パレードを終わらせない   作:スターク(元:はぎほぎ)

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 俺が有馬って言葉を初めて聞いたのは何がキッカケだったっけな
 割と幼い頃から何故かその単語だけは知ってたんだよなぁ


for December 26th

 翌日の選抜レース、見に来ているトレーナーさん達の中に彼の姿は見当たりませんでした。その事は少し残念だったけれど、目の前の勝負に対して全力を注ぐ事には何ら変わり無い。

 だというのに、2着。観覧席にいた人達や、レースを見ていたスペちゃん達は運が悪かったと慰めてくれるけれど、そんなことで自分は納得出来なかったし、したくなかった。

 故に私は、その日の夜にまた走り込み。

 

「君は逸材だ!想定外への対応力を磨けばもっと光れる!!」

「あなたは咄嗟の判断力に秀でているわ。後はそれを裏付ける学識と経験さえ積めば…」

「是非とも君を迎えたい。私のチームに入る気は無いかね?」

 

 そうやって差し伸べられるスカウトの手を、

 

「すみません」

 

 (ことごと)無碍(むげ)にする。

 失礼なのは分かっていた。でもそれ以上に、あの体たらくを晒した自分が許せなかったのだ。

 そして、彼もまた例外ではなく。

 

 

「グラス。リギルに来る気は無いか」

「…貴方は」

「牧路凱夏だ。先日は世話になったし、選抜レースも見てたよ」

 

 先日、気不味いまま別れてしまった人。そんな彼が、トレーナーとしての正装を纏って目の前に立っている。

 

「リギルって、確かエルちゃんが入部したっていう…」

「あぁ、トップトレーナーである東條ハナが率いる最強チームだ。俺はそこでサブをさせて貰ってる身なんでね」

「フフッ、やはり只者じゃない御仁でしたか」

「多分日本文化の勉強教材を間違ってるぞお前。撫子じゃなくて侍系のセリフじゃねぇか」

 

 一頻り笑い合った後、彼は顔を引き締めてこちらを見据えてきた。私も、それに応えるべく相応の視線で返す。

 

「……やはり、受けるつもりは無いのか」

「えぇ……申し訳ございませんが。勘違いしないで欲しいのは、トレーナーさんやチームに不満がある訳ではなくて」

「分かってるよ。けど……デビューが遅れるのも覚悟の上だな?」

「はい」

「さっき言ったようにリギルはトップチーム、あのルドルフの後輩としてレースの定石を学べる。その機会を逃しても?」

「後悔はしません」

「……俺の見立てでは、お前と東條さんの相性はこれ以上無い程良い。これを聞いても、ダメか?」

「………すみません」

「いや、此方こそスマン。無理にゴリ押したな」

 

 本当は嬉しい。そんなに私を高く買ってくれている事が有り難くて仕方ないが、それでも私は私自身の納得を優先させたい。その一心で頭を下げると、彼もまた同じように謝罪を返して来た。

 

「でも、空いてるリギルの席はどうすっかなー」

「いえ私は、」

「あっ、ごめん独り言だから気にしないで。まぁ埋まらなくても不都合は無いんだけど、いつでも対応できるよう準備だけはしとこっかなー」

 

 “気が変わったら受け入れる”という旨の言葉。それを受けて、私は去りゆく彼の背中に深々とお辞儀をしたのだった。

 

 

 

 

 

 

「グラスちゃん、知ってる?君がスカウトを受けないのって、穏やか過ぎて闘争心が欠けてるからだって思われてるよ〜。いやはや、無知は罪とはよく言ったもので!」

「セイちゃん」

「ナンデモナイデス」

 

 いつしか噂が流れ始め、しかしそういう勘違いをされても仕方ない自覚はある。甘んじて受けよう。真の己を発揮し見てもらうのは、それに相応しい実力を身に付けた後で良い。

 だから、一刻も早くその実力まで……

 

 

 

 そう思っていた頃合いの事。

 

「グラス、なんでリギルの勧誘を断ったんデスか?」

「エル」

 

 隙間時間に自主トレーニングを行なっていたエルに付き合い、併走をしていた時。合間の休憩で、突如そんな問いを投げ掛けられる。

 

「その話は何度もしたじゃないですか。そんなに忘れてしまうようなら、おでこにでも書いて差し上げましょうか?」

「違うんデスよグラス。牧路さんだけは他の人とは違いマス」

「……どういう事です?」

「あの人は、グラスの本当の性格を見抜いていマス!」

 

 エルが言ったのは、牧路さんだけは噂に流されずに真実の私を見てくれている、という事で。

 

「あの人、グラスが自主練で自分を追い込み過ぎるのを心配してマシた。それにアナタがアタシと一緒になんだか凄い世代になるとまで言ってて、おハナさn……東條トレーナーに激推ししてたんデス!彼は信じられマァス!!」

「……でも、私は……」

「グラスの言いたい事はよく分かってるつもりデス。でも牧路さんの言う通り、アタシもグラスが1人でやり過ぎてしまわないか心配デスし……」

 

 私を心配してくれる気持ちは分かるしありがたい。それにあの人が、噂に惑わず私を見抜いてくれていた事は素直に嬉しかった。

 ……でも。

 

「すみません、エル。私はこの意志を曲げるつもりは無いんです」

「グラァス……」

「だって、自分自身にも納得出来ないのに…人様に顔向けなんて出来ませんもの」

 

 妥協は出来ない。したくない。その穴を自分で埋められない者が、未熟な内に指導下に入った所でどれ程の結果を残せようか?

