてだけじゃなく、その……友達として、本当に感謝している。だから今日だけ……特別だぞ」

 

 

 

(……やった)

 

 どんな心境の変化があったのか一花にはわからないが、最終的に彼はわがままを聞いてくれた。不安でいっぱいだったこともあって嬉しさが溢れ出してしまい、思わず抱きついてしまった。テンションの落ち着いた今はひとまず揃って移動中である。

 

「…………」

 

 しかし、時間が経つにつれて、一花の心中は穏やかから程遠いものへと変化していった。ある疑問が頭から離れず、心をざわつかせている。

 

 

 

 どうして?

 

 どうして、そんなに優しいの?

 

 

 

 答えはわかっている。それは、中野一花という少女が五つ子の長女だからだ。

 

 風太郎を騙しているという事実が、彼女の心を痛めていた。確かに一花は、かつては長女として姉らしくあると決めた。同じ血が流れている大切な末っ子の、あんな悲しい姿は見たくないという、あの時の気持ちを忘れたわけではない。

 だが、今の一花は違う。愛しい彼を手に入れるために妹の良心や姿すら利用し、自分だけを見てもらうために思考の限りを尽くす、客観的に見ても悪女のような立ち振る舞いをしている女なのだ。風太郎はそんな一花の黒い本性を知らないからこそ、一花のことを褒めてくれたのである。そこは絶対に履き違えてはいけない。

 

(奇跡的にうまくいったけど……私がこんな女だって知ったら、フータロー君、どう思うかな。良い顔、するわけないよね)

 

 一花は自分の独占欲が非常に強いことを自覚している。彼が他の子の話をしているだけで暗い気分になってしまうほどの嫉妬心を抱えており、本当に我ながら自己中心的だと思っている。

 さらに嫉妬だけに飽き足らず、妹たちの言葉を自分に都合良く解釈して、徹底的に妨害に走っている。それで結果的に姉妹の仲が悪くなったとしても、彼を手に入れるためなら致し方ないと一花は割り切れてしまう。所詮恋は戦争で、風太郎は一人しかいない。遠慮していては自分が蹴落とされてしまうのだ。ゆえに、このやり方で戦うことに躊躇いはない。

 

 だけど、本当にそれでいいのだろうか。

こんな卑怯なやり方で、風太郎は振り向いてくれるのだろうか。そもそも、彼は五つ子の仲が悪くなることを望んでいるだろうか。

 

 そんなの、絶対に望んではいない。

 彼の目標、望み。それは───

 

 

 

 私たち五人が、揃って笑顔で卒業すること。

 

 

 

 それは、幾度となく聞いてきた彼の初志貫徹の意志といえるものだ。いくら生徒と先生の関係で満足できなくても、教師のその気持ちを蔑ろにすることは許されないと一花は思う。

 ゆえに、少女たちが仲良し五つ子でいることは絶対条件なのだ。どれだけ成績に問題がなくても仲が悪くなって笑顔がなくなってしまったら、彼は悲しんでしまうだろう。

 

(私はフータロー君が、ほしい……だけど、フータロー君の目標は……)

 

 しかし、だからといって一花は風太郎を独り占めしたいという気持ちを抑えることはできない。自分の欲望を正当化するのはどうかと思うが、二乃も三玖も恋の成就を望んでいるのだから。一花も、この恋だけは誰にも譲れない。またしてもジレンマの発生だ。

 なら、どうすればいいのだろう。自分が彼を独り占めしつつ、全員が仲良しでいるという、一花に都合の良い世界を作るためには。

 

(独りよがりなだけじゃダメ。ちゃんと、フータロー君のことも考えた上で、私が幸せを掴み取る方法……)

 

 そんなの、たったひとつしかない。

 風太郎に一花自身を、友達としてでも生徒としてでもなく、恋人として好きになってもらうのだ。そして、きちんと妹たち全員に二人の仲を認めさせ、彼を手にいれることを諦めさせてみせる。それが風太郎の望みを叶えつつ、自分が幸せになれる唯一のハッピーエンドだ。

 自分の恋は自分が幸せにならなければ意味がないと言う、妹の言葉を思い出す。ならば遠慮はいらない。すでに宣戦布告だってしたのだ。ゆえに、一花も自分の幸せのために戦える。

 自分を好きになってもらう何かを探すという、妹の言葉を思い出す。彼女はとても優しくて、今の性格の悪い自分とは正反対だと一花は思う。そんな一花に、彼が好きになってくれるような魅力はあるのだろうか。

 

(だけど、私とフータロー君だって……)

 

 だが早くもひとつ、今回の直球勝負で一花は収穫を得ることができた。

 それは、風太郎は一花のことを心から信頼してくれているということだ。無論、一花だけではなく妹たちにも当てはまることなのは百も承知である。しかし、一花と風太郎には妹たちにはないある共通点がある。

 その共通点とは、一花と風太郎は共に一番上の兄姉という点である。彼は顔を赤くしながらも、一花の今までの長女としての立ち振る舞いと、努力を褒めてくれた。おそらく長男として妹を大切に思う彼にも、共感できる部分があったのかも知れない。だからこそ一花に理解を示してくれたのだろう。これは間違いなく、一花が長女であるがゆえのアドバンテージだ。

 

(お姉さんでない私が性悪女なのは事実。だけど、フータロー君は今までの私を認めて、褒めてくれた。ならその信頼は、裏切りたくない! これからは変装や妨害に頼らないで、自分の姿で戦ってみせる!)

