まぁオムニバス形式にした俺が悪いんだがな!
カンカンに照りつける日差しが、私の背中を灼く。塩の匂いを孕んだ風がその熱気を取り去るけど、同時に更なる熱気を運んでくるから何もマシになんてならない。
「…ふぅーっ」
仕切り直しに額を手で拭って…
…やっと気付いた。
こんな高温下なのに、拭った二の腕が全く濡れてない。
汗が出てない。
というか、出切った。
「あっ」
一瞬の内に、視界の色彩が反転した。その次には上下も。
「…スカイ、さん?」
「スカイさんッ!!」
「セイ!」
三者三様の呼び声が聞こえたけど、肝心の認識する頭が機能しないんじゃ意味が無い。私の意識は、そのまま呆気なく暗闇に落ちる。
……なんて事があったのが昨日で、保健室のベッドでトレーナーさんから強制休養を厳命されてしまったのが今の状況だ。
「スカイさん、もう大丈夫ですか?」
「にゃはは、だいじょぶだいじょぶ。強いて言うなら、フラワーから水を口移しで貰えたら元気百倍かな〜?」
「口移……っ!?!」
「なーんて、冗談ですよ。真に受けちゃうフラワーってばホント可愛いなぁ」
「も、もう!揶揄わないでくださいよー!!」
そう言ってフラワーは、真剣な表情で私の手を握った。その掌の温かさに、そして真心に私は思わず動揺。口を噤むしか無くなってしまう。
「……心配、したんですからね」
「…うん。ごめんね」
「スカイさんってばただでさえサボりがちなのに。こんな調子じゃ貴重な練習時間が更に少なくなっちゃいます」
「……」
「スカイさん」
ギュッと握られた。重なり合った皮膚越しに、お互いの鼓動が響き合うみたいだった。
「菊花賞、頑張ってくださいね。応援してますから」
「……もっちろん。セイちゃんの追い込みで縦横無尽に駆け回っちゃいますよ〜」
「追い込み!?スカイさんが?!」
「ホラ信じちゃった」
「も〜!!」
ポカポカと叩いてくるその振動がどうにもむず痒くて、思わず笑ってしまう。その事で更に怒る君の情動を、甘んじて受け入れるセイちゃんなのでした。
とはいえ、休むとなるとつまり手持ち無沙汰という訳で。
「うーん、釣果0。ままなりませんなぁ」
なんとか時間を潰せるかと洒落込んだ釣りも芳しくない。昼寝はもう試したが、なんだか眠れる気がしなかった。
……こりゃいけませんな。私ともあろう者が、大一番を前にまたも掛かってしまっているらしい。
「……ダービーのスペちゃん、凄かったからなぁ」
思い出される直近の敗戦。あの流星に、私の三冠の夢は見事に打ち砕かれてしまった訳だ。
「約束してたんだけどなぁ」
傍に置いた鞄の中の
しかし、それを理由に体を壊してしまっては元も子も無い。だからその為にも。
「…よーし!」
釣りに見切りをつけ、見つめる先は練習に使われている砂浜。時間帯を見極めて、私はそちらへと足を向けた。
で、そこで何が行われているかというと。
「息継ぎのタイミングを一定にしろー!!」
「「「はーい!!!」」」
海で泳ぐスペちゃん、そして別クラスのウオッカちゃんにスカーレットちゃんの姿。そう、スピカがの練習風景だ。
私の目の前でダービーウマ娘になったスペちゃんは、トレーナーの予想では次の菊花賞にも出て来ると見られてる。当然、私にとっては最大の障壁になるだろう。
という訳で、茂みに隠れて高みの見物。練習出来ないなら、せめてライバルの偵察ぐらいはこなさないとね。
「ふむふむ、やはりスタミナを伸ばして来るつもりのようですなぁ」
当然の事だが、ダービーから600mも伸びる訳だから持久力を伸ばすのは最早分かりきった話ではある。かくいう私だって昨日はスタミナ練習をやってたんだから。
特にスペちゃんは、腹に貯めた栄養を一気に消化して体力を回復する隠し技がある。対する私は消耗の激しい逃げ、こりゃ上手いこと撹乱してあげないと同じ土俵まで引きずり下ろせないだろう。
「…っと?」
ここで気になったのが、スピカの陸地残留組。スズカ先輩にゴルシ先輩、そして後輩のテイオーちゃんにマックイーンちゃん達だ。
スピカのトレーナーさんから少し離れたところで、何やらシートを敷いてゴルシ先輩以外の3人で絡み合ってる…?その傍に見える人影は牧路サブトレーナーだろうか。
「次、テイオーちゃんね。グリーンの5番よ」
