それでは本編をどうぞ!
俺は雄二達と別行動をとっていた。
清涼祭中に次々と起こった営業妨害と誘拐事件。それを学園の生徒や町の不良たちをけしかけてきた張本人。その人物がいるであろう扉の前に。
肩にかけたバットケースのチャックを開けて木刀の柄に触れる。逆さにした指の先から汗が流れていくのがわかった。気づけば左手は爪が皮膚に食い込むほど握られていた。相当緊張しているみたいだ。
自ら踏み出した学園の存亡にかかわる重大な事件。不良たちが発言した黒幕を、俺の手でとっちめる。
一度深い深呼吸をしてから、意を決して扉をノックする。低い声で中から返事が返ってきたので、微かに震えている手で扉を開く。
「失礼します」
「誰かと思ったら君か。私に何か用かな?」
部屋の奥には白い髪で目つきが鋭く、黒の眼鏡をかけているクールな人物――竹原教頭先生が堂々とした姿勢で高級そうな椅子の背もたれに寄りかかりながら座っている。
「はい。今日は教頭先生に大事なお話がありまして」
「なにかな?」
「単刀直入に言います。あなたの目的は何ですか?」
鋭く睨みつけて放った俺の言葉に教頭はキョトンとした表情を作り、すぐに顔に手を当てて高らかに笑い出した。その態度に苛立ちが湧き上がってくるが、表情に出さないように気を付ける。
「何を言い出すかと思ったら、何の事だかさっぱりだよ。神崎君。君は一体何を言っているんだい?」
「とぼけるのならそれでも結構です。これを聞いてもその態度でいられるのなら、ですが」
ポケットに入れていたボイスレコーダーを取り出し、再生ボタンを押す。そこからは倉庫で不良たちから聴取した証言が流れ、沈黙が続く部屋中に響いた。
すべてが再生されたレコーダーを停止させ、再びポケットにしまう。真実が知られてしまった教頭は驚きを隠せないのと同時、苛立ちをにじませた表情で睨みつけてきた。
「あいつら、あれだけの金を出してやったってのに……この役立たずどもが」
教頭の口からこぼれた不良たちを切り捨てるようなセリフを聞き逃さなかった。俺の中で何かがブチッと切れ、地面を踏み鳴らして叫んだ。
「自分で雇っておきながら、使えなかったら役立たずだと切り捨てる……? ふざけるなよ……人をなんだと思っているんだ!!」
「それは社会でも同じことだ。使えない社員はリストラという形で切り捨てられ、クビにされる。君のような甘い考えでは、社会で生きていけないよ?」
教頭の言っていることは正しい。世間一般の大人の考えを持っている。教育者として十分な実力を持っているとこのとき直感で理解した。
「確かにそうだな。だけど俺はそんな考えが大嫌いだ。一生懸命仕事をしている人たちを見捨てることは出来ない。それがたとえ、結果として結びつかなかったとしてもだ」
「……どうやら君とは永遠に分かり合えないようだ」
椅子から立ち上がり、机の引き出しの中から何かを取り出した。そしてそれを俺に向けてくる。
「いいのかよ? 生徒にそんなことしたら、退職だけじゃ済まないぞ?」
「計画が知られてしまった以上、君をこのまま野放しに出来ないんでね。わるいが君にはここで死んでもらう。そのあとは時期を見て辞任して、ほかで教職員として生きていくさ」
刃渡り10センチくらいだろうか。教頭は俺にナイフを突き出しながら淡々と述べていく。その態度は実に堂々としているものだが、俺はそれを見逃さなかった。
呆れたようにため息を吐き、背中の木刀に手をかけながら教頭に近づいていく。その態度を教頭はどうとったのか、憤怒に満ちた表情で睨みつけてくる。
「貴様……なめているのか! 私は目的のためなら手段は選ばない! お前を殺すことなど容易いんだぞ!」
教頭が部屋に響く音量で喚き散らす。だがそれに耳を傾けることなくゆっくりと距離を縮めていく。それに合わせて教頭がずるずると後退していく。まるでこっちに来るなとでも言いたいかのように。
「こ、こっちに来るんじゃない! 来るなあぁぁ!!」
壁際に追い込まれて我慢の限界に達したのか、叫び声をあげてナイフを突き出しながら迫ってきた。それを流れるような動作で躱し、手の甲に木刀を叩きつけた。教頭は呻きながらナイフを地面に落とした。
「や、やめろ……貴様、ここで私を攻撃したら、ただじゃおかないぞ!」
「どうぞご勝手に。もうあなたにはそんな権限ありませんから。最後に言っておきますけど……」
再び壁に追い込んだ教頭の襟を掴み、持ち上げる。口をわなわなさせながら怯えた表情を浮かべている教頭を刃物のように鋭い視線で睨みつけ、怒気が籠った言葉を投げかける。
