「カラオケ行くぞ」
「えっ」
そう牧路先輩から一方的に告げられて、寮から引き摺り出された夏季休暇の初日。気が付けば、私は実に煌びやかなカラオケ店の一室に座っていた。
隣にはなにやらメニュー表を楽しげに捲っている牧路先輩。そしてその向かいには、呆れ果てた表情で溜息を吐く青年の姿が。
「えーと、桐生院さんで合ってますよね?」
「あっはい。貴方は…」
「南坂カイと言います。事情はまぁ…分かってるつもりです」
「そう邪険にするなって。同じトレーナーの道を目指す物同士、仲良くしようや」
投げ掛けられた胡乱げな視線に不服を示して、牧路先輩は私の方に向き直った。
「今自分で紹介したけど、コイツは南坂カイ。俺の親友」
「腐れ縁ですけどね」
「誰がなんと言おうと親友なんだ。まぁ俺と違って優秀な奴だし、ガチで困った案件はコイツにぶん投げろ。桐生院家ほどじゃねぇけど実家が太いから最悪マニーパゥワーでなんとかしてくれる」
「は、はぁ…よろしくお願いします」
「考え得る限り最悪の紹介方法だって分かってますよね!?思いっ切り引かれてますけど!」
「良いじゃねぇか、下手に誤魔化すよかマシだマシ」
どうしよう。この人と友達になって良かったんだろうか、と今更後悔し始めている自分がいる。
いやまぁ、元の友人たちとの関係は今よりも不健全だったと最近分かり始めてはいるのだが…。
「とにかくだ。桐生院、お前“リラックス”の5文字って知ってる?」
「セロトニンが分泌されてる状態の事ですよね」
「ほら、この有様だ」
「あー…確かに重症ですねコレは」
えっえっ、待って下さいなんで牧路先輩はともかく南坂先輩までそんな反応なんですか!?
「良いですか桐生院さん。僕が貴女の顔色から読み取った限りでは軽く3日は寝てないでしょう」
「2週間寝てません」
「……」
そこで黙らないでくださいよ!私がおかしいみたいじゃないですか!!
「一応言っとくとな、普通におかしいんだなコレが」
「マジですか」
「大マジのマジ。擦り切れる寸前の気絶でしか休めなくなってんだよ、お前」
その言葉で思い出されたのは、牧路先輩と初めて会った日の放課後の気絶。うん、確かに言われてみればその通りで、何一つ反論できない。
「それに加えて同級生からの課題の押し付けと圧迫によるストレス。今の貴女、多分結構危険な状態ですよ」
「だからこそのこのカラオケって訳だ」
そう言って牧路先輩が投げて渡してきたのは、歌のコード表だった。
「全力で歌えばそれだけでストレス発散。しかもそれなりに体力使うから、程々な疲労をきっかけに休息を促せるはずだ。得意な曲を全力で熱唱しな、俺もそうする」
「で、私はそれに際するお目付役と送迎役って訳です。私たちは皆一様に未成年なので飲酒みたいな真似は出来ませんが、多少のハメ外しならフォロー出来るのでご安心を」
「えっ」
「えっ、って何ですか。まさか飲んで飲ませるつもりだったんですか」
「……」
「オイ」
尋問が始まった先輩方の隣で、わたしはコード表に目を通して行った。確かに先輩方の言う事には一理あって、そして自分を見つめ返す為にもこのカラオケはいい機会だと言える。
そして探し出した一曲。コレを歌うことにしよう。
「えぇと、曲が始まったらこのマイクに向かって歌えば良いんですよね。カラオケに来るのは随分久しぶりな物で」
「そうそう。マラカスとかで応援するから全力で歌えー!」
「は、はい!では予約します!!」
「1人だけノリが宴会なんですよねぇ……」
声援を受けて、私は音楽機器に手を伸ばした。
壁にかけてある電話へと。
「もしもし」
「なんでやねん」
手に取った瞬間に奪われて壁に掛け直された。どうして?さっきまで応援してましたよね?
