漫画家と魔法少女は黄金楽土の夢を見ない   作:砂上八湖

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お待たせいたしました。

都合8回ほど書き直したので遅くなってしまいました。
申し訳ありません。
 
 
 



第2話「怪盗を捕まえよう④」

 

◼️07◼️

 

 それは、つい2週間ほど前のこと。

 海鳴海洋博物館での勤務を終えて帰る途中、備入(びいり)公巌(きみたけ)は背後から矢で射抜かれた。

 

「……、……は?」

 

 狙ってやったものか否か、それは分からなかったが──背骨や肋骨などの骨を器用に避ける形で、背中から胸へと矢が貫通していた。

 備入は自身を貫いている凶器を『茫然』と『冷静』の中間にある感覚で眺めていたのを、ハッキリ今でも覚えている。何せ痛みらしい痛みを全く感じなかったのだ。あったのは『背中を強く叩かれたような衝撃』だけ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と、自分の胸から突き出た奇妙な形の(やじり)血塗(ちまみ)れになっているのを、不思議と静穏に観察できた。

 なので必然の未来が容易に思い描ける。

 

「ヤべぇな、死んだろコレ」

 

 吐き出した間抜けな台詞と共に、ゴボリと血の塊が口から吹きこぼれた。

 突然で理不尽な死の襲来に、到来するはずの走馬灯も浮かんでこない。

 

「(クソみたいな学生生活からのチンケな仕事、そんなモンに時間と労力を費やされた挙句、こんなワケ分かんねぇ死に方かよ。マジでつまんねぇ人生だったな)」

 

 無痛のまま意識が途絶えるのを迎え入れようと目を閉じた。

 しかし──いつまで経っても死神の鎌は備入を刈り取りに来ない。

 ここまで来ると、さすがに違和感が脳を刺激する。

 

 パチ、パチ、パチ。

 

 不意に、背後からテンポの遅い拍手が投げ掛けられた。

 

「おめでとう」

 

 スッと脳の中に入り込んでくる、穏やかな声。

 そんな耳心地のよい祝福を授かった。

 

「君は」「階段を踏み外さなかった」「まずは天国への第一歩だ」

 

 振り向くと、建物の影から身を半分だけ覗かせた人物が備入を見つめている。体格から男性ということは(わか)ったが、顔は深く影が射し込んでいて黒く曖昧だった。

 

「階段……天国……?」

 

「そうだ。君と私が歩む道筋」「その為の能力(スタンド)だ」

 

 映像を『巻き戻し』するかのように、矢が備入の胸から抜けていく。痛みはない。むしろ「自分は選ばれたのだ」という高揚感が湧いてきて心地よかった。

 完全に体外へ排出された矢は、クルクルと回転しながら影をまとう男の手元へと還っていく。

 

「その能力を使って、自分のやりたいことを為すが良い」

 

 そうすれば階段を昇れる。

『昇る』とは『成長』するということだ。

 成長は『天国』への手段なのだ。

 だから君の望むことを自由にやりなさい。

 脳や鼓膜を(とろ)けさせる声が、備入が秘めてきた欲の背中をそっと押す。

 

「俺は」

 

 備入は子供の頃に抱いていた『夢』を、この手で掴み取ろうとするかのように──まるでその『夢』が形を持って生まれてくるかのように強く、強く思い描く。

 

 俺は──

 

◼️08◼️

 

「俺はッ! 『怪人20面相』や『ルパン』みてーにッ!

 他人からカネや宝石を奪い取ってッ

 誰も真似できねーぐらい贅沢な生活が送りてーんだッ!」

 

 案内役の男──備入は噴き出す鼻血を左手で押さえながら絶叫する。

 

「今まで無駄にしてきた時間を取り戻してやるぅあああああッ!!」

 

 ()いた右手を露伴やフェイトに向けて突き出し、その手の中に怒りの感情と共に『ビジョン』を浮き上がらせるイメージを込める。

 

「『スマッシング・パンプキン』ッ!!」

 

「ッ!」

 

 備入の右手に、何もない空間から1メートル程の『杖』が現れた。

 フェイトは魔術師が使う杖型のデバイスではないかと危惧し、反射的に構えをとる。だが次の瞬間には違和感に襲われた。デバイス特有の雰囲気というか、魔力が流し込まれる気配を感じないのだ。

 

「フェイト君ッ あれはスタンドだ!」

 

 露伴の警告が耳に届き、彼の「犯人は魔術師ではない」という推理を思い出す。

 言われて観察してみれば、なるほどデバイスっぽくはないデザインである。その先端は大きく膨らんでおり、どうやらカボチャを模しているらしい。ただしドクロめいた意匠が施されており、実に禍々しかったが。

 カボチャ頭の根本から()中程(なかほど)までにポツポツと(トゲ)が生やされているため、魔術師が使う『杖』というよりは『戦鎚(メイス)』と呼ぶ方が相応しいだろう。

 

「(見た目はヴィータやシグナムと同じ近接戦闘型の武装!

