あと最近、銀河旋風ブライガーのOPにハマりました。何が発端かは察してくれ
凱夏は公園にいた。
東京は府中、トレセン学園のすぐ近く。生徒も時折トレーニングに立ち寄るその公園で、彼は1人ベンチに座って空を仰ぐ。
雲一つ無い快晴。そこに燦然と輝く太陽が、彼の網膜を焦がした。
「……あ゛ぁー」
よだれを垂れ流すゾンビのような声を漏らしながら、脱力。その仕草には、年相応の男性ならではの活力はまるで見受けられない。
一応、よだれは垂らしてないし別に肉が腐ってる訳でもないのだが、兎に角だらしが無かった。お前それで良いのか。
と、そんな折。
「うわーん!帽子がー!!」
子供の泣き声。顔を向けると、そこには木の枝に引っかかっている帽子とそれを指差す女の子。風の所為かそれとも帽子投げでもしていたのか、とにかく涙を流す少女を親と見られる2人が必死にあやしている。
「…うーん」
なんか出来る事あるかなぁ。無いかぁ。無いなりに取り敢えず話を聞くかぁ。
的な事を考えていた、その時だった。
風が、通り抜けた。
それが風だと認識し、そしてただの風ではないと判別出来たのは、一重にこれまでのサブトレーナー稼業が無駄ではなかった事を示していた。だが、今の凱夏にとってそんな事はさほど重要ではなかった。
翻る
たなびくポニーテール。
すれ違いざまに瞳が捉えた、前髪に煌く一本筋の白。
「…待っ」
止める暇などある訳が無く、そのまま彼女はダンッ、と跳躍。子供と両親の頭上を遥かに飛び越え、枝に引っかかった帽子を確かにその手に掴み取る。
そのまま、体を上手に捻って足を下に。見事なまでに足のバネで衝撃を殺し、地面へと俊敏に着地する。
そこに以前の危うさは無い。完成された、しかしまだ進化の可能性を秘める身のこなしだった。
(…ここまで成長したのか)
“俺の言いつけを守ったのか”と不意によぎった考えを、凱夏は己の傲慢として切り捨てる。これは誰のお陰でもない、彼女自身の努力の結果だろうから。
遠くの彼女は、少女に帽子を手渡し微笑んでいる。とんでもなく成長したものだ。それでこそルドルフを超えていく者だと、凱夏は内心で褒め称えるのだった。
きっと彼女は、自分との一方的な約束なぞ忘れて、然るべき相棒と然るべき栄光へ突き進むのだろう。そう思って、彼は穏やかに目を伏せた。
「久しぶり、おじさん」
伏せられなかった。波乱が、いつの間にか目の前に立っていた。
「…お兄さんと呼ぶつもりは、無いんだな」
「えへへ。こちとら無敵のテイオー様だからね。下々の事情に耳を傾ける暇など無いのだよ」
誇らしげに鼻を擦ってこちらを見下すその姿は、まさしく前のクソガキそのままだった。変わった少女の変わらない内面に、思わず笑みが頬に溢れる。
「凱夏」
「何だ、テイオー」
「ボク、明日の選抜レースに出るから」
一方的な通告。それは、最早単なる報告では無く“要請”、或いは“命令”にすら近い。
「ボクの走りを見て。それで、決めて」
「…何をだよ」
「ボクとの約束に、従うかどうかだよ」
太陽を背にニシシと笑うテイオー。その唯我独尊な笑みに、凱夏は思わず見惚れてしまうのだった。
〜〜
時刻は昨日の夜に遡る。
〜Side:テイオー〜
「凱夏がトレーナーを辞めるのぉ!?」
「分からないわ。ただ、ここ最近の彼の態度からは前のような意欲が感じられないのよ」
「今まで辞めていったトレーナーと同じように、な」
ハナさんと会長の言葉に、ボクの頭は真っ白になった。それってつまり、凱夏はボクのトレーナーになる気が無いって事?
そんなの、あんまりじゃないか。
「おハナさん、あの事は話しても良いかい?」
「…私の負い目だから正直好ましくないけど、良いわよ。その必要がある」
「ああ、ありがとう」
「何の話ですの?負い目とは?」
「サイレンススズカ、という名は聞いた事があるだろう」
「勿論ですわ。チームスピカの切り札、稀代の逃げウマ娘。」
マックイーンの問いに、会長が出したのは無関係な筈のウマ娘の話。いったい、どういう事なんだろう。
「彼女はね。元はリギル所属で、牧路君の仮専属だったのよ」
「「えっ…」」
「おハナさんが、彼のサブトレーナーとしての技量と経験値を見計って任せたんだ。私もその方針に賛成した」
凱夏には、ボクの前に担当している子がいた。しかも、それがまさかあのサイレンススズカだっただなんて。
でも凄いじゃんか、あんなウマ娘を育てるなんて。なのになんで、会長とハナさんを不安に思わせるぐらい意欲を失ってるの?
