スタイルチェンジ   作:きゅーぴー(ないんぴーす)

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京都エアプですが修学旅行編ですー


#7

「ふぅ……こんなものでしょうか」

 

 修学旅行の前日、身支度を整えて持ち物の最終確認を行っている五月。そんな五月のもとへ、四人いる姉のひとりが声をかける。その少女は、リボンが特徴的な四女の四葉だ。

 

「あっ、五月。今修学旅行の準備中?」

「はい、今終わったところです。どうかしましたか?」

「あ、うん。えっと、ちょっと相談というか……最近、なんだか私たちの雰囲気悪いなって思うんだけど、五月は、その───」

「大丈夫です、それなら心配ないですよ」

「え?」

 

 疑問符を浮かべる四葉に、五月は自身の経験から自信たっぷりの笑顔で告げる。

 

「私たちの絆は簡単に壊れたりなんてしません。心と心を通わせて自分のありのままを語り合えば、分かり合えます。だって私たちは、家族なんですから!」

「五月……」

「だからこそあなたに今一度、確認したいのです。私も質問しても大丈夫ですか?」

「へ? う、うん」

 

 表情を一変させて、真剣な眼差しで五月は問いかける。

 

「あなたは、その……本当に自分のことを上杉君に話さなくて、いいのですか?」

「!」

 

 驚いた表情を見せる四葉。だが、すぐに口元を開いて話す。

 

「……うん。私には、その資格はないから」

「……そう、ですか。あなたが本当にそれでいいのなら、後悔がないと言うのであれば、私はもう何も言いません」

 

 

 

「京都、みんなで楽しみましょうね!」

 

 

 

 

 それは、修学旅行の前日から遡ること一週間の休日。

 

「もぐもぐ……あぁ、幸せですぅ……」

 

肩を覆う赤いロングのハイレイヤーに、存在感を放つアホ毛と二匹のヒトデ───否、星形のヘアピンがトレードマークの美少女、中野五月。

 作戦会議のためにいざ戦場の上杉家へと繰り出した彼女は、風太郎の妹であるらいはのカレーライスを食していた。五月が来ると聞いて、作り置きしておいてくれたようである。

 ちなみに一花は到着済みである。他の姉妹にこっそり密会していることがバレないようにするために、一花は頑張って早起きして早朝に上杉家へと赴いていたのだ。

 

「私もさっき食べたけどホントに美味しいよね、らいはちゃんのカレー。……私も上手に料理できるようになりたいな」

「お前たちの場合はまずは卒業だろ。ひとまず、五月が食べ終わるまで勉強だ」

「はーい。よろしくお願いします、フータロー君」

「おう。といっても模試が終わった後で試験まではしばらく期間があるし、今日は作戦会議がメインだしな。勉強はほどほどに、とりあえず今後の方針について話しておきたい」

「…………」

 

 普段と変わらない教師の姿を見せる風太郎。食事に熱を入れていた五月も、その真面目な姿勢に思わずスプーンを止めてしまう。

 

「現代文は点数を上げたいなら、とにかくいろんな文に触れることが大切だ。新聞や小説なんかもいいが、せっかくお前は女優なんだし、映画やドラマの台本の原作、他には原作者の別の小説とか読んで見るといいんじゃないか? わからない単語がでてきたらその言葉の意味を調べたりすると、語彙力の増加にも繋がるぞ」

「なるほど、それなら仕事しながら勉強できるね……感情移入もしやすくなるかも」

「あぁ、すでにお前は夢を叶えて仕事をしているわけだしな。多忙なお前の事情を考慮すると、この方法でも問題ないと思う。あと、普段の勉強は漢検三級レベルの読み書きをメインにしていこうと考えている。最低限の知識を身につけて、いつか出るだろうクイズ番組とかで恥をかかないように頑張ろうぜ」

「うん! ありがとっ、フータロー君!」

「おう。他には……そうだな、古文漢文の文法等はノートに例文と一緒にまとめておくから、余裕ある時に見ておいてくれ」

 

 笑顔でお礼を言う一花。風太郎へ全幅の信頼を寄せていることが、五月にも伝わった。だが、彼女の脳には疑問が浮かぶ。

 

(なんか、すごく真面目です……私の思う恋人関係とは、えらく違うような気がします)

 

 そんなことを考えつつもカレーを平らげる五月。しかし満腹感よりも違和感が勝ってしまい、なんとも言えない気持ちである。

 

「……ごちそうさまでした」

「あっ、五月ちゃん食べ終わった? じゃあお片付けしたら、作戦会議しよっか」

「そうですね。食器、私がかたしてきます」

「いいのか? ありがとな、五月」

「……いいえ」

 

 違和感の正体が判明した。風太郎が、優しい。口調に、態度にトゲがない。良いことのはずなのに、謎の気持ち悪さを感じてしまうレベルである。

 

(上杉君、あんなに素直にお礼を言う人でしたっけ……いえ、口調は乱暴でも悪い人でないことは確かですし、教師、友達としても私たちの支えになっていることは間違いないのですが)

 

 五月自身、風太郎との衝突は決して少なくない。確かに今まで信頼を積み重ねてきた自覚は五月にもあるが、厳しい面があるのもまた事実。それほどまでに、一花との恋人関係は彼に影響を与えているのだろうか。

 本当に人は変わるものなのだなと感心しながら五月は食器を軽く洗い終え、居間に戻ろうとすると───

 

「ん、だいぶ解けてるぞ。良い調子だな。えらいぞ、一花」

「えへへー♪ ねぇねぇフータローくん、ごほーびに、あたまなでてー♡」

「ほらよ。……どうだ? 落ち着くか?」

「ひゃうん♡ あぁ、しあわせぇ……♡」

「……じー……」

 

 彼女を甘やかして頭を撫でる風太郎と、彼氏に女としての顔を見せる一花。五月はジト目で教師とその生徒を睨む。

 

「うあっ、五月!」

「いやーん、のぞきだなんて、五月ちゃんのエッチー♡」

「なっ、なにがエッチですか! 二人とも、ちょっとそこになおりなさい!」

 

 驚く風太郎に対し、動揺をみせないどころかおふざけを見せる一花。それは、五月の母としての使命感の前には火に油を注ぐだけである。

 

「まったく……二人が恋人関係にあるということは改めて理解できました。ですが! ちゃんと、節度あるお付き合いをしてもらわなければ困ります!」

「えー? だって私たち、青春真っ盛りの高校生なんだよ? 恋も仕事も、勉強だって全力なの。みんなみたいに赤点取ったりなんて、私は二度としないんだから!」

「む、むぅ……」

 

 自信満々に告げる長女。論点をずらされているような気もするが、一花が勉強に励んでいたシーンを思い返した五月は口ごもる。彼女の努力、変化は五月に伝わっているのだ。

 一花不在の全国統一模試前の勉強会では全員赤点だったことも合わさって、言い返すことはできない。以前から唯一勉強と仕事の両立をこなしていた彼女が、学年末試験でも一番点数が高かったのだから。

