前話は短かったですしおすし
仕掛けたのはセイウンスカイだった。
(どうせ後ろから一気に来るんだから、仕掛けは早めにっ!)
「なッ、スカイさん…!」
『おおっと、4コーナーを回ってセイウンスカイがここで仕掛けた!キングヘイローを捉えられるか!?』
競り合っていたキングの消耗と、控えているライバルの強襲を鑑みてのスパート。セイウンスカイにとって完璧なタイミングで、故にキングヘイローは追随出来ない。
「あぁぁぁああああっ!!!」
(そんなっ、これ程までに…)
追い付かれる、追い越される、離される。
逃げ戦法への適性が、ここで浮き彫りになった形だった。キングヘイローの足はもう機能しない。
(そ、れ…で、もっ……!)
口を突いて出そうになる弱音を、しかしキングヘイローは噛み砕いた。下を向かなかった。
出してしまえば、下を向いてしまえば、もう立ち直れないと思ったから。
(キング、私は先に向かうよ…!)
待ってるから、という言葉をすんでで飲み込む。そんな事を言わずとも、思わずとも彼女は来るだろうから。
代わりに渾身の雄叫びを上げて、セイウンスカイは聳え立つ坂へと向かう。ただ1人、先頭を独占して。
何度でも言おう。それは最適なタイミングだった。
セイウンスカイにとって最高の時勢でのスパートだった。
だが、それは彼女
激しい悪寒が、セイウンスカイの背筋を貫いた。
「…っ、ーー!」
声にならない呻きを上げて後ろを見る。
いた。
「フッーーーー!!」
紫色の流星が、駆けてきた!
(やっぱり来た……のは分かってたけど、それでも速過ぎるよ!)
焦りも隠さないまま、足に全神経を注ぐセイウンスカイ。
彼女とスペシャルウィークのスパートタイミングはほぼ同じだった。そう、本当に同じだった。
スペシャルウィークはセイウンスカイを基準にしていた。先頭でペースを握る2人の内、彼女が終盤で来ると予想していたから。
当たった予想。そしてスパートを逃せば捕らえられないという経験則。
だから合わせた。そして成功した。
弥生賞でスペシャルウィークに負けたセイウンスカイが、皐月賞では彼女に対抗して勝ったように。
皐月賞で負けたスペが、今度は日本ダービーでセイウンスカイを喰らわんと迫る!
(私は、前とは違うよ!)
(でも、坂は苦手でしょ!?)
交錯した視線で送り合う言葉。前の意趣返しなスペシャルウィークに対し、セイウンスカイは虚勢を自覚した。
そう。虚勢でしかないのだ。
坂に入る。セイウンスカイはそのまま駆ける。最後まで物に出来なかったピッチ走法を諦めて。
スペは、物にしていた。
「やああああああ!!!」
駆け上がる星の光に、青雲が飲み込まれる。
小刻みの
『スペシャルウィークがセイウンスカイにーーー並ばない!並ばないっ!!』
(嫌だ……)
セイウンスカイは拒絶した。
(嫌だ…っ)
同門のキングヘイローを打ちのめしてここに来たんだ。彼女の敗北を、せめて自分の勝利に繋げたかった。
でも、背中が遠い。
だけど、認められない。
(嫌だッ!!)
一気呵成、吠えようとしたその瞬間。
「右から失礼しマース」
青雲は、羽ばたきに蹴散らされた。
(エルちゃん!)
スペは機敏に感じ取った。怪鳥が来たのだと。
赤いローブを靡かせて、その翼を広げたのだと。
「逃しませんッッ!!!」
星を追う怪鳥、その差し足は尋常でなく鋭い。海を割るモーセの如く、風に波立つ芝を斬り裂いて進撃する。
(ミークちゃん演じるスペちゃんムーヴは完璧でシタ!お陰でこの通り、彼女のスパートタイミングへの合わせもOKデェス!)
『やはり来た、やはり来た!飛ぶように走る怪鳥、その名は!!』
「エルコンドルパサー…!」
凱夏の呻きは、観客のどよめきに消える。しかし思いを同じくする西崎にとって、そんな騒音など些事だった。
「どう見る凱夏君!」
「スパートの出鼻は互角、そしてこの詰め方を見るに能力としてはエルの方が上です!勝負は…」
「ああ、リードキープの顛末に依る!」
先に稼いだ分の距離が無くなってしまえば、後はエルの独断場だ。残り200mを千切られておしまい。
スペシャルウィークがこのまま、なら。
(そこで限界を、超えろ……!)