「でも、それは結果的に間違いだったのよ。私の落ち度ね」
「おハナさん、貴女だけの責任じゃない」
「逃げを貫きたいスズカに先行策を押し付けて、その役回りを牧路君に一任したのは私よ。私が責任を取らずに誰が取るのよ」
「……つまり、2人の関係が上手くいかなくて、サイレンススズカがスピカに行っちゃったから凱夏はやる気を失くしちゃったって事?」
「簡単に要約すれば、そういう事になるな」
なんてこった、という言葉が口から思わず溢れ出た。このままじゃ、ボクの学園生活の計画が最初からオジャンじゃないか。
ボクの才能を一目で見抜いた彼なら、一緒に頑張れると思ったのに。凱夏と一緒なら、どこまでも駆け上がれると思ったのに。
「…認めるもんか」
「テ、テイオー?」
「ボクが引き戻してやる!」
「テイオー!?お待ちなさい!」
止めないでよマックイーン!今から腑抜けた凱夏を蹴り飛ばしに行くんだ!!
「そもそも牧路さんが何処にいらっしゃるか知らないでしょう貴女!」
「あっ」
我に帰ったボクを見て、マックイーンは呆れたように額に手を当てた。な、なんだよ。そんな「この娘、私がいないとダメダメなのでは」みたいな目で見ないでよ……。
そんなボク達の様子を見て、会長が口を開いた。
「…テイオー。遅れて気になったんだが、凱夏君とはどんな接点があるんだ」
「去年のダービーの前、公園で遊んでたら偶然会ったんだ。ボクの足を見て、一目で一級品だって見抜いてくれたんだよ」
「という事は、その後私とキミが出会った日本ダービーの記者会見で、君と凱夏が会うのは2度目だった訳だな」
「うん。あの後も会話して、ウマが合うなぁって思ったのに……」
「……ふむ」
「ルドルフ?」
口に手を当てて思案する会長。何か思いついたのかな?物思いに耽ける姿もカッコ良い。
「テイオー。選抜レースは明後日だったな」
「そうだけど…」
「凱夏君は、毎日昼をトレセン直近の公園で過ごすんだ。そこでねーーー」
〜〜
選抜レースの日。ボクは準備運動を済ませて、ターフの上に立っていた。
周りには同じくレースに出るウマ娘、観客席にはスカウトに集まったトレーナー諸君。その中には、サイレンススズカを凱夏から奪ったあのチームスピカのトレーナーもいた。
意外だったのは、トレーナー達に紛れてチラホラと観客席にいるウマ娘、その中にマックイーンがいた事。
(どうしたのマックイーン。君の選抜レースは?)
(私の出る距離部門は明日ですわ。今目の前の試合に集中なさい)
(でも、わざわざ来る必要無いじゃん。明日のレースに備えなよ)
(貴女が何かやらかさないか心配でそれどころじゃないんですの)
やっぱりボクの事を手のかかる妹か何かだと思ってるよー。目に物見せてやる!
そんな事をジェスチャーで会話しながら、もう一度観客席を見渡す。
……やっぱり、彼の姿は無い。
どうしようか。マックイーンに探してもらえるよう頼もうか。でもそんな時間無いしな…
「これより、トレセン学園中等部、中距離選抜レースを行います。登録生徒は速やかにゲートに入って下さい」
あぁ間に合わない。どうしよう。走る意味あるのかな。
いや、もしかしたら凱夏が普通に部室に戻ってボクのレースの記録映像を見るかも知れないんだ。不甲斐無いレースなんて記録に残せない、そんなザマじゃ会長には到底追いつけない。
そんな悶々とした気持ちを抱えてゲートイン。負ける気はしない、けれど勝ちへのモチベーションが思うように上がらない。そんな状態で、ボクはゲートが開くのを待った。
バンッ、という音。反射的に足が前に出る。
『各馬一斉にスタート!皆一様に綺麗なスタートを切りました』
実況の声が場内に響き渡る。頼り切るのはいけないけど、大まかな情報を知るには良いかもしれない。頭に留めておこうかな。
スタートダッシュに失敗した子はいない。この学園に入れてる以上、皆なんだかんだでエリート揃いなんだ。これくらいは普通にこなしてくるだろう。
『先頭は3番スイートポリシー!バ群を引っ張り突き進む、大逃げの姿勢だ!!後ろの子達はついて来れるのか!?』
(いや、アレは焦り過ぎだよ。巻き込まれずに体力を温存しよう)
第一コーナーに差し掛かり、回る、回る。ボクの位置は先頭から4番目、一番得意な場所だった。
ーSide:リギルー
「あの子、良い位置につけてるじゃない。勝てると思う?」
「勝つさ。テイオーには何か運命的な物を感じているからね」
「ふうん」
「それに…」
「?」
「凱夏君が、才能を見出している」
「なるほど、なら勝つでしょうね…おハナさん、凱夏さんは見てると思う?」
「彼が約束を破った事は無いわ」
「あらあら、2人とも随分と信頼してるわね。私妬いちゃいそう」
「君も大概だろう、マルゼンスキー」
「私は彼のアッシー君ならぬアッシーちゃんだもの、そりゃ頻繁に送り迎えしてれば仲もチョベリグよ」
