後書きにまた詳しく書いておきますが、それはそれとして次作ではディープ×スズカの健全百合スポ根を予定しております
ゲートが開いた。始まった。
その時には、もう既に彼女が前にいた。
『グラスワンダーが
栗毛が靡く。その後塵に、私を含む全てのライバル達。
「速っ…!?」
呟きは隣から。序盤という事を考慮して尚スズカ先輩のペースがあまりにも段違いで、まるでマイルか短距離走のような様相を呈している事から出た驚嘆だろう。
これは不味い、初手から不味い。
このままでは。
(足を、残せない…でも!)
想定内だ。全て桐生院さんが予想してくれていた、だから焦りなんて無い。
だから私は、今は伏して時を待つ。怪我してから今までで、もう機を窺うのは慣れっこだったから。それと同じだ。
(私自身の力が足りないなら…)
スッ、と下がって後方集団。最も膨らんだ地点のすぐ背後に控えた、その場所こそが私の陣地。桐生院さんと一緒に考え出した、私の“城”。
(“他”を巻き込むまでの事!)
引き摺り下ろして差し上げます、スズカ先輩…!!
ーーー
「ウェイッ!?(0w0;)」
思わず変な声が出てしまったのは、後方から強烈なプレッシャーを受けての事デシた。成る程。それが桐生院さんとの特訓の成果デスか、グラス!!
「ひぃぃぃ!」
「ここにいるの無理ぃ〜!!」
「……!」
オーバーペースなのが丸分かりなぐらい、余裕無げに後方から追い上げてくるウマ娘達。それも1人ではなく複数人、しかもスパートにはまだまだ遠い前半で。
スズカ先輩も、自分を追い越しかねないレベルで迫ってきた背後からの気配に少し気を割いた様子。
「たかが勉強と見縊ってマシたよ…!」
「んっ……!」
その犯人は他ならないグラス。後方に下がったかと思いきや、その場で強烈なプレッシャーを発揮して他のウマ娘達を威圧。前方へ強制的に押し出す事で、スズカ先輩の逃げを脅かそうという魂胆デスか!
あわよくばエルもその軍団に巻き込もうとしたのでしょうが、でも残念!私は掛かりなんてせず、前に来た娘達の後方で
「よっと!」
足同士が触れ合いそうな距離まで、前を走る娘の背後に尾けた瞬間、身を切る風が弱くなる。でもスピードはそのまま、そして体に掛かる負担は最小限に。
何を隠そう、これは彼女がタイキ先輩と編み出しダービーで使ったスリップストリーム戦法!あの時は苦渋を舐めマシたが、いや舐めたからこそ今度は自分の物にした訳デス!コレを上手い事保てば、スズカ先輩のハイペースについて行っても問題なく足を残せマス。
前方には、スズカ先輩の視界に入りそうなレベルで追い縋る先頭集団。このまま上手くいけば、先輩のペースを崩せるかも知れマセん。
さぁスペちゃん、慄いて下サイ!アナタの走法が、回り回って憧れの先輩を追い詰めていく光景に!!
ーーー
「スペちゃん先輩、気付いた?エル先輩の走り」
「うぅ…怖くてスズカ先輩以外見てないです」
「あっそうかぁ……」
ーーー
良い。想定以上に良い。
バ道からターフを見て、私こと桐生院葵は昂った。
「ほぼ全てが好都合にハマってる…!」
プレッシャー策で前方のウマ娘をスズカさんに
それに想定していたより多くのウマ娘が巻き込まれ、内数人はスズカから先頭を奪いかねない程に掛かった。エルコンドルパサーは引っ掛からなかったが、個人戦としては芳しくないその事態も、リギルというチーム視点としては喜ばしいとすら捉えられる。
「ここからも都合よく事が運ぶなら、ここで…」
そして、自体が動く。とても嬉しい、あまりにも予想通りな状況に。
『スズカ加速、サイレンススズカ加速!周囲を振り切りたいのか!?』
「よしっ!」
思わずガッツポーズが飛び出した。いける。この勝負、勝てる!
「
ーーー
「無理ぃ〜!!」
(よし、ここでっ!)
スズカにとって予定外のギアチェンジ。これはつまり、宝塚記念で見せた“息入れ”を頓挫させた事を意味している。グラスの策が、スズカの逃げの要素を一つ打ち砕いた証と言えるだろう。
もうあの末脚は出ない。差し向けたウマ娘達も落ちて来ている。つまりトドメを刺す時だとグラスの直感が叫び、その通りに足が前に出た。
『グラスワンダー、
(グラスが仕掛けマシたか、なら私も!)
