ストックを積みながら投稿プランを練り直します。暫しのお待ちを
「それそれそれそれそれーっ!」
「負けませんっ!!」
夏合宿も終盤。最後の追い込みの時期に入り、ウマ娘達も練習に一層精を出す。
この2ヶ月間、俺のチームは海の近くであることを活かして走ったり、勉強したり、ツイスターゲームで体幹を鍛えたり、バーベキューしたり…してたら「海関係無いじゃん」ってキレられたり。まぁ基礎と息抜きは大事だからな、うん。
で、今は最後の仕上げのダッシュ練習。今回目覚ましい成長を見せたのは、スペシャルウィークとテイオーだ。スペは北海道の長い内陸生活で海には不慣れな傾向があるし、テイオーは夏合宿そのものが初めてだから2人とも砂に悪戦苦闘。
しかしそれも最初だけ。ダービーで勢いづき、更にスズカの宝塚記念に触発されたスペはすぐに持ち直した。テイオーも持ち前の適応力と、マックイーンへの対抗心で即座に砂上の走りを物にし、今ではチームの誰よりも激しく跳ね回っている。トラック5周目、余力としてはもう少しいけそうだな。
「2人とも、ペース配分把握しろ!余力残せよー!!」
「はい!」
「ラクショー!何本だっていけちゃうし大丈夫だよ!!」
「余力残せっつってんだろ!」
そう2人に声をかけるのは、彼女達の隣を走る凱夏君だ。
……はい、そこの君。「ヒトオスがウマ娘と並走できる訳ねーだろJK」って思ったでしょ。
もちろん本気のウマ娘に人間がついていける訳が無い。もし仮に出来たとして、ウマ娘以上に脆い人間の体で同じ出力を出したらそれだけでバラバラ死体になっちまう。
けど、今やっているのは飽くまで練習だ。それもペース配分を考えて抑え気味にする主旨の。
それなら、飽くまで一周ごとに目の前に来た一区間だけ、そこを全力で走れば人間だってウマ娘について行く事も不可能じゃない。何より止まったままの指示じゃ、走ってる側からすれば風切り音で聞こえ辛いから、並びながら指示するに越した事は無いんだよな。
ちなみに抑えているとはいえ、今スペ達が出してる速度は目測で40km/時くらい。現状、凱夏君は5連続でそれに追随している。
「ごめんやっぱおかしいわ…」
「言えたじゃねぇか」
現実逃避が難しくなって膝をつく。隣のゴルシに慰められるってもうどういう状況だよこれ。
凱夏君!世界陸上、出よう!人間部門で頂点獲れるよ君!!
「スペちゃん達の走りを見てたら、私もウズウズしてきたわ。トレーナーさん、私も参加して良いですか」
「ダーメ。アイツらは体力が有り余ってたからやらせたけど、スズカはもう疲れてるだろ?走りたい気持ちは毎日王冠まで取っとけ」
「…むぅ」
膨れっ面で頭を差し出してくるスズカ。ああなるほど、不満解消に
「よっと」
「…!」
頭に手を置いて、そのまま撫でてやる。そうするとスズカの笑顔がパァッと花開き、目に見えて機嫌を直して行った。
「……♪」
これが、宝塚記念が終わってから俺とスズカの間に生まれた暗黙の了解にしてルーティーン。何か良い事があって褒めてもらいたい時、悪い事を紛らわしたい時、スズカは俺に撫でるのを要求するようになったんだ。こちらとしてはそれで気分を良くしてくれるならそれに越した事は無いし、何よりにこやかに微笑むスズカが可愛らしいから積極的にやるようにしている。
「トレーナーさん、
「マックイーン、アレは言うだけ無駄よ。スズカさんには悪いけど本人が気付くまで放置が一番なんだから」
「あわわ…スズカ先輩とトレーナーが……やっべ鼻血」
でも何故か分からんが、これをやると他のウマ娘からの目線がやけに痛い。「お前らもして欲しいのか?」と聞いたら蹴りが返ってきたし。
凱夏君に聞いたら「うーん……俺もロクな回答は出来ませんが、少なくともおハナさんにだけはしないで下さいねその質問」と釘を刺された。何故。
と、そんな事をしている内に周回が終わったようで3人揃って戻って来たみたいだ。
「もーっ!ボクまだやれるもん!!」
「この夏休み中ずっとそれだな」
「あはは……」
…で、なんで凱夏君はテイオーにタワーブリッジを仕掛けてるのか。
「いやぁ西崎さん、これはですな」
「走るー!!」
「うぉぅふっ!?」
テイオーが暴れた拍子に、2人揃って砂浜にもんどり打った。そんな彼らに代わって説明役を買って出てくれたのはスペだ。
「テイオーちゃんがまだまだ練習し足りないらしくて、伴走後に駄々こねちゃいまして。あんな風に凱夏さんが取り押さえたまでは良いんですけど…」
「抵抗を続けてる感じか……」
仕方が無い、凱夏君に任せたいがこれは
「テイオー、もうやめてやれって」
「あっ西崎さん」
「トレーナー!でもボクはこの夏合宿で……」
「会長に追いつく、だったか?凱夏君はずっとそれに付き合ってたな」
「そうだけど?」
「彼は人間だ」
「……あっ」
テイオーも、それでやっと凱夏君の額から滝のような汗が流れている事に気付いたようだった。
この夏合宿、凱夏君は本当にテイオーに付きっきりだったと記憶している。坂路トレーニングに行きたいと言えばすぐに赴き、水泳したいと言えば共に海へ繰り出し、腹減ったと言えば食事を差し出すなど、それはもう彼女の召使いのように献身的に。
