朝起きたら、何やら廊下が騒がしい。
何だ何だとマックイーンと一緒に出てみれば。
「うわーん!」
「トレーナーさん、泣かないで」
「でも、でも!私もう、ミークの顔を見れません!!」
「大丈夫。いつかまた見れるから」
「ミークゥ〜っ!!!」
え。いや待って。何これ。
勘違いしないで欲しいのは、ボクは別に一目も
どっちかと言うと、引いてる対象はむしろ平然としてるミークの方だったりする。
「いや、ミークさん」
「あ、マックイーンにテイオー。久し振り」
「そうではなくて。なんで七色に輝いてるんですの?」
そう、これだ。正直眩しくて目も当てられない。桐生院さんが言ってるのは、本当にその言葉通りの事なのだ。普段は真っ白なミークが皮膚から髪に至るまで全身が虹色に発光し、廊下を照らすミラーボールみたいになっていた。
そんな有様に当てられた桐生院さんが泣き、泣き声に呼ばれた他の娘達はその眩しさに目が眩んで更に騒ぎになる。騒ぎで人が集まる。その繰り返しで、廊下にざわめく喧騒が生まれていたらしい。
「朝ごはん食べたらこうなった。一緒に食べてたマヤノちゃんもこうなったから保健室にいる」
「マヤノもなの…っていうかなんで君は保健室行かないの……」
「トレーナーに伝えとこうと思って探してた」
「朝ごはんに何があったんですの!?」
「いや、多分朝ごはんじゃなくて」
「捕まえたぞたわけェーーッッッ!!」
…エアグルーヴの声だ。滅多に出さない大音量で響いた怒声が、合宿所全体を揺るがした。
え、いや…怖……。
「あっ、先輩が先輩に捕まった」
「先輩?片方はエアグルーヴ先輩の事ですわよね」
「うん。上級生の人が私達のご飯に薬を掛けて、それを食べたらこうなったの」
「薬…?」
待って。さっきからヤバイ要素しか話に出てこないんだけど大丈夫?
とミークに聞いたら、なんと「大丈夫」と返答が来たものだからボク達はビックリ仰天だよ。
「あの人、多分レースに対して本気で考えてる人な気がするから」
「本当〜?」
虹色のサムズアップを掲げるミークに、ボクは心底呆れながらも……ふつふつと、恐怖に勝る好奇心が湧き上がるのをボクは自覚してしまっていた。
どんな先輩なんだろうか。
「うん、あそこ。あそこに先輩が閉じ込められてる」
「ふふっ。潜入スパイみたいでなんだかワクワクしちゃうなー」
という訳で、空き時間に作戦開始。目的は、件の先輩の姿を一目見る事。
ミークにマヤノ、そして道中で会ったターボを連れて、生徒会が警備する一室の近くで息を潜めてる所だ。ミークはボクの頼みについてきてくれた形、マヤノは面白半分、ターボは本当に偶然…って感じの動機だったりする。
「警備の人、強面でカッコイイし。マヤのタイプかも」
「「ブライアン(先輩)が?」」
「テイオー、ミーク、知ってるの?なんか強そうだけど」
「リギルの先輩で三冠ウマ娘だし。厳しいけど面倒見の良い人だよ。あとターボが言う通り物凄く強い」
「三冠!?って事はものすごく強いのか。よーし、ターボも負けないぞ!!」
「ボクは生徒会室に遊びに行く時によく会うんだ。エアグルーヴの目を盗んで昼寝とかしてるから、上手くいけば出し抜けるかも」
「聞こえてるぞ」
「「「逃げろー!」」」
雲の子を散らすように逃げるボク達。背後から迫る気配はあまりにも濃くて強くて、チビってしまう寸前だったと言っていい。三冠舐めてました、ごめんなさい。
ちなみにターボが捕まってしまった。「ターボについてこーい!!」と挑発した所為で(まぁ本人は意図的なんだろうけど)ブライアンの闘志に火を付けてしまい、追いつかれて首根っこを分掴まれてしまったのだ。ツインターボの先頭はここで終わり!解散!!
