パレードを終わらせない   作:スターク(元:はぎほぎ)

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アオハル杯キツイ…考える事多過ぎて頭擦り切れる……


貴方は私の

「バカな!」

 

 サクラバクシンオーが1着でゴール板を駆け抜けた刹那、トレーナー養成校講師ーーー梁暮は叫んだ。苛立ちのあまり、握り締めていた人気投票券は床に叩きつけられる。

 

「バカなっ!!」

 

 もう一度、叫ぶ。この戦いだけは負けられなかったのに。

 

「それ以上はよしときなさいな。ウマ娘達が萎縮しかねない」

 

 上から目線で諫めるように声を掛けてきた青年に、梁暮はこれ以上ない程に鋭い視線を向けた。決定的な、己を負かした者に対する憎悪だった。

 それを受けた青年ーー凱夏は、特に堪える様子も無くバクシンオーへの投票券をチラつかせてほくそ笑む。

 

「じゃ、命令権いただきました。従ってくれますよね?」

「ふざけるな!こんなの…こんなのマグレに決まっている!!」

「案の定そうきましたかぁ。じゃ、メール開いて見て下さいよ」

 

 メール?と問い返したところでやっと思い出す。つい先刻、レース直前に凱夏が保険とばかりに送ってきた文字列を。

 先ほどは無視したそれを、梁暮は今漸く開き、そしてーーー

 

 

「なっ……」

 

 

 絶句した。

 メールが送信されたのはレース開始の5分前。だというのに、そこに記されていたのはレース結果そのものの順位だったからだ。

 

「バ身差も書いたのでちゃんと確認してくださいよ?ま、そんな事はもうこの段階じゃ関係無いか」

「あ…ぁぁあ………!!」

 

 声が震える。微かに残っていた矜持が音を立てて崩れ去る。

 

「俺の勝ちだぜ、先生。アンタのこれまでの人生価値は、俺の来歴以下だ」

 

 トドメとばかりの攻撃に、とうとう彼は膝をついた。クライムカイザーと一緒に必死に頑張ってきたトレーナーとしての記憶が、その後の講師としての経験が今、目の前の若造に容易くへし折られた。その事実を前に、心がもう耐えられなかったのだ。

 

「ぁっ、ガッ…ァ……!!」

 

 引き起こった過呼吸で意識が点滅。這い蹲る様子に周囲の人々は動揺したが、すぐそばの凱夏が手と視線で制して介抱する動きを見せた事ですぐに引き下がった。

 そして肩を貸すフリをしながら、彼は半死半生の相手の耳元で宣告を与える。

 

「絶望するのは勝手だけどさ。アンタにはやるべき事があるだろ」

「なに、が」

 

 もはやマトモな判断力すら失い朦朧とする梁暮に、凱夏は満面の笑みを向けた。

 

 

「桐生院葵だよ」

 

 

 

 

 

〜〜

 

 

 

 

「……これが、事の次第だ」

 

 

 あのテスト返却から、土日を挟んでの登校日。3ヶ月ぶりに先生に接触してもらえた私は、面談室に呼び出され、そこで……

 土下座された。

 

『桐生院君、すまなかった。俺が悪かった』

『ちょ!?』

『今まで君に対し行ってきた全ての不正な評価を撤回し、正当な評価に戻す。また告発するのならば抵抗しない。君には俺の生殺与奪を握る権利がある』

『ままま待って下さい!まず何があったのか説明して頂かない事にはなんとも!!』

 

 あまりに唐突な急展開に頭が追いつけず、経緯の説明を求めた。その結果、彼が語ったのが先述の賭博勝負だったのである。

 

 

「彼の要求とは、君に対し誠心誠意の謝罪をし、そして二度と逆らわない事だった」

「牧路先輩なにやってるんですかー!?」

「違うんだ桐生院君、彼の行動には正当性がある。何一つ間違っていない」

 

 いやいやいや、幾ら何でも度の過ぎた命令じゃありませんかそれ?私はそんなヤバイ権利持ちたくないですよ!?