「あがぎぐぐぐ〜…!」
「ちょ、テイオー!?変な所触らないで下さいまし!!」
「そんな事言われたって〜!」
「お、羨ましいなぁ。なぁ凱夏、次アタシにしてくれよ。ドサクサに紛れてマックイーンのあんな所やこんな所触っからさ」
「何を言ってますの!?」
「ゴルシ、次。赤の1番」
「アタシの体勢的に不可能だろそこは?!背骨ポッキリルートじゃん」
「セクハラの罰則に決まってんだろ」
「チクショ〜!」
「ゴールドシップ、そこは無理しない方が…」
「ミギャッ」
「「「「あっ」」」」
…楽しそうだ(小並感)。
まぁ真剣に考えると、恐らくあのツイスターゲームは体幹を鍛える為の物だろう。新入りの二人はもちろんの事、先輩方も初心を思い出す為に参加している形だろうか。
何にせよ面白そうだから、今度キングも誘って同期で一緒にやってみようかな。彼女なら酷い番号指示でも気合でこなしてくれそうだ。
……って、思考を逸らしてる場合じゃないや。集中集中、分析メモメモ。
昼休みを挟んで、次に向かったのはリギルの練習場。私が目を付けようと考えているのはエルちゃんにグラスちゃん。
エルちゃんにはダービーで負けかけた苦い思い出がある。アレは本当に凄かった、向こうの気持ちが切れてなければ逆にこっちが失速して見るも無惨な結果に終わっていたかも知れない。
で、そのエルちゃんはどんなトレーニングをしているかと言うと…
「菊花向けって感じじゃないなぁ」
やっていたのは、後輩のミークちゃんを乗せたタイヤを引いての根性トレーニング。もちろん長距離を走り切るには根性も重要なんだけど、それは長距離に限った話じゃないし何よりエルがスタミナに気を使っている様子は見られない。まぁマイル路線とかを突き進む感じだったし、何よりこれまで菊花に出るとかいう発表もされてないから一先ずは置いといて良いかな。
で、グラスちゃんはと言えば…
「……いない」
右を向いても左を向いても、トレーニング場に栗毛の姿は無い。私ならともかく彼女に限ってサボるなんて考え難いけど、はてさて?
「出るとしたら、スペちゃんと同じくらい脅威になると思うんだけどなぁ」
「まぁ、ライバルにそう思っていただけてるなんて光栄です」
「またまた謙遜しちゃっ……てェエ!?」
き、気付かなかった!青雲の雲間に忍び寄る
そんな感じで慌てふためく私を見て、グラスちゃんはふふっと微笑み側に座り込んできたのだった。その手は、
この怪我を考慮して、グラスちゃんは
「……すみませんね。実戦から離れ過ぎてますし、菊花には出られなさそうです」
「謝ることじゃないよ。急かしてる感じになってたら、こっちこそごめん」
「いえいえ、立ち聞きしたのは此方ですから」
グラスちゃんの骨折は、同期である私たちにとって当時本当に寝耳に水だった。特に彼女は、多分この5人の中で1番負けず嫌いで頑張り屋さんで、報われて欲しいなって個人的に薄々思ってた娘だから特に。
彼女がクラシック戦線に参加してたらと考えたら、恐ろしいと共にワクワクが止まらない。それだけに、ここで燻っているのが本当に惜しい。
「スカイさんはどうです?菊花、獲れそうですか?」
「そういうグラスちゃんはどう思います〜?」
「彼を知り己を知れば百戦殆うからず…も大事ですが、貴女の場合はまず易者身の上知らず、を踏まえた方が良いかも知れませんね」
「…つまり?」
要領を得ず問うた私を、グラス ちゃんの双眸が貫いた。
「己を見直すべし、という事です。貴女が今やっている事は代償行為に近い」
「……!」
「そのままではスペちゃんには敵わないでしょうね」
そう言って彼女は立ち上がる。図星を突かれた私は、自重の笑みを浮かべて向き直るしか無かった。
「ありがとね、グラスちゃん。ちょっと甘えてたかも」
「貴女の事です、相応に思い詰めての行動だとは理解してますよ。なんだかんだで私たち、同期の中でも特に似た者同士でしょうから」
「言えてるね」
「じゃあ私はスペちゃんの方にも行ってみるとしましょうか。貴女だけにアドバイスというのも不公平ですから」
「え〜、それは困るって」
そう笑い合って、会話は終わり。グラスちゃんは茂みの向こうへと消えていった。
ちなみにエルちゃんを見ると、何故かタイヤの下敷きになっていた。何があったの?
