「オイオイオイ……」
遠目に見ていたスズカとテイオー・マックイーンの即席模擬レース。どうなる事かと見ていたが、ありゃあマジか。
恐る恐る隣を見れば、凱夏君は苦虫を噛み潰したような、でも何故か無理やり笑みを浮かべた表情で、コースを去っていくスズカを見ている。その心中、どこまで推し量ったものやら。
「スズカは俺の先行策でも、手加減フォームとして走れるぐらい強くなったんですね。流石です、西崎さん」
今の流れでどうしてそうなる。
「…飴、舐めるか?」
「いただきます」
明らかに精神が磨耗していたので、せめてもの回復にと甘味を差し出す。差し出された袋を開けて、彼は粛々と口に含んだ。
「でもスズカ先輩、なんであの走法を今更したんですかね?」
そう疑問を口にしたのはウオッカだ。無理なストレッチで身体を痛めたスカーレットを運んで来た後、マッサージする凱夏君を手伝っている。先ほどのレースも一緒に見ていた。
ちなみにスカーレットは今地べたに寝転んで、凱夏君のマッサージに「あぁ^〜そこそこ〜」と唸っている。俺の時と反応違う……
「俺への当て付けじゃないか?やっぱ許してないんすよ……」
「待て待て待て!多分単純に新入生なマックイーン達の実力に合わせただけだ、スズカはそんな娘じゃない」
「それは分かってますけどさぁ……」
駄目だこりゃ。スズカのダメージは想定内だったけど、凱夏君の方が結構参っているな。
…別の事で紛らわせるか。
「凱夏、テイオーとマックイーンの所に行ってやってくれ。君なら的確なアドバイスをあげれるだろ」
「うい」
やはりどれだけ消耗してようと指導に関して手を抜く気は無いようで、すぐさまスカーレットのマッサージを仕上げて立ち上がる。その様子を見て、俺は彼への評価を1段階上方修正した。
最後までやってもらったとはいえ、マッサージを切り上げられたスカーレットは不服そうだったけどな。ホラ、お前らも自分のトレーニングに戻った戻った!
そんな風にウオッカとスカーレットを追い立てた頃合いで、凱夏君も準備を終えたようだった。どうやら怪我とかが無いか、念の為に救急箱も持って行くつもりらしい。
「では後ほど」
「ああ」
そして彼が土手を降り始めようとした、その時の事だった。
「チームスピカのトレーナーさんですね?」
背後からの呼び声。それを受けて凱夏君の動きが止まり、俺は振り返る。
そこにいたのは、おかっぱポニテの見目麗しいお嬢さん。胸につけてるバッジを見るに、今年就職した新人トレーナーさんかな?
「あー、どうもです。俺達に何か用で?」
「その前に…申し遅れました、私こういう者です」
差し出された名刺を受け取り目を通す。ふむふむナルホド、桐生院葵さん。なるほど桐生院。へぇ。
……桐生院ンンンッ!?
「ちょっ、え!あの名家のお嬢様がどうしてここに?!」
「昨年度に養成学校を卒業と相成りまして、この中央トレセン学園に就職しました。光栄にもチームリギルのサブトレーナーとして登録して頂けたので、リギルに縁の深いお二方にもご挨拶をと」
「いえいえいえ!頭を上げてください!」
桐生院家と言えば、数々の名トレーナーを輩出してきたガチ名家じゃないか!何を間違えても粗相だけは出来ない。ゴルシ辺りにはしっかりと言っとかなきゃ……!!
にしても、前におハナさんとシンボリルドルフが言ってた凱夏君の後任って彼女の事だったのか。おハナさん、後進育成にも余念が無いなぁ。
と、ここで桐生院さんがチラチラと俺の後ろに視線を投げる。そうだった、テンパってすっかり忘れちまってた!
「凱夏君!君も挨拶を!!」
「……」
「凱夏くーん!?」
まさかの無視に心が悲鳴を上げた。早くしろー!桐生院家を怒らせても知らんぞーッ!!
「やっぱり、そうなんですね」
「えっ?」
「いえ、何でもありません」
そう仰ると、桐生院の嬢さんは土手の中腹に立ち止まっている凱夏君の所へ。心なしか、その足跡はルンルンとしたステップを踏んでいるような……?
そのまま背後に辿り着いた彼女は、目標の背中を指でトントンと叩く。すると、その背中はまるで油の切れた油圧機のように、軋みを上げて漸く旋回する。
苦い顔。下手すると、さっきスズカの走りを見た時より苦いかも知れない。
そんな彼を見て、桐生院のお嬢さんは、後ろからでも分かるほどに喜色を放ったのだった。
「お久しぶりです、先輩!」
「また会うとはなぁ、葵」
かーっ、見んねミーク!卑しか女杯(東京競馬場 芝2400m GⅠ 夏 重バ場)
凱夏のマッサージが普通にダスカに許されている理由はまたいつか
今回の話は短いし、区切りも悪いので明日も投稿しますね