パレードを終わらせない   作:スターク(元:はぎほぎ)

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ちょちょいっとリハビリ
ちなデジたんは未取得なのでニワカです


じゅるりらノイズ

 アグネスデジタルは勇者である。デビューはまだしてない。

 どこでウマ娘好きになったか(とん)と見当がつかぬ。なんでも気が付いたらレース場で、そしてライブ会場でウヒョウヒョ鳴いていた事は記憶している。しかも後で聞くとそれは“限界オタク”という人間中でも結構奇異な種族であったそうだ。

 そして今、彼女は勇者として自身の限界へと果敢に挑んでいた。

 

「うひょ〜〜〜〜!!!」

 

 そして無事死んだ。

 魔王にやられた訳ではない。自分で即死判定に飛び込んだのだ。

 “海で戯れ合うウマ娘達”という分かりやすい激尊空間を直視するという愚行、その代償は大きかったようである。

 

(む、無理…弾ける笑顔、飛び散る汗、滴る海水、弾む肢体……網膜焼けちゃうよ〜…!!)

 

 デジタルは激怒した。必ず、この最弱耐性な己の精神を鍛えねばならぬと決意した。

 デジタルには我慢が分からぬ。デジタルはトレセン学園のウマ娘である。勉学に励み、己もレースに出る日の為に鍛錬を積んできた。

 けれども尊みに関しては人一倍、ウマ一倍敏感であった。なんなら感度3000倍。

 

 

「べらんめい!次はアタシらが決めるぜクリーク、気張れぃ!!」

「あらあら、これは頑張らないとですねぇ」

(ひゃぁぁあああ!イナリワン先輩の鬨の声に応えるべく静かに気力を漲らせるクリーク先輩カッコイイよぉ!!頼もしい……ママァ…!)

 

「ハッ、返り討ちにしたるわ!!いくでオグリィ!」

「……」

「オグリ?」

「…あ、タマ。このビーチボールって食べれるんだろうか」

「スイカ柄なのはペイントされてるだけじゃいっ!!」

(あわわぁぁぁオグタマコンビの生漫才ですとぉぉぉぉ!?凄い、示し合わさずとももはや阿吽の呼吸!二人の仲はそれほどまでに…!!)

 

 

 あぁ^〜デジタルが押し潰される!

 ウマ娘の尊み度が上がっていくぞ、ウォォこの指数はビッグバンを引き起こすだけの以下略

 ……というナレーションが、デジタルの脳内で響き渡る。走馬灯である。

 

「痴話喧嘩たぁ余裕だな!吠え面掻いても知らねぇぞ!?」

「誰が痴話喧嘩や!さぁ今度こそいくでぇ!」

「……スイカ……」グギュルルルル

「オグリちゃん、この後ニンジンご飯食べさせてあげますから我慢しましょうね〜」

「本当か?!」

 

「平成怪物世代……仲良し………しゅき♡」

 

 とうとう耐え切れなくなり、デジタルは隠れていた茂みの中で倒れ伏した。享年十……何歳かは分からない。とにかく、早過ぎる夭折には違いないだろう。

 合掌。

 

 

 

 

 

 

「まぁ、生きてるんですけどね」

「君は相変わらず謎の蘇生過程を経るね」

 

 フンス!と目を輝かせる目の前のルームメイトに対し、アグネスタキオンは呆れるやら好奇心やらで複雑な視線を向けた。心停止している所を発見した時にはどうしたものかと思った彼女だが、直後に「ハッ、近くにウンスキンの波動を感じる!」と飛び起きたのには心底驚かされたものである。少し前に解析してもその理屈を全く解明できなかったのだから、タキオン的にはどう捉えれば良いのか困り物だ。

 ちなみに今は二人に割り当てられた合宿部屋。蘇生したとはいえ消耗していたデジタルを、タキオンはここまで引きずって来たのであった。

 

「尊みを放つウマ娘が近くにいる限り、そのエネルギーを受けてデジたんは生き返ります。何度でも蘇りますさ!!」

「蘇る度にそのエネルギーを受けて死ぬのはなんとかならないのかい?」

「無理ですね」

「えぇ……この夏合宿でもう6回目だよ」

「タキオンさんが出くわさなかった時も含めれば20回ですね」

「もう毎秒ペースかな」

「えへへ」

「褒めてないが」

 