まぁターボもブライアンも楽しそうだったから良いけど……良いのか?良いか(思考停止)。
そんなターボの犠牲もあって、ボク達はガラ空きになった監禁室前への再集合に成功したのだった。ありがとうターボ、今度ハチミー奢るね。
「マヤはブライアンさんが戻って来ないか外見張ってるねー。ターボちゃんの次はマヤがあの人と競争したいし☆」
「ありがとうマヤノ。さて、鬼が出るか蛇が出るか…」
「蛇みたいな目だったよ、確か」
「じゃあ蛇で」
そう言いながら、そろりそろりと抜き足で中へ。丁寧にドアを閉めれば、後は目の前の牢屋に向き合うだけ。
…いや、まぁ合宿所に牢屋がある事に色々ツッコミたいけど、そこは置いといてだ。
「おや、トウカイテイオー君にハッピーミーク君とは。これまた新進気鋭で豪華なお客様だ」
こんな状況でなければ茶菓子でも出してもてなす所だがね、と苦笑する彼女。ああなるほど、これがミークの話してた…
「テイオー。これが私達に薬を盛った先輩」
「“これ”とは何だね“これ”とは。私にはアグネスタキオンという固有名詞があるんだよ」
「あーなるほど。ミークの言っていた通り蛇みたいな目をしてる」
想像以上にネットリとした視線。でも同時にどこか鋭くて、レース中にこれを向けられたら中々揺さぶられそうだ。
「じゃ、帰ろうか。見たいもの見たし」
「分かった。帰ろう」
「ちょ、待ちたまえ!私に何か用があるんじゃないのかい!?」
無いよー、と答えてドアへ。怖いもの見たさに来てみただけで、別にそこまで何か執着がある訳でも……
「ここから出してくれるなら、君達が
ボクの足が、止まる。
「皐月賞に、必要な事…?」
「そうだ。トウカイテイオー君、例えば君は最近ラストスパートの伸びきらなさに懸念を抱いているだろう。ハッピーミーク君はゲートに対し難を抱えている筈だ」
「「!!」」
どうしてそれを、という表情が顔に漏れてしまった。慌てて隣を見れば、ミークも同じ顔をしてこっちに目を遣っている。どうやら彼女も見事に図星だったらしい。
「私が
「それは言い過ぎじゃ……」
「数字は嘘をつかんさ。私の知り合いの言葉を借りれば“ロジカルな結論”という奴だね……と言っても、この有様ではその数字が書かれた資料を見せられないのが残念な話だよ」
尊大かつ傲慢なその物言いに、ボクとミークは揃って目を見合わせた。口振りからしてデビュー前、年上とはいえそんな実戦も知らないウマ娘の妄言…と切り捨てるのは簡単だ。
でも。
「ミーク。ボク、空けようと思う」
「…私も。ちょっと興味湧いちゃった」
どうやら同じ考えに至ったようで、格子の扉に手を掛ける。そんなボク達を、先輩は濁った目で愉しそうに見つめていたのだった。
〜〜
「という訳で来てもらった訳だが、ひとまず全員足を見させて貰えないかね」
現在生徒会に捕まってるマヤノとターボ(部屋から出たらマヤノはブライアンに追い詰められてるのが見えた)にも後日アドバイスしてもらうのを約束して、訪れたのは満月に照らされた夜の砂浜。そこでタキオン先輩はそんな事を言い出した。
「有望な君達のデータは揃えてあるし研究にも用いらせて貰っているが、やはり実地での触診に勝る所感は得られなくてね。君たちに対する考察を裏付ける為にも是非」
「うーん…西崎トレーナーがトモ触る感じかな」
「どちらかと言うと実験d…牧路君由来の物さ。彼から整体に関する手解きを少し受けている」
「凱にぃを知ってるの…?」
「ちょっとした
それ以上答えるつもりは無い、と言外に告げて足を触り出す先輩。その手つきは妙に不器用で正直気持ち悪かったけど、それでも確かに薄ら凱夏の手捌きの名残を感じられるのが驚きだ。一体2人はどんな関係なんだろうか。
と、思っていたら触診終了。ボク達に向き直って、タキオン先輩は興奮気味に腕を振る。
「ふむ、君たち2人ともやはり素晴らしい足を持っているな!記録映像を見ているだけでは決して計り知れない、他の世代と比較しても飛び抜けた才能・伸び代と言って良い」
「へへーん、そうでしょそうでしょ!」