 

 改めて一花は心を入れ替える。風太郎の言葉のおかげで、立派な姉になるための努力が報われた気がして、心が満たされたのだ。嘘をついている事実は変わらなくても、今ならまだ間に合うはずだ。いくら風太郎が一花の裏の顔を知らないとはいっても、これ以上彼からの信頼を踏み躙るわけにはいかない。

 愛する人の為に、一花は更なる高みを目指す決意を固める。彼の優しさに甘えるだけではいけない。一花自身、人として、もっと成長する必要がある。そうでなければ、妹たちは認めてくれない。

 

(大好きなフータロー君の期待に、信頼に応えたい。なら私、もっと頑張らないとだよね)

 

 立派な嘘つきだって褒めてくれた。だから、女優としてもっと輝いてみせる。

 仕事と勉強の両立を褒めてくれた。だから、仕事を言い訳にすることなく、勉強だって全力で取り組んでいく。姉妹で一番の成績は当然。それだけでは足りない。全国三位の彼に、少しでも追いつけるように。

 単純だと理解はしているが、風太郎の言葉のおかげで、一花は自分が信頼されているという自信を持つことができたのだ。それだけで、一花には十分すぎた。

 

 隣で学校に欠席の連絡を入れている彼を見つめると、一花の想いはどんどん溢れてくる。きっと、これが愛だ。以前参考書をプレゼントした時に抱いていた、純粋な厚意で風太郎が喜んでくれることに嬉しさを感じる、温かい気持ちを一花は思い出したのだ。

 風太郎がくれた今日という一日を、絶対に無駄にするわけにはいかない。積極的に、大胆に攻めていく。中野一花という少女がただの生徒でも五つ子の長女でもなく、「女」だということを、風太郎の身体にも心にも容赦なく刻みつけてみせる。

 でも、だからって自分のことばかりじゃいられない。しっかりと生徒として、やるべきこともやってみせる。少しでも彼の力になれるように、喜んでもらえるように。真っ直ぐで素直な想いが、一花の心を燃え上がらせる。

 

 

 

 少女の心は目まぐるしく回る。妹を思う長女から、愛しい彼を求める女へと。変わる心に、少女自身がついていけそうになくなる。

 

 でも、置いていかれるつもりは毛頭ない。変わる心についていきたい。そして、いつかは君の隣で。五等分なんて認めない。

 

 

 

 彼の隣にふさわしいのは、私だけだ。

 

 

 

 

「ふぅ……緊張したな。仮病なんて高校生活で初めてだぜ」

「おつかれさまっ。私も急な仕事入ったって連絡しといたし、これで完璧だね!」

 

 風太郎は学校に、一花は学校と四葉に欠席の連絡を入れ終わり、ついでに変装用の眼鏡も装着し、お互いに準備万端。

 ただ、現在の時刻は午前八時二十五分。比較的朝早い時間ということもあって開店前のお店も多い。そんな事情もあり、風太郎と一花は彼女の行きつけの喫茶店まで戻り、コーヒーブレイクを過ごしながら今日一日の流れを決めることにした。

 しかし店内に入ったは良いものの、風太郎は苦いものは苦手でコーヒーを飲むことができない。だが注文しないわけにもいかないので、一番安いショートサイズのコーヒーでも頼もうかと考えていたところ、一花が話しかけてきた。

 

「フータロー君、私奢るから大丈夫だよ。そもそも君、コーヒー飲めないでしょ?」

「そうだが、しかし……」

「いいのいいの、私に任せてっ。ここで待っててね」

 

 そう言ってレジに向かった一花は注文をテキパキと済ませ、飲み物を持ち風太郎を連れて近くの椅子に着席する。そして、一花は買ってきた飲み物を風太郎に手渡した。

 

「はいっ、どーぞ」

「お、おう。だけど俺……」

「大丈夫。私の飲んでるフラペチーノはたくさん種類があって、中には甘いのもあるしフータロー君も飲めると思うの。飲めなかったら私が飲むから、気にしなくていいよ。ま、まぁ、無理強いはできないけど……」

 

