「お兄ちゃ~ん、今日も泊まりに行っていいでしょ?」
「今日はだめです。バイトなんです。だから毎日毎日泊まりに来ていいって聞くのもうやめにしね?」
「だってお兄ちゃんが大好きなんだもん」
今日も決まり文句の「お兄ちゃんが大好きなんだもん」を食らいました。こうも毎日泊まりに来たいって言われるぐらい大好きなのは重々理解したよ。でも六花も高校生なんだから、俺以外の男子との色恋も一つや二つあるでしょうよ。こんなにかわいい六花に告白されてごめんなさいするやつがいるわけないだろ。
「先輩、一応いっておきますけど、六花って既に何十回も告白されてますからね。羽丘だけじゃなくてほかの高校の人にも」
「うんうん、やっぱ六花はかわいいからな。ファンクラブでも作っとけ」
「まぁ、全部断ってますけどね。玉砕覚悟で来る人もいるし、先輩が怖いからって告白しない人もいますから」
「俺なんかしたっけ」
「やっぱりそう兄ってシスコン……」
おいこら、あこに俺のことをシスコンだって吹き込んだやつはどこのどいつだ。今すぐに出てくるんだったらげんこつ一発で許してやる。あこは純粋だから言われるとその分威力増大するんですよ。え、六花は純粋なわけないじゃないですか。寝るときに既成事実だなんだとか叫ぶのやばいと思今すぐに出てくるん。
「私が、純粋じゃないしやばい……?」
「そりゃ、まぁ、はい……」
「許してあげるから今日はお泊まりね。そろそろ襲ってくれてもいいんだよ」
「考えておきます。100%ないけど」
六花と話してるといつの間にか俺の意見が通らなくなってるんだよね。もうマインドコントロールしてるとしか思えなくなってきたわ。
「安心してください先輩。ただ先輩が馬鹿なだけです。あと声に出てます」
「そろそろ口縫いつけるか。ついでにサラッと馬鹿にするのやめようか?」
「え、馬鹿じゃないんですか?」
「そもそもなんで俺が馬鹿ってことが前提なんだよ」
学校が終わってその足でバイト先に向かう。今日はますきのやつがいないはずだし、六花の尾行もない。だからすんなり行けるはずだった。
「なんでおまえがいるんだよ」
「なんでって……なんで?」
「おたえに聞いた俺がバカだったよ」
いつの間にやらおたえに後をつけられていたらしい。六花につけられることで鍛えられていたと思っていたが、おたえは別格みたいだな。
「ところでどこ行くの?」
「バイトだよ」
「そうなんだ」
話してはみるものの、おたえの考えている事が検討もつかない。でもまぁおたえですからね、分からなくても当然ですよ!
「この間、ありがとう」
「今更なんぞや」
「なんとなく」
「あらそうですかい」
なんだろう、俺のペースがつかめないです。おたえの天然ってある意味闇六花より怖いよな。
「そうだ、今度遊びに行くね。お菓子何がいい?」
「俺の意見はどこに行った」
「遊ばないの……?」
「……遊びます遊びます」
爆弾的な約束を交わすと満足したのか、おたえはふらっとどこかに消えていった。さて、おたえが来るときは香澄も呼ぼう。なんなら金髪ロリコン製造機とパン屋の看板娘とチョココロネ番長も呼ぼう。そして俺は逃げるんだ。
バイトに行くといつもは俺より早く来るますきがいなかった。おやっさんもなんでか知らないらしいから、電話してみたんだよ。そしたら野暮用で今日は休むんだってさ。
「にしても、今日はいつもに比べて少ないっすね」
「ますきがいないって分かったから来ないんだろ。夫婦漫才見られなくなるんだからよ」
「俺はますきとは付き合いません。夫婦にもなりません。だから夫婦漫才っていうのはちょっとばかしおかしいっすよね、おかしいって言ってくださいよ!」
今日も今日とてなんざんしょ。結局終わるまで笑われたし、ますきいないから調子狂うし、散々ですよ。
そして帰りに特売あるか確かめるためにスマホ開くやん。そしたら六花からの着信がわんさかあるんですね。どうせバイト終わったから家行くねーって笑顔で言うんでしょう。もう嫌、怖い。でも当たり前のように電話かけ直してる辺り末期です。
「もしもし、かわいいかわいい妹が恋しいお兄ちゃんですが」
「遅い! 助けて! ひぃぃぃ!」
「は? 六花?」