 …でも、それ以上に違和感な事が一つ。 

 

「…先生は、なんで抵抗しないんですか」

 

 今までの先生の気風だったら、従わざるを得なくとも苦渋の表情を隠さなかったと思う。でも目の前の先生は、心の底からこの処遇に納得しているようだった。

 そう問われて、彼は節目がちになりながら答えてくれた。

 

「ーーー彼は、ね」

 

 

 

〜〜

 

 

 

「あっそうだ。クライムカイザーは普通に元気ですよ」

「…は?」

 

 謝罪命令を突きつけられて茫然自失となっていた所に、突如振り掛けられた情報。求めていたそれに、しかし敗北ゆえに手に入れる権利を失っていた筈のそれに、梁暮は目を白黒させる。

 

「な…なんで」

「そもそもがアンタを(おび)き寄せれればそれで良いんだから、なんなら最初から真っ赤な嘘でも良かったんだ。でもせめてそこの誠実さは保とうと思ってな、探すのに当時のトゥインクルシリーズの記者に逆取材交渉したりして苦労したんだぜ?感謝して欲しいぐらいだよ全く」

 

 そうボヤきながら差し出された写真には、成長したライムの姿。間違いない、見間違える筈が無い。あの美しい黒鹿毛をそのままに、子供を抱えて伴侶と思われる男性と談笑する姿に、梁暮の目から涙が溢れ出た。

 

「ライム…ライム、ああ……!!」

「ちなみに俺が勝ったから住所は流石に教えんよ。生殺しを我慢しながら桐生院に土下座してね。バイバイ」

 

 そう言って去ろうとする彼を、梁暮は滲んだ視界に捉える。駄目だ、まだ何も聞いてない。

 その一念で足首を掴んで止めれば、気怠げな視線が上から寄越された。

 

「んだよ、約束さえ守ってくれるなら俺もうアンタに用無いんだけど」

「なんで、俺に教えてくれたんだ」

「あ?」

「お前が俺に良くする理由なんて無い筈だっ」

 

 訳を聞きたい。此方のプライドを踏み(にじ)っておきながら、なぜ救いの余地を齎すのか。その矛盾した行動の理由を、どうしても聞きたかった。

 そんな問いかけに対して、返されたのはあくまで冷たい声音だった。

 

「目障りなんだよ」

「めざ、わり…?」

「過去の事でウジウジ悩んで他人に当たるその性根が、心の底からウザってぇんだよ」

 

 蹴るような動作で、足首から梁暮の手を振り払う凱夏。その瞳には、決して温情や慈悲とは違う暗い炎が(とも)っている。

 

「まだどっちも死んでないんだろ。まだ会えるんだろ。だったらとっとと2人で決着つけろよ煩わしい。なんなら今から本人に『お前の恩師、老害化してるぞ^〜』って代わりに伝えてやろうか?」

「や…!やめてくれ!!」

「だったら周りを巻き込むな!」

 

 怒号一喝。誰もいない路地裏に響いたそれは、反響音までもが梁暮の髄を揺らした。

 

「本当にさ…見てられねぇんだよ、そういうの」

「あっ…す、すまな……」

「せめてさぁ、ソイツ(クライムカイザー)胸張れるように生きろや…」

 

 そう吐き捨てて踵を返す青年の背に、梁暮は手を伸ばせなかった。代わりにただただ、己の勇気の無さを恥じるのみだった。

 

 

 

〜〜

 

 

 

「何も、言い返せなかった」

 

 桐生院と向かい合い、梁暮は懺悔する。

 

「叶う事なら、自らの汚職を全て告発して清算したかった。だが彼はそれを許してはくれなかったよ」

「どういう事です?」

「叶えてしまったら俺はライムの所に行ってしまうからだ。俺を嫌う彼としては、それは絶対に許可してくれないだろう。だから穏便な解決を望む君にしか決定権を渡さなかった」

