それは、皐月賞が終わったその日の夜の事。タイミングとしては、スペと西崎が切り株に叫んでいた頃合い。
「ええ、はい。ご満足頂けたようで何よりです」
学園の敷地、植樹区域の更に奥。そこでまるで隠れるように、凱夏はスマホを耳に当てていた。
「いや…語弊やすれ違いが発生するのは避けたいので言っておきますが、
『…ー………〜……』
「はい。なるほど、承知しました。またご贔屓にして頂ければ幸いです…では、また」
そう言って切れる通話。凱夏はその瞬間、糸が切れたように嘆息しながら背を木に預け、
「相変わらず、上手くやっているようだな」
ビクゥッ!とその声に身体を跳ねさせる。すぐに向き直れば、そこには夜遅くにも関わらずグラサンを掛けた強面の男。
暗がりでそんな人物に会えば小便漏らしてもおかしくないのだが、凱夏は寧ろ安堵した。
「黒沼さんかぁ。驚かさないで下さいよ」
「それはこっちのセリフだ牧路。まさかお前、懲りもせずにまだ続けてたとは」
「あぁっ」
即座に凱夏のスマホを奪い取り、そして目にした通話履歴に顔を顰める。そのスマホは次の瞬間には奪還され、所有者のポケットに仕舞われた。
「やだなぁ、この件についてはお互い看過って事で話終わってるでしょう?心配せずとも迷惑は掛けませんよ」
「掘り返さずとも、終わってない話が幾らでも溢れ返る。お前が首を突っ込んでいるのはそういう問題だ」
「……」
「最初に不幸になるのは確かにお前だけだろう。だが、後からそれに巻き込まれる人達、そして娘達の事を考えろ」
黒沼の言葉が指しているのは、まず間違いなくトウカイテイオーの事だ。そうだと分かっていてなお、凱夏は揶揄うように笑う。
「考えてますよ。えぇ、考えてますとも」
「どうだか」
「本当です。俺には俺なりの算段があります。貴方が三冠を目指すプランがあるように、俺にも俺の魂胆とテイオーの幸せを両立させるプランがね」
自らのこめかみを指で抉るようになぞりながら語る凱夏。そんな彼に怒るやら呆れるやら、黒沼はやるせない内心を吐き出すような大きく溜息をした。これ以上、お互いが譲歩し合う事は無い。
「…何かやらかすと分かった瞬間、俺はお前を告発する。だからーーー」
ーーーやらかしてくれるなよ。
途中で終えられたその言葉の続きを、凱夏は鮮明に悟った。そこに込められた想いに応えるように、深く頷いて返す。
信頼は無くとも、それで通じるだけの信用は、お互いにあったのだった。
〜Side:スペ〜
はい…スペシャルウィークです……皐月賞でセイちゃんとキングちゃんまんまとやられたウマ娘です…。
「スペちゃん元気出して」
あぅ、スズカさんにまで心配されてしまいました。これはいけません。
「はい!スペシャルウィークですぅ……」
「ああっ、尻すぼみ」
ダメです、肝心な所で元気と勇気が出ません…それもこれも、私の目の前に鎮座する物体の所為。
……いや、厳密に言うとそれも含めて全部私の自己責任なんですけれども。
「大丈夫よスペちゃん。確かにあなたは食べ過ぎかなぁって思う事がちょくちょく…割と……結構頻繁にあるけど、そんな酷い事にはなってないと思うから」
「スズカさん、それフォローになってないです」
特にちょっとずつ予防線を緩和してる所が。
……なんて駄々を捏ねても、始まる物はありません。今から始めるのは、私が皐月賞で負けた理由の検証。思い当たった事実の確認です。その為に用意された体重計が、とてつもない存在感で私の前に立ち塞がっています。
(………やっぱりやりたくない……)
今からでも現実から目を逸らしたいと思った、その時だった。
「スペ、スズカ。ちょっと良いかぁ〜?」
「「ゴールドシップさん!?」」
ヒョッコリ顔を覗かせてきたのは、チームスピカの(頼れる)先輩。ちょっと行動が予測出来n(奇想天外な発想で危機を救って来た、ダルルォ⁉︎)人で、でもなんで私達の部屋までd(この学園はアタシの庭だからな!)ちょっと!モノローグにまで入って来ないで下さい!!
「まぁ、アタシはチームスピカのリーダーみたいなもんだからさ。舎弟たるお前達の面倒も見てやろうってな!」
「私達、別にリーダーとかそういう役職は決めてないしそういう風潮も無かったような…」
「細けぇ事は気にすんな!で、ここにリーダーとして提案がある!」
そう言って差し出された一枚の紙。スズカさんと顔を並べて目を走らせる。
その内容とは……
「スピカ対抗・ウェイトバトル〜!」
嫌な予感がした。
「アタシたちゃ麗若い乙女、しかし同時にアスリート!だったら体重管理、減らすも増やすもお手の物じゃなきゃ話になんねぇよなぁ!?」
「だとしてもどうしてこのタイミングで…?」
「こういうモンを手に入れちまったモンで」
そう言ってゴールドシップさんが取り出したのは…駅前の有名スイーツ店!そこの限定パフェ食べ放題チケット!?
