パレードを終わらせない   作:スターク(元:はぎほぎ)

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Chained

 それからのグラスと牧路さんデスか?そりゃあもう選抜レースまでべったりデシたよ。

 グラスは毎日自主練するし、牧路さんもかなりの頻度でそれに付き合うし、アレはもう専属と言っても特に遜色無かったデスねぇ。特に牧路さんの方は、リギルのサブトレーナーの仕事を前と同じようにこなしながらデシたから「いつ寝てんの」ってぐらいだったのを覚えてマス。うん、今考えても多分寝てなかったデスよあの人。

 取り沙汰するとしたそうデスね…一番印象深かったのは選抜レース前に二人だけで体育館に入った時の事デシた。エルは興味本位で覗いたんデスがねーーーー

 

 

〜〜

 

 

 その頃、グラスワンダーは無性に沸き立つフラストレーションを抑えるのに苦心していた。

 特段、嫌な事があった訳ではない。疲れが溜まっている訳でもない。ただただ単純に、己の内より湧き上がる「走りたい、勝ちたい」という欲求が我慢ならなくなっていたのだ。

 

(無様な話です。トレーナーの方々を跳ね除けてデビューを遅らせたのは、他ならない私自身の決断だというのに)

 

 待ち遠しい。次の選抜レースが待ち遠しくて仕方がない。その時は望み通り近付いているというのに、それ以上に気分が昂って爆発寸前だ。

 一歩間違えれば、空焚きされたヤカンの如く高熱に見舞われ、その熱で己を融かしてしまいそうな程に。

 幸か不幸か、トレーニング自体は実に好調なのが鬱憤をさらに加速させた。好タイムを叩き出すグラスをエル達同期組は褒め称えたものの、その内面はマグマのように煮えたぎって暴発寸前だったと言える。

 だから、彼が動いた。同期組と同じく、彼女を最も近い位置からずっと見ていた彼が。

 

「グラス、武道ってどれくらい習ってる?」

「…は?」

 

 

 

「あの…本気ですか?」

「知らんのか?人間の体って替えが利くんだよ、移植とかでな」

「狂気じゃないですか!」

「流石に冗談だっての」

 

 お互いに道着を着込み、マットを敷かれた静謐な体育館で向かい合うグラスと凱夏。戸惑う前者に対し、後者が引き下がる様子は無い。

 

「で、でも“本気の空手でブン殴れ”って言われましてもですね…」

「空手習ってるって言ってたじゃん」

「ウマ娘の力で殴られる、っていう行為の意味分かってます?柔術や合気なら折らない程度に加減出来ますけど、空手はまだ上手く力が抜けなくて…下手にミスしてしまえば、貴方の身体は……」

「仕方ねぇなぁ」

 

 そうボヤいて、凱夏は構えを変える。受けから攻めへ、柔から剛へ。

 

「じゃ、まずは立場交代だ。俺が殴り掛かるから、その合気やら柔術やらで制圧してみろ」

「えっ」

「安心しろ、俺は寸止めには定評がある…が、本当に殴られると思って貰わなきゃ困るからそこは頼むぜ」

 

 自信あんだろ?と挑発する青年に、グラスは釈然としないながらも受けの姿勢で構え直した。闘争心の強い彼女のこと、なんだかんだで挑発に乗ってしまった側面もある。

 

「じゃ、始めるぞー」

「…っ」

 

 如何に種族差があるとはいえど、相手は相手。そこに油断があってはならず、敬意と警戒を以て挑まんとグラスは気を引き締めた。

 そして踏み込んでくる凱夏の一歩。鍛えているとはいえ所詮成人男性の域、ウマ娘の動体視力からすれば止まっているようなもの。

 

(初手はフック…躊躇無しの顔狙いとは、流石です)

 

 宣言に違わず有言実行してきた相手を称えながら、しかしグラスは同時に手を伸ばした。相手の手首を掴み、後ろ手に回して鎮圧するべく。

 大丈夫だ、これぐらい故郷の道場で何度も練習した。いける。しくじる筈が無い。すぐに終わらせなければ。恥を晒すな。そう、今ーーー!

 

 

 

「えっ」

 

 

 気が付くと、鼻先に拳が突きつけられていた。

 

「思い出せるか?」

「…い、え」

「じゃあもう一回だな」

 

 そう言って彼はもう一度構えを取る。グラスもそれに応じて、やはり今度も彼が踏み込んできた。

 

(さっきと同じ…!)

 

 もう見逃すものか。ギリギリまでその拳を見定めて、今度こそ捕らえてみせる。

 そう強く意識した成果か、半身をズラす事で初撃を回避。隙だらけになった彼の姿勢を見て、ここだと経験が叫ぶ。

 

(決める!!)

 

 このまま慣性で流れてきた体を、受け取るように絡めとって終了だ。あとは寝技なりの極め技で抑えつけてしまえば良い。

 だから、逃すなグラスワンダー。

 今だ、やれ!!

 

「っ!」

 

 (はや)る気持ちのままに手を伸ばした、その一手が分水嶺だった。

 

「ふ…んっ!」

「な!?」

 

 凱夏、急停止。地面に残っていた足一本で、到底自重とその勢いを止められそうもないその一本だけで。

 その瞬間、グラスは思い出す。

 

(これ、さっきも同じ…!)

