『この喫茶店は綺麗でいいな!』
『さっき行った二年Fクラスの喫茶店は汚かったからな!』
Aクラスに入ってきた坊主頭とモヒカンは中央の席に座るやFクラスの悪評を大きい声で流し始めた。喫茶店の中には迷惑そうにしているお客さんが何人もいるにも関わらずだ。
「待て、明久」
「そうだぞ。ここで騒ぎを起こせば悪評は更に広まるぞ」
「だからってこのまま黙って見ているなんて……!」
明久が立ち上がろうとしているのを俺と雄二で止める。ここであいつらに危害を加えてしまえば治安が悪いという悪評が追加されてしまう。それはなんとしても避けたい。
「だから、そうならないように頭を使うんだよ。な、雄二?」
「そういうことだ。おーい翔子!」
「……なに?」
足音なしに雄二の背後に立つ翔子。すごいなその隠密力。雄二がびっくりしてるぞ。
「あいつらがここに来たのは初めてか?」
「……さっきも来て、同じところで雄二達の悪口を言ってた」
「ボクらとしてもどうにかしたいんだよね~」
「他のお客さんに迷惑をかけてるのがわからないのかしらね?」
翔子に続いて愛子と優子も愚痴をこぼす。Aクラスのためにもなんとかしないとな。けど今の俺にはいい作戦が浮かんでいない。
「頭を使うとは言ったものの、どうしようか?」
「それに関しては俺に考えがある。翔子、メイド服を貸してくれ」
こいつは急に何を言っているのだろうか。メイド服なんて何に使うんだ?
「……わかった」
疑う様子もなく翔子がその場でメイド服を脱ぎ始める。ってちょっと待てーーっ!!
「霧島さん! 何をしているんですか!?」
「そうよ! ここにはケダモノがたくさんいるのよ!?」
「お姉さん胸大きいですっ!」
女子二人がそれを止める中、葉月ちゃんが感想を漏らしていた。
「……雄二が私を欲しいと言ったから」
「お前じゃなくてメイド服だし! 予備があったら貸してくれって意味だ!」
「……今持ってくる」
雄二が顔を真っ赤にして声を荒げ、それを聞いた翔子はあからさまにしょんぼりした様子で店の裏側に入っていった。明久に至っては鼻血を噴出しながらテーブルに突っ伏している。男としてこの状況を残念に思うのは俺だけじゃないよね?
「それと仁。秀吉に電話して、こっちに来てくれと伝えてくれないか?」
「ああ、構わないぞ」
「それと姫路と島田。櫛は持ってるか? 他にも身だしなみを整えるものとか」
「はい。持ってますけど……」
「よし。それを貸してくれ」
化粧道具を瑞希と美波に借りている雄二を背に、俺は店の端へいき、秀吉に電話を掛ける。
『もしもし』
「おっす、秀吉」
『その声は仁か? どうしたのじゃ?』
携帯のディスプレイを見れば誰だかわかるだろと思ったが、その思考を遮断してさっそく本題に入る。
「急で悪いんだが、今からAクラスに来てくれないか?」
『どうしてじゃ?』
「それは俺にもわからない。雄二が秀吉を呼ぶように言ってきたから」
『雄二が? わかったのじゃ。今からそちらに向かう』
「わるいな。なるべく早く来てくれ」
『承知した。またあとでの』
その言葉を最後に秀吉との電話が切れた。俺は携帯を内ポケットに入れ、もといた席へ戻る。
「……貸し一つ」
「だそうだ、明久」
「わかったよ。今度雄二を一日自由にしていいよ」
「……ありがとう。吉井は良い人」
「ちょっと待て! なんで俺が!」
秀吉と電話している間に雄二の自由が一日無くなっていた。
翔子はとても嬉しそうにカウンターへと向かっていった。どうやら余っているメイド服を雄二に渡していたようだ。
「それで、このメイド服をどうするの?」
「……着るんだ」
よし、考えてみよう。これで雄二は何をするつもりなのか。まずは状況整理だ。
1.坊主頭とモヒカンによる営業妨害の阻止
2.メイド服の着用は必須条件
3.化粧品の使用
4.秀吉の助けが必要
これらから考えられる作戦は……なんだろうな。いや待て。まだ諦めるのは早すぎる。視野を広く考えるんだ。
1は目的で2は服装の指定だ。Aクラスの出し物は執事・メイド喫茶だから同じ服装でいれば相手を油断させることが出来る。問題は3と4だ。これは何を意味するんだ?
3は化粧をすることで女子の魅力も上がるからまだわかる。なら4の秀吉の助けが必要ってなんだ? 秀吉の助けが必要なほどのものとはいったい……?