 

「でもお願い、今日だけは大目に見てっ! 気分転換は大事なの! 五月ちゃんも勉強したいなら、後日私が数学教えてあげるし……それじゃ足りないっていうなら、今日このあと、特盛パフェ奢ってあげるからさ♪」

「! ならしかたありませんね。でも、ほどほどにしてくださいよ」

「えへへっ、やった♪」

「チョロすぎるだろ……どんだけ食い意地はってんだよ……」

 

 五月の許可を得た一花は満面の笑みで風太郎に寄りかかる。一花の髪の甘い香りに風太郎は心拍数を乱されるも、話を強引に切り替える。

 

「と、とりあえず作戦会議に移ろうぜ。五月も食べ終わったわけだしな。あと一花、俺が五月に奢るからお前は出さなくていいぞ」

「んー? でもフータロー君、お金大丈夫なの?」

 

 寄りかかったまま上目遣いで、風太郎に疑問を投げかける一花。彼のお財布事情を把握している彼女としては、あまり無理してほしくはない。

 

「まぁ正直厳しくはあるが……その、あれだ」

「あっ、そういうことね」

「おう、俺だってみんなからもらったんだからな。話が終わったら、出かけようぜ」

「オッケー! 今日は三人で、お出かけだねっ♪」

「……?」

 

 あっさり終わる意思疎通。五月は話が見えていないようで首を傾げているが、風太郎も一花も特に気に留めずに話を進める。サプライズ精神は大事なのだ。

 

「よーし、じゃあさっそく始めよっか。テーマは二乃と三玖の二人にどう接していくか、だね」

「おう。まぁ二乃は返事を保留させられている状態だから、直接俺からいけばいいとして……三玖はどうしたもんだろうか。あいつは俺が好意に気付いていること、知らないだろうしな」

「その点は心配ないと思うよ」

「?」

 

 現状を整理する風太郎に、一花が口を挟む。

 

「私が思うに、三玖は想いを告げたがってる。前の試験の時からそうだったし、修学旅行でアプローチをしかけてくると思うな。勉強会の参加頻度が減るくらい、バイトもすごい頑張ってるわけだしね」

「そうか……なら、三玖はひとまずアクション待ちでいいのか。最終日はコース別になる関係上、二日間でうまく立ち回らないとだな」

「……慌ただしくなりそうですね……」

「正直観光どころじゃないよね。フータロー君、いいの? 前田君たちと見て回る時間、ほとんどないんじゃ……」

「いいんだよ。すでに自分の気持ちが固まっているのにあいつらを放っておくだなんて、それこそ友達としてどうなんだって話だ」

 

 言葉こそあっさりしているが、二乃と三玖、二人の想いの強さを風太郎は知っている。顔を赤くしながらも、直球で好意を伝えてくれた二乃。好意と感謝を態度と行動で示し、風太郎をサポートしてくれた三玖。二人とも、風太郎に多大なる影響を与えてくれた存在だ。

 

「俺のやることは変わんねぇよ。この修学旅行で、二乃とも三玖ともケリをつけてやるさ」

 

人生で初めて受けた二乃の愛の告白。言葉にこそしなくても、好きの気持ちが溢れ出ていた家族旅行での三玖の抱擁。恋愛は決して愚かな行為ではなく、真剣な気持ちなのだ。それを教えてくれた二乃と三玖を拒絶することに、風太郎は罪悪感を感じないわけではない。

 だが、その想いを受け止めはしても、受け入れることはできない。今の風太郎にとっては一花が全てだ。風太郎は修学旅行における班の決まり事と自身の事情を照らし合わせ、作戦を提示する。

 

「初日は班行動だからな。一花に前田たちの相手を頼むのがいいだろう。あいつら二人と離れられれば、二乃か三玖がアクションを起こしやすくなるだろうしな。お前たちは偶然を装って俺たちの班に合流してくれ」

「……うん、わかった。私がタイミングを見計らって、フータロー君にメール送るね」

「頼んだ。先生になんかツッコまれたら適当にはぐれたとか言えば問題ないだろうしな。携帯あれば大事にはならないだろ」

「私はどうしましょう? 何かできることはありますか?」

「いや、特にしなくていい。これは俺の戦いだ。俺自身があいつらの気持ちと向き合って、決着をつけないといけないんだ」

「そうですか、わかりました。何かありましたら、言ってくださいね」

「おう。だから一花と五月は、素直に京都を楽しむことを考えとけ」

「…………」

 

 そう言いつつも、風太郎が胸の中で抱える不安は小さくない。まったくもってすんなりいくとは思っていない。誠心誠意今の自分の気持ちを伝え、一花との恋人関係を認めてもらうことを、風太郎たちは願っている。

 だが、当然ながら風太郎の気持ちをどう解釈するかは彼女たち次第だ。正直に伝えても、恋人関係を認めないという意思表示をする可能性は十分に考えられる。たとえいくら自分たちに不都合だからといっても、風太郎に強制する権利はない。それに、彼女たちに気持ちが傾くことはないにもかかわらず目標のためにずっと生徒でいろだなんて、理不尽な話だ。彼女たちの心を深く傷つけるだろう。

 あまりにも難易度の高い、風太郎の恋と目標の両立。だからこそ、振りかざすのは恋人への真剣な気持ち。二乃や三玖よりも一花が大切で、何があってもこの気持ちは変わることはないという、強い想い。結局、それを表現することが自分にできる最大限だ。それでも無理だというのなら、切り捨てる他ない。気持ちを押し付けることはできないが、だからといって譲れるわけではないのだから。

 風太郎は今の自分の考えは五月にも話しておかなくてはなと考えていたところ、一花の声で現実に引き戻される。

 

「フータロー君、ちょっといい? お願いがあるんだけど」

「ん、なんだ? 俺にできることなら、遠慮なく言ってくれ」

 

 いつになく真剣な表情の一花。風太郎は一花が話しやすいように、優しく促す。先ほどの五月への対応といい一花と恋人になってからというものの、彼女の普段のあり方である物腰の柔らかさや、当たり障りのない対応が風太郎にも少しずつ伝染しているのだ。

 

「二乃の相手は、まずは私に任せてほしいの。ほら、前に私が妨害しようとしたのバレてるって話、したでしょ? 私の本性を知ってる二乃は、フータロー君の返事にすんなり納得はしないと思うんだ」

「あ、あぁ……確かに手強いのは想像つくが、その……大丈夫なのか?」

「問題なんてあるわけないよ。フータロー君、言ってくれたよね。私の喜びも悲しみも、二等分しようって。私も気持ちは同じだよ。君の辛い感情を、私にも分け与えてほしい。それが、恋人。互いに寄り添って、支え合うってことでしょ?」

「!」

 