 

 先刻、鼻先に拳を突きつけられた時。その敗北に至るまでの一瞬を、ここに来て思い出す。あの時も、彼が明らかに無理のある急ブレーキを掛けた事で、此方の伸ばした手が空を切り、その隙を逆に突かれて……

 そして、今回も。

 

「2敗だな」

「っ…」

 

 首に当てられた手刀。逸した機は、逆に相手のチャンスとなってグラスへと牙を剥いたのだった。

 

「どうやって…止まったんですか」

「踏ん張っただけだが?」

「だけ、って……」

「単純な筋力のゴリ押しだから、そこを突き詰めたってしょうがねぇよ。だがグラス、本当に冷静なら俺の奇策なんて丸ごと捉えられた筈だぜ」

 

 そうは言われても、実際問題として捉えられなかった現実がある。そう不満を漏らすと、凱夏は呆れたように言い返した。

 

「よく考えろ。冷静なら捉えられたって事は、つまり捉えれなかった今のお前は冷静じゃねぇって事だよ」

「そんな事……ぁっ」

 

 無い、とは言えなかった。

 ずっと「早く」という言葉が頭から離れていなかった。

 とにかく焦りが先行し、()いていた自分を自覚した。

 

「とにかく手が早過ぎたんだよ。だから一回でも“間”を外されただけですぐ引っ掛かるし、俺の力任せな小細工で崩されちまった。これがレース中に出た場合…どうなるかは言うまでも無ぇだろうな」

「……返す言葉もありません」

「かしこまんなって。故にそれを()()しようって話なんだから」

 

 そう言って彼が取ったのは“受け”の構え。当初の予定通り、グラスからの攻撃を捌く気満々の姿勢である。

 

「自分を誤魔化すな、グラス。その攻撃性を一回で良いから発揮して、そして首輪をつけてみな」

「でも、どうやって…?」

「暴れ方を知れば、抑え方も分かる。型に拘っても拘らなくても良いから、とにかくこの自分自身と俺を服従させる為にキレてみるんだよ」

 

 さもなくば、と前置きして凱夏は言い放った。

 

「お前には、“力でヒトに負けたウマ娘”という汚名が一生付いて回る事になるぞ?」

 

 カチン、という音が頭の中で鳴った気がした。感謝の念と同時に湧き上がったそれは、闘志となってグラスの身体を迸る。

 

「……牧路さんは、私を焚き付けるのがお上手ですね」

「言ったろう、俺は底意地が腐ってるって。素直に出てきた言葉がそのまま挑発になるんだから楽な話だぜ」

「言わせておけば……と、怒れば良いのでしょうか」

「いっそのこと、我を失ってもらった方が話早いかもな」

 

 欲求発散って意味では、と注釈して彼の目線がこちらを見据えた。負けじとグラスも見つめ返し、そして空手の型を構える。

 不思議と、全力で打ち込んでも良い気がした。彼なら受け止めてくれるという、不思議な確信があった。

 この鬱憤を。この全力を。

 

「壊れたって…知りませんよッ!!」

「出来るものならやってみな!」

 

 次の瞬間、破裂音が体育館に響き渡ったのだった。

 

 

〜〜

 

 

 ケ?その後ですか?

 凄いですよ、グラスが撃ち込み牧路サンが捌く。それが止め処なくずっと流れるように続いて、「はぇーすっごい(小並感)」ってなったデェス。

 それで、最後にはなんと空手と柔術を融合させたグラスの技が完全に牧路サンを捉えてデスね……発散した末の究極の冷静、“メイキョーシスイ”って奴デスか?ともかくすんごい動きで牧路サンを投げ飛ばしちゃいマシた。怪我させないよう限界ギリギリに制御された神業で、動画に撮っとけば良かったと今でも後悔してるデェス。

 

 ……問題は、そこからデシて。

 「そこにいるんでしょう、エル?」って。いつから気付いてたんでしょうね、先ほどとは比べ物にならない後悔が私に襲いかかりマシたが手遅れデス。瞬く間に詰め寄られたかと思えば、次の瞬間には引き摺られてマシた。

 そのまま、暴れ足りないグラスの相手を牧路サンと揃って地獄行脚デェス!今思い出してもキツかったデェェェス!!()められた関節が今も疼いて、なんか腹立ってきたデェス!!!|

 ……ま、スッキリしたグラスの顔を見て、そんな怒りなんか収まっちゃいマシたけどネ。罪な女デス、全く。

 

 

 

 ただ……えぇ。そうデスね。

 

 

 

〜〜

 

 

 

「そういえばデスがグラス、神戸新聞杯って知ってますか?」

「バカにしてるんですか?」

「違いマス違いマス!今度そのレースで、ダービーで活躍したあのサイレンススズカ先輩が出るので、良ければ一緒に見に行きたいなって思いマシて。もしかしたらいつか戦う事になるかも知れマセンし!!」

「スズカ先輩が…私のデビュー戦がどうなるか分からないので確約は出来ませんが、良ければ行きたいですね」

「デショうデショう!どうですサブトレーナーさん、アナタも良ければ……」

 

 

「………俺は、良いよ」

 

 

 

〜〜

 

 

 

 苦い表情。彼の顔と、意味も分からず顔を見合わせた当時の私達。今も忘れられマセン。

 きっとあの時から……グラスと凱夏さんの道が逸れ始めたような、そんな気がしマス。

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