秀吉は演劇部だから声を変えることはできる。だが直接あの二人に何かできるのかは別だ。お客もいっぱいいるから、声がかき消される可能性がある。他に演劇といえば……化粧だろうか。歌舞伎役者がやる白粉とかをする技術も必要だろうから……待てよ。そもそも雄二は女子に何かをやらせようなんて考えていないはずだ。物理的にダメージを与えるなら瑞希は外す。美波の攻撃力は明久限定だから除外。となると残っているのはここにいるFクラス男子三人に絞れる。
この作戦のキーポイントはおそらくメイド服。そしてそのサイズ。女子のための服装だからそんなに大きくはないはず。だから俺と雄二は必然的に除外。こうなると残るのは一人のみ。
「……雄二。お前まさか……」
「そのまさかだ。これを――明久が着る」
「いやあぁーー!!」
雄二の発言に明久が悲鳴を上げる。それもそうだ。誰が好き好んで女装なんてするか。
「待たせたの、仁……明久はどうしたのじゃ」
「雄二のたてた作戦により明久が女装することになった」
「それで、秀吉にはメイクをお願いしたい」
「ちょっと! 僕はまだやるなんて言ってな――」
「明久。これも瑞希の転校阻止のためだ」
「ぐっ……!」
明久は役目を否定しようとしていたが、俺が耳元で瑞希の転校のことを呟くとその場で押し黙った。
「よし。そうと決まればさっそく作戦開始だ。秀吉、頼んだぞ」
「うむ。任せておくのじゃ」
秀吉は意気込みながら、明久はしぶしぶといった感じで雄二に連行されていった。
「雄二もすごい作戦を思いつくものだな」
「それを理解できた仁君も充分すごいと思うわよ」
「ボク達も近くで話を聞いてたけど何を言っているのかさっぱりだったよ」
愛子と優子が感心したように何度も頷いている。俺も最初何を言っているのかわからなかったよ。雄二の頭がどうかしちゃったのかと思ったよ。
「あとはあの三人に任せて、俺達はのんびりさせてもらうよ。あ、追加注文でコーヒーお願い」
「じゃあウチはオレンジジュースを」
「葉月もですっ!」
「私も美波ちゃんと同じで」
「わかったわ。仁君はコーヒーで……」
「三人はオレンジジュースだね!」
追加注文を頼むと、二人はカウンターへと向かっていった。そしてすぐに注文した飲み物を持ってきてくれた。
「さて、アキの女装ってのは見物ね」
「吉井君だったらきっと可愛いと思います」
オレンジジュースを飲みながら女子二人は明久の女装を心から楽しみにしている。瑞希もFクラスに染まりつつあるのかな。
数分して秀吉が達成感あふれる顔をしながらこちらにやってきた。
「おかえり秀吉。どうだった? 明久の女装は?」
「……すごすぎて言葉が出なかったのじゃ」
秀吉が肩を落としながら呟くように声を出す。演劇部の秀吉が驚くほどの変化を遂げたのか?
少し待っているとカウンターの方から一人の女子が出てきた。その女子は栗色の髪を腰まで伸ばし、頭にはリボンをつけている。前髪で顔が隠れてしまっているが、隙間からかすかに見える顔はとても整っていて、翔子とは違う綺麗さを醸し出している。
その子は中央の席に座っている坊主とモヒカンに近づいていく。俺はそれをコーヒーを飲みながら眺めている。
『ん? どうした、姉ちゃん?』
『結構可愛いじゃねえか』
二人は女の子を舐め回すように視線を向ける。しかし女の子はそれに動じない。
『お客様。足元を掃除しますので、よろしいでしょうか?』
『掃除? 早くしてくれよ』
二人は席から立ち上がる。メイドはぺこりと一礼してから坊主の腰辺りに抱きつき、そして――
『くたばれぇ!』
『げぶるぁっ!』
綺麗なバックドロップを決めて見せた。口に含んでいたコーヒーを噴きそうになり、むせてしまう。この光景どこかで見たことがあるような……。
『きゃあー! この人、私のスカートを覗いてきますー!』
『何を言ってぐはぁっ!』
モヒカンが何かを言う前に颯爽と駆けつけた雄二が顔面パンチを繰り出す。
『公衆の面前でハレンチ行為とはいい度胸じゃないか』
『何を言ってるんだ! 今のはこいつが――』
雄二達が言い争いをしている間にメイドが坊主の頭に何かを付けている。あれは……ブラジャーか?
『きゃあー! この人、私の胸を触ってきました!』
『お前、何を言って――くそ! 逃げるぞ夏川!』
『うわ、なんだこれ!? くそ、取れねぇ!』
『逃がすかっ! 追うぞアキちゃん!』
『その呼び方はやめて!』
Aクラスの教室から出ていく常夏コンビを雄二とメイドが追いかけていく。それにしてもあのメイド、なかなか綺麗なプロレス技を見せてくれたが、何者なのだろうか? 雄二が言ってた『アキちゃん』というのも気になる。……ん? アキちゃん?
