漫画家と魔法少女は黄金楽土の夢を見ない   作:砂上八湖

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プロローグ「砂糖はかき混ぜない」

 

「先生ぇ、消えた大樹事件って御存知ですぅ?」

 

 紅茶用のカップをソーサーに置くタイミングに合わせて、そんな甘ったるい口調の問いが漫画家に投げ掛けられた。

 月刊少女漫画雑誌の女性担当編集──祭音寺(さいおんじ)マツリは自身が注文したコーヒーに8個目の角砂糖を投入しながら、向かい合って座っている漫画家の質問に対する反応を目線で探る。

 

「……」

 

 9個目の角砂糖を放り込む。漫画家──岸辺露伴の反応は沈黙だった。オープンテラスのテーブルに肘をつき、有名な画家の画集を読み耽っている。

 明らかに「耳には届いちゃあいるけど、君の話なんて聞いていないぜ」という態度だ。

 

「んもぉ、先生聞こえてますぅ? 大樹事件ですよ、消えた・た・い・じゅ・じ・け・ん」

 

 10個目の角砂糖が熱くて黒い海の中に消えた時、露伴は大きな溜め息を()くと「あのなァ~~~」と心底呆れたような声と共に目線を祭音寺へと移す。

 声も視線も不機嫌に彩られていた。

 

「初めて少女漫画雑誌に読み切りを掲載するからって、どうせ修正もなく通るのに無駄としか思えない『ネタの打ち合わせ』をしようと君が言ったんだぜ?」

 

 実際、打ち合わせは五分も掛からず終わったしな──と、露伴は皮肉っぽく付け加えた。

 祭音寺は11個目の角砂糖をコーヒーに沈めながら「にへっ」とはにかむ。

 

「そうですよぉ、少女漫画雑誌としては異色ですけどぉ、面白いネタだから一発オーケーでしたぁ」

 

「なら早く帰って仕事をしたらいいだろう。

 なのにいつまでもダラダラ居座り続けて、挙げ句に僕の読書を妨害するとか……

 いったいどんな了見だ?」

 

 というか──と、女性編集の顔からコーヒーへと視線を下げる。

 

「いったい角砂糖を何個入れる気だ? それだと甘ったるくて飲めたもんじゃあないぞ」

 

「あぁ、これ私が考案したダイエット法なんですよぉ」

 

 右手を頬に当て、露伴は訝しむような表情を浮かべる。

 

「おいおいおいおいおい、ダイエットだって?

 もう10個は角砂糖を入れてるだろ?

 まったく逆の事をしてるじゃあないか。

 デブ育成レースを単独トップでゴールできちまうぞ」

 

 ほんのり丸顔な祭音寺はニコリとカップを持ち上げた。

 

「砂糖は入れるんですけどぉ、混ぜないのがポイントなんですよぉ」

 

 やや前のめりの姿勢で、確かに一度もスプーンでコーヒーをかき混ぜず祭音寺はカップに口をつけた。

 音は立てない。

 カップの取っ手を摘まむようにして持っている。

 表面上のマナーは完璧だった。

 

「砂糖をたくさん摂取したい欲望を満たしつつぅ、実際は適度な甘さに抑えられる『コーヒーは好きだけど苦いのは苦手』って人向きのぉ、画期的なダイエット法なんですよぉ」

 

 一気に飲み干し、ソーサーに置いたコーヒーカップの底には、なるほど溶けきっていない厚い砂糖の塊が鎮座していた。

 

「僕には理解できないな」

 

「じゃあぁ、消えた大樹事件も露伴先生には理解できないかもしれないですねぇ」

 

「なんだと?」

 

 挑発めいた仮定に、漫画家の眉が跳ね上がる。

 

「興味でましたぁ?」

 

「微塵も興味はない。だが、この岸辺露伴には理解できないなんて一方的に結論付けられようとしているのが我慢できないだけだ」

 

 どんな事件なんだ、とカフェチェアの背もたれに身を斜めに預けながら詳細の説明を促す。

 実に尊大な態度だが、岸辺露伴がこれまで築いてきた実績とプライドと自信が不思議と風格を形成し、若いながらさま(・・)になっていた。

 

 祭音寺が嬉しそうに語った詳細によると、それはテレビで生中継されながらも実在を証明する痕跡が一切ないという都市伝説めいた事件であった。

 なんでも数年前、地方の某港湾都市の真ん中に「ビルの高さに届こうかという巨大な大樹」が一晩の内に出現していたらしい。地元テレビ局の中継ヘリが実況しながら撮影していたのだが、いつの間にか大樹は消え失せており、ただ建物の一部や道路のアスファルトが損壊しているだけだったというのだ。

 

「集団幻覚なんじゃあないのか?」

 

「確かにぃ、この話の現実的な落とし所としてぇ『ガス爆発と一緒に、地下に溜まっていた幻覚性のあるガスが空中に撒き散らかされたからじゃあないか』って言われてるみたいですけどぉ」

 

 その地方都市では、(くだん)の大樹が出現した時期を境に「おかしな事件」が報告されたり目撃されたりするケースが急激に増えたのだという。

 例えば「羽の生えた大きな猫が空を飛んでいた」とか「街中や海に何本もの巨大な火柱が噴き上がっていた」「建設重機が合体してロボットみたいになった」といった、通常では考えられない(普通なら一発で嘘と判るような)ものばかりだ。

 

「ふうん」

 

 いつの間にか画集を閉じて話に耳を傾けていた露伴は、さして興味を惹かれた様子でもない気の抜けた返事を漏らすに留まった。

 

「次にウチで描いてもらうときのネタに使えませんかねぇ」

 

「使えないね、リアリティがない」

 

 即答で両断だった。

 そうですかぁ、と祭音寺は残念そうにテーブルから身を引く。

 露伴は「フン」と鼻息を鳴らして席を立った。

 

「原稿はすぐに取り掛かるよ。

 36ページだっけ?

 明日の午前中までには仕上がるから取りに来てくれ」

 

「えぇ? 36ページですよぉ? 明日ってマジですかぁ?」

 

 速いとは聞いてましたけど速すぎません?と祭音寺も釣られて席を立つが、再び露伴は「フン」と鼻息を荒く鳴らすと自然の摂理を子供に教えるかのような口調で宣言する。

 

「この僕を見くびるんじゃあないぞ。

 岸辺露伴は出来ないことを決して口にしない」

 

 絶対の矜持を持つ漫画家の顔を、昼の陽光が誇らしげに照らす。

 プロの魂に間近で触れた祭音寺は、思わずその立ち姿に見惚れてしまう。

 

「そういえば」

 

 その漫画家は「別に興味はないんだけど、この際ついでだから聞いとくかァ~~」といった素振(そぶ)りで担当編集に話を振った。

 

「ずっと『とある地方都市』だとか『某港湾都市』みたいに、そのコーヒーの甘さみたいなボカシ方をしていたが、街の具体的な名前は分かっているのか?」

 

 質問を投げ掛けられた祭音寺は「ハッ」と我に返り、一瞬の間を空けながらも記憶から怪事件が続発するという都市の名前を引っ張り出した。

 

「海鳴市というそうですよぉ」

 

 海鳴市ねえ……と小さく呟きながら、漫画家の頭の中では取材旅行のスケジュールが静かに組み立てられていた。

 

 




ジョジョっぽくなるよう頑張ります。
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