 断ろうとしたが、風太郎は以前一花が差し入れとしてくれたコーヒーを断ってしまった経験があることを思い出した。普段はおちゃらけている一花ではあるが、人の嫌がることをするような人間ではないというのは風太郎も理解している。

 風太郎が見る限り、一花が手渡したフラペチーノとやらは一面白銀の世界で、コーヒーの色など見当たらない。これなら、飲めるだろうか。

 

「わかった。せっかくだし、少しもらう」

「はーい、めしあがれっ」

 

 意を決して、風太郎はゆっくりとフラペチーノを口にする。

 果たして、そのお味は──

 

「ん、意外とイケるな。ていうかこれほとんどバニラシェイクみたいなもんじゃねぇか。これなら俺でも飲めそうだ」

「ホントにっ!? やったー! コーヒーの苦味が無いのを選んだ甲斐あったよ!」

 

 これでもかというくらいに一花は喜んでいて、キャラにそぐわないガッツポーズまでしている。周りの目も気にもならない子供のような一花のはしゃぎように、風太郎は呆れてしまう。

 

「そんなに嬉しがるようなことかよ……」

「もっちろん! こんなに嬉しいことはなかなかないよ!」

 

 すっかり興奮しきった表情の一花。まさしくその様子は目がキラキラしていると表現が当てはまる。

 しかし風太郎からすれば奢ってもらっているのに喜ばれるという意味のわからない状況になっているため、戸惑うのは当然といえる。守銭奴の風太郎は、自分の好きなものを共有できる喜びというものはいまいち理解できないのだ。

 そうこうしているうちに一花は少し落ち着いたのか、少し緊張している表情へと変化した。そして、風太郎の顔色を伺うように控えめに提案を持ちかけてくる。

 

「その……フータロー君。よかったら、私のも飲んでみない? こっちは期間限定のやつで、甘いし、美味しいよ? あと、私もフータロー君の、飲んでみたいんだけど……いい?」

「お前がいいんならもらうわ。あと、俺のも全然飲んでいいぞ。お前が奢ってくれたものなんだからな」

「ウソっ……ホントっ!? じゃ、じゃあ、どうぞ……あと、ありがとね」

 

 思わずどっちなんだよとツッコミたくなるような愉快な反応をする一花。しかし飲ませたい気持ちが強いのか、白をベースにした赤混じりのマーブル模様のフラペチーノを手渡してくる。朴念仁&鈍感である風太郎の辞書に間接キスなどという言葉はなく、ごく自然に一花からフラペチーノを受け取る。

 ちなみに当然のように一花はドキドキしており、自分が口をつけたストローに風太郎が口をつける瞬間を見逃すまいと、目をギラギラさせていた。そんな恋する乙女の熱い眼差しに気づくことなく、風太郎は一花のフラペチーノを口にする。

 

「むっ、見たとおりこいつはストロベリーか。しかし本当に甘いな。普通に飲めるし、美味しいぞ。ほら、俺のも飲む……一花?」

「……むふふふふふ……」

「お前マジでさっきからどうしたんだよ……」

「えー? なんでもないよー? それじゃ私も、フータロー君がくれたの、飲んじゃおっと。……んー! あまーい! でも最高!…………ヤバい、たまんないんだけど。むふふっ」

 

 気味の悪い笑みを浮かべているウキウキ度満点の一花。完全にニヤニヤを隠しきれておらず、その様子に風太郎は軽く引いている。しかしそんな風太郎の怪訝な視線もどこ吹く風といった様子で、一花は嬉しそうにつぶやいた。

 

「えへへ、フータロー君と好きなものを共有できちゃった。……ホント、嬉しいなぁ。飲みたかったらいつでも、なんならこれから毎朝お姉さんが奢ってあげるからね」

「毎日もいらねぇよ。気持ちだけでお腹いっぱいだっつの」

 

 完全に浮かれきっているようで、風太郎からすると少し心配になる発言が目立つ。このテンションに付き合うのは骨が折れる。どうにかクールダウンしてくれないかと思いつつ風太郎が一花の方を向くと、彼女は何か思いついた様子で話しかけてきた。

 

「そういえばフータロー君、らいはちゃんに何かプレゼント、買ってあげたの?」

「ん……あぁ、あのギフトカードか。いや、まだだ。せっかくだし服あたりをプレゼントしようと考えているんだが……」

「なるほどー。だったら、お姉さんが一緒に選んであげよっか?」

「……いいのか?」

「うんうん! らいはちゃん可愛いしなんでも似合うと思うけど、私でよかったらお手伝いさせてほしいな」

「助かる。ありがとな」

「どういたしまして。じゃあほどよい時間になったら、ショッピングモール向かおっか」

「おう、いいぞ」

 