「さっきも皐月も弥生もあるか。音楽予約はこっちのタブレットだタブレット」
「ぐぅっ」
な、なんたる失態。桐生院家の令嬢ともあろう者が、こんなザマでは父祖に申し訳ががが……
「牧路さん。ちょっとさっきから予想を超えて来てるんですが」
「違いない。桐生院家当主め、明らかに娘の育成バランスをミスってやがる」
うわー!先輩方からの視線が痛い、ここは早く歌って挽回しなくては……!
よし、予約完了!!
「桐生院葵、いきまーす!」
「(やっと主題に入ったよ…)よーしやっちまえー!!」
「(このまま気分良く熱唱してくれれば御の字ですね)頑張れー!」
「どんぐりころころ、どんぐりこ。小池にはまってさぁたいへん」
\\ズコー‼︎//
今度は何ですか!?2人揃ってソファごとひっくり返って!
「い、いや、大丈夫だ。続けてくれ」
「すみません、どうやらソファの据え付けが悪かったようです。どうぞご自由に歌って下さい」
「いぬのおまわりさん、困ってしまって」
「シャボン玉飛んだ、屋根まで飛んだ」
「ぞうさんぞうさん、お鼻が長いのね」
…あの。
「先輩方は何で膝を突き合わせて唸ってるんですか?」
(お前のレパートリーが疲れようの無い穏やかな童謡オンリーだからだよぉ!!)
(箱入りレベルを舐め過ぎました…この娘、本当に“外”に触れた事が無いんだ……!)
聞いても苦悶し続ける2人を相手に、私はキョトンとするばかり。まぁ久しぶりに歌ったことで幾分リラックス出来たので調子良いんですけどね。ただ全く疲れてなくて、程よく休めそうかというと不安が残るというか……。
「…桐生院。次は俺が行く」
「え?あ、是非どうぞ」
と思ってたら、今度は牧路先輩が歌うようで。彼の歌が聞ける事について、内心に思ったよりもワクワクが湧き出てきた事に自分でも驚いた。
「何する気です?牧路さん」
「外の世界を知らないんなら今ここで教えてやるまでだ」
先輩が準備を進めている間に、私もタンバリンを準備。さっきまで先輩方が私の童謡に合わせて演奏してくれたように、私も見様見真似で頑張ろう……!
「桐生院。今までのお前の歌は“お遊び”に過ぎん」
って、急に何ですか!?宣戦布告ですか?!
というか童謡を舐めないで下さい!どんぐりころころは大正時代にまで歴史を遡り、国民に愛されてきた由緒正しい唱歌で……
「そういう事じゃねぇよ頭でっかち!良いかよく聴け、全てを出し尽くす魂の歌い方という物がどういうものかを。それが何たるかを理解しない限り、担当ウマ娘のダンス練習だってマトモにこなせやしねぇぞ!」
「…む!」
(牧路さんがマトモな事言うとか明日雨確定じゃないですか…)
お父様は、ウマ娘のライブに対して否定派だったから、私はそういうのに触れさせて貰えず興味を抱く事も無かった。しかし時代の流れに従って生きる以上、避けられない事に対しては正面から向き合わなければ、自分だけでなく担当ウマ娘にも恥をかかせてしまう。それは絶対に避けなければならない。
自分の場合は、歌こそがその壁…という事なのか。
「お願いします先輩!私に“本当の歌唱”を見せて下さい!!!」
「俺の歌を聞けぇぇぇぇ!」
モニターに曲名が映し出される。その内容を頭に巻き付けようと、私は文字列へと注視した。
牧路先輩が選んだ魂の曲、その名は。
『F -マキシマムザホルモン』
「劇薬に逃げるなァーッ!!!」
「ポァダラッ!?!!?」
南坂先輩の左ストレートが牧路先輩の頬に突き刺さり、男性2人が揉み合うように転倒。やはり友達として選んだのは間違いだったんじゃないか、という後悔がブリ返した。
でも胸中に去来したのは悪い感情だけではなくて。
「…フフッ」
なんだかんだで騒がしく、愉快な光景。今までは外から眺めていたそれに、いつの間にか内側で参加できている事が嬉しくて、どこかおかしくて。
間違いでも良い。この人達と楽しくやっていってみたいと、心の底からそう思ったのだった。
〜〜