 笑顔で手を組み優しい声色で風太郎を想う一花は、たたずまいだけなら聖母のようにも見える。生憎彼女の中身は全く穢れのないものというわけではないが、風太郎は少なからず心拍数を乱される。

 一方風太郎への愛溢れるセリフを口にしている一花だが、彼女は自分の下劣さを自覚している。その行動の是非は、二乃の立場になって考えれば明らかであろう。一花はすでに風太郎と恋人関係にある。そんな彼女直々の終戦宣告。激しい姉妹喧嘩に発展することは想像に容易い。

 

(だからって、私の恋でもあるのに知らん顔してるだけだなんてありえない。私とフータロー君は、どんなことだって二等分なんだから)

 

 それでも一花は己が考えを曲げはしない。風太郎に姉でない自分を認めてもらったからといって、一花に現状に甘えるつもりは毛頭ない。

 告白される機会の多い一花は、断る方も辛いということをよく理解している。一花は、連戦で激しく消耗するであろう風太郎の心の負担を少しでも軽減してあげたいと考えていた。まず一花が二乃に接触し関係を打ち明けて、その後で風太郎が答えを出す。そうすれば結果的に、風太郎の消耗を減らしつつ認めてもらいやすくなるという作戦だ。

 一花の行動は風太郎への愛ゆえの行いではあるが、自分の欲が混じっているのもまた事実。確かに上手く説得力を持たせることができれば攻略の難易度は大きく下がり風太郎の負担も減らせるが、一歩間違えば目標の達成もできなくなる、諸刃の剣だ。自分勝手な欲のために二乃の心に追い討ちをかけて、妹を傷つけることには変わりない。

 

(でも、恋愛戦争で妥協なんて私はできない。それに二乃とのタイマンなら、必然的に本音をぶつけ合う展開になるはず。これなら、私は……)

 

 だが、一花と二乃は互いに宣戦布告したもの同士である。蹴落としてでも叶えたいと語っていた以上、彼女にも蹴落とされる覚悟があるはずだ。ゆえに一花もたとえ妹であろうと、二乃を蹴落とすことに躊躇いはない。

 それでも、当然無策で挑むつもりはない。考えもなしに私が選ばれたのだから諦めろなどと言っても、怒りを買うことは目に見えている。それではなんの意味もなさない。風太郎より優先度が低いゆえに切り捨てられるものとはいえど、目標を達成したいという気持ちが一花にないわけではないのだ。

 一花の考える、恋と目標の両立を成す最善の方法。それは、二乃の気持ちを確かめてそれを認めた上で、想いの強さで圧倒するのだ。本気の愛をぶつけ合い、最後には負けても仕方ないと思わせてみせる。作戦自体は至ってシンプルで、王道といえるものだ。

 今の一花は二乃の恋心も冷静に考えられる。自分の恋愛スタイルが変わった経緯などを説明して卑怯なだけの女でないことを示せば、恋人関係に説得力を持たせることができるだろう。自分の恋に自信を持っているのは一花も同じなのだ。

 一花は戦う決意を胸に秘め、風太郎に優しく告げる。

 

「だからお願い、私にも戦わせて。フータロー君を愛する女同士、二乃とは本気でぶつからないといけないの。お姉さんでない私を知ってもらったうえで、認めてもらいたいんだ」

「……そうか」

 

 一花の言葉ひとつひとつに強い愛を感じた風太郎は、頬を赤く染める。だが、もはや怯むのは一瞬だ。照れ隠しでお茶を濁す風太郎はもういない。愛おしさが溢れ、穏やかな心のまま一花を見つめる。

 

「……わかったよ。でも、無茶はするんじゃねぇぞ」

「うん。私の方こそ、わがままを聞いてくれてありがとう、フータロー君……」

「一花……」

「こ、こほん!」

「「!」」

 

 熱い視線を交わす二人を見た五月。気まずさを感じたのか、わざとらしい咳払いで一花と風太郎を現実に引き戻す。

 

「い、五月……」

「あはは、またやっちゃったね……」

「まったく、あなたたちは隙あらば……私まで、ドキドキしちゃったじゃないですか……」

 

 まさかドラマのようなラブシーンを間近で目撃することになるとは思わず、五月は顔が真っ赤になる。その役が自分と同じ顔の姉とその友人ということもあり、五月がむず痒く感じるのは当然といえるだろう。

 一方二人だけの世界に浸っていたことを見られて恥ずかしさを感じた風太郎は、強引にまとめにかかる。一花も考えは同じなようだ。

 

「と、とりあえず、方針は決まったな。三玖は俺が相手して、二乃はまず一花と話し合ってから俺から改めて伝えるって感じだ。まぁ何かあったら連絡し合えば大丈夫だろう」

「は、はーい。私も頑張るねっ」

「……了解しました。平和的に終わることを祈りましょう」

「そうだね。よーし、じゃあファミレス行こっか!」

「そうですね、英気を養うことは大切です。頭を使った後はお腹が空きますからね」

「いや、悪いがもう少し時間をくれ。五月、お前に渡すものと、話しておきたいことがある」

 

 さっきカレー食べたばかりだろというツッコミを飲み込みつつ、風太郎は自分の鞄からホチキス止めの紙の束を手に取って、五月に差し出す。

 まだ、風太郎にはしなければならないことがあった。これからも付き合いがあるであろう、中野家の五つ子。その中からひとりを選ぶことについての、覚悟を示さなければならないのだ。それは決して、口だけではいけない。

 

「上杉君、これって……」

「あぁ、国語の問題集だ。現文と、漢字の読み書きがセットになってる。時間あるときにやっとけ」

「! ……ありがとう、ございます」

「礼を言われるようなことじゃねぇよ。一花にも教えてるわけだしそのついでだ。それに……俺はお前に、話しておきたいことがある。これが俺の教師としての、最後の仕事になるかもしれないからな」

「? 最後……?」

 

 疑問符を浮かべる五月。彼女は母であることを望み、五つ子が全員笑顔で卒業できることを祈っている。二人ならそれができると信頼してくれているわけだが、風太郎は自信をもって俺に任せろと断言はできない。

 だが、一花への愛だけは誰にも負けない。いわばこれは、二乃たちに話す前の予行練習でもある。

 

「五月、聞いてほしい。その……俺は、一花が好きだ。一花だけを愛している」

「!?」

「な、なんですか上杉君。なぜそれを、私に言うのですか」

「大事なことなんだよ。だってお前は、全員揃って笑顔で卒業っていう目標を俺たちなら達成できると思っているからこそ、応援してくれているんだよな」

 

 少し間を置くも頷く五月。風太郎の突然の告白に一花の顔は真紅に染まる。だが、今の会話相手は五月だ。彼女から目は逸らさない。

 