 ひとまず午前の予定が決まったが、まだショッピングモールの専門店の開店までは時間がある。話題の引き出しが決して豊富ではない風太郎はどう時間を潰そうかと考え始めたところ、一花から予想外のお願いが飛んできた。

 

「何度もごめんね、フータロー君。よかったらでいいんだけど、まだお店開くまで時間あるからさ、その間国語教えてもらえないかな?」

「……どうしたいきなり。熱でもあんのか」

「ううん、そういうんじゃないよ。私、国語が一番点数低いじゃん。苦手な教科も勉強して安定した点数を取れるようになれば、私も家庭教師の時間はみんなに教える側に入って、私自身の学力が上がるだけじゃなくって、フータロー君の負担が減ることにも繋がると思うの」

「確かにその通りだな。俺にとってもありがたい話だ」

「だから、そのためにっていっちゃなんだけど……一週間……ううん、ひと月に一回とかで全然いい。こうして、二人っきりで勉強教えてくれない? もちろん今回みたいにサボりとかじゃなくって、放課後とか空いてる時間でいいし、その時間は私が給料出すから」

「断る理由なんざねえよ。それにお金もいらん。お前たちの父親から給料ももらえるようになったし、それに……教師として、勉強に前向きに取り組もうとしてる生徒のお願いを無下にはしないさ」

「そう? ありがとう。でも、無理はしないでね。私のわがままなんだし、フータロー君にだって自分の時間があるんだから」

「…………」

 

 鈍感さに定評のある風太郎だが、確信できたことがある。一花は決して、勉強することが嫌だからサボろうと言い出したわけではないのだと。

 でなければ、学校を休んだ日に好き好んで勉強を教えて、などと言うわけがない。一花だけに限らず、もともとは勉強嫌いの彼女たちなのである。前向きに勉強に取り組もうとする生徒の姿勢を見て、風太郎も嬉しくなる。

 ここまでモチベーションが上がってくれるのは提案を受けた風太郎としては願ったりかなったりなのだが、その理由を考えずにはいられない。やはりその背景には自分への好意があるからなのだろうか、と。

 ノートとペンケースを取り出して、勉強を開始しようとしている少女を横目で見つめる。

 

(……こ、こいつはあくまで生徒兼友達だ。俺には恋愛なんてわからないし関係ない)

 

 学力は全国三位でも所詮恋愛はゼロ点の風太郎。正解のわからない問題の回答は後回しにし、意識を一花への授業へと切り替えた。

 

 

 

 現代文を教えて数十分。ふと風太郎はある疑問が浮かび、それを一花に問いかけてみた。

 

「しかしお前、古文漢文はともかく、小説とかを読み解く場合の現文とかは、点数高くてもおかしくなさそうなもんだけどな」

「えっ? なんで?」

「なんでって、お前は女優だろ。登場人物の心境だって台本読み込んで、頭に入れて演技してるんじゃないのか?」

「ま、まぁそうだけど……」

「俺には女優のことはよくわからんが、それでも一花の向上心の高さは知っているつもりだ。お前んとこの髭のおっさんも言ってたぞ、一花は幅広い役を演じられる女優だって」

「…………」

「だからそのうち点数は上がるだろ。お前は長女なだけあって人の心を考えられるし、姉妹の中で一番器用で要領が良いんだ。俺が太鼓判を押してやる。だからもっと…………一花?」

 

 せっかくやる気になっているのだから、教師としてはその向上心を讃え、さらに伸ばすことが大事だ。そうすることで、一花の更なるモチベーションアップにつながるだろうという風太郎の考えだったのだが、一花は眼鏡を外しペンを置いて、風太郎を見つめてきた。そして───

 

「もう、ホントに優しいんだから……うんっ、嬉しいな。ありがとう……♡」

「……!」

 

 風太郎に熱い視線を送る一花。ハートが映っているようにすら感じる見惚れてしまいそうなその瞳に、風太郎は心拍数が跳ね上がるのを感じた。黙っていてはからかわれると考え、目をそらしながらも慌てて言葉を発する。

 

「あっ、あくまで教師……友達としてな! 生徒の成績を上げるためなら、教師として、友達として、俺にできることならやってやるさ! さぁ勉強だ! お前に完璧に現代文を理解させてやるぞ! 覚悟しろ!」

「うん、頑張るっ! 私、絶対に先生の期待に応えてみせるね!」

「っ……!」

 

 満面の笑みの一花を見て、風太郎は悔しい気持ちでいっぱいになる。くどいと思われてもしかたのないレベルで教師としての義務感を主張しているというのに、なぜそんな満足気なのか。好意を抱いているのは一花の一方通行なはずなのに、どうして自分が恥ずかしがらなければならないのか。

 このままやられっぱなしなのは気に食わない。そんな思いから風太郎は、一花の最大の弱点を狙うことにした。

 

