パレードを終わらせない   作:スターク(元:はぎほぎ)

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短距離怪獣
サクラバクシンオー登場


桜舞う冬、思い出は

 彼女は俺の愛バだった。

 凄い奴だった。本当に強くて誇り高いウマ娘だった。俺なんかいなくても強くなれるんじゃないかってぐらい研鑽を欠かさなくて、自分を苛め抜いて、デビュー3戦目でコースレコードを樹立した事すらあった。

 

 でも俺は。俺は彼女を勝たせてやれなかった。

 空を見上げる。そうだ。あの(そら)が彼女を阻み続けた。あまりにも高くて分厚い壁が、それはもう本当に楽しそうに駆けずり回って、俺達の夢を八つ裂きにした。

 どこに行っても、どこまで足掻いても、ずっとその空は俺達の前に居続けたんだ。

 

 何故だ。何故勝てない。

 彼女は一層足掻いた。俺もそれに応えたくて、考えうる限りの事を考え尽くしてトレーナーとして努力した。彼女の長所をひたすらに伸ばして、でも届かなかった。

 

 …いや、正確には一度だけ届いた。嗚呼、でもアレは。

 あの日は、俺の作戦のせいで。彼女の名前が。ああ、クソ。

 

 

 結局それ以降は一度も勝てない。彼女は、ライムはあんな汚名で終わって良いウマ娘じゃなかったのに。俺のせいだ。彼女が自分の名前に胸を張れなくなったのは俺の所為なんだ。俺じゃなければ彼女は輝けたのに。あんな無念の引退をせずに済んだのに。

 

 …でも。だからこそ。彼女と過ごした3年間は絶対に譲れない。あの必死のトレーニングの日々を、誰にも否定させない。天馬の自由な走りを一度は破った、己すら抑圧して爆発させたお前の走りは俺の誇りなんだよ。

 

 

 なのに、またか。またお前なのか桐生院巌。

 何が家訓だ。何がウマ娘を尊重だ。必死で積み上げてきた物を、横からお前達の舐めた走りでターフにグチャグチャに踏み潰される側の気持ちを考えた事があるか?

 現役時代だけじゃない。引退後だって、奴は名家の筆頭としてトレーナー業界を牽引しやがった。ウマ娘育成は奴の手法が認められて普及し、追従した研究でも肯定され、そしてつまりそれは俺とライムのやり方の否定に他ならなくて。

 

 そしてその娘も、毒気を抜いただけの同じ面構えで同じ事を嘯きながら、この養成校に来た。来やがった、俺の最後の領域に。壊しに来た。

 やめろ。俺の前でその論を掲げるな。口に出すな。やめろ。

 

 そんな一念で手を出した所業は、人間として失格にも程がある愚行だと自覚していた。だが、そんな事に構っている余裕なんて俺には無かった。もうこの職を追われても良い、俺の視界からアイツが消えるかアイツの視界から俺が消えるかの2択だ。どっちでも良かった。

 俺が譲れないのは、もうライムとの記憶だけだ。他の物はもう何も要らない。

 

 

 

 

 

 だから、ライムの名を出されては、俺に拒否する選択肢は無かったんだ。

 

『クライムカイザーの現況についてお話があります』

 

 何だ。彼女に何があった。

 引退後に連絡は取ってない、私の方が耐えられなくて逃げ出した。それでも、その名を引き合いにされると俺は黙っていられない。

 メールで指定された待ち合わせ場所は中山レース場。覚えている、ここは唯一良い思い出のまま終わった場所だ。ライムが勝ったまま終われた唯一のレース場。あの弥生賞を今でも覚えている。

 

 そのホールに立っていた待ち人に、俺は少なからず驚かされた。

 

「どーも、先生。正面から話すのは一年ぶりですな」

「…牧路、凱夏」

 

 前年度に俺の講義を受講した落ちこぼれ。どうしてコイツがここに。

 

「そりゃ俺がメール出したんですもの」

「なっ…!」

 

 思わず掴みかかる。何故だ、なぜ一生徒に過ぎないお前如きが彼女を知っている。彼女が俺の愛バだった事を知っている!?

 あの時からストレスで髪も抜けて、逃げるように改名までして、記録媒体で探れるような面影なんて残っていない筈なのに。そもそもそんな記録は公表されてすらいない筈なのに!

