ターフを前にした私は、一つ深呼吸した。
調子は万全。努力も積んだ。後はそれを見せるだけ。
「芝2400m。いけるな?」
勿論ですわ、と言う意味を込めて強く頷く。
メジロのウマ娘として築き上げた基礎。チームスピカで積み上げた鍛錬。
あと……いえ、これは思うだけでも少し恥ずかしいので一先ず置いておきましょう。
「そうか…凱夏君から言う事は?」
「ありません。仕上がりは完璧と言えるでしょう」
「当然ですわ。メジロ家のウマ娘たる者、摂生は徹底して自制しておりますもの」
「の割には、例の対抗ウェイトバトルの期日直前にスイーツ店前で葛藤してたようだけどな〜」
「なっーー!?」
どこで知りましたの!?と顔を向けると、既にゴールドシップ先輩は素知らぬ顔で口笛を吹いておりました。何しに来ましたの…?
「お前なぁ…和ませたいなら他の言い方あるだろ」
「えぇ〜、ここまで一緒に練習したんだから良いじゃねぇかよぅ?マックちゃんは気負い過ぎる
「リラックスしろと言うのなら、もっとやり方を考え欲しいものですわ」
「いーや、この言い方が1番だって私なら分かるんだ!テイオーの仮専属サブトレが凱夏だってんなら、マックイーンのそれはアタシだからな!!」
「ったくお前って奴は…」
胸を張る先輩に対し、呆れ帰るトレーナーさんと凱夏さん。でもその中で、私は堪えきれずつい笑みを漏らしてしまう。
まぁ実際、ゴールドシップ先輩はここまで結構な頻度で私の練習に付き合って下さいましたし、その分頼りにもさせて頂きました。この事に恩義を感じていないと言えば嘘になります。
なので、ここは彼女の顔を立てて。
「では私だけのサブトレーナーさん。レース後の私の足の為に、冷やす氷を用意しておいて下さいな」
「……っ」
あら?私、何か変な事を言ってしまいましたでしょうか。
「…おうおうおう!婆ちゃんの頼みってんなら苦労も何のその、ツンドラの永久凍土を持って来てやんよー!!待ってろー!」
「誰が貴女のお婆様ですの!?」
硬直したかと思いきや、急に勢いを取り戻して爆走していく背中。全くもう、心配して損でしたわ!
「…さて。ではゴールドシップ先輩が変な物を持ち帰って来る前に、さっさとレースを終わらせて参りますわ」
「お、おう。いつの間にそんな手慣れた扱いを…」
「あら、これが最適解でしたの?覚えておきましょう」
「助かるよ…じゃあ凱夏君、俺たちはもう行こうか」
「婆ちゃん、ねぇ…」
「凱夏君?」
「アッハイ」
その言葉を境に、トレーナーさん達は一歩後ろへ。そして私は一歩前へ。
陽光の差す緑の海へ、踏み出した。
〜Side:スピカ〜
「凱夏急いで!もう始まっちゃうよ!!」
「わーってるわーってる。最前列抑えたな?」
「もちろん!マックイーン、勝てるよね?」
「お前が信じたい物を信じろ。俺はそうする」
「分かった!!」
「ところでだけどお前ら、ゴルシから何か聞いたりしたか?」
「ゴールドシップさんですか?」
「さっき来たけどなぁ…」
「なんかすぐ行っちゃったわよ」
「レース終わる頃には戻ってくる、って言ってましたよモグモグ」
「はぁ?レースが終わるまでの精々数分って事はツンドラ行きじゃないし、だとしたらどこ行ったんだ……」
〜Side:マックイーン〜
レースは
私の作戦は逃げ。しかしスズカ先輩のような大逃げではなく、飽くまでレース全体のペースと比例させての逃げです。
『先頭はメジロマックイーン。ハナを進むッ』
『2番手とは現在1バ身差』
感じる気配を、聞こえてくる実況で答え合わせ。挑発や牽制に乗らないよう、得る情報はそれだけに限定します。
トレーナーさん曰く、私のレベルは既に同年代の娘達とは段違いの域だそうで。崩れなければまず間違い無く勝てる、ならば崩さない事にのみ注意をすれば良い…という判断に至りました。逃げを選んだのもそれが理由です。
その証拠に、ほら。
『ああっと、先頭からの距離がどんどん開いていくぞ!後ろの子達は追いつけるか?』
『メジロマックイーン、掛かってないか心配になりますね』
ただ私のペースで走っているだけなのに、後ろの娘達が脱落していくのが分かる。ならば、と私も足を温存するべく若干ペースを落としました。
ちなみにですが全く掛かっておりません。全ては想定通りです。
(いけるーーーっ!)