それに加えて、毎日風呂上りにチーム全員のマッサージとかまでやり出して、助かるとは言え幾ら何でも彼自身がオーバーワークだ。このままじゃいつか倒れてしまう。
「意欲があるのは良いが、他人を巻き込んでまでやるのはいただけないな。少し落ち着け、な?」
「ぐぐぐ…ごめん凱夏」
「いや、俺の好きでやった事だから…でもありがとうございます、西崎さん」
これで一件落着。テイオーも落ち着いたし、あとは頑張ってくれた全員に“ご褒美”をやらなきゃな。
「さて、この後は皆お楽しみの
「バーベキューですか!?」
「スペ、それはもうやっただろ」
「模擬レース…」
「スズカ、だからその気持ちは毎日王冠に…」
「近くにサーキット場があったんで行きたいです!!」
「ウオッカ、10kmの距離は人間感覚で“近く”とは言わん」
「泳ぎで一番を競うのね!?」
「もうほぼ毎日やったろスカーレット」
「そういえば風の噂でスイーツ店が最寄りの町で出来たとか…」
「ダイエット中だろマックイーン」
「ちなみにその店開いたのアタシな」
「ゴルシお前いつの間に」
だ、駄目だ。どいつもこいつも欲望が暴走してやがる…ていうかマックイーンはともかく他の奴らは去年もめちゃくちゃ楽しんでたのにもう忘れたのか……。
「あーもう。トレーナーを困らせちゃ駄目でしょセンパーイ?」
「そういうお前は分かってんのかよテイオー」
「もちろん!会長に追いつく為に学校行事とか慣例とかは大体覚えて来たんだから!」
その真面目さをもうちょっと日常生活で出してもらえないか、という思いで凱夏君の方を見ると、彼もまた為す術無いように首を振ったのだった。
その間にも、テイオーは海とは逆側ーーー合宿所の後ろにそびえる山の中腹、神社がある辺りを指差す。
「トレセン夏合宿、その〆の定番!夏祭りだー!!」
〜〜
「わぁ、キラキラでピカピカだぁ!」
時刻は18時を過ぎた頃、盛況を呈する祭りにテイオーは目を輝かせる。俺はと言えば、後ろでその微笑ましい背中がピョンピョン跳ねるのを見守っていた。
西崎さんを含むスピカの他の皆は、それぞれが思い思いにペアやトリオを組んで出店巡りと洒落込んだ。誰が誰と組んだかは…まぁ、察しがつくだろう。
「ねぇねぇ凱夏、あそこのお面で被りっこしよ?どれがいい?」
「え?ああ、こん中だったら……」
はしゃぐ声を耳にしながら、選んだのは狼の仮面。
それを見せるとテイオーは、「ちょっと待っててね」という言葉と共に財布を取り出した。
…財布?
「おい待て!こんな所で俺を幼女に奢らせるクソヒモに貶めるな!!」
「え?ちょっと待って本気で何言ってるか分かんないんだけど」
「こういう時は普通に俺が金出すって事だよ。大人の面目ぐらい立たせてくれ」
こういう時にまで子供に金の心配させるほど落ちぶれちゃいない、と自らの財布を取り出そうとすると、今度はその手を掴まれた。え、いや、どういう意図?
「良いから良いから。今回はボクが、ね?」
「何を企んでんだ?」
「ちょっとー!普通に100%の善意だもん!!」
「だとしても急にお利口になり過ぎなんだよ!」
くそっ、ここでテイオーに金を出させて、それをゴルシやら何やらのヤベーウマ娘に目撃されてみろ!俺の学園でのヒエラルキーは一気に最下層だぞ!?
っていうか、コイツもコイツでなんで意固地に……
……あっ。
「お前、昼の事まだ気にしてんな?」
「うぐっ」
案の定だ。テイオーはクソガキの癖に妙に繊細な所があるから、こういう異変は大体即浮き出る。
「俺は好きでお前のトレーニングに付き合ったんだ。反省する必要が無いとは言わんが、俺に対してそんなに気に病む必要は無いぞ」
「でも、ボクって凱夏にしてもらってばっかりで……」
「お前は“伝説”になるって言ったろ」
コイツに必要なのは
「俺はその近くにいるだけで充分“してもらってる”んだよ。伝説のそばにいられるだけでどれだけ光栄か」
「なんでそんなにボクを信じられるの?伝説どころかまだ1勝しただけじゃん」
ギクリ、という擬音が身体の中で鳴ったようだった。
……でも、嘘は言わない。
「お前の才能と、夢を見たからだよ」
あの日、幼いお前が風船を掴もうとしたその時。素晴らしい加速と跳躍を発揮した時。
あの日、ルドルフの記者会見に乗り込んで夢を叫んだその時。人混みをかき分ける勇気と、爛々と輝く瞳を垣間見た時。
…あの選抜レースで、激情の走りを見せつけられた時。
本当に揺り動かされたんだ。その強い、強い意志の発露に。
俺に無い物だったから。
「だから、俺がお前に尽くすのは当たり前なんだ。例えそうじゃなくたって、トレーナーは担当ウマ娘に全力を注いで当然だしな」
「あはは。責任重大だなぁ」
「なぁに、そう
「……うん!」
多分伝わったと、そう信じて2人手を繋ぎ夜の喧騒へ歩く。その足取りは軽く、でもこの想いを忘れないように。
「凱夏」
「どした?」
「やっぱり助けてもらうだけじゃ我慢出来ないからさ。この夏祭り、ボクがいーっぱい楽しませてあげる!」
ぼんじりに照らされニシシと笑うお前の顔を、俺は表情を引き攣らせずに見れただろうか。
激痛に喘ぐ両足を理性で捻じ伏せながら、俺はただただ申し訳無かった。
定期投稿は休止しますが、不定期投稿に切り替えるだけなので未完とかそういう設定変更はしません