「……で。貴女も練習はお休みでしたか?」
「トレーナー直々に監視を任されているのよ。スカイさんが迷惑かけたわね」
「それ程でも。彼女の吉報にはいつも勇気付けられますし、良い影響をお互いに与え合えたなら何よりですから、私も頑張らないと」
「…私も、そう在れたなら……」
「え?」
「なんでもないわよ」
という訳で。1日がかりでトレーニング場を一周して、トレーニングに精を出すウマ娘達を観察した私は、一周回って釣りに戻ってきたのだけれど。
(自分を見つめ直すとは言っても、果たしてどうすれば良いのやら)
心の中の迷いが集中力を鈍らせる。それが釣竿にも伝わってしまって、やはり釣果も芳しくない。
今の私に何が足りないのか、何が噛み合わないのか。考えれば考えるほどにドツボに嵌っていく感覚で、一向に打開策を見いだせない。
「お魚さんや。何かヒントでもくれませんかね」
ダメ元で聞いてみれば、返ってきたのは波の音。そりゃそうでしょと、苦笑して立ち上がったその時の事だった。
「素直になったら良いじゃない。自分にも、他人にも」
「へっ……!?」
声を掛けられると思ってなくて、それゆえの驚愕に一瞬崩れたバランス。その拍子に鞄から放り出されたノートが、発声者の足元に着地する。
それを拾い上げて、彼女は溜息と共に歩み寄ってきた。
「丸1日の自由時間、楽しめたかしら?」
「キング」
「珍しく昼寝とかもしなかったようだし」
「ずっと見てたの?」
そうよ、とあっけらかんに返された言葉に、私はどうにも居心地が悪かった。なんというか、
「それを言うなら貴女だってそうじゃない。偵察するにしても、それに長時間を費やすような熱心な
しかしそんな考えを見透かして繰り出してきた反論に、私は口を閉じざるを得ない。な、なんだこれ。キングにしては察しが良過ぎない?
「トレーナーに指示されたのよ、私も」
「私をストーキングしろって?」
「有り体に言ってしまえばそうね。私が一番合ってるのは差しだから、マークする感覚を掴んでみろって言われたわ」
「はれま、トレーナーさんも意地が悪い」
でも、これでまたトレーナーさんの腕に信頼を抱けた。さっきからキングが私の内心に慧眼を光らせてるのも、きっと1日掛けて私を観察したからだろうし、その観察眼をレース中に生かせれば状況把握と瞬時の判断に役立つ。差しウマ娘にとって、その能力の向上は非常に重要な課題だろう。
これでキングはまた一つ強くなった。ライバルとして嬉しい限りで、でも同時に焦りと苛立ちで気分が沈んだ。私、何やってんだろ。
「気落ちしてる暇があるのかしら?」
そんな私を、キングはまたも叱咤する。
「分からない?トレーナーが私にこんなトレーニングを指示したのも、貴女の力を信じているからよ」
「トレーナーが、私を?」
「だってそうじゃない。貴女へのマークを練習させるって事は、菊花賞で貴女が出走者達を牽引する、それが出来るだけの実力がある事を見越してるからこそだもの」
そう言って、キングは私の前にしゃがみ込んでノートを差し出した。砂塗れのそれを受け取って、私はようやく彼女の瞳を見つめ返す。
「トレーナーさんから聞いたわよ、貴女が毎夜1人で自主練に励んでいる事。昨日倒れたのもその疲労が祟ったからでしょ」
「あちゃ、バレバレだったか」
「もう、自分を誤魔化さないでよく聞きなさい。フラワーさんも、トレーナーさんも、そして私も、貴女を信じてる。その実力も、勝利への情熱も。だから貴女も、私達の事を信じなさい。吐き出してみなさい」
真っ直ぐな視線が、私の逃げ道を塞ぐ。その焦りの真意をひけらかせと唆す。
その誘いを前に、私に逃げる選択肢は残されていなかった。勘弁だ、私の負け。
「…昔さ。実家の近所に、すっごく頭の良いお姉さんがいたんだ」
「……」
紡いだ言葉を、キングは黙って受け入れてくれる。それに甘えて、ポロポロと口から溢れ出す思い出。
「小学校を卒業する頃には高校の範囲とかもコンプリートしちゃっててさ。当時はニュースとかにもなったんだよ?“東大級の頭脳ウマ娘”ってさ。実際に東大の教授さんからも勧誘されてたみたいで、でもそれ以上に足が速くて。結局一回も競争じゃ勝てなかったなぁ。いや、歳の差的に当たり前なんだけど」
「そんな凄い人がいたのね」
「うん、凄かった。彼女は頭脳を惜しまれながらも夢を追いかけ、地元の星になるべくレースの道に進んで、中央でなんと2勝!その報が入る度に、私は爺ちゃん達と一緒に喜んだもんだよ」
お姉さんが芝の地平に躍動する姿を、テレビの画面越しに眺めて自分のように喜ぶ。いつか私もと、そしていつかお姉さんの隣でと、夢を重ね合わせた。