 物を盗む能力者で、魔法が使えないのであれば中・遠距離攻撃は持ってないはずッ!)」

 

 フェイトは相手の得意な距離(レンジ)に入る選択肢は捨て、攻撃範囲外(アウトレンジ)から叩く戦術を組み立てた。

 魔法少女は自分の周囲に黄金(こがね)色に輝く魔力弾──鋭利な円錐形をした砲弾みたいな見た目だが──を数発ほど形成する。

 

「させるかよォッ!」

 

 備入は魔法の存在を全く知らない。

 だがバリアと同じ輝きを放つソレに危険を察知したのだろう、すかさず右手のメイスを……彼のスタンド『スマッシング・パンプキン』を大きく振るう。

 しかしそれは、直接フェイトを殴るものではなかった。

 個別に展示してあった珍しい魚の剥製──それが鎮座している台座、そしてソレを囲うショーケースごと殴り付け、共に破壊したのである。

 

「(石膏の台座とはいえ、一撃で粉砕するだけの破壊力はあるのか!)」

 

 備入は破壊した台座とガラスの破片を散弾銃の弾のようにバラ撒いたのだ。

 

 ……実際に撃たれた散弾の速度と比べれば、破片自体の速度など大したものではない。

 とはいえ真正面から受けても何の問題ないと言えるような形状の破片でもないし、総数でもないのだ。

 

 執拗にジャンケンを挑んでくる子供と対決した時も、これと似たようなシチュエーションがあったが──今回は破片が自分を避けてくれるような軌道を描いているとは思えなかった。

 なので露伴は咄嗟(とっさ)に別の展示物の影へと身を隠す。身体の全てを隠しきれるものではないが、直撃するよりマシだった。

 

 フェイトも同じ判断を下したらしい。魔力弾の生成を解除し、瞬時に魔法による物理防御障壁(シールド)を展開して身を護った。

 

 ところが。

 

 

 ググゥンッ!

 

 

 大きくても拳大ほどだった石膏の破片や、鋭利なガラスの刃物の群れが、いきなり空中で同時に巨大化したのだ。

 

「なにッ!?」

 

 小さいものでも数十センチ、大きなものは2メートルはある『破片』が、大質量の牙となって漫画家と魔法少女に襲いかかった。

 いまや散弾銃の弾どころではない。

 大きさは破壊力に直結する。

 つまりは大砲から放たれた砲弾の如く。

 

「うおおっ!」

 

「きゃあっ!?」

 

 身を隠していた展示物から、慌てて露伴は距離をとった。次の瞬間には頭の大きさほどもある幾つもの破片が、その展示物を粉々に打ち砕く。

 あのまま隠れていれば、死なないまでも手酷い怪我を負っていたことだろう。

 

 フェイトが展開した防御魔法(シールド)にも、ひときわ大きな石膏の破片とガラスのギロチンが命中した。その重い衝突音から、見せ掛けの質量ではないことが(うかが)える。

 

 命中しなかったり、弾かれたりした破片が床に激突し、大小様々な破損痕を刻み付けていく。

 

「しまったッ!

 隙を突いて接近し『ヘブンズ・ドアー』で無力化してやろうと思ったのに……僕の方から射程距離の外に出(遠くに離れ)てしまったじゃあないか!」

 

 別の展示物──提灯アンコウの剥製だ──が飾られている台座に隠れながら、露伴は悪態を吐く。

 

「(叩いたものを大きくするスタンドだとッ!?

 そうすると『骨格標本を消した』事実と矛盾するが──?)」

 

 自身の推理とは違う能力を振るった男の姿を確認するべく、露伴はチラリと物陰から探りを入れる。

 

 しかし案内人の男……備入の姿は──何処にも見当たらなかった。

 少し目を離した一瞬で、彼は姿を消していたのだ。 

 

「馬鹿なッ!? いないッ、いないぞッ!!

 フェイト君ッ、あの男は何処へ行ったッ!?」

 

「えっ!?」

 

 防御障壁を解除したフェイトも周囲を見渡すが、完全に姿を見失ってしまっていた。

 

 露伴がそうしているように、ヤツも展示物の影に隠れているのか?

 否!

 備入の体格は露伴よりも僅かに小さいというだけで、展示物を支える土台を遮蔽(しゃへい)にすれば──今の露伴がそうであるように──体躯がはみ出して見えるはずである。

 

 ではフェイトが展開した結界を突破して外へと逃げおおせたのか?

 否!