「よーし、じゃあ宿題だ。映画『呪いのリプライ』の登場人物、タマコちゃんの作中での心境の変化を五十字程度でまとめてこい」

「!? ちょっと、もー! それは恥ずかしいからやめて! あれはみんなにも話してないんだからー!」

 

 効果は抜群だ。恥ずかしさで顔を赤くする一花を見て、風太郎はしてやったりといった笑みを浮かべた。しかし、これだけでは足りない。ふと店内の時計を見ると、勉強を教えているうちにすでにショッピングモールの開店時間は過ぎていたことに気づく。これは好都合だ。

 

「おっと、ぼちぼち時間だな。勉強はここまでにして、移動しようぜ」

「ええっ、このタイミングで!? うっ、ホントだ……わかりましたぁ……」

 慌てて眼鏡を装着して準備を開始する一花。落ち着きを取り戻す暇なんざ与えない。自覚はなくとも教師の心を乱した仕返しである。逆襲に成功した風太郎は非常にご満悦であった。

 しかしそんな風太郎の考えとは裏腹に、自分の出演映画を覚えていてくれたことによる喜びで一花の心のセンサーは警報を鳴らし続け、彼女の大胆さに拍車をかけるトリガーとなってしまったことを、少年はまだ知らない。

 

 

 

 

「ごめんね、おまたせー」

 

 らいはへのプレゼントを購入し終え、化粧室から戻ってきた一花を風太郎は出迎える。デパートへ移動しているうちに一花は落ち着きを取り戻したのか、到着した後も普通に世間話などをしながら二人は買い物を愉しんだ。

 目的を終え、移動しようと風太郎が化粧室に繋がる通路のベンチから立ち上がったところ、またしても一花からのお願いが飛んできた。

 

「あのね、フータロー君。私もここでちょっと見たいものがあるんだけど、時間いいかな?」

「あぁ、全然構わないが…………いや、待て。何を、見るつもりなんだ?」

 

 風太郎は背筋が寒くなるのを感じた。気づけば一花は先ほどまでの友達としての柔和な表情ではなく、打って変わって小悪魔的な笑みを浮かべている。嫌な予感が止まらない。一花はゆっくり風太郎の隣に歩み寄り、耳元で囁く。

 

 

 

「し・た・ぎ♡ フータロー君に、私にどんなのが似合うのか、選んでほしいなー♪」

 

 

 

 毎度毎度心臓に悪い。もはや風太郎には、この少女は男の心を弄ぶことを生きがいに感じているようにすら思えてしまう。声のトーンは小さいのに話す内容の破壊力があまりにも強力で、風太郎はいつもの冷静な返答ができなくなってしまう。

 

「な、何言ってんだお前は! 痴女か!」

「私は本気だよ! あのね、私……好きな人が、いるの」

「!!」

「その人に好かれたくて、喜んでほしくて……私、仕事だけじゃなくて勉強もそうだし、ファッションセンスも向上させて……もっと人として、女として成長したいんだ。私に優しくしてくれるだけじゃなくて愛を思い出させてくれた、大好きな彼のために、ね」

「っ……」

 

 好きな人がいる。その言葉を聞いた風太郎としては、三玖の言葉を連想せずにはいられない。顔が熱くなるのを自覚してしまう。先ほどまでの一花の勉強に真面目に励む姿は、すべて風太郎のためなのだと理解させられてしまった。

 しかし風太郎にはわからない。労いはしても一花に特別優しくした記憶は彼にはなく、愛を思い出させてくれた、という発言にいたってはもはや意味がわからない。恋愛初心者の風太郎には、恋する乙女の考えなど知るよしもない。

 頬を染めながらも風太郎を真っ直ぐ見つめている一花。彼女を突き動かしている恋心は真剣なものだと、風太郎にも伝わってしまう。

 

「だから、お願い! 私にとってこうやって気軽に相談できる男友達なんて、フータロー君しかいないから……」

「いやいや、冷静になれよ! 友達相手でもすることじゃねぇ! もっと男を警戒しろよ!」

「フータロー君のこと信頼してるもんっ!」

「そういう問題じゃねぇよ! 俺にはハードル高すぎるわ! だいたいお前は人気者なんだから、俺以外にも前田とか、男友達はいくらでもいるだろ!」

「……!!」

 

 風太郎は必死に抵抗する。いくら一花の本気の想いだとわかっていても、こんな馬鹿げたお願いを安易に受けることはできない。最終的に恥ずかしい思いをする展開になってしまうのが、風太郎にも想像できるからだ。

 だが、最後の一言は完全に余計でしかなかった。一花の好きな男が自分だということを把握しているのに、うっかり他の男を引き合いに出してしまった風太郎。それを受けた一花の表情から色が消えるのは当然である。

 