 せめて。そう、せめてーー

 

「次の選抜レースで、勝つまでは……」

 

 

 

「じゃ、勝ったら入ってくれるか?」

 

 聞き覚えのある声。ハッとして振り返ればそこにはラチにもたれ掛かって此方を見つめる彼の姿が。

 

「サブトレーナー!ケッいつのまに!?」

「ガキの頃から空気になって周りに気付かれないのは得意だったんでねぇ。いやまぁ影薄かったってだけの話だが」

「いや何歳からの得意技なのかを聞いた訳ではなくてデスね」

「それはそれとして」

「スルー?!」

 

 エルから此方へと向き直る牧路さん。その見通すような視線に、自然と私の背筋は引き締められる。

 

「次の選抜レース…8月後半あたりか。それまでに調整し切って臨むって事は、リギルとしても即戦力として歓迎出来る。上手くやりゃそのままデビューして、無敗のジュニア王者に君臨出来るかもな」

「えっ、ちょ」

「うん、おハナさんの調整力があればいけるいける。後は俺が……いや、これはまた後で考えるか」

 

 確かにその頃合いかな、と考えていたしジュニア王者も目指してはいた。しかし実際に目の前で勝手に予定を組み立てられては、いくら望み通りの物だったとしても困惑が先行してしまう。

 

「私はまだ入部すらしていないんですよ?そんな部外のウマ娘に、サブトレーナーである貴方が手を割くなんて……」

「おハナさんはああ(堅物に)見えてかなり話の分かる人でな。すぐに話せば分かってくれるだろ」

「いえしかし」

「しかしもお菓子も無ぇさ。素直に推させてくれよ、それが魅せつけた側の責任って奴だろ」

「「えぇ……」」

 

 エルと二人して呆れるが、それでも彼が本気である事はその目を見れば明らかだった。だからこそ疑問は大きくなるばかり。

 

「なんで、選抜程度で2位に収まった私にそこまでしてくれるんですか…?」

 

 思わず溢れでたその言葉に、我に返って後から口を塞ぐ。今の言い草ではまるで、いや実際あのレース自体を侮辱してしまった。あるまじき愚行だ。あまりの情けなさに顔が真っ赤になり、自分への怒りでその腹を切りたくなる。

 そんな私に、彼はラチを潜って歩み寄り…

 

 

 ポン、と頭に手が乗せられた。

 

「お前の()()()()所が好きだからだよ」

「……え」

「ふとした瞬間に目の奥に渦巻く勝利への欲求とかの事さね。お前、自分が思ってるよりも隠せてないし、何よりそんなに隠す必要自体が無いと思うわ」

 

 褒められた事が嬉しい反面、しかし望ましい事ではない為に私は膨れっ面になってしまう。そういう風に、感情を隠し切れない自分が好きになれないのに。

 

「私が大和撫子を目指してると知っててそんな事を言う辺り、意地悪ですね」

「底意地の腐れっぷりじゃ誰にも負ける気がしねぇな」

「褒めてません!…もう」

 

 素直に認めるのに時間が掛かったが、幾分か気が(ほぐ)れた。自覚出来る程度に微笑みを浮かべた私は、牧路さんへと問い返す。

 

「良いんですか?私が選抜レースで1着を取らない限り、貴方が空けてくれたメンバー枠は無駄になってしまいますよ?」

「でも次は逃す気無いだろ?」

「あらあら、そんな風に言われてしまうと……ふふっ」

 

 大きな期待を前に、思わず武者震い。そんな風に乗せられた私へと、彼は一本指を突きつけた。

 

「だが条件がある」

「何でしょうか?」

「指導させろとは言わん。だが次の選抜までの数ヶ月、練習風景は出来る限り見させてもらうし終わり際にマッサージ時間も設けてもらうからな。いざ入部ってタイミングで故障でもされたら、おハナさんと折り合いつかん」

 

 これまた破格の条件だ。エルの方を見れば「マッサージ」の所で目を輝かせてこっちを見てくるし、リギル内でも彼の評判は良いのだろう。

 だから、再び疑問がぶり返す。先程答えは貰ったというのに、未だ納得し切れない心が口を開いた。

 

「……なんで、」

「言うなよ」

 

 しかし、先んじて放たれたその言葉に私は制されてしまった。向けられたその瞳が、ただ真っ直ぐに此方を射抜く。

 

「お前はお前のために走って、俺はそれに勝手に期待した。それ以上の答えが必要か?」

「…!」

「だからさ…()()()()()()()()()()()()?」

 

 あからさまな挑発に、私の全身の毛が逆立つようだった。怒りではない、「望む所」という歓喜でだ。

 

「後悔させませんよ。だから、後悔しないで下さいね」

「そうこなくっちゃ、グラスワンダーは」

「えぇい、エルを無視するなデェス!入部内定が決まったんなら、そのお祝いに早速打ち負かして差し上げマァス!!」

「ふふっ、受けて立ちます。牧路さん、良いですね?」

「おう、早速模擬走ってんなら付き合うぜ」

 

 エルと二人でスタート地点に向かう。その背後から投げかけられる視線をひしひしと感じ、その頼もしさに私は頬を綻ばせたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…恩返しの真似事ぐらい、快くさせてくれよな」




 ちな、最強の2頭が競ったのは俺が生まれて間も無い頃でした。
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