 夏合宿初日に2回。

 最初の1週間で7回。

 2週目で5回。

 3週目で10回。

 そしてこの最終週半ばで既に6回。ハッキリ言ってどうしようもない、何よりデジタルがその現状に満足しているから救いが無い。何しに合宿きたんだお前。

 

「特に4日目に見たグラエルは最高でした……グラス先輩あんなに気安く技()めるのってもう“そういう事”ですよね?お二人はそういう仲なんですよね???しかも私、お二人に運命的な何かをビンビン感じて大変です。百合の間に挟まる気はありませんが」

「さぁ?私は心理学には疎いからどうにも」

「あとは14日目のシャカファイ……いやファイシャカ?押せ押せファイン先輩にタジタジなシャカール先輩はやっぱり王道ですねぇ」

「シャカール君に関しては私も素直になった方が良いと思ってるよ」

「ですよねぇ!!」

「圧が強い」

 

 ベッドにデジタルを押し留め、タキオンは一つ嘆息。問題児である自覚のある彼女だが、そんな存在を振り回せるのはこのデジタルだけかも知れない。

 

「なんにせよ、君は重要なモルモットの1人なんだ。芝もダートも走れるその体は貴重なサンプルなんだからもっと大事にしてくれたまえ」

「はぅあ…光栄の極みアッー……」

「じゃ、私は失礼するよ。やる事があるからね」

 

 それだけ言い残して閉じられるドア。つかの間の静寂の後、デジタルはベッドから己の鞄に手を伸ばした。

 

「言われた通り休みますけど、その間でもウマ娘ちゃん摂取は欠かせませんから!」

 

 取り出したのは“秘!ウマ娘ちゃん栄光記録”と銘打たれた冊子。中身はこれまでに自身が撮影した、または過去のレースで公開された公式の写真集。中央から地方まで、己が命を削って撮り、雑誌から切り出し、今も新たな記録を綴っている宝物だ。

 というか、なんならレースだけでなく引退後の写真まであったりする。別に盗撮とかではなくそれこそ雑誌や新聞からの切り出しだから違法性こそ無いのだが、それはそれとして第三者が見ると顔を引きつらせる事間違い無しだろう。

 ちなみに昨夜、就寝前に同じようにベッドで横になりながら読んでそのまま一回死んだ。階下の部屋で同衾のウマ娘達が抱き合って寝てなかったら、そのまま還って来なかっただろう事は想像に難くない。休む気あるのかお前。

 

「うへへ〜。トゥインクル時代のバクシンオー先輩カッコ良過ぎィ!今もイケウマですけどやっぱ若い命が真っ赤に燃えてますわ、自分ファンになって良いすか?」

 

 パラパラとページを(めく)りながら、しかしその1枚1枚へと目を血走らせるデジタル。傍から見れば狂気だが、残念ながらそれを指摘出来る存在はここにはいない。

 栄光を叶えたウマ娘、叶えられず歯を食いしばるウマ娘、その全てがデジタルにとっては輝きだ。じゃけんこうやって永久保存しましょうね〜、となる辺りがやはり狂っているが。

 

 

 

 

 そんな天国写真集を眺めていた悦楽の瞳は、突如として無に染まった。

 その視線の先にあったのは、栗毛の少女の写真が貼られたページ。

 

 

「……テンポイントさん」

 

 流星の貴公子。かの桐生院の申し子たるトウショウボーイと鎬を削り、TTGの一時代を築いたアイドルウマ娘。

 ライバルとの激闘の末に勝利をもぎ取った彼女へ、世間はあらん限りの喝采を投げかけた。それだけ素晴らしいウマ娘で、デジタルも幼い頃にレースを見てそれは興奮したものだ。

 そんな彼女の写真を黙視したデジタルは、引退後のウマ娘達の画像を纏めたページを開く。そこに彼女の姿を探して。

 

 ……だと、いうのに。

 

「いない……」

 

 デジタルは、環境が悪ければストーカーに育っていた類のウマ娘である。環境が良かったから善良なオタクで済んだが、その情報捜索能力には天性の才があった。

 それを活かし、この写真集に現役時代の姿が載っているウマ娘の多くにおいて、現役を退いた後の姿も手に入れている。過酷なレースの果てに幸せを手に入れた少女らの姿に尊みを感じる為である。