「人を殺す勇気がないやつが、刃物を人に向けるな」
「……!」
教頭は目を見開いたかと思うと白目を剥いて気絶してしまった。掴んだまま揺すっても頭をガクガクと揺らすだけで、反応は死んだようになくなってしまった。
ちょっと心配になっていると、教頭室の窓の方から大きな物音がした。何事かと思って見てみると、窓ガラスが割れていた。驚きを隠せずにその部分だけを凝視していると、足元に何かが当たる。それは球体上のもので、そこから細かい糸で編まれて作られた紐が伸びている。その先端では火花が散っている。
「なんだ、花火の火薬弾か……ってちょっと待てぇ!」
俺は気絶している教頭を引きずるようにして教頭室から脱出し、勢いよく扉を閉めた。少し遅れて室内から爆発音が響き、振動が伝わってくる。
「まさかの誤射か……? でもそれだったら緊急の放送がかかるだろうし」
可能性があることに考えを巡らせるが、首を横に振って遮断し、後回しにする。今は室内がどうなっているのか確認しなくてはならない。
室内に戻ってみると、中は大惨事となっていた。窓ガラスは割れ、火薬による匂いが立ち込めていて、一部の床や窓側の本棚、先程まで教頭が所有していた椅子や机の一部が黒く焦げていた。幸い火は出ていないことに安堵の息を吐く。隅の方も確認してみると、室内に設置されている監視カメラは爆発の余波を受けておらず、何事もなかったかのようにウィーンという機械音をたてて機能していた。
「これなら教頭との会話も全部撮れてるな……っと、誰かがこっちに来たな」
爆破された室内を調べているとドタドタと足音が聞こえてきた。音を聞く限り複数人。爆発音を聞いて急いで駆け付けてきたのだろう。
「なんだ! 今の音は!?」
「神崎君! ここで何があったんですか!? なぜか教頭先生も気絶していますし!」
「教頭先生が気絶している理由は、そこの監視カメラの映像を見てもらえるとすぐにわかります。爆発音についてはわかりません」
自分が見てきたことを素直に話すと、先生方は思案顔をつくって首をかしげていたが、急いだ様子で教頭先生を運んでいった。先生方を見届けていると、入れ替わりで学園長が入ってきて、俺と同じように廊下の方に視線を向けた後、こっちに振り向き口を開いた。
「どうやら、無事にやってくれたみたいだね」
「ナイフ突き出されて殺されそうにはなれましたけどね」
苦笑いを浮かべながらそう言うと、学園長は驚いた顔を浮かべると、すぐに頭を下げてきた。
「そんなことになってたのかい……本当にすまないね」
「勝手に首を突っ込んだのは俺ですから、学園長が頭を下げることありませんよ」
「そう言ってくれるとこっちも助かるさね」
『待たんか吉井、坂本ぉぉ!!』
『『捕まってたまるかぁぁ!!』』
割れた窓ガラスの方から声が聞こえてきたのでのぞき込んでみると、鉄人こと西村先生が明久と雄二を追いかけ回している様子が見て取れた。
「あいつらはまたやってるのかい」
「西村先生も大変ですよね……」
額に手を当てて呆れた表情をしている学園長を見て苦笑いを浮かべた俺だが、不意にあることを思い出して窓から顔を出すのをやめ、ドアの方へと駆けていき、ドアの前で立ち止まって学園長の方へと身体を向けた。
「学園長。俺はこれから大切な用事があるので、この場は任せます」
「ああ。この部屋の調査はあたし達に任せな。今回の件は本当に感謝してるよ」
学園長に礼をしてから、勢いよく駆け出した。召喚大会のときにした約束のために、彼女が待っているはずの、噴水前のベンチへと行くために。
------------------------------------------
校舎の裏手にある噴水がレンガの地面を濡らし、どこか涼しげな雰囲気を漂わせる。噴水の淵に当たって出来た水しぶきによって小さな虹が出来ていた。その目の前に設置されているベンチに、アタシは一人腰かけていた。校庭では清涼祭の打ち上げが行われていて、各クラスがお店で稼いだお金でお菓子や飲み物を並べて騒いでいる。距離が離れている噴水にいても、がやがやした声が聞こえてくる。
アタシがここにいるのは、別に騒がしいところが嫌いなわけではなく、一人になりたかったわけでもない。
なぜアタシがここにいるのか、それはある人を待っているからだ。召喚大会で共に戦ったパートナーであり――アタシの初恋の相手である神崎仁君を。
気になり始めたのはいつ頃だっただろうか。いや、これはもうはっきりしていた。