『今度はエルコンドルパサーも来たァ!!』
怪鳥も勝負どころを間違えない。示し合わせた訳でもなく、二羽の鳥はその翼で静寂を切り裂かんと羽ばたいていく。
目指すは逃亡者。その背中を捕らえんと。
(いけます…!)
(いけマァスッ!)
そう思った、その瞬間だった。
「すぅーーっ……」
息を吸って、
「はぁー……ッ!!」
吐いた。
それだけだったのに。ただそれだけで。
「「えっ…?」」
グラス達とスズカの間に隔たる距離が、
「ふっ…!」
次の呼吸で、更に1。
その次の呼吸で、もっと1。
まるで一歩一歩でその差をつけていくように。
息入れなんて必要無い。2000mならスタミナのゴリ押しで済む程度には、スズカは進化していたという事。
「ま、待つデェス!!」
思わず声に出して、エルは加速を試みた。グラスも焦りを隠さず同様に。
そこが2人の分岐点。
「なん、で」
エルは伸びた。グラスの方は伸びない。
ここに来てブランクが、彼女を地に縫い止める。
(こんな所で…?)
遠ざかる背中に手を伸ばし、でも届かない。
(ダメ。こんなんじゃ、こんな有様では)
バ道の入り口に目を向ける。動揺に目を見開き、必死に声援を送るも絶望を隠し切れない桐生院葵の姿。
観客席に目を向ける。眉間にシワを寄せ、視線は逸らさず、しかし辛そうにこちらを見る東条ハナの姿。
そしてスピカの面々を見つける。でも、その中に牧路凱夏の姿を見つけられない。
グラスの心は、そこで砕けた。
レースは続く。
エルコンドルパサーはなおも足掻く。
(休憩を阻まれたくらいじゃ落ちない、これが世界レベル…でもエルだって!)
挫けたグラスの分まで走る、そのつもりで更にスパート。ダービーの敗戦から、目を皿にして見返した東京競馬場の最終直線。
その日のスペを再度自分に投影し、何度でもスパートを掛け直す。
あの日に叱咤してくれた彼女に返すのだ、この走りで。この背中で、と。
「サイレンスまだ逃げる!坂を登るッーーー!!」
それでも。
(どうして)
何をやっても。
(どうして届かないの…ッ!?)
後の世の人間はこう語る。サイレンススズカの走りは異次元だった、と。
次元が違う。次元が違うのだから、追ったって届く筈が無いのだと。
「私だけの、景色…」
逃亡者はその最果て目掛け、駆け続けた。誰の手も届かない場所へ。
「……スズカ、グラス……ッ」
だから、観客席で消えるように呟かれたこの声も届かない。
それでも諦めない者はいる。
「絶対に…勝ァァァつッッ!!!」
裂帛の気合いが、競技場の歓声にも負けずに響き渡った。
ーーー
『結局無駄でしたね』
闇の中で聞こえてきたのは、他ならない私の声。優しく、甘美で粘ついたその声は私をさらなる深みに誘う。
『もう良いじゃないですか。よく頑張ったと思いますよ、私は』
そう告げながら頬に添えられた手は冷たく、でもオーバーヒートした身体はその冷たさを欲していて。もう、どうしようも無くて。
『終わってたんですよ、競争バのグラスワンダーは。凱夏さんから見捨てられたあの時点で』
「……」
『いつまでしがみ付くんです?いつまで周りを巻き込むんです?大和撫子たる者、潔さを見せる場面なのでは?』
揺らぐ、揺らぐ。私の中の芯が、悲鳴を上げる事もなくゆっくりと曲がっていく感触だった。
でも何故か、その手を取る事だけはどうしても出来なくて。
『未練がましいですよ、私』
「……っ、ぁっ……」
『これ以上失望される前に、やめなさいよ』
声に苦味が混じる。今になっても粘る自分にも、楽な方へ流れようとする自分にも嫌気が差す。
八方塞がりの、闇。
切っ掛けになったのは、ある叫びだった。
「絶対に…勝ァァァつッッ!!!」
「!」
目の前を阻んでいた自分の偶像が掻き消え、広がったのは真っ青なターフ。自分は現在6番手に後退、前には2人のウマ娘。その遥か先に、スズカ先輩とエルの姿。
諦めていたのか、と今になって己の醜態を自覚する。同時に、先程の声はエルの物だった事も。
懸命に走っている。もう差は決定的、それでも決して挫けずに。東京優駿で逆噴射した時からは見違えるように、誇りと強さを体現して。
一瞬、視線が合った気がした。ここまで来てみろと、私に言っている気がした。
どうした、グラスワンダー。
応えずに終わる気か。
「くっ……そぉぉぉ!!」
大和撫子にあるまじき罵声、でも今は拘ってなどいられない!彼女が頑張っているのに、私も醜態を
追いつけ!取り戻せ!!勝てなくとも勝つ事を諦めるな、私!!
