スタートは好調だった。スペ先輩が合図を出した瞬間、ボクことトウカイテイオーはスズカ先輩よりも一目散に前に出る。
『スズカ先輩は、貴女も知る通り生粋の逃げウマ娘ですわ。一度先頭を取ったが最後、一度足りとも譲らないままゴール板を駆け抜ける』
レース前にマックイーンが言ってた事が脳裏に浮かぶ。作戦会議なんて大層な物じゃない、単に相手の特徴を確認し合うだけの作業。
だからボクは前に出た。一度先頭を取らせたら捉えられない?なら、一瞬だって先頭を譲ってなんてあげるもんか!
ペースを作るのはボクだ。ブロックし続けて勢いを削いであげる!!
「……」
チラリと見えたスズカ先輩の表情からは何も読み取れない。何を考えているのかは分からない。
けどーーー
〜Side:マックイーン〜
レースは中盤に差し掛かりました。
テイオーは逃げ策を選びましたね。スズカさんの逃げを、先手を打つ事で封じる作戦でしょうか?スズカ先輩がすんなり先頭を譲ったのが意外でしたが、まぁ此方としては都合が良いですわね。
一方の私、メジロマックイーンは差し寄りの先行策。3人のレースでの3番目なので実質追い込みですしペースとしても逃げのそれですが、レースの流れ的には先行に該当するのでそう表現させて頂きます。
『常に前を走ってるにも関わらず、終盤の伸びも凄いよね。多分、中盤のどこかで悟られないように息を入れて回復してるんじゃないかな』
レース前にテイオーが言っていた言葉。推測まじりの直感から齎されたその言葉はしかし、テイオーの才覚故に真実味を帯びていて。
だからこそ、私がこの策を選ぶ理由となりました。
途中で息なんて入れさせません。後ろから常に追い立てて、終盤の末脚を削り取って差し上げましょう!
「ふっ…っ……」
その時、振り返ったスズカ先輩の、顔が見えました。それは、どうにもーーー
〜Side:スペ〜
「あの走りは……スズカさん…」
私ことスペシャルウィークは、ゴール地点で3人を待っていました。そこから見えるあの人のフォームを見て、そして少し悲しくなります。
だって、その走り方をするスズカさんはーーー
「…つまらなそう」
〜Side:テイオー〜
どうして!どうして!どうして!?
(なんでですの?なんでこうなってますの!?)
隣を走るマックイーンの思う事が手に取るように分かる。何故ならボク達は、同じくらい消耗して、同じくらい追い詰められてるから。
一瞬も逃げさせなかったのに。
(一瞬も休ませなかったのに)
なんで!?
(どうして?!)
「「なんで全然疲れてない(んです)のー!!?」」
疲れ果てたボク達に対し、ペースを全く落とさないスズカさん。いつの間にかボクを抜いて、さらに差をつけていく。対するボク達に、もう追い縋る余力は無い。
(予想外ですわ!!スズカ先輩の逃げに付き合う以上は相応の疲弊も覚悟していましたが、相手を全く削れてないのは作戦失敗も甚だしいですの!)
(ボ、ボクも限界!ちょっとくらい調子崩してくれると思ったのにぃ!!)
以心伝心で会話しながら、でも状況は全く解決しない。いつしかスズカ先輩は、ボク達を差し置いてゴールしてしまった。
完敗だ。でも、最後に残った意地でなんとか走り切る。
「くっ、はっ、うぅ〜〜〜!!」
悔しさで唸るけど、これはもうどうしようも無い。スズカ先輩は強かった、ボク達を舐め腐るのが当然な程に!
マックイーンと2人で、疲れ果てた身体をターフに投げ出した。無駄に青い空が視界に広がって、なんだかもう何もかもが腹立たしく思えてくる。
そんなボク達の視界に、ピョコッと入ってきた栗色の髪。キョトンとした表情で此方を見つめてくるその瞳に思わず動揺しちゃう。
「その、えっと、ごめんなさい。悪気は無かったの」
「「へ?」」
悪気?何の事だろう。
「私、貴女達を刺激したかった訳じゃなくて…その、仲が悪くなるくらいなら、私が一緒に走ればクッションになるかなって…それで一緒に走るつもりだったんだけど、えっと……」
「「………」」
マックイーンと顔を見合わせる。取り敢えず、スズカ先輩は此方を舐めたり侮ったり蔑んでたりしてた訳ではない事が分かったけど、それはそれとして屈辱感はより増えた。
だってスズカ先輩は最初から勝負のつもりなんかじゃなくて、ボク達が勝手に挑んで負けたって事だったから。
っていうか、アレだよアレ。スズカ先輩、不器用過ぎない?
「参りましたわ……」
全てを観念したようにマックイーンは目を閉じる。でもきっと、目蓋の奥の瞳はリベンジへの執念に燃えてる筈だ。ボクもまたそうだし
「スズカ先輩、またいつかボクと走ってくれる?次は負けないから」
「ええ。その時は、今度こそ逃げで相手するわ」
へへっ。そうでなくっちゃ。
…………あれ?
「スズカ先輩、今回のは逃げじゃなかったの?」
ボクの問いかけを受けて、スズカ先輩の表情が強張った。
「…そういえば、今回は最後の伸びは思ったよりありませんでしたわね。疲労を感じさせず、常に一定に思えました」
幾らか回復したマックイーンも続く。思い返せば、今日のスズカ先輩の走りは、ボク達が今まで記録映像で見たそれらとは相違点が多い気がした。
何だろう?最近考えた新しい走法なのかな?
「スズカ先ぱ…」
「スペちゃん、記録の書き込みとあの子達のケアをお願い」
「アッハイ」
質問を続けようとしたボクの口を、スズカ先輩は遮る。まるで、これ以上の詮索は許さないとばかりに。
「ごめんねテイオーさん、マックイーンさん。あの走りは、もう二度としないから」
振り返って去る彼女の背中は、どことなく寂しそうで…でも、追いかける力はボク達には無かった。
数瞬置いて、手渡されるタオルと水筒。スペ先輩だ。
「あの走りは、スズカさんのリギル時代の走法なんです」
「リギル時代…つまり」
ボクとマックイーンは唾を飲んだ。つまりそれは、あの人から習った走り方だという事で。
「凱夏さんに教わった、ジュニア級でとうとう最後まで身につかなかった先行策なんですよ」
身にならなかった先行策。
それにすら勝てなかったボク達は、最初から最後まで本当に彼女の“敵”になれなかったのだと思い知らされ、打ちのめされるのだった。
テイオーはスズカの逃げを封じていたつもりが、最初から逃げじゃなかった。
マックイーンはスズカの逃げについて行ったつもりが、最初から先行策だった。
最速を封じた走りは、誰の心にも幸福を齎さなかった。