「グラスワンダー?」
茶道に用いる道具を買った帰り、その声に足を止められた。それは他ならない私の名前だったから。
「……どちら様ですか?」
「あ…いや、人違いだったらすまない」
「いえ、私はグラスワンダーで間違いありませんが」
呼び声の主である、白髪な年上の青年。その胸元に燦然と輝くバッジを見て、腑に落ちる。
「もしかして、学園所属のトレーナーさんではありませんか?」
「え?ああ、うん、そうだけど」
「あっ、やっぱり。今年入学させていただいた者ですが、私みたいな新入生まで調べてくださっているとは光栄ですね」
「……まぁ、そういう事で良いや」
歯切れが悪いが、それ以上に顔色が芳しくない彼。なんだか放って置けなくなり、私は問い掛ける事にした。
「何かお困りなんですか?」
「自分の存在意義が無かった事に気付いて困ってる」
思ったより重かった。迂闊に踏み入った事を若干後悔した。
しかし、尚の事見捨てる訳にはいかなくなって。
「貴方さえ良ければ、一緒に学園まで歩きましょうか」
「…へ?」
そう提案したのは、本当に純粋な親切心から。
「いえ、ここから学園まで遠いですし、1人で帰るのも寂しいかなと思っていた頃合いですし。差し支えなければ道中、愚痴の聞き相手ぐらいにはなれますよ」
「…助かる。実は無意識に放浪して迷ってもいた」
「あら〜」
これは相当な重症かも知れない。どのチームのトレーナーさんかは知らないけれど、学園に戻ったらたづなさんにカウンセリングを頼もうと私は思ったのでした。
その後、急く事も無くゆったりと歩みを進めて学園近く。陽も暮れ始めたその頃合いに、お腹の虫が泣いたのを見計らって野点をした。茜色に染まった空の下、ほの甘い緑茶の風味が和菓子に映える。
「夕されば、ですね」
「野辺と門田のどっち?」
「ふふっ、私はまだ恋とその寂しさを語れるほど大した人間ではありませんよ」
「じゃあ門田か」
ふと漏らした言葉に、彼が即座に該当する和歌で答えて来たのには少し驚き、そして同時に少し嬉しくもなりました。これでこそ、日本を勉強して来た甲斐があったというもの。
「謙虚なモンだ。将来の夢は大和撫子か何かで?」
「ご明察です。いずれは礼儀正しく教養に溢れる、凛とした佇まいで在れたら……と、日々修行中の身ですね」
「素人目にゃ、もう修行する必要も無いように見えるけどなぁ」
いえいえ、と満更でもないながら否定しようとしたその時の事だった。
「こんなに透き通るような栗毛に綺麗な顔立ちなんだし、引く手数多で恋だってすぐに知れるだろ」
スッ、と髪を梳かれる感触。同時に何気なく投げかけられた賛辞。
あまりにも流暢に、そして優しい手つきで行われたそれに、私の頭は情けなくも一瞬でフリーズしてしまう。
「
「……あっ」
思わず母国語のニュアンスで、しかしその実、言葉にもなってない意味不明な呻き声を上げてしまう。でも、それを受けて彼はその手を引っ込めた。
「す、すまん!なんかマジで無意識だった、通報してくれ」
「い、いえ!私も別に悪い気は……」
2人揃って同時に顔を背けたのは不幸中の幸い、と言えるかどうか。この真っ赤に染まった顔を見られなかったのは、少なくとも幸運だったと言えるかもしれないけれど。
この後、2人して気不味いまま学園で別れた。それが、私と凱夏さんの初めて出会いだった。
化け物になってグラスに介錯されたい。