悪戯か? 悪戯だよな? まさか六花が誘拐されてるなんて言わないよな? うん、こういうときはスケバンますきに助けてもらおう。
「緊急事態、緊急事態。こちら蒼太、応答願います。どうぞ」
「なんだよ緊急事態って。こっちも緊急事態なんだよ」
「なにしてんねん」
「連れてきたやつがずっとひーって言ってんだよ」
ふむふむ、おかしくないですか。さっきの電話で六花は「ひぃぃぃ」って言ってたやん。ますきが連れてきたやつも「ひぃぃぃ」って言ってるみたいやん。もしかしてもしかしなくてももしかしちゃったりするんですかね。
「いくつか聞こう。その連れてきたやつの髪は何色だ?」
「青っぽいぞ。ほら、この間お前が妹に買ってってピックみたいな色」
「その人は眼鏡してて星のアクセついてる赤いシュシュしてて羽丘の制服着てるギタリストじゃないですか?」
「そうだけど、なんでそんなに分かるんだよ」
んー、なんて言いますか、もうこれ確定ですね。
「だって、そこにいるの俺の妹だもん。なにしてんねんますき」
「お前の妹!?」
「うるさいなら迎えに行きますよ? てか迎えに行くからどこいんの?」
ちょっと状況を整理しよう。六花の鬼電は誘拐されてからではなく、ますきに連れて行かれたから。ますきの野暮用ってのは、多分六花を連れていったこと。んで、俺は今迎えに行っていると。……うん、情報量過多です。
「おーい、こっちだぞ」
「いたいた、よくもうちの妹を誘拐してくれたな」
「知らなかったんだって。お前の妹だって知ってたらこんなことしねぇよ」
「俺の妹じゃなくても誘拐すんなよ」
ますきに案内されたのは見るからに金持ちが住んでそうなマンションなんです。え、なに、ますきってこんなところに住めるお嬢様なのかよ。そんなお嬢様が原付乗り回して、ラーメン屋でバイトしながら俺なんかと夫婦漫才するスケバンと。やばいやつやん。
うわぁ、ちゃんとロックかかってるやん。え、なに、エレベーターに乗るためにもカードキー必要なんかい。田舎から出てきてそこそこ都会に慣れたと思ってたけど、こりゃ敵わんわ。
「ほら、ついたぞ」
「ここ何階だよ、高すぎやよ」
ますきについていくと目の前に黒い扉が現れた。当たり前のように開けるますきの後を恐る恐るついて行った。
「あ、お兄ちゃん」
「あ、六花」
「なによ、シスコンが来ちゃったじゃない」
「だぁれぇがぁシスコンだってぇ? この猫耳がきんちょが。六花を誘拐しろって言ったのお前か、あぁ?」
「だれががきんちょよ! このシスコン!」
売り言葉に買い言葉。怯える六花をよそにこの間のがきんちょがいたから言い合ってた。これでこの間のますきの言葉に合点がいったよ。こいつ、ますきのバンドメンバーやん。
「よし、帰るぞ六花」
「待ちなさい、ロッカ・アサヒ。ついでにシスコンブラザー」
「むかつくなぁ。六花、どうする?」
「お兄ちゃんが待つって言うなら私も待つよ?」
「しょうがない、待つか」
このバンドってギタリスト不在なんですよね。そんなのアホな俺だって知ってますよ。だから、ワンチャン六花のことスカウトするんじゃねって言う淡い期待を持って待つんです。この間も勧誘してたからな。
「改めて聞くわ。ロッカ・アサヒ、私のバンドに入る気はない?」
「うちがバンドかぁ……入ってもいいと思う?」
「何で俺に聞くん。六花がやるなら俺は全力で応援するで」
「よし、それじゃ入る!」
これでとりあえず今日のところはハッピーエンドですね。あ、でも忘れちゃいけない事案ありますよね。
「なぁますき、六花のバイト先からここまで遠いから歩いてこれるわけがないと思うんだよ。そんでもってほいほいついてくるわけがないと思うんだ。さて、ここまでどうやってここまで連れて来たん?」
「え、あ、あぁ、えーっと……」
「無理矢理バイクに乗せてどこに行くかも言わずにここに連れてきた、とか言わないよね?」
「な、なぁ、穏便に済ませねぇか……?」
後から聞いた話だけど、このときの俺は笑顔でどぎついオーラを発してたんだって。いつの間にかますきは正座してたし、六花もがきんちょも怖がってたんだと。まぁ、俺は悪くないよな。可愛い可愛い愛しの妹がそんなことされたら……ねぇ?
これを後にシスコン事変と呼んだとか呼ばなかったとか