 

「何だ!お前は何なんだ!どこまで知っている?!」

「ぐぇっ…タダで教える訳が無いでしょう?」

 

 もしそうだったら呼び出さずにメールで伝えてますよ、と嘲笑する目の前の糞餓鬼。その無礼さに腹が立ち、拳を振り上げた所で思い出す。ここが、ウマ娘達の夢が集う場所である事を。

 

「…トレーナーの矜持が残っていたようで。そこは素直に尊敬しますわ」

 

 俺の手を振り払って牧路が地に足をつける。掴まれた喉の調子を確かめるように手を当てた後、此方を値踏みするような視線を向けてきた。

 

「ま、俺はアンタとゲームしたいんだ。そうカッカしないで下さいよ」

「ゲーム…?」

「この後ダート1200mで新人戦があるんですがね」

 

 掲示板に表示される、出走者一覧表。それを指差して、ソイツは嗤う。

 

「人気投票券で賭けましょうや。前から気に入らなかったその下らないプライド、擦り潰して差し上げますから」

「ハ…!?」

「ウイニングライブで前列に近かった方が勝ちって事で」

 

 何を言い出すんだコイツ…たかがヒヨッコの分際で、仮にもトレーナー経験がある俺を相手にウマ娘の見極めで勝つつもりでいるのか!?

 だが、こんなバカげた勝負に対して俺に引くという選択肢は無い。前述の理由から俺の方が経験の差で遥かに有利だし、そもそも相手が賭け金として出してくるのは…

 

「アンタが勝ったらクライムカイザーの情報をくれてやりますが。どうします?」

 

 …やはり、それか。

 

「やってやる。約束を違えるなよ」

「ちょっ、何『これで話は終わり』って雰囲気出してんすか。俺が勝った場合の話まだですよ?」

「舐めるなよ糞餓鬼。社会にもマトモに出てない青二才が、腐っても元ベテラン相手に勝てると思うな」

「……だと良いんですがねぇ」

 

 どの口がほざく、と叫びそうになる口を必死で抑える。これ以上煽り合っても仕方が無いと判断して、俺はパドックに向かった。奴は来なかった。

 そのままチケットを購入。よし、これで問題無い。吠え面を掻かせてやる。

 

「買い終えましたかー?」

「お前…出鱈目な情報を流したら許さんぞ」

「しょうがないなぁ…ほれ」

 

 そう思っていたのに、チラリと垣間見せるように懐に出された写真に、俺の心はいとも容易くグチャグチャにされた。それは。その黒鹿毛の後ろ髪は。

 

「っと、これ以上はアンタが勝ってからのお話だ」

「貴様…ッ!!」

「そうカッカなさんなって…お、キタサンヤマトですか。順当な選択ですな」

 

 思わずまた掴みかかりそうになった俺をヒラリと躱し、その際にチケットを見た牧路が呟く。そういう貴様はどうなんだ、と問えば、突きつけられたのは『サクラバクシンオー』の9文字。

 

「被らなくて良かったぁ。まぁその場合には2着・3着を賭け合う予定でしたが、これならすぐ決着がつく」

「キタサンヤマトはエリートの血筋だ。こんな所で燻る訳が無い」

「レースに“絶対”はありませんよ?ま、()()が近い内に出てくるでしょうが」

「少なくとも何もかもがチグハグなサクラ家の娘よりかは“絶対”に近いさ」

 

 俺のその言葉に牧路の目が細められる。

 

「チグハグ、とは?」

「当たり前だろう。ステイヤーの素質がある血筋なのにスピードの練磨を標榜としている家、という時点で既に矛盾している。しかもバクシンオーはその家の中でもスタミナが保たない落ちこぼれと評判だ。素質なんてある訳が無い。名家のお嬢様という事で人気だけは2番と高いようだがな」

「短距離ならスピードが重要ですし、スタミナはさほど気にしなくても良い筈ですが。2番人気ですし」

「中長距離の血統から出た持久力不足の身体だぞ?スピードのポテンシャルがあるとは思えん。何より、適性に合わない努力が報われる筈が無い」

「…勝った」

「何がおかしい」

「いえ、何も」

 

 そして鳴り響く、レース開始のアナウンス。もう時間だ、席に行かなければ。

 

「あっそうだ。後からフロック(マグレ)と言われちゃ敵わんので、アンタの携帯に俺の2・3着予想をメールで送っときますね」

「パドックも見ていない貴様が?笑わせるなよ」

 

 待っててくれ、ライム。もしお前が窮地に陥っているのなら、俺は……

 

 

 

 

 

 

 

 ……俺如きに、何ができる?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バクシンバクシン、バクシィーンッ!!」




 本作では、「人気投票はライブの時の座席表になる説」を採用しています
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