限界とは、無意識に掛けているリミッター。
“ここまで”として制限してしまう余力の底。
それを突き破り、全てを振り絞る根性が必要だ。その為の特訓はしてきた。西崎はその努力を信じる。
スペ自身も、信じている。
「ぐぅぅぅ…!!」
(いける!スペちゃんはもう伸びまセン!)
だが、そう簡単に限界を超えられるのなら、世界陸上が開かれる度に世界記録が更新されるだろう。話はそう甘くない。限界は容易くは破れない。
とことんまで自分を絞らんと足掻くスペシャルウィークに、エルコンドルパサーは悠々自適とばかりに迫った。残り半バ身。
そして並ぶ。いや、追い抜かれる。
(そんなっ…)
お母ちゃんに語った夢が潰えてしまう。
スズカ先輩達の想いを無碍にしてしまう。
ああっ、と言ったのは凱夏だったか。それとも懸命な応援をしていたスピカメンバーか。
(やった!やりました!見てマスかグラス、ミークちゃん!スペちゃんを、スピカのウマ娘を差しました!!)
怪鳥がターフを舞う。先頭で風を裂く。
(このままエルの、勝ちデース!!!)
己を誇る猛き翼が、東京競バ場に翻った。
歓声が、ゴールに向かう勝者に向けて一段と大きくなった。観客席の殆ど誰もが、怪鳥の勝利を確信した。
「…ん?」
「…あっ」
1人を除いて。
「スペちゃーんッ!!!」
サイレンススズカの声が響いた。
スペシャルウィークの中で、爆発が起きた。
(ーーーそうだ)
(ゴールで、皆が待ってるんだ!!)
「うああああああーーッ!!!」
全身全霊の末脚。尽きたと思われた底力が、底無しとなって舞い戻る。
流星が怪鳥の翼を追う、迫る、突き破る!
「なッーー!?」
瞬く間に差し返されたエルは動揺を隠せない。開いた瞳孔が揺れ、隣を駆け抜けんとする星の光を目で追うしか無い。
駄目だ。それだけは駄目だとエルの本能が叫ぶ。
(まだ、まだデス!まだエルの足は残っ…
…あれ?)
しかし、エルの足は主の思いに応えなかった。
「エルの気持ちが切れた!」
(エルちゃんの気持ちが切れてる!!)
凱夏の叫びとセイウンスカイの内心が一致する。
「1回差した時点で満足したんだ!その隙を食い破れェ!!!」
(牽制に気を割き過ぎて自分の消耗に気付けてなかったんだ!まだ諦める時じゃない!!)
「「「「「「「いけぇー!」」」」」」」
「ダァァ…ビィィイィ!!!」
それぞれのエールと思惑を背に受けながら、スペは駆け抜ける。その背に伸ばされたエルの手はしかし、空を切って喘ぐのみ。
「私は…」
『スペちゃんに、スピカに負けたくないからデス!』
「私、は……」
『お互い絶対にモノにしましょう!』
『うん…えい、えい、おー……!』
「私、は…っ」
『お前はレースセンスがある。努力の成果が出せれば、負ける筈が無い』
『エルコンドルパサー。“絶対”を見せろ』
『エル、私は彼をーーー』
「私はァ…!!」
「左から失礼ッ!」
指先が、散らした筈の暗雲に包まれた。ここで、エルの気持ちは完全に潰えたのだった。
2回目の大舞台だった。
前は、私の気の緩みで負けました。完敗でした。
でも、皆がいたから。
皆がゴールで待っててくれたから、私はここに来れました。
ずっと見ててくれたトレーナーさん。
走る目標を教えてくれた凱夏さん。
辛い時に励ましてくれたゴールドシップさん。
ダイエットで心を鬼にしてくれたウオッカちゃん、スカーレットちゃん。
幸運なウマ娘が勝つダービーの為に、四葉のクローバーを見つけてくれたマックイーンちゃん。
一緒に走って、ピッチ走法を練り上げてくれたテイオーちゃん。
そして、スズカさん。憧れでいてくれたスズカさん。
ありがとうございます。
お母ちゃん。コレが、私の恩返しの一つ目だよ。
『夢を掴んだスペシャルウィーク!遂に、夢を掴みましたっ!!!』
これは英国ダービーの話ですが、「ダービー馬のオーナーになるのは一国の宰相になるより難しい」という逸話がありますね。これ、あながち間違いでもないと思います
武豊ですら日本ダービーを中々獲れなかったんですから
エル
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落ち込んドルパサー
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立て込んドルパサー
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道混んドルパサー
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打ち込んドルパサー
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掻き込んドルパサー
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めり込んドルパサー