 だが、その中にテンポイントの写真は無かった。

 

「怪我後の消息、不明なんですよね……」

 

 テンポイントはレース中の故障に見舞われた際、全国からのファンの要望を受けて復帰に向けた治療に専念した。この世に残っている彼女の記録は、それが最後であった。

 普通に考えて、治療が上手くいかずにそのまま立ち消えした…と見るのが常識だろう。いやまぁそれでも充分悲しい話だが、それならまぁ怪我を長引かせたまま下手に現役続行して最悪の事態になるよりかは引退して健康に暮らして欲しい、という思いでデジタルは我慢できた。

 だが、音沙汰が()()()()というのはやはりあり得ないのではないか、という考えが去来してしまう。仮にもGⅠ2勝で時代を率いたウマ娘が、引退後にマスコミに一切追われる事無く雲隠れ?というか、寧ろマスコミ側が()()()()()()()()()()かにも思えてしまうレベルで情報が出て来なかったのだ。

 それでも、テンポイントだけなら“ただの偶然”としてデジタルは飲み込めただろう。そもそも引退後に無理に追うなんて褒められた話ではないし、それを有難がっていたらとてもじゃないが善良オタクは名乗れない。推しの平穏と幸せを願うのが最低条件である事を、決して忘れてはならないのだ。

 

 …だが。

 

「他にも似たようなウマ娘ちゃん、多過ぎませんか……?」

 

 一度溢れ出た疑問は、もう留まる事を知らなかった。

 テンポイント程ではないが、GⅠを勝ったウマ娘達が複数。

 GⅡを獲ったウマ娘がそこそこ。

 GⅢも言わずもがな。

 それぞれ、そして全て併せても総数からすれば微々たるものではあるが……そこには確かに、闇に消えたウマ娘達がいた。

 いや、()()()()

 

 

「……って、何考えてるのデジたん!陰謀論は厄介ファンの始まり!自戒!!」

 

 変な方向に転がり始めた思考をセルフビンタ。ヒリヒリと痛む頬が、意識を現実へと引き戻す。

 気が付けば、外はもう暗くなり始めた時間帯。妙に淀んでしまった気分を変えるべく、そして幸せな夕飯タイムを楽しんでいるウマ娘達を堪能するべく、デジタルは食堂へと繰り出すのだった。

 

 

 

 

 

 で、その日の深夜の事。

 

 

「ぐへへ……悪いウマ娘ちゃんはいませんか〜…?」

 

 お前だよ。

 と言いたくなるぐらいのレベルでアカン顔をしたデジタル。相も変わらず茂みの中を滑るように匍匐前進している。

 目標はウマ娘。それも合宿所から抜け出すような、後ろ暗い行為に手を染めた者達。

 

(夏!夜!!二人きり!!!これはもう実質夜這いですよ、うまぴょいですよ!)

 

 密会に勤しむ少女達を煩悩MAXで探すピンク髪。誰か警察に突き出した方が良いよコレ。

 

「うひひ……あっでも見回ってる会長さんや副会長さん達には見つからないようにしないと。お手を煩わせたら流石に申し訳ない」

 

 変な良識だけは持っているのが余計ややこしい。だったらそもそも脱走するなと言いたい所だが、やはりそれを言える存在はここにはいなかった。

 そんな彼女の耳がピンと立つ。デジタルイヤーは地獄耳、集中すれば1キロ先でウマ娘カップルが成立した波動を感じ取れる高性能レーダーなのである。

 そんなデジタルイヤーが感知した魚影ならぬウマ娘影、総数2つ。場所、砂浜!!

 

(し、しかもこれは!よもやよもやのタキシャカじゃないですかヤダー!!)

 

 ただでさえ爆裂的に高かったテンションが一気に天井をブチ破った。その衝撃でデジタルは死んだが、やはり即蘇生した。

 

(メンバー的に間違いなくデータのやり取りを目的とした集い!いやまさかワンチャン修羅場!?いやでもシャカール先輩にはファイン先輩が、うわああもう何にせよ我慢出来ないよぉぉぉ!!)