「なら、謝らなきゃなんねぇ。今の俺は家庭教師失格だ。散々口にしてきたその目標を、達成できなくてもいいとさえ思っている。それ以上に、大切なものができちまったから」

「…………」

「二乃も三玖も友達なわけだし、全員揃って笑顔で卒業したい気持ちはある。だけど、一花を選んであいつらを選ばない以上、その両立はとても困難を極めるだろう。でも……あいつらが認めないとしても、俺は一花だけが好きなんだ」

「!」

「フータロー君……」

「一花の笑顔を守るためなら、俺は家庭教師をクビになっても構わない。そう思えるほどに、俺にとって一花は大切な存在なんだ。一花も、俺と一緒にいることを心から望んでくれている。だけどそんな今の俺たちは、お前に応援される資格があるかと言われると、違うと思うんだ」

 

 この場にいる三人全員、表情は深刻なものだ。風太郎自身、最低だということはわかっている。こうあるべきと心に宿した決意を、自分の都合であっさりと曲げる。今や完全に、ただ自分勝手なだけの高校生でしかない。

 

「うん、私も考えは同じ。一度は認めてくれた五月ちゃんだからこそ、誤魔化せない。結果的に嘘になっちゃったことには申し訳ないと思うけど、たとえ私たちの行いでみんなが傷ついたとしても、この恋は絶対に譲れないの」

 

 一花も風太郎に続いて、自分の一番の願いを口にする。彼女もまた姉であることを捨てて、女としての幸せを望んだ少女。どちらも長男、長女としては失格である。もしかしたら五月は裏切られたと感じるかもしれない。

 だが、だからといって風太郎の答えが変わることはない。何があっても、一花への愛を貫き通す。どんなに風太郎の一番は一花なのだ。一花が話したように、自分たちを応援してくれている気持ちが嬉しいと思うからこそ、五月に本心を打ち明けたのだ。これだけは絶対に、譲ることはできないと。

 

「とどのつまり、そういうことだ。この結末がどうなろうと、俺は一花への気持ちを曲げることはできない。これは俺の、俺たちのわがままだ。だから五月、はっきり言ってくれ。もし俺たちを認められないなら───」

「そうですか、わかりました。なら私も好きにさせてもらいます」

「!」

 

 五月は風太郎の言葉を遮る。風太郎にも戦慄が走る。やはり、今の自分たちは───

 

「もういいですよ、上杉君。まったく、あなたたちは」

 

 しかし、続けて話す彼女の声は穏やかだ。呆れた様子ながらも、五月の表情に失望の色は見られない。

 

「本当にもう、二人が強い絆で結ばれているんだって、思い知らされちゃったじゃないですか。安心してください、あなたたちの覚悟と想いの強さ、しっかり届いていますよ」

「……?」

 

 五月の温かい眼差しに、風太郎は驚きを隠せない。最初の言葉からして、反感を買うかと思っていたからだ。実際に風太郎は、ただ己の欲を晒しているだけなのだから。

 しかし、五月には伝わっている。今までの積み重ねがあるからこそわかるのだ。二人が、信頼して打ち明けてくれたということ。そして、だからこそ無理に従う必要はないと言いたいのだと。

 ゆえに五月は誰も責めない。目標を切り捨てた友人も、姉であることをやめた長女も。間接的に夢を妨害しようとした三女を咎めなかったというのに、長女と友人は認めないというのはフェアではない。頑固な一面もあるが、母のような人間になりたい末っ子の懐は本来とても大きいのだ。

 

「上杉君、あなたは私が信用に足る人物だと判断した男性です。なにより、大好きな一花が……あ、愛している人でもあるのですから。いくらふたりに絶対に譲れない大切なものがあるといっても、決してみんなの気持ちを蔑ろにはしない……雑に振って終わらせるのではなく、誠心誠意向き合って答えを出して、最後には更なる成長に繋げてくれると、私は信じています」

「!」

「私も先日、一花の本気の姿を見ました。当然、驚きはしましたけど……全員が全員、自分の幸せを願う権利がある。そこに姉も妹も関係ありません。今まで一花が私たちのために姉でいてくれた事実が、消えることはないのですから」

 

 家族であるからこそ心に一層響いた、一花の覚悟。寂しい気持ちもないわけではないが、母であることを望む五月は同時に嬉しさも感じたのだ。彼女が初めて、自分のしたいことを伝えてくれたことに。

 でも、だからといって全て二人の言いなりとはいかない。五月にも譲れないものがある。家族旅行の時は三玖の行動を受け入れたが、自分の夢は叶えたいものなのだ。

 

「そして、それは上杉君にも言えることです。こうして無事進級できたのも、みんなと心を通わせることができたのも……すべて、あなたの存在があってこそです。上杉君がいなければ、私はみんなのことをろくに知りもしないままだった。不器用なまま夢も持てずに、何者にもなれなかったと思っています」

「五月……」

「二人の存在なくして今の私はありません。だから私は上杉君を、一花の恋人だと認めます。ですが……くれぐれも教師であることを忘れないように。私の夢のためにはあなたが必要なんです。今日は例外ですが、基本私がいる時にイチャイチャなんて、できると思わないでくださいねっ」

「……ったく。そんなの聞いたら、絶対後悔なんてさせたくないって思っちまうじゃねぇか」

 

 自分勝手な願いを口にしたのに、信頼を糧に受け止めてくれた五月。そんな彼女の優しさを受けて、風太郎も気合が入る。

 

「ありがとな、五月。なにがあっても、教師でなくなったとしても、俺はお前の友達として、いつだって五月の支えになる。もしお前が俺でいいと思ってくれるなら、頼ってほしい」

 

 一花との恋を応援してくれる友達に、感謝の意を示したい。だからこそ風太郎は、自分にできることは精一杯やり通すのだ。信頼には、それを凌駕する信用で返す。男として、教師として。そして、友達として。

 

「ふふっ、ありがとうございます。でも、いいのですか? 二人きりの時間、ますます少なくなっちゃいますよ?」

「それは……まぁ、もしあいつらに受け入れてもらえたら、どのみちそうなるだろうしな。教師としての仕事を疎かにするわけにはいかないさ。雇われてる立場なんだしな」

「うんうん、フータロー君の気持ちが一番大切だもん。借金返済のためには働かないとだもんね。私も仕事を言い訳にするようじゃダメ。結果を残して、フータロー君の信頼に応えてみせるよ」

「おう、期待してるぜ」

 

 視線を交わす一花と風太郎。まだ恋人関係になって一月も経っていないというのに、すでにこの二人には切っても切り離せないほどの、強い愛が育まれているのだと五月は確信する。

 そんな二人を見て、自分にも何かできないかと五月は考える。

 

「あの……本当に私は、何もしなくていいのですか? 今まで一花に世話をかけていましたし、私も───」

「五月ちゃん、それはダメ。気持ちは嬉しいけど手出しは無用だよ」

「えっ?」

「私たちを信じてくれるなら、どうか五月ちゃんは何もしないでほしい。肩入れはしないで」

 