桐生院巌こと、私の朝は早い。それはいつ如何なる時も変わらず、夏も終わりが近付くこの季節も同様に。
桐生院家は日本のウマ娘において数多くの名トレーナーを輩出してきたのは勿論のこと、それ以外にも数々の事業に手を伸ばし政財界の重鎮の座に与している。その当主ともなれば必然、負う責任も相応に絶大なものとなっていた。
その重責に不満は無く、むしろ誇りですらある。そして其れに似つかわしい者として斯くあるべく、私は己を律するのだ。
だが所詮私も人間。飯は食うし夜は眠る、起きがけはどうしても調子が冴えない。故にこそ、起爆剤として日課にしている事がある。今日も私は、その日課へと手を伸ばした。
それは、計100ページにも及ぶ書類を纏めたファインダー。この中に秘められた物こそ、私の切り札にして根幹となる部分。
開くと、そこから光が溢れ出た。
「あおい〜!!!お前はいつ見ても可愛いなぁ〜〜!!!1!」
光だ。私の光だ。
何だこの愛らしさは。幼い頃の写真なのに角度を変えると立体に見えてくるとか反則級の可愛さだろう。目に入れても痛くないしなんなら目の代わりに葵を入れたい。もう片方には妻を入れる。いやダメだ自分でも引く程度に猟奇的だ。落ち着け巌。深呼吸で息を整えろ。
「ふぅ〜っ……」
しかし、お陰で活力が体に漲っている。やはり朝は愛しき我が娘に力を貰うに限るな、本当に。
だが葵は今も元気だろうか?初めての寮生活に苦労してないだろうか?悪しき者に騙されて泣いていたりしないだろうか?この夏は帰省しなかったが、何か問題でも起こったのだろうか??
家を出ると聞いた時は本当に心臓が止まるかと思った。情けない話だが、葵が無事にやっていけるかという不安と同じくらい、私の生き甲斐が失われてしまいそうで怖かった。妻が生前に纏めてくれていた、この『葵秘蔵コレクション〜揺り籠から現在まで〜』が無ければ本当に発狂して、家の内外の不穏分子に陥れられてしまっていたかも知れない。
こんな私だが、外で奮起し頑張っているだろう葵に対し、責務を疎かにしていては父として申し訳が立たない。今日も
……とした、その時の事。
「巌様。葵様から便りがありm」
「早く言わんかぁ!!」
「第一声でお伝えしたのですが!?」
ノックされたドアの前に瞬間移動しこじ開け、側近の手にあった書物をふんだくる。早急に読まねば鮮度が落ちてしまうだろう、
で、何だ葵?パパに頼み事か?何でも言ってくれ、その気になれば国だって買えるぞ。…と、そんなことを考えながら私は便箋を開いた。
絶句した。
「………は?」
「どう致しましたか?」
「…………………」
「…申し訳ありません、私も少し拝見させていただきま…うわぁ」
なんで。
何故だ。
どうして。
便箋に入っていたのは写真。砂浜と、そこに広がる遠大な海を背景にポーズを決めた、これはこれでとても愛らしい
だが。
だがしかし、だ。
何だ、この両脇の男2人は。
どこのロバの骨だ。
なに3人仲良くグラサンを掛けて気安くピースサインを掲げている。しかも2人の男の内の片方は、髪の毛を真っ白に染め上げた明らかな不良物件だ。
は?は??は???
「巌様、裏に文面が……」
言われて初めて気付いた文字列。恐る恐る裏返して見えた、それは。
『イェーイ!お父様見てますかー?この夏休みは私と友達3人で、トレセン学園の夏合宿にも使われる砂浜に遊びに行きましたー!楽しかったし、将来担当ウマ娘と一緒に来る時の為の下見にもなりましたので、非常に勉強になりました!
こんな具合なので、私の学校生活については心配ご無用です!お父様もお身体に気を付けて下さーい!!』
「………お」
「お?」
「俺の…」
「俺の愛娘がぁ〜〜〜!!?」
ズキュンバキュンと
薄れゆく意識の中。私は、視界に浮かんだ妻の幻影にこう謝るしか無かったのだった。
(すまん…俺達の葵がワルになっちまっただ……)
「巌様ー!?」
ギャグ回ってこういうので良いのかな…?