 

 破れば今度こそ、実情を自分の口ではなく彼の口からライムに語られてしまうだろうな、と。そう彼は自嘲した。悲しいながらもどこか納得したようなその表情に、私は慰めの言葉すら掛けられない。

 けど、せめて言える事は。

 

「私は、貴方を許しますよ」

「…ありがとう」

「いえ。此方こそ生意気な態度を取ってすみませんでした」

 

 お互いに頭を下げる。これで少なくとも私と彼の間の関係、そして牧路先輩から彼に与えられた命令も決着だ。これ以上こじれる事も、縛られる事も無い。

 

「君は本当に誠実だな。しがらみに囚われてた自分が一層情けなくなるばかりだ」

「いえ、そんな事は…

「謙遜しないでくれ。これは私の中の蟠り(桐生院巌への怨念)を解すための独り言のようなものだから。それにしてもーー」

 

 君は本当に牧路君から大事にされてるんだな。

 そう先生から告げられて、私の中に新たな疑問が浮かんだ。

 

 

 

〜〜

 

 

 

「牧路先輩って、なんで私の為に動いてくれるんですか?」

 

 その疑問をぶつけたのは、その日の昼。いつもの屋上。

 そこでいつものように時間を潰していた牧路先輩へと、面と向かっての事だった。

 

「いや…主因は俺が腹立ったからだけど」

「嘘です。もう2回目、それもかなり手間暇かけてくれてるじゃないですか」

「うーん…友達だから?」

「だとしたら、私が助けられてばっかりで不公平です」

「いや勉強手伝ってもらったりしてかなり助かってるが」

「その程度じゃ恩を返せてる気になれません!」

「えぇいウゼェな逆に!」

 

 そんな事を言われても、到底引き下がる気にはなれなかった。だって悔しくて仕方がないから。

 

「私は、結局『桐生院家の娘』でしかないんです。まだ『葵』という個人になれてない」

「そうかぁ?」

「そうです。この学校に入って、私はまだ何一つ自分個人の手で成し遂げていない」

 

 最初の苦境は牧路先輩に救ってもらった。

 疲れ方と休み方も、牧路先輩と南坂先輩に教わった。

 友人作りだって彼ら2人の助力が無ければ為し得なかった。

 そしてまた、今回。

 

「私が今すぐ示せる功績は、桐生院家の威光を傘に着た七光の物だけです。先生方も、同学年の友人方も、おそらく南坂先輩でさえ、私を形容する際に“桐生院の”という注釈と色眼鏡をつけるでしょう」

 

 今回の件で、皆は外に訴える事を勧めてきた。それは私が桐生院家の娘で、その権力を使えば一瞬で事を解決できると判断しているからだ。

 なのに貴方は。貴方だけが、内密に済ませたいという私“個人”の願いを尊重し、動いてくれた。

 

「何故なんですか。なんで貴方は(わたし)を見てくれるんですか!?」

 

 言葉を紡ぐ内に激情混じりになった声で叫ぶ。それを受けて、牧路先輩は。

 

「まず前提が違う」

「え?」

「今回事を穏やかに済ませたのはお前個人の功績だろ?」

「はぇ?」

 

 意味が分からない。解決したのは貴方の手腕じゃないか。

 そんな疑問符が顔に浮き出てたのを見てか、牧路先輩は肩を竦めた。

 

「俺が動いたんじゃない、お前が俺を動かしたんだ。俺を絆したお前こそが、今回の件におけるMVPだろうが」

「…いや、だから私の何が貴方を絆したのかを聞いていて」

「じゃあどう言えば納得すんだよ、お前は」

 

 瞬間、急接近。ズイと歩み寄ってきた彼の気迫に、私は思わず息を飲む。

 

「顔が好みだとでも言えば良いか?性格が良いからとでも?それとも利用価値があるからと開き直ろうか?それでお前は満足かよ」

「…違い、ます」

「だろ。ハッキリ決める必要なんて無いんだよ、こんな事」

 

