EDに泣いた
おかしい。
今日の調子は絶好調だった。
スタートも抜群だった。
コーナーの動きも問題無かった。
何より、自分の走りに徹していた。
想定外があったとしたら、バ群に控えていたセイちゃんが坂の前でスパートをかけてきた事ぐらい。
「いっくよーっ!」
掛け声と共に目の前に躍り出てきた背中に面食らいはした。でもそれだけで、私自身の走りに特に影響は無かった筈。精々、変に離されたりしないよう私もギアを上げたくらいだ。
狙い目通りに練習の成果が出て、これならいける!って思えた。
その後の坂も全く問題無かった。トレーナーさんの指摘通り、スタミナは本当にもう万全だった。
…なのに。
(なんでっ…!?)
差が、縮まらない。
前を走るセイちゃんと、先行していたキングちゃんの背中が遠い…!
(前は勝てたのに!坂の後の直線で差せたのに……!)
そう思って足を一生懸命動かすけど、思うように前に行ってくれない。不調でも怪我でもない、何か根本的な物がこの足首を掴んで離さない感覚。でも、その正体が分からない。
ふと、セイちゃんがチラリと後ろを見た。視線があった。
ーー前とは違うよ。私はねーー
「っ!!!」
瞬間、突き放される。ついていけない。
ダメなのに。まだスタミナも残ってる。使い切れてない。でも使い切る手段が無い。
この日、私は、初めての敗北を味わった。
ーSide:西崎ー
届かなかった。
俺が、そして凱夏君が懸念した通りの事が起きてしまった。
敗北の経験と、それを裏打ちする観客の歓声に打ちのめされるスペの姿が見える。トレーナーに過ぎない俺は、慰める為に駆け寄る事も出来ない。
「パワーは機能したんですけどね」
凱夏君の声に、頷くだけでしか応じる事が出来ない。
今日のスペは、いつもの差し作戦から先行作戦に切り替えていた。弥生賞の成績から、差し作戦は周りにマークされる事は想定出来てたし、もっと言うとあのスタミナ補給法がその方が発動しやすいからだった。
予感は当たり、マークを受けて他の多くの出走ウマ娘は先行策。大方スペの前をブロックする事で封じようとしたんだろうが、スペもまた先行策だった事により、バ群を掻い潜られた時点で半ば不発に。
ここで、スペ自身が選んだパワートレーニングが活きた。自らを取り巻くバ群の合間を、強引にこじ開けて前に出た。見てて惚れ惚れしたよ、あそこまでガッチリ嵌まる物なのかと。これで、スペの才能を心の底から確信した。
だから、ここから先は俺のミスだ。
伸びない。スピードが足りない。
スペが遅い訳じゃない。ただ、前の2人がスペよりも速かった。
「凱夏君の言う通りになったな」
セイウンスカイは、スピードを伸ばしてスパート精度を高めてきた。キングヘイローも同様だ。
一方で、スペはスタミナを持て余してスピードに乗れないまま。
思い出すのは、「スタミナは充分」と自分が言ったあの日とそれ以降に始めたパワーの特訓。パワートレーニングでは付随してスタミナも伸びる物だが、その余剰分が明らかに宝の持ち腐れになってしまっていた。
パワーを伸ばさせるなら、余裕を持って早めにスタミナトレーニングを切り上げさせるべきだったんだ。そうすれば、パワーの他にもスピードに意識を割く猶予ができた筈だ。
各々の特訓の特徴を正確に把握してるおハナさんなら、こんなミスは犯さないだろう。完全にトレーナーである俺の失策だった。
「後悔してませんよね?」
問い掛ける声。その主に、俺は飽くまで毅然と応じる。
「当たり前だ。反省はしてもそこは譲らない」
これは俺の指針だ。ウマ娘の意思を尊重し、それを支えるという俺の覚悟だ。
改善点は勿論ある。だがそこを違える事だけは有り得てはならない。デビューから今まで、俺のやり方を信じてくれたスペ達の為にも。
「……俺は、大なり小なり動揺してる娘らを諌めに行きます。なので、スペは頼みますね」
「頼んだぜ」
彼がいてくれて助かった。今まで1人でトレーナー稼業をやってきたが、近い立場で同じ事に気を揉んでくれる人の存在がこれほど頼もしいとは思わなかった。
さて、まずスペと腹を割って話そう。俺達の覚悟を、また改めて決め直す為に。
次回、西崎(スピカトレーナー)に関して解釈違い描写があるかも