すべてはあのとき――職員室の前で出会い、プリント運びを手伝ってもらったあのときから気になりだし、初めて一緒に帰ったあの日に、はっきりと自分の恋心を理解した。今だったらはっきり言える。
「アタシは……仁君が好き……」
無意識のうちに声が出ていたことに気づき、顔に熱を帯びていく。噴水で顔を洗いたいところだが、優等生を演じているこの学校でそんな真似は出来ない。ましてその間に仁君が来たときには、アタシは恥ずかしさのあまり逃げ出してしまうだろう。
なんとか落ち着こうと深呼吸を繰り返す。息を吐いたところで、誰かがこちらにやってくる足音が聞こえてきた。それも結構なスピードでこちらに近づいてきている。音がしている方に振り向くと、文月学園の制服を身に纏った男子が走っていた。整えられた黒髪に知的な印象を思わせる黒縁めがね。すらっとした体格は女子でさえ嫉妬してしまいそうなほどのものを持っている。
アタシが待ち焦がれていた最愛の人物が、そこにはいた。
------------------------------------------
「わるい優子。だいぶ待たせちまった」
「そんなに待ってないわよ。むしろもう少し遅くなると思ってたわ」
優子が言ったことに苦笑いを浮かべながら隣に座る。その瞬間、心臓の鼓動がはっきり分かるほどに早くなった。
それからしばらくはお互い無言になってしまう。気まずい空気が流れるなか、優子が話を切り出した。本人が今気になって仕方がないであろう話題を。
「……無事に解決したの?」
不安そうな顔をしながら話しかけてくる優子の姿に胸が締め付けられるような感覚を覚えるが、それを取り払って真剣に答える。
「ああ。黒幕も退治したから、学園の危機はなくなったよ」
「そう。お疲れ様」
優子がほっとした面持ちで胸をなでおろしている。その様子を見ていると、本当に終わったんだなという実感が沸いてくる。同時に、俺が文月学園を救ったんだという自信が込み上げてくる。
「これで、安心して話が出来るわね」
「そうだな。ところで、優子の話ってなんだ?」
俺が話を促すと、優子は恥ずかしそうに頬を染めて俯き、深く頷いてから俺の目を見てくる。その凛とした目は決意に満ち溢れていて、吸い込まれてしまいそうだった。
「アタシ木下優子は、神崎仁君のことが好きです」
「……」
驚きのあまり言葉が出なかった。今の今まで優子が俺のことを好きだった? そんなこと考えたことなかった。
沈黙している俺を見てどう思ったのか、優子は不安を宿した目でこちらを見つめてくる。もう答えは出ているはずなのに、その言葉が出てこない。鼓動が早くなっていく。手のひらに汗がにじんでいるのがはっきりわかった。
このままではいけない。優子は勇気を出して自分の気持ちを打ち明けたんだ。だったら俺だって!
「……先に言われちゃったか」
「えっ?」
ボソッと独り言をつぶやくと、優子は不思議そうに見てくるが、その目を正面から受け止め、自分の気持ちを打ち明ける。
「俺も優子のことが好きだ。だから、その……俺と付き合ってほしい!」
最後の方は勢いに任せて言ってしまったが、これで自分の気持ちは伝えられたはずだ。その証拠に、優子の表情が明るくなっていき、目には涙が滲んでいた。
「……はいっ!」
そして、可愛らしい満面の笑顔で、頷いてくれた。
「さて、このままでいたいのは山々なんだが、そろそろ行こうか。みんなが待ってるだろうし」
「そうね」
新しい関係となった彼女と並んで歩き、目的地である校庭へと向かう。先程まで緊張していたのが嘘だったかのように、心臓の鼓動がとても落ち着いている。
「仁君」
「ん? どうした――」
そこから先は言えなかった。言葉を放とうとしていた口が、優子の唇によって塞がれたのである。
経過した時間が長く感じるなか、優子は俺から離れるといたずらっぽい笑みを浮かべていた。その顔はとても赤かった。
「ふふ。仁の驚いた顔、可愛かったわよ?」
やられっぱなしはなんか悔しいので優子に仕返しをしてやろうと近づき、頭に手を置いて優しく撫でてやる。
「あっ……」
「そういう優子の照れた顔だって可愛いぞ?」
些細な仕返しに内心満足していると、優子は照れた表情のまま微笑み、俺の指に自分の指を絡ませてきた。俗に言う恋人繋ぎというやつだ。一瞬驚くが、それをすぐに微笑みへと変化させ、最愛の彼女と共にクラスメイトが待っている校庭へと歩いていった。
活動報告にも書きますが、ある事情により、これからは格段に更新スピードが下がります。詳しくは活動報告をご覧ください。