「メンバーそれぞれの現在体重と次のレースに向けての目標体重から、一定期間ごとの体重経過を算出!まぁこれはエアシャカールあたりに頼んで偏差基準とかまで数値化して貰うとして、一番目標値を達成できた奴にこのチケットをプレゼントだ!」
「矛盾してるような…体重調整したご褒美が体重増加に繋がらないかしら」
「まぁそこの所も含めての目標設定になるかな。参加は自由だし」
ゆ、優勝景品が激アツ過ぎます……!これは頑張らなければ(使命感)。
「ちなみに参加した場合、目に余るレベルで怠慢した奴はアタシと
頑張らなければ(義務感)。
「という訳でスペ。目を輝かせるなら尻込みしてないで、まず現実を見ようぜ」
突きつけられたその一言が、私を正気に引き戻した。まず見たのが体重計、そしてーー
「そのプニプニのお腹、なんとかしねぇとなぁ?」
「ヒェェェェーッ!!!」
「スペちゃん……」
拝啓、お母ちゃん。
私は頑張ってます。頑張ります。なんとか。
〜Side:西崎〜
よく考えた物だ、と俺は感嘆していた。
その対象は、今テーブルを挟んで向かい合っている青年と、彼から渡された一枚の紙。
「スピカメンバーの体重推移をこう把握するとはなぁ」
「思春期の娘達ですし、俺たち男が直接聞くのは倫理的にもスピカ的にもアウトですから」
飽くまで“ゴールドシップ主催”という体で催される体重調整大会。定期的に行われるそれで集まった各々の体重推移を、主催者であるゴールドシップが俺達に知らせるという形式。
これなら自主性を刺激する形で重じていると言えるし、此方も彼女達の現状について把握出来るから突然の事態にも対応し易くなる。
……ウマ娘達を騙しているようで申し訳無くなるが。
「今までは自分の目測だったんですよね」
「ああ」
「でもやっぱ限界ありますよね」
「……ああ」
薄々感じていた事だ。スペの体重がどれだけ増えたかも0.5キロ単位で見当がつく程度には自分の目に自信はあったが、しかしやはり正確性には欠ける。
またそういうデータを計画的に纏めて未来を見通すのは苦手も苦手で、俺がおハナさんに明確に劣っていると言える点だろう。こうやって自分を省みる度に、彼女の凄さを思い知らされた。
だから、予想外の事や急な路線変更の際にはアドリブで対応するしか無い。これに関しても自信はある方で今までも成功してきたが、しかしこれからも同じとは言い切れないだろう。
故にこそ。彼という新しい風の存在は、俺にとっても本当に助かる。今回の件も、俺から頼み込んで計画して貰った。
「俺はサブトレーナーです。メインは西崎さん、貴方だ」
データ戦法はリギルでの知見、しかしそれをスピカに浸透させたのは他ならぬ彼自信の才覚だろう。
「貴方の柔軟性を、俺が支えます。俺が貴方に寄って、スピカのアドリブをデータで裏打ちする。それが前提だという事を忘れないように頼みます。今回の件でそのバランスが崩れると俺も貴方も困るので」
「そのつもりだ。よろしく頼むぜ」
頼もしくもあり、恐ろしくもある。サブに甘んじているのが勿体ないと思えるくらい、しかし実際サブとしてメインを支え切るその才能が羨ましい。俺は弟子時代、師匠をこれ程助けられていただろうか?
だが、そんな存在が支えてくれるのならば、応えなければトレーナーの名が廃る。ウマ娘が成長するように、その相棒である自分もまた変わる時なのだ。
「だからこそ、次は俺の番だ。アドリブにしっかりついて来てくれよ、後輩君?」
「了解です、先輩」
「ところでだけど、よくゴールドシップを協力させれたな。俺より付き合い短いのに、どうやって手綱を握ったんだ?」
「あー…ちょっとアイツとは取引してるんで。本人も『良いんじゃねーか?本人たちも痩せたがってるし、やり過ぎを止める事にも繋がるんなら』って言ってましたし」
「取引?」
「どこまで言って良いのか分かりませんけd「トレーナー、凱夏ぁ!!お前らも大会参加するよな!?!」やっべ噂をすれば本人だ!」
「逃げるぞ凱夏君!俺は窓かr…ああ!窓に!!」
「おぅふ……」
ウマ娘の体重事情って、トレーナーはどこまで把握してるんですかね?アプリはともかく、アニメだとスペの体重を指摘したトレーナーが蹴り飛ばされてたし、拙作では「ウマ娘の体重を聞くのはトレーナーでも割とタブー的な風潮がある」って感じにしてます
おハナさんみたいに同性同士かつ実績的な信頼を得てたら普通に自己申告してそうですけれども
あと、ウルトラマントリガーを今から見ます(日記)