「フータロー君。私のこと、勘違いしてる。今からそれを、教えてあげるね」

「えっ、ちょっ、一花!?」

 

 ここまでは頑なに一花のお願いを拒否し続けていた風太郎だが、突然の冷淡すぎるトーンに動揺してしまう。

 そして、その隙を見逃す一花ではない。眼鏡を外して風太郎に詰め寄り、通路の壁際に追い詰めて、右手を壁に勢いよく当てた。

 

 

 

 一花の十八番である、壁ドンの炸裂である。

 

 

 

「私、他の人には決してこんなこと言わないよ。フータロー君以外の男の人なんて、そんなの絶対にありえない」

 

 その瞳の真剣さから、目を背けることは許されず。

 

「君と一緒に、たくさんの時間を過ごして」

 

 さらに、少女の髪の香りを感じるほどの至近距離で。

 

「いろんな困難を一緒に乗り越えて、絆と信頼を築くことができて」

 

 言葉からも、溢れるばかりの強さが滲み出ていて。

 

「そうして関わっていくなかで、私がお姉さんとしてでも生徒としてでもなく、ひとりの女として唯一全てを晒け出せると信じられる男の子。それが、フータロー君。この世でただひとり、君だけなんだよ。だから───お願い」

 

 それらが合わさった少女のありったけの想いを、少年は真正面から受け止めることとなった。

 

 風太郎にとって通算三度目の壁ドンではあるが、以前までとは比べものにならない破壊力である。そもそも一花からの好意を知らなかったのだからドキドキする要素も皆無だったのだが、知った今となっては無傷でいられるはずもない。捕球準備もままならない状態の風太郎が受けとめられるはずもなかった。腰が抜けそうになるのを辛うじて堪えることしかできない。

 完全に雰囲気に気圧されてしまった風太郎。それでいてここまで強い信頼を寄せられてしまっては、もはや彼に断るという選択を取る勇気はなかった。

 

「……わかったよ。せめて手短に済ませてくれ」

「! ホントっ!? やったー! ありがとねっ、フータロー君!」

「っ……」

 

 壁から手を放し、天使のような微笑みをみせる一花。両手で拳を握りながらファイトのポーズを作っていて、嬉しさが滲み出ている。もう今までで散々見慣れた笑顔のはずなのに、なぜか風太郎は直視することができない。

 

(……なんで俺、こんなに……!)

 

 風太郎は自分の心に問いかける。一体自分はどうしてしまったのか。相手からの好意を知っているからといって、そんなことで甘やかしたりするような人間ではなかった。

 ただひとつだけ確かなことは、一花のあの心から嬉しそうな眩しい笑顔を見ると、風太郎は何も言えなくなってしまうということだ。

 

「さすがに下着売り場で待ってて、なんて言わないから安心して。ベンチに座ってていいよー。私が気に入ったの選び終わったらメールするから、そしたら来てねっ」

「……あぁ。さっさと行ってこい」

「はーい。じゃ、またあとでねー」

 

 手を振りながら一花が立ち去っていく。しかし、風太郎の心臓の鼓動はまだ落ち着かない。おそらく耳まで真っ赤だったのだろう。二乃にもっと自分のことを知ってほしいと告げられた時と同等か、あるいはそれ以上に。愛の告白というわけではないだろうが、一花の真剣な想いはこれでもかというほどに伝わった。

 まだ今日という一日は半分も終わっていないというのに、こんな調子では午後はどうなってしまうのか。不安を感じないわけではないが、不思議と不快感はない。風太郎は顔を両手で二回叩き、気持ちを切り替える。

 

(今日一日はあいつのわがままを聞いてやると決めたんだ。最後まで付き合ってやるか)

 

 現在の時刻は午前十時半。おそらく普段通りであれば二限が終わろうという時間である。

 斯くして、ここに第一次下着戦争の火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

「じゃーん! こちらの二点になりまーす!」

 

 今すぐ回れ右して帰りたい。風太郎の率直な感想である。

 凄まじくご機嫌な一花は、二週類の色違いの上下一式の下着を風太郎に提示してきた。早くも白旗を上げてこの場を離れたいと考えている風太郎のテンションとは対照的だ。

 

「どっちでもいいけど、ちゃんと選んだ理由を教えてね。テキトーとかなんとなくとか、そういうのはなしだよー」

「……マジかよ……」

 

 予想はできていたが釘を刺されてしまった。風太郎の心はすでに折れる寸前なのだが、今日一日行動を共にする以上逃げるという選択肢もない。

 右手に白の下着、左手に薄いピンクの下着を持って、一花は笑顔を浮かべている。いくら女性に関心のない風太郎でもさすがに下着の直視は難易度が高いため、目線を合わせるのが精一杯という、かなり苦しい様子である。