足の重さなんて関係ない。ブランクなんて関係無い。精一杯足掻いて、
ふと聞こえて来た、“グランプリホースの貫禄”その言葉の指す意味は即ち、スズカ先輩の勝利。
悔しいけど今はそれどころじゃない。今私が出せる全力で、1秒でも早いゴールを……
「はぁあああぁぁあっ!!」
「うおおおおおお!!!」
最終直線100mはあっという間。周囲のウマ娘達と競って駆け抜けたゴール板はあまりに呆気なくて。
「グラス」
立ち止まって見上げた掲示板の頂点に光るスズカさんの背番号と、上から
「……負けちゃいました、ね」
「でも清々しそうです」
「それはエルだって。……でも、ええ。その通りかも知れません」
届かなかった。悔しいけれど、でもこれは終わりじゃない。
私の道は私の道で、スズカさんの道じゃない。無理に対抗心を抱いて、変になぞろうとする必要なんて無い。
そしてそれは、凱夏さんとの事でも同じなのだと。
「貴女達が、気付かせてくれたから」
「ケッ?」
呆けるエルの顔と、観客席にいる東条トレーナーの顔、そしてバ道から泣きながら声援を送ってくれている桐生院さんの顔をそれぞれ見る。今の私を信じて、応援してくれる人達。
この人達がいるから、今の私がある。そしてこれからの私がある。
その時、一際強く上がる歓声。見れば、スズカ先輩が観客席へ手を振ったようだった。
「おめでとうございます、スズカ先輩」
そして見つけた。観客席の最奥、通路の奥に消えていく白髪の背中。
凱夏さん。
「ありがとうございました」
私を受け入れてくれて。
私の支えになってくれて。
そして。
「さようなら」
私の、初恋。
ーーーーーーーーーー
危なかった。
『おめでとう牧路君!これで連勝記録更新ですよ』
死ぬ所だった。
「ありがとうございます。今後もどうかご贔屓に」
『勿論!君の着順予想は驚異的の一言に尽きる、お陰で大儲けだ』
今回のレース、賭けの対象になるのか3着までで良かった。グラスがあと一つ順位を上げていたら、俺の首は無かった。
…だけど。
(アイツに殺されるなら、割と本望か)
「牧路君?どうしたのかね?」
「あぁ、すみません。歓声が凄くて反応が遅れてしまいました」
脳裏に過った願望を振り払う。ダメだ、俺はまだ終われない。終わっちゃいけない。
この
……ああ、でも。
(有馬、勝てよ。グラス)
俺を救ってくれた、1999年のあのレース。
その主役はお前なんだから。
さようなら、俺のヒーロー。
どうか
はい。活動報告にも昨日書いた通り、「パレードを終わらせない」はこの話にて更新終了です。未完です。
何がダメだったかというと、まぁこの話とかでも匂わされてるように“明確に反社が関わる展開”が今後起きる予定だったんですね。それがガイドラインにてダメだと言われた以上、そりゃやめるのが二次創作者側の通す筋って訳で。まぁハナからそんな危ない橋渡るなって話ではあるんですが(反省)。
という訳で、こんな所で終わらせる事になって、読者の方々にもキャラクター達にも大変申し訳ないです。しかし創作自体をやめる気は毛頭無く、このハーメルン垢もそのまま続行し新しいウマ娘小説(今度は安全配慮徹底)などを投稿していく予定なので、今後とも応援して頂ければ幸いと存じ上げます。また、この物語の今後のネタバレなどを知りたい方がいらっしゃれば、作者欄からTwitterのDMの方に問い合わせて頂ければと考えております。
では。お気に入り登録して下さった皆さん、評価して下さった皆さん、感想とここすきを下さった皆さん、何よりここまで読んでくださった皆さん。今まで本当にありがとうございました。
テイオー達のレースと凱夏の戦いは続き、しかしその先にある光の中で交わります。皆様のこれからにも、どうか祝福と幸運が降り注ぎますよう……