そして。
「お姉さんはさ、クラシック路線を目指して皐月賞に挑んだんだよ」
「どうだったの?」
「帰って来なかった」
キングの顔色が変わる。こんな話を聞かせてしまって申し訳無いけど、もう私は私を止められない。滲む視界で、さっき受け取ったノートを握り締めた。
「このノートは、お姉さんの夢なんだよ」
弥生でスペちゃんに負けて、死に物狂いで頑張った。ノートに書いてあったお姉さんの記録を基にトレーナーさんに食事メニューやトレーニングを組んでもらって、皐月を獲り返す事で証明してみせた。お姉さんは正しかったんだと。
「私は、お姉さんの夢の続きを走るって、誓ったんだよ」
でもダービーで負けて。スペちゃんにも、実力的にはエルちゃんにも完敗して、揺らいだ。
その揺らぎを埋め直すように、寝る間も惜しんでトレーニングした。それをフラワー達にバレたくなくて、心配されたくなくて、昼のトレーニングをサボって。それを埋め合わせるように更に夜へ注ぎ込んだ。トレーナーさんに叱られたけど、自分でも止められなかった。
そして昨日、あのザマだ。
「分かんなくなってきちゃった」
何をすれば良いのか。
どうすれば良いのか。
そもそも、お姉さんは私の走りで喜んでくれるのか。
何が正しいのか分かんなくなって、そして漸く気付く。こんな状態で走ったって、そりゃ身になる訳が無い。グラスちゃんが言ってたのはこういう事だったのか。
「……うん。ありがとうキング、自分の中でいろいろ整理がついた」
ふやけた目蓋を擦って、心からの笑みを向ける。後は自分の中で決着を付けよう。
…そう思ってたんだけど。
「……お」
「お?」
「おバカぁ!!」
ズバーン!という音と共に視界が激しく揺さぶられた。っていうかチョップされた!?痛っ!!
「ななな何するんだよキング!」
「お黙りなさいこのヘッポコ!!最近楽しくなさそうに走ると思ってたらそういう訳だったのね!?」
プンスカ怒るキングは可愛かったけど、頭頂部を打ち抜かれて今もグワングワン揺れる私としてはそれどころじゃない。そんな私に、彼女はなおも畳み掛けてきた。
「スカイさん!貴女の名前を言ってみなさい!」
「せ、セイウンスカイ」
「そうよセイウンスカイよ!決してその“お姉さん”じゃない!貴女は貴女で、貴女の走りは彼女の走りじゃないのよ!!」
息を吸う。そして次に放たれる言葉に、私は強い衝撃を植え付けられる事になる。
「彼女を想うなら…
「……!」
「貫きなさいよ、貴女自身の走りを!貴女がお姉さんと一緒に走りたかったように、お姉さんもきっと貴女と走りを共にしたかった筈よ。なら、彼女に誇れる自分の走りを取り戻してなさい!!天国の彼女に見せつけて差し上げなさい!」
肩を掴んでぶつけられた言葉の羅列に、私はただただ目を見開くばかり。反省の言葉も反論の糸口も出せず、出す気も起こせず、粛々と受け入れる。
「もう一度言うわ。私達は貴女を信じてる。お姉さんではない、目の前にいる純粋な
「私を…」
「さぁどうするのスカイさん。ここで終わるなら、私は貴女を踏み台にするまでよ。それで良いのかしら?」
……違う。
それで良い、訳が無い。
「私は……終わらないよ」
「じゃあどうすると言うのかしら」
「獲るさ」
そうだ。私は皐月のウマ娘、その称号を手にしたのは紛れも無い私の実力なんだ。お姉さんに捧げる称号で、だけどその為に
その一冠だけで、満足して良い筈が無い…!
「菊花賞は私の物だよ!誰にも渡さない、キングにだって!!」
「ふふっ、そうこなくっちゃ。その情念すら踏み越えて進むのがキングの王道よ!」
ありがとうキング。やっぱり君は本当に凄いや。
ダービーの後、気落ちしてた私とトレーナーさんを元気付けた時だってそう。私が暗闇の中にいる時、君はいつだって輝いて
…いやホント、負けてられない。その光に劣らない輝きを放っていたい。
見下ろすように高笑いする彼女と相対するように、私は立ち上がって胸を張って笑い返した。夕日が沈んだ地平線に、少女2人の声がどこまでも木霊していた。
「グラス!スカイさんとキングさんがスペちゃんに模擬レースを申し込んだそうデス!一緒に見に行きまショォ!」
「エルぅ〜?今日も貴女は根性トレーニングの予定の筈ですが?」
「ケ!?で、でもこれは見逃せなくて…すぐ戻るから許してくだサイ……」
「……仕方ありませんね。今回だけですよ?」
「ありがとうございマァス!」
(…次は私の番ですね、スカイさん)
誰かの所為にしたいが自分の顔しか思い浮かばない定期