 そんな状態ではあるが観察してみると、白の下着には黒色の蝶や花柄の刺繍がいたるところについていることに気づく。知識はなくともそこはかとなく大胆な感じであり、思わず目を奪われそうになる。俗に言う勝負下着とはこういうものなのだろうかと風太郎は思った。

 一方でピンクの方は、縁飾りがあしらわれている程度の刺繍などのないシンプルなデザインで、白の下着と比べると控えめで大胆というよりは可愛いという印象である。布地の面積は両者ともに変わらないが、どちらにしても風太郎には十分に目に毒であることに変わりない。

 

(……メンタル的にキツすぎるんだが……)

 

 明らかに正反対な印象を与える二種の下着。これらと向き合わなくてはいけない事実を前にして、風太郎は頭が痛くなるのを自覚した。

 本当に悩ましい。一花の普段の雰囲気や立ち振る舞いを考えると、確実に白の下着の方がイメージに合っている。同じ顔でも未だにお子様パンツの四葉がこの下着を着用したところで、風太郎には無理しているようにしか思わないだろう。

 しかし、だからといって安易に白を選んでいいものなのだろうか。素人の風太郎でも大胆だと感じるデザインなのだ。その後の展開は容易に想像できる。一花はやっぱり男の子なんだねーなどと言いながらニヤニヤした表情でからかってきて、恥ずかしい思いをさせられてしまうだろう。

 かといって逃げでピンクを選んでしまうのは、自分の考えを見破られた上で選んだ、ということがバレそうな気がしてしまう。中野一花という少女は勉強こそ苦手だが、長女として振る舞う中で培われた洞察力はかなりのものだと風太郎は認識している。取り繕った答えは見抜かれてしまうだろう。

 

「ふっふふーん♪ フータロー君、まだかな、まだかな〜♪」

「ぐっ……!」

 

 目の前で煽ってくる一花を睨みつけてやろうかと考えたが、それでは動揺しているのがあからさまになってしまう。さらに一花の方を向こうとすると自然と下着が風太郎の視界に入ってしまうため、結局身動きが取れない状態だ。

 風太郎の頭の中は、もはやどうすれば自分へのダメージを減らしてこの局面を乗り切れるのか、ということでいっぱいだった。

 

(ちくしょう、最適解がわからねぇ……!)

 

 いったいどうすればいいのか。どちらを選んでも自分の心に多大な負荷をかけることになりそうで、風太郎は頭を抱えそうになる。そんな時、ふとある言葉が風太郎の頭に思い浮かんだ。

 

『もっと自然に言えばいいんだよ。それでもコツはいるけどね』

 

 それは林間学校でのキャンプファイヤーでの準備中に教わったアドバイス。かつて五つ子との関係に悩んでいた風太郎に、一花が教えてくれた彼女たちとのコミュニケーションの方法だ。

 一花の場合は確かそれに加えて、私にも優しくして、と言っていただろうか。それを活用できる状況かと言われると違うような気がするが、心に余裕のない風太郎は今は何かに縋りたい気分だった。それが今直面しているトラブルの元凶である少女の言葉であってもだ。

 男である以上、当然風太郎にも意地がある。女に、生徒にナメられるわけにはいかない。

 

(……いいだろう。やってやろうじゃねぇか! 素直に、一花に似合うやつを……!)

 

 覚悟を決めた風太郎の目の色が変わる。適当に答えるのではなく、優しさを考慮しつつしっかりと考え、素直に自分の言葉で下着の魅力を伝える。

 嫌だと突き放すだけなら簡単だ。しかし、あえてそうはしない。一花の魂胆はどうあれ、あれほどの真剣な想いをぶつけられて、男として逃げ出すのはどうなのか。ここらで一発、硬派な一面をみせる必要があると風太郎は判断した。

 

 そうして、決意を固めた風太郎が選ぶ下着は──

 

「白の下着だ。俺はそっちの方がお前に似合っていると思う」

「ウソ……こっち? ふ、ふーん。フータロー君、意外とこういうのが好きなんだ。てっきり私、ピンクの方選ぶと思ってたよ。さてさて、その心は?」

 

 一花からすると風太郎の選択は予想外だったようで、一瞬驚いたような表情をみせる。しかしすぐに余裕を感じさせる挑発的な笑みへと変化した。

 風太郎は胸に軽く手を当てて、一息つく。俺の好みというわけではないと否定したかったのだが、ここでムキになってしまっては一花の思うツボだ。落ち着いて、素直に真正面から下着の魅力を伝えていく。

 

「……そうだな……白の方には、黒の蝶や花柄の刺繍が入ってるだろ。せっかくお前の名前にも花の文字があるんだから、俺はその方がお前の大人な雰囲気とも合わさって、いいんじゃないかと思ったんだ」