 改めて手助けしようという五月の心遣いを、一花は静止する。これは、恋をしているものの戦いなのだ。部外者という言い方は五月に失礼だが、現段階で風太郎を特別視していない以上、五月は傍観者でいなければ公平ではない。

 

「私たちは本気なの。みんなにお姉さんでない私とフータロー君の関係を認めてもらいたいからこそ、誰の手も借りずに、私とフータロー君だけで決着をつけないといけないの」

「……!」

「かつて一度間違えたからこそ、自分の力で、私の姿で戦わないといけない。正面から、私たちの気持ちをぶつけにいくんだ。それが、私たちの身勝手なわがままを受け入れてくれた五月ちゃんへの、誠意だと思ってるから」

 

 戦う意志を瞳に宿す一花を見て、五月は考えを改める。やはり彼女は姉なのだと、感心させられてしまった。そして風太郎も、一花の言葉に同意する。

 

「そうだな、一花の言う通りだ。さっきも言ったが、これは俺たちだけの戦いだ。それに五月が俺たちを露骨に贔屓すると、お前まで修羅場に巻き込むことになっちまうかもしれねぇ」

「そういうこと。あのね、五月ちゃん。私は五月ちゃんにお姉さんでない私の姿を見せたのに、安易に否定せずに私の気持ちを汲んでくれた。そして今、改めてフータロー君との恋を認めてくれたことが、すごく嬉しいの。私は、五月ちゃんの存在にも支えられてるんだよ」

「一花……上杉君……」

 

 優しい言葉と微笑みで五月に感謝を示す一花。彼女の信頼が、五月には嬉しい。

 最近の五つ子の雰囲気の悪さを、五月は四葉と共に察知している。だが今の一花とのやり取りで、彼女の姉としての姿は決して消えてはいないこと、一花と風太郎、二人が何を望んでいるとしても、誠心誠意姉妹と向き合って、最後にはこの困難を乗り越えて全員笑顔で卒業という目標を成し遂げられると、心の底から思えたのだ。

 

「……すごいな、二人とも。本当に、本気の想いなんだ……」

「……五月ちゃん?」

「ありがとうございます、一花! おかげで私、きれいさっぱりスッキリしました!」

「えっ? 五月ちゃん、今敬語……」

「ダメですよ、一花。切り出すのは私からです! ……こほん」

 

 またも咳払いをし、五月は心を落ち着かせる。ちょっぴりの緊張も混じるが、それでも伝えたいこと。中野五月の、姉と友人へのありったけの親愛だ。

 

「一花、上杉君……陰ながらふたりの幸せ、祈らせてほしいな。一花の笑顔を守れるのは、君だけだよっ」

「「!?」」

 

 敬語ではない五月の、満面の笑みで伝える愛の言葉。初めてみる風太郎は勿論、久々に聞いた一花も驚いてしまう。

 

「か、かわいい……」

「お……おう。ありがとな、五月。俺、がんば───」

「五月ちゃん、ちょーかわいいよー! もー、フータロー君も絶対見惚れてたよ! いやそれは困るけど! 彼女として抵抗あるけど! 私の自慢の妹だよー!」

「そっ、それは困ります! もうっ、離れてくださーい!」

「ちょっ何言ってんだ一花、別に俺は……!」

 

 いち早く立ち直り五月に抱きつき、頬擦りする一花。恋人と同じ顔の普段見せない姿を目の当たりにし、風太郎も少なからず心拍数を乱されていた。そんな彼氏をみた一花は、当然のごとく頬を膨らませヤキモチをやく。

 

「むー、やっぱドキドキしてるでしょー。こうなったらファミレスでは五月ちゃんの前でくちうつ───」

「だー! その話はやめてくれっ!」

「……なんか今、不穏な単語が聞こえた気がするのですが……」

「気のせいだ! 忘れろ!」

 

 やいのやいのと盛り上がる三人。仲の良さが伝わる、和やかな光景だ。そんなうるさくも平和な時間が、とても居心地がいい。

 

「あー楽しかったー。五月ちゃん、ずっとそのままでいればいいのに」

「一花が私を呼び捨てに戻すなら検討しますよ」

「……うーん、それは違和感あるかも……」

「ま、まぁ早く移動しようぜ。時間がもったいないぞ」

 

 そうこうしているうちに、長女と五女のイチャイチャも落ち着いたようだ。風太郎は話を切り替えて、移動の提案をする。

 

「そうですね。休日の昼間ですし、時間的に混み合っているかもしれません。早めに移動しておくに越したことはないでしょう」

「おう。……ていうかなんだよ、結局敬語に戻るのか」

「ふふっ、昔の私に興味深々ですか? どうしても聞きたいというのでしたら……そうですね、スイパラで手を打ちましょう」

「あ、スイパラいいじゃん! せっかくだしそっち行こうよ! ちょっと遠出になるけど、絶対楽しいって! ショッピングモールも近くだし、フータロー君にとっても都合が良いよね!」

「? そうなのですか?」

「あ、あぁ。それは助かるが……すいぱらって……なんだ?」

「「!?」」

 

 青春など知る由もなかったガリ勉の男子高校生、上杉風太郎。そのような異質な存在ゆえに しかたないとはいえど、スイーツ大好きなJKとしては驚きを隠せない。

 そんな変わり者の男の彼女である一花は、密かに自覚しつつある貢ぎ癖を発揮する。彼女にとっては愛情表現のひとつだ。

 

「そっか、フータロー君は知らないんだ。大丈夫だよ、安心して。お姉さんがたーっぷり、楽しませてあげるから!」

「スイーツパラダイスの略、通称スイパラです。デザートのバイキングですよ」

「なっ……! つまり、食べ放題、ってことか……俺、一人分しか……」

「お金はそんなかからないから大丈夫だよー。だいたい千五百円くらいだったかな?」

「そ、そうなのか……?」

 

 一花は軽く口にするが、高校生にとって千五百円前後の出費というのは中々に大金だ。貧乏生活の風太郎としても財布に致命傷を負うこと間違いない。しかし───

 

「な、ならいっそそれでいいか。二人とも、俺が奢ってやるから遠慮なく食えよな」

「!? 本当ですか、上杉君っ!」

「あ、そういうパターン? ていうか、私も……いいの?」

「そんなの当たり前だろ。お前だけなしとかありえねぇ」

「ウソ……やったー! ありがとっ、フータロー君! ……私もステキなお返し、考えないとなぁ……♡」

 

 すっかり興奮状態の一花と五月。彼女と友人が嬉しさを感じてくれることに、風太郎の心は温かくなる。

 一人分の贈り物を考える時間が減ると考えればそれはそれでメリットでもある。なにより、金銭面で一花に頼るのはあまりに情けない。

 多くの人が抱く、返報性の心理。風太郎も当然、友人である彼女たちにもらったものに対して喜んでもらえるようなお返しをしたいと思っているのだ。

 

