「よし…ッ!」
スズカのG1初勝利。それを見届けた俺は、喜色を露わに拳を握り締める。
全てが上手くハマった。スズカの最高速を維持する走りがここに完成した。諦めなかったスズカの努力が漸く身を結んだんだ、こんなに嬉しい事があるか。
「よくやったぞスズカ…!!」
観客席へと手を振る彼女の姿に目頭が熱くなる。こんなんじゃ、まるでアイツの親みたいだな。
移籍して1年目は、俺が包囲陣に適応出来なくて中々勝たせてやれなかった。スズカは自分の走りが出来る事で「楽しい」と言ってくれてたが、それでも勝たせてやれない自分の無力を呪ったものだ。だからこそ、今この瞬間に興奮が止まらない。
「スズカ先輩…カッコイイ……!」
「せんぱーい!こっち見てー!!」
「こらテイオー、はしたないですわよ…気持ちは分かりますけれども」
「すっげ…追いつけるかな俺」
「はぁ?アタシは追いつくつもりでいるけど、アンタがそのザマじゃ拍子抜けね」
「なんだとォ!?」
「すげぇよスズカは…フヘッ」
…で、だ。
(さて、凱夏君はどんな顔してるかね?)
自分が教えた走りを、無駄に終わったと思っていた走りをスズカがモノにして勝利したんだ。トレーナー足る者、これで興奮しない訳がない。どれだけ心がドン底にあろうと奮起しない訳が無い。
(さぁ、どうだ…!?)
「スズカは万全ですね。次の毎日王冠も楽勝でしょう」
は?と声が漏れた。
「は?じゃないですよ。西崎さんがスズカと決めた目標じゃないですか」
「えっ、いやぁその…他に無いの?」
「スズカが圧勝を決めてくれたのは素直に嬉しいですし、息を入れる手段を確立したのは今後にも活きるなぁと。でも他には特に……」
…オイオイオイ。凱夏君、君って奴はまさか。
「気付いて、ないのか…?」
「…何にですか?」
冗談でも隠し事をしてる訳でもない、至って真面目な真顔での問い掛け。それを目の当たりにした俺は思わず天を仰ぐ。
「あの走りは君が教えたヤツだろう…?」
なんで分からない。前に練習場で見せられた時にはすぐに勘付いただろうに。
俺だけじゃスズカを勝たせられなかったんだ。君のお陰なんだ。
君が教えた走りが、スズカを勝利に導いたんだ。喜べよ。喜んでくれよ…!
「…!」
その瞬間。スズカの走りを思い出したのか、凱夏君の顔色が変わった。
「あぁ、確かに!…ってマジですか!?どうして今になってあの走りを?!」
すぐに驚きと複雑な喜ばしさを表情に浮かべて慌てふためく彼を前に、俺はやっとこさ説明に入る。
よく聞けよ。君がスズカに残したのは、決して悪い影響だけじゃないって事を。
「スズカはな、ずっと先行ペースの走りを練習してたんだよ。君の教えを無碍にしたくなくて、1人でずっと。いつでも思い出せるように、忘れない為に」
「……そんな……」
「だから俺が提案したんだよ、スズカの逃げにその走りを組み込む事を。君が先行策を教えたからこそ、スズカは今回勝てたんだ」
君がスズカに貢献したんだよ、凱夏君。
その事を伝えられた彼は、暫くの間俯いて思案する様子を見せた。下に向けられたその表情を、こちらから窺い知る事は出来ない。
やがて顔を上げた彼は、複雑な表情で空を仰ぎ見た。
「……俺は、俺が思ってるよりもスズカに想われてたんですね」
「そういう事だよ」
これで、彼は自分の本当の過ちに気付くだろうか。
無闇にスズカと距離を置こうとした事を。
自分を貶め続け、結果自分を大切に想う人達に不義理を働いていた事を。
この俺のお節介が、あわよくば彼の人生に光明をもたらすキッカケになればと。そう思って、俺は彼が次に口を開くのを待った。
かくして、凱夏君は微笑む。
「……ありがとうございます、西崎さん。お陰でちょっと、自分の過去に収まりがつきました」
「なら良かった。スズカにも感謝しろよな」
「えぇ。これからは、自分からもうちょっと話しかけてみます」