私のペースダウンを見て、希望を見出した娘の内心が聞こえてくるよう。少々心苦しいですが、現実というものを教えて差し上げますわ。
もう第4コーナー。私は先頭。
つまり、いつもの勝ちパターン。私の王道に入った。
「貴顕の使命…その為にッ!」
カチンと、私の中でギアが入った音がした。そんな気がしました。
加速する足。耳を薙ぐ風がその強さを増す。
「うそっ…!?」
2番手の娘が動揺したのが分かりました。きっと私のスパートに追いつくべく乗るべきか、まだ足を溜めるかで迷っている。
その隙に、私は全力でスパートを掛けた。
「ああっーー!!!」
躊躇いは命取り。相手が格上なら尚更。
私の走りは、それを許しはしない。悲鳴を背にして尚駆ける。
『メジロマックイーン、強い!強過ぎる!!』
もうセーフティリードも良いところだろう。充分に差をつけた、後は歩いたって勝てる。そんな距離が開きました。
流せば良い。勝って当たり前のデビュー戦、無理して足を壊しでもしたらどうするのか。
(ーーーでも)
『マックイーンはさ、凄いウマ娘になるぞ』
『…お世辞ですの?』
『いんにゃ、分かるんだ。運命って奴?』
ああ、いけすかない顔が脳裏に過ぎる。
『マックちゃんはな、強過ぎて周りが退屈すんだ。でも、その退屈も笑えちまうぐらい、そんぐらい皆に好かれるウマ娘になんだよ』
…やめてくださいまし。
『…だからさマックイーン、折れんなよ。絶対報われっからさ』
そんなに無条件に信じられてしまえば。
「応えざるを得なくなるじゃありませんのっ………!!」
スパートに次ぐスパート。
全身全霊で、余裕として残していた体力を己の火に焚べる。
線になる風景のその先に、ゴール板が見えた。その反対側には、こちらを見て喜色の歓声を上げるテイオーの姿。
なるほど。ライバルをも魅了する走り、という事ですか。
この渾身の走りがそうならば、なるほど。少なくとも悪い気分ではない。
『今ゴール!…え?ジュ、ジュニア級のコースレコードです!!』
実況と共に湧き上がる歓声を一心に浴びながら、私は思案する。
(最後の走り…恐らく、スペ先輩のと同じ)
スズカ先輩を想って繰り出したというあの末脚。もしそれと等しい物だとすれば。
「嘆かわしい物ですわね。最初に思い浮かんだのが、メジロ家の皆でも誰でもなく」
あの素っ頓狂な、でも美しい芦毛の笑顔だったなんて。
その事実と自分に呆れながら、私は観客席に向けて手を振ったのでした。
……って、お待ちなさい。
ゴールドシップさん、どこにもいらっしゃらないじゃありませんの!?!!?
ちなみにゴルシはヒマラヤ山脈の氷を予め空輸してもらってました。席を外したのはその受け取りの為
レース後に受け取りに行くつもりだったようですが、大好きなマックちゃん直々の指令にハッスルして秒の遅れも無いようにすぐ取りに行っちゃいました
お陰でマックイーンの足はすぐ冷やせましたが、本人の機嫌は悪くなりました
〜〜
「トレーナーさん。私決めました。明日のレースに凱k…テイオーのサブトレーナーさんを呼んでください」
「とうとうやるんですねミーク!…って、あれ?テイオーさんじゃなくて良いんですか?あと凱夏さんと知り合ってたの?」
「あっ、うん、テイオー達は自分で呼びましたし。凱夏はちょっと昔に……トレーナーさんも知ってるの?」
「ええ!尊敬する先輩です」
「……そう。じゃあ、これ渡してくれませんか」
「果たし状ですか、風情があって良いと思います……が、あなたが直々に呼びに行っても良いんじゃないでしょうか?」
「ギリギリまで秘密にしたいの。お願い」
「そういう事なら、この桐生院にお任せあれです!!」
「ありがと」