 結界を突破されたような痕跡はなく、そもそも魔術師ではないはずの備入に結界を一瞬で突破したり転移したりする(すべ)は持ち合わせていないはずだ。

 

 だとするならば、

 

()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 逃げたわけでもないのに姿が見えないということは、不意打ちをしてくるということ。

 露伴は死角から攻撃される危険性をフェイトに発する。

 

《先程の現象に魔力が介在した形跡なし。

 魔力感知に反応なし、目標の位置特定は不可能》

 

「……ッ、やっぱり魔力感知で探せない!」

 

 愛機バルディッシュの分析報告を受けて、フェイトは歯噛みする。露伴の能力(の一端)しか目にしていないので何処か現実味がなかったが、目の前で魔力も使わず物理現象をねじ曲げられれば嫌でも芯まで身に染みる。

 

「何だぁ? 喋る武器とか、それが嬢ちゃんのスタンドかあ?」

 

 展示ホールに、備入の探るような声が反響する。

 音から位置を探るのも難しそうだ。

 元から博物館内は照明が小さく絞られているので、文字通り『(死角)』になっている箇所が多い。普段なら気にもならない暗がりが厄介な遮蔽物になり、色のある圧力にもなってしまっている。

 

「まァいい。どんなスタンド能力を持っていようが、()()()()()()()()()()()()!」

 

 宣言と共に『硬いモノを何度も叩いて砕く音』がする。

 音がした方向を反射的に向けば、備入の姿が消えたと(おぼ)しき場所に残されていた展示物──石膏土台とガラスの残骸──があった辺りから、何かが高く放り投げられた。

 

 頼りない照明の灯りに煽られて、キラキラと()()()が淡く輝く無数の『何か』。

 目で追うフェイトが、その正体を察する。

 

「あれは」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それが放物線を描きながら、2人の頭上を覆うように()()()()()()()()()()()()

 

「しまった! 『真上』から来るッ!!」

「危ないッ、露伴先生!」

 

 瞬時に大理石の床板だったモノ達が、成人男性程もあろうかという大きさと質量を持って変質する。

 宙を舞う平べったくも爪のように尖った床板の破片が、重力という恋人の存在を思い出したらしい。放物線の終着点、漫画家と魔法少女がいる地点へと降り注ぐ。

 

 実戦や訓練を数多く積み重ねているフェイトが、一瞬早く反応して動けた。先程のように防御魔法(シールド)を展開すれば自身は助かる。

 しかし遮蔽物が意味をなさなくなった『真上』からの攻撃に晒された露伴に、それを防ぐ手立てがない。

 軽く見積もっても数十キログラムはありそうな『破片』を何発も喰らえば、間違いなく重傷を負う。

 

 時空管理局の執務官候補生として、民間人に危険が及ぶのを見過ごせるハズがなかった。

 

「ッ!? 馬鹿野郎!!」

 

 だから攻撃に対して逸速(いちはや)く動けたフェイトは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 中学生にもなっていない子供が(おの)が身を挺して大人である自分を庇う。

 そのどうしようもなく歪んだ事実に直面し、実行され、体験させられた露伴はストレートに罵声を吐き出した。

 

 なんだコイツは?

 普通、その立ち位置は逆だろう。

 普通は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 なのになんでこの子供は、こんな馬鹿げた行動に出ている?

 なんでコイツは僕を庇ったりしている?

 

 決まっている!

 

「(僕が情けなくも足手纏(あしでまと)いになっているからだッ!

 ()()()()()()()()

 不甲斐なく動けずにいるからだッ!!)」

 

 露伴は、覆い被さってきた少女の肩を強めに掴む。

 瞬間的に姿を現す少年のビジョン。

 正面で向かい合っていたフェイトの綺麗な両目が、意表を突かれたように大きく見開かれた。

 

「(()()()()()()()()!!

 そんな情けない姿を他人の目に焼き付かせるぐらいなら、()()()()()()()()()()()!!)」

 

 そして露伴はフェイトと体勢をグルゥンッと入れ換えた。

 位置が逆転し、()()()()()()()()()()()()()()

 

「露伴先生ッ!? 何をッ」

 

「『岸辺露伴(おとな)の意地』さ」

 

 漫画家は、口許に小さく不敵な笑みを浮かべ。

 同時に、その背中へ無数の破片が容赦なく次々と突き刺さり、血飛沫が高く噴き上がった。

 

 

 




 
やっとスタンド名と本体の名前を出せました……
元々は「ひ●らし公式掲示板」の二次創作スレに投下してた『ひぐ◯し』と『ジョジョ』クロスSSで、沙◼️子が使う予定だったスタンドだったものです。
(諸事情あって完結できませんでしたが)

10年以上の月日を経て、やっと世に出せました。

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