「ごめん今なんて?」
「君と凱夏君がドライブを共にしたのはほんの数回だし、その度に彼は死にそうな顔になってたぞ?顔“付き”が“月”のように白く“憑き”物……フフッ」
(エアグルーヴたすけて、リョウ君たすけて)
ーSide:マックイーンー
「ぐぬぬぬ…先行策というのは、自分でやるならともかく傍から見てるとこんなにも擬かしいのですね」
「ヘーイ、ゴルシ焼きそばー。ゴルシ焼きそば安いよー」
「ああもう、そこにいたらバ群に呑まれてしまいますわ!垂れウマになってしまえば元も子も無いのですよ!?」
「今ならートッピングに辛子入りー。ハバネロも付いて激辛ですよー」
「不安ですわ、不安ですわ…どうか斜行だけはしませんように……」
「ヘイヘイそこのメジロお嬢様、焼きそば買ってかない?今ならマスタードにさらにトッピングゥ」
「凱夏さんとやらの姿も見えませんし、途中でメンタルが切れたりしなければ良いのですが」
「しゃあねぇ大盤振る舞いだ!カスタードホイップをプラス!これでどぉだぁ!?」
「えっ、カスタード?!……ってそうじゃありませんわ!さっきから耳元で騒がしいんですの!お黙りになって下さいます!?」
「ちなみに凱夏は来てるから安心しろよ、マックイーン」
「…え?」
「じゃあなー」
「ちょっ、お待ちなさ…ああもう、レースが佳境ですわ!かっとばせー!テイオー!!」
〜Side:テイオー〜
何か大きな波乱があるでも無く、順調にレースは進んで最終コーナー。ボクは一切の調子を崩さないまま、万全の状態を保ってここまで来た。
(後は、良い頃合いで上がっていけばそれだけで勝てるかな)
なんて事を考えながらコーナーを加速。1人、また1人と追い抜いて2位。後ろの子達はもう、ボクのスピードについて来れない。
でも意外だったのは、前を走るスイートポリシーというウマ娘。明らかに掛かり気味だったのに、結局最後までペースを大きく落とす事は無かった。限界を超えているのは、後ろからでもハッキリ分かる程なのに。
(念の為、早めにスパート掛けようかな)
そう考えた、その時だった。
「…あ」
見えた。コーナー中間地点の正面、観客席の背後の土手。
そこから此方を一直線に見つめる、一つの影。
(……ハハッ。何考えてたんだろ、ボク)
“勝てるかな”?“念の為”?
何を甘ったれている。
(凱夏に夢を見せに来たんだろ、トウカイテイオーッ!!)
ボクは風になる。全力で上体を倒し、自重すら加速に変える。
倒れそうになる。でも倒れない。ボクの関節はそんな柔じゃない。いや、柔か。柔だからこそ倒れないんだ。
そこで見てて、凱夏。ボクが夢になる瞬間を。
(キミの夢がボクになる瞬間をっ!!)
『ッ!?テイオー急加速!なんだこの速度は、今までは歩いていたのかと思う程のスピードだぁ!!!』
スタンドのどよめきが聞こえる。でも、ボクには関係無い。
「いいぞテイオーーーッ!!」
ありがとう。でも君じゃない。
「そのまま差し切ってー!!」
ごめんね。君でもないんだ。
『上がってきましたのはトウカイテイオー!しなやかな走りで先頭につけていきます!』
「無理〜!!」
追い越した娘の悲鳴も、すぐに背景に溶けた。ここから先は、ボクだけの物だ。
「へへっ…1着は、ボクがもらうよ」
それもただの1着じゃない。帝王の走りを見せてやる。
目指すゴールはただ一つ。そこにさっきの影を重ねれば、足の回転が一層早まった。
『トウカイテイオー、伸びる伸びる!!悠々と駆け抜けるその背中に、誰も追いつく事が出来ないっ!』
これがボクだ!ボクだけを見ろ!
ボクこそが絶対の帝王だ!!
その走りのまま、ゴール板を走り抜けた。自分でも予想外のスピードに、予想以上にブレーキが効かずに大分オーバーラン。最後の最後で締められなかったや。
でも、今までで一番、渾身の力を出せたスパートだったと思う。
『2着に7バ身差をつけ、今ゴールインッ!選抜レース1着はトウカイテイオー、圧倒的な強さを見せつけました!!』
興奮冷めやらぬ実況と観客席を尻目に、ボクはその向こうの土手を見据える。そこにある一つの影に、拳を突きつけて笑った。
届くかな?届いたかな?ボクの熱意、想い、君に。
ふと、息を吐くような笑みが見えた気がした。届いたという確信が、胸の奥に芽生えた。
影が建物の向こうに消える。それを見届けて、ボクは確かな手応えと共に控え室に戻ったのだった。
ウマ娘のトレーナーは基本的にベテランチームのサブトレーナーとして下積みする、と言うのはアプリからの設定ですが
本作ではその他にも、業務に慣れて来たとメイントレーナーから判断された場合、サブトレーナーは「仮専属」という形でチームのウマ娘1人の重点的育成を任される場合がある……という独自設定を設けております
凱夏の場合はスズカがそれでした。そしてやらかしました