 

 一心不乱に砂浜へ直進するデジタル、しかし一切物音を立てていないのはさすが変態と言ったところ。よだれを垂らしてヌルヌル挙動を放つその姿は間違っても勇者とは呼べず、どちらかというと洞窟とかで勇者と闘うキモい系モンスターの系譜だった。ギギネブラ的な。

 そうしてたどり着いた地平、開けた砂浜。海面に揺れる月の下に話し合う3()つの影を肉眼で捕捉し、デジタルは動きを止め息を潜めたのだった。

 

 と、その時に気付く。

 

(…あれ、3人?)

 

 レーダーで捉えたのはウマ娘3人のみの筈。という事は、残り1人はウマ娘ではない。

 隠れた茂みの隙間から、意を決して双眼鏡(50000円オーダーメイド。多機能高性能)でその集いを覗く。

 

 アグネスタキオン発見。月を背に浮かべた微笑が蠱惑的。デジタルは死んだ。

 エアシャカール発見。書類を手にニヒルに笑う姿が恐ろしく格好良い。デジタルは死んだ

 そして最後の1人。2人が見つめるその影は。

 

 

「……牧路トレーナー?」

 

 

 月光に燻んだ白髪を照らされた、人間の青年。

 なんでこの集まりにトレーナーが、とか、なんでスピカ所属の人が無関係のウマ娘と集まってるのかとか、そういう疑問はすぐに吹き飛んだ。

 ボンッ、と鳴った音によって。

 

「…!」

 

 彼が、走り出した。

 それだけの事なら驚く事は無い筈だった。所詮人間、ウマ娘の走る速度に比べたら蟻にも等しい。言っちゃ悪いが、身体能力に限れば取るに足らない。

 ならば、何故?

 

「速っ…?!」

 

 もちろん、全力のウマ娘に勝てる速度ではない。表情を見るに彼は全身全霊を注ぎ込んで走っているようだが、所詮手加減したりレース途中でペース調整をしているウマ娘に追随出来るかどうかが関の山だろう。

 

 ……つまり、そう。

 ()()()()()()()()()

 人間の足で、ウマ娘に。

 

「デジたんの体感的には、長距離OPの中盤ペースに匹敵しますよ…!?」

 

 驚愕する傍ら、再度双眼鏡を向ければ既に青年は走るのをやめていた。距離にして200mほど、それを走り抜いた先で荒い息を吐いている。

 そこへ駆け寄り、何か声を掛けて会話を始める2人のウマ娘達。内1人、タキオンが、何かを言い返した青年の足首を掴む。

 そして、そのジャージズボンの裾を膝までめくり上げた瞬間。

 

「…〜〜〜っ!?」

 

 目にしたデジタルは、声にならない悲鳴を上げた。

 

 

「おや?」

「あァ?」

「……見られたか」

 

 訂正。抑えたものの結構な悲鳴を上げていた。

 

(やばいやばいやばいバレたバレたバレた邪魔しちゃったぁー!!)

 

 半分は「推しの時間を邪魔してはならない」というオタクとしての最後の意地、もう半分は目の当たりにした光景に対する純粋な恐怖から、瞬時に逃走を選択したデジタル。何にせよ、“見てはならない物を見た”という一念が彼女を突き動かす。

 そして、終わる。

 

「オッスオッス」

 

 初動で振り返った瞬間、目の前に立ち塞がったのは銀の影。それが芦毛だと気付いたのは、()()()に視界を塞がれた直後の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「という訳で捕まえてきたんだぜ!」

 

 芦毛の不沈艦が嗤い飛ばす。

 

「ったく、下手に所帯増やすと面倒だぞ」

 

 黒鹿毛の狂バが毒突く。

 

「まぁ良いじゃないか、彼女の知見も得たかった頃合いだし」

 

 栗毛の科学者が微笑む。

 

「何にせよ、バレちまったモンはしょうがない」

 

 そして、白髪の亡者は歩み寄った。

 

 

「ようこそアグネスデジタル。闇チーム“ブラックホール”へ」

「は…はひ……」

 

 

 かつて。深夜のテレビに奔るノイズを、人は「砂嵐」と表現したという。

 まさにこの夜、デジタルな変態はその渦中へ惑う事となったのだった。

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