2人して笑い合い、そしてこちらに手を振ってくるスズカに応えた。
この後、特に異変も無く事は進む。
スペ達を引率し、スズカを迎えて、途中テイオーが迷子になったのを皆で探して見つけ出して。そしてそのまま、学園に帰って祝勝会。
そこで凱夏君とスズカが朗らかに話してるのを見て、俺は心底安心したのだった。
アレから2年。もしこの時に戻れるなら、俺は過去の俺を殴りたい。
本当に無思慮だった。彼の幸せを願うなら、こんな押し付けじゃなくて面と向かって話し合うべきだったんだ。
俺は大馬鹿者だ。優しさを勘違いして、下手な先輩風吹かせて調子に乗った道化だ。
その結果、どうなった。
祝勝会が終わって解散した後、凱夏君が自室のトイレで吐いた事なんて俺は知らなかった。
本当に寄り添えていたなら、そもそも最初に顔色が変わった瞬間に異常に気付けていた筈だった。
何か一つでも、俺がアプローチを変えていれば……
君がそんな
そうだろう、凱夏君。
〜Side:テイオー〜
それは、トレーナーと凱夏がボク達を引率しようと纏めていた時の事。
(あっ
人混みの中で、ふと見えたボクと同じ色の、でも黒が混じったカッコイイ色合いの髪。それが、僕らと同じ観客席の最前列にふと見えた。
でも、リギルメンバーは関係者用席で見てる筈だよね?会長だって、ボクの選抜レースの時にはそこで見てたし。なんでわざわざ一般席に来てたのかな。
まぁ良いや、これはチャンスだ。久しぶりに会長とお話しできる!
「ごめんマックイーン、すぐ戻るから」
「えっ…?」
唖然としている間にスルリと抜け出す。目指すはさっき見つけた緑色の服。
「ちょっ、テイオ…!」
「あーマックちゃん、ストップ。ちょっとだけ自由にさせてやろうぜ」
「ゴールドシップさん…?いやしかし、このままでは迷子に…」
「無い無い。今のアイツは運命に惹かれてるからな、道を間違えたりはしねぇよ」
「運命…?要領を得ませんわね」
「うーんそうだな、身近な例で説明すると…毎月1回、マックちゃんが皆に秘密でスイーツ店行ってるのを、アタシが散歩してたら偶々毎回目撃しちゃうみたいな?」
「嘘でしょう…バレてたんですの……?」
人混みをかき分けかき分け、摺り抜け摺り抜けて。
捉えた。
「カイチョー!」
「……」
「あれ?カイチョー?」
「…おっと、テイオーか。元気だったか?」
「うん!帝王らしく王道の溌剌さだもん!」
何だろう、いつもの会長らしく無い。なんかボーッとしてたみたい。時折生徒会室に遊びに行っては会長と遊んでるボクだけど、こんな感じは珍しい。
いや逆か、一つの事に集中してたんだ。会長は色んな物を常に取り入れてて、まるで聖徳太子みたいなんだけど、今はなんかある一点に気を取られて他の事が見えてないみたいだった。
えっと、さっき会長が見ていた方向には…あ、そういう事。
「エアグルーヴを見てたの?会長」
「あぁ。彼女のレースだからな」
「いやそうじゃなくて…いや、まぁそういう事でいっか」
レースはとっくに終わってるんだけど、という言葉を飲み込む。会長の事だ、きっと何が深い考えがあるんだろうし。
「よく見ておくと良い、テイオー。エアグルーヴは正に威風凛然、女帝に相応しい立ち姿だ」
「へぇー。ボクの帝王らしい威厳も、エアグルーヴの真似をしたらもっと研ぎ澄まされたりするのかな?」
「間違いなくレベルが跳ね上がるだろうな。それだけ彼女は素晴らしい。どこを切り取っても威厳を
「えぇ〜、なんか窮屈そう…」
「テイオーも成長すれば分かるさ。だが特に今日のレースは凄まじかった、特に最後のスパートでの詰め寄り。今回のレース前は珍しく不安定な様を露呈していたがなんのその、まるで吹っ切れたように大地を踏み締め駆け抜けるその力強さのなんと頼もしい事か。どんな苦境にあろうと輝いてみせるその強さ、本当に見る度に惚れ惚れとする」
「か、かいちょー?」
あれ?なんか風向きがおかしくなってきたぞ?