「えっ……?」

「正直なところ、ピンクだって似合うと思う。あくまで、一花には大人なデザインの白い下着の方が、より似合うと思っただけだ。その……なんていうかだな、女優の仕事をしっかりこなしてるお前なら、似合う似合わないは関係なくて、どんな服も下着も、着こなせるような女になれると、俺、は……」

 

 ここまで伝えて、風太郎のメンタルは限界を迎えた。いざ尋常に話し始めたはいいものの、次第に学校をサボってやっていることが教え子が着用する下着の批評とはどういうことなのかだとか、そもそも下着について熱弁している自分はなんなのかなどといった羞恥心が湧き上がってしまい、発言は弱々しいものになっていった。そもそも最後まで一花の目を見て話すことができていたかどうかすら、風太郎には自信がない。

 

(こんな思いするなら、言うんじゃなかった……)

 

 羞恥と後悔の感情が風太郎の心を覆う。やはりらしくないことをすべきではなかった。これは間違いなく笑われるだろうと予想し、やられたら仕返しに思いっきり冷たい視線を向けてやろうかと考えつつ一花の方を向くと───

 

 

 

 そこには、顔を完膚なきまでに紅潮させた一花の姿があった。耳まで完全に真っ赤である。

 

 

 

(へ……?)

 

 これはいったいどういうことなのか。完全にからかわれるものだと思っていたがために、風太郎も何も言えなくなってしまう。

 そのままお互い体感にして、十分以上経過していただろうか。現実には言葉を失っていたのは一分にも満たない程度だったのだが、ここにきてようやく一花が口を開く。

 

「え、えっと……その、ありがとう……」

 

 動揺を隠せないのか、一花の口調がゆったりとしたものになっている。どうやら余裕がないのは一花も同じのようで、ひとまず風太郎は安堵した。

 

「と、とりあえず買ってくるね。ここだと居心地悪いだろうし、さっきのベンチで待ってて」

「あ、あぁ……了解した」

 

 互いにたどたどしい言動が最後まで変わらないまま、二人は別々に移動を開始する。

 こうして、両者引き分けという結末で第一次下着戦争はここに終結した。

 

 

 

 

 レジへ向かうと言い訳して一花は早足で風太郎の前から立ち去り、ピンクの下着を元の場所に戻して、そのまま立ち止まる。こんな顔を彼には見せられない。

 胸に手を当てて軽く深呼吸し多少の落ち着きを取り戻した一花は、自分の行動と風太郎の言葉を振り返る。

 

 下着比べという変化球混じりの作戦の中でも、彼に示す恋心はストレートに表現。そして、真剣な想いを乗せた壁ドン。風太郎の反応を見る限り、確かに効果はあったと一花は認識している。

 しかし、一花からしてみればどちらの下着が選ばれるかなんてどうでもよかった。こんなにも真剣に彼を思っていること。そして、自分が女であることを意識してもらえれば、一花には十分だった。

 

 本当に、それだけでよかったのに。

 

 風太郎は一花のことを考えて真剣に向き合って、自分の答えを出してくれたのだ。それだけでなく、一花のことを褒めてくれた。思い出すと口元が緩んでしまう。真面目な顔の彼の言葉を聞いて顔が赤くなるのを止められるはずもなく、精々取繕うのが精一杯だった。

 出会った当初の風太郎の性格ならば、くだらないと吐き捨ててそのまま一花を置いて帰っていた可能性も十分に考えられただろう。今回も、一般的な高校生男子とは性格や嗜好が大きくかけ離れている彼に対して、答えるにはかなり酷な問いを投げかけた自覚がある。正直、仲を深めたと思えている今でも、途中で投げ出されてる可能性はあると一花は思っていた。

 いくら信頼を重ねていても、相手に素直に自分の気持ちを表現することはとても勇気がいることだ。それでも、風太郎は前向きに、自分の言葉で伝えて選んでくれた。この出来事があるという事実だけで、一花はいくらでも大胆になれる。本当に、自分が風太郎に心底メロメロなのだと改めて思い知る。

 

(ありがとう、フータロー君……)

 

 愛しの風太郎が一花のためだけに選んでくれたこの下着は、彼女にとって宝物だ。今後何があっても手放したくはない。できることなら家族であろうと触れてほしくないと思うほどに価値のあるものだ。彼の目にも焼きついたであろうこれは、勝負下着として十分に活用できるだろうと、一花はほくそ笑む。

 すでに一花の次なる風太郎攻略プランは構築済みだ。恋の成就のためには恥じらいなど邪魔なだけである。徹底的に誘惑に走り、風太郎をドキドキさせてみせる。そのための準備として一花はレジへ向かい、お会計を済ませて店員に要望を伝える。

 

 

 

「すみません。この下着、ここで着けていきたいんですけど、大丈夫ですか?」

 

 

 

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