「なあ、秀吉。雄二の言ってたアキちゃんって……明久か?」
「ご名答なのじゃ」
「「「「はあぁーー(えぇーー)!?」」」」
秀吉の言ったことに俺ら四人は思わず叫んでしまう。だってあの子が女装した明久だったんだよ!? 本当の女子にしか見えなかったぞ!?
「……まじかよ」
「私、なんか女子として自信なくしちゃいました……」
「ホントよ。女の敵は女だと思ってたのに……」
「バカなお兄ちゃん、とても可愛かったですっ!」
すごく落ち込んでいる女子二名とただ純粋に可愛いと申す葉月ちゃん。この事実には俺も驚きだ。
「ん、すまぬ。そろそろ戻らねばならぬ」
「そしたら、私たちも戻りましょうか」
「そうね。お店を開けていた分を手伝わないと」
「葉月もお手伝いするですっ!」
「俺はもう少しここにいるよ。召喚大会も近いしな」
気がつけば召喚大会までの時間が間近にまで迫っていた。俺はここでパートナーである優子を待たなければならない。
「それじゃあね神崎。またあとでね」
「仁君。召喚大会頑張ってくださいね」
「またねー! 眼鏡のお兄さん!」
「またね、葉月ちゃん」
美波と手をつなぎながらもう片方の手で俺に手を振ってくる葉月ちゃん。それに応えるように手を振り返す。三人はレジに向かい歩いていく。どうやら翔子が会計をするようだ。
『……お代は野口英雄一枚か、坂本雄二を一名。どちらにしますか?』
『坂本雄二一名でお願い』
雄二が千円で買収されている事実は俺の胸の内で留めておこう。気にしたら負けだ。
再びコーヒーに口をつけていると、近くに愛子と優子がやってきた。
「あの人達がいなくなったら静かになったね~」
「これも仁君たちのおかげね」
「俺は今回何もしてないよ。お礼ならこの作戦を考えて実行した雄二達に言ってくれ。なんなら伝えておこうか?」
「気持ちはありがたいけど、いいかな。会って直接伝えるから」
「アタシも時間のある時に、愛子と一緒にFクラスに行くわ」
「そっか」
確かに直接本人に言った方が気持ちが伝わるよな。それに……。
「ん? どうしたのかな、仁君? 僕の顔を見てはニヤニヤして」
「いや、なんでもないよ」
それに愛子が気にしている康太とも会う口実になるしな。
「仁君。どうして愛子の顔を見ながらニヤニヤして……ああ、なるほどね」
優子もわかったらしく、俺と同じようにニヤニヤし始めた。今まで愛子をいじれる機会がなかったからチャンスだと思ったのだろう。
「もう! どうして優子も仁君と一緒にニヤニヤしてるのさ!?」
「「別に~」」
「なんなのさ、この息の合った仲良し夫婦はー!」
「「誰が仲良し夫婦だ(よ)!!」」
召喚大会の三回戦が始まるまでの時間、俺達三人はいじってはいじられるを繰り返していたのだった。先ほどのメイド騒動のときのように周りからの注目を集めたのは言うまでもない。
「神崎兄弟の」
「「ほのぼの談義~!!」」
「前回はトッキ―から休暇をもらったからな」
「題名の通りただほのぼのとしゃべるだけなのにね」
「ほのぼのしてないときもあったけどね」
「そこは触れるな隼人。美香、よろしく頼む」
「りょうかーい。今回のゲストは……あれ?」
「どうしたの? 美香姉」
「あそこの張り紙に今回はゲストなしでお願いしますって書いてあるんだけど……」
「今までこんなことなかったのにね」
「あー、要するにあれか? 今回は俺たち兄弟三人でやれってことか?」
「そうなるんじゃないかな」
「ゲストがいないんじゃ、そうするしかないか……そういや二人とも。練習試合って入ってるのか?」
「私はないかな」
「俺は今週の日曜日にあるよ」
「日曜日ってことは清涼祭が終わった後だから……問題ないな。場所はどこだ?」
「如月中学のグラウンドだよ」
「二人が通っている学校か。よし美香。二人で見に行くぞ」
「そうだね。久しぶりに隼人の晴れ姿見に行こうかな」
「そしたらよく見ててよ! ホームラン打っちゃうからさ!」
「おっ、言ったな? もしホームラン打たなかったらその日の晩飯は隼人の奢りだからな」
「えっ?」
「そうだね。よっぽどの自信があるから言ったんだよね?」
「いや、二人とも?」
「「それじゃあ隼人。頑張って!」」
「二人が鬼だ……」
「まあそれは冗談として……もしホームラン打ったらその日の晩飯は隼人の好きなものでいいぞ」
「マジで!?」
「ああ。今回は本気だ。それでいいよな? 美香」
「私はいいよ。だから頑張りなさいよ、隼人」
「よっしゃー! 燃えてきたー!!」
「さて、隼人がいい感じに燃えてきたとこだし、そろそろ終わるか」
「そうだね」
「読んでくださる全ての人に感謝を込めて……」
「「またねー!!」」