「それに見たまえ。結果こそ3着なものの、それに臆せず胸を張る彼女の勇姿を。しかしそうでありながら驕らず、勝者であるスズカを称える潔い魂。だがその瞳に燃える炎の熱がこちらにも伝わってくる、彼女はスズカ打倒に向けて熱く燃え盛っている。この向上心、ウマ娘の鑑と言って何の差し支えがあるだろうか?」
「か、かいty」
「嗚呼、本当に素晴らしい。理想でも使命でもない、そんな言い訳など用いずとも彼女は既に素の姿から女帝なんだ。生徒会室で業務に当たっている時だってそうだ、何か用件がある時には皆誰もが最初にエアグルーヴを頼る。私はそれをエアグルーヴ越しに聞くのが主で、これは彼女が生徒達に対し真に寄り添っている事の証左と言えるだろう。だから彼女の周りには善き友が集い、善きライバルが相対する。いやはや、私よりも彼女の方が生徒会長に相応しいのではないかと不安になる時すらある程だ」
「かi」
「それに聞いてくれ!彼女は自他に厳しいが同時に本当に愛らしい一面があってな、そのギャップがまた愛しいんだ。特にあの雷の日なんて…いや、よそう。聞いてくれと言ったが撤回する、これはエアグルーヴの沽券に関わる話だからな。くれぐれも他言無用で頼むぞ?まぁとにかく、エアグルーヴは凄い!素晴らしい!!頼もしい!!!可愛い!!!!太陽!!!!!女帝!!!!!!」
「ストーップ!!!」
駄目、もう限界!なんか会長おかしいよぉ!!
「む…すまない。このままだと3日程喋り倒す所だった、止めてくれてありがとうテイオー」
72時間も何を話し続けるつもりだったの?そしてボクは危うくそれに付き合わされる所だったの!?
「会長の話は好きだけどさぁ。このボクという天才ウマ娘が目の前にいるのに、他のウマ娘の話なんてしないでよー!」
「申し訳ないとは思っているが、最初にエアグルーヴの話題を切り出したのはテイオーじゃないか」
「ぐむっ…で、でもさ。会長は誰よりも強くて凄くて偉いウマ娘なんだから、誰かを見習う必要なんて無いんじゃなーい?」
「…凄くて、偉い?」
苦し紛れにボクが叫んだ言葉に、僅かに会長の体が揺れた。ふと見ると、その目がなんか大きく見開かれてる。
「…テイオー。君から見て、私は凄いウマ娘か?偉いウマ娘か?」
「え?そりゃそうでしょ、会長はこの学園で1番強いウマ娘なんだし」
今この学園にいるウマ娘で、会長に勝てるウマ娘なんていない。会長の前に三冠を獲ったミスターシービーってウマ娘だって、会長は難なく倒しちゃった。
それぐらい強いんだから、つまり凄くて偉いんじゃないの?
「テイオー。私はただ強いだけだ。凄くも偉くもない」
でも、会長自身はそう思ってないみたいで。
「強いから生徒会長になれた、強いから自分の理想を進めた、それは間違いない。だけど、ただそれに憧れてキミが私を目指すというのなら…やめておけ」
「なんで?皆会長を凄いって言うじゃん、偉いって言うじゃん。他ならないボクだってそう思ってるもん!」
「…そうか。至極恐悦、私に憧れてくれてありがとう、テイオー」
だが、と続けられたその言葉に、ボクは思わず顔を引き締めた。
「もし君が私と同じ道に辿り着かんとした時…きっと、私が言った言葉の意味を知る事になるだろう。覚悟しておけ」
紡がれたその文に、深い絶望を感じ取ったから。
「強さしか持たない走りは、ただ絶望を齎すのみという事を」
【牧路凱夏のヒミツ①】
昼に食堂で食べるのはプリン一皿のみ