「ふふっ、やりますね、上杉君。それほどまでに私に興味深々とは……ならば、恥ずかしくはありますが、私も期待に応えてあげま……ううん、応えてみせるよ!」

「は? 何言ってんだ、お前」

「えっ? だってあなた、敬語でない私を見たいんじゃ───」

「いや、たしかに驚きはしたけど、正直違和感ありすぎて好き好んで聴きたいとは思わないから、別にそのままでいいぞ」

「……相変わらずあなたはデリカシーがありませんね、まったく……」

「えぇ……なんでだよ……」

「ふふっ、二人ともすっかり仲良しさんだね!ちょっぴり妬けちゃうけど、嬉しいのもホントだよっ!」

 

 そして一花もまた、三人で過ごす穏やかなこの時間に温かく、心地よいものを感じていた。風太郎を彼氏にできたのにこれ以上を望むのはわがままだと思いつつも、できることなら他の妹ともこのような時間を過ごせたらと思う。

 こうして、作戦会議は閉幕した。途中脱線はあれど、方針が決まったことと三者三様自分の気持ちを吐露し、それを理解しあえたことで非常に満足感を得られた結果となった。

 

「まぁいいです、ふたりともっ、早く移動しますよ! ミルクレープにティラミス、お口直しのパスタ……あぁ、すっごく楽しみですっ!」

「はーい。フータロー君、いくよー!」

「おう。食べ放題か……気合い入れないとな」

 

 上杉家を後にする三人。前を行く五月はすこぶるご機嫌で、笑顔ではしゃいでる様を見せている。

 ちなみに、たどり着いたスイーツパラダイスでは当然のように一花は風太郎の隣に座り、あーんなどの甘々イチャイチャタイムを過ごしていたのは語るまでもない。

 今日と言う日は紛れもなく、三人にとっての青春の一ページとなった。

 

 

 

 

 時は流れ、修学旅行当日。無事に京都に到着した旭高校三年生の面々。班行動ではあるがそれ以外は特に厳しい決まり事もない。ゆえに、美人姉妹ではあるものの己の欲に忠実な獣ばかりである中野家の五つ子の行動は決まっていた。

 

「さて、私たちはどうしよっか。特に決まってないならフータロー君の班にこっそりついてこうと思うんだけど、みんなはどう?」

「そうね。一人でも同じ班のメンバーと一緒にいるならうるさくは言われないわよ」

「うん、せっかくの京都。フータローとも思い出をつくりたい」

 

 リーダー的ポジションである一花の発言に、風太郎を狙う二乃と三玖も同意する。四葉も五月も、特に異論はなさそうだ。

 

「はい、まずは様子見で問題ないかと。いきなり合流は怪しまれてしまいそうですからね」

「みんな、なんかすごい気迫……!」

「オッケー、じゃあさっそく移動しよっか。見失っちゃ意味ないしね」

 

 無事に意見がまとまり、五つ子は行動を開始する。とりあえず作戦通りに事が運びはしたが、一花は決して油断はしない。久々に姉としての察知能力をフル稼働させ、誰が仕掛けてくるのかを見極めようとする。すると、四葉が三玖に耳打ちしているのが目についた。これは何か動きがあるだろう。

 京都駅から歩いておよそ数十分、伏見稲荷大社の正門が見えてきたといったところで一花は数メートル先を行く風太郎にメールを送信する。そして───

 

「おーい、フータローくーん!」

「「!!」」

 

 バイブレーションによって風太郎が携帯電話を取ったのを合図に、一花は先手を取って風太郎に声をかける。二乃と三玖も慌てて反応するも、当然風太郎の意識は一花に向く。

 

「い、一花。なんだよ、そんな大声で」

「ふふっ、おっはー。ちゃんと呼んだほうが驚かないかなーって。ホントは後ろからだーれだってやりたかったのに、自重したんだよ?」

「そ、そうかよ。気遣いご苦労さん」

 

 風太郎が振り向くとそこにはいつもと変わらない、制服姿の一花。作戦通り進んでいるとはいえどなかなか際どい言動で攻めてくる一花に、風太郎は二重の意味でドキドキしていた。

 彼氏となった今では、第二ボタンまで外している一花の胸元に自然と目線が向いてしまう。その状態で後ろから抱きつかれてしまっては、男として平常心を保つことは不可能だろう。一花の胸の柔らかい感触を思い出し、風太郎は悶々としてしまう。

 しかし今は修学旅行中。二乃たち他の姉妹も、遅れて風太郎の元へ到着し、挨拶を交わす。

 

「一花、あんたホント抜け目ないんだから……私たちを放置するんじゃないわよ」

「うう、一花、早い……」

「お、おう。お前たちも、奇遇だな」

「上杉さん、おはようございますっ!」

「おはようございます、上杉君。朝から賑やかですね」

 

 計八人と、すっかり大所帯になってしまった三年一組の男女たち。ここでも一花の出番である。胸のボタンをひとつ留めて、前田と武田にも笑顔を振りまく。

 

「前田君も武田君も、おっはー。フータロー君の班もこっち来てたんだね。お姉さんびっくりだよー」

「一花さん、おはようございます! 相変わらず可憐だ……」

「中野さん……本当に偶然なのかい?」

「そうよ一花、明らかに怪しまれてるじゃない」

 

 小声で二乃は一花に囁くが、一花は余裕綽々といった様子で嗜める。

 

「大丈夫だよ、安心して。そもそも私、今日はフータロー君に用があるわけじゃないの。ねぇねぇ、前田君に武田君っ」

「は、はひっ」

 

 彼氏以外の男子であろうと変わらずに、親しげに話しかける一花。彼女が女優で演技上手という点を除けば、思わず勘違いしてしまいそうな距離の近さだ。事実前田はすでに一花の攻略を諦めたにもかかわらず、顔を赤面させている。

 

「私たち、去年から同じクラスなのに、今まであまり話す機会なかったよね。ここで合流できたのも何かの縁だし、今日は私たちだけで散策しようよ。ねっ、いいでしょ? 私ね、前から二人とは、お話したかったんだー」

「は!? あんた、なんで───」

「お、おう! オラ、行くぞ武田!」

「えっ!? ま、待ってくれ、それじゃ班行動が───」

「そういうわけでフータロー君、悪いけど二人借りてくねー」

「…………」

 

 強引に二人を連れ出そうとする一花。正直なところ、若干の不安を風太郎は抱えていた。風太郎からすると、一花に気があった前田の存在は若干気がかりではある。心のモヤモヤは湧き出て止まらない。提案したのは自分だというのになんとも心が狭いなと風太郎が複雑な男心を抱える中、去り際に一花と視線を交わす。

 

(フータロー君、ファイトだよ。なんかあったら、すぐ連絡してねっ)

「……!」

 