「私、桐生院家に見初められたウマ娘ですから」
こんな先輩でも、褒められて悪い気はしない。ボクとミークは揃って胸を張る。でも、そんな僕らの自信は次の一言で冷や水をぶっかけられる事となった。
「だからこそ惜しいな。このままでは2人とも、“速さの果て”には至れないだろう」
「「えっ!」」
「テイオー君、君は最初の模擬レースとデビュー戦で終盤の走り方を変えているね。まぁモr…牧路君の手引きだと想像はつくが、ストライドが極端に狭まっている。今はまだ地力で
「むぐぐ…」
「そしてミーク君、君に関しては器用さが祟ってしまっているね。模擬レースなどの記録や今日触った君の肉質を見るに、君はどんな作戦にも適応できる柔軟さを併せ持つが逆に極めるという事が不得手だ。極められないという事は集中しにくいという事、その点がモロにゲート待機時に現れている。出遅れ癖は差しや追い込みには問題無いが、対策されてしまえば危ういし、何より君の万能さはその二作戦に絞るにはあまりに惜しい」
「むぅ……」
理論に裏打ちされた鋭い指摘は、確かにボクらの心に突き刺さった。痛いと思っていた所を容赦無く突かれた気分で、2人揃って顔を背ける。でも先輩はそんな僕らにはお構いなしだ。
「そこでだ、前々から君達のレース運びを見て考えていた、最高の現状打開策を紹介しよう」
「ホント!?」
「マジですか」
「ああ!それがーーー」
ババンッ!という効果音付きで出された、試験管に満ちる液体。その正体とは…
「ゴルディオンクルーズXとコンセントレーションZZ!これらは服用者の脳に作用し、前者はロングスパートに関するセンス、後者はゲート内での感覚に影響する!テイオー君は急なスパートによる故障が怖いなら緩やかな加速で埋め合わせれば良いし、ミーク君は直接集中力を高めてしまえば何も問題は無いという訳さ」
ドン引いた。
「……えっ、脳に作用するの!?」
「そうだ、脳だ!」
「いやNOだよ!!」
絶対副作用とかヤバい奴じゃん!
「…それ、もしかしなくてもドーピングでは?」
「安心したまえ、筋力などには何の影響も無いから後ろ暗い事はあり得んよ!…ただまぁ、ゴールドシップ君などのリンパ液とか使ってるから人格は多少変わるかも知れんがね」
「「ヒェッ」」
考えうる限り最悪の物質混ぜないでよぉー!!ミークの疑問を晴らしたつもりなんだろうけど、こっちとしては特大の懸念材料が山積みになっただけだし!
そんな恐怖でお互いを抱き合い震えるボクとミーク。そんなボク達に、タキオン先輩は粘っこい笑みを浮かべてにじり寄る。ああ、不味いこれ。ボク達はどうやらパンドラの箱を開いてしまったようだった。
「さぁ君達!私の実験台になってくれたまえー!!!」
「「ぴぇああああ!!」」
助けて凱夏!助けて葵トレーナー!!助けてマックイーン!!!
そんなボク達の叫びを聞いて駆けつけたブライアンによって、タキオン先輩は再確保。トレセン合宿所の平和はすんでの所で守られたのだった。
僕たち4人はしこたま怒られた。
「……でもまぁ、悪い人じゃなかったね」
廊下で正座しながらそう呟く。ミークが最初に言った「レースに対して本気」という先輩に対する評価、その意味が何となく分かった気がしたから。
「私、言い出しっぺなのに途中で疑っちゃったけど」
「でも結局ドーピングとかじゃなかったでしょ」
先輩は先輩なりに、ボク達の現状の不満・不安を祓う術を真剣に模索して提示してくれたんだ。ただ、それがあまりにも常識や良識から逸脱してただけで。
「マヤも色々アドバイスしてもらいたいなー。ターボちゃんもそうでしょ?」
「もちろん!でもターボは薬には頼らないもん、自分の力で全部乗り越えて見せる!!」
「おぉー、凄い気迫。ねぇテイオーちゃんミークちゃん、今度先輩を私たちにも紹介して頂戴ね」
「…後悔しないでね」
「「もちろん!!」」
正座は中々キツいけど、和気藹々とした時間が流れる。その中で、ボクは今日の冒険に想いを馳せた。
アグネスタキオン先輩。彼女とのこの出会いを、糧に出来たら良いなぁ。
マウス君ならいます