 それだけ言って、彼は引き下がってドッカと腰を下ろす。もたれたフェンスが軋みを上げた。

 

「人が人を好む理由なんて、曖昧で良いんだ。人間そのものが曖昧で矛盾だらけなんだから」

「…良いんですかね、それで」

 

 その様子になんだか拍子が抜けて、脱力しながら応じる事になった。もう駄目だ、彼のペーパーに飲まれるしか無い。

 でもやっぱり、その事に不快感を持てない。程よい諦念が、ストレスを流し去っていく気分だった。

 

「でもまだ不安そうだな」

「そうですかね」

「ああ、仕方ないから理由をちょっと定義してやるよ……うん、これだな」

「何ですか?」

「お前が好きだからだ。助けた理由」

 

 

 …。

 

 ……?

 

 

 

 !?!!!!?!??!?!!?!!!??

 

「友人としてな。俺性欲薄いからそっち方面はまず無いぞ」

「ビックリさせないでくださいよォ!」

 

 え、待って待って待って下さい!本当に心臓が破裂するかと思いました、急になんて事言い出すんですかこの人は!?折角スッキリしかけた心がもうテンヤワンヤじゃないですかぁ!!!

 

「アハハ!やっと本当の意味で素の自分を曝け出したな?うん、やっぱそっちの方が良いよお前」

「えぇそうですね!貴方のお陰でもう自分を客観的に見る自信無いです!!このオタンコニンジン先輩!」

「良いねぇ良いねぇ、そういうお前やっぱ好きだなぁ」

「赤点常習犯!」

「オ"ゥ"フッ"」

「同輩どころか後輩に教えてもらう勉学下手!!」

「お前言っていい事と悪い事があるだろうが無菌室育ちィ!」

 

 乙女の純情を弄ぶ貴方が悪いでしょう貴方が!という思いで始まった罵倒大会。思いつく限りの悪口をぶつけて、そしてぶつけられる真正面同士の衝突。

 暫く後には、慣れない事をして疲れ果てた私と、駆けずり回った蓄積疲労が今になって現れて溶けた牧路先輩だけが残された。いやこれ我ながらかなりの醜態なのでは…?

 

 …もう。

 

 

「…あ?何してんだ」

 

 彼の隣に蹲り、その膝に頭を乗せる。俗に言う膝枕…とは、多分この事だろう。

 

「先輩の所為で疲れました。ここで休みます」

「えぇ…」

 

 呆れ声が聞こえてきましたが、もう気にしません。こうなった責任は取ってもらいますから。

 そうやって少し経つと、途端に遅い来る眠気。どうやらここ最近のが一気に訪れたようです。

 閉じかけの瞳で見上げると、そこにはあの人の顔。

 

「……牧路先輩」

「おう、どした」

「下の名前で呼んで良いですか」

「じゃあ俺も下の名前で呼ぶけど良いのか?ん?」

「良いですよ」

「マジかよ…」

 

 何やら驚いている様子ですが私には関係ありません。なんだか無性に嬉しくなって、太ももに頬を擦り付ける。

 

 

「おやすみなさい、凱夏先輩」

「おやすみ、葵」

 

 

 先輩。凱夏先輩。

 お父様以外の、初めての私の憧れの人。

 私を守ってくれる人。

 私に教えてくれる人。

 私の目標であってくれる人。

 

 私のーーー何だろう?

 

 

(分かんないけど…こんなにあったかい)

 

 

 太陽のような温もりに包まれて、そのまま私は微睡みに身を委ねたのだった。

 それが恋だと気付くのは、まだ当分先のお話。




南坂「呼ばれて来てみれば、なんですかその状況は」
凱夏「助けろ南坂。休み時間がもう終わるのに起きる気配が無い。足も限界だ」
南坂「甘んじて受け入れて下さい。さもなくばウマ娘に蹴られて死んで下さい」
凱夏「辛辣ゥ!」
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