 言葉を口にしたわけでもないのに、視線だけで一花の言わんとしたことが伝わった。アイコンタクトなんてものが本当にあるということに、風太郎は驚きを隠せない。

 前田と武田の手を引っ張って移動する一花を見送りながら、風太郎はすこしばかりのシンキングタイムに移行する。見分けとは違うが、これもまた愛なのではないか、と。恋人として一花と触れ合い心を通わせるなかで、一花への理解をより深めることができているのだ。

 風太郎の不安は一花への思いやりへと変換され、それに伴い心も温かくなる。

 

(ありがとな、一花。俺、頑張るから)

 

 気が引き締まり、やる気が満ちてくる。一花や五月に良い報告ができるようにと、風太郎は心に闘志を燃やす。

 

「一花、行っちゃった」

「ま、まぁ大丈夫でしょう。私たちは普通に観光しましょう」

「…………」

 

 三女と末っ子が話す中、風太郎は冷静に状況を整理する。一花がいないこの状況、果たして誰がアクションをしかけてくるのだろうか。一花が事前に二人で話したいと語っていた以上、二乃を相手するのはまだ早いだろう。ならばいっそ自分から声をかけるべきと判断し、風太郎は三玖に話しかけようとするが───

 

「……なんか怪しいけど、一花に他の男子もいないのは大チャンスね。フー君、私と一緒に───」

「あー! 私、財布落としちゃったかも!」

 

 しかし、風太郎の思惑は四葉の大声に遮断されてしまう。どうにも違和感のある口ぶりだ。

 

「はぁ!? あんた、何やってんのよ……」

「お願い二乃、一緒に探すの手伝って!」

「っ、せっかくのチャンスなのに……仕方ないわね……!」

「わ、私もお手伝いしますっ!」

 

 呼ばれた二乃はいち早く反応してしまい、四葉に手を引かれてそのまま元来た道へと連れられていく。五月も自主的に二人を追いかけた結果、この場には体力ないコンビである三玖と風太郎の二人きり。風太郎の望んでいた展開ではあるが、疑問がひとつ。

 四葉の発言はおそらく嘘だろう。一瞬四葉が三玖に目線を向けたのを風太郎は見逃さなかった。

 以前の勉強が全てだと思っていたころより、注意力も増している風太郎。これもまた一花と一緒にいる影響なのだろうかと心の中で思いつつも、なんであれこれは好都合だ。今度こそ三玖に声をかける。

 

「さて……どうするよ、三玖。すっかり置いてかれちまったな」

「……ありがとね、四葉」

「ん? 三玖?」

「ううん、なんでもない。……フータロー、もしよかったら、私と───」

 

 

 

 

 正門を離れた二乃、四葉、五月の三人。しばらく歩いてきた道を戻るも、人だかりが多いこともあって財布の捜索は進んでいなかった。

 

「あんた、どこまで戻る気よ……こんだけ人多いと、探すのもままならないわよ。もう盗られてるって考えるべきじゃない?」

「え、えーと、駅を出てすぐの時はあったのは覚えてるんだけど……」

「鞄の中は確認したのですか? ここまでで買い物をしたわけではないですし、出してない可能性もあるのでは?」

「そ、そうだね。見てみるよ」

「……?」

 

 がさごそがさごそ、鞄の中を漁る四葉。だが、二乃にはどうにも、四葉が冷や汗をかいているように見えていた。

 

「…………あっ、ごめん! 見つかったよ! 私の勘違いだったみたい」

「! ホントですか? あぁ、よかった……」

「…………」

 

 安堵する五月に対して、四葉に冷ややかな視線を向ける二乃。一花の策略をいとも容易く見抜く二乃が、四葉の嘘に気づかないわけがない。

 

「四葉。あんた、私たちを騙したでしょう」

「!」

「えっ!? よ、四葉っ!?」

 

 動揺を見せる四葉と、驚くあまり二乃と四葉を交互に見つめる五月。自分の恋愛絡みでは急に鋭くなる二乃は、不満を隠せない声色で四葉に問いただす。

 

「あんた、三玖とフー君を二人きりにさせて、何がしたいの? 私の邪魔?」

「…………」

「……どういうつもりかは知らないけど、三玖の味方をするって言うならそれは構わないわ。あんたがどうするかなんて自由だし、誰が相手でも譲るつもりはないもの。でも、だからって嘘をつくのはどうなのよ」

 

 四葉を責め立てるわけではなくとも、しっかりと納得いく理由を話せ、と強い口調で示す二乃。アピールタイムを妨害された身からすれば当然である。

 だが、五月は別の疑念を抱いていた。姉妹想い以前に、特定の誰か一人に明確に肩入れすること。それは四葉自身が望んでいない結果につながりかねないということを、彼女は本当に理解しているのだろうか。

 この矛盾は問いたださなければならないと判断し、五月は四葉に問いを投げかける。

 

「四葉、いったいどういうことですか? あなた、前に私に言ったこと、覚えてないわけがないですよね? それなのに三玖一人を応援しているというのは、何かわけがあるんですか?」

「!!」

 

 発言の詳細は伏せるも、反応を見る限り彼女にも伝わったはずであろう。五月も一花を応援しているが、それを行動に起こしてはいない。

 四葉は姉妹の仲が悪くなることを、五月に相談するほどに危惧しているのだ。ゆえに彼女の意図がわからない。一度自分も間違えかけたからこそ、五月は四葉の真意を確かめたいと考えていた。

 

「五月……?」

「二乃、私もあなたと同じように、四葉が三玖だけを贔屓する理由がわからない、それだけですよ。……四葉、いったい、なぜですか?」

「…………………三玖は、消極的だから……私がサポートした方が、公平かなって…………」

「は? あんた何言ってんの? 三玖がフー君にバレンタインのチョコ毎日渡してたの、四葉も知らないわけじゃないわよね?」

「うっ……」

「…………」

 

 四葉が三玖を支持するのには大層な理由があるかと思ったら、その実態は中身も何もない内容であった。二乃の苛立ちは増すばかりである。そして五月もまた、四葉の見当はずれな返答に納得はできなかった。

 それに、二乃が指摘した件以外にも家族旅行で三玖が自分の恋のために風太郎を辞めさせようとした事実を五月は把握している。これは他の姉妹は知らない事柄ではあるが、大胆な行動が目立つ彼女が消極的というのは、どう考えてもありえない。ちぐはぐさの否めない四葉の主張に、自然と五月の眼差しも訝しげなものになってしまう。

 ようやく自分の矛盾に気がついたのか、苦しそうな表情で黙りこくる四葉。そんな四葉を見て、二乃は表情も声も不機嫌になる。

 

「ふんっ、もういいわ。行くわよ五月、四葉とは話すだけ時間の無駄だもの」

 

 冷たく言い放ち、立ち去ろうとする二乃。だが、その誘いには乗れない。五月はこの状況で、どうしても四葉に確認したいことがあった。

 

「ごめんなさい二乃、先に行っておいてもらえますか? 私はまだ、四葉と話したいことがありまして……」

「……そう、わかったわ。この場は任せたわよ」

 

 何かを察したようで、二乃はあっさりと五月の言葉を受け入れる。彼女は五月の耳元に一言ありがと、と添えてその場を後にした。

 二乃の背中が見えなくなったのを確認し、五月は四葉に問いかける。

 

「四葉。あなた、本当に何を考えているんですか? 三玖が消極的というのは、私にも理解できません。どうにも私情が入っているとしか考えられないのですが、説明できますか?」

「…………」

「できないのなら、私からひとつ言わせてください。改めて言うことでもないと思いますけれど、念のためです」

 

 四葉が何をしたいのかわからないがゆえに、五月の口調は自然と責めるようなものになってしまう。姉妹の絆を保ちたいという考えは五月も共感できるもので、そのために立ち回ることは悪いことではない。

 だが、その理念と姉妹一人だけのサポートを実際に行動に起こすことはまったくもって釣り合わない。ここが本当に致命的だ。厳しくしてでも改めさせるべきだと判断し、五月は四葉に忠告する。

 

「私たち二人は、お互いにみんなの恋に干渉してはなりません。あなたが本当に姉妹の仲を守ることを一番に望んでいるのなら、これ以上私たちが動いてかき乱すのは逆効果です」

「…………」

「そもそもこれは上杉君の問題でしょう? 私もかつては触れるべきかと思いましたが、私が言うべきことではないとして、踏みとどまりました。あなたの本心は知りませんが彼を諦める以上、私と同じく部外者です。こんなこと言いたくないですけど、本当に理解していますか?」

「…………わかってるよ」

「……はぁ」

 

 納得のしていなさそうな、不貞腐れているようにすら見える四葉の態度に、五月は思わずため息が漏れてしまった。未練があるとしか思えない。

 そして、五月は確信した。口では風太郎を諦めると言いながらも、四葉は未だ己の心の整理がついていないのだと。

 

「もういいです、これ以上先ほどのあなたの行動と言動について言及はしません。……ですが、私には四葉がわかりません。いったい、あなたはどうしたいのですか?」

 

 家出騒動の時四葉は五月と裏で会って、五月に過去に風太郎と出会った四葉を演じさせ、さよならを告げさせた。それは風太郎の恋を応援するという面もあるが、四葉が自分の嘘が判明するのを恐れたことと、自分自身で別れを告げることに抵抗を感じていたのもある。このように人任せで自分で断ち切ることができていないせいで、未練があるのだ。

 そもそも嘘が見破られることを恐れたとはいうが、過去の自分を表現するというのは何も他の姉妹に扮するわけではない。四葉自身にもできたことだ。演技ですらないのである。

 先ほどの支離滅裂な主張といい、三玖を応援しているにもかかわらず学級長の代わりを頼むのは五月であったり、本当に彼女を応援しているのかも怪しい。三玖を贔屓しているのであれば彼女に頼むのが妥当である。五月でないと、都合が悪かったりするのだろうか。

 

(多少荒療治になりそうですが……それでも……!)

 

 ひとつ違和感を覚えると、次々に浮かび上がる四葉の不可解な在り方。だが、だからこそ五月は四葉の心と対峙する。大切な家族である四葉に、理解を示したいのだ。

 ゆえに五月は四葉に自分と向き合うように、あえて彼女の核心に迫るような言葉の剣を突き刺す。

 

「中途半端なままでは、きっと後悔することになりますよ。上杉君と心を通わせることに臆病なあなたには、幸せは訪れないでしょうね」

「っ……」

「私には恋がどういうものなのかまだわかりません。それでも、恋人だからこそ築ける、お互いに信頼しあえる以心伝心のような関係は、とても素敵なものだと思っています。はっきり言って現実と向き合わずにいる今のあなたには、上杉君と恋人のような絆を深め合えるとは到底思えません」

「───!」

 

 悔しそうな表情で五月を睨む四葉は、普段の天真爛漫さが嘘なのではないかと思うほどである。やはり、これが四葉の本心なのだろう。

 最初、四葉が積極的に動かない理由は他の姉妹の存在ゆえ、その絆を保つためかと思ったが、それは彼女の先ほどの行動で破綻してしまった。そうなると、浮かぶのは別の可能性である。本当は、四葉も恋を叶えたいのだ。

 ならば、母であることを望む五月がしなければならないこと。それは背中を押すことだ。自由にすると長女の彼氏には宣言した。文句など誰にも言わせない。

 

「でも四葉、あなたにだって自分の幸せを願う権利はあるんです。少しでも話したい気持ちがあるのなら、勇気を振り絞って伝えるべきです」

「え……?」

「過去ありきとはいえど、四葉もまた上杉君の支えになっているはずです。彼は、あなたとの約束を糧に、ずっと勉強を頑張ってきたのですから。四葉だって、聞いていたのでしょう?」

「!」

 

 五月は風太郎が勉強を頑張ってきた理由を知っている。四葉との約束を覚えていたから、風太郎は家族以外の交友関係を全て捨ててまで努力を重ねてきたのだ。四葉の存在は初期の風太郎を形づけているといっていい。

 結果はわかりきっているとはいえど、自分から立ち向かわないままでは一生彼女の心は成長しない。想いを伝えたいという感情が心にあるのであれば、その気持ちを大切にするべきだ。一花だって、恋をしたことでそれをできるようになったのだから。

 

「……いい、のかな。私、自分のことを話して。そしたら私、特別になっちゃうかもしれないのに……」

「特別……? なぜその言葉が出てくるのかわかりませんが、あなただって上杉君が好きなのでしょう? その気持ちはあなただけのものです。みんなだって、責めたりしません」

「五月……わかった。私、伝えてみる。やっぱり私も、上杉さん……ううん、風太郎君が好き。恋を叶えたい。みんなに謝って、私の気持ちを打ち明けたい」

「はい。当たって砕けろ、ですよ」

「うん、頑張る。ありがとね、五月」

 

 四葉の本心を聞くことができたことに、少しは成長できたのかなと思い、安堵する五月。

 母として彼女の枷、葛藤を砕くことが、姉妹全員の成長を願う五月の望みだ。自分の気持ちを素直に表現することが、四葉の成長につながると、五月は信じている。

 走って二乃を追いかける四葉の背中を見送り、達成感を得た五月は一人で悠々と食べ歩きを楽しもうと考え、繁華街へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 枷、葛藤、ジレンマ。そのような彼女を縛り付ける要素は四葉には最初からないということに、五月はまったく気づく様子もない。気づけるわけがない。

 家族旅行の最終日、五月が風太郎を呼びに行く役目を四葉に任せた際に彼女がしたことを知るのは、彼女自身のみなのだから。

 

 




切るところでホント悩む…
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