漫画家と魔法少女は黄金楽土の夢を見ない   作:砂上八湖

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納得がいかなくて書き直していたら、こんなにも時間が空いてしまいました。
本当に申し訳ありません。

その代わり、はやてちゃんが出ます。
シャマルも出ます。
本当はザフィーラを大活躍させてあげたかったんですが、プロット的にシャマル優先となりました。
全国一億人のザフィーラマニアの皆さん、申し訳ありませんでした。
 
 



第3話「エブリタイム・アイ・ダイ①」

 

◼️01◼️

 

「うん、相変わらず翠屋(ここ)のケーキとコーヒーは美味いな」

 

 本来、岸辺露伴という漫画家は紅茶派である。

 

 どこぞの同盟軍の提督のように「コーヒーなんて泥水を(すす)るヤツの気が知れないね」と公言して(はばか)らなかったのだが、取材旅行で訪れた海鳴市にある翠屋という(喫茶店と洋菓子店を兼ねた)店が出すコーヒーと出会ってからというもの「コーヒーこそ至高の黒だ」と絶賛するまでになった。

 

 ただし、あくまで『翠屋のコービー』に限った話であるが。

 

 もしかしたら世にあるコーヒーというのは、全般的に美味いものなのかもしれない。

 そう考えた露伴が宿泊している高級ホテルのルームサービスでコーヒーを注文してみたところ、多大な不快感と引き換えに「翠屋のコーヒーは別格だったのだ」という(文字通り『苦い』思いをして)結論を得るに至った。

 

 以来、翠屋で軽食を摂るときはコーヒーを。

 それ以外の場所で食事をする際は紅茶を飲んでいる。

 

「杜王町に戻ったら翠屋のコーヒーを飲めなくなるのは残念だから、月イチで飲みに来ようかなあ」

 

 とまで言い始める始末だ。

 露伴の親友である(と、彼自身は信じて疑わない)翠屋の末娘が暗黒微笑を浮かべながら「まいどありなの」と言っている姿が目に浮かぶ。

 

 実は「ここまで美味いのには何か特別な秘密があるのでは?」と疑問を感じた露伴が、出されたコーヒーを自身の能力(スタンド)『ヘブンズ・ドアー』で調べたことがある。

 中毒性のある素材が使われていたり、知人が持つスタンド『パールジャム』のような能力によるものではないか、と。

 

 結果は(当然ながら)シロ。

 

 疑う余地もなく、翠屋店主である高町士郎が編み出した純然たる『技術』による『美味さ』だったのである。

 一杯のコーヒーに凝縮して注ぐ『個の人間』が修めた努力と研鑽と叡知の結晶。

 その崇高で芳醇な味わいに、露伴は敬意を込めて称賛するのだ。

 

 こうして露伴の心安らぐスイーツタイムは流れていくのだが──

 

「ホンマやねえ。

 いつ食べても翠屋のケーキとコーヒーは美味しいなあ」

 

 今日は珍しく相席している者達がいた。

 なのはとフェイトの親友、時空管理局特別捜査官・八神はやてである。

 露伴が陣取っているカフェテリアのテーブルに向かい合う形で同席し、ケーキと紅茶オレに舌鼓を打っている。

 はやての隣(と同時に露伴の隣でもあるのだが)に座っているヴォルケンリッターの1人シャマルは、そんな主人の様子をニコニコと眺めながらコーヒーだけを口にしていた。

 

 勿論、露伴は相席を許諾した記憶はない。

 

「……とても親切な僕が『眼科に行って視力検査をする手間』ってヤツを省いてやるが……周りには幾らでも空いてる席があるんだぜ」

 

 露伴にとって癒される食事というのは、独りで静かに落ち着いて臨む空間と時間を指す。

(自分から独り言を(まく)し立てるのは除外される)

 そして食後は購入した画集や書籍などを、じっくりゆっくりと堪能するのだ。

 そうした一連の流れを完成させて、初めて「癒されるなァ~~~」と思えるのである。

 だというのに、この小さな捜査官ときたら。

 

「ええやないですか。

 食事は(みんな)で摂った方が美味しいですもん」

 

 と、妙に重みと説得力のある一家言(いっかげん)を放つものだから、露伴も強く拒絶することもできない。

 どこぞの変な髪型をした不良コンビみたく『食事中にバカ騒ぎするタイプ』でもないので、露伴の憩いの場を露骨に荒らすというようなこともない。

 

「それに、せっかく露伴先生に会えたんやし」

 

 今こうして此処にいること自体が自身の幸せであるかのように、はやては華やかな笑顔でケーキをパクリと頬張る。

 

「(……まあ、いいか……)」

 

 テーブルに肘を乗せ、頬杖を付きながら露伴は諦めの溜め息を吐き出した。

 自分の時間を邪魔さえしなければ、この(とろ)けきった幸せ顔を率先して崩してやることもないのだ。

 

「(それ以外にも理由はあるんやけどな)」

 

 そんな妥協を目の前の漫画家がしていると知ってか知らずか、はやてはユルユルの笑顔の裏で今回の『事情』を思い浮かべていた。

 

 

◼️02◼️

 

 

「露伴先生の監視?」

 

 次元航行艦アースラの艦橋に、訝しみ過ぎたあまり語尾が半音高くなったはやての声が響く。

 この手の唐突な騒がしさはアースラスタッフにとって日常茶飯事なのか、一瞥はするものの「やれやれ」と慣れた感じで流して通常業務をこなしている。

 

 それを「冷静に対処できている」と良い方に捉えるべきか「状況に慣らされ過ぎている」と危機感を覚えるべきなのか、アースラの通信主任兼執務官補佐であるエイミィは判断に迷ってしまう。

 ただ今回の発端となったのが現アースラ艦長であるクロノであるため、スタッフへ対応の非を唱えるのは筋違いだと早々に結論付け、視線を騒動の中心へと戻した。

 

 エイミィも含め、こういう所がアースラチームが他の時空管理局部隊と違って「ユルい」と言われる所以(ゆえん)なのだろう。

(それでいて事件解決率が飛び抜けて高いのだから、反感を抱いている者達もソコを責めるに責められないでいる)

 

「事件の解決に協力してくれとる露伴先生を監視っちゅうのは、いったい全体どういうことや。

 なのはちゃんの命を助けてくれたし、フェイトちゃんを庇ってケガまでしはったんを忘れとるわけやないやろ?」

 

 今度は語尾が引っくり返らないよう、ゆっくりと一語一語を確かめるように幼い特別捜査官は発言する。

 語調は穏やかだが、言外に「この恩知らず!」と批判しているようなものだった。

 

「監視は監視なんだが……盗聴や盗撮とか、そういう話じゃあなくてだな」

 

 注がれるジト目の視線から逃れるように、そっと目をそらしつつクロノは歯切れ悪く言葉を濁す。

 ここに至って、ようやくエイミィが助け船を出した。

 

「露伴先生が、時空管理局絡み(こちら)の事件に巻き込まれないようにするための『監視』だよ」

 

「……当初は問題がない範囲で情報を彼に与え……好奇心を適度に満たすことで、深く関与させない──こちらで取扱中の事件に首を突っ込ませまいとしていたんだ」

 

 クロノは深い、深い溜め息を吐き出した。

 

「念のためにフェイトちゃんにフォローを頼んでたんだけど……」

 

「優先度が低めな事件の情報を与えただけだというのに、あの有様(ありさま)だ」

 

 オマケにスタンド使いを量産させているらしい人物の存在まで浮かび上がる始末だ──そう(こぼ)しながら、クロノは無意識に手を胃の辺りへと持っていく。

 

 その挙動から、はやては艦長兼執務官でもある友人が抱えるストレスの大きさを察してしまう。

 ジト目から同情へと視線のチャンネルが切り替わる。

 

「以降も『問題のない範囲』で彼の興味を引きそうな情報は渡すけど、そこからいつ私達が抱えている最優先案件に巻き込まれ……ううん、首を突っ込んでくるか分からない」

 

「だから『監視』が必要なんだ」

 

 ああ成程と、はやては納得する。

 クロノ達が抱えている事件の捜査に、露伴が関係しないよう彼の行動を監視しつつコントロールしなければならないのだ。

 

「露伴先生のスタンド能力に手伝ってもらえば、事件も最短ルートで解決しそうなんやけどな」

 

「……流石に、こちらから管理外世界の民間人を()()()()()()()へ巻き込むわけにはいかない」

 

「……せやな」

 

 ミッドチルダに置かれた捜査本部だけではなく、クロノ達も捜査に関わっている事件。

 特別捜査官であるはやて自身は捜査チームに参加していないが、概要だけは把握していた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……やったよな」

 

 少女の声に堅さが響く。

 

「ああ。犯人が他の次元世界へ逃亡した痕跡があるらしく、管理外世界……『地球』を担当している僕らにも本部から警戒が促されてる状態だ」

 

「もっともコッチに情報が入ってきたのは、逃亡した後のタイミングだったからねえ……

 既に地球へ逃げ込まれてたら、捜索するのに苦労するよ……」

 

 アマゾンの奥地とかに潜伏されてたらどうしよう……と、今度はエイミィまでもが無意識に胃の付近へと手を伸ばす。

 

「露伴先生から話を伺った限り、とにかく彼はトラブルに巻き込まれやすいみたいだからな」

 

「そういう事なら了解や。

 なのはちゃんやフェイトちゃんの恩人を助ける意味での監視やったら、わたしも協力するで」

 

 はやては「どーん」と胸を叩いて任務を引き受ける。

 艦長と通信主任は胃の辺りを手で押さえたまま、肩から力を抜いて息を吐き出すのだった。

 

◼️03◼️

 

「(まあ、わたしらも仕事があるから毎日付きっきり……ちゅうわけにもいかんのやけどな)」

 

 なので相談した上、フェイトやなのはと交代でローテーションを組んで『岸辺露伴の監視任務』に当たることとなっている。

 

「どうした?」

 

 ケーキを食べる手が止まっているのを露伴が見咎めたのを「なんでもあらへんよ~」と適当に誤魔化す。

 

「本当かい?

 そんな返答をする場合、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 凡百ある漫画でよくある展開だろ?と、天才漫画家は発動しなくてもいいタイミングで鋭い勘を閃かせた。

 

「ま、まあ、考え事しとってな」

 

「そ、そうそう。はやてちゃんも色々と事件が立て込んでるので……」

 

 事情を主から説明されて知っているシャマルが、何とか場を誤魔化そうと援護射撃をしようとして──あからさまに失敗する。

 主であるはやてが「あ、そのワードはアカン」と念話を送るよりも早く、漫画家の眼がギラついた。

 

「事件だって?」

 

「あああ~」

 

《あわ、あわわわっ、はやてちゃんゴメンなさあああいっ!!》

 

 思わず頭を抱えて俯いてしまった『夜天の書』の(マスター)に、シャマルは念話で謝罪を絶叫するものの、全ては後の祭である。

 

「……しゃあないなあ……」

 

 流石に時空管理局捜査官が殺害された事件の事を説明するわけにはいかないので、現在はやてが扱っている事件の概要だけ伝えようと決断する。

 とりあえず彼の興味を十分に引きそうな『深刻だが不思議な事件』ではあるのだ。

 

 はやてが口を開こうとした瞬間、シャマルが尖った声で主の名を呼ぶ。

 

「はやてちゃん」

 

 それは警戒を(にじ)ませた声。

 それと同時に露伴達が座るテーブルに、ひとつの人影が射し込んだ。

 露伴が視線を斜め上へ──影の持ち主へと向けると、そこにはいつの間に接近していたのか、1人の男性が立っていた。

 覇気のない、疲れ果てた表情を隠そうともしない……というより隠す気力もない感じの中年男性である。

 サラリーマンだろうか。

 全体的に草臥(くたび)れたスーツとネクタイ姿だが、手ぶらである。

 そんな人物が3人を、ぼんやりと見下ろしていた。

 

「……何か用か?」

 

 大人として、露伴が『場の主導権』を握ろうと声をかける。いつでもスタンドを出せるよう用心しながら。

 もちろん、はやてやシャマルも瞬時に距離をとれるよう、椅子の上でそれとなく身構える。

 

「……れ」

 

 僅かに男の口が開く。

 そこから(かす)かに漏れ聞こえる声を、露伴達は聞き取ることができなかった。

 

「何だって? 全然、聞き取れないぞ」

 

「た……れ」

 

 再び男の唇が震えたが、やはり聞き取り辛い。

 敵意は感じられない。

 はやてとシャマルは顔を見合わせ困惑する一方、若干イラついた露伴はダイヤル式の電話機を操作するジェスチャーをしながら再び問い直した。

 

「ノックしてもしもぉ~し?

 僕の言ったことが届いてるかァ?

 全然ッ、まったくッ、聞こえないんだよッ!」

 

 はやてから事件の説明を受けるのを横から邪魔されたというムカつきもあるのだろう。露伴の問い掛けは、ほとんど挑発や煽りに近かった。

 しかしそれでもテーブルに影を落とし続ける男は、怒るでも感情を動かすでもなく、ただ露伴に視線を移しただけ。

 やがて唇を大きく動かすと、ようやく聞き取れるレベルで言葉を紡ぎだした。

 

 

「……たすけてくれ」

 

 

 か細い、しかし確かな救難要請。

 はやてとシャマルが立ち上がり、露伴が片眉を大きく跳ね上げるより少し前のタイミングで。

 

 彼らの上空36,000フィートを航行していた一般旅客機から、機体下部に貼り付いていた()()()()()()()()()()()()

 

 

 




 
 話としては『岸辺露伴は動かない』シリーズに近いものになる予定です。

※露伴先生が紅茶派というのは本作オリジナルの設定です。

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