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GIRL'S LEGEND for U
無敵の帝王がいた。
骨折を乗り越え、青薔薇の刺客の前に立ちはだかった。ターフの名優と幾度となく芝の舞台で舞い、鎬を削って日本競バを牽引した。
白無垢の風と共に奔り、先達たる皇帝を超え、遙かフランスは凱旋門で覇すら勝ち獲った。
そんな伝説が、今。
「記者の乙名史さんですね。今日はよろしくお願いします」
私の目の前に、いる。
トウカイテイオーは、「世界最強」で「史上最強」だった。現役時代に魅せつけた走りは今なお人々を魅了し、現代に至ってなお「最強を目指すとはテイオーを目指す事」として、競バ世界の到達点とされる程に。
幾度の挫折を経てなお挫けぬ、不屈の精神。
どれだけ離されても絶対に喰らい付き差し返す、無敵の執念。
一度先頭に立てば他者総てを背後の風景に押し込める、絶対の神速。
唯一抜きん出て並ぶ物無し。その言葉を確と体現するウマ娘の頂点として、今なお彼女はそこに座し続けていた。
「ぁっ…その、えっ……と」
私が吃って記者の恥晒しになり続けているのは、一重に彼女への敬意と崇拝、畏怖の所為である。トウカイテイオーの名は競バを知らない子供でも聞いた事があるレベルで有名だが、私の場合は更に最盛期を追い続けた母から嫌と言うほど聞かされている。それ故、最早本能レベルの畏怖が体の根っこに染み付いてしまっていた。
…若干プライベート的にヤバそうなのも含まれていたが、そこは与太話として聞き流した。情報の取捨選択、重要。ゼッタイ。
と、そんな私の自己完結した緊張を察されてしまったのか。目の前の伝説は、クシャリと口角を上げて笑う。
「ははっ。君は悦子さんと違って上がり性なんだね……いや、単純に慣れてないだけかな?」
「母を知ってるんですか」
「勿論。彼女とはトゥインクルシリーズ時代からよく会ってたし、ドリームトロフィーリーグ時代は寧ろとてもお世話になった。感謝してもし切れない」
敬語を解いた彼女の目は、私を通す形で母への親愛を湛えているのが分かった。きっと、忙しいのに私の取材を受諾してくれたのもそれが理由なのかも知れない。
ふと、その視線が右の壁へ逸れる。それを追うと、壁に掛けられた一枚の額縁写真が目に入る。
写っているのはどれも有名人。中心に幼いトウカイテイオー、その横と後ろにあのメジロマックイーンとハッピーミーク、ライスシャワー、更にシンボリルドルフにサイレンススズカ。また逆サイドには当時の日本トレセン学園の理事長や、後のウマ娘育成の定石を築いた東条トレーナー。そしてその後継者にしてミークとドリームトロフィーシリーズデビュー後のテイオーのトレーナーを勤め上げた、かの桐生院葵までいる。トレセン黄金時代、その筆頭一同による壮観な光景だった。
ちなみに、若き日の母の姿もその中にあった。なるほど、テイオーさんが私に面影を見る訳だと分かるソックリ具合である。
「マックイーンはメジロ家を盛り立て、ライスシャワーは自分のトレーナーと共に表舞台から身を引いた。会長は今も自らの組織を率いて活躍中だし、桐生院さんとミークは最先端を直走っている。皆、それぞれの時間をそれぞれのパートナーと共に生きてる」
懐かしそうに細められた目蓋が、しかし一瞬寂しげ光を灯した。しかし、未熟だった私はその事をみすみす見落としてしまう。
「頻繁に連絡を取り合ってるとは限らない。そもそも消息が疎らな人もいる…でも、あの輝きを忘れない限り、繋がりはずっとここにある」
「……」
「そう、信じてる」
私が違和感を感じたのは、その時が初めてだった。
(おかしい。今、言葉の節に弱さが滲んだ)
いや、分かっている。これは自然に出たのではなく、彼女がわざと不自然に出した取っ掛かりだ。タチの悪いゴシップ記事ならここぞとばかりに噛み付き、そして彼女からの反撃で痛い目を見るだろう
しかしそれでも、いやだからこそ。絶対無敵の帝王が、今になってその綻びを曝け出した理由を知りたい。
「不安になっているんですか?」
「!」
これは“試験”だ。私が主上に認められるか否か、その真意を語るに相応しいかを確かめる為の。
「繋がりに確信を持てない相手が、いらっしゃるんですね?」
「……どうしてそう思ったのか、教えてくれないか?」
「あの写真です」
指差したのは、中央に映る若き日のテイオー。
……の横。ポッカリと空いた
「あそこに、入るべきだった人がいる。貴女の学生時代のトレーナーですね?」
「………」
沈黙を是と受け取り、私は言葉を続けた。失礼なのを自覚し、その上でギリギリを攻め続けた。それが私に課せられたであろう試練だったから。
「この業界、トレーナーは主役たるウマ娘の“影”なのが常です。自ら進んで表に出る事は無く、裏から彼女らを支える事が仕事。それ故に、どれ程ウマ娘が有名になろうと学生時代のトレーナーまで表沙汰になる事は殆ど無いと言って良い」
「どうかな?桐生院さんや東條トレーナーは歴史に名を遺したじゃないか」
「東条さんは輩出したウマ娘の殆どがエリートですし、何より後世に伝えた学識がその存在感を確固たる物にしました。桐生院さんに至っては、貴女やミークのような世界制覇レベルのウマ娘を育てたとなればまるで話が違ってきます。彼女らの知名度は、その功績があってこそです」
「ああ、その通りだ。彼女はウマ娘達を善く観、善く育て、善く伝えた」
「しかし、そのような功績が無かったとしたら」
再び、テイオーは黙する。しかし、目の色が違う。
飽くまで受動的な肯定だった先ほどと違い、今回は積極的に続きを求めていた。
緊張が背筋を奔る。これが正しいのかは分からない、そもそも1から10まで憶測に過ぎないのだ。ここで最後の一歩を間違えるかも知れないし、そもそも最初から間違いなのを親切心で付き合ってくれていた可能性もある。
いずれにせよ、誤っていれば待つのは“失格”の烙印。彼女は私に、失望を抱いて終わるだろう。
だが、もう止まれない。止まらない。最後までやってやる。
「…貴女のトゥインクルシリーズ時代のトレーナーは、3年目を前に身を引いてしまったのでは?」
ああ、言ってしまった。
言ってから後悔した。テイオーが明らかに執心している人間を「貴女から逃げた人ですよね?」と貶したも同然だ。
怒りを買う。100%激怒される。
…しかし同時に、私の中にはある確信があった。テイオーの最初の3年間を共に過ごしたトレーナーは未だ公式発表が無くベールに包まれており、世間の通説としては「テイオーの才能を前に折れてしまい、結果テイオーは数々のトレーナーをたらい回しにされた末に桐生院の元に落ち着いたのでは」とすら噂されている。
“最初の3年間”というのは、トレーナーにとってもウマ娘にとっても前評判を決定するのにとても重要な要素だ。よりによってそれを捨ててしまったとすれば……
と、ここで現実に思考が戻った。帝王の視線が、私の瞳を貫いたからだった。
「ひぃっ!」
「…あ、すまない。怖がらせるつもりは無かったんだよ」
…あれ、怒ってない?
呆気にとられる私を迎えたのは、拍手。他ならぬトウカイテイオーが発した物だ。
「流石はあの人の娘さん。母譲りの聡さだね」
「お、お褒めに預かり光栄です…?」
紅茶と共に一息入れる偉人からは、改めて見ると怒気の兆候は見られない。
…もしや。
「えっもしかして正解しちゃいました?」
「98点だ。当然、合格だよ」
笑みと共に告げられたのは、本来なら喜ばしい数字。しかし、やはり残りが気になるもので。
「2点がとてもじゃないけど気掛かりなんですがそれは」
「うん。だから、それを今から伝えていこうと思うんだ。試すような真似をしてすまなかったね」
きっと、この得点を出せなければそもそも残りの2点を話してもらえなかったのだろう。いや寧ろ、彼女が“話せなかった”の方が正しいかも知れない。これから話されるのは、トウカイテイオーにとって欠かす事の出来ない、そして語らねばならない重要な事なのだ。
メモを手に目の前の伝説を見据える。元より、此方はトゥインクルシリーズ時代の来歴について彼女に取材しに来たのだ。その時代に関連する事なら、なんでも大歓迎だった。もしかすると、彼女が「帝王基金」に全財産を投じ、貧困の中にあるウマ娘への援助に全力を注いだ事へのルーツすら分かるかも知れない。
「ぜひお願いします。貴女に迫る、それだけで私達記者の冥利に尽きるので」
「…存外、つまらない話かも知れないよ?」
「それは聞いてから判断しましょう」
目をキラキラさせていたであろう私を見て、“伝説”は微笑む。彼女は私に何を重ねたのか、今はまだ分からない。
彼女が口を開く。歴史が、紐解かれる。
「……ボクはね」
ーーー勝ちたいんだ。
勝ちたかったんだ。
君と、勝ちたかったんだよ。凱夏。
クソガキテイオーをすこれ
成長してルドルフっぽいカリスマに溢れた大